第28話 デート当日

 迎えたデート当日、俺はとあるターミナル駅の改札前にあるオブジェで、凜花を待っていた。

 時計を見れば、待ち合わせ時間の十時五分前を差している。

 もう少し時間があるので、俺はスマホに連絡が来ていないかの確認をしつつ、辺りを見渡した。

 コートを羽織っていても、凍えるような厳しい寒さにもかかわらず、駅前は多くの人で賑わっている。

 本当であれば、こんな寒い日は家のこたつの中でぬくぬくとしていたい。

 ただ、これは俺が勝負で負けたが故の罰ゲーム。

 バックレるわけにもいかない。

 すると、改札口へ多くの人が流れ込んできた。

 どうやら、電車が駅に到着したらしい。

 多くのお客さんが降車してくる波を眺めていると、改札口を出る凜花の姿を見つけた。

 俺が手を振ると、すぐに向こうもこちらに気づき、タッタッタっと駆け寄ってくる。


 凜花はダッフルコートを羽織り、モコモコ素材で猫のロゴが入ったマフラーを首に巻いている。

 普段の気高さとは違い、少々女の子らしい可愛らしい一面が垣間見えた。

 下はジーンズを履いていて、防寒対策はバッチシ。

 もし、凜花がスカートで現れたら、即アパレルショップにレッツゴー案件だった。


「ごめんなさい、待たせてしまったかしら?」


 凜花が俺の前にやってくると、開口一番申し訳なさそうに声を掛けてきた。


「いや、俺もさっき着いたところだから平気」

「そう、ならよかったわ。寒い中待たせてしまったと思って心配したの」


 まさか、凜花からそんな気遣いの言葉が出てくるとは夢にも思ってなかった。

 というか、この状況すら、まだ理解できてないんだけどね。


「てか今更だけど、休日に俺とデートしてくれとか、どういう罰ゲームなんだよこれ」

「し、仕方ないでしょ。他に遊びに行く友達いないんだもん」

「……」

「な、何よその憐みの目は?」

「だって、会長が可哀そうなんだもん」

「う、うるさい! 私だって本当は、あなたとじゃなくて生徒会の役員の子とか、クラスメイトと一緒に行きたかったわよ!」


 どうやら、普段から自分を律するがあまり、周りから孤高の存在として見られてしまっているらしい。

 そんな気高き存在に、わざわざ近寄っていくもの好きはいないだろう。

 俺たちは、同じ穴のムジナだったわけだ。


 クラスでも人気者で、遊ぶ相手に困らない幼馴染とは大違いである。


「まっとにかく、誘ってくれてありがとな」

「いえ、これぐらい別に構わないわよ。ほら、早く行きましょ」

「おう」

 俺たちは、駅前の改札口から、映画館のあるショッピングモールへと向かって歩いて行く。


 俺が考えたデートは、映画を一緒に観るというプラン。

 最近公開された某人気シリーズの続編。

 凜花に尋ねてみると、彼女も気になっていたらしく、二つ返事で了承してくれた。

 公開終了してから、サブスクリプションで観ても良かったのだけれど、たまにはこうして、映画館に足を運び、最新の流行に触れるのもたまにはいいことだ。

 最新作を観に行くきっかけを作ってくれた凜花に感謝だな。

 ふと隣を歩く凜花を見れば、すっと前を向いたまま、どこか借りてきた猫のように強張っていた。

 明らかに慣れていない様子に、俺は心配になって声を掛ける。


「凜花、大丈夫か?」

「なっ、ななななにが⁉」


 ダメだ。

 返答が完全に挙動不審になっている。


「もしかして、俺とのデートに緊張してるの?」

「なっ⁉ そそそそそんなわけないでしょ! 私が異性の男の子と二人で映画を観に行くことに、どうして緊張なんてしなきゃいけないのかしら」


 思い切り動揺してますね……。

 ここでさらに凜花の反応を楽しんでからかっても良かったけれど、機嫌を損ねてしまいかねないので、俺は別の言葉を口にする。


「そうだよな。俺なんかと一緒にいたら、逆に凜花の株が下がるよな」


 俺が皮肉めいたように言うと、凜花は目をパチクリとさせてこちらを見据えてくる。

 何も言わず、視線を前に向けて歩き出すと、不意に腰の辺りに違和感を感じた。

 見れば、凜花がちょこんと俺の服の袖を掴んできている。


「そ、そんなこと……ない。佐野はもっと自分に自信を持った方がいい」

「お、おう……」


 凜花は茹でだこのように頬を真っ赤に染めながら、ポショポショとした声で言い放った。

 意外な発言に、俺が反応に困っていると、ひょいと手を差し出してくる凜花。


「ま、まあ……今回は私からお誘いしたこともあるし、手を繋いであげないこともないわ」


 そんなことを言ってくる凜花に、俺は思わず問うてしまう。


「これも、俺が試験に負けた罰ゲームですか?」

「そ、そうよ! これも罰ゲームの一環なの。だから、堪忍しなさい」

「分かったよ」


 俺は諦めて、言われた通り凜花の腕を握る。

 凜花の手は、強く握り締めたら潰れてしまいそうなほど、小さくて華奢な手をしていた。

 寒さで冷え切っていて、ひんやりとした感触が伝わってくる。


「……佐野の手、温かいわね」

「ポケットの中にカイロ入れてるから、手突っ込んでると温まるんだよ」


 俺は、凜花の手を掴んだまま、コートのポケットへ迎え入れてあげる。


「ちょっと⁉」


 動揺する凜花。

 しかし、ポケットの中に手を入れた途端、凜花は表情を緩めた。


「あっ……温かい」

「だろ? これあると、手袋なしでも冷えずに済むぜ」

「そう……今度から試してみようかしら」

「そうしてみな」


 俺たちはそのまま、コーチに手を入れた状態で繋いだまま、映画館へと歩いて行く。

 気づけば、凜花の手の震えも止まり、ポケットの内側は、温かい温もりに包まれていた。

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