第23話 ついに顔を出した下男の性癖
君の命を守る目的と別としてもこの命は捨てられる。もしも君が望むなら、大義などなくても死ねるのだ。そのくらい龍平の命は軽いらしい。愛というものに比べれば。多くの人が人生のすべてを費やしても到底手が届かない程貴重な愛を掴んだのだから生きることに満足したのだという。
ところが、その逆が起きてしまっても素直に受け容れられるというのだ。つまりは姫奈が亡くなったとしてもということだ。長く生きるに越したことはない。長く生きればこれまでに味わったことのない幸せに感動することもあるだろう。
ただ、自分の為の長生きをすれば良い。僕の為に生きる必要はない。自分は姫奈からこの身体には納まりきらないくらいの愛と幸せを貰い受けた。だから、姫奈が亡くなっても絶望することはない。姫奈の顔も声も思想に溢れた言もいつでも思い浮かべることは難しいことではない。もう姫奈の命を貰っているのだ。自分の心の中で姫奈は生存し続けるのだ。それは自分が生きている限り永遠なのだから、なにも寂しいことはない。なにかに飢えることもない。別の女に愛を探すことなどあり得ないと語った。
龍平は姫奈を悦ばせようとしたのだ。それは間違いないのだが、姫奈に対する心情がどうにも筋違いなのだ。愛しい女の為なら死んでも良い。ましてや女が死んでもそれで結構だと呟かれて機嫌がいい女などいるはずがない。
「馬鹿。愛は掴むことが目的ではないでしょう。掴んでからこそ大切に扱うべきものでしょう。あなた、そんなにわたしに興味がなかったの。一緒に幸せになることを欲しがってくれなかったの。ひとりでいるときにわたしを求めてくれていなかったの。逢いたいと望んでくれていなかったの。
あなたの頭の中にしかいないわたしで満足していたのね。遠くからあなたに逢いたいと望んでいたわたしのことはないがしろにしていたのね。寂しいわ。あなたはわたしのことなんて好きではなかったのね。あなたの理想を追いかけているだけだったのね。」
姫奈は泣きべそをかいていた。いつもの気丈で華々しい様は陰に隠れてしまった。恋愛を傷付けられたと知ってしまっては仕方のないことだろう。実の自分を否定されてしまっては尚更仕方のないことだろう。
「馬鹿龍平。」
龍平は姫奈に引っ叩かれた。主張が迎え入れられなかったことが無念でもあり、僕以外の人には解せないのだろうという諦めの両極端な気分を同時に催した。
龍平には叩かれた頬はさして痛くもなかったが、心苦しかった。姫奈は心苦しかったし、龍平を叩いた手も痛くて堪らなかった。その手をもう一方の手で覆って龍平に背を向けて部屋を飛び出した。龍平は跡を追わない。姫奈に知って貰いたい真相を見せ付けただけだったのだから、そうする理由がない。
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