第八話 協会の理念

「これから魔の道を志す諸君らには、求められる必須条件がいくつかある。第一に、魔眼を開くことだ。これを持たないままでは、魔法文字及び呪文の理解をすることは不可能と言っていい。なぜなら―――」


「ジェット、ジェット?おい、おーい」


「魔眼の開き方の方法論として、先ず――」


「お、おい?今日はお散歩行かなくていいのか?」


「ん、いい。」


「あぁ・・・そうか・・・」




朝食を早々に済ませた俺は、部屋の床に座って紙切れとにらめっこしている。これは、母さんに頼んで書き写してもらった魔法理論初級編の一ページ目に、発音の仕方等の注釈をつけたものだ。文字を覚えるよりも手っ取り早いので、母さんに魔法の使い方を教えてもらうことも考えた。しかしどうしても、この本の内容を自分の力で理解し、学び、モノにしたいのだ。




「魔の力は生得的な物であることを、努々忘れるな。その力を無意識から意識へと昇華するには、命の危険を伴った行動をとるのが近道である。人の力の本性とは、生き死にの淵に立ってこそ強く光り輝くものだからだ。そして、それこそが魔法協会の理念なのである。古いやり方だと思われる読者もいるだろう。しかし、試しに倒れるまで走り、登り、剣を振るってみてほしい。詳細な理論や実践課程は以下の通りだ。また、他の方法も参考までに次項に載せておくが、まったく推奨できないことは、明記しておく。」




なるほど、どうやらそう甘くはないらしい。魔法を使うには命を懸けるくらいのつもりで臨まなければいけないのか・・・この体で、出来るだろうか。


まだ昼まで時間がある。試すだけ試してみよう。


「母さん」


「ん、なんだ?」


机に向かっている母さんは、次のページを書き写しながら返事を返した。


「外に行くからついてきて」


「お、遊びに行くのか?いいぞ」


「遊びじゃないよ」


「ん?・・・まさかジェット」


「うん、倒れるまで走る」






「ダメだと言っているだろうジェット!言うこと聞きなさい!」


「い~や~だーーー!!魔法使いたいんだ!!」


「だから、別の方法があるんだって言ってるだろう!私もそっちで覚えた!」


「それじゃ命の輝きが~~~!!」


「あーもう、子供に読ませる本じゃないとは思ってたんだ!」




現在、俺は母さんに抱き上げられつつ、文字通り駄々をこねている。この体になってからというもの、自分に正直になり過ぎるところがあるな。しかし、俺の中の魔法に対する情熱は今、爆発しているのだ!畜生、ドアノブまでが絶望的なまでに遠い。ライバルよ、俺は貴様に勝てぬままか・・・いや、諦めるな!考えろ考えろ考えろ・・・。


俺は一旦、腕から逃れようとするのを止めた。


「ふぅ・・・落ち着いた?ジェット?」


「母さん」


「ん?」


「大好き」


必殺、ハイパープリティーベイビースマイル。プライドなどかなぐり捨てた。効果は、どうだ・・・?


「あ、おお、私も、大好きだぞ・・・えへへ」


めっちゃ照れてるーーー!!!チャンスだ!


俺はバンザイして体をねじり、くねらせることで、腕からすり抜けて落下した。


(まだ俺の身長ではライバルには届かない・・・どうする、考えろ俺!)


この好機を逃すまいと砥ぎ澄まされた集中の先に、光明は確かにあった。


着地するまでのコンマ数秒の中で見出した最後の希望、それに俺の全てをぶつける!


「とう!」


着地と同時に、ドアノブの下に置いてあった辞書に向かって走り出す。何という僥倖だろうか、今日はたまたまベッドに座らず床に座って勉強していたのだ、ドアノブの下に辞書が置かれていても、不思議じゃない。


「だらぁぁぁぁ!!!」


辞書を踏み台に、思い切り跳ぶ。


そして俺の右手は、確かにドアノブに触れた。触れたのに。


「やかましいな貴様ら」


ドアが、開かれた。


虚しく空を切る俺の右手。そして着地。


「はっ、アルバーン様!ジェットが魔眼を!」


「何?」


終わった、のか?いやまだだ、諦めるな、活路を見出せ!


クソッ、この部屋に窓はねぇし、出口は爺にふさがれて・・・いや、そうか!むしろ好都合だ!


「御免!」


俺は爺のローブをめくり足の間をすり抜けた。脱出成功だ!爺が母さんの足止めになってくれればなお良し!


こっからが本番だ。正面玄関から出て行ったら速攻捕まるのは目に見えてる、というか玄関に辿り着くまでに追いつかれるだろう。城の中に隠れるか?鬼ごっこよりかくれんぼの方が分があるのは確実だ。


(厨房だ!)


厨房なら隠れる場所は山ほどあるし、勝手口もあるので運が良ければ外に出られる。厨房は部屋を出て右後ろにある。もたついている暇は無い、ノータイムで右後ろに体を回転、全速力で走り出す。


「あ、待て!」


「何を焦ることがある少女よ」


後ろでゴチャゴチャやっている大人二人を尻目に、俺は厨房まであと5メートル程の距離まで来ている。


(貰ったぜ!)




「まったく・・・」




日本刀を背中に突き付けられた、と思った。きっと俺は今、顔面蒼白だろう。


この感じは、初めて爺と合った時の・・・?いや、あの時とは違う、あの時は底知れない力強さみたいな物を感じた。今回のはエネルギーが凝縮し、一本の剣になっているような、そんな感じだ。足が前に進まない。振り返ることもできない。そうすれば、首が飛ぶと思った。




「愚か者が」


「あだ!?」




(はっ!嫌な感じが消えた!?)




振り返ったら、母さんが後頭部を抑えていた。爺は腕を組んで、呆れ顔だ。珍しくはっきりと感情が読み取れる。




「赤子の悪戯に本気になるな、阿呆」


「そ、そこまで言わなくても・・・」




何だか分からんがチャンスだ!逃げろ!自由を掴むのだ!






女と老人は、ジェットが厨房に消え、急に物静かになった城内に佇んでいた。


少し不安そうな表情をした女が口を開く。


「どうして行かせたんですか?アルバーン様」


老人は、そんなことも分からんのか馬鹿め、とでも言いたそうな表情で、ため息を吐く。


「な、なんですか」


「良いか、少女よ。赤子が儂の結界の外には出られぬのは知っておろうが。それに貴様ならば赤子に見つからぬよう影から見守ることもできるだろう?」


老人の言葉を聞いた女の表情に、少しだけ影が差した。


「そう、ですね。ただ、どうしても・・・」


「事情は察せないでもない。ただ焦りは禁物ということだ」


城に来てから初めて受けた老人からの気遣いに、目を丸くする女。


「赤子は今城の周りを走り出したぞ。ふむ、あの年にして教会の理念に共感を示すとは、ますます父親には似ておらんな」


女は、思い出したように呟く。


「そういえば、アルバーン様はどうして私を少女と呼ぶのですか?私は今年で29ですよ?」


老人は、再びそんなことも分からんのか馬鹿め、という顔をした。


「そんなことも分からんのか馬鹿め。だから少女と呼ばれるのだ」


「な、なんなんですかもう・・・」

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