キャタリスト

ユキノハネ

第1章 空を飛ぶ人たち 第1話

少女は空が好きだった。

空を見るために小高い丘に横たわると、金属の擦れ合う音がした。

耳をつんざくその音も、少女は気にせず、

「暮れてしまったな」とつぶやく。

両手を頭の後ろに組んで、交差した足を小さな台に乗せて。

風が強い。

髪が揺れて、少女はそのことに気がつく。

少女の髪は短い。耳もとで切りそろえられた髪は、このあたりの女性にはめずらしい。口元には布を巻いてマスクがわりにしていた。毒ガスや砂嵐に、いつ襲われるかわからないから。

そのくせ、彼女が寝そべっているのは、用途もよくわからない金属や木の板や瓦礫の山の、かろうじて人が一人寝られるような板の上。

少女はこの瓦礫の山でゴミのなかから貴重な原料を探すことで生計を立てていた。

実はここには、価値あるものは山とある。何に使うのか全くわからない部品や、何の材料で出来ているのかわからないガラクタの山。

はるか昔、今よりもずっと高度な文明がここに発展していたのだと、人々はささやく。今の人々はそれを利用して生きているのだと。

しかし少女は、そんなことには興味はない。

少女はただ空が好きだった。

空だけは怒らないし、殴らない、夜中に忍び込んでもこない。

冷たい雨を降らせる分厚い雲の空も好きだが、晴れた空はもっと好きだ。

それに、たいていはきれいだ。

晴れた日は必ず空を眺める。

でも空は、食事や雑貨の引換券も、銅貨もくれない。

ただそこにあるだけ。

だから私は今日も明日もゴミをあさらなくちゃならない。

空は守ってくれるわけでもない。だから私は、自分で自分の身を守らなきゃいけない。

生きていくために。

「あ」

鳥だ、と少女は思う。

薄暗い青に橙が混ざった空を、黒い鳥が優雅に渡っていく。時折、綿雲の金色の縁を縫いながら。

「いいなぁ」

それでも空は好きだ。鳥がいるからかもしれない。

少女はそう思う。

彼女の名前は、エア。

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