34話 ゴミ処理


 現実に戻った俺は疲れ切っていたのでそのまま眠るようにしてベッドに転がり込む。


 次に意識が芽生えたのは朝になった頃だった。

 なんとなく洗面所に行き、顔を洗う。そして鏡を見る。


「おおう……確かに美形だ」


 違和感のないレベルでアイドル並みのイケメンに変化していて、少し驚愕してしまう。


「おにいちゃん、おはよう」


「おー芽瑠か、おはよう。ところで俺って少しかっこよくなったと思わない?」



 朝っぱらから妹にキモい発言してるのは重々承知なのだが、こうも自分の容姿が劇的に向上するとどうしてもテンションはぶち上がってしまう。


「ん、おにいちゃん、もとからかっこいい」


「おおう……嬉しいことを言ってくれるな我が妹よ」


「ん、だからお兄ちゃんは妹を可愛がる、運命」


「もちろんだとも!」


 思いっきり頭をなでなでしてやり、兄妹そろって洗顔を済ませて学校に行く。



「ねえ……やっぱり最近、神無戯かんなぎくんかっこよくなってない?」

「やばいよね」

「整形って感じじゃないし、成長期?」

「わたし行ってみよっかな」

「え、なに、話しかけるの?」

「だってかっこよくない? しかも多分フリーでしょ?」


 学校につくとやけに女子たちの視線が集まるのを意識せざるを得ない。

 こちらを不自然にならないぐらいチラリと見てきたり、本当にさりげなく凝視してきたり……こっちが視線を向けると、最初から見てなかったかのように自然と別の方向へ流したり。

 俺は俺で自分が女子たちに注目されていると気付けば妙な気恥ずかしさも相まって、あえて意識してないフリをするのが精一杯だった。


 なるほど……これが普段から女子の注目を浴びやすいイケメンの世界ってやつなのか。

 自分で言ってて恥ずかしいけど、新たな発見が多すぎるのだ。


 

「こんなのが日常的に続くなら、そりゃあイケメンは強くなるわ……」


 ぽそっと呟いた一言は、とある説を確信するものだった。

 イケメンがコミュニケーション能力に優れていたり、生涯収入が高い傾向にあるといった説は間違いない。なぜならこんなにも人に見られる機会があれば、人にどう思われるのか、自分の行動がどのような影響を及ぼすのか正確に予測する能力が培われるはずだ。


 要は相手の気持ちを汲めるようになる。

 そういったことは仕事にも有用だろうし、上司的な立場になる人物なら部下をしっかり監督して動かすわけで、人との関係性は重要だろう。


 それが間接的に生産性の向上に繋がり、より多くの人に評価され出世する。

 なるほど、イケメンは生まれながらにある程度は勝ち組なのだ。


 だけどデメリットもある。

 他人にイケメン枠としてチラチラと見られるのが気になるのだ。

 いわば軽いストレスになることもある。けれどそこをポジティブな方向に持っていけば、女子に見られるのは快感や一種の自信に繋がるだろう。

 今日一日だけでも、視界の隅で俺をチラっと見てくる女子を把握できるようになっていた。そして俺は極々自然体でありながら『見られている』といった事象を、自然に受け流すことができるようになっていた。

 見られているのを気付かないフリである。

 


「たった一日でこれだ……イケメンが総じてスペックが高いのはこういう理由だったのか……」


 とはいえ本音を言えば居心地の悪さを感じている。だから俺は終業のチャイムが鳴ると同時に、急いで席を立ち自宅へ直行しようとする。

 いくら見た目が良くなったからといって、すぐに内面までイケメンLvが上昇するわけじゃない。


 そんな俺の未熟さが、隣のクラスからわざわざ移動してこちらを眺める一人の女子を見落としていた。


 その女子が俺をフった元カノ、面杭めんくい恋子こいこであると知ったのはまた後日の話である。





『さっさとあのデスゲームやってくれよ』

『おっさんが死ぬの楽しみにしてんのにww』

『妹がいるとできねんじゃね? あーあー、妹さっさと消えてくんないかな~』


 帰宅して妹の芽瑠と楽しくゲーム配信をしていると、ついに恐れていたコメントが浮上してしまった。

 ゴミというのは自然と発生してしまうものなのかもしれない。



『VIP:メルちゃんがいるゲーム配信だって面白いぜ』

『メルちゃん可愛い』

『声が天使』

『メルちゃんが一生懸命ゲームしてるのが推せるよなあ』

『女子中学生とか最高だわ』


 芽瑠を褒めてくれるコメントの方が遥かに多いけれど、中傷コメントというのはあるだけで一際目立つものである。

 悪口というのは悪い意味で人の目を引き、それは例えスルーしていても言われる方は徐々に蓄積されていくものなのだ。



『妹ハキハキしゃべれよ』

『喋り方がさすがに陰キャすぎて草』

『キャラ作ってんだろ』


 中傷コメントを書き込むユーザーは俺が早期からアカBAN設定でブロックするけど、その都度そいつは新規アカウントを作成してわざわざ悪口を書き込んでくる。


 

『中学生でゲーム実況とか陰キャ』

『不登校なんじゃね?』

『ぶりっこ』


 またか……。


『ゲームしてる暇があった勉強しろ』

『学校の課題でもやっておけよw』

『はーキモイキモイキモイ! 妹なんざ車にかれて死ね。そんでシスコンのおっさんは悲しみのあまり狂って死ね』


 これにはさすがの芽瑠も黙ってしまい、ついに目にいっぱいの涙を浮かべながらゲームをするはめになってしまった。

 俺は怒りに震えながらも冷静な声音でそのアンチに『中傷コメントはしないでくれ』、『2度と俺たちの配信に来ないでくれ』と伝える。返ってきたコメントは予想通りで『嫌だね』の一言。



『しつこすぎるだろアンチ』

『アンチとかきもい』

『どうせリアルが上手くいってないから八つ当たりだろ』

『ださい、消えろ』

『メルちゃん気にすることないよ』


『さすがに女子中学生を擁護してるお前らの方がキモすぎて草wwwww』


 ついにはアンチとリスナーのケンカに発展し始めたので、妹の精神衛生上まずいと思い配信を一度切る。

 許し難い事態に、頭が急激に冷え込んでゆく。



「ごめんね、お兄ちゃん……」


 1ミリも謝る必要のない妹が、心に傷を負わされた妹が、俺に謝ってくる。

 そんな姿を見て一つの決意をする。


芽瑠める。あいつは俺がどうにかするよ」

「……でも、芽瑠が人より劣っているから、仕方ない」


 芽瑠は足が動かなくなったショックで……あの人たちが家から出て行ったショックで……言葉をうまく発することができなくなった。

 心因性によるもので、少し舌ったらずな喋り方になっているが、逆にそこが個性的で可愛いと俺は思っている。というかどんな話し方でもうちの妹は可愛い。



「何を言われても、仕方ない。芽瑠の力不足……」


 ゲーム実況を通して、また普通に喋れるようになりたいと願い、会話の練習と意気込んでいた。

 そんな芽瑠をあいつは貶したのだ。

 何も知らず、好き勝手に言ったのだ。


「芽瑠はダメな子……だから……」


 俺は芽瑠が生きやすい世界を作りたい。

 自分を否定しなくたっていいんだと、今の芽瑠が誰かを笑顔にできるのだと感じてほしい。



「大丈夫だ。芽瑠めるは俺にとっていつも心の支えになってる。死にそうになった時も、芽瑠の顔が浮かんでさ。絶対にどうにかしないとって思ったりしたんだぞ? おかげでほら、俺は今も芽瑠のおかげで生きていられるし、家に帰ってこれてる」


「なに、それ……変な、お兄ちゃん」


 静かに涙をこぼす妹にそっとハグしてやる。


「しっかり、帰って来る、運命」


「おう。お兄ちゃんはどこにいたって芽瑠の所に帰ってくる。そばにいるぞ」


 芽瑠に自信を持ってほしい。

 そのためなら何でもしてやる。

 芽瑠が笑顔で過ごせる世界を壊そうとする奴がいるなら全力で潰す。


 俺のことはいくら中傷しようが構わない。しかし芽瑠を口撃するのは許容できない。

 あいつだけは絶対に許さない。



 その夜、俺は自身に敵意を持つ相手の元へ瞬時に転移できる権能スキル、【復讐の執黒官しっこうかん】を発動した。





◇◇◇

あとがき


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◇◇◇



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