27 落馬事故の現場
彼らが狩りに出かけている間、淑女たちは自由に過ごす。天幕で休む者もいれば、お茶会を開く者もいる。天幕の近くで草花を楽しむ者もいた。
アリーシャはドロシーに目配せをして、それとなく天幕から離れアルバートが指定する場所へと向かおうとした。
「アリーシャ様」
ぬっと突然目の前に現れたのはローズマリーであった。
「ご機嫌よう。ローズマリー様」
「これから、お茶会を開こうと思いますの。宜しければ如何かしら」
できればご遠慮願いたい。そう口にしようとすると侍女たちの強い睨みで口がうまく動かせない。
しかし、ここで時間をとってアルバートとの合流が遅れてしまうのは面倒である。
「アリーシャ様、行ってきてください。お探しの薬草はこのドロシーが必ずや採取してみせます」
ドロシーの声にアリーシャも、ローズマリーも首をかしげる。
「まぁ、薬草を?」
「え、あー、うん、そうなの。傷に効く薬草が生えていると聞いて万が一の時の為に摘もうかなって」
王族お抱えの治療魔法使いもいるし、医者もいる。アリーシャがわざわざ薬草を摘みに行く必要はないのだ。
「そうでした。確かおばあさまは……」
ローズマリーはすっと引き下がった。
「行ってきてください。きっとお兄様も自分の為に薬草を摘んでくれると知れば喜ばれるでしょう」
何だか勝手に納得してくれた。
祖母の話題になっているが、何かあったっけ。
はっと思い出す。
アリア・クロックベル前侯爵夫人は狩猟祭で負傷したのだ。
それ以降、クロックベル侯爵家は狩猟祭に参加することはなく、アリアの不幸を偲んでのことだろうと噂するものもあった。
話は変わるが、薬草を摘むという行為は戦場に向かった人の無事を祈るという行為である。
つまり、ローズマリーはアリーシャが兄の無事を祈りながら薬草摘みをしたいと捉えられたようだ。
実際違うのだが、お茶会に行かなくて済むのであればありがたいことである。
「折角のお誘いを断るようで申し訳ありません」
アリーシャはドロシーを伴いながらそそくさと淑女たちが待機している場所を離れた。
ドロシーの案内の元アリーシャはアルバートが待っている指定の場所へとたどり着いた。
アリアが落馬事故を起こした場所である。
「何かわかったの?」
アリーシャが来るまでの間アルバートは周辺を捜索していた。
「何十年も前のことだから物理的な痕跡は残っていないだろう」
「それじゃあ、ここまで来ても無駄だったのね」
渋々、狩猟祭にやってきたのに残念なことである。
「ただし、残留思念だったら残っている可能性はある」
王宮内で複数カ所に呪いをばらまいた程の強い怨念を抱えていた。それならば自分の人生の転落場所に強い思念を残していた可能性はある。
「サイコメトリー?」
ここ最近アルバートから学問的な魔法を教えられてきた。魔法にも色んな分類分けがある。
属性、系統、究極度などで、一般人は属性で見分けることの方が多い。
属性はだいぶ複雑化されているが、基本は古代からの続く四大元素の考えに基づいている。火、水、風、土のことである。研究が進んで色んな属性が付け加えられて、もしかすると今後も増えてくる可能性がある。
系統は簡単に説明すればどのように活用していくかで考えられている。
戦闘魔法、補助魔法、治癒魔法、透視魔法……と複数の種類がある。全部あげていくと時間がかかるのでだいぶ割愛する。
戦闘魔法の使い手は戦場になりやすい国境へ配置されたり王族や高位貴族が召し抱えていることが多い。
補助魔法と治癒魔法はロマ教に保護されることが多い。優れた者は個人的に召し抱えられている。
透視魔法は研究分野で活躍されることが多い。遺跡の探索や本の修復の仕事が多かった。
サイコメトリーは透視魔法の一種で物や人に触れてその思念を拾うというものだ。
「アルバート様はサイコメトリーも使えるのね」
今まで見た魔法は補助魔法が多かったと思う。戦闘魔法もできるという噂であるが、お目にかかる機会はなかった。
「いや、俺は使えない」
アルバートはじっとアリーシャを見つめた。
「お前だったら使えるだろう」
急な指名にアリーシャは首を横に振る。自分が使える魔法は軽い風を操る程度である。
「前に言っていただろう。呪いに触れた時、犯人と思われる女性を見たと」
確かに言ったと思う。
「あれはサイコメトリーだったと思う」
アルバートには使えない魔法だと説明してくれた。
「魔法にも能力的な好発、得意不得意があり男より女の方が持ちやすいんだ」
授業の続きのように説明をしてくれる。
試しに事故があった丁度の位置に触れてみると残留思念を読み込むことができるかもしれない。
「わかったわ」
「あの、アルバート様。私が意見しても良いですか?」
早速、取り掛かろうとするアリーシャを止めるようにドロシーは挙手した。アルバートは発言を許可する。
「サイコメトリーは死者の追体験をするから精神的に疲弊するから職業として成り立たないと聞いたことがあるのですが」
「そうだな」
「アリーシャ様にアリア様の記憶の追体験させろというのですか。酷いです」
ドロシーは断固反対と言わんばかりにアリーシャの前に立った。
「大丈夫よ。私は」
何しろ回帰前に悪女と罵られるまま斬首刑に処された記憶がまだある。首筋をふれるとぞわっとした感覚を思い出す。
あれ以上の苦痛などないだろう。
「アリーシャ様は自分を大事になさるべきです」
ドロシーはぷくーっと怒っていた。
その姿が普段はしっかりした侍女でも年齢相応の少女だと再確認できてしまう。
「ありがとう。でも、少し黙っていてね」
これ以上邪魔するのは許さないというとドロシーは悲し気にアリーシャを見つめた。
アリーシャは気に留める気はない。
もう一度斬首刑にされるのを回避するためにアルバートと協力して王宮の呪いを解決する必要がある。その為にどんな情報も集めておかなければならない。
アリーシャはちょうどアリアが落馬したであろう位置の地面に触れた。
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