25 狩猟祭の思い出

「そういえば狩猟祭はどうする?」


 図書館で回収してきた呪いの方式を確認しながらアルバートは今後の予定について確認してきた。


「どうする、て顔は出さないといけないのでしょう」


 王族主催の狩猟祭がもうすぐ執り行われる。

 王太子も参加するというし、花姫は彼にハンカチを贈るのが定例となっている。


「刺繍は済んでいるのか?」

「私が王太子に差し出さないといけないの? 捨てられるのに?」


 思い出していらっとしてくる。

 回帰前に花姫一人一人が刺繍を施したハンカチを王太子に渡した。もちろんアリーシャも贈ったが、狩猟が終わった頃ビリビリに引き裂かれて捨てられたハンカチを拾う羽目になった。


 いくら呪いの影響で使用人たちの雰囲気が悪かったというのがあっても、ヴィクター王太子と王妃からの悪意は変わらない。おそらく根っからアリーシャを毛嫌いしているのだ。


「まぁ、殿下のことだからスプリングフィールド令嬢以外のはいらないだろう」


 コレットとクリスは王太子が一番獲った上等なものはローズマリーに贈られると理解しているようで、他の参加者にもハンカチを贈っていた。


「一応、毎回花姫が王太子に贈るものだし、適当にでも作っておけ」


 言われなくてもそうする。回帰前程心をこめる気はない。


「ちなみに今回は俺も参加する」


 回帰前には参加していなかったのにどういうことだろう。


「調べたいことがある」


 そういえば、アリアが落馬事故を起こしたのは秋の狩猟祭であった。アルバートは事件のあった場所を確認しようとしているのだ。それなら自分も手伝った方がいいかもしれない。


「あと、シオンも参加していたな」

「は? シオン様が。何故?」

「お前、回帰前にシオンがいたのは知らないのか? 結構貴族らが文句言っていたのだが」


 国王がシオンを招待したそうだ。

 狩猟祭は身分の上下関係なく、王族・上流貴族の推薦があれば参加可能である。

 さすがにシオンも目立たず差しさわりのないものを狩って、存在感を落とすことに気を使っていた。


「そう、なの。シオン様も参加していたのね」


 ビリビリに裂かれたハンカチを拾ってからアリーシャは狩猟祭の途中であるが王宮へと帰ってしまった。だからシオンが来た騒ぎには一切気にしていなかった。


「ドロシー、だったか?」


 お茶のおかわりを準備していたドロシーにアルバートは声をかけた。


「お前はこれを見てどう思う?」


 例の呪いの方式をみせドロシーは眉間に皺を寄せた。


「何か嫌な感じがしますね。あ、もしかしてアリーシャ様の部屋に隠されていたとかですか。そんな嫌がらせをまだする者がいたなんて」


 ぷんぷんと怒るドロシー、それが呪いの道具であるかは理解できていないようだ。だが、直観で嫌な感じがするというのは偶然ではなさそうだ。


「魔力はないが、野生の勘のようなものが備わっているようだな」


 ドロシーのことは一通り調べたようである。その上で何度か彼女に質問をする。

 彼女の出自や、経歴、交際範囲と不審な点がないか確認した。


「それからお前、アリーシャのことにどの程度忠誠を誓っている?」

「はい?」

「アリーシャが呪いを受けそうになったら、代わりに受ける覚悟ができているか」


 アルバートは何を勝手なことを言っているのだろうか。そこまでのことを望んでいない。

 そう口にしようとしたがドロシーはふんすと言いながら答えた。


「アリーシャ様を呪う人ですか? そんな方がいたら許せませんね。見つけ出して父の元に引きずり出して折檻します」


 その答えを聞いてうーんとアルバートはしばらく考えた。


「まぁ、いいか。アリーシャだけだと心もとないし、破魔の道具を見分ける特技は貴重だ」


 色々考えてドロシーを味方に引き込むこととした。回帰前のことを話しても理解できないだろう。とりあえず二人で呪いを回収しているということだけ伝えるとドロシーは青ざめてアリーシャを見つめた。


「アリーシャ様、そんな危険なことをしていたのですか。どうして言って下さらなかったのです。あわわ、何か変な呪いにかかっているのですか?」


 一応かかっていたというべきだろうか。かえって面倒くさいことになりそうだ。


「しかも、犯人がアリア様だなんて」


 ここもかなりショックなようである。


「意外にあっさりと信じてくれるのね」

「だって、アリーシャ様とアルバート様はこんな嘘言いませんし」


 彼女なりに納得しているようである。


「一族の者、アリア・クロックベル前侯爵夫人の仕掛けたことでありこれは一族として解決する必要がある。できれば口外しないでいただきたい」


「わかっています。アリア様がそのようなことをしたなど知られれば王太后様が悲しまれます」


 ドロシーは大きくうなずいた。内容の重大さを理解しているはずだが、彼女の中でもう一人の主人のことも考えアルバートの言葉を呑んだ。


「そこでドロシー、君にはハンカチの生地と刺繍糸を用意してほしい。君の見繕ったものでアリーシャにハンカチを作らせる」


 今後の呪いに対してある程度の防御になるかもしれない。


「そうですね。もうすぐ狩猟祭の日ですし、わかりました。殿下とアルバート様の分を用意いたします。いえ、アリーシャ様の分も用意すべきかも」


 王太子の分は適当な生地で十分である。どうせ破り捨てられるのだから。

 ただ、3枚分用意できるのであれば良いかもしれない。アルバートの分、アリーシャの分、ドロシーも巻き込んでいるので彼女の分になればいいだろう。


 後日ドロシーが用意した材料は思った以上にあった。

 さすがに多いと言ってしまったが、アルバートから予算多めにもらっていたので調子に乗って買ってしまいましたとドロシーは笑っていた。


 授業の合間に作る刺繍は思いのほか気晴らしになり、ついつい調子にのって作りすぎてしまった。

 結局ドロシーの買い物に文句言えなかった。

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