11 ローズマリーの涙

 パーティーが終わった後の数日間、アリーシャはぼんやりと日々を過ごしていた。

 何度もパーティーの後のことを思い出し、頭を抱えた。


 シオンに自分の中にあった不満をぶちまけてしまった。

 半年後の処刑についても話してしまったし、彼からすれば何のことやら理解できないだろう。

 アリーシャが未来から戻ってきたなど誰が聞いてもおかしな話であろう。


 確かにこの世に魔法はあるが、時を遡る魔法というのは存在しない。


 王宮の問題児の泥姫はついに頭がくるってしまったのでは。


 他の人間がアリーシャの話を聞けばそう口にするであろう。周囲に噂が広まってたいへんだったと思う。

 へたすれば王太子の耳に入り「やはり貴様は生かしておけない」と処刑台に送られるかもしれない。


 話をぶちまけた相手がシオンで良かったと思う。同時に何であそこまで言ってしまったのだと後悔が何度も押し寄せてくる。


「そもそもヴィクター王太子が悪いのよ。あんな不遜に私の頬を公衆の面前で引っ叩いて」


 ぶつぶつと文句を言いながら、アンジェリカを抱きしめる。今日もふわふわもこもこの抱き心地満点なぬいぐるみである。


 ドロシーがノックをして中に入って良いか尋ねて来る。アリーシャはベッドから起き上がり、先ほどまで椅子に座り本を読んでいたように装った。


「入りなさい」

「失礼します」


 ドロシーの後ろには商人と思われる男が三名いた。彼らの両手にはたくさんの商品を抱えられている。

 注文していた商品が届けられ、衣装室の一部のドレスが入れ替わっていく。必要のなくなった衣装は全て商人の手に渡って処分してもらった。

 衣装室の中を改めてみるとドロシーが選んだものの方が自分の好みに合っていた。


「ところでアリーシャ様」


 ドロシーは衣装室の隅に置かれている紳士用の上着を取り出した。

 そういえばとアリーシャは思い出した。あのパーティーの夜にシオンから借りたままの外套であった。

 いつまでも衣装室に置いていおく訳にもいかず、返しにいくこととした。

 お礼の手紙を添えて、ドロシーに用意してもらった手ごろな箱に入れた。

 確かジュノー教会に預けるようにと指定していたのを思い出す。

 行き先を知らせるとドロシーは驚いた表情を浮かべた。


 自分は何か変なことを言ったのだろうか。


「今から行きたいのだけど馬車を用意してもらえるか確認してもらえる?」

「あ、えーっと……」


 ドロシーは歯切れ悪そうに今日はやめた方が良いと進めた。

「どうして?」

「その、ちょうど教会に行く途中の道に処刑場があります。今日は公開処刑が行われる日なのです」


 公開処刑という言葉でアリーシャの脳裏に浮かんだのは回帰前の自分の処刑の風景であった。


「人がいっぱいで馬車を思うように進められないと思います……アリーシャ様、大丈夫ですか?」


 アリーシャの真っ青な顔色をみてドロシーは慌てて彼女の様子を伺った。とりあえず椅子に座るように促し、ドロシーは飲み水が入ったグラスをアリーシャに差し出した。


「今日はやっぱりやめましょう。最近勉強もたいへんだったしパーティーでも疲れたのでしばらくゆっくりいたしましょう」

「そうね」


 シオンに早く上着を返しに行きたかったが、今日は諦めた。自分の処刑ではないとわかっていても通る気分にはなれない。

 アリーシャはそっと首筋に手をあてた。

 斬首される瞬間は覚えている。酷い激痛を襲ってきた。一瞬のことなのに長く続いたようにも思える。

 そのまま意識を手放し、気づけば半年前のこの部屋にいた。

 ここ最近の花姫授業のことで忘れていたが、首の痛みを思い出し何度も首を撫でた。


 シオンが自分の首を斬ったのだった。


 人をやって上着を預けて終わりにしてしまおうかと考えてしまう。

 だけど、彼から受けた好意はアリーシャにとって慰めになった。彼女が望まないものだったとしても。

 処刑もシオンがしたくて行ったわけではない。シオンが法律で決定された内容を実行しただけである。決定したのは裁判所であり、王族である。

 裁判所、王族はアリーシャに酷く冷淡で、聴衆もアリーシャを悪女と詰った。道行く人々もアリーシャを悪女、魔女と呼び石を投げつけていたがシオンだけはアリーシャをそう呼ばなかった。

 処刑への道のりの中シオンだけがアリーシャを守ってくれていた。


 やはり自分の足で返したい。


 アリーシャは後日馬車の手配をするようにドロシーにお願いした。


   ◇   ◇   ◇


 フローエ夫人に相談するとあっさりと休みを出してもらえた。

 彼女自身、この2週間アリーシャに無理させすぎてしまったと実感していたようだ。


「実は2か月分の遅れを取り戻せたので、3日お休みをとっても大丈夫でしょう」


 ずっと張り詰めるもよくないとも言ってくれた。


 アリーシャは部屋にしばらく閉じこもり過ごしていた。

 この前購入したドレスを眺めて、次に購入するドレスのデザインはどんなのが良いだろうかとカタログを開いてみせてくれた。


 コンコンとノックの音がした。

 ドロシーが応対すると、ぎょっと驚きアリーシャの方をみた。


「ジベール様でも来たの?」


 それとも執務室で応援に来ている元執事たちであろうか。

 ドロシーの口から語られる来訪者の名を聞いて、アリーシャは深くため息をついた。

 すっかり忘れていたが、回帰前でもパーティーの後にローズマリーが訪れていた。


「御機嫌よう、アリーシャ様」


 ローズマリーは落ち着かない様子でアリーシャの顔色を窺った。

 すでに彼女の要件はわかっている。


「謝罪であれば結構です。あなたからもらう必要はありません」


 記憶の通りの目的だったので、ローズマリーは俯いた。彼女は両手をぎゅっと握りしめ謝罪を口にした。


「何故あなたが謝罪しなければならないの?」


 回帰前の自分は何といっただろうか思い出してアリーシャは嫌気さした。

 行き場のない感情はここで爆発して、ローズマリーを怒鳴り自身の不満を吐き出した。


 ただの八つ当たりだった。


 回帰前のローズマリーはただじっとアリーシャの怒りを聞き続けた。

 彼女を侮辱する言葉を吐いたというのに、ローズマリーはアリーシャの言葉を遮ることなく彼女の気が収まるまで聞き続けようとしていた。それが一層アリーシャを惨めにさせ、最後はローズマリーを追い出してしまった。


 アリーシャの悪行のひとつとして語られていても不思議はなかった。不思議なくらいこの日のことは噂になっていなかったな。


 あの時、あんなに暴言を吐き続けたのに今はそんな気が起きない。


 回帰した後だからか。シオンに怒りをぶつけてしまったのか。多分後者だろう。

 シオンに言ってしまった後悔はあるものの、今は随分とすっきりした気分でもある。冷静に考えられる。


「あなたは殿下に私と踊るように忠告したのでしょう。でも殿下はそうせずあなたと2回目のダンスを踊った」


「申し訳ありません」


「何故あなたが謝るかわからないわ」


 忠告がきちんとできなかったからだろうか。

 ヴィクター王太子と2回目のダンスを踊ったことだろうか。

 アリーシャが公衆の面前でヴィクター王太子に恥をかかされたことだろうか。


「あなたのせいじゃないと思います」


 ローズマリーの思惑はわからない。


 もしかするとこれは演技かもしれない。アリーシャの自尊心を刺激して自分を罵倒してさも悪者のように仕立て上げようとして。


 しかし、自分がローズマリーを罵倒する理由にはならないだろう。

 誰かに怒鳴られて、否定されるのはつらいことである。

 そんなことをわかっていたのに、回帰前の彼女にしてしまった行為はよくなかった。


「私はあなたから謝罪を受け取りません。謝罪だけが用件であればお帰りください」


 ローズマリーはふるふると震え、涙をこぼした。

 回帰前は気丈に振る舞いアリーシャの罵倒を受け続けていたというのに、何でここで泣くのだろう。


 理解できなかった。


 アリーシャはローズマリーにハンカチを差し出した。目の前で泣かれても困ると口にして。

 ローズマリーは苦笑いして、必死に涙をこらえようとするが止められなかった。

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