その悪女は笑わない

ariya jun

序 悪女の死に様

 アリーシャ・クロックベルは侯爵家令嬢にして王太子妃候補の花姫であった。


 花姫は4人おり、それぞれがお妃教育を受け公的行事で競い合い王太子妃に相応しいのは誰かを決めていく。


 その中で最も立場が弱かった花姫はアリーシャであった。


 彼女は侯爵家の令嬢となっているが、クロックベル侯爵とは血の繋がらない養女であった。貧しい山村から引き取られた元平民である。その為、卑しい泥姫と呼ばれ嘲笑され、侍女たちからでさえ見下されていた。


「近づくだけで泥臭さがうつってしまいそうだ」


 そんなことを言われるのは日常茶飯事であった。


 彼女自身嫉妬深く、癇癪を起しやすく自身の侍女からも嫌われていた。

 王太子ヴィクターもアリーシャを嫌い、他の花姫とはよくお茶や食事を共にするがアリーシャに対しては必要最低限の接触しかしていなかった。


 アリーシャの嫉妬は次第に膨らんでいき、ついに花姫で最も妃に相応しいと言われるローズマリーを毒殺しようとした。この事件から今までの暴虐の数々が明らかとなり、部屋の中からは大量の呪いの道具が発見された。

 アリーシャは侯爵家にも見捨てられ死刑になってしまう。

 花姫が処刑されるのは初めてのことだった。世間はアリーシャを叩き、見下し、処刑されて当然の悪女と蔑んだ。

 そしてついに処刑の日になった。この日はまるでお祭りのように人々が集まり野次を飛ばしていた。

 アリーシャは長かった銀の髪はばっさりと切られ、粗末な囚人服を着せられ、囚人馬車で街中を引きずり回された。

 嘲笑も、侮蔑も花姫になってから受け続けていたアリーシャは疲れ果てていた。

 冬の寒空の中、風がふきアリーシャはぶるりと震えた。


「失礼します」


 一緒に乗っていた男性はアリーシャの肩に自分の外套をかけた。少しだけ暖かく感じたが、男の方が寒そうな格好になってしまった。必要ないと言ったが、男は身につけてほしいと笑った。

「処刑場につくまでお使いください」

 男の声はひどく穏やかで落ち着いた声であった。あちらこちらでアリーシャをあしざまに言う中、男だけアリーシャへの態度が違った。

 彼からは悪意が感じられず何故と質問してしまう。


 自分のことが何といわれているのか知らないのか。


「噂通りの方かどうかは別としてレディが肩を震わせているのであれば少しでも暖かくしてほしい。そう思ったからです」

 男から感じられる気配りの言葉にアリーシャは嫌な気分を感じなかった。

「ありがとう」

 思わず口にしたお礼の言葉にアリーシャは気づいた。はじめて誰かに感謝の言葉を述べたような気がする。こんなに簡単に口にできるのかと驚いた。

 処刑場に辿り着いた時、アリーシャは男に外套を返した。


「あなたにロマ神の加護があらんことを」


 この国の宗教にちなんだ挨拶の言葉である。

 この言葉も初めて言ったような気がする。この男になら願ってもいいかもしれないとさえ思った。

 皮肉なことだ。男は自分の首を刎ねる男だというのに。


「アリーシャ、最後に言うべきことはあるか?」


 処刑場を一望できる塔から王太子の声がした。

 上の方を眺めると自分に対して冷たい視線を向けるヴィクター王太子がいた。


 先ほどの男と大違いだ。

 どうしてこんなにもこの男の妃になりたいと思ったか理解に苦しむ。


「いいえ」


 王太子の後ろから控える他の花姫たちであった。その中には毒を盛られたローズマリーのはない。

 王太子の傍にいる花姫二人は嬉しそうに口を歪ませていた。

 もうこの人たちの相手をするのは疲れてしまった。会わずにすむのであればせいせいする。


 お望み通り消えてあげましょう。


 さようなら。

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