第15話 突き抜けた馬鹿には誰も勝てない


「これから一緒に君の家へ行って、ブラックトン侯爵に話を通そう」


 話がまとまりかけたところでノアがそんなことを言い出したので、ソフィアは仰天してしまった。


 彼はついさっきも『テオドールの父であるカーヴァー公爵と話をつける』などと言い出し、行き過ぎた親切心を発揮したばかり。


 なんとかそれをソフィアが止めたのに、今度はこれだ……彼は今、親切強化月間中か何かなのだろうか?


 と、それはさておき。


「私の父と会うなんてだめよぉ!」


 全力で拒否するソフィア。


「どうして?」


「そもそも陛下は私の家族にどこまで話すつもりなの? あなたが問題を抱えていて、私がそれを助けられるかもというところまで、全部?」


「ブラックトン侯爵のことをそこまで信用できない」


「じゃあ?」


「私が君を気に入り、手元に置きたいと考えている――そう伝えるつもりだ」


「分かったわ。でもそれならやはり、あなたが直接話す必要はないと思う。私のほうから伝えておくから大丈夫よ」


「そうは思えない。やはり俺が――」


「だめ、だめ」


「ソフィア」


「だってね、父はものすごく変人なの」と、ものすごく変人のソフィアが言う。「私が上手く話をするから、任せておいて」


「……大丈夫か?」


 ノアは怪訝な表情である。けれどソフィアにはソフィアの考えがあるのだった――陛下からそんな話を持ちかけられたら、父は無理やりふたりの婚約を纏めあげようとするかもしれない。


 だって絶対『チャンス!』と思うに違いないわ。


 だからソフィアが父を上手く丸めこまなくちゃ――「なんとなくフィーリングが合って、陛下と恋人関係になったのだけれど、しばらく放っておいてね。そうすれば彼は感謝すると思うわ! 恩が売れるわよ。下手に陛下に結婚の予定なんかを訊けば、彼は途端に面倒になって、私への関心を失うかもしれない」――これで押し通す。


 父はドライな人なので、ソフィアが陛下と恋人関係になれただけでも、たぶんよしとする――テオドール・カーヴァーに安く売りつけるよりはずっと得だと考えるはず。


「大丈夫、大丈夫」


 ソフィアは軽~く請け負った。


「それならソフィア――一度家に戻り、夜にはこちらに来られる?」


 今夜?


 尋ねられ、ソフィアはうーん……と考えを巡らせた。


「それは無理ねぇ」


「なぜ?」


「荷造りがあるし、転居には数日かかるわ。準備が整ったらまた会いに来るから、それまで時間をちょうだい」


 そう告げたソフィアは陛下の膝からやっと下りて、


「じゃあ、またね!」


 と手を振り部屋から出て行った。




   * * *




 侍女のルースは部屋を去る時少し汗をかいていたし、火照りを感じていた。


 いやぁ、とんでもないものを見たわぁ……ルースの心臓は早鐘を打ち、珍しく興奮が静まらない。


 ああもう何あれ。


 とりあえず心の中で絶叫させてよ――『陛下の笑顔、あまーい‼』『清潔感がちゃんとありつつ、甘くてとろける!』――見物していただけなのに、不覚にも胸がキュンとしてしまった。


 これまでちょっとお嬢様のことを侮っていたけれど、実はこの人すごい大物なのかも、とルースはあるじを見直したほどだ。


 突き抜けた阿呆ぶりで、天岩戸(あまのいわと)を開けさせちゃったよ、という感じ。ルースからすると、反則級の浄化魔法を使えたことよりも、あの氷帝から雪解けのような鮮烈な笑みを引き出せたことのほうが奇跡なのである。


 彼は明らかにソフィアの能力そのものよりも、心で繋がることのほうを求めていた。


 ゲームだとヒロインが必死で頑張ってエンディングにこぎつけても、あそこまでの親密度にはなりえなかったのに。ヒロインの場合は『キュンでチート状態に』なんてドキドキ設定はなかったから、氷帝と関わっていく中でコツコツ真面目に魔法を学び、ふたりの関係も亀の歩みのようにゆっくり進む。氷帝もなかなかほだされない。そのはずなのにお嬢様の一体何が、彼を陥落させたのやら。


 結局、突き抜けた馬鹿には誰も勝てない、ってことなのか?


 この部屋に引っ張り込まれた時は、『この小娘めぇ~!』と恨めしく思ってしまったのだが、結果的に来てよかった。ものすごくいいものを見ることができた。


 大満足のルースであったが、踵を返す前に横手から強い視線を感じ、そちらに目を向け――見てしまったことをすぐに後悔した。


 ああ、もうイーノク――また嫌な目つきで睨んでいる。


 ルースはまた不快感がぶり返してきて、『そこまでブスなオバサンが目障りなのかしらね』と心の中で悪態をつきながらプイと視線を逸らした。そしてお嬢様のあとについて俯きがちに部屋から出て行った。


 ――窓際に佇んでいたイーノクはふたりが去ったあと、思わず胸に手を当てていた。


 微かに頬が赤らんでいるのが自分でも分かった。


 ――ルースか……ああ、年上の女性っていいなぁ……!


 これまで彼は異性を強く意識したことがなかったのだが、今日はそれが大きく変わった日だった。彼はルースをひと目見た時から心惹かれるものを感じていた。


 かの女性はクールで他者に媚びず、頭の回転が速く、しっかりした職業婦人で、イーノクの目には何もかもが好ましく映った。


 実はイーノク、若くて愛嬌のある痩せた女性が昔からものすごく苦手だった。友人から『あんな感じの良い美人に言い寄られて、グラリとこないのか?』と問われたことがあるのだが、『あれのどこが美人なんだ?』と返し、猛反発を食らったこともある。


 イーノクとしてはお高く止まっているつもりは毛頭なくて、とにかく誰もかれもが同じ顔に見えるし、周囲が『美人』と評する女性に対し、まるで性的魅力を感じることができずにいたのだ。


 それがこんな場所で理想の塊に出会えるとは! 神様ありがとう! イーノクは心から感謝した。


 彼女の四角張っているような、それでいて丸い顔の輪郭や、低めの鼻、サイコパスめいた冷たい瞳、血流が良さそうな赤味を帯びた肌、安定感のある筋肉質でどっしりした体つき――もうすべてがたまらなくツボだ。目に焼きつけておきたくて、凝視してしまったほど。


 年齢は四十くらいかなぁ? そうなると、十五ほど上かぁ……こんな若造、相手にされないかな?


 ソフィアとのつながりでまた会えるだろうか? というか自分から会いに行っちゃおうかなぁ……。


 イーノクは浮かれ切っていた。


 しかし彼の未来は暗い。たぶん死ぬ気で頑張っても、ルースと結ばれることはないだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る