第11話 お嬢様は魔法を使えるはず
せめてトライしてみてほしい――そう乞われたソフィアは。
慎重な足取りで執務机を迂回し、ノアが腰かけている椅子のところまで近寄って行った。隣に立って彼の端正な顔を見おろしながら、『まるでできる気がしないわ』と途方に暮れてしまう。
「――ソフィア」
促すように、手のひらを差し出される。すらりと伸びた指は繊細なつくりであるけれど、それでもやはりソフィアのものよりもずっと大きくて、男の人の手だなという感じがした。それを意識したことで、滅多に動じないはずのソフィアがガチガチに緊張してしまう。
彼女は大変人懐こい性格をしていたけれど、実はこれまで生きてきた中で、男性と親密な関係になったことが一度もなかった。
これはお友達とするような、挨拶の握手とは違う触れ合いだわ……ソフィアは浮ついた感情よりも、緊張のほうを強く感じた。
おっかなびっくり、彼の手にそっと自分の手を乗せる。
一方、ノアは。
ソフィアに対して抱いていたイメージ――『元気で物怖じしない女性』という人物像が、必ずしも正しくないことに気づかされていた。
どう見ても彼女は男慣れしていない。触れた指先はとても冷たく、挙動もぎこちなかった。
ノアは物柔らかな瞳で彼女を見つめた。そして接触により、変化が起こるのを待った。
「……な、何も起きない……」
ソフィアが動揺した様子で呟きを漏らす。確かに何も起きなかった。
まただめだったわ……ソフィアは胸を痛めた。
こうして誰かの期待を裏切るのはこれで二度目だ。一度目はかなり大きな騒ぎになった。十二歳の時に魔力測定を受け、ソフィアには魔法を使う才能がないと宣告されたことで、家族はソフィアに失望し、冷めた怒りを向けた。これによりソフィアは家にいられなくなり、外国に渡った。
長い年月を経てふたたびガーランド帝国に戻ってみて、それで何かが変わっただろうか? 変えることができただろうか? ――答えは『いいえ、何も』だ。
今回ノアは『君ならできる』と期待してくれたけれど、やはり自分はそれに応えることができなかった。大抵のことなら笑い飛ばせるけれど、魔法に関することだけは別だ。ソフィアはしょんぼりして俯いてしまった。
「あの、陛下」ソフィアが元気のない声で呟きを漏らす。「私には魔法の才能がないんです。だから何も起きないのだと思うわ」
「そうは思わない。君は魔法を使えるはずだ」
意外にも陛下はそれを否定する。
「でも」
「君に触れていると、確かに何かを感じる。けれどとても淡い――まるで硬い殻に覆われ、厳重に封をされているかのようだ。これはなんだ?」
傍観していた侍女のルースは、思わず一歩進み出ていた。考えごとをしながら、ほとんど無意識のまま口を挟んでしまう。
「陛下は正しい……お嬢様は魔法を使えるはずです」
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