第38話 ロザリー、クロード殿下に突撃②
――クロード殿下は障害物が排除されたあとで、傍らにいたミラーのほうに視線を送った。
「なんだあれは」
「……特徴からして、ロザリー嬢ですかね。アレック殿下の新しい婚約者の」
「おい、おい、アレック殿下は正気なのか?」
「どうでしょう。雲行きが怪しくなってきましたね」
「歴史に残る愉快な会談になりそうだな。なんだかワクワクしてきたよ」
そう呟きを漏らしたクロード殿下は、確かに口元に笑みを浮かべていたのだが、微かに細めた目元には、冷ややかな怒りの気配が漂っているように感じられた。
それを眺め、ミラーは少しだけピリっとした気分を味わうこととなった。
クロード殿下は不快になったとしても、部下に当たり散らすようなことは決してしない。けれどだからといって、気安く怒らせてよい人ではないのだ。――抑制が利いていて、懐の深い人物だからこそ、相対する側がそれに甘えて無礼を働いてはいけないとミラーは考えている。
ロザリー嬢のあの馬鹿げた振舞いを見るに、ブレデル国はきちんとわきまえてはくれなそうであるが……。
クロード殿下が気まぐれのように続ける。
「本館に着いたら、警護はそこに置いていく。そのまま残すことで、アレック殿下たちに圧をかけてやろう」
どこまで本気なのかは分からない。クロード殿下の考えは複雑すぎて、ミラーが真意を読み解くことは不可能だった。
今の『圧をかける』という発言だって、完全におちょくっている口調だったし。……いや……実は少し本気だったりするのか?
「……パトリシア嬢には身軽な状態で会いたいということですか?」
「まぁそうだな」
「理由をお訊きしても?」
「理由なんかない。単なる気まぐれ」
本当だろうか? ミラーは思わず眉根を寄せてしまう。
「私はご一緒してもよろしいですか?」
「ああ。二人でパトリシア嬢のもとに向かおうじゃないか」
「さようですか」
「何を話そうかなぁ……趣味でも訊くか? お喋りな男は嫌われてしまうかな? どう思う?」
軽口を叩いているものの、クロード殿下の表情は完全に冷めていた。これから起こる出来事に対して、何一つ期待していない様子である。それほど先のロザリー嬢の乱入が、クロード殿下にとって良くない印象だったのだろう。
……確かにあれはなかなかに衝撃的だった。ミラーは『人語を話すチンパンジーが飛びかかって来たのか?』とぎょっとしたくらいだ。
それでもミラーとしては、あるじがこうも投げやりになっていると、心配せざるをえなかった。
「――殿下。お忘れのようですが、アレック殿下ほか、王族との挨拶がまだお済みではないですからね」
「途中で私の堪忍袋の緒が切れて、彼らの口に石ころを詰め込もうとしたら、羽交い絞めにして止めてくれよ」
クロード殿下は軽く肩を竦めながら、そんなジョークを口にした。
ミラーとしては苦笑いするしかなかった。
――このあとアレック殿下と面会したクロード殿下の機嫌は、下降の一途を辿ることになる。一番下まで行き着いたので、かえって穏やかに感じられたくらいだ。
パトリシア嬢のもとに向かう頃には、あるじの精神状態は凪ぎに凪いでいた。
「外は良い天気じゃないか。……世界は平和だ」
と殿下が隠居人のようなことを言い出した時には、本気で心配になったほどだ。
途中でグレース王太后殿下と遭遇し、そのあとで約束の場所に辿り着いた彼らは、運命の扉を開け――
この状態から見事、クロード殿下を惹きつけてしまったパトリシア嬢の鮮烈な存在感に、ミラーは圧倒されるような心地だった。
運命、といったら陳腐だろうか。
とにかく彼女は何一つ計算することもなく、あるがまま、身一つで、クロード殿下に衝動めいた行動を取らせたのだ。――この怜悧なクロード殿下に!
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