第2話 汚れた袋


 クロエ王妃殿下に呼ばれていたので、パトリシアはサロンに向かった。クロエ王妃殿下はアレック殿下の母君である。


 サロンでは幾人かのご婦人がテーブルを囲み、和やかに談笑していた。


 パトリシアが席に近寄り挨拶をすると、王妃殿下が鷹揚に微笑んでみせた。


「パトリシアさん、あなたにお土産があるのよ」


 上品な口調だ。四十に近いはずであるが、今でも完璧な美しさを保っているようにパトリシアの目には映った。メイクやファッションはいつも洗練されていて、一分の隙もない。


 しかし王妃殿下にはなんともいえない癖がある。一見優しげであるのだが、目の奥に激情が潜んでいるように感じられるのは、なぜなのだろう。


 パトリシアは王妃殿下から小さな布袋を手渡された。手のひらに乗るサイズのそれは、全体的に茶色く、一部が黒ずんでいて汚らしかった。


 こんなものを渡されて、パトリシアは硬直してしまう。――嘘が許されるのならば、『ありがとうございます』とすぐに口にしただろう。上位者に逆らってもロクなことにならない。しかし心の底から『ありがたい』と思っていないので、これも嘘とみなされる危険があり、言葉に出すことができなかった。


 円卓の向こうから、華やかな声が上がる。


「なんてお優しいのでしょう! あのね、パトリシアお姉様――その袋の中身は、とっても香りの良い茶葉ですのよ! 王妃殿下に親切にしていただき、良かったですね!」


 声の主は、まるきり他人というわけではなかった。一つ下の従妹だ。名前はロザリー。


 彼女とは姉妹関係にないのだが、最近このように『パトリシアお姉様』と呼ばれる。社交の場では、特にそうだ。――昔は呼び捨てで『パトリシア』と呼ばれていたような気がするのだが、いつの間にか変わっていた。なぜ彼女が呼び方を変えたのか、パトリシアにはよく分からなかった。


 けれどこれは周囲の大人たちからは大好評なようである。『ロザリーは人懐こくて、可愛いね』と褒められ、ロザリーがはにかんで赤面している光景がしばしば見受けられたからだ。


 黒髪に飴色の瞳をしたロザリーは、溌剌とした可愛らしい少女である。年齢は十八。蕾から花開いたばかり、といった感じで、彼女の自由さがパトリシアには眩しかった。


 ロザリーは皆の人気者だった。王妃殿下も例外ではなく、ロザリーを手元に置きたがり、可愛がっていた。


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