14:殺意
「死ね!」
強い殺意と共に放たれたスティレットによる突きを刀で受け流す。更に反対の手に持ったもう一本のスティレットによる二撃目を、片手で弾いて反らして対応する。
「なっ…!?」
触れれば豆腐のように抉られるであろう膂力で放たれる連続の突き。洗練された動きだが、まだ対応できる速度だった。
恐らくレベルで言えば1程度。それでも車をひっくり返したり、蹴りで人の頭を破裂させる程度の力はあるが、俺を殺すという意識が行き過ぎて、直線的で直接的な動きしかない。
先の動きが読めるってやつだ。まさか俺がこんなバトル漫画みたいなこと出来るようになるとは思いもしなかったが、まあ今はそれは良い。
相変わらずステータスは一切起動しない。そもそも今この空間には魔素が無い。燃料が無い状態でエンジンが動く訳が無いのだ。
じゃあどうしてドグの攻撃に対応できているのかと言えば、普通に死に物狂いで初動を見切って動きを先読みして攻撃を封じているだけである。打点をずらしたりフェイントかけたりして辛うじてって感じだ。
少し前の俺ならできなかっただろうが、師匠に鍛えられたのと、大会中に剣のプロと天才と本気でぶつかり合ったおかげで出来るようになった。こういうの、目が良くなったというのだろうか。
とは言え内心は焦りまくりだし冷や汗は止まらない。一回でもミスれば俺は即あの世に行く事だろう。こんな綱渡り、長く続けたいものじゃない。
そして、なぜドグの奴が、レベル1程度とはいえ超人の動きをできているのかだが…どう考えたって今の注射が原因だろう。マジックアイテムなのか、はたまた全く別の何かなのか。
気になるところだが、どうしたものか。俺は刀を握って奴を注意深く観察する。欲を言えば生け捕りしたいが、ステータスを発揮している冒険者はその辺の戦車よりも危険だ。
余裕はない。俺はもしもの時の覚悟を決めて、深く息を吐いた。
「なんで俺の動きについてこれる!?」
ドグが叫んだ。
「おかしいだろ…お前ら冒険者は、ステータスが無いと何もできないゴミクズのはずだ!」
その言葉に思わず眉を顰める。
「お前だって曲がりなりにも冒険者だろ」
「一緒にするな…!俺は、冒険者などというくだらない存在から超越した存在…超越者なんだぞ!」
「知らねえよ、なんだそれは」
「ステータスに頼らず!奇跡の御業で超人の力を得た神々の尖兵!それが俺だ!」
ぺらぺら喋るな。俺は防御に使ったおかげでじんじんと痺れる手首の調子を確認しながらドグの奴を見る。
燃え上がる憎悪の目。どうやらアイツは俺に…というか、冒険者全体に恨みを抱いているらしい。
一つ引き出してみるか。俺は鼻で笑った。
「ステータスをさも悪者のように扱っているな。冒険者なんだから、ステータスに頼るのは当然だろ」
「その考え方こそが人類の本来持つ牙を抜き、そして不平等を生むのだ!ステータスの質が悪い者がどのような扱いを受けるのか、お前は知らないだろう…!」
不当な扱い、ね。確かに冒険者の世界は才能と継続期間、経験がものをいう世界だ。ルーキーの頃は特に前者の要素で勝負するしかないから、才能が無い冒険者は弾かれやすい。
それでも諦めずに経験を積んでいって、プロの冒険者になった者もそれこそ多いと聞くが…奴は恐らく弾かれた側なのだろう。どんなことを経験してきたのかは知らないが、物凄い剣幕だ。
「で、不当な扱いを受けたからテロ組織に転入って?中学生でももうちょっとマシなグレ方をするんじゃないか?」
「貴様…いいか、魔神教はテロ組織のような低俗な存在ではない…!この腐った世界を破壊し、再生させるのだ!それができるのは魔神教だけだ!」
「どんな高尚な考えを持っていても、やってることはテロそのものだ」
「違う!ぐっ…」
急にドグが注射を刺した方の腕を抑えて呻いた。服で良く見えないが、黒い痣が徐々に広がっているのが見えた。
俺はここぞとばかりに口を開く。
「デメリット付きの奇跡の御業ね…どうやらお前はただの鉄砲玉のようだな」
脂汗を染み出させたドグが、俺を睨みつける。
「司祭様とやらに注射器を貰ったのか?宗教で人を呼んで駒のように扱い、信者を消耗品のように扱うなんて。やってることはその辺のテロ組織とほぼ同じじゃねえか」
「アズラウル様は…司祭様はそんな方じゃない!俺の信仰心がまだ未熟なだけだ…お前を…冒険者を殺すことで、俺は完全にこの力と適合できる…」
「…ふーん」
「殺す…お前だけじゃない、この大会に出場した上位の冒険者は全てこの俺が殺す…!最初にお前を選んだ理由を教えてやろうか…!?お前を殺して楔を奪い、更なる力を手に入れた後、王竜水をもこの手で殺す為だ!俺の踏み台となってもらおう、神野圭太…!」
「…わざわざ聞いても無い事まで教えてくれてどうもありがとう。でも、お前に俺は殺せねえよ」
「ほざけ!」
ドグがスティレットを構えた。そして一気に加速し、俺が間合いに入った瞬間にはその先端を突き出していた。俺はそれを半身を捻る事で避けて、更にもう一撃を身を屈ませて頭上を通過させる。そしてそのまま頭上に突き出された腕を取って、勢いの流れるままドグを後方へと投げ飛ばした。
うん、やっぱり俺、素の状態でも強くなってる。ステータスで一時的に得られる、借り物の高い認識能力や戦闘センスが、徐々に根付いていっているという事なのだろう。
当然、ダンジョンから出てきた食材アイテムのお陰もあるだろう。身体を自由に動かせる。冒険者をやる前の俺は逆に運動不足気味レベルの身体だったが、いつの間にかここまで鍛えられていたとは。
「くそがああああ!」
ドグが焦った様子で着地してさらに加速する。黒い痣が脈動した。再度の突貫。俺は攻撃を全て反らして、隙を見てドグの顔に刀の柄をめり込ませた。砂の詰まったタイヤを殴ったような感覚。防御力も、そりゃ強化されてるよな。
「ぐぼっ…」
だが、痛覚までは消えないようで、ドグは鼻血を流しながら顔を抑えた。
「ごっ、ごろじてやっ…」
何かを言おうとしたドグだったが、俺はそのまま、身体を捻ってこちらを向いたドグの顔に回し蹴りを放った。ドグは顔から血を吹き出させ、後ろに倒れ込んだのだった。
俺は倒れ込んだドグを見下ろして、刀を握り締めた。そして奴の手足に向けて切っ先を向ける。
「がああああ!」
「悪いが、これくらいはさせてもらうぜ」
手足の関節部分に刃を入れて動けなくする。ドグは痛みで泡を吹いていた。
14:殺意
…とっとと止血してやらないと死ぬな。
そう思い腰を下ろした瞬間だった。渇いた爆発音とともに、俺のすぐ横で何かが通り過ぎた。
「なっ…」
「ちゃんと狙え!」
すぐにそちらに目を向けると、そこには何やらワープゲートの様なものを潜って3人の男たちが転移してきていた。そいつらは一般的な冒険者の恰好をしていて、正直見分けはつかない。
だが、転移してきたということはそういう事だ。
奴らは手に持った何かを俺に向けていた。それはドラマや映画でよく見る銃だった。
訳が分からない。なんであんなもんが日本にあるんだ。
「ひ、ひゃははははっ、おば、お前は終わりだっ…!あれは俺の仲間だ…助けに来てくれたんだ…!」
「ちっ…!」
俺は咄嗟にしゃがんでドグの身体を持ち上げた。そして盾にする。
「神野貴様ァ…!くそっ、俺が人質になんて…!」
「撃てぇ!」
「え…?」
ドグの声が発砲音が響き渡り、弾丸が凄まじい速度であらぬ場所へと飛んでいくのが辛うじて見えた。
…見えちゃったよ。マジか。いや、今はそんな場合じゃない。
何度かドグの身体が跳ねて悲鳴が上がる。どうやら撃たれたらしい。あいつら当たり前のように仲間を撃ちやがった。
「許せ!」
俺はドグをそのまま盾にして走り出した。すぐそばを弾丸が通り抜け、チュンッ、と地面が小さくえぐれる。
そのまま後方の建物…公衆トイレまでたどり着き、その陰に身を潜めた。
「はあ、はあ…」
「が…あ…な、なんで…」
ドグを下ろして容態を見る。足や腹から少しだけ血が出ていた。しかし傷は浅い。
「おい、あいつらはなんだ!」
「な、仲間だ…司祭様が俺にくれた部下で…それが、なんで、俺ごと…」
「部下?」
それ以上のうわごとを聞く前に、また銃声が響く。俺は建物の影からそっと覗き込んだ。
「おお、神々よ!ドグ様は殉死なされた!でも大丈夫、代わりはいくらでもおります!私が彼の意思と力を継いで、地上に絶望をばらまきましょうぞ!」
「出てこい、クソ冒険者!よくもドグ様を!仇をうってやる!」
なんなんだ、あいつら…!滅茶苦茶な事言いやがって!
そう言えば刺青の男と戦った時も、当たり前のようにグレネードを使ってたな。これは一体どういうことだ?
と、ここで一人がゲートから何か筒状のものを取り出した。それは…ミサイルランチャーのように見える。
おいおい、勘弁してくれ!俺は全力で建物の後ろに隠れて、後方に下がって頭を伏せた。
腹の底にまで伝わる凄まじい爆発音が響き渡る。こぶし大の大きさの石がいくつも俺の身体に降りかかってきた。
不快な耳鳴りがする。俺は少しして動き出し、周囲を見渡す。
どうやら弾は建物に当たったらしく、一部を瓦礫に変えていた。黒煙が上り、嫌な匂いが立ち込めている。
俺はそのまま放置してしまったドグを探した。すぐに見つかる。爆発でめくれ上がった土や瓦礫に埋もれてしまっていた。
匍匐前進してドグに近づく。そして顔を覗き込んだ。こうして近くでみると、コイツは俺と同年代か少し上の年代だ。やっぱり利用されてたのか?
許されない事をしようとはしたが、そうなると哀れにも思えてくる。
「…おい、生きてるか?」
「…うう…」
ドグは生きてはいた。ひとまずそれだけ確認できればいい。俺はドグの身体をまさぐる。
「…武器はスティレットしか持ってきてないか」
刺突に特化したナイフが二本。俺はそれを片手で纏めて持って、ドグから離れる。
「出てこい!お前は冒険者とは言え、ステータスが無ければ所詮ただの高校生だ!未成年を必要以上に甚振る趣味はない!苦しんで死にたくなければ出てこい!出てくれば、お前の死は栄誉ある死として認められるだろう!」
そんなアホみたいな内容の怒声が響き渡る中、俺は周囲の地形を確認した。
公衆トイレは敷地内の端の方に建っている。敷地の端には生垣や街路樹などで彩りが添えられていた。俺は姿勢を低くしたまま、生垣の背を移動する。
スマートフォンの電源を入れて、そしてタイマーをセット。その場に残してさらに移動。
「ガキめ、どこに行った?」
周囲を見渡す三人に向けて、俺は小石を投げた。奴らは目ざとく反応して、俺の行動を鼻で笑う。
「なんだ今のは?攻撃のつもりか?」
「出ておいで!大丈夫、ちゃんと魔神様がいかに尊い存在か存分に説明してから、魔神様の元に送ってあげるからね!」
「魔神教の教えを理解できない愚かな凡夫のお前が、魔神教の礎になれるんだ!運が良い事なんだぞ!」
三人の内二人が言葉をかけながら俺のいる方へと近寄ってくる。
「おい、油断するな。相手は準優勝者なんだぞ」
「だがここではただのか弱いガキだ」
「この状況で何が出来る!人を殺した事さえない癖に…」
その瞬間だった。スマートフォンから音が鳴った。奴らは意地悪い笑みを浮かべて、銃を取り出した。
「あーあ、これでゲームオーバーだ。ほら、10秒数えてやるから出ておいで!」
「1!」
銃声が鳴る。撃ったのは俺を侮っていた二人の男だった。更に奴らは数を10まで数えながら、音が鳴った方へと銃を撃ち続けた。
「…10!ちっ、丁度弾切れだ。さて、生きてるかな?」
「早く確認しよう。どんな死に方してるのか気になるぜ俺は」
二人が近づいてくる。俺はスティレットを構えて、そして音もなくそれを投げた。
一本目が、一人の首に突き刺さり貫通した。
「…えっ?」
更に間髪入れずにもう一本投げる。真横で仲間が死に、驚いて固まっていた男の頭に、スティレットが吸い込まれるよう突き刺さり、力なく倒れた。
「なっ…」
残された一人が、死んだ二人を見て一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「はは、はははは!殺しやがった!殺しやがったぞ!出てこい人殺しめ!最低な野郎が!」
「…」
俺は言われた通りに茂みから出て行った。銃口が向けられる。最後に残った一人は俺を見て、笑みを深める。
「人を殺した感想はどうだ、超新星のルーキー様よぉ。お前がどれだけ才能に溢れていようが、どれだけ若かろうが、もう関係ねえぞ!お前は人を殺したんだ!俺がこの目で確かに見たぞ!この人殺しめ、お前は最低な犯罪者だ!」
「…言いたいことはそれだけか?」
「俺も殺すのか!?お前はただの高校生のはずだ!なんでそこまで簡単に人を殺せる!?お前は…本当は俺達と同じ側なんだろう!?」
「同じ側?どういう意味だ」
「魔神教は最高な所さ!崇めてる神が神だから、人を殺しても何の文句も言われない!俺達みたいなクズにとっては最高な場所さ…どうだ、お前も魔神教の信者にならないか?」
「信者ね。…どうすればなれる?」
「ひひっ、そうだよな、気になるよなあ。なぁに、簡単だ。渋谷駅ダンジョンだ。そこで適当に冒険者を殺しまくってりゃあお迎えが来る。だが今回は俺が連れてってやるよ!信者になれ、神野!お前みたいな異常者の居場所は限られてるんだ!さあ!」
「…ふーん、渋谷駅ダンジョンか」
東京じゃねえか。遠いなぁ…。俺は小さく息を付いて口を開いた。
「…何か勘違いしているようだが」
「なんだ!?」
「魔神教徒は人間じゃねえ。モンスターだ。勘違いすんな」
「な…」
「殺せるぞ、お前も」
俺はそう言って駆け出した。男が銃を撃ってくる。しかし様々な経験を積み、その上食材アイテムのお陰で視力や動体視力も向上した俺の目には、奴の銃口の角度から、弾がどこを通過するのかがよく見えていた。
俺は一対一という状況なら、銃相手でも何とかなるらしい。
半身をずらし、ステップで避けて俺は着実にソイツに近寄る。
「く、来るな…」
奴の顔が徐々に恐怖に歪んだ。そして最終的に弾が切れて、カチカチと虚しい音が響く。
「来るなああああ!」
男に歩きながら近寄り、俺は…ソイツの顔に、拳をめり込ませた。
男は嘘のように吹き飛び、そのまま気を失った。
「…ん、空の色が戻ったか」
どういうからくりかは知らないが、ダンジョン化が解けた。
ここを見られるのは不味いな。俺は刀を急いで収めて、スマートフォンを見に行く。
「…よかった…ふう、さっさとここを離れよう」
(とりあえず、殺さずに済んだ奴らを鴻支部長に回収してもらえるよう頼んでみるか…)
幸いにもスマートフォンは銃弾を受けていなかった。俺は鴻支部長に通話を繋ぎながら、駆け足でその場を離れたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます