6:一回戦 VS田淵

「やあ、君も食堂?良ければご一緒にどうかな」


 食堂に行くと、そこには糸目の男が先に席を陣取っていた。手を上げてきてフレンドリーにそう話しかけられる。


 王竜水。最強のルーキーで、通り名は『神童』。去年まで高校生で、現在大学に通いながら冒険者として活動中。…全て間先輩から聞いた情報だ。


 まさかそんなビッグネームから話しかけられるなんて思っていなかった俺は、少し間をおいて何とか返事をした。


「どうも…王さんと呼んでも?」

「竜水でいいよ。王、なんて名前、なんか仰々しいだろ?下の名前で頼む」

「分かりました」

「敬語もいらないよ。あ、もちろんさん付けもね」

「…分かった」


 俺はとりあえず食堂で注文して、きつねうどんを持って返ってくる。そしてテーブルにトレイを置いて対面に座った。


「それにしても、竜水みたいな有名人に話しかけられるなんて思わなかった。一緒に食事ができて光栄です…いや、光栄だ」

「うーん、それはこっちのセリフかもね。狐面君?」

「…何のことで?」


 咄嗟にそう返したが、そもそも確信があったのか、顔でバレバレだったのだろう。竜水は笑顔を浮かべた。


「今日の選抜試合、見たよ。拡散されてた狐面の太刀筋とよく似ていた。いや、見た所あの時よりもずっと成長してたけど、若干固有の癖が残ってた。だから君が狐面だろうな、ってね」

「それで分かるんですか?そもそも、映像を見たって言っても、そんなのダンジョンの中じゃあるまいし」

「生身でも、多少は見えるだろ?」

「…見えませんて」


 俺はこの時やっと確信した。


 王竜水は、確かに天才だ。ステータスの恩恵が無い一般人が太刀筋で個人を識別できる訳ないだろ。ありえなさ過ぎて何を言っているのか一瞬理解できなかった。


「この大会に出てよかった。狐面とはいつか絶対戦ってみたいって思ってたからね!きっと楽しい試合になるよ」

「それは、ワシにも言ってくれるのかな?竜水殿」

「おっと…これはこれは、大門寺さん!どうぞどうぞ」


 いつの間にか俺の後ろに立っていた巨漢の老人が、俺の隣にカルボナーラの皿を置いて座ってきた。


「隣を失礼するぞ、小僧」

「…どうぞ」


 大門寺弘雷。凄まじい筋肉を持った、恐らく今大会の出場者の中で最年長の男だ。


 彼は座って、そして俺の顔をまじまじと見てきた。


「…くくっ、竜水殿と話をしているから誰かと思えば、お前だったか、カミノ。一つ聞いても良いか?…お前は狐面か?」


 俺はそんなセリフを聞いて、頭痛を感じた。


「…ッスー…何のことで…?」

「いやなに、彼奴の放つ太刀筋が似ていたのでな」

「だよね!大門寺さんもそう思うよな!」

「うむ。一目見れば分かる!くくく、竜水殿、やはりお前も気付いていたか」


 ダメだ、この人たちは完全に一般人じゃない。どんな目してるんだ、マジで。恐らく冗談でも誇張でもなく、高速道路を走る車のタイヤの回転数を数えられるレベルだろう。もはやステータス必要ないんじゃないかとも思う。


「おっと、ワシとしたことが挨拶が遅れた。大門寺弘雷というものだ」

「…カミノです。よろしくお願いします」

「大門寺さん、王竜水です!当然、大門寺さんとも戦ってみたいと思ってたよ!」

「それは光栄だ。その時はすっぱり首を断ち切ってやろう」

「果たして出来るかな?」


 楽しそうに笑う二人。


 いや、気持ちは分かるけど…ここまで戦いに陶酔できる感性は俺にはまだない。それに比べてこの二人、まぎれもなくバトルジャンキーだ。


「おっと、そろそろ明日のトーナメント表が発表されるね」

「うむ。そこの君、ちょっと音量を上げてくれんか?」


 モニターに映る映像では、トーナメント表の発表が間近に迫っていた。大門寺さんが職員にそう頼むと、音量が上がる。


『それでは、明日のトーナメント表の発表だあああああ!刮目して見よ!このラインナップを!』


 やけにやかましい実況の手によって、トーナメント表が映し出される。


「どれ、カミノはどこかな?…おっと?通り名がつけられてるね」


 竜水に言われたので、気になって自分の名前を探してみる。俺は思わず固まった。


「…『首狩り』って、酷くねえか…」

「ふっ、そりゃあれだけ派手に立ち回ってたらそうもなる」

「あー、首ばっか狙ってたね、そう言えば。印象に残っちゃったみたいだ」

「それが効率良いかなと思っただけだったんだけどなあ」


 物騒過ぎる通り名を付けられてしまい思わず消沈する。


 でも、気にするほどでもないか。うん、そう思うことにしよう。


 それよりもだ。


「…1回戦目、田淵か…」


 俺の一回戦目の相手は田淵らしい。


 これは、一波乱起きそうだなぁ…俺は苦虫を噛みつぶしたような気持ちになる。


 ちなみにこのトーナメントは三日に分けて行われる。


 トーナメント表は準決勝と決勝を除いた、1~3回戦目までが記載されている。


 まず1回戦目を二日目である明日一日かけてこなしていき、三日目で2回戦目、3回戦目をこなす。そして四日目で最終的に残った4人が、準決勝、決勝へと駒を進める訳である。


 ちなみに準決勝のトーナメント表は、当日のくじ引きで決まるらしい。


「ほう、勝ち進めれば、2回戦目で小僧と当たる事になりそうだな」

「え?…ああ、そのようですね」

「くくくっ、これは良い。早速明日に備えて精神統一でもするとしようかな?ではこれで」


 大門寺さんが立ち上がり、食器をトレイに乗せて颯爽と行ってしまった。


「うーん、僕は決勝戦まで二人とは当たらないなー。ま、ケーキはイチゴを最後まで残す派だし、良いか!よし、俺も明日に備えて早く寝るとするよ!カミノ、次は舞台の上でまた会おう!」


 竜水も行ってしまった。


「…俺も、瞑想してから寝るとするか」


 そう呟いて、俺もまた席を立ったのだった。








 大会前日。目が覚めると、母親にポストを見てくるように言われた。


 緊張しているというのにその扱いはなんだ、と文句を言うと、小遣いを減らすぞと脅されて見に行った。ポストの中には見慣れない封筒が入っていた。


 自分宛だったので、部屋に戻って確認した。


 その中身を見て、それからの記憶はあまりなかった。


 心臓が痛いくらい爆音を刻んでいる。顔から血の気が引いて行って、腕や足、腹が、ただの肉塊になったような、自分のものではなくなったかのような感覚がした。


 吐いた。涙が出た。


 封筒の内容を何度もスマフォで調べた。指が震えてフリック操作がしにくかった。


 冒険者に対する誹謗中傷、悪質な投稿は罪が重くなるらしい。


 更に、加害者が冒険者だった場合、即座に手続きが行われ、更に本人の同意もなく開示請求が通るらしい事を知った。


 つまり、開示請求を受けたプロバイダからの、特例処置による開示請求を受けた事への事後報告書がこの封筒の正体だった。


 盗撮だけで最低数十万。誹謗中傷も数十万。店への威力妨害や営業妨害で数十万。さらに、倫理観を強く求められる冒険者等の特定職業に就きながら、倫理観を無視した行いを罰する特定職業重大規定違反行為は、最低100万からの賠償金が発生し、さらに冒険者サイトの公開ブラックリストに登録され、冒険者免許は永久剥奪されるらしい。


 神野からの訴えだけでなく、盗撮した店からも訴えられていた。鈴野武器防具店…綾が働いている店で、綾目当てでよく行っていた店だった。迷惑をかけたつもりはなかった。ただ、気に食わない奴に制裁を食らわそうとしただけだったのに。


 知らなかった。全くもって知らなかった。冒険者の講習は仲間に任せて眠っていた。唐突過ぎて訳が分からなかった。


 封筒を破いた。何度も破いて燃やした。


 スマフォを操作して、アイコンを消したり投稿を消したり、とにかくすべての事を無かったことにしようとした。


 でも、どれだけ消そうと努力しても、意味はないようだ。調べればIPがどうのこうのと訳の分からない事が書いてある。


 消したい、無かったことにしたい。過去に戻りたい。そんな呪いのような願いが頭の中をぐるぐると回った。


 金…数百万?わけがわからないと思った。そんな金、どこにもない。


 次の瞬間、不意に薬に視線が映った。


「…そうだ、お、俺には、まだ、これが…か、神野の奴を、け、け、け、消せば…消せばいいんだ…ついでに、優勝すりゃ金も手に入る…ひひ、ひひひひっ」


 耳元で、自分の声をした誰かがそう言った気がした。







事件記録 20xx/09/xx


内容:マジックアイテム違法売買取引現場を目視で確認。捜査員2名が売人を追跡


結果:行方不明 二級捜査員 天羽 (あまう)丹造。三級捜査員 田島 良平


概要:追跡ルートを再検索し辿ると、xx市xx区xx番地にて激しい戦闘痕と大量の血痕を確認。遺体は発見されなかった。


備考:追跡が始まる直前、本部に向けて定期報告と売人の取引相手を撮影したらしき画像が田島捜査員から送信されたものの、データが破損しており読み取りは不可能だった。

解読が急がれる。





6:一回戦 VS田淵





『さあさあ、選手の入場だ!』


 大歓声が響き渡る闘技場。その真ん中には四角いフィールドが存在し、結界に包まれていた。


 凄まじい人数だ。それにカメラも結構向けられてるし、普通に緊張する。


 関係者席を見れば、陽菜や鬼月、リリア、そして師匠が声を張り上げているのが見える。


 実況席を見上げると、ユーゴさんと目が合ってニヤッと笑った。


 更にとあるスペースには、見慣れた制服の集団が陣取っていた。真宵手高校の生徒たちだ。何故か知らないけど応援歌を歌っている。野球じゃないんだからさ…。


 俺は結界を超えて中に入る。向こうからも、田淵が中に入ってきた。


「…田淵…?」


 充血した目で睨まれる。鼻息も荒く、今すぐにでも襲い掛かってきそうな気迫を感じられた。そのあまりの様子に思わず俺は名前を呼んだ。


『西ゲートからは真宵手高校の超新星、田淵選手!その戦う様、まるで暴風の如く!子供は怖いから目瞑ってた方がいいぞ!』

『東ゲートからは、同じく真宵手高校のダークホース、冒険者ネーム『カミノ』選手!選抜で10人以上の首を刈り伝説を作った!今日はいくつ首を刈ってくれるのか!?子供は怖いから目つむってた方がいいぞ~!?』

「刈らねえよ…いや、刈る事もあるだろうけど…好きで首を狙ってるわけじゃ…」


 ふう、落ち着け俺。実況なんて盛ってなんぼなんだから、一々反応しても意味なんてない。


 それよりも、目の前の相手だ。


「…田淵、お前、どうして俺にそこまで執着するんだ?」


 かねてより感じていた疑問をぶつけてみることにした。


「黙れよ」


 おどろおどろしい声が聞こえてきた。


「神野ぉ…!お前の所為で俺は…!大げさなんだよ!ただちょっと…俺は…あんな些末な事、本気にしやがって!」

「…何の話だ?」

「とぼけてんじゃねえぞ!ムカつくんだよお前…ぶっ殺してやるぁ!」


 凄まじい殺気。俺は刀を構える。まるで、モンスターを前にしているかのようだった。


『それでは…試合、開始!』


 実況の宣言と同時に、田淵は俺に向かって一直線に駆けだしてきた。


「死ね、神野ォ!」


 懐まで突っ込んできて、我武者羅に振るわれた刀を、俺は全て受け流してあらぬ方向へと斬撃を滑らせた。そしてカウンターで首を狙う。だが、奴は動物じみた反射神経でそれを上半身だけ反らして避けて、四つん這いになってタックルしてくる。


「逃げてんじゃねえぞ!」


 背中に手を置いてそれを回避。着地してバックステップして距離を取ると、田淵はもはや言葉にもならない言葉を叫びまくった。


「お前の顔を踏みつぶしてっ!dぁl;lがけjしてやる!」

「何言ってんのか分からねえよ、田口」

「俺は田淵だって言ってんだろうがああああ!」


 いよいよ尋常じゃない雰囲気だ。顔を真っ赤にして迫ってくる田淵の何と恐ろしい事。まるで鬼のようになって刀を振り回してくる。


「テメエも!テメエなんかに尻を振る綾の奴も!全員クソだ!全員死んじまえ!」

「…ああ?」


 太刀筋は滅茶苦茶。だが、力任せゆえに単調だ。俺は刀を用いずにそれらすべてを掻い潜って、そして田淵の顔面に拳をめり込ませた。


 ぶっ飛ぶ田淵。ゴロゴロと地面を転がっていく。最後は何とか体勢を整えて転がるのを防いだが、奴の顔からは魔素が噴き出していた。


「が、ガミノ”ォォォォ…!絶対、殺してやる…!」

「それ言うしか能がねえのかお前」

「ああああああ!うるせええええ!殺してっ…ミンチにしてやるゥゥゥ!食らえ、【ダークファイア】!」

「なっ…っ」


 奴の手のひらから忌々しい光を放つどす黒い炎の塊が現れた。そして同時に、痣が微かに疼く。


 俺は腕を抑えながら、思わず距離を取り風刃の準備をする。


 その時だった。ぷしゅ、と音がして、奴の魔法が何故か消えた。


「…は?あれ、なんで…?【ダークファイア】!【ダークファイア】!…くそっ、なんで出ないんだ!?」


 奴は焦った顔のまま俺に向き直った。


「くそくそくそっ、もういい!この手で直接殺してやる!…あべっ」


 田淵がそう叫んで、先ほどと同じように駆けだし、そしてべちゃっとこけた。先ほどと同じ速度で駆けだそうとして、全く速度が出ずに体勢を崩したように見えた。


「はあ、はあ…な、なんだ?何がどうなってるんだ?」


 何を言っているのか分からないが、今は恐らくチャンスだ。俺は刀を構えて地面を蹴り、すれ違いざまに奴の首に刃を入れた。


「あえ?」


 魔素が噴き出して、田淵のHPが一気に消えて俺の勝利となる。俺は釈然としない気持ちで刀を収めた。


『…これはあまりにも呆気ない幕切れ!田淵選手、突然の不調か!?何もできないままカミノ選手に一撃でやられてしまった~!勝者、カミノ選手~!』


 俺と田淵の足元に転移陣が現れる。田淵はただただ呆然としたまま座り込んだ。そして、そのまま消えてしまったのだった。


 控室に戻って、俺は息をついた。


「なんだったんだ、アイツ…」


 選抜を突破できるほどの実力があれば、もっと戦えてしかるべきだったのに、あいつは途中から明らかに弱体化した。


 魔法が使えなくなった後のアイツの反応速度は、もはや生身レベルだった。俺の刀どころか高速移動した身体すら視認できていなかった。


 あの急な弱体化は一体何だったんだ?


 それに、田淵が魔法を発動した時、左腕に痛みが走った。常々不穏とされているものの、何も分かっていないこの謎の刺青だ。


 当然、この刺青に関しては修行をしながらも様々な検査を行った。魔力学的に一切の反応を示さず、また科学的にも何の変哲もない、変な形をした痣のようなもの、としか分からなかった。


 だが、肌を切り取っても再生することから異常なものであることは確実だった。端的に言うと矛盾の塊。まあつまり、ぶっちゃけお手上げ状態だったってことだ。


 だが、ヒントは意外な所から出てきた。


『…もしかしたら、古代の魔術かも…?』


 と、リリアがそう言ったのだ。


 異世界において、遥か太古…それこそ、神話の時代に存在していたとされるロストテクノロジーがあったらしい。それが古代の魔術…名前も分かっていないソレは、既存のスキルや魔法のように魔力を使わず、『魂』に呼びかける事で使用できる術らしい。


 ただし、魂なんてものは異世界においては、存在しないものと考えられていたらしい。どんな魔法を使っても観測できない存在を、何故存在していると言えるのか。


 ファンタジー世界にもかかわらず、向こうの常識では人の意識は少量の魔力と脳の電気信号で生じているし、人が死ねばその意識は消失すると考えられていたようだ。


 古代の魔術はその存在しないはずである魂に干渉する術ではないかと考えられており、しかし無いものにどうやって干渉するのかが一切分からない。存在する訳が無い、創作上のものだという認識が多かったそうだ。


 だが、過去の遺跡を探索すると、ごくまれに古代の魔術の痕跡や名残を発見できたらしく、やはり存在はしていたらしい。まあつまり、何も分からない正真正銘のロストテクノロジーだったという訳だ。


 でも、この痣がその古代の魔術とやらである場合、魔力学的に一切の反応がないにもかかわらず、肌と共に再生するという異常現象を生じさせることに説明がつく。


 鴻支部長に相談すると、『やはりリリア様は聡明なお方!発想すらなかった!』と目から鱗の反応をした後、鴻支部長自らその線で調べてくれることとなった。


 さて、今回その痣が戦闘中に疼いたわけだが…。


 これは流石に勘違いって訳じゃないよな?急に強くなったのも怪しさ満点だ。田淵の奴、嫌な奴であるのは間違いないが、魔神教とかかわりがあるかもしれないと分かっては見殺しにはできない。


 それに、何より尻尾を掴めるかもしれないし、とにかく報告しておこう。俺は鴻支部長に今起きた事を短くまとめて報告した。


 数十秒後には、すぐに調査してみる、と返ってきた。


 こちらからもコンタクトを取るべきかとも思ったが、俺が話しかけても恐らく碌な事にならないだろうからやっぱり辞めておこう。後は向こうに任せて俺は大会に専念することにした。


 という訳で試合を見ることにした。ただ、途中で陽菜がスマフォに通話をかけてきたので、通話越しにだがパーティーメンバーと一緒に試合を観覧することに。


 まず記憶に残ったのはドグVS王竜水の試合だった。


 ドグは怪しいと思う。怪しいというのは、鴻支部長の言っていた魔神教からの刺客がドグなんじゃないか、という事だ。


 俺が出ていた試合を後から見返したら、ドグはとにかく凶悪だった。頭を踏み砕き、心臓に手を突っ込んでもぎ取る動作をしたりするのだ。なんというか、かなり楽しんでいた。犬歯を見せつけながら殺し回るものだから、最終的に冒険者たちは逃げ出したり、降参するものまでいたのだ。


 これだけで魔神教と断定する訳ではない。そもそもソレを言ったら俺だって首狩りとか言われてるし、物騒さで言えばどっこいどっこいだ。なので、今はとにかく試合を見てどんな奴か観察するしかない。


『心臓狩りのドグ選手!VS、最強の優勝候補王竜水!それでは、試合開始!』


 次の瞬間には、ドグはスティレットを抜いて竜水へと突き出していた。竜水はスティレットによる鋭い突きを、腰の背に差していたシミターを抜いて確実に防ぎ、距離を取った。


 一瞬の攻防を見て、一気に観客たちが沸き立った。そんな歓声の雨の中、ドグと竜水は駆け出して互いの急所を狙って刺突と斬撃を放ちあった。火花が散り、地面にびしっと溝が生まれ、風穴が穿たれる。どちらも腕がいい。


 一見すると拮抗しているように見えるが、苦し気にするドグと、涼しい顔をして打ち合う竜水。顔色を見ればその差は一目瞭然だった。


 そして、ついに決着の時が訪れた。スティレットの刺突に合わせて横から弾き飛ばした竜水が、凄まじい速度で動いてそのまま流れるような動作でドグの首に一閃。ドグは魔素を噴出してそのまま消えてしまった。


 …負けちゃったよ、ドグ。正直俺の中では一番疑わしい存在だっただけに、ちょっと肩透かしを食らった気分だ。


『ドグ選手の猛攻をしのぎ切り、王竜水選手が先へと駒を進めた!最強の名は伊達ではなかった~!』

『ドグ選手も非常に良い動きをしてたんだがなあ、一歩届かず、といったところだったな』


 凄まじいな。ドグは決して弱くはなかった。それこそ優勝候補の一人として名を挙げられていてもおかしくないような実力を持っていた。


 だが、竜水はそれを涼しい顔をして撃破した。半端じゃない強さだ。あの強さはステータスだけでもたらされるものではない。技術においても竜水は相手を優に上回ったのだ。


『…なんか見たことあるな~。なんだっけ~?』


 そして、竜水の剣を見て、リリアが頻繁に首を傾げていた。


「リリア、何か知ってるのか?」

『んっと…どっかの王国でね、王様の家系だけが使ってる剣術スキルがあった気がするの!名前が…えっと、【竜王剣術】とか、そんな名前だった気がする!あの人のあのスキルは、それに似てる気がするの』

「…そう言えば名前にも竜が付いてるな。何か関係してるのか?」

『名前とスキルが~?そんなの聞いたことないよ?』


 と、ふんわりした情報をリリアから貰った。まあとにかく竜水と戦う時は注意しておこう。それくらいしかできることないし。


 …うーん、勝てるかな、あれ…。俺はため息を吐いて、次の試合が始まるまで待つ。


 さて、という訳で午前の部は終了となった。次は午後の部が始まる訳だが…その合間に、ついに鬼月の出番がやってきた。


 今回鬼月がエントリーした『イレギュラー近接最強決定戦 アマチュア部門』では、8人のイレギュラーが応募してトーナメント戦が行われることになる。


 鬼月が勝ち上がれば、全部で三回の試合が行われる。一回戦目が今日、そして明日で二回戦目、そして三回戦目は最終日まで持ち越される。


 鬼月は既に移動していて、カメラの向こうにはいない。固唾を飲んで見守っていると、ついに試合が始まった。


『今日この場に集まるのは冒険者だけではない!忘れてはならない、イレギュラーもまた最強の名に手を伸ばす、冒険者の1人なのだという事を!『イレギュラー近接最強決定戦 アマチュア部門』…ここに開幕だあああああ!』


 歓声が鳴り響く。


『早速選手の入場だ!栄えある一回戦目に名乗りを上げたのはこの2人!ゴブリンの鬼月選手!対するはオーガの『マスラオ』選手!それでは…試合、開始!』


 初っ端から鬼月か!俺は思わず前のめりになって画面を見つめた。


 鬼月の相手は巨大な体躯を誇るオーガと呼ばれる種族のイレギュラーだった。子どものような身長の鬼月と比べると、その体格差は歴然である。


 二言三言言葉を交わしたらしい二人は、それぞれ武器…鬼月は槍と盾、マスラオはメイスを手にしてお互い構えあった。


 先に動いたのはマスラオだった。メイスを振り上げて鬼月へと振り下ろす。鬼月はそれを、あろうことか真正面から受け止めた…ように見えて、巧みに力を地面に受け流して、ヒットポイントをずらし、メイスをあらぬ方向へと滑らせ地面へと叩きつけさせた。


 そして槍での連続攻撃が放たれる。マスラオはそれをメイスを引き上げて何とか防ごうとするも、スピードで完全に負けていて身体から魔素が漏れ出始める。


 マスラオはメイスを横なぎに振って鬼月を吹き飛ばした。そして全身を赤く染めて、蒸気が発生する程の熱を全身から吹き出させた。メイスも若干赤熱している。


『ウオオオオオオ!』


 マスラオが蒸気を纏ったメイスを振りかざし、範囲攻撃を鬼月にぶつけた。凄まじい爆発が巻き起こる。水蒸気爆発というのだろうか。


 しかし、メイスは鬼月に当たってから、その後振り抜かれることはなく停止した。轟音が響き渡り、メイスが吹き飛ぶ。煙が徐々に晴れていき、盾を構え、結界で身を守った鬼月が姿を現した。


 鬼月が飛んで、押し戻されて体勢を崩していたマスラオの首を的確に突く。魔素が噴き出して、マスラオのHPが吹き飛んだ。


『一回戦目を制したのは鬼月選手だああああ!圧倒的体格差をものともせず、マスラオ選手に打ち勝った!』

『マスラオ選手も凄まじい膂力を見せてくれました。ただ、それ故に自分の攻撃が防がれるどころか弾かれることになるとは思っていなかったのでしょう。あそこですぐさま反撃に転じられていれば、また違った結果が見れたかもしれませんね」

『なるほど。しかし今回は鬼月選手の防御力が上回った!勝利した鬼月選手、そして惜しくも敗退してしまったマスラオ選手に大きな拍手を!』


 鬼月の奴、前よりもずっと硬くなってるな。まさかあの一撃を無傷でしのぐなんて。


 仲間として頼もしい限りだ。槍を掲げて会場を後にする鬼月に、俺は今度うまいものでも食わせてやろうと決意したのだった。


 

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