5:大会当日 選抜試合

 要さんや俺関係の盗撮問題やら色々あったが、時間はあっという間に過ぎ去り大会当日がやってきた。


「それじゃあ先に行くよ」

『ケイタ、応援してるからナ!』

『頑張れー!』

「気張っていけよ、圭太!」


 大会が行われる舞台は巨大なドームだった。開催者側が所有する施設で、誰に借りたものでもない為派手な催しが可能。その上数千人規模で観客を入れることが可能で、更にドームの外にも席が設けられ、マジックアイテムを使用した巨大モニターなどでさらに多くの人間がリアルタイムで観ることができるようになっていた。


 更に屋台も大量に出ていた。初日の朝だというのに既にそこら中から良い匂いが漂ってきている。


 行き交う人の数も既に混雑気味だ。


 もう9月も終わりだが、それでも陽射しは結構強い。活気によって生じた熱が凄まじい事になっていた。


 さらに言えば…大会の運営から送られてきた防具が割と暑い。


 防具は参加者全員に配られるもので、同じ素材で作られている。デザインは男女ともにそれぞれ三種類から、この大会を開催する大企業お抱えのデザイナーによって作られたものを選ぶことができる。


 ノーマルタイプの防具、和風チックな防具、それから中華風の防具と謎のチョイスだが、少なくとも着ても恥ずかしくはないデザインをしている。


 事前のアンケートで、俺はノーマルタイプの防具に丸を付けた。


 ついでに言うと、アンケートには『レベルを公開する/しない』、『冒険者を始めた時期を公開する/しない』など、マイクパフォーマンスに使うであろう質問も書いてあったので、全て俺の状況に合わせて解答しておいた。


「圭太君、頑張ってくださいね」

「…おう」


 最後に陽菜にうなずいて、俺は参加者専用のゲートへと向かった。


「…凄い列」


 長蛇の列、というのはまさにこのことだろう。もはや一歩も前に進めない程に人が大勢押しかけていた。ざっと見渡しただけでも数百人はいるだろう。


 ここにいるということは、全員が俺と同じルーキーの冒険者だ。


 自分の番がくるのは一体いつになる事やら。唯一の救いなのは主催者側が人混みの統制を完ぺきにこなしていて、効率的にこなしてくれていることくらいだ。


 迷路のように区切られ、理路整然と整理された状態で列が徐々に動いていく。


「なあ」

「…」

「なあおい…神野!」

「…俺?」


 すぐ後ろから俺の名前が呼ばれて、俺はやっと誰かに話しかけられていることに気が付いた。振り返るとそこには知らない顔があった。


「やっぱり神野だろ、お前。俺、冒険者部2年の間(はざま)だ。なあ、単刀直入に聞くけど、お前が狐面って言うのは本当なのか?」

「…あー、どうでしょうね。試合が始まれば嫌でも分かるんじゃないですか?」

「はは、大物感あふれるコメントだな。まあそういうならこれ以上は聞かないよ。その代わり話し相手になってくれないか?他の冒険者部の奴らとは離れ離れになっちまって、暇してたんだ」


 冒険者部か…正直冒険者部にはあまり良い思い出が無いけど、それは主にあの部長と副部長の所為だ。彼らの下についているからと言って、冒険者部の全員が嫌な奴って訳ではあるまい。


「良いですよ。…自己紹介は要らないとは思うけど、神野です」

「おう!よぉし、じゃあ神野。お前あのモニターちゃんと見てるか?」

「モニター?」


 間先輩が指をさした。参加者たちをスピーディーにさばいている受付カウンター…の頭上に、大きなモニターがあった。現在受付カウンターで受付を受けている冒険者のアップがそこに映し出されているようだ。


「何だあれ、何のためにあんなこと」

「そりゃ当然、中には有名な冒険者もいるからな。そいつらを紹介するためのパフォーマンスだ。ついでにそいつがどこのグループに振り分けられるかも分かるから、ああいうのが意外と盛り上がるんだよ…まあ、ついでに不正行為の対策でもあるらしいけどな。こんだけ人目にさらされた状況で、不正なんて誰もできないだろ?」

「なるほど」


 関心を寄せる俺達の目が不正への抑止力になるってことか。上手くできてる…のか?


「さてさて…おっ、早速有名人の登場だ」


 モニターに映し出されたのは銀髪の少女だった。俺も彼女には見覚えがある。参加を表明していた冒険者の中で、優勝に近そうな冒険者はあらかじめチェック済みなのだ。


 まあ、まとめてくれたのは鬼月だけど。鬼月には本当に頭が上がらない。


 モニターに映し出された少女が、可愛いというよりもかっこいいと言った所作で髪をかき上げ、案内に従って振り分けられたグループ専用のゲートをくぐっていく。彼女の場合はどうやらJグループに入れられたらしい。


 男女問わず黄色い声が響き渡る。


 彼女はゲートに潜る直前に、片手を上げて軽いファンサをして会場をさらに沸かせた。


「冒険者ネーム『ルイン』。プロパーティー『フロストヴェイル』所属で、レベル8。異名は『氷姫』…その名の通り氷魔法と剣術を併用する実力派の魔法剣士。文句なしの優勝候補の1人だ!」


 間先輩も興奮しながら俺に説明してくれた。


「…詳しいんですね」

「当然だ!冒険者部に入ってるからな。部内には情報集め専属の班もいて、そのお陰で最近の流行からノリに乗ってる冒険者の事までなんでも教えてもらえるんだ。凄いだろ」


 自慢げに鼻を高くする間先輩。俺はふと気になったことを尋ねた。


「そう言えば、先輩は2年生なんですよね。1年生のこの時期に入部したんですか?」

「いや、入部自体は今年の春からかな。冒険者を始めたのはその前の冬休みからだ。それで色々活動してたら、冒険者部にスカウトされたんだよ」

「なるほど」


 自慢げにそういう間に俺は生返事を返した。


「始まる前にこういうのもなんだけど、今年は結構豊作らしいからな。選抜を抜けれる自信はないな、俺。神野はどうだ?」

「抜けたいと思ってます」

「そりゃ俺だってそうだけどな…お前がもし本当に狐面だったなら、抜けれるかもしれないだろうけど、俺みたいな凡人はまああれだよ。記念受験みたいなもんになるんだろうな。出来る限りのことはするけどな」


 記念受験か。まあ気持ちは分からなくもないが、俺はちょっと込み入った事情があるからな…今だけは共感しづらい。


「なるほど」

「でも、悪い事にはならないぜ。ここで少しでも活躍すれば冒険者部の先輩方に目をかけてもらえるかもしれないしな。冒険者部の中で上に行ければ、学校生活のクオリティが上がるし、女子にはモテるようになる。それに運が良ければ、OBの先輩たちに推薦してもらって学校に行く必要すらなくなるんだ。挑む価値はある!ってな。どうだ、お前も冒険者部に入りたくなったか?」

「いや、俺は遠慮しておきますよ」

「だよなー」


 色々と考えはあるらしいが、やる気はあるようだ。


 それから、有名人が来る度に間先輩の情報通っぷりが炸裂することになった。


 間先輩が反応した、いわゆる『人気冒険者』をまとめると、『ルイン』の他にはこのような顔ぶれがあった。


 大門寺流無差別剣術道場師範、大門寺 弘雷 (こうらい)。60歳にして一年でレベル7まで到達。通り名は『格上殺し』。文句なしの優勝候補者だ。


 いぶし銀の、いわゆるイケメンおじさんという奴で、ゲートに入る直前には和服デザインの鎧を着崩し、鍛え抜かれた上半身を晒して背面ダブルバイセップスを披露して会場を沸かせた。


 次は全身を金属に変える事の出来る稀有なスキルを持った拳闘士、『鉄の字』。レベルは8で、通り名は『アイアンフィスト』。こちらも優勝候補者の1人。


 彼は特に何のリアクションを取る事もなくすたすたとゲートをくぐってしまった。


 ダンジョン配信者であるナイフ使いの双子少女『フォス』と『リラ』は、実力は分からないが知名度で言えば今大会で文句なしの上位だ。実際モニターに映った瞬間には主に男の野太い歓声が響き渡った。


 こちらはそれはもう手を振りまくり、アイドルか何かのように中へと進んでいった。


 その他にも続々と、雷属性の付与魔法が得意な剣士だったり、忍者の末裔だったり、ソロにこだわる実力者だったりがゲートをくぐっていった。


 驚くことに篠藤…絶縁した元悪友の姿もあった。間が解説を入れる程度には、文句なしに今大会の注目株の1人のようだ。


 通り名は『勇者』だとか…恥ずかしくないのかなとは思う。


 そして、最も存在感を刻み込んだのは、糸目の男だった。


 黒髪を後ろにまとめた、中華デザインの防具を身に着けた男。彼がモニターに映し出された瞬間、会場がざわつきで包まれた。


「う、嘘だろ…アイツも出るのかよ…!?」

「間先輩、知ってるんですか?」

「知ってるも何も、日本でトップクラスの一級冒険者『我覇真』が率いるクランに所属する超新星の天才だぞ!名前は王 竜水…最速に近い速度でレベルアップしていって、1年もかからずにレベル9に到達してる本物だ!実力だけで言えば、この大会に参加するルーキー冒険者達の中で、まず間違いなく最強の男!こりゃ熱い大会になりそうだ!く~…!」


 王竜水か…もし当たるとしたら最大の壁になりそうだな。顔を良く覚えておくとしよう。


 王竜水はそれはもうにこやかに手を振って、ゲートをくぐっていった。黄色い声が響き渡る。どうやら女子人気も高いらしい。


 さて、その後はめぼしい冒険者は現れず時間が過ぎていき、やっと俺の番がやってきた。


「それでは、こちらの箱からくじを一つ引いてください」

「…引きました」

「Bグループですね。あちらのゲートから中に入ってください。Bグループは今から2時間後に選抜試合が開始されますので、それまでに中で武器を受け取ってコンディションを整えてください」

「分かりました」


 俺はBグループに振り分けられることになったのだった。


 中に入ると、今度は場内モニターに顔が映し出されることになった。俺はそそくさとカメラの範囲外に逃げて、入り口付近にあった武器配布所で使い慣れた刀を手に取り奥へと進む。


 中は広大な一室が広がっており、ソファや飲み放題のドリンクバーなど快適な空間が作られている。更に、トレーニングスペースもあり、冒険者たちが身体を動かして温めている。


 さて、試合が始まるのは2時間後か。


 鬼月と陽菜が出る大会は明日。


 今日は丸一日使って50人ずつ振り分けられたグループで生き残り形式の選抜試合を行い、生き残った一部の冒険者のみが次のトーナメント形式の試合に駒を進めることができるのだ。


 まずはここをクリアする。俺はとりあえず開いていたソファに座って、一回目の選抜試合…Aグループの試合が始まるのをじっと待ったのだった。




5:大会当日 選抜試合




 という訳でやっと選抜試合の時間がやってきた。


 俺達参加者は、時間になると待機所全体に現れた魔方陣によってフィールドに飛ばされる。


 中世ヨーロッパにありそうな朽ちた遺跡群が並んでいる。ボロボロになった旗や飾りが風にたなびいていて、荒れ地となった地面から砂が風に巻き上げられて砂ぼこりを立てていた。


 広さとしては東京ドームと同じくらいだろうか。ただし視界を遮る遺跡群の所為で見通しは悪く、体感で広く見える。


 俺は刀を構えて周囲を見回し、そしてその場から飛びのいて刀を振るった。


「きひひひっ、まずは1人目ぇ…ッえ!?」


 背後から音もなく近づいてきていた男の攻撃が宙を切る。


 首から魔素を噴出させた男が、目をぱちくりとさせてもんどりうって地面を転がった。


 俺に一ポイントが入った。鞘に刀を収める。


 この大会では、特殊なマジックアイテムである、レア度3の≪剣闘士のコロシアムコア≫の効果により俺達に『HP』と呼ばれる外部装甲が付けられている。


 このHPは攻撃を受けた場合、俺達の身体を完全に守ってくれるが、攻撃を受ける度に魔素が流出していずれ消えてしまう。そしてHPがゼロになった瞬間、強制的にフィールドから退場、失格扱いになる。


 HPには急所が存在している。生身の人間にとっての血管が通っている部分などだ。だから、積極的に首や脇など急所を狙っていきたいところ。


 また、HPには部位欠損と呼ばれる異常状態が存在し、四肢、胴体の五つの部位を両断されるとその部位が切り離され、戦闘が著しく困難になるか、魔素の流出で失格することになる。当然外に出れば斬られた場所は元通りになる。


 ダンジョンで使えたら便利だったんだろうが、この≪剣闘士のコロシアムコア≫はダンジョンでは発動できなかったらしい。


 ちなみに、このフィールドを作っているのもこのアイテムによる効果だ。やっぱりレア度3以降は、効果の規模が大きくなってくるな。


「うおおおおおおおお!」


 凄まじい咆哮が近くで放たれた。遺跡の向こう側だ。俺は中に入って身を屈ませ、そっと窓から覗き見る。


 そこには筋骨隆々の巨漢がいた。ソイツは遺跡の柱を持ち上げて複数の冒険者に振り下ろし吹っ飛ばす。


 他の冒険者たちがこぞってそいつに武器を振るうが、柱をさらに使って薙ぎ払い攻撃を放ちさらに吹き飛ばす。いくらかの冒険者たちが、魔素を体中から噴出させて消えていった。


「がはははは!ただいま売り出し中のダンジョン配信者、フロギー様のパワーに圧倒されるがいい!」


 笑いながら柱を肩に持ち直す。すると、彼の頭上に影が差した。上から降ってきた複数の冒険者達に串刺しにされて消えて行ってしまう。


 …ダンジョンのモンスター相手ならごり押しで行けたかもしれないが、相手は冒険者だ。ごり押ししても簡単に足を掬われるだけである。


「よし、邪魔者は消したな」

「それじゃあ、やるとするか!」

「早い者勝ちだぞ!」


 そいつらはどうやら結託しているようで、周囲の冒険者達に容赦なく攻撃を振りかざした。


 槍、片手剣、大剣をそれぞれ装備している。


 レベルは6くらいだろうか。周囲の冒険者達を圧倒している為、参加者の中では上澄みにいるのだろう。


 三人のうち一人が戦闘の流れでこちらに少しずつ近づいてきている。


 俺はというと…いつ出るかタイミングを計りかねていた。


 正直緊張する。こういう公の場で何かをする行事に参加したことは、何気にこれが初めてなんだよな。


「そこにいるのは分かってるぞ!いつまで隠れてるつもりだ!」


 と、そいつが急に方向転換して俺の方へと武器を向けてきた。槍だ。


 俺は無言で出ていく。ソイツはニヤッと笑って槍で突きを放ってきた。それを避けて居合でそいつの首を斬る。魔素が噴き出して槍使いは消えていった。


「なっ、俺と互角のアイツがやられただと!?」

「馬鹿め、油断したな…!次は俺と戦え、刀使い!」


 大剣を持った男が駆け出して跳躍。大剣を振り下ろしてくる。避けて刀を振るうと、大剣使いは大剣の柄から手を離してそれを避け、そして手を後ろに翳す。


 すると、大剣が瞬間移動して、柄が奴の手に握られた。素早い一撃が放たれる。


(面白いスキルだ)


 思わず感心してしまう。


 更に避けると、奴は瞬間移動を駆使して大剣使いとは思えない程の速度の連撃を放ってくる。瞬間移動は直前の慣性を残すか残さないかを自由に決めれるらしく、動きがかなり変則的だ。


 良いスキルだ。だがまだ遅い。俺は刀を振るおうとして、すぐに動きを止めた。


 片手剣使いが魔力を込めた剣で大剣使いごと俺を切ろうとしていたので咄嗟にしゃがみ込む。


「ちっ、当たらなかったか」

「て、てめえ…!」

「悪いな」


 大剣使いが斬られて消えていく。片手剣使いはそのまま通り過ぎて遺跡の上へと駆けあがり、振り向いて嘲笑った顔を浮かべてどこかへと逃げ去ってしまった。


 思わずぽかんとするが、ルールを思い出してすぐにはっとする。


「…しまった、ポイント取り逃した」


 このルールだと悠長に戦うよりも、漁夫の利を狙った方が効率がいい時が出てくるのか。


 俺のポイントは…現在5。最初の1人と槍使いの分のポイントが入ってきたのだろう。


 選抜試合は二人生き残れば試合終了だが、時間制限による終了もある。そしてその場合は、ポイントの数が多い人間が生き残り判定となる。


 俺は急いでアイツの後を追うことにした。ここからちまちま冒険者を探して倒すよりも、ポイントを沢山持っているあいつを倒した方が効率的な筈だ。


 一足で遺跡の上へと飛び乗り、既に100mも離れている片手剣使いに足を強化して迫る。風と一体化して遺跡の屋根を一瞬強化しながら蹴り砕き加速。


「なっ…速っ!?」


 ソイツが片手剣を振ろうとするよりもずっと早く、俺は奴の首を落としていた。


 これでポイントは…おお、11。良い調子だ。このままどんどんポイントを稼いで行こう。


「ポイントをよこしてもらおうか…!」


 着地すると、周囲から数人冒険者が出てくる。おそらくポイントを溜め込んだであろう強い冒険者を、数で倒してポイントを確保しようとしているのだろう。


 だが好都合。それぐらいでないと面白くない。


 俺は刀を抜いてそいつらに襲いかかったのだった。




 『Bグループ選抜試合が終了しました』




 フィールドを走っていると、笛の音に似たサイレンと共にそんなセリフが響き渡った。


『勝者、カミノ選手21pt、ドグ選手26pt、田中選手1pt。おめでとうございます』


 どうやら勝ち残れたらしい。俺はほっと一息つく。


 結局、倒した敵の数は14人程だったが、倒した相手のポイントはその分俺のものになる為実際に倒した数よりもポイントは膨らんでいる。


 途中で標的2つの位置を入れ替える魔法や、剣を媒介にした魔法を使ってくる冒険者がいて若干苦労したものの、それ以外は特に苦戦することはなかった。


 体感だが、大体がレベル5、一部にレベル6。レベル7は極稀にいるかいないか程度だった。


 勝ち残りの枠は三枠。A~Jの10グループの内、30人の生き残りと、2人の高ポイントを取得した冒険者が次のステージに進むことができる。


 俺と同じように勝ち残ったのはドグ選手、そして田中選手というらしい。


 気がつくと足元が光り輝き、別の場所へと転移されていた。床に光る円盤型の転移系マジックアイテムから降りると、そこにホテルマンの装いをした男がやってきた。


「カミノ選手、ドグ選手、田中選手。トーナメントへの出場決定、おめでとうございます。ここはトーナメント出場者専用の宿泊施設でございます。最高のおもてなしをさせていただきますので、どうかごゆるりとお寛ぎくださいませ」


 さて、俺の隣には二人の人間がいた。


 ドグ…俺よりも高いポイントで選抜試合を突破した冒険者だ。


 身につけているのは俺と同じノーマルタイプの防具だが、肌が青白く目元に色濃いクマがある。死んだ魚のような目でぼおっと黒服を見つめていた。


 武装は柄のないスティレットを二本腰に差している。


 目は合わない。どうやら俺はあまり関心を持たれてないらしい。


 次に田中選手。青い顔をしていて、酷く怯えているようだ。一体何があったのだろうか…とにかく、最後まで生き残る事が出来て何とか選抜を勝ち残った。よほどの運の持ち主か、相応の実力はあるだろう。


「ここではルールがございます。1,選手同士で過度な接触をしないこと。特に飲食物のやり取りはおやめください。2,各種検査の際はご協力ください。3,知人、家族を招待する際は来客用スペースのみ使用可能で、さらに手荷物検査などを受けていただきます。4,外出する際は我々に一声おかけください。5,外部から持ち込んだマジックアイテム等は、発見次第失格の上冒険者協会へと報告させていただきます。以上5点、ご理解の程をよろしくお願いいたします」


 ふむ、ルールは結構厳しいらしい。しかし納得できるものばかりではある。ここまで大きな大会だと、ルールで縛らなければ不都合もそれだけ多く出るのだろう。


 ちなみにマジックアイテムについてだが、外部から持ち込んだものだけチェックするのはおかしく聞こえるかもしれない。


 しかし、例えば自分の筋力を一定時間強化するマジックアイテムを使用したとして、ダンジョンから出て外に出ると、強化に使用されている魔素がすぐに溶けて消えてしまうため効果はなくなる。


 つまり、魔素ボトルなどの特別なものでも使わない限り、持続的な効果を持つマジックアイテムを予め使っておいても意味はない。マジックアイテム関連で不正をするなら、直接持ち込んでくるしかないというわけである。


「分かりました」

「…」

「ではこちらがお二人の部屋の鍵となります。ご案内致しますか?」


 職員が鍵を取り出すと、それの一つをドグが奪い取った。そして一人で歩き出してしまう。


「…お二人はいかがなさいますか?」

「案内お願いします」

「お、お願いします」

「かしこまりました」


 通された部屋はそれはもう豪華な一室だった。参加者500人に対してトーナメント戦に出場できるのは32人だけともなれば、扱いもそれなりに上がるらしい。


「寝巻きや普段着はこちらで準備させていただいております。サイズ等不便がございましたらお申し付けください。お預かりしていたスマートフォンに関しては、部屋の中にすでにお持ちしておりますのでご確認ください。食事は注文していただければお持ちいたします。また、食堂もございますのでそちらでも摂ることが可能です」


 最後に、「それでは、ごゆるりとお休みくださいませ」とお辞儀をして田中さんを連れて行く職員に礼を言って、俺は扉を締めた。


 広い、豪華な部屋だ。ホテルのスイートルームレベルじゃないか、これ?利用したことないから知らないけども。


 さてと、まずは連絡しとくか。


 スマフォを手に取ると、それと同時に着信が来た。陽菜の携帯だ。しかもカメラ通話である。


 出てみると、陽菜を中心に鬼月、リリア、それから橘家も含めた爺ちゃんズまでぎゅうぎゅうになってカメラを覗き込んできていた。圧を感じて、思わず画面から顔を離してしまう。


『選抜突破おめでとうございます!』

『余裕だったナ、ケイタ』

『ケイタ、強い!かっこよかった~!』

『圭太、しっかり休んで次に備えるんだぞ!』

「いっぺんに喋られると何言ってるのか分からないってば」


 ただ、凄まじく喜んでいることだけは伝わってくるので、その気持ちが嬉しかった。


 その後もとにかく騒がしい通話を何とかさばき切り、俺は通話を終わらせて息を付いた。


 ラインを見てみるとそちらにも大量に通知が来ていた。ただしこちらは素直に喜べない状態だ。教室のグループラインがかなり騒がしい。その上俺と田淵のどっちが強いかなどの議論…というか、言い合いが、田淵一派とその他大勢の間で勃発していた。


 応援メッセージが個別で俺に直接送られてきていたりもしていた。折角のクラスメートからの応援なんだし、応えなきゃいけないんだろうけど…ちょっと面倒だ。話したことのない人からのメッセージは申し訳ないが無視することにした。


 綾さん達からの応援メッセージも来ていた。坂本が凄まじく興奮しているらしく、映像を解説しまくって綾さん達を盛り上げているらしい。坂本らしいムーブだ。


 また、ギャル二人も何気に俺を精一杯応援してくれているようだ。もちろん綾さんも同じく。前者に関しては若干欲望を感じざるを得ないが、普通に嬉しい。


 あと、ユーゴさんと師匠、あとサルサさんからもメッセージがきていた。


『拝啓、我が弟子へ。この度は選抜の突破まことにおめでとうございます。これもひとえにあなたのこれまでの努力が実った結果でしょう。私が常に近くで見守ってきたので一番分かっていますよ。ここからはさらに油断ならぬ相手が出てくるでしょうが、あなたなら何とか勝ち進んでいけると信じています。そもそもあなたと出会ったのは残夏の候、兄弟子の紹介で…』


 と、特に師匠は凄まじい長文をとても丁寧な敬語で送られてきた。最後は『かしこ。』、だったし、普段の性格からは分からなかったが丁寧な人だったのかもしれない。


「…次も頑張るか」


 小さくつぶやく。


 その後は、選抜試合の映像を眺めるだけで一日が溶けていった。


 まず、間先輩が反応した冒険者達は殆どが選抜を突破したようだ。


 その上篠藤と、それからなんと田淵まで予選通過していた。


 田淵は俺が言うのもなんだが、本当に冒険者になって2カ月目なのかと聞きたくなるほどの実力を付けていた。どうやったのかは知らないが確実にレベル6…もしかしたらレベル7になっているかもしれない。


 それにしては戦い方が刀をバットみたいに振って力任せに倒したりといったごり押しで、動きもかなり悪いのだが、選抜を通過できるということはそれ相応の実力を持っているのは確かだろう。


 学校での様子からは想像できなかったな。普通、実力が付いた冒険者は普段の行いを厳しく見られがちだ。故にプロの冒険者は素行に関しては結構気を払うものである。


 …まあ、問題になっていないのだから、普段はちゃんと隠しているのだろう。


 田淵の事はもういいや。それよりも、選抜試合も全部終わった。夕方だしそろそろ飯にしよう。


 昼は部屋まで持ってきてもらったから、夕方は食堂にでも行こうか。


 俺はソファから腰を上げて、軽く外に出る準備を済ませるのだった。

 

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