二章

1:プロローグ

(…昨日は大変だったな…)


 いや、思い出すのはよそう。


 …今度デートにでも誘った方がいいのか?


 …分からん。誰かに相談したい!


「…ふう…」


 俺は小さく息を吐いて、バスから見える流れる景色に意識を向けた。


 冒険者協会に呼び出された次の日、俺はリュックを背負って登校していた。


 ボロボロになった制服は替えがあったからよかったものの、鞄については見つかったのだがモンスターに踏みつけられたのか、ボロボロになってしまっていた。


 意識してなかったが、鞄は最初のサイのモンスターと衝突する寸前に投げ捨てていたから、そりゃさもありなんといったところ。


 携帯も何気に新品だ。中学生の頃から使っていたお気に入りだったのだが、鞄と一緒に粉々になってしまっていたので最新式に買い替えた。


 と、不意にスマフォが震えた。画面を見てみるとラインの通知だった。グループの通知だ。


 グループには俺、坂本、綾さん、それからギャル二人が入っている。綾さんが、グループ作らないと寂しいじゃん、という男には分かり辛い理由で作ったのだ。


 このグループの所為で、ここに入っている人間は俺が狐面であることを知っている。


坂本:なあ、これってもしかして神野なのか?


 坂本が小学校の方に避難していたらしく、俺の戦いを見ていたらしいのだ。


坂本:それに、宝箱大量ドロップの件についても、もしかしたらお前なんじゃねえか…?ユーゴさんと一緒に戦ってんのは狐面だけだし…

綾:ちぐあよ

綾:違うよ!圭太君じゃないよ!

坂本:なんで鈴野さんが答えるんだ?怪しすぎる…そう言えば鈴野さんは鑑定士の仕事もしてるよな。神野とかかわりがあってもおかしくない…

綾:ちうよなかまじゃないゆ

坂本:語るに落ちたな


 綾さん…必死になって守ろうとしてくれて、その気持ちが少し嬉しい。


新庄:確かに背格好とか似てるけど

新庄:マジ?

新庄:神野、こんなに強かったの?

犬:神野っち、今度デートしようよ~

犬:楽しい所一杯知ってるから二人で遊ぼ?

新庄:抜け駆けすな

綾:違うってば。圭太君じゃないよ

坂本:…圭太君?

新庄:ほう

犬:へ~

綾:神野君じゃないゆ


 というのが、俺が眠っていた時に交わされた過去の会話であった。


 綾さん、いい意味でも悪い意味でも素直で一生懸命な性格だから、嘘が苦手なんだなぁ。今度お礼にお菓子を持って行こう。


 という訳で、ここからは俺が目を覚ました後の会話だ。


神野:ここだけの話にしてくれ。バレると面倒。あと宝箱ドロップについては知らん

坂本:なるほどな

神野:坂本、言いふらすつもりか?

坂本:違うって。ただ気になったから聞いただけ。お前がここだけの話って言うなら、どこにも漏らさない。他の人もそうだよな?

新庄:口は堅いから大丈夫

犬:言いふらされたくなかったらデートしよ

新庄:犬、めっ

犬:くーん

綾:神野君、ごめんね

神野:気にしないで


 俺は結局認めることにした。というのも、坂本は冒険者マニアで、冒険者への洞察力はずば抜けている。恐らく尋ねつつも既に確信しているのだろう。そんな状態で変に否定しても面倒事になりかねない。


 ギャル二人…新庄さんと犬千代さんは不安材料だが、綾さんの友達なんだしここは信じるしかあるまい。


 バレるのは不味い。特に今は…これもラインで来たことだが。


坂本:しかしドロップ事件については関係なしか。俺の中じゃ狐面が最有力候補だったんだけど。真宵手大通りの宝箱大量ドロップ事件、かなり話題になってるから気になるんだよな

神野:そんな話題になってるのか

坂本:そりゃな。まあ今はただの噂とか都市伝説として扱われてるけど、実際に見たって冒険者が多いから信ぴょう性が高い


 ということで、俺も色々調べてみたのだが…まず、宝箱大量ドロップ事件とは言わずもがな俺の事だ。


 特にユーゴさんとダンジョンボスを探している間に宝箱を結構な量ドロップさせてしまった。それを残していってしまったものだから、冒険者協会がそれらを回収するまでの間、他の冒険者に目撃されてしまったらしいのだ。


 現状、狐面と宝箱大量ドロップ事件とを結びつける声は少ない…というか、ほぼ見ない。見たとしてもこじつけばかりだ。


 例えば狐面が一種の幸運の妖怪だったとか、そういう話。しょせん与太話だ。


 多くは崩壊ダンジョンが宝箱ドロップがしやすい特殊なダンジョンだったのではないかという意見で占められているようだ。妥当な考え方だろう。


 坂本は実際に現場にいたからこそ感付いたのかもしれない。全く勘のいい奴め。


「…あ、ここが例の」


 バスがちょうど件の真宵手大通りに差し掛かった。復興中らしいが、何やら看板が新しく置き換わっているのが見える。


 名前が『大宝通り』に変わっていた。


 どうやら市が噂に便乗してこの地を聖地にしようとしているらしい。思えば近くに冒険者たちが集まって、神社にでもするかのように手を合わせているのが見えた。


 嘘だろ、地名変えちゃったよ。なんか…なんか罪悪感する。


 そうだ、通知の内容まだ見てなかったな。


坂本:田口がまたヤバい事言ってる。神野、注意しろよ


 そんな不穏な言葉が掛けられていた。


 うわあ、学校行きたくねえ…。


 俺はため息をついて、スマフォをポケットにしまったのだった。


 さて、教室に辿り着くと、騒がしい声が響き渡っていた。


「ねえねえ、やっぱ田淵なの!?狐面って!」

「そうなんだろ!?」

「ぁ~?んー、どうだったかなぁ~」


 そこにはクラスメートに群がられる田淵の姿があった。


「まあもしかしたら俺かもしれねえなぁ~?色々ごたごたしたからはっきりとは言えないけどなぁ~」

「すげえ!やっぱそうなんだ!」

「ねえねえ、狐面見せてよ!」

「狐面な~?これの事だっけかなぁ~?」

「うおー、すげえ本物だ!」


 田淵の手には、下あごの部分に若干傷が付いているあの狐面のマジックアイテムがあった。


 …あー、そういう事か。田淵の奴、なんかすごい事やり出したなぁ。


 俺が教室に入ると、一瞬声が途切れた。そして田淵が俺を一瞬睨む。


「…ねえねえ、あの日何があったか教えてよ~」

「…いやぁ、教えられねえって。何せ色々ごたごたがあったもんだからよぉ」

「すげえ、機密情報ってやつ?」


 で、また会話に戻っていった。


 俺は自分の机に行って椅子に座った。するとすぐに坂本が声をかけてくる。


「…なあ、田淵って何考えてんだろうな。あんなことして、いつまでも騙しとおせる訳ねえのに」

「知らねえよ。まあ満足したら辞めるんじゃない?」

「…お前、気にしてないの?普通怒る所じゃねえ?」

「いや、別に。なんかすごい事やってんな、くらいだな」

「真の強者は柳の如くってことか。御見それいたしました」

「なんだそれ」


 そう話していると、綾さんがいつも通りにやってきた。


「けい…神野君、おはよう。もう体調は良くなった?」

「鈴野さん。もうすっかり元気だよ」

「そっか、良かった。それから、ラインではごめんね。私空回っちゃって」

「気にしてないから。逆に助けようとしてくれてありがとう」


 そう言って少しは気持ちもマシになったのか、笑顔で頷く綾さん。


「それよりも、大変だったね。私は急いで家に帰ってたから大丈夫だったんだけど」

「そ、そりゃあ不幸中の何たらって奴だな。うん。俺なんか、普通に帰宅中に巻き込まれたもんだから、死にかけたよ」

「坂本君、大丈夫だったの!?」

「ま、まあ…ラインでも言ったけど、冒険者が助けてくれたのと、逃げ足だけは早かったから、近くにあった小学校に逃げ込めたんだよ。超怖かったぜ」

「そっかぁ。実は、私の友達は家が壊されちゃったみたいで…今日の朝とか、壊れた街並み見て凄い怖かったんだよね。まあその友達、古い家だったから、これで冒険者協会からお金を出してもらってタダで新築になる!って喜んでたけど…」

「凄い神経の図太さだな、その友達」


 やっぱり、崩壊ダンジョンの話題は多い。他にも、来てない生徒もちらほらいるし、中には沈痛な雰囲気で俯いている生徒もいる。近くから通っていた生徒は、殆どが多かれ少なかれ家に被害が出た事だろう。


 だが、復興もまた素早い。既に機材が運び込まれ、街中そこらかしこで工事の音が響き渡っている。ダンジョンが近くにある街は、似たような経験を過去にこなして来た為動きも早いのだ。

 

「…なあ、綾!」

「えっ?何、田淵君」


 と、ここで急に田淵が近づいてきて綾さんに声をかけた。田淵は俺と坂本を睨みつける。坂本が少しだけ怯んだのが分かった。


「お前は気にならねえのか?狐面の正体がさ…そんな奴といないでこっち来いよ。色々教えてやるぜ?」

「えっと…ううん、遠慮しておく。それから、勝手に下の名前で呼ばないでほしいな」

「っ、ぼ、冒険者オタクに、なんちゃって冒険者の陰キャ野郎。そんな二人と話してて何が楽しいんだ?もっと楽しませてやるから俺らん所に入れって!」

「…ねえ、私の友達を馬鹿にしないでくれるかな?そういうの、私嫌いだな」


 綾さんが睨みつける。田淵は完全に怯んだようだった。


「そもそも、何そのお面。動画で見た狐面は、口元が完全に割れてたよ?それ、傷ついてるだけだよね?もしかして同じところを割ろうとしたら、思いのほか硬くて割れなかったんじゃないかな?」

「なっ、いや、これは…」

「今だけ皆に注目されて気分が良くなっても、後で自分の首を絞める事になるよ?そういうの、やめた方がいいと思うな」


 綾さんにそう言われた田淵は、何も言い返せずに押し黙った。


「おはようございます!皆さん、元気!?怪我してない!?今日は無理しない程度に元気にいきましょうね!」


 ちょうどそんなタイミングで先生がやってきた。田淵はすごすごと自分の席に戻っていく。綾さんも、俺達に笑顔で手を振って、「またね!」と声をかけて自分の席に戻った。


「…何あれ?もしかして嘘ついてたってこと?目立ちたいからってそんな事する?」

「でも、本人はあんなに自信満々だし…」

「鈴野さんがああ言ってたんだから、普通に嘘なんじゃないの?」


 ざわざわと小声でやり取りがするも、先生が話し始めてそれもやがて静かになっていった。


 その後何事もなく昼休みを過ごし、午後の授業もこなして放課後。


 俺は職員室に行くために一人で教室を出て廊下を進む。


「おい、神野!」


 そこに、後ろから追いかけてきた田淵がやってきた。ご丁寧に取り巻きも引き連れている。


「何か用か、田口」

「田淵だっつってんだろ、殺すぞテメエ…まあいい。ちょっと話があるんだ。なあ、崩壊ダンジョンが起きた途端に逃げ出した神野君。実はクラス内でお前が本当に冒険者として活躍しているのか、疑問視している生徒が大勢いるんだ」

「なんだそりゃあ。というか、逃げ出してないぞ俺は」


 今度は何を言い出すかと思ったら。俺は周囲を見渡す。廊下を歩いていた一部の生徒は気の毒そうに、そして一部の生徒は面白そうにこちらを見ている。


「まあ聞けって。夏休みの間に冒険者になってよお、新学期が始まってこっち、お前は随分と上位グループに取り入ってんじゃねえか。で、色々噂になってんだよ。お前が、綾や新庄、犬千代に取り入る為に冒険者になって、法螺吹いて騙してるんじゃねえかってなあ?」

「訳が分からないな。そんな事の為に冒険者になる訳ないだろ」


 俺がそう返すと、後ろに控えていた取り巻き達が騒ぎ出した。


「そんなの誰が信じるんだよバーカ」

「鈴野達にたまたま気に入られたからって調子に乗ってんじゃねえぞ陰カス!」


 田淵はにやにやと笑いだした。


「陰キャが何言おうが何の弁明にもならねえんだよ!という訳で、そんなお前にチャンスをやることにした」


 そう言って紙を投げ渡してきた。準備が良いなコイツ。


「…『近接術大会』?」

「そうだ。ルーキー冒険者限定の近接術大会だ。神野、これに出ろ」

「…えっと、なんで命令されて出なきゃいけないんだ?さっきからお前、意味不明だぞ」

「これに出て、お前がちゃんと冒険者してんのか証明しろって言ってんだよ!まあ、口だけで何もやってねえ詐欺師まがいな事やってるお前は、出た所でボロボロになるだけだろうがな!もちろん、出場しなきゃお前は自分が詐欺師ですと自分で宣言したようなもんだ。選択肢なんてないんだよ!」

「いや、普通に出ないってば」


 俺はため息とともにその紙を田淵に突き返した。


「ちっ、とことんイラつく奴だ…でも、もう遅いぜ?お前の分の書類はもう出してあるんだよ。大会に一度出場登録して、それを途中で辞退すれば冒険者としての信頼度に傷が付くぜ?もしお前が本当に冒険者として活動してるなら、出ない訳にはいかなくなったなぁ?」

「…お前、勝手に俺の名前を使ったのか?」

「…っ、な、なんだよ!やるのか、ああ!?」


 ふざけたことをしでかした田淵を俺は思わず睨みつけた。


 冒険者は信頼が大事だ。だからこそ、『名前』は冒険者にとって大きな意味を持つ。冒険者ネームなんてものが出来る位には冒険者業界は名前を重視しているのだ。


 それを勝手に使うことの意味を、コイツは本当にちゃんと理解しているのか?いや、してないんだろうなぁ…。


「田口、お前って本当に…いや、なんでもない」

「だから、田淵だって言ってんだろうが!お前、マジで調子に乗ってっとぶっ殺すぞ!?」

「はあ…とにかく俺は出ない。あと、そろそろ俺に絡むのはやめてくれ。迷惑だ」


 俺は田淵にそう言って、踵を返した。


「はっ、つまり認める訳だ!自分が詐欺師だってことを!」

「勝手に言ってろ。下らねえ」


 後ろでさらにギャーギャー騒いでいたが、俺はもはや聞く必要もないと判断してそのまま職員室へと向かった。


 丁度いい。近接術大会は学校を通して出場書類を提出するはずだ。だったら教師に書類が回っているはず。それも回収するか。


 と、そう思っていると、スマホが震えた。


「…なんだ?」


 見てみると、鴻支部長からのメールだった。


 内容はランク4レベルの【ダンジョンの楔】らしきアイテムの場所と、そこに魔神教が現れるかもしれないという推測。


 魔神教はカースドアイテムに偽装した【ダンジョンの楔】を集めているらしく、魔神教徒が現れればそこには高確率でカースドアイテムがあると考えているらしい。


 そして、その場所は…『近接術大会』…。


 …ただの偶然だよな?そうと言ってくれよ神様。


鴻支部長:優勝賞品が高レベルに偽装されたカースドアイテムかもしれないという情報が入ってきた。大会はルーキー限定で、大会開催日からさかのぼって一年未満の剣士しか出場することはできない。また、大企業が開催する私営大会なので国も冒険者協会も中々干渉しにくい。

私が協力を仰いでいる冒険者の中で、条件に当てはまる冒険者は君くらいしかいない。是非出てほしいのだが…恐らく魔神教徒も紛れ込んで出場する可能性もある。出ないのであれば出ないでこちらも他の手を探すので、その辺りは安心してしっかりと検討してほしい


 という事だった。


 …これも塞翁が馬なのだろうか。


 大会なんて、それこそ顔を出す必要のある場所だ。今の俺は正直かなりデリケートな立場にいる。もし狐面であることがバレれば面倒になる可能性が大きい。いや、狐面であることがバレる程度で済めば、正直それ自体は特に問題ない。


 問題なのは、短期間での早いレベルアップについて突っ込まれたり、宝箱大量ドロップ事件に関連付けられたりすることだ。そんな力を持っているとバレれば、絶対面倒なことになる。


 とはいえ、大会が行われるのはダンジョンではない。マジックアイテムを使用した特殊なフィールドで戦うことになるのだ。


 宝箱が出る心配も、モンスターが出る心配もない。つまり【塞翁が馬】がたとえ効果を発揮しても、見た目で言えば俺が不利な状況に陥るだけ。バレることはないし、一応普通の冒険者として戦う事自体は出来るはず。


 何よりも、再び魔神教徒に接触できるかもしれないというのは、無視できない響きを持っていた。


 出たくはないが、出るべきだ。感情を何とか理性で抑え込んで、俺はそのメールにOKを出した。


 というか、魔神教徒って色々な鑑定方法でもモンスターとして扱われる、って話だった筈だ。魔神教徒を殺した後に、経験値の鑑定を行っても殺人とみなされなかったりするのである。


 それが大会に出場できるって…つまり、人間社会に完全に溶け込めるモンスターってことだよな?凶悪すぎないか、それ。


 …まあとにかく、仕方ない、出場するか。はあ…。


 俺はため息をついて、重たい足取りで職員室までやってきたのだった。


「…失礼します。尾上先生はいらっしゃいますか?」

「あら、神野君。何か御用ですか?」


 女性教師が手を上げて俺を招き入れる。


「実は冒険者休学制度の申請をしにきました」


 話し合って、俺は結局休学して冒険者の活動に専念する道を選んだ。陽菜は三級だが、準二級冒険者の推薦で三級でも短い期間だが休学を申請できる。それでまず陽菜の準二級試験をクリアして、そこから本格的な活動へと移行しようと考えている。


「…冒険者休学制度ですか。ごめんなさいね、神野君。実はそれは、準二級以上の冒険者じゃないと申請できないのよ。他にもパーティーリーダーが準二級で、推薦があれば限定的な休学が申請できるけど、推薦なんて普通手に入るものでもないし…将来の為にも、勉学にもちゃんと打ち込んだ方がいいと、先生は思いますよ」

「いえ、俺は準二級です。これがその証拠です」

「え?またまた、そんな~。こっちは夏休みが始まった直後に冒険者になった事、しっかり把握してるんですからね。大事な生徒の事なんだから、そりゃあ当然…当然…」


 支援デバイスで俺のプロフィールを開いて見せる。先生は最初笑っていたが、すぐに固まって口をパクパクし始めた。


「…え?うそ、これ、本物…?」

「本物です。という訳で、申請しますのでよろしくお願いしますね」

「は、はい…えっ、嘘…マジで?」


 何度も何度も書類を確認し直して、先生は困惑した表情を浮かべ続けていた。


「あ、それから、近接術大会への出場書類を田淵が勝手に出してたと思うんですが、それはありますか?」

「え?あ、ああ、それならこちらで預かってますよ。まあ本当に預かっているだけですが…」


 そう言って、机から出場書類を取り出した。


 そこには俺の名前が書いてある書類が確かにあった。冒険者ネームには『インキャマン』と書かれている。おい、あいつふざけんな。


「先生、実はこれに関しては後で田淵君を呼び出そうと思っています。神野君と田淵君は仲良くないですし、逆に険悪な関係でしょう?それなのに『友達が出るって言ってたから持ってきました~』とか言ってこんなものを渡してきまして…何か企んでいるのは火を見るよりも明らかです。そもそもこれは重大な違反行為ですからね。神野君は気にしないで良いですよ。こんな書類、大会に提出する訳ないですから」

「そうなんですね…っていうか、先生って意外とずけずけとものをいうんですね」

「別に、クラスメートなんだから全員が仲良くしろとは言いませんよ。ただ、仲が悪い同士でも上手くやってほしいとは思っていますが。田淵君はそういうのが苦手っぽいですね。自分から攻撃しちゃう困った生徒さんです。ちゃんと話し合って、意識を変えられるかどうか試してみるつもりです」


 お、おお…なんか、熱い先生だったんだな、この人。やっぱり人は見た目じゃ分からないなぁ。


「分かりました。本当は冒険者協会に報告してペナルティでも与えてもらおうかと思ってましたが、その件に関しては先生にお任せします。後、それとは別に、その大会には出場する予定ですので、書類をいただけませんか?」

「分かりました。本当にありがとう、神野君。もし改善が見られないようでしたら遠慮なく報告しちゃってください。先生もそこまで面倒は見切れませんから。それと…結局出場するんですね。無理強いされているわけではないんですよね?なら大丈夫ですよ。はい、書類です」


 新しい書類を貰って、俺はその場で中身に記入する。もちろん冒険者ネームは『カミノ』と上の名前を書いた。


「それじゃあ、失礼します」

「はい。あ、休学制度は1,2週間ほど時間がかかりますので、気長に待っていてくださいね」

「はい、先生。よろしくお願いします」


 俺は職員室を出た。


「んーっ…あと1,2週間の辛抱か…」


 伸びをして歩き出す。


 近接術大会か。


 恐らく地方の小さな大会なんだろうが、それでも当たり前のように優勝報酬が目当てなんだよな。


 優勝報酬は選択式で、優勝者から順に、三位までの出場者が選択して決めていく事になる。


 つまり最低目標は三位以上。出来ればさらにその上を狙う必要がある。


 正直な所自信はないが、出来るだけのことはしてみるとするか。





1:プロローグ





「畜生、あの野郎…」


 学校の玄関。田淵は1人になったタイミングで小さくつぶやいた。


 クラスメートや他のクラスの生徒も混ざって、田淵をカラオケに誘ってくれたのだ。今は先に靴を履いて外に出ている。田淵はタイミング悪くソレに遅れて、1人で靴を履いている状況だった。


 思いつきはうまく行っていた。狐面であると断言はしていないが、それらしいことを言うだけで一部のクラスメート達はホイホイと田淵に乗ってきてくれた。田淵は自分の影響力が徐々に成長していっていることを実感していた。


(流石は狐面…!今の高校生たちのカリスマだ!ちょっと名前を借りるだけでこれだけ釣れるんだから、感謝しかねえわ)


 しかも、カラオケには可愛い女の子も結構来るらしい。これは期待できるだろう。


 でも、可愛い女の子、という単語ですぐに思い出してしまう。田淵が思いを寄せる相手の事だ。


 鈴野綾に振り向いてほしいという思いもあって、田淵は冒険者になった。


 でも実際になってみても、話しかけても話が合わないし、逆に鈴野は神野と仲良くしている始末だ。


(なんでだよ!あんな奴のどこが良いんだ!?それに、綾だけじゃねえ。最近は他の奴らも神野に一目置き始めてる…!)


 裏で、もしかしたら神野が狐面なのではないかという荒唐無稽な噂も流れる始末だ。


 聞けば何人も目撃者がいるらしい。学校でも、親が神野らしき高校生に助けられた、だとか小学校で実際に見て、背格好がそれくらいだった、とか、与太話を言いふらしている。


(そんな訳ねえだろ!あんな陰キャがどうして狐面になるんだよ!)


 機嫌を悪くしながらも、田淵は立ち上がった。クラスメート達が待っているのだ。


(早く行ってやるか…)

「おい、待て、そこの1年」

「あ?…あ、アンタたちは…」


 田淵は背筋を震わせた。そこには冒険者部の部長と副部長がいたのだ。


 田淵はこの二人に苦手意識を抱いていた。というのも、冒険者部に入部しようとして、面接でぼろくそに言われた挙句に追い出されたことがあったからだ。


「お前が狐面を名乗っているという噂を耳にしてな。本当かどうか確かめに来た」

「は…?い、いや、俺は、別に名乗った訳じゃ…」

「狐の面を見せびらかして、それらしいことを言っていたそうじゃないか。自分が狐面だと言っているようなものだろう」


 そう言って、部長は田淵の胸倉をつかんで拳を握った。田淵は「ひぃぃ!」と情けない悲鳴を上げる。だが、すぐに胸倉を突き放した。


「…ふんっ、違うな。この程度で悲鳴を上げるような情けない胆力の持ち主が、あの狐面の訳が無い」

「つまり、コイツは嘘をついているという事ですね、部長」

「ああ…おい、田淵」

「ひっ…は、はい…」

「狐面は我々が狙っているのだ。狐面は必ず我々冒険者部が手に入れる。邪魔をしてくれるな…これ以上狐面を名乗るようなことをすれば、我々にも考えがあるからな」

「は、はひ…」

「よし、ならもう行け」


 田淵は解放されて、よろよろとそこから逃げ出した。


 そんな田淵を見つけて、すぐにクラスメート達が声をかけてきた。


「あ、おーい!狐面様、遅いぞ!」

「ねえねえ、田淵君が狐面って本当なの?お金どれくらい貰ってるの~?」

「ばか、そういう話はカラオケの個室で聞けよ!冒険者にとって、情報は命なんだぜ?」


 がやがやと集まってくるクラスメートとその他大勢。本来ならば田淵の望む光景だっただろうが、後ろに冒険者部の部長と副部長がいる今だけは田淵にとって死の宣告と変わりなかった。


「あ、あはは…いや、その…」

「どうしたんだよ、田淵!ほら、武勇伝を聞かせてくれよ!」

「私も聞きたーい!」

「その…い、今は…話せないっていうか…」

「ん?あ、後ろにいるのって冒険者部の…マジか、田淵!お前もしかして、スカウトされたのか!?」

「ち、違う!は、話しかけられただけで…!」

「それってもうスカウトみたいなものじゃん!田淵君すご~い!」

「は、ははは…」


 田淵は後ろを見ることができなかった。


「そういや、田淵も勿論出るんだろ?『第6回近接術大会』!田淵、近接戦闘得意って言ってたもんな!」

「え?」

「うわ、私達超応援するね~!頑張って、田淵君!」

「いや、は?ちょ、ちょっと待てって!俺は出るなんて一言も…!」

「え?出ないの?」


 田淵に視線が集まる。


「…いや、出るつもり、ではあるんだけど。は、恥ずかしいから秘密にするつもりだったんだ…ははは…」

「なんだ、そんな事か!びっくりしたぜ!」

「出ないなんてもったいないもんね!優勝賞金500万なんでしょ?さくっと優勝してこのメンバーで焼き肉でも奢ってよ~!」


 田淵は今、鈴野の言葉を思い出していた。いつか自分の首を絞める…田淵はその言葉を首を振って掻き消す。


「も、もちろんだ!」


 田淵は力強くそう言った。黄色い声援が上がって、女子が腕に抱き着いてくる。


(大丈夫。俺には『あれ』がある…あれを使って大会で活躍すれば、きっともっと発言力が増えるはずだ…そうなれば、何の問題もねえ…!逆にもっと上に行くチャンスなんだ、これは…!)


 田淵はぎらついた目つきで歩き出したのだった。

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