3:中級ダンジョン探索初日

 金曜日、昼飯の準備をしていると、隣の席から声をかけられた。


「神野、飯食おうぜ」

「坂本か。良いぞ」


 あの日以降、俺は坂本と何故か親交を続けている。


 というのも、坂本はどうやら冒険者オタクらしい。しかも冒険者になりたいという欲望は一切無く、冒険者に憧れ、グッズを集めるタイプのオタクだった。将来の夢も冒険者関連企業と決めていて、生涯を通して冒険者を支えていくと言っている。


 俺も冒険者として色々調べているから、多少話が通じる部分があり話すようになった。


 さらに、俺が田淵に標的にされ、綾さんが声を上げた時、男子の中でいの一番に田淵の所業に文句を付けたり、終わった後も「大変だったな」と声をかけてきてくれたといういきさつがある。


「でよお、巨大な大剣でドラゴンを大地ごとぶった切っちまったんだぜ!やっぱ佐藤健吾は一味違うわ!」

「ほーん」

「あ、おーい、け…神野君!私もここで食べていいかい?」


 坂本の話を聞いていると、綾さんが弁当箱を持って突っ込んできた。


「もちろんどうぞ、鈴野さん」

「す、鈴野さん…ども…っスー…」

「あはは、お邪魔します!今日は佐藤健吾さんの話?私も混ぜてよ~」

「っスー…あ、はい、もちろん…なあ、神野…?」

「なんで俺に聞くんだよ…鈴野さん、気にしないで話に入ってきていいよ」

「わーい」


 ここ数日は大体この三人で話すことが多い。今日もそうなるのかなと思っていると、綾さんの後ろからぬっとギャルが現れた。


「よ、神野、坂本」

「神野っち、今日も綾と仲いいねえ~」

「…あー、どうも、新庄さんと犬千代さん」

「っスー…」


 あ、坂本の気配が消えた。まあ、確かにこの二人まで話しかけてくるとは俺も思っていなかった。流石の俺もちょっとどぎまぎしてしまった。


「最近綾がお前らにつきっきりだから私達寂しいんですけど~。私らも混ぜろやおらっ」

「私も冒険者好きだよ~。イケメン冒険者パーティーの《ロックロック》って知ってる~?」

「ッスー…知ってまスー…割と実力派集団っすよね~…」

「坂本っちも知ってんだ~!語ろ語ろ~」


 椅子が二つ増えて、大分大所帯になってしまった。


 まさかこんなことになるとは。授業開始日当日からは想像だにしていなかったことだった。


 俺はボッチだが、ボッチであることから抜け出す努力すらしていないタイプのボッチだった。むしろ一人の気楽さにかまけて自分から人に関わりに行くことも極端に無かった。必要な時に必要な分だけ関わるようにしていたのだ。


 当然、今の状況は俺が思っていた以上に負担は少なかった。友達づきあいは疲れるものだという固定観念がこびり付いていたが、どうやらそれはただの俺の思い違いだったらしい、と今更気が付いた。


 そっか、俺友達って言えばあの二人しかいなかったからな。比較対象が悪すぎたってこと…と考えていいんだろうか?分からんがそういう事にしておこう。


「あれ?神野の弁当、結構可愛い系じゃね?自分で作ってんの?」

「え?あ~…これね。これはその、作ってもらってるんだよ」

「ああ、親に?へえ、随分と愛情こもってんじゃん」

「…まあね…」


 俺は弁当箱を突きながら綾さんの方を見た。すると、多少こちらの事情を知っている綾さんは何かに勘付いたのか、にやにやしながら俺を見てきたではないか。


 高校生特有の色眼鏡め…!視線をそらして、俺は弁当の味に集中する。


「つか、神野も冒険者やってんでしょ?今何レべなん?」

「んー…まあ、普通位だよ」

「ふーん。つっても夏休みの一カ月だけなんでしょ?それで普通どれくらい上がるもんなん?」

「平均はレベル5まで上がるって感じらしいよ。だよな、坂本」

「お、おう。そうだな。でも、毎日きちんといって、ちゃんと戦闘をこなしたうえでの平均だから、いわゆるライト冒険者の層を含めると、一カ月でレベル5に行ける奴は25%も満たないんだけどさ」

「…そうなのか?」

「なんで知らないんだよお前が…。冒険者って言っても、ちゃんと三級冒険者の資格を取れるまで頑張るタイプと、最初からその気がなかったり、途中で諦めたりして、安全圏で小遣いを稼ぐタイプに分かれるんだ。で、後者は人によって活動量に差があるから、計算に入れられてないんだよ」


 冒険者資格を取得した直後は、全員が四級冒険者として登録される。その後1カ月の活動期間と、基準を満たす活動量をクリアすると三級冒険者として階級が上がる。


 四級をお試し期間だとすると、三級からやっと一人の冒険者として正式に見なされることになる。


 そして、どうやら俺の知っていた平均の話は、その『三級に上がった冒険者』で計算されたものだったらしい。とすると俺が考えていたよりもずっと5レベの壁は高いのかもしれないな。


 俺は既に三級に昇級している。つまり一人前の冒険者として認められているという訳だ。


 その上、レベルは6まで上がっている。普通、レベル6まで上がるには平均的に2カ月かかるが、俺の場合は半月でそこまでいっている。


 恐らく、レベル7ももう半月もすれば到達するだろう。やはり【塞翁が馬】の効果は反則級だ。


 俺と同じように、経験値にバフを与えられる配信者がいる。その人はその力を売り込んで冒険者たちに雇われ、一緒にレベリングに付き合ったりして、その様子を配信しているのだが…ある時、侵入してきていた他国の冒険者に襲われて、命からがら逃げだしたものの全治半年以上の大けがをしたそうだ。


 その人は退院後すぐに復帰し、活動を再開させたらしい。…が、ぶっちゃけ俺はそこまでの図太さは無い為、これからも人には秘密にして生きていくのだろう。


「へえー。で、当然神野はレベル5になってんだよね?」

「…さ、さあな…」

「お?その顔は~…?ねえねえ、犬子犬子!神野って多分、将来有望株よ!今のうちに唾つけておかないと!」

「わーい、うちお金持ち大好き~!」

「…あのなあ、適当な事ばかり言うもんじゃないよ」

「二人とも、あまり冒険者のステータスを探ろうとしないの!冒険者がレベルを明かすのは、パーティーを組む時か、フレンド交換した時くらいって相場が決まってるんだよ?」

「「はーい」」


 はしゃぐギャル二人に若干疲れた昼休みの一幕であった。





3:中級ダンジョン探索初日



 


 土曜日の朝。俺達パーティーは聖架市までやってきていた。


 バスに乗って十数分、電車に乗って十数分、大体30分程度で着くことが出来た。


 周囲は普通の街の風景が広がっているが、そこだけは封じ込め処理用の分厚い壁で覆われていた。その周囲には冒険者協会支部の建物や、買い取り専門店などが並んだりしていた。


 俺達は支援デバイスを機械に翳して、門を開けて中に入る。そこには竹林が広がっていた。真ん中まで石畳の道があり、鳥居があり、神社がある。


 そして、そんな神社の顔面を下から貫くように、巨大な樹が生えていた。樹が伸びる際に神社は大きく破損したのだろう。破損した状態のまま放置されていた。


 その樹の根本には、車さえ入ってしまうのではないかという巨大な洞がある。


 洞は、真っ暗な空間に続いているようだった。


「…これが『大樹の洞』か。名前通りの見た目なんだな」

「あれを潜れば、すぐにダンジョン内部よ。どうする?もう行っちゃう?」

「ここまで来て引き返すわけにもいかないだろ。よし、行くか!」


 俺は一度振り返って全員の顔色を確認し、そして前へ進んだ。


 洞の中に入る。すると、次の瞬間には目の前が眩み、俺は鬱蒼とした大森林の中に放り込まれていたのだった。


 後ろを見ると、茂みの中から鬼月、陽菜、リリア、要さんもやってくる。茂みは丸い穴を形作っていた。


「鬼月、アンカーを頼む」

『了解しタ』


 鬼月はバッグからマジックアイテムである《魔水晶のアンカー》を取り出した。


 このダンジョンでは、スタート地点は完全ランダムとなっている。そしてそのようなダンジョンに必須なのがこの《魔水晶のアンカー》だ。さっき冒険者協会支部で10万円で買ってきた。


 このダンジョンには、決まった場所に常に存在しているゲート、そして冒険者が侵入してきた時に作られる無数の簡易ゲートの二種類の入口が存在している。


 この《魔水晶のアンカー》は設置しておき、子機を一定間隔で設置していくと、光の線でつないで道標べになってくれるという効果を持つ。


 当然、帰る度にわざわざ決まった場所にあるゲートを探して帰るよりも、こうしてアンカーでマークしておき、侵入してきた簡易ゲートに潜った方が早く帰れるというもの。故にこのダンジョンを攻略する際は、アンカーは必要不可欠なものなのだ。


 鬼月がアンカーを設置し、そこから子機をいくつも作ってバッグに放り込んだ。これで迷う心配はなさそうだ。


「道標の杖、それから地図も問題ありません。いつでも行けますよ!」

「ありがとう、陽菜。よし、行こうか」


 俺が先頭、鬼月と陽菜、リリアが中央で、要さんが殿を務める。俺達は周囲を警戒しながら歩き出した。


 家よりも太い大樹が連なっており、古い遺跡が所々に存在している。遺跡は地面にあるものは少なく、多くは樹に押し上げられ、樹の一部として飲み込まれていたり、ツタに絡まってぶら下がっていたりしていた。


 遠くは霧がかかっていて見えない。更に、樹々に遮られて視界も悪い。


「…不思議な光景だな…」

『うン…綺麗に見えるが、同時に不気味にも思えル』


 俺の言葉に鬼月も同じ気持ちになったのか、同意を示してきた。


 しばらく歩いていると、不意に地面に微かに振動があるのを感じた。


「…止まって。警戒を」


 俺が静かにそういうと、全員が立ち止まって周囲を警戒する。俺はしゃがみ込んで、地面に耳を付けて意識を集中させた。


 ずしん、ずしんと等間隔で振動している。これは…何かが歩いているのか?


「…陽菜、道標の杖の反応は?」

「うーん…あ!こっちの方角に反応がありました!」


 微かに色が赤くなっている。つまり脅威がその方向の先にいるという事だ。


「…とりあえず、姿だけは拝んでおくか」


 俺達はそちらに進むことにした。しばらく進んでいると、足音が大きくなっていく。


 そして見えたのは、全身に苔を生やした巨人だった。身長は恐らく3階建てのビルにも余裕で届くだろう。


 モス・ジャイアントと呼ばれる、規格外の大きさを持つモンスターだった。


「サイズの平均値が異常、ね。こんなのがゴロゴロいるの、要さん」

「そうよ。大きな存在恐怖症にはかなりきついダンジョンよ、ここ。怖気ついた?」

「誰が怖気つくか」


 俺と要さんは武器を取り出しながら、そんな言葉を交わしたのだった。


 中級ダンジョンでの初戦。さて、実力を見せてもらおうか。刀を構え、風刃を発動。そして俺はソレを思いっきり振り下ろしたのだった。

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