閑話1:鬼月



※『27:ダンジョン防衛 五日目~七日目』を大幅に改訂しております。話の流れには影響はありません。ご理解の程よろしくお願いいたします。



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 ドラマで人が人を甚振り、傷付けあうシーンを見た。


 ゴブリンというものは人と良く似ている。人の悪い部分、ダメな部分を濃縮して煮込み、それが人型となった化け物。


 それこそが、鬼月の種族の名である。


 鬼月にまだ名前が無かったころ、鬼月は自分の事をこの世で一番のゴミクズだと信じて疑わなかった。


 鬼月は他のゴブリンと違う所があった。彼は、生まれた瞬間から人語を介す程の知力が備わっていたのだ。人語を介し、自分だけの価値基準を持って物事を区別し、輪郭を捉える頭を持っていた。


 故に、そんな鬼月から見てゴブリンの集団というものは地獄でしかなかった。


 当たり前のように起こるいじめやいびり。時には同族同士で殺し合う事さえあった。少しでも他と違う箇所があれば徹底的に排斥し、昨日他のゴブリンを虐めていた者が今日は他から虐められているような社会。


 当然のように過去の鬼月もまた排斥の対象となったが、アスモデウスが鬼月を見つけ殺さぬよう命令を下した。ゴブリンはアスモデウスに支配されていたので、排斥は徹底的に短期的なものではなくなり、継続的に長期的なものへと切り替わる。


 終わりのない地獄が過去の鬼月を襲った。そして、その地獄を形成しているのが自分と同じ種族の者たちであることを鬼月は十分理解してしまっていた。


 このゴミの様な種族の一員である自分は、またゴミなのだと思った。否、そんなゴミのような奴らに、何の抵抗もできないまま淘汰され続ける自分はそれ以下なのだと自覚した。


 惨めに生まれ、惨めに生きてきた。そんなゴミクズは、ある日とある人間と出会い、他のゴブリンとは全く違う存在であることを教えられる。


 あの時のカタルシスの衝撃は今でも克明に覚えている。自分がイレギュラーであり、人と歩み寄れる存在なのだと知った。


 そして対するゴブリン達は、ダンジョンボスに支配され、その命令通りに動く人形でしかないのだと理解した。


 しかし、それは神野圭太の言葉をただうのみにしただけの、甘えた思考だと鬼月は早々に思った。


 鬼月は証明しなければならなかった。他のゴブリンと自分が違う存在であるのだと。己の手で証明する必要があった。


 圭太に誘われ、ダンジョンに立ち向かう決意をしたのはそれが大きな理由だったろう。


 鬼月は自己の獲得に挑戦し――――そして、勝利を収めた。


 アスモデウス戦。過去に自分の命を救った彼の上級デーモン種に対し、思う所は一つだけしかない。


 そもそも、アスモデウスが自分の命を助けたのは興味から来るものだった。知能を有したゴブリンをとりあえず生かし、淘汰させる。そしてしばらく経って生き残っていたら召し上げてやろう。そういう腹積もりだったのだろう。


 実際、他のゴブリンよりも多少知能があったゴブリンが召し上げられて、ゴブリンリーダーという上級種となり召喚の能力を与えられた事例があった。鬼月もそのレールに乗せられていたのだ。


 アスモデウスは過去の鬼月に、過酷な労働を多くさせた。それも淘汰の一種、試練だったのだろう。もしくは長い間働かせることで鬼月の精神を殺し、言いなりの人形にしようとしたか。


 礼など感じない。むしろ逆だ。他のゴブリンと同じみたいに扱われることに鬼月は酷くプライドを傷つけられたし、過酷な労働で精神を擦り切れさせられ、洗脳をしようとしてきた事に怒りさえ感じた。


 故に戦いを選んだ。圭太だけじゃない。橘陽菜、そして朽木要…仲間と共にアスモデウスに戦いを挑み、そして勝利した。


 鬼月はやっと過去の呪縛から解放され、自己を確立することに成功したのだ。それが、世間では夏休みと呼ばれる期間に起こった、鬼月だけの物語の顛末である。


 しかし、それはただの始まりに過ぎない事もまた理解している。ようは幼子から物心ついた子どもへと成長をしただけに過ぎない。


 次は、自分という存在を深く理解する時間だ。鬼月はそう思った。


『貴方は…いえ、今は何故か私も同じ存在になっているようですが、この世界でイレギュラーと呼ばれているモンスターは、私の世界では迷宮案内人と呼ばれており、一つの種族として多くの人々から認められていました』

『迷宮案内人はダンジョンから生まれた存在。故に、ダンジョンについて興味を持ちやすく、ダンジョンにまつわる知識の吸収は他の追随を許さない程でした。また、超感覚と言える感覚を備えており、ダンジョンの些細な変化、予兆を感じ取ったり、危機を察知することにも長けていました。何より、ダンジョン産のマジックアイテムを迷宮案内人が使うと、能力以上の効果を引き出すことができ、冒険者に多大な貢献をしてきました』

『中にはその英知と直感を発揮し、英雄の一人として数えられた者もおります。賢者として認められ、王国に使えた者もいたと聞いたことも。我々精霊と同じく、偉大なる種族なのです』


 リリアから聞いた言葉は、鬼月の中で変化をもたらしていた。


 思えばダンジョンに対する興味は生まれた頃から持っていた。鬼月として地表に出た後も、圭太の買い込んでいた本で積極的に勉強をしたりもしていた。


 自意識過剰ではなく、客観的に見て当てはまる部分は多い。


 しかし、ダンジョンの些細な変化、予兆の感知、危機察知能力、さらに、マジックアイテムの力を引き出す…など、この辺りに関しては全くと言っていい程思い当たる点がない。


 鬼月は夏休み後半を使い、これらの能力について検証をすることにしたのだった。




閑話1:鬼月




 2週間が経過し、夏休みの終わりが目前まで迫ってきたころ。畑ダンジョンが徐々に活動を取り戻し始めていた。


『ふんっ!』

『グギャアア!?』


 現れたゴブリンアサシンの刃を盾で弾き、カウンターで紫電を纏った槍で薙ぎ払う。


 鬼月はダンジョンに潜っていた。中層だ。


 ダンジョンは魔素払いの結晶などを使い完全にモンスターの湧きつぶしをしてしまうと、『崩壊』という現象を起こして大災害を引き起こす。つまり、完全に沈黙させるにはダンジョンボスを倒すしかなく、また沈黙させても数週間しか沈黙させることはできない。


 ゆえに通常時には、一部の魔素払いの結晶の子機をオフにして、定期的にモンスターを狩り続けなければならないのだ。それがダンジョンの管理人としての義務である。


 しかし、その管理人である圭太は、夏休みが終わったら平日は常に学校にいることになる。そうなるとダンジョンの管理は鬼月がやらなければならなくなる。


 今日はその練習でもあった。そして同時に、自分のイレギュラーとしての能力を再確認する時間でもある。


『えーい!』


 後ろでは、ゴブリン相手にリリアが戦っていた。青い髪の少女が、水の槍を生み出して飛ばし、ゴブリンを殲滅している。


『わーい、勝ったー!キヅキ、勝ったよー!』


 ぶい、とピースサインをしてくるリリア。鬼月はそんな彼女の頭を撫でた。


『流石だ、リリア。頼もしい限りだナ』

『えへへ』

『でも、魔法の使いすぎにはもっと気を付けた方がいイ。リリアはケイタと同じで、魔法を無詠唱で使えるタイプだから、無計画に使っているとあっという間に魔力切れになってしまうゾ』

『むっ。ぶー、分かってるもん』


 あっという間に機嫌を悪くしたリリアをあやしつつ、鬼月はこれで全てのモンスターを倒したことを確認。やるべきことは終わった。


 次は自分の時間だ。鬼月は魔法の地図を取り出した。


『なにしてるの?』

『迷宮案内人としての能力を試しているんダ。マジックアイテムの能力を引き出す…だったカ。それをどうにかしてやってみたいんだガ』

『すっごーい!キヅキってそんな事できるんだ!』

『いや、出来ないから練習してるんだゾ。というか、これはリリアから聞いた情報なのだガ…覚えていないのカ?』

『?』


 笑顔で首を傾げるリリアに一抹の不安を感じたが、鬼月は首を振って地図に目を落とした。


『マジックアイテムとは、魔力が込められ、特殊な力を持った物体の事ダ。つまり、この魔力の流れを掴みさえすれば…と思うのだガ…』


 集中して、マジックアイテムの能力を構築している魔力の流れを掴む。安全地帯で座り込んで、その作業に没頭した。


 リリアが暇になり、ゴロゴロし始めても鬼月は集中し続けた。


 そうして、数分が過ぎた頃だろうか。地図が何やらダブって見えるようになった。自分の魔力と地図の魔力が繋がり、自分の体の一部になったような、ならないような、そんな感覚。


 これが、マジックアイテムの能力を引き出す、という事なのだろうか?


 鬼月はより集中する。すると、地図に何やら新しいアイコンが生まれた。


『…これは、隠しギミックカ?』


 中層は全て探索し終えたかと思っていたが、謎が残っていた。というのも、丸い封印の扉はまだ一度も開いたことがないのである。


 それに関係する場所なのだろうか?場所は、過去に圭太が巨大な石の玉に追い掛け回された部屋だった。


 アスレチックが所狭しと敷き詰められた、通路のように長い部屋。入ってきて見える向かい側には、上と下で二つの出口が存在しており、どうやら地図が示しているのはその下の方の出口…つまり、巨大な石の玉がすっぽりと入っている場所のようだった。


 鬼月はリリアを負ぶって、アスレチックをひょいひょいと渡っていく。そして、最終的に石の玉のある場所の端に難なく着地。


 そこは通路になっているようだが、石の玉がすっぽりと詰まっていてこれ以上進みようがない。


 だが、鬼月の体躯なら隅の隙間を縫って進めるかもしれない。


『…この奥に何かあるのカ?』


 ふむ、と少し考えた結果、鬼月はリリアの腕を軽くとんとんと手で叩いた。


『リリア。腕輪になってくレ』

『はーい』


 リリアの身体が水に変わり、そして小さな腕輪になって鬼月の腕に嵌った。鬼月は四つん這いになり、石の玉の隅を渡り、向こう側を覗き見る。が、行き止まり。


 更に周囲を見渡すと、巨大な石の玉の下に塞がれる形で、階段が存在することに気が付いた。


『これの事カ』


 鬼月は一旦奥へと進み、行き止まりの壁と丸い石の隙間に入り込む。


『【守護方陣】!』


 そして、ありったけの魔力を込めて触れるものを弾き飛ばす結界を生み出した。すると、ばがんっ、と音を鳴らして丸い岩が弾き押され、ゆっくりと奈落の底へと落ちていった。


 そうして丸い岩が無くなり姿を現したのは、階段の入口だった。


『…少し覗いてみるカ?』


 鬼月はそう呟いて、階段をゆっくりと降りていく。螺旋階段のようで、数十m程下降。辿り着いた先は新たな部屋があった。


 長い通路のような部屋だ。入口のすぐそばには、何も乗っていない台座が何故かぽつんとあった。


 それ以降はアスレチックが続いている。狭い足場にどう見ても殺す気しかないトラップ。壁には穴が沢山空いており、そこから恐らく矢でも出てくるのではないかと思えた。


 奥の方ではギロチンがぶんぶんと振り子のように揺れていて、それが五つもあった。


 下は奈落ではない。金属の刺がびっしりと敷き詰められていた。


『…全く、このダンジョンはどうしてこんなに殺意が高いんダ…』


 鬼月はそう呟いて、結界を発動しながらアスレチックの足場に飛び乗った。


 壁から矢が飛んでくるが、結界に跳ね返される。


 さらに進むと、炎が四方八方から吹き出てきたが、これはリリアの魔法で掻き消された。


 ギロチンゾーンでは、タイミングを見計らって無傷ですり抜けることが出来た。


 そうして奥までたどり着くと、そこには台座があり、上にはテニスボール程のサイズの石の玉が収められていた。


『これを向こうの台座まで持って行けト…』


 呆れた顔を浮かべた鬼月だが、何のためらいもなく玉を手のひらに収めた。そして踵を返して一気に走り出す。


 後ろから、ピッ、ピッ、ピッ…と嫌な音がし始めた。嫌な予感が加速する。ぞわぞわとするような悪寒…これが、危機の察知なのだろうか?


『あれ、爆発するよー?』

『だろうネ!』


 鬼月は結界の力でごり押しして元来た道を戻り、台座に玉を収めた。


 すると音は消え、入口付近の壁に壁画が現れたではないか。その壁画の中央にはくぼみがあり、そこに光が灯る。


 ズズズズズズ…と頭上から重低音が響いた。それと同時にぽん、と宝箱も出てくる。


 鬼月は宝箱の中身はいただいて、螺旋階段を上って第一のアスレチック部屋に戻ってきた。そしてアスレチックを使って上に登って、上の方の出口まで来た。


 そこにあった円扉が開いていて、中が見えていた。


『なるほど、これが迷宮案内人としての能力、という訳だナ…』


 マジックアイテムの効果を引き出し、危機を察知する。今回意識できたのはこの二つだけだったが、初めてにしては上出来だろう。


『中入りたい!』

『そうだナ…ケイタには悪いガ、ちょっと覗いても怒りはしないだろウ』


 腕輪から少女の姿に戻ったリリアにせかされ、鬼月は中に入った。


 その部屋はどこか神聖な雰囲気があった。左右に等間隔に柱が伸びており、奥には祭壇の様なものがある。鬼月は中に入って、その祭壇に近づいた。


 そこには、剣が横たわって安置されていた。種類としてはグラディウスが一番近いだろうか。鬼月はその剣に手を伸ばしかける…が、すぐに辞めた。


『…さすがにケイタを呼んでくるカ』

『えー』

『えーじゃなイ。ほら、いくゾ』


 鬼月はそう呟いて、リリアの手を引いて元来た道を戻ったのだった。


 圭太は鬼月とリリアがギミックを解いたことに心底驚いていた。と同時にかなり悔しがっていたようにも見える。どうやら自分の手で解きたかったらしい。


『すまないナ、ケイタ。楽しみを奪ってしまったようダ』

「謝らないでくれ、鬼月…その、あれだ。悔しいってのは、こう、負けて悔しいってだけだから。次は俺が先に解くからな」


 と、そんな一幕もあったものの、圭太もあの祭壇の前までやってきた。


 デバイスを翳すも、鑑定不能と出る。


「なあ、これどうする?とりあえず綾さんに鑑定はしてもらうけど」

『どうする、とはどういう事ダ?いつも通り、ケイタに任せるガ』

「いやいや、二人が手に入れたものなんだから、これはもう二人のものだろ?鬼月とリリアだけで初めて手に入れたものだ。二人で話し合って決めなよ」

『エッ…』

『やったあ!』


 そう言われて、はたと気が付く。思えば自分で行動して手に入れたアイテムは、これが初めてだった。


 リリアと目を合わせると、リリアはにっこりと笑った。


『私金属苦手だし、これはキヅキが持ってていいよ!』

『良いのカ?確かに、槍以外にも手ごろな武器が欲しいとは思っていたガ…』

「なら丁度いいな。鬼月が装備するで決定!」


 圭太の言葉で、やっと鬼月は剣を手に取る。柄の部分は触らず、剣身を持つ形だ。柄の部分を触ると装備したことになってしまう。地味だがカースドアイテム対策だった。


『お、おおお…僕の初めての戦利品カ…!なんか、感慨深いナ…!』


 鬼月は目を輝かせて剣を眺めた。大切に、大切に使っていこうと心に決める。


 ダンジョンに出た後、早速鬼月はバスに乗って剣を綾の元へと持って行き、鑑定してもらった。


《エンシェントソード》

・レア度1

・強力な魔法が込められている。魔力を流すことで光の斬撃を放つことができる。クールタイム15秒


 綾に言わせると、これは中々の一品らしい。低レアの武器なのに強度もそこそこあり、中距離攻撃手段にもなる。


『これが僕だけの武器かァ…』


 その日の夕方、キラキラとした目で剣を眺めて、きゅっきゅと布で表面を拭く鬼月の姿があった。


 地獄にいた頃からすると考えられもしなかっただろう。明日が来るのを楽しみに思える日々が来るなんて。


 こうして鬼月は今日もまた、少しずつ一人の個人として成長を続けていく。




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次から次の章、と言っていましたが、書ききれなかった部分があったため閑話という形で追加していきます。別に読まなくても問題はありません。

閑話部分はもう1話分続く思いますが、出来るだけ早く済ませます。

評価、ご感想の程よろしくお願いいたします。

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