29:ダンジョンボス攻略

 アスモデウスが槍を振るうと、次の瞬間には数十mの範囲の地面をえぐり取るほどの突風が発生した。当然そんな見え見えな攻撃に当たる訳もなく、俺と要さんはそれを跳んで避けて左右から挟み撃ちの形で迫った。


『小癪ナ!』


 打撃が入り白い罅が這う身体に、俺の振るう刀と風刃が食い込み傷をつける。だが、痛みを感じていないのか、アスモデウスは槍を大きく振るい俺達を薙ぎ払った。


「が…!?」


 要さんはうまく避けたが、俺は刀でそれを受け止めた。全力で踏ん張っていたと思っていた足が一瞬で宙に浮き、そのまま身体を猛スピードで後方へ持って行かれ、最終的に弾かれ壁へとぶっ飛ばされる。


 なんつー怪力。直撃を受けたらヤバいな。


 そして、俺はアスモデウスの傷が消えていくのを目にした。おいおい、自己再生も持ってんのか…!?


 俺は瓦礫を押しのけて駆け出し、要さんにさらなる追撃を放っていたアスモデウスの背後から全力で切りかかった。


『ちょこまかと…グオッ!?』

「よそ見してんじゃないわよ!」


 こちらに目を向けた隙きを突いて打ち込まれた要さんの魔法で、アスモデウスの顔が白い炎で燃え上がる。罅が入る魔法とは違う、もう一つの炎上魔法だ。更に連撃で、白い罅が走り爆発する。


『グヌ…!いい加減に…ガアッ!?』


 俺は体と刀に強化を施しながら、よろめいたアスモデウスの腕を切り裂いた。アスモデウスは反撃の為に槍を持ち上げて振るおうとしたが、その顔にチャージブラストを受けて動きを止めた。


 俺と要さんは同時に追撃を繋いだ。


 連撃に次ぐ連撃。魔素が吹き出し、アスモデウスの体にダメージを入れ続ける。


『ヌゥン!』


 アスモデウスは唐突に槍を地面に突き刺した。次の瞬間、アスモデウスの足元に血のような魔法陣が描かれ、俺と要さんはその場から飛び退いた。


 地獄の業火が沸き起こり、凄まじい熱量の炎柱が立ち上る。


『流石に多勢に無勢カ…ならば、これならどうダ?』


 アスモデウスはそう言って、自分の顔を横から叩いた。すると、訳の分からないことが起こった。やつの首がまわり、全く別の顔が出てきたのである。


「なっ!?」


 悪魔の顔だったのが、牙があり、鼻が長く垂れ下がった象の顔へ。文字通り顔を変えたアスモデウスは杖で地面を何度も突き、どこかで見たことのある動きを繰り返した。


「ヤバイ、動きを止めろ!」


 俺は駆け出して、奴に切りかかった。しかしその攻撃は空いた方の腕によって遮られる。要さんも遅れて攻撃を仕掛ける。


『ブモオオオオ!?』

「ちっ!」


 が、遅かった。要さんの攻撃は突如として湧き出したミノタウロスに命中し、その体を滅ぼした。


 ミノタウロスだけじゃない。遺跡の中に大量のモンスターが湧き始める。


『さあ、奴らを殺セ!』


 象の顔のままモンスターにそう命令を下すと、奴は顔をまた変えた。次はタコの顔だった。


「圭太!足止めしてやるからモンスターをどうにかしなさい!」

「了解…!」


 要さんが攻撃を仕掛けようとすると、アスモデウスは大きく飛び退いて攻撃を避けた。


 俺はその隙をついてすぐさま後方へ下がって、鬼月と陽菜を取り囲んでいたモンスターを切り裂いた。


「陽菜、モンスターの数を減らせ!」

「『ファイアボール』!」


 詠唱中だった陽菜にそういうと、陽菜は魔法をモンスターの群れに放った。強化版のファイアボールだ。ミノタウロスの身体を貫いて、後方で爆発が起きる。


俺はそうしてできた群れの穴に飛び込んで、全力で風刃を放った。ホブゴブリンレベルなら一刀両断、ミノタウロスなら致命傷だ。


 更に足を強化して、全力で跳躍。上空で魔法を放とうとしていたシャーマンやカースドの首を刎ねて、更に着地した後もモンスターの数を減らしていく。


「きゃあっ!?」


 悲鳴が聞こえた。思わずそちらに目を向けると、槍で吹き飛ばされた要さんの姿があった。魔法による結界で直撃は避けたらしいが、周囲にミノタウロスが迫っている。フォローしにいかないと不味い。


 だが、嫌な予感がした。アスモデウスに目を向けると、奴は悪魔の顔に戻っていた。


『見せてやろう、我が力の真骨頂ヲ』


 目が赤く光る。すると、その光がモンスター一体一体の胸に宿った。


 不味い。焦りが胸を支配するのと同時に、モンスター達が風船のように膨らんでいき、次の瞬間には視界を真っ赤な閃光が支配した。




29:ダンジョン攻略




 全身の痛みを無視して、俺は周囲の状況を確認した。


 鬼月は守護方陣で何とか陽菜を守ったらしい。しかし守護方陣は完全に破壊されていて、消耗が激しいのか肩で息をしていた。


 要さんは何とかしのいだらしいが、頭から血を流している。


 俺が一番深手を負った。咄嗟に全身に強化を施し、風刃で周囲を切り裂いてモンスターの数を減らしたが、爆風で思いっきり吹っ飛ばされたのだ。


 利き腕じゃないのが幸いだが、左手が完全に動かない。それに頭から血がべっとり顔に流れている。


 モンスターを爆弾に変える魔法。それが奴の切り札か。悪趣味だがかなり強力だ。


 アスモデウスは悪魔の顔のまま、魔法を唱えていた。狙っているのは…陽菜だ!


「鬼月、陽菜を守れええ!」

『…くっ!?』


 俺が駆け出すのと同時に魔法は放たれた。次の瞬間、鬼月の盾がアスモデウスの放った火炎球と接触していた。鬼月は踏ん張ったが容易に後ろに押し出される。


「鬼月君!」

『【守護方陣】…!』


 鬼月は陽菜を守護方陣で囲み、陽菜と一緒に火炎球に空へと押し出された。火炎球は陽菜にホーミングする効果を持っているのか、空へと昇ったかと思うと、壁に激突し貫通し、地面に叩きつけ引きずりまわし、鬼月にダメージを与え続けた。


 最後には高所で魔法の効果が切れた。鬼月は…ダメだ、消耗が激しすぎる。


 俺は鬼月の召喚を解いてスキルに格納し、空へと跳び出した。そして陽菜をキャッチして地面に降り立つ。


 鬼月を召喚し直した。


「二人とも、大丈夫か?」

「わ、私は大丈夫です!それよりも、お二人の方が…!」

『大丈夫ダ…このくらいなんでも無いヨ…!』


 陽菜が回復薬を俺と鬼月に渡してくる。回復薬を飲むが、傷が完全に治るまでは数分かかる。


 不味い。こっちの消耗が激しすぎる。要さんの話だと、俺達のパーティーは低難易度ダンジョンのボスくらいなら確実に倒せる程度の実力はあると言っていたのだが、アスモデウスは明らかに低難易度ダンジョンのボスの枠に収まっていない。


 どうする?撤退するか?いや、奴が俺達を逃してくれるとは考えられない。


 一瞬思考で足を止めた俺達の周りに、モンスターがまた召喚されていた。見てみると、アスモデウスがまた象の顔になり、モンスターを召喚し直したらしい。


『意外としぶといじゃないか、人間風情が…次で終わりにしてやろウ』


 次爆発されるとヤバい。焦って立ち上がり、刀を構えた俺の横に、要さんが降り立った。


「圭太、撤退する?これ以上は不味いわ」


 俺は要さんの目を見た。


「撤退するなら、私が殿をしてあげる。確実にアンタたちを逃がすわ。それで良いなら今からでも動く」

「…」

「私が一番レベルが高いもの。私にはそうする義務があるの。早く決めなさい」


 要さんの目には覚悟があった。当然だ。だって一人で足止めなんてしたら、要さんは確実に死ぬ。


 絶対ダメだろ、それだけは。


 理不尽だ。でも、理不尽は覆せる。ホブゴブリン戦で、俺は格上に一度勝っている。【塞翁が馬】が運ぶ困難を、俺達は何度も退けてきた。


 手はあるはずだ。必ず。俺は周囲に近づいてきたモンスターを斬り飛ばして、要さんに伝えた。


「短期決戦を仕掛けます。真っすぐ行ってぶった切る。道を作ってくれ、要さん」

「…本気?」

「本気です」


 要さんが俺の目を見てくる。そして、微笑んだ。


「ふぅん…良いわ。やってやろうじゃない」

「私も、お供します!」

『もちろん、僕もダ』


 俺は声を張り上げた。


「陽菜、魔法の準備!鬼月は陽菜を守れ!」

『了解!』


 陽菜は返事もせず詠唱に入った。チャージブラストだ。


 俺は足を強化して駆け出した。


『目の前で少年が命を懸けて戦っているというのに、私だけ命を懸けないという訳にはいきませんね』


 次の瞬間だった。頭の中に謎の声が響いたのだ。


 時間が遅く感じる。これはいったいなんだ?


『初めまして、冒険者のお方。今脳内に直接語り掛けています。お互いの自己紹介は後回しにして、まずは一つ助言を。奴は三つの顔を持っていますが、本体は一つだけ。他二つはフェイクで、どれだけ攻撃しようとダメージを与えることはできません』

(…あんたもしかして、この塔に封印されてるっていう…?)

『どうかご武運を。次はちゃんと顔を合わせてお会いできることを願っております』


 声が遠くなり、時が戻った。


『…おお、おおおおお!やっと反応したか、死にぞこないの生き残りガ!神々よ、見ておりますか!今こそ宣託を実現する時!人間どもを殺し、封印を食い破り、奴が死ぬ様を娯楽として存分に献上いたしましょうゾ!』


 アスモデウスが唐突に空に向かって叫び始めた。もしかして、今の声が聞こえていたのか?いや、聞こえていたというより、感知しただけだろうか。話の内容自体は聞こえてないっぽい?


「何アイツ。急にトチ狂ったんだけど!」


 様子が急変したアスモデウスにドン引きした様子の要さんが、モンスター達を駆逐していく。


 俺もモンスターを切り払いながら、考える。


 奴の顔は二つがフェイクで一つが本体。三分の一か…どれが本体だ?今までの傾向から考えろ。


 …そう言えば、タコの時だけ攻撃を大げさに避けてたな。それが本体か?


「要さん、タコ頭の時の攻撃パターン知ってますか!?」

「近接攻撃メイン!触手がうざい!」


 要さんの端的な説明を聞いて、動き出す。


「アスモデウスううう!」


 ミノタウロスを真っ二つに引き裂き、俺は声を張り上げた。


「何が神だテメエ!うちの畑に勝手にダンジョン生やしやがって!このトンチキ野郎が、テメエがその様ならテメエが信仰する神々ってのはもっと残念なクソ野郎なんだろうなァ!」

『…なんだと…!?人間風情が、我が神を愚弄するカ!』

「悔しかったら殺してみろよボケナス!バーカ、はーげ!」


 爺ちゃんが収穫を楽しみにしていたトマトやダイコンは、ダンジョンに巻き込まれて消えてしまった。


 俺が冒険者になってからの数日間は、実は俺が寝ている夜中の間に爺ちゃんと婆ちゃんが交代しながらダンジョンの見張りをしてくれていた。


 剣術を教えてくれたし、戦術も教えてくれた。そうやって二人は二人なりに俺と一緒に戦おうとしてくれた。でも、二人とも最初はやっぱ不安だったと思う。自分から冒険者になった俺が言うのもなんだけど、そもそも庭にダンジョンが出来なければ二人に無駄な心労をかけずに済んだはずだ。


 つまり、どういうことかというと。


「テメエが気に食わねえからぶっ殺す!それ以外にテメエを殺す理由なんざねえんだよクソ野郎が!」

『なんと汚い言葉…やはり人間は愚か!神々に弄ばれ、玩具として破滅していくのがお似合いダ!』


 思えば俺は、ダンジョンに潜るようになるまでは本気で怒ったことが人生で無かった。


 保育園の頃から既に幼馴染の我儘に付き合ってたし、そうして成長していくと大概の嫌な事は笑ってスルー出来るようになってしまった。


 特にもう一人増えた中学時代からは、特にそれが酷くなったように思う。もちろん、根は悪い奴らではないので本気で嫌いって訳じゃないが、癖の強い奴らだったので付き合うにはそれ相応の寛容な心が必要だったのだ。


 だから、そこだけは感謝しよう。俺に怒りを思い出させてくれてどうもありがとう。


「死ね、アスモデウス!」

『死ぬのは貴様だ!死にぞこないが!我が神を愚弄したこと、後悔しながら死ね!』


 次の瞬間、周囲にミノタウロスやホブゴブリンが殺到した。が、次の瞬間には後ろから飛んできた緋色の雷で全てが吹き飛んでいた。


 爆炎を通り抜け、火の粉にまとわりつかれながらも俺は前に出た。


 アスモデウスへの道ができた。後30m。俺は一気に駆け上がって、20mに詰める。


『小癪な!』


 奴は顔を変えた。タコの顔だ。首のあたりから無数のタコの足が生えていて、それがうねうねと動いて俺に攻撃を仕掛けてくる。


「させない!」


 要さんがその触手に連打を入れた。燃え上がっていく。俺はとにかく魔力を溜めて前に出る。


 10m。


『グッ…!?』


 奴が槍を振るおうとしたその時、要さんが先に動いて地面に杖を突き刺した。


「私の魔法は、本来こう使うのよ!」


 次の瞬間、アスモデウスの足元に白い罅が入り、それが爆発。罅から迸った白い光が、アスモデウスを下からずたずたに切り裂いた。


『クソがああああ!』


 アスモデウスが無理やり槍を動かす。


『させると思うカ?』


 目の前に、鬼月が転移してくる。アスモデウスの槍を盾で受け止め、一瞬拮抗した。


 鬼月さん、マジかっけえ。俺は一瞬出来たその隙を使い、攻撃の合間を縫って、アスモデウスとの距離をゼロにした。


 アスモデウスが顔を叩く動作をしようとした。が、槍が目に突き刺さり、その動きを中断させられる。


 槍は鬼月が放ったものだ。当然示し合わせたわけではない。ただの偶然だろうが、完璧なタイミングだった。


 ここで決めなきゃ終わりだ。俺は思考を加速させた。さっきとは違った意味で、時間が遅くなる。


 ステータスは、戦闘時には冒険者の思考力を補助する力を持つ。一部のプロのスポーツ選手がごくまれに入るというゾーン…ステータスはそれを冒険者に常に提供し続けるのだ。


 では、その状態でさらに集中し、ゾーンの更に向こう…決して生身ではたどり着けない新境地へ足を踏み入れたらどうなるだろうか。冒険者の間でまことしやかに噂されている『スーパーゾーン状態』。


 俺は、恐らくこの瞬間だけは、それに突入していた。


 この時だけは、冒険者はそれまで不可能だったことを可能にする。


 ご都合主義で結構!それでテメエが死ぬなら文句はないね!俺はアスモデウスを見下ろして、刀を上段に構えた。


 刀の周りに風刃を纏わせ、更にその風刃に強化を施した。この風刃は攻撃の為ではなく、刀の速度を速めるための加速器だ。


 刀にさらに風刃を付与する。俺は一気に魔力を解放して上からアスモデウスに振り下ろした。


「【一閃】」


 それは、これまで登録さえしていなかった俺の《剣技》だった。第一剣技【一閃】。それが俺の新しい技の名前だ。


『そんな…馬鹿な…』


 アスモデウスは真っ二つになり、驚愕の表情を浮かべて魔素に還り消えていく。そりゃそうだ、明らかに奴の方が格上だったし、更には奴は三つの顔の内二つがフェイクという、隠しギミックさえあった。死ぬとは思っていなかったのだろう。


 強かったが、それでも勝ったのは俺達だ。


 こうして初めてのダンジョンボス攻略は、終わりを告げたのだった。

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