22:ダンジョン探索十三日目

 朝起きると、外でサイレンが鳴っていた。


『ただいまより、ダンジョン探知を行います。住民の皆様におかれましては、十分ご注意した上でいつも通りお過ごしください。ダンジョン探知により発生した被害に関しましては、国が全額負担いたしますので、怪我をした場合は直ちに病院へと―――』


 非常にゆっくりした、言い聞かせるようなアナウンスも流れ出す。


「もうそんな時期か…」


 呟きながら庭へと向かうと、爺ちゃんと婆ちゃんも集まっていた。鬼月もそこにいる。


「おはよ、爺ちゃん、婆ちゃん、鬼月」

「おお、おはよう。ちょうど今始まるぞ」

「はあ、いつまでたっても慣れませんね、この行事は…」

『ケイタ、おはよう!こっちに来てヨ、一緒にみよウ』


 鬼月に手を掴まれ、縁側に引っ張られる。俺は小学生の頃からずっと見てるから慣れてるが、仕方ない。鬼月に付き合うとするかな。


 数分後、空を巨大なオーロラが覆い尽くした。それは波紋のように東の空から西の空へと向かって揺らめき、何度もそれが続く。


「うちのダンジョンは、届け出出してるから大丈夫なんだよな」

「爺ちゃんにも書いてもらったでしょ、書類。その辺しっかりしとかないと、後で大変な目にあうからね」


 ダンジョンの秘匿は重罪だ。ダンジョン探知でもしバレたりしたら、土地の強制退去もあり得る。


 レア度5、その中でも国家運用級アイテムと称される、ダンジョン探知用マジックアイテムを使用した、全国で行われるダンジョン探知。うちの地域は大体2月と8月に行われる。


 広域に放射された魔素のオーロラが、空全体を覆い尽くし、その下にあるダンジョンを全て探知する。そして記録されているダンジョンと照合して、記録にないものが見つかったらそれは新しいダンジョンか、秘匿されたダンジョンのどちらかとなる。


 なんでも一回起動するのに、数億円分の魔素が必要になるとか。


 始まったのはつい4,5年ほど前の事で、当初はそりゃ大混乱が起きたものだ。地球に魔素を振りまいて変化が起きたらどうする!って感じで。


 しかし、魔素はマジックアイテムに含まれていたり、魔素専用の容器に入れておいたり、ダンジョンの中でなければすぐに溶けて消えてしまう性質を持つ。また、空気の影響を受けず停滞する性質もある為、消えるまでその場にとどまり続ける。


 誰もいない空で魔素が一時的に満たされたとしても、全く問題ない。それよりもダンジョンを放置しておく方が危険だ。というのが国の答えだった。


 また、オーロラに驚いて腰を抜かして怪我をしたり、物を壊した、なんて例が最初の頃は頻発していたので、その際の治療費や損失への負担も国が行うようになった。


 ちなみにだが、魔素が溶けて消えるのと同じ理屈で冒険者のステータスも定期的にダンジョンに行かなければ徐々に消えて弱まっていく。完全に消えることは無いが、初心者レベルだと大体半年程度でほぼ力を失ってしまう。


 これは今の所俺には関係の無い話だ。


 ダンジョンは年に十数個見つかり、また同じ数くらい完全攻略され消えている。


 冒険者制度ができ始め、大体6年くらいで増える数と減る数で均衡が取れ始め、こっち数年はずっと横ばいで均衡が続いている…ように見えるが、若干ダンジョンの生成数の方が多い。しかも、この均衡も超高難易度ダンジョンが一つ増えるだけで崩れるもので、綱渡り状態だと表現する人も少なくない。


 まあ、とはいえ今のところはこの探知もすっかりただの夏の風物詩として定着してしまっている。オーロラを見る機会なんて本当は日本を出る位しかないんだし、今は楽しんでいいかもな。


『綺麗だナ~』


 お茶を飲みながらオーロラを眺める鬼月の横で、俺もオーロラを眺め続けたのだった。


 


22:ダンジョン探索十三日目




「うう、一緒に見たかったのに寝坊しちゃいました…」

「まあまあ、次の機会に一緒に見ようよ」

「次は絶対早起きします!」


 倉庫の前で集合したはいいものの、肩を落とす陽菜さん。どうやらオーロラを見れなかったようだ。


 まあ昨日は久しぶりのダンジョン探索だったし、夜も結構はしゃいでたから疲れていたのだろう。俺も実際今日まで忘れてたしな。


 しかし、ダンジョン探知は絶対に朝あるとは限らないんだけどな…大丈夫かな。


 それよりも、今日から陽菜さんが正式にパーティーに加入した。今日から陽菜さんと潜るのは畑ダンジョンということになる。


 それは昨日の夜のうちにすでに伝えてある。外には絶対秘密にすることと約束すると、満面の笑顔で何度も頷いてくれた。


 どうやら前人未踏の地、というのが彼女のロマン魂を刺激したらしい。


 もう既に下層まで攻略済みだというと、それはもうがっかりしていたので筋金入りだ。


「出てくるモンスターはゴブリンかデーモン種だって話はしたよね?デーモン種は火属性の魔法は通り辛いけど、陽菜さんの火力なら貫けると思うから、問題は無いはずだ。気張っていこう」

「はい!二人とも、よろしくお願いします!」


 という訳で、早速ダンジョン下層へとやってきた。少しだけ子機のある場所で移動の練習をして、その後は当然未探索区域に突入する。


 殿を鬼月、真ん中を陽菜さん、前が俺で歩いていく。


 バッグを持ったり、地図や道標の杖で警戒をするのは陽菜さんの役目になった。杖を二本持って背中にバッグを背負って、という格好になるが、鬼月が陽菜さんを守りやすくするためでもある為頑張ってもらう。


 はたから見れば女の子に荷物を持たせるダメ男みたいだが、ダンジョンの中ではステータスがある為男女差はほぼない。これでも良いのである。


「…敵が来ます!」


 陽菜さんが地図を見ながらそう言った。俺と鬼月は警戒態勢に入る。鬼月は後方、前方は俺。陽菜さんは俺達の死角を索敵する。


「えっと、えっと…あ、上からです!」


 その言葉で上を見ると、そこにはクラウドデーモンが群れを成してこちらに向かってきていた。


 風刃を飛ばして本体を斬り飛ばすと、あっという間に消失する。


「ふう…ナイス索敵、陽菜さん」

「えへへ。地図の見方も少しずつ慣れてきました」

『ヒナは覚えが良イ』

「鬼月君の教え方がお上手なんですよ」


 言葉を交わし合いながら、また行進を開始する。すると、集落が見えてきた。岩山と岩山の間に収まるように形成されている。


 鍛冶の黒煙が立ち上っているのが見える。そしてそこには、武装したゴブリンやホブゴブ、ミノタウロス、そしてこれまで見た事の無い、三叉の槍を持ったミノタウロスよりも一回り小さい牛頭人体のデーモン種が、蝙蝠の様な羽を使って空に浮かび上がっていた。


 見回りは無いが、高台で見張りをしているゴブリン達がいる。俺達は岩陰に隠れた。


 あれは…俺達への対策か?


 ゴブリンはクラス一つ分、ホブゴブ、ミノタウロスは4体ずついる。全員が金属の装備で武装しているようだ。


「凄い数ですね、どうしましょう」

「陽菜さん、陽菜さんの魔法なら、あいつらどれだけ減らせる?」

「えっと…半分くらいならいけると思います。ただ、デーモン種と戦うのは初めてなので、もっと少なくなるかもしれません」

「なるほど…鬼月、あそこにいるデーモン種ってなんだっけか」

『魔法が得意なカースドデーモンだナ。あの槍は魔法を強化する力を持っているらしイ』

「ふむ…魔法か」


 俺は少し考えて、二人に指示を出す。


「陽菜さん、武装集団に対して最大火力で魔法を打ち込んで、出来るだけ数を減らしてください。鬼月は陽菜さんの護衛。それから、陽菜さんは敵が攻撃に反応して近づいてきても、鬼月に任せて魔法を出来る限り打ってください」

『分かった』

「は、はい!あ、敬語は無しでお願いします。もっと仲間っぽく扱っていただけたらと…」

「あー……それもそうか。ごめん、気を付けます。それじゃあ改めて……俺は、気配を消して後ろからカースドデーモンを処理、魔法で打ち漏らした敵を各個撃破していくよ。魔法は当たらないよう気を付けるけど、陽菜さんも気を付けてくれると助かる」

「はい、任されました!」


 という訳で、早速距離を取り、陽菜さんに詠唱をしてもらう。俺は即座にその場を離れて、回り込むように岩山を進む。


『ギッ!?ギギャー!』


 陽菜さんの魔力に反応してカースドデーモンが声を上げるも、他のモンスターはカースドデーモンを見上げるだけで動きは緩慢だ。


 側面に回り込む頃には、陽菜さんのいた場所から特大の緋色の雷がアーチを描くように現れ、枝分かれし集まっていた武装集団目がけて降り注いだ。


 閃光と爆音を響かせる絨毯爆撃。ゴブリンは全滅、ホブゴブは一体を除いてすべて消えた。ただし、ミノは鎧が破損し生身を負傷しながらも耐え抜いている。


『グラアアアアアア!』


 怒りのままにモンスター達が咆哮し、鬼月と陽菜さんの方へと走り出す。その後ろでは、空に飛んで絨毯爆撃から免れていたカースドデーモンが杖を振っておどろおどろしい声で詠唱を始めている。


 カースドデーモンの数は三体。まずはこれを消す。


 俺は強化した足で岩肌を蹴りつけて跳び、刀を構える。恐ろしい光が刀に宿り、一番後ろにいたカースドデーモンの首を刎ねた。


 そして、集落のボロ小屋の屋根に着地した俺は、そのボロボロの屋根に強化を施して盤石な地面へと変えてさらに跳ぶ。


 回転し一体。更に刃を翻し、もう二体。全てのカースドデーモンを、魔法を放つ前に切りつけ始末した。


 着地し、小屋から出てきた鍛冶担当のミノタウロスの攻撃を避けて鬼月たちの方へ向かう。


 見れば、鬼月の守護方陣の光がモンスター達を阻んでいた。そして紅蓮の塊がモンスター達を包み込む。陽菜さんのファイアボールだ。


 生き残ったのは運のいいミノタウロスが数体。俺は気配を消して、後ろからそいつら全ての首を刈り取った。


「圭太君、強すぎます…!」

『ケイタもヒナも強い』

「鬼月もナイス防御」


 声を掛け合い、振り返ると、小屋からぞろぞろと作業担当のモンスター達が出てくる。


 ここからは正面戦闘だ。まず突貫してきたミノタウロスに、俺も前に出て迎え撃つ。放たれた攻撃を避けて胴体を切り裂くが、ミノタウロスは生命力が非常に強い。踏ん張られて、もう一回攻撃を放たれた。


 しかし、動きがどうしても遅い。カウンターを放ち身体にもう一太刀入れ、巨体を地面に転がす。


「『敵を屠る鉄槌と化せ 【ファイアボール】』!」


 ファイアボールが放たれ、後ろから来ていたもう一体のミノタウロス率いるゴブリン達の群れを焼き尽くした。しかし、ミノタウロスは火傷を負いながらもダメージを無視して突貫し、真っ赤な鉄の液体をぶっかけてくる。


『効かないナ!』


 俺はそれを余裕をもって避けて、鬼月は陽菜さんの前で盾の効果を発動。魔力の障壁を放って弾き飛ばす。


 強化を入れた刃で、厚い金属で出来た重厚なバケツで攻撃してきたミノタウロスの首をすれ違いざまに斬り落とす。


「陽菜さん、チャージブラスト、詠唱!」

「はい!『『炎の精霊よ、呼び声に応え―――」


 すぐさま陽菜さんに高火力魔法の詠唱に入らせる。


 次の瞬間、魔素が中央に集まり出し、モンスターの形になっていく。現れたのはミノタウロスよりも数倍大きく、数倍太い巨大な牛頭のモンスターだった。


『モーロック!強敵だゾ!』


 俺を視認したモーロックが、巨大な拳を振り下ろした。凄まじい轟音が響き渡る。俺は真横に飛んでそれを避け、足に切りかかるが、強化が無い状態の刀では刃が中途半端に食い込み、途中で止まってしまった。即座に強化を入れて引き抜き、距離を取る。


『ブモオオオオオオッ!』


 モーロックは咆哮し、地面に片手を突き刺した。そして地面から、罅割れた巨大な斧を取り出した。真っ黒で、罅割れており、罅割れた場所からはマグマの様なオレンジ色の光が漏れ出している。


「『チャージブラスト』!」


 しかし、次の瞬間には雷が顔を直撃し、凄まじい爆発を引き起こしていた。あまりの衝撃に斧が地面に落ちる。


『ブモッ…!!!』

「風刃!」


 顔を抉られ、よろめくモーロック。俺は跳びあがって肩に乗り、風刃を纏った刃で真横に一閃。首を落とした。


「…ふう…あからさまに難易度上がったな。スキルの所為か…?」


 それとも、ダンジョンボスが意図的に俺達に差し向けたのだろうか。その場合、それはスキルによる困難だと言えるのだろうか?


 まあとにもかくにも、第四集落はこれで完全攻略となった。


 宝箱の罠を避けて、採掘坑などもサクッと攻略する。


「ふう、初陣は完勝でしたね」

「陽菜さんがいなかったらヤバかったかもな。入ってもらってよかったよ」


 戦力増強に塞翁が馬が反応して相手の戦力も上がった、というのも考えられるが、ダンジョンボスがこちらを認識して戦力をぶつけてきた、という可能性も考えられる。


 もし後者の場合で陽菜さんがいなかったら、陽菜さんのいるいない関係なくあの軍団と戦っていたことになる。流石に二人だけであの数の軍団に加えて魔法を使うモンスターの相手をしていたら、俺と鬼月はピンチに陥っていたかもしれない。陽菜さんは早速大活躍だ。


「いいえ、お二人のサポートあっての事なので。私は魔法使いとしての役割を果たしただけすよ。あ、それよりも、圭太君。私の事は陽菜さんではなく陽菜とお呼びください。短い方が何かと楽だと思いますので!」

「え?あ、うん、わかった…」


 唐突な提案に思わず頷く。確かに戦闘中、陽菜さん、と呼ぶよりも、陽菜、と短く呼んだ方が良いのは確かだ。


 …しかし緊張するなあ。いや、呼ぶけどね、承諾しちゃったし。


 とにもかくにも、この調子で次の集落も破壊しよう。

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