5:勇者、救出
雅はこの世界で初めて見るドラゴンとワイバーンの空中戦に興奮していた。
クリフォードの乗る黒いドラゴン、ドルヴェール。
シャルートの乗る赤いワイバーン、シュレッサー。
2頭の特徴は対照的だった。
筋骨隆々としたドルヴェールは小回りが利かないが、前肢の一撃が強烈だ。当たれば確実に戦象でも仕留められる。
対するシュレッサーは細くしなやかな体に大きな翼。スピードと小回りで相手を翻弄する戦法が得意だ。さらに炎による攻撃。正確には可燃性の体液放出は厄介だ。
乗り手は互いの特徴を知り尽くして、その上で優位に立とうとドラゴンを駆る。
翼を動かす時にどの筋肉が動くのか。
皮膚の質感が種類によって違うのか。
翼の皮膜がどれくらい光を通すのか。
宝玉でドラゴンを従わせようとするのは根本的に許せないが、ドラゴンに罪はない。雅はかじりついて細部を見ることに集中していた。
ただひとつ残念なのは、眺めるには最高の場所だったが、状況が最悪だったことだ。
なんといっても、片方の後脚にがっしりとつかまれ、振り回されているのだ。しかも、二の腕に爪が食い込んで出血している。動脈が切れたわけではないとはいえ、あまり長時間は辛い。
辛いながらも、至福の時間なので、雅は観察を続ける。
「ああ、もうっ! 炎を吐く瞬間がここからじゃ見えない!」
ついつい興味の方向にばかり意識が向いてしまう雅の上では、2人の王子が戦いを繰り広げている。
「なぜ国を売った!? 勇者をどうする気だ!?」
「おまけ扱いに嫌気が差したのさ。王子とは言っても妾腹だから敬意も払ってもらえない。万が一の予備扱いだ。その点、帝国に土産を持っていけばいい待遇だ。ドラゴンの扱い方を教えている間なら裏切られる可能性も低い。勇者も一緒なら完璧だろう?」
2人の王子が雅を取り合って争っているという構図ではあるのだが、なんというロマンティックの欠片もない内容だろうか。もっとも、その勇者も王子どころかドラゴンを見るのに忙しいという色気の欠片もないのだが。
互いの位置をめまぐるしく変えながらドラゴンとワイバーンが交錯する。ドルヴェールはシュレッサーの上からつかみかかりたいが、シュレッサーはそれを許さない。ふいっとかわして逃げる。しかし、雅をつかんでいる分、いつものように身軽に動けない。
雅もいつまでも捕まっているわけにはいかなかった。
王国の思惑がなんとなくわかった以上、洗脳まがいの術をかけられるわけにはいかない。
とはいえ、ここでドラゴンから自由になっても地面と激突して終わりだ。振り落とされないようにするしかない。地面に近づいた瞬間ならと思うが、シャルートもそこはわかっている。だから、あえて空で戦っている。
その時、足元から別のドラゴンの咆哮が轟いた。
「翔っ!」
聞き覚えのある声に雅は思わず歓声を上げた。
最下層からグングン昇ってくるドラゴンの姿に、雅は違和感を覚えた。最後に見た時よりかなり大きくなっている気がする。
「ちっ、勇者の忠犬気取りか」
翔を犬と表現したシャルートの舌打ちに、雅は思わず笑ってしまう。
今も雅という名のボールを取り返しに駆けてきた犬のようだった。ただし、かなりの大型犬に変貌している。声もワンワンではなくて、もっと腹の底から出るような唸り声だ。味方だと知らなかったら血相を変えて逃げ出したくなるだろう。
しかし、雅は抱きしめたくなるほどうれしくて、もう一度声を張り上げる。
「翔っ! こっち!」
そして、雅は腰の長剣を引き抜くと、切先を真上に向けた。
硬いウロコに覆われた背中と違い、腹部は小さくて細かなウロコだ。強度もそれほどない。強さよりも柔軟性が求められるからだ。
綺麗だと雅は見ほれる。わずかに赤みがかった白いウロコがまるで波のように列を作っている。ヘビ、それもヤマカガシの腹をもっと大きくしたようだ。
しかし、雅は心を鬼にして、自分をつかんだワイバーンに向かって声を上げる。
「ごめんね」
そして、一瞬ためらった後、目を閉じて長剣を一気に突き上げた。
「シュレッサー、離せ!」
寸前で気づいたシャルートがかかとで首の付け根を蹴って命令するが、わずかに遅かった。剣の切先はシュレッサーの胴体に食い込んだ。不安定な体勢からの一撃とはいえ、それで充分だった。
シュレッサーはビクンッとのけ反って悲鳴を発すると、雅をつかんだかぎ爪を開き、投げ捨てるように後方に脚を振る。
落下する雅は危うく蹴られそうになったが、持っていた長剣でとっさにガードした。爪が当たった衝撃が思いのほか激しく、剣は弾かれ、クルクル回りながら落ちていく。
雅は落下しながら両手を広げ、体が無茶苦茶に動くのをコントロールしようとした。ダイビングの実体験などない。とにかく必死だった。
周囲を見回してどこをどう落ちているのか確認しようにも風圧でまともに目を開けられない。
目をかすかに開けた瞬間、目の前に何かが現れ、ドンッと胸に衝撃が走った。
普通に叩きつけられるよりは遥かにショックは少なかった。それでも反動で撥ね飛びそうになって、雅は慌てて両手で周辺をまさぐる。
と、革のロープのような物が指に触れる。手綱だ。雅は握り締めて引き寄せる。
「だ……大丈夫」
声を上げると、グオッと低い声が返ってきた。なんとかドラゴンの鞍に受け止められたのだ。
雅は鞍にまたがり、ベルトを鞍に固定する。
「ふぅーっ。助かったよ。もうダメかと思った。遅かったね。浮気してた?」
ブゥと鼻息荒く応えるドラゴンに、雅は探るように訊く。
「ドラゴン?」
ドラゴンはブンブンと首を振る。
「じゃあ、王女?」
グルゥ……と不承不承といった様子でドラゴンはうなずいた。
「ああ、そっちかぁ。しつこそうだったもんね」
どうどうとなだめるように、雅はドラゴンの首筋をさする。
「でも、今はこっちの方がしつこそう」
雅は2人の王子を見る。
「このまま見逃してくれるってわけにはいかないよね」
さらに上層と中層の発着場からも龍騎兵が飛び立ち、一部が雅の方へ向かってくる。その数ざっと6騎。
「こっちには武器なしか。さっき落としちゃったしね。どうしよっか?」
雅の端正な眉が困ったとハの字になる。そのつぶやきが聞こえたのか、ドラゴンが雄叫びを上げた。
「なにか手があるんだね。任せたよ、翔」
雅が首筋を叩くと同時に、ドラゴンは翼を広げて舞い上がった。
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その時、シャルートは傷ついたシュレッサーを一旦発着場に降ろそうとして焦っていた。このまま飛ばし続ければ、最悪内臓がはみ出してしまう。応急手当でもかまわないから施す必要があった。
しかし、クリフォードがそれを許すわけはない。
黒いドラゴンは執拗に追いかけ、赤いワイバーンは炎で距離を取ろうとする。
機敏な動きは苦手なドルヴェールだが、飛ぶ距離が限られた炎ならなんとかかわすことができる。
シャルートは自分たちに向かってくる龍騎兵隊に気づいた。
「兄上がご乱心だ! 引き止めてくれ」
自分に比較的近い勢力だと見て取ると、シャルートは冷静に言う。日頃理知的なシャルートと傲慢なクリフォード。こういう時に臣下の信頼にも差が出る。
「邪魔をするなっ!」
クリフォードは自分を取り囲むように接近して来た龍騎兵に向かって叫ぶ。それも逆効果だった。腫れ物に触るように遠巻きに取り囲み、誘導しようとする。
先にキレたのはドルヴェールの方だった。格下と思っているドラゴンたちが自分を取り囲み、威嚇するという状況に我慢ができなかったのだ。
ドルヴェールの太くて長い尾が一閃し、後方にいた龍騎兵を弾き飛ばした。安全帯があっても意味はない。兵士はその一撃で鞍諸共に飛ばされた。
それまでの空気が一変する。
裏切り者――。
自業自得だが、勘違いによってクリフォードは味方に襲われるハメになった。
その隙にシャルートは離れた中層の発着場のひとつへと向かっていった。
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