そっと離れた幼馴染達に送る…NTR Anser Letter

クマとシオマネキ

【本編】絶望の夜を越える事が出来ない場合、希望の夜明けは俺にしか来ない

 幼少、中学時代、僕は少ないけれど、持っていた。でもなくなった。失うものも、望むことも。

 だから僕は…耐える為、手に入れる為に俺になった。

 

 高校時代、俺には何も無かった。

 でも手に入れた。

 傍にいる、可愛く、大事な、人

 でも失う時、思う。こんな事なら、手に入れなければ良かった。


 違うよ、僕は思うんだ。手に入れなければ感じられなかったんだよ。

 その喜びも、楽しさも、悲しみも、怒りも。

 衝動を手に入れなければ死んでいるのと一緒だと。


 人の心を掻き乱し、足を引っぱり飯だけ食う穀潰しの俺は死んだ方がマシだ、でも死にたくないから俺は…


 僕には『シア』という幼稚園の時からの幼馴染がいた。

 世界一好きだった。彼女は自然そのもの、まるで地球だ。

 彼女が好きだったのは近所の裏山と動物園で、僕なんかといつも子供のような遊びを好んだ。


『タロァ!私はタロァの一番星!大好き!いつでも!タロァと一緒!』


 彼女は才能の塊…常識や当たり前は関係無い。

 だから彼女は…多分、俺なんかを愛してくれた。


 父はモデルで東欧系のハーフ、ブロンドで翠眼、まさに妖精と呼ぶに相応しいスタイル。

 美しく、能力があり、人から愛され、包み込む様な優しさを持っていた。


 でも、彼女は遥か彼方に飛べる生き物の筈なのに、美しい羽を泥につけながら、傍にいてくれた。

 何故なら僕が…外見も悪く勉強も運動も何かしらの才能も無い、泥沼に住む動く事も出来ない糞だからだ。

 僕と共に泥沼に浸かる様な優しさを持つ君が眩し過ぎて…僕は…君に背を向けた。


 君の輝きが痛かった、心が苦しむのが辛かった、君と一緒にいると…その違いに死にたくなった。

 だから、思い出の動物園でお別れをした。君といると辛い、俺の事は忘れて、翔んでいけと送り出した。

 そうだ、僕は…そっと距離を取って、見送った。

 

 そして僕にはもう一人の幼馴染『蘭子』がいた。

 彼女は空気のようで、口には出さなかったが僕がシアの事を愛していて、忘れる為に付き合う提案をしたところ…すべてを飲み込んだ。

 彼女はよく男遊びをしていた、文句は言わなかった。

 彼女は謝り、もうしないと言いながら、裏切りを繰り返した。

 でも、今なら分かる。俺に経験をさせてたんだな、裏切りを。


 シアを好きでいれば…必ず来るであろう劣等感と嫉妬、奪われる悲しみと届かぬ想い。そして心の苦痛。

 それでも俺が…俺と同類の蘭子を好きにならず…シアの様な星の輝きを望んでしまう事をランコは知っているから。

 蘭子に恋をすることは無い、だけどとても、大事な人。

 しかし、『毎日空気吸えて幸せだな』って思えるか…と言われると無理だから。

 でも幸せになって欲しいから…最終的には自分にとって大事な友人と一緒になってくれて、俺は嬉しかった。

 だから僕は…そっと距離を取って見守った。

 


 僕には義理の妹『メグミ』がいた。

 父が連れてきた再婚相手の娘、それがメグミ…

 敵意剥き出しの感情、氷の空気、容赦無いやり方、どれもが笏に触り、関わる事を互いに拒んだ。

 そして共通点といえば、親が離婚していた事。

 

 ある日気付いた、彼女はずっと探していて泣いていた…

 笑顔という幸せの象徴の在り方を…

 そして目を逸らしていた、前の父に向けられていた、家族が持つ無償の愛を。

 メグミは手段選ばない、自分は既に奪われていて、復讐と思っているから。復讐に遠慮は要らないから。

 メグミに常識は通じない、その常識を信じた結果、失い続けているのだから。

 そして感情が俺に向いた時…俺はその愛を受け入れなかった。

 何故ならメグミは家族であり、俺の大切な妹だからだ。

 メグミの気持ちや過激な行動に、恋人という想いを受け入れなかった俺に、家族以上のなにかを言うことはできない。

 そして受け入れられなかった俺は…そっと距離を取って背を向けた。



 俺が気が狂うほど好きだった『シア』の妹の『サラ』

 俺と同じで華やかな場所には出れないと言っていた。

 いや、才能はあったんだよ。隣で見ていたから分かる。

 何も無いからこそ…人の気持ちを慮って来なかったからこその…無限の努力と進む力。

 『シアの妹だから?』…違うよ。


 がむしゃらに進めば何も無くとも翔べるって事を教えてくれたんだ。

 愛する人が高く飛び、そこで幸せを掴んだと聞いて…俺は自分勝手に絶望し、泣きながら吠えた。

 しかし言ってくれたんだ…『私は一緒に歩きますよ』って。

 何も見えず何も知らず進む、その先が地獄であろうと構わず進む。


 しかしサラやシア…いや、俺達のような若く無知であるが故に…搾取され、弄ばれ、利用される。


 それでも進む事を選んだ彼女を…俺は止めない…もし俺が諦めずにシアに想いを届けるとしたら何が必要か、その事を彼女は教えてくれたから。


 他人の尊厳を踏みにじろうとも、怨嗟にまみれようとも…振り向かず、省み無ず、一顧だにしない前に進む力。

 燃えながら太陽に向かい滅する、慟哭を超える衝動。


 彼女の後押しによって…俺はそっと距離を取って感謝した。

 



 ある日、俺が自分から距離を取ったシアが週刊誌、そしてワイドショーに出ていた。

 今話題の俳優とデートをしているというニュースだった。

 バイト先で初めて知った。


 世界が違う。

 俺の毎日は端的に言えば、草を食み、排泄し、寝る。それだけ。

 片やシアは…人に夢や希望を与え皆に愛される。

 代わりに日常生活は制限され、寝る暇も惜しんで才能を発揮する。


 馬鹿な俺でも分かる。仲が良かっただけでも酷かった。

 彼女と一緒になったら?

 例えばメールや電話…そして数カ月に1回のデート。しかし噂や見られる毎日、俺には…無理だよ。


 それでも燻る愛情、その愛情への不安、相手への疑心と、どうにもならない怒り。


 そう、分かっていたさ。それでも泣いた。

 いつか帰ってくると何処かで思っていた…一緒に過ごせる日が来ると思っていた。悲しい。悔しい。俳優ってなんだ?俺の事を好きと言ってなかったか?裏切りやがって…


 言ってる事がおかしいと思う。

 分かってる、シアは裏切っちゃいないんだ…俺が、ただそう思っているだけだから。

 持たざる僕が唯一出来る抵抗だから、これぐらいさ。


 これでも我慢したんだ。噂を聞いた時に…

 横にシアの妹、サラがいたから。


 シアに『幸せが見つかるならそこで幸せになれ』と言っておいて、今の心の内…悲しみ、嫉妬、憎しみなんて、知られてはいけない。

 サラは姉のシアとたまに会っている…だからサラの前で、折れてないフリをしなければいけない。


 サラを帰した後、泣いた。子供のように泣いた。

 呪詛の様に恨み言を言った…崩れるまで泣いた。

 小学生の時はシアと親父が俺のすべてだった。

 中学の頃には親父は死んで、シアも引っ越して居なかったが、それでもシアがいつか帰ってると思って我慢した。

 気付けばシアへの期待だけで生きていた、生きていたけど…帰ってきたシアは別人だった。


 結局俺は、思い出の中だけで生きていた。

 それでも俺という馬鹿は、別人になったシアに格好つけて、良かれと思って別れを告げても帰ってくると思っていた。

 思い出の中のシアが帰ってくると思っていたんだ。馬鹿だよな。

 そして今、現実を知った。受け入れる為に泣きじゃくり罵声を、非難を、憎しみは吐いた。

 

 俺は弱く、多分、こうしないと生きていけないから。




 …なのに…目の前にサラがいた。全部見られていた。

 まだ中学から上がったばかり、見ようによっては小学生と言っても過言ではないサラが泣いていた。


『ずっと…私もずっと同じ…未だに届かない姉や家族を追いかけてます…何を認められても…あの姉がいる限り満たされない…唯一心を満たしてくれたのが…先輩でした…だから…だから!』


 小さい身体で抱きしめられて、俺は情けなくも後輩に弱音を吐いた。


【まだ…信じていた…諦めたと思っていたのに…好きだったんだ。情けない話だよなぁ…本当に】


『私も同じです…私も…姉は姉、私は私…と、思っても諦められませんでした…先輩…私達は一緒だと思います…同じ方向を向いて…同じ人を見て立ち止まっている…だから…2人で歩き出しませんか?』


 よくある話…お互いの隙間を埋める様な依存…俺はシアの妹、サラに依存した。

 …俺がシアを諦める事が出来たら改めて告白してくれれば良いという条件で、俺はサラと仮の恋人になる…甘えてしまった。


『良いんですよ!私も初めて、太郎さんも初めての事を沢山しましょう!全部、塗り替えましょう!』


 こんなにも情けない始まりを、いつまでも待つと言っていた幼馴染・ランコと、サラと同じ様に俺という兄に依存していたメグミは祝福してくれた。

 ある日、サラから小さなカードの様な手紙を貰った。


『サラと幸せに 太郎が幸せ それが1番嬉しい シア』

 

 それから4、5ヶ月…サラと2人、いや3年になって出来た友達ヨウタと蘭子、サラと親友になったメグミ。考えられなかった楽しい時間。

 そして彼女になったサラとの恥ずかしくも幸せな時間…サラは友達すらろくに居なかったらしい。

 だから分かる…全力だった。どんな事にも。


『デート、オシャレ…恋人って分からない事だらけだけど…先輩とだったら何でも楽しいんです!』

 

 夏休みにデートした。初めては俺も同じだった。右も左も分からない。

 不器用だから、真心で気持ちを伝えて、沢山の行動で示して、愛し伝えた…つもりだった。


『いつか…ちゃんとしましょうね♥それまでに覚悟を決めますから!』


 大した事はしてない、だけど沢山の初めてを、2人で実現した。

 願いを叶える事、自分達の力で自分だけの幸せを掴んだ…んだと思う。

 実感は無かったが、叶えた分だけ心が温かった。



 だから俺は、彼女が裏切ったとは思わない。

 周りに勘違いしてほしくない、これは俺が決めた事で、裏切り続けてきた俺の罪、そして罰…なんだよな、きっと。


 あの日々は幸せ…だったんだろうなぁ。今思えば。

 4月から12月か…半年ちょっとだけど色々あったな。

 夕方…バイクを拭きながら…労いの言葉を無機物にする。


『お前とは一年間ちょっとだよな…ありがとな…』


 そーいやそうだなぁ…コイツのおかげでサラと付き合えたんだもんなぁ…感謝感謝だ。

 8月の1年目の時はサラが『サベージ君の誕生日会しよう』なんて言ってな。2人で海まで行ったな。


 それにコイツがいなけりゃ…シアと離れた時に終わってた。期待したり与えられたりすることは無かったんだな…本当にありがとうな。

 

 

 そう、8月終わり頃…シアの古本屋のバイトが少し減った。  

 夏休み後半は本業を忙しそうにしていた。

 そして会うたびに少しずつ、様子がおかしくなった。

 最初は忙しく…寝てないのかなと思った。目と、目の下の隈…震え。

 ただ、バイク屋の常連でメグミの知り合いの半グレの人に聞いた話、最近グレーなドラッグが流行ってると言っていた。

 今思うと、あの人分かってたんだな。


 それと幼馴染のランコが夏休み中に仲の良いバイク屋の店長…てゆーか一年前に俺と二股かけてた人と付き合う事になった。浮気は黙ってするのに付き合うのに俺の許可取るっておかしいでしよ?と笑いながら茶化した。だって…2人共今は親友だから。


 9月、サラが契約している事務所の社長に呼ばれた。

 何となく、分かっていた。


 話の始まりは、シアの歌手としてのキャラクターデザインと音楽提供の依頼がサラに来ているそうだ。

 その時、シアはモデルやタレント業を辞め、歌手活動に切り替え、また世に出ていた。

 それでも過去の活躍と、大きなスキャンダルを起こした直後なので知名度は高く、結果がすぐに出た。

 歌姫として、あっという間に時の人になる。


 話の内容はシンプルで、動く金額が俺の人生では一生関係ない額の金額である事。DTMによる作曲活動も評価が高かったサラ…知らなかった…というよりも知ろうとしなかったな。

 そしてサラの活動に妨げにならないように、出来れば別れて欲しいとお願いされた。

 後で言った言わないは面倒だから端的に頼むと。


 現在、サラの知らされていない事…

 社長が俺に相談を持ちかけている事。

 俺と別れた場合、サラは本格的に顔を出してアーティストとして活動する事。

 そして今回、表に出るきっかけの仕事はシアの妹のサラだから話が来ているという事。

 そして噂だが…シアは精神が病んでるので近いうち消える、つまり最後のチャンスという事。

 

 俺はシアが歌手活動は始めた頃、一方的に手紙を送っていた…シアの歌が聞きたいって…応援してるって。

 サラと俺への応援の手紙の…返事のつもりだった。


 そしてシアに続いて2度目…だから今回は後悔がないように…ちゃんと別れをしないとな。


「それはサラも望んでいる事ですか?なにか証明が無ければこの話も含め直接本人に聞きますよ?」


「んーそれが彼女も貪欲でね…君も本屋もこの仕事も全部譲らないんだ…成功したら戻るのは難しいけどね。」


 そして、これを見てからどのような決断をするか決めて欲しい…と渡されたSDカード。

 

 あぁ、別れろって言いながら渡してくるもんなんて、ろくなもんなじゃないんだろなぁと思いながらパソコンに差し込みデータを開く。

 あぁそうだよな…やっぱりこういうのかぁ…


 先程説明された事務所で、サラとさっきの社長含む複数人が写っていた。

 そこで社長がサラに聞く…自分のモノをサラに咥えせながら…いつまで本屋で書き続けるのか?と。


『ん♥先輩のところは…帰る場所なんですよ、社長は言って…ジュルルる…ましたよね。姉を越えれば…ん♥…その時初めて…先輩は…私を…見てくれるって♥あの人といて分かったん…♥ですよ…この経験で…また一つ翔べ…んあ!♥これが…アートって分かっ…♥』


 姉を越える…か。それがアートなのか…な?

 俺と付き合い続ける意味はアートなのかな?

 なんの才能も無い俺には分からないんだろうな…


 ただ、シアの時より全然心がブレなかったのは驚いた。

 ただ、淡々とどうすればサラが上手くいくのか考えた。

 いや、唯一その動画の中で…サラの一言に少しだけ思う所があった。


『先輩は…アンっ♥知らなくて良いんです…だって知ろうとしないから…知らなくても繋がってるから♥…好きなんです♥』


 あぁ、そうだよな。別れが寂しいからな。

 事実はいつもクソったれだから、ドラッグキメてる社長…同じ目になってるサラ、バイク屋の半グレの常連の言った通り…近々、違法になるという最新の流行りのドラッグの症状だ。

 キマってる時は瞳孔が大きく開き黒目が大きくなる、使用後は隈が出来て黒目が濁るやつな。


 助けてって言えば分からなくても助けるけど、翔ぼうとしているのであれば助けるのは違う。言われなければ分からないから助けない、だからいつも正解が分からない。

 

 独りよがりのクソ野郎。それが俺だ。


 改めてサラから同じ話をされた、シアの時とは違う。今度は頑張って来いと言えた。応援してるぞと。ただ、別れる事は心で決めていた。


「こまめに連絡取りましょうね!絶対この本屋に帰って来ますから!♥」


「ありがとう!でも、俺の事は考えなくて良いんだぞ?俺はずっと見てるからさ。振り返っても良い、止まっても良い。でも…作り続けろよ?俺はいつでも応援してるからさ」


 微妙な嘘、実際決めたのは…24日のクリスマスイブ、そのイベントが終わるまで付き合うだった。

 サラが飛べる様に。

 そしてドラッグをやめさせ、社長は警察に委ねる。

 それだけはやろうと決めた。


 今までサラがシャカシャカ書いていた場所を見る…思い出が蘇る…そして多分、もうこの店に同じ風景は帰って来ないだろう。


 3年になって出来た男友達に言われてた事を思い出した。


『お前、ランコの時に何て言われてたか知ってるか?NTR絶対許すマンだぜ?何でも許す男、ある意味スゲーよな』


 許してるんじゃないよ…結局、許す許さないの所まで心が動かなかっただけ。そして運が悪いだけ。



 あぁ…それにクリスマス終わったらもう高校卒業か。俺、大学受験しないしな。

 古本屋も卒業までって話だったし…誰もいない所、バイクで旅に出ようとか思いながら現実逃避した。


 秋…サラはバイトに来なくなった。メグミから聞いたが、とりあえず二学期は学校にも殆ど来ないらしい。

 でもサラからメールや電話は結構来る…仕事、イベント、パーティー、アート、デザイン、モデル、綺羅びやかな世界の色んな事を教えてくれる。

 電話だと後ろで盛り上がっている声も聞こえる。


 これは僕の時は逃げ出した行為。こうなるから、惨めな気持ちになりそうだからしなかった事。

 シアにはさせなかったな、別世界の話や相談。


『へえ、知らなかったよ!』『頑張れ』『そんな事してるの?凄いなぁ』『楽しみだな、応援してるぞ』


 勢いのある生返事を返すだけ。サラには伝えてないから…僕だった時、苦手だった事。分からない事だらけ…俺になって惨めにはならないけど、特に意味もなかった。


 それから12月になり…クリスマス間際…それまでずっと…メグミが何か言いたそうにしていた。


 メグミに言った。俺は卒業したら家は出ないけどちょっと旅行行くから、今のうちに悩んでることは全部言ってくれと。


 メグミはシアから俺への手紙を一通だけ出した。

 クリスマスライブの招待状と手紙…中には見に来て欲しい…絶対見つけるから…と。

 そしてメグミは泣きながら懺悔した…


 去年の夏休み、免許の合宿からは帰っていたのに、まだ合宿に行ってるとシアを追い返した事。


 今まで何度か、シアから手紙が来ていた…が、すぐに燃やした事。


 それが嫉妬からで…せめてサラだったら付き合うのを許せると思っていたが…サラの現在いまを知ってしまい絶望したそうだ。

 メグミはサラと付き合う事を推していたからな。


「おにいぢゃん…本当にごべんなざい…わたじが…まぢがえでまじだ…ジアさんもごべん…ごべ…なざい…ザラはわだじが…」


「いや、何でお前が謝るんだ…怒ってないから頭をあげて…それと謝るならシアに…そしてサラを責めないであげて…俺もお前の気持ちに応えられず…ゴメンな」


 皆で皆、自分も他人も責めないで欲しい。

 皆が間違えて、だからそれを許し合おうで良いと思うんだけど…それは他人事過ぎかな。



 メグミがスキャンダル後のシアの手紙は少し見たから覚えているという…内容が鼓膜、脳に浸透する。サラの時の話とは全く別だった。シアだから?俺が狂う気がした。



 繰り返しの謝罪と、会って話したい、たすけてほしい…そんな内容だったそうだ。


 救け?助け?何で?何を?誰が?俺が?シアを?


 分からない、俺に何を望む?

 急に何かに急かされるように当時の情報をパソコンで探した…思えばシアの事を調べようとは思わなかった。

 サラの言う通り、知ろうとしなかったから。

 知っても何も出来ないから…無力…だから…


 映像を見る…笑ってる写真の目は…キスの時も…サラや社長と同じ…だけどシアの目は翠なのに…カラー写真では目に黒が恢がっていた。


 そして動画があった…シアの芸名はシアラ…タイトル…


   『あのシ○ラの本番動画流出!?』


 見てはいけない…だけど見ないといけないんだ。

 俺が追いやったんだから…その場所に。


 頭がオカシクナル、恢がった黒の目をしたシアラ…汚ぇおっさん…向き合いながら…


 聞こえるか聞こえないかの小さな音声で聞こえる…いや、口の動きでしか分からない…


『タロァ もっとして キモチイイ タロァ アイシテル タロ タロウ スキ』


 映像の最後、ベッドにうつ伏せでカエルのような状態のシアラが…聞こえるか聞こえないかの小さな声で言った…


『うえぇ…何で…こんなの…タロァ…ごめんなさい…たすけて…』


 俺の中で、今まで積み上げたモノの色が変わった


 その後、メディアに出てくるシアラは皮膚が荒れ目つきが酷く悪くなっていたが…ただ黒目の大きい同じ目の写真や動画は無かった…翠に戻っていた。


 それと、マネージャーをしているシアのお母さんの写真もあった。

 サラと同じく黒目が大きくなっていた…しかし関係者の中で…シアは…シアだけは戻っていた…


 俺は何をやっていた?独りで勝手に悲しんで、サラと付き合って…その事をこれ見よがしにサラから伝え…それでもきっと…生き残る為に歌を選んだシアに「頑張れ」なんて無責任に応援して…自分は旅に出る…だって


「アアアッ!…ゔぁあぁ…シアぁ…しあああっ!」


 俺に名前を呼ぶ資格はあるのか…謝るべきは…罰を受けるべきは…俺だったのに…シア…シア…


 頭が歪む 心が搖らぐ くるつちまふ?

 そ、そうだ、手紙を書くんだ 送らなきゃ


 シアは 俺を殺して 良いんだよ 何やっても 良いんだ それだけの 事をした 俺はシアに


 自殺なんてもってのほか 殺して欲しい 苦しめて 言葉で 心で 身体で 暴力で 殺して欲しい

 何だよ 何も聞こえねぇ 聞こえてくる音は

 『タロァ』   『ごめんなさい』

     『キモチイイ』    『たすけて』

 動けなくなる だから左耳を後ろから強く引っ張った 取れた 取れても聞こえる 少し痛くて小さくなった


 指があると余計な事をする 俺を捧げる どうすれば 指か


 バイク屋で、指のないおっさんに聞いた。

 指の意味。ケジメの付け方。斬り方。

 骨と骨の隙間 刃を押しあて 空いた手で刃を固定し 足で踏み込む 簡単に取れた 左、右、小指、薬指

  

 4本切って 手紙と一緒に送ろう 左薬指をシア 右手薬指をサラ 左手小指をメグミ 右手小指をランコ 迷惑かけたから 4人分 俺を


 取り返しがつかなくなって、冷静になれた。

 罰を受けたつもりだろうか?

 いや、元々こういう奴なんだろうな。俺は。

 自分の事しか考えない、きっとそんな奴なんだ。


 メグミが震えながら見ていた…メグミと一緒に…いや、何も望まず何も考えずに、ただ家族と過ごす未来もあったのかもな。


「メグミ、お願いがあるんだ。コレを手紙と一緒に、皆に…それと…コレは…メグミに…良い出逢いがありますように…」


 俺の左手 小指を 笑顔で渡した。

 メグミは震えながら受け取ると、他の指と手紙を一緒に持って飛び出した…ありがとう、メグミ。


 もう…ライブの時間か…招待状貰ったんだ。

 母さんは帰ってない、切った所に包帯を巻く、残りの指でもバイクに乗れる。さぁ出発だ。


 アリーナで良かった…暗くて見えないから…フード被ってれば、切れた耳も分からないから…


 そしてステージが始まる…シア…今はシアラか。

 普段出てこないシアラが出る、それだけでステージが湧く。

 変わっていなかった。昔のまんま…人気者だ


 シアと目があった気がした…泣いた…そして笑った…大きいモニターに涙が映ってるぞ…俺はお前を地獄に落としたんだ…そんなに笑って貰える資格なんかないんだよ。

 でもお前が笑うなら…俺も少しは笑っていいかな


 『あっあぁ…タァ…あっ…ごっごべんっ!ごべんなざい!ありがとう!…ございます!』


 頭を何度も下げるシア、ハハ、何やってるんだ…


 そして大型ビジョンに狼を模した女性が映る。

 黄金の鬣 瞳に翆 一匹気高く 吼え続けて来た 様な 美しい狼をイメージした人の女性。

 これがサラから見たシア…シアラ。

 美しいな、偶像であれ本人であれ…そうだよ…周りがさ、どうのこうので変わる姉妹じゃないんだよ。


 曲が始まる…

 俺の手紙の文が詩に、サラのキャラクターと曲、それをシアが唄った。

 嬉しいな…俺如きが…2人の才能に…それだけでもう…


 意識が搖らぐ…血が足りないのかな…でもまぁ…コレで十分、血は足りずとも満ち足りた。

 俺がアリーナから出ようとすると、シアも引っ込んだ。後はモニターのシアラの出番らしい。




 混み合う前に外に出よう。頭がボヤける。色々欠けたけど、補って余りある程の気持ち。視界にある光と虹。

 スポーツの祭典だかで整備された大通りを感覚だけで走る。正面 大きな四駆。


 あぁシア…分かる…そこに居るのか?車、乗れるんだな…その顔…そうか…手紙に書いたんだ。俺が悪かったって…お前の為に何だってやるって…お前に殺されるなら本望だって…届いたのかな…メグミは仕事が早いな…


 大きい十字路、距離は200メートル、あるかないか…


 俺は意識と、力の限り全力でハンドルを回して対向車線に向かう…同時に全速力でつっこんでくる四駆…バイクが加速する、ありがとな…俺はお前のお陰で…人より速く走れる…だからシアの所まで翔べる。

 

 ヘッドライトか、光の中でシアが見えた…顔が傷だらけ?必死の形相だ…そうか…お前も限界何だな…俺の我儘で…ゴメンな…こんな奴で…


 ゴメン…でも、ありがと…みんな…ありがとな


 

 そして…俺/僕はバイクとシアのお陰で高く翔べた



 身体の欠損や捩じ切れた痛み 生暖かい血の池 淡い景色 この世から消える感覚 いや、まだ熱い まだ生きてる あぁ、まだ叫べる シア…君の名前 シア


 バイクと一緒に燃え上がる車から出てくる、こちらに駆けてくる疱瘡、火傷のある天使バケモノ それは 愛した人


「タ…ダロ…わだじぃっ!タロァあ…ゔぁあぁ…タロァァっ!!!」


「ジアぁ…あいだが…だ…じあ…す…きた…」


 身体も動かず意識も朦朧…だけど掴んだ…気がした

 この手で シアを 確かに 掴んだ

 握り返す手 涙 熱い 歓びが 幸せが 


 これは 僕/俺が、自ら掴んだ未来と物語。

     絶望と、激情と、衝動と、幸せな、


 さようなら シア 最後に会えて…よ………

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