『電子競技部の奮闘歴』テキスト

※FPSを題材にした作品の為、設定資料にてゲームの概要理解に繋がるよう心がけています。特段ゲーム内マップにつきましては近況ノートより、設定資料①④⑤を参照してください。より舞台が見えやすいかと思います。

※最終チェックは一応終了、誤字脱字等あればご報告ください。喜びます。


作者 

【西井シノ】


目次

1~2【序 幕】電子競技部の奮闘歴 ~プロローグ~

3~6【第1幕】電子遊戯部の創部歴 ~大切なもの~

7~21【第2幕】電子遊戯部の宣戦歴 ~二重の精神~

         ――後半――

1~8【第3幕】電子遊戯部の開戦歴 ~E スポーツ~

9~28【第4幕】電子遊戯部の終戦歴 ~絶対的唯一~

/~29【終 幕】電子遊戯部の廃部歴 ~エピローグ~



------------------------- 第1部分開始 -------------------------

【序 幕】

電子競技部の奮闘歴 ~プロローグ~


【サブタイトル】

感電


【本文】

 ――ボタンを押すと電気が走る。走った電気が動きを伝える。センサーが数える1インチのドット数。反応の極致、反射的論理。敵影視認、未来予測必然。インパルスの漏電。狙い定める、シナプスの電撃。


 駆ける。駆ける、駆ける、駆ける。


◇◇◇


 静寂の中。それも息を呑むような静寂の中、ブルーバードは笑っていた。その日彼が鋼鉄の仮面を被り続け、人生を捧げて挑んだ日。遂に彼の目の前で勝利の女神が高笑いし、彼もそれに釣られ誘い笑いに悶えようとするそれまでの長い暇。彼はその鉄仮面の中で堪えきれずに笑っていた。しかしまだ、それを外す時では無い。


「ha? ――RAK1A?Are you sleeping?hahaha!!」


 チームメイトは笑いながら言う。しかしブルーバードは荒い語気で怒鳴った。


「You shut up‼ T4ylor.――Just you...」


「――Yeah, ok. I dont see anybody.」


 テイラーは自動索敵トラップの反応を見ながら、やれやれと言った調子で答える。無論、彼の気の緩みも当然であった。地域大会から始まり1年を通して選出、決定した世界大会の最終試合。優勝候補筆頭の彼ら五人が迎えるは1vs5シチュエーション。優勝へのウィニングラン。二位チームとの圧倒的な差。豪華に装飾された世界大会の会場の誰もが、画面を見つめる全ての人間が、IGLブルーバード率いる{ガンナーズ}の優勝を予感していた。たった一人を除いては……。


「Look‼Right here!! Right here on this wall !!――haha!! The last one is Nakiri!!」


「Nakiri...⁉」


「Yeah!Definitely!!」


 戦場に現れた一人の戦士を誰もが知っていた。彼女はキーボードを細かく鳴らし、画面越しの戦場を見つめる。会場の誰もが彼女に注目していた。息を止めるような刹那の攻防戦。最終ラウンドの絶望的人数差マッチ。眼前にナキリを捉えたガンナーズはすかさず射線を被せてクロスを組み、互いをカバーできる位置で構える。誰もふざけてなどいなかった。ブルーバードの指示で優位ポジションを確保しながら、交戦はせず一方的に待つ容赦の無さ。一切の気の緩みも驕りも無い真剣勝負。窓一枚で挟み睨み合う両者に漂う異様な雰囲気。達人の間合い。室内に籠るガンナーズは誰もがナキリが挑むその一瞬を待っていた。しかし、その聖なる静寂は観客によって打ち破られる。


「STUPID!!」


 唐突な罵声、更に現地キャスターは笑い叫び次に解説は言葉を失い、


「OH MY GOD...」


 やがて観客は煽る様に立ち上がる。


『FUUUUUUUUUU!!!』


 熱狂の螺旋。


『HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!!!!』


 幾重にも響き混ざる、笑い声の大合唱。嘲笑の手振り。イヤホンに重ねたヘッドフォンからホワイトノイズが流れる中、会場の異様な雰囲気をガンナーズの選手たちも遅れて察知する。その時、会場の全ての視線はナキリの方へ、ガンナーズの選手もその動きを捉える。1vs5人数差マッチ。圧倒的有利状況での室内待機。クロスの形成。そんな状況下のガンナーズへ、ナキリは両手を振っていた。


――現実空間リアルで。


 四肢を動かすキーボードも相手をエイムし撃ち殺すためのマウスも手放し、空いた両の掌を見せながら、その華奢な腕をガンナーズにアピールする無邪気な子供の如く目一杯に振っていた。否、彼女は実際子供だった。そしてそれを見た観客は思う。「ガンナーズ、このチキン野郎共。」と。


 会場は更に沸き立つ。それを見たナキリはすかさず追い討ちをかけるように手をブラブラとさせ、ニヤリと笑って中指を立てた。会場の大画面には、まるで休憩をしているかのような実写ナキリの中指がでかでかと映る。小さい背丈、無邪気な童顔、華奢な日本人の女の子。その一人を相手に、ガンナーズは大人5人で籠城戦をしているというこの事実。熱狂のヴォルテージが決壊する。


『――LETS  FUCKING GO Gunneres!!!!』

 

 会場入口の物販で売られていたガンナーズの最新ロゴTシャツを着た少年が、日本サポータの小さな群衆の中から火蓋を切るようにそう叫んだ。


「――Shit‼」


 敵プレイヤー席から飛び抜ける憎たらしい童顔と中指。途端に血の昇ったテイラーは、キーボードを指がしなるほどに押し込み、交戦せんと外に飛び出した。瞬間、ディスプレイを覗く全ての人間の鼓動は高鳴っていく。


「Go Go Go Team!! ――Fuckin Go!!」


 連携などは無かった。それでも勝てるシチュエーション。ガンナーズは一瞬綻びを見せながら動く。刹那、ナキリはマウスを叩(はた)くように掴み、外へ飛び出したテイラーを撃ち抜いた。支援投下武器単発狙撃銃、HS(ヘッドショット)ダメージは全キャラ一発即死。天高く轟く銃声と共にテイラーの画面が真っ赤に染まる。


「――What the...」


 テイラーの死体をさえぎるようにナキリはグレネードを投げ身体を隠す。そして彼女は知っている。今現在自分がいる戦場(フィールド)の強ポジション。身体の大部分を隠し一方的に弾を撃てる角度。彼女は知っている。ガンナーズというチームの動きの癖。分析されたデータから予想する次の動き。彼女は知っている。彼らのカバーの仕方、手順、その方法。彼女は知っている。その打開の仕方、勝利への道筋。それを覗く周りは無論知っていた。たった一つのゲームに対して、考えられない程の情報量を蓄積し、対応し、人生を賭して戦う人間たちのことを。そして世界は今日知った。電子世界で舞う彼女(ナキリ)が、世界最高のプロゲーマーであるということを。


「What the fuck is that!!!!!!」


 テイラーが叫ぶ。ナキリが投げたグレネードは通常誰もが拾わない"インパルス"、敵を距離的に吹っ飛ばすだけのテクニカルな爆弾。しかしガンナーズは噛み合うように、インパルスの中心部にバブル型のバリアを展開した後、無意味に四散した。目的はテイラーの蘇生だったであろう、ナキリはそれを読み切っていた。空中に三人と室内に一人、散らばった敵はナキリから離れ、彼女はガンナーズの設置したバリアを利用しながら早撃ち。動きながら遠ざかるキャラの小さな頭へ照準を合わせ的確に撃ち抜いた。


――もっと、もっともっと早く。もっと。もっと。


 小さなマウスは掴むように、肘を支点にマウスパッドの上を滑らせる。距離の推定、武器の特性から銃弾の落ちる幅を考慮してのエイム、動く的へポインターを合わせ滑らかに次も撃ち抜く。何処にどうすればいいのか、交差する自信と緊張のパラメータ。ナキリは正にフロー状態と呼ばれる集中力の極致に居た。


――ボクのカラダ。眼から脳、脳から指......キーボードから電気走る。動きを伝える。センサー捉える、電気伝える。マウスを振る。反応極致、反射論理、敵影視認、未来予測必然。インパルスの漏電、シナプスの電撃。


 観客はどよめき、実況は叫ぶ、その声も今の彼女へは届かない。たった数秒の瞬間的な攻防、その刹那に見せる集中力の極み。深淵。彼女は空へ舞ったガンナーズの三人目が迎撃してくるのを見てバリアの中へ、踵を返し室内の一人へ飛び掛かる。武器はSG(ショットガン)、近距離に特化した散弾銃。彼女はこの交戦を予見し中距離武器は捨てていた。


 センシはだいぶローよりのミドル。しかしわけなく腕を振り、バリアから銃口だけを突き出した暇に撃つ。キーボードの上で踊る指は、キャラに彼女の意思を伝達し、高速の動きで敵を翻弄する。しかし結果的にバリアから出て撃ったのは一度きり、彼女は敵の動きを予測し、じれったい程に待ちながらフェイクを続ける。脳は高速で動いている。指も手も腕も鼓動も無論早い。そんな極限状態で彼女はフェイクしかしなかった。通常は堪えられない圧倒的な緩急。堪え切れなくなったラキアはバリアの中へ飛び出し、顔面を撃たれる。ショットガンHSダメージ、全弾当たれば一撃即死。全てが彼女の計算(あたま)の中に有った。


「けへっ、甘えたねぇ?」


 嬉しそうに彼女は二ヤつく。残りは一人、その誰のどんなキャラなのかまでも彼女は既に把握していた。空中に放り出しておきながら狙撃しそびれた一人。無論相手も理解している。齢30。プロゲーマーとしては高齢者の域に達していた彼に、世界最高のIGLに、ナキリは敬意を評しながら銃を構えた。


――Blue Bird。動画よく見てたな…。


 しかし同時に、勝負師としての彼女が囁くのである。恩も人情も正義も仁義も礼儀も作法もここには無い。ここはそういう舞台(せんじょう)だと。


「引退しな。」


 幼い彼女はそう囁いて、淀んだ瞳でマウスを押した。


 ナキリが指に掛ける軽い圧力。一回のクリック。一発の銃弾。その一回の命中。たったそれだけで観客は飛び上がり、叫び散らし、選手と大画面を囲む大きな世界大会の会場は、その一瞬間で絶頂した。最高の瞬間。興奮の衝撃。


 この試合を期に、ナキリは大きく静かな味方と小さく煩い敵を生み出した。有りもしない疑惑は火だるまの様に燃え広がり泥沼へ。結末としてはそれから二年後、彼女は18歳にしてプロゲーマーを引退した。これが全ての始まりだった。



――――――――――


項・東雲高校電子競技部についての記録

 記・第五十三期生徒会執行部会長



------------------------- 第2部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

本件に関する始末書および、これからの同行。


【本文】

 「ふざけるなッ!!!」

 そう言って彼は天井に向け、束ねられたA4の報告書をぶちまけた。


 「あっ」


 部屋を閉ざす薄い扉で隔たれた廊下を見て、刹那に蛇腹が背筋を撫でたような嫌に冷たい感触が頭にかけて昇って行く。


(誰も...いないよな。)


 彼は息をポワッと吐いてまた項垂れた。自分は仮にも生徒会長だ、立場を忘れてはいけない。そう言い聞かせて。彼は姿勢を再度改めて、後頭部を撫でる壊れたカーテンに舌打ちし、カタカタと画面に文字を打ち込む。pcのバックグラウンドではラジオ代わりにネットニュースを流していた。


 ―――江東区の気温は34度。天気は快晴で絶好の洗濯日よりとなっています。熱中症に気を付けてこまめに水分を取りまs...


「気温の話をすんじゃねぇ!」


 刹那に彼はイヤホンを壁に叩きつける。うなじを焦がすような|燦々溌剌(さんさんはつらつ)な太陽の|御尊顔(ごそんがん)拝め得るこの「好条件立地」と「強力なWI-FIの完備」、そして校内では唯一「教員に許諾無しでクーラー使い放題の権利」という二つだけが、いまココにいる彼をこの部屋の長たらしめていた。しかしカーテンが壊れていれば話は別である。その直射日光は今やレーザー兵器だ。


 東京都立|東雲(しののめ)高等学校。この高校には金がない。もとい私立に比べて金がない。彼は少し落ち着くと生徒会長席と貼り紙されたパイプ椅子から掛けていた学ランを頭に被せ日除けとし、反転したイヤホンのシリコンを指で戻し耳につける。


 ―――続いてのニュースです。なんと実写映画化しました。大ヒット生徒会ラブコメ!恋愛心理戦マンガ「かぐや様は告らn...


 バシッ、と彼はまたイヤホンを投げる。


「あんな生徒会あるかよ......」


 彼はそう呟きながら、国語科兼生徒会担当、池沼(いけぬま)教員の言葉を思い出す。そして幾秒か肩を力ませた後、ストンと落とし、また流れるようにゲルのような体制へと崩れていく。快晴だった青に、どこからか来た白が流れ込む。太陽はやがて西へ移りこの部屋も次第に影ってゆく。今度はひとりの女の言葉を思い出し、彼は不適にニヤリと笑うのだった。


 そして幾秒か経ってから、背筋を伸ばして再度タイプを始める。


「くたばれ。」


 ニヤケながら、彼はそう言った。


――カタカタカタ。カタッ、カタカタ…………


 打ち鳴らされた打鍵音は心地良いほどに手慣れたリズムで、真っ白だったソフトの紙は文字の羅列に埋もれていく。


「ふぅ。」


 どれだけ経っただろうか。東京ビックサイトは、電車なら1時間も掛からない。彼は時計の針だけを覗いてパソコンを落す。時間は充分、歩いても間に合う。それがエンターテイメントなら尚更だろう。





------------------------- 第3部分開始 -------------------------

【第1幕】

電子遊戯部の創部歴 ~大切なもの~


【サブタイトル】

電子遊戯部の創部歴 1


【本文】

 強い雨が連日降り続いていた。7月初旬のことである。

 廊下は湿気にやられツルツルと上履きが滑る。青天の霹靂と言うにはあまりにも長すぎるような、そんな焦燥だの不安だのが、普通科一年、志田|錺(かざり)の心を曇らせていた。友達ができないのである。

 

 的確に言えば友達が思った以上に増えないのであった。当初予定していたかざりの作戦は中学時の喜劇を踏襲せず、正に暗雲が立ち込めていた。


「給食がない」


 錺はそんな当たり前のことに今更ながら頭を抱えていた。


(......あれじゃあ、まるでヒエラルキーの可視化だ。教室の所々にいる城主みたいな人気者のところに行き、街をつくって班を形成する。最大勢力は意外にも「軽音テニス連合」そこに何の躊躇も違和感も無しに卓球が混じってmobileFPS広野同行で陽キャをキャリーしまくってる。)


 ブツブツと呟きながら湿気った木の手すりを掴み、滑らないよう丁寧に段を降りていく。目的地は大した品揃えの無い購買である。


(第2勢力は予想どおり「筋肉連合」サッカーだの野球だのが柔道だのが一様にウイイレやってる。あいつらは猿だ。女城に向けてリア充アピールのつもりか声を張り上げ合って騒いでいる。そしてコバンザメのように最大勢力の近くにいる仲間を盟主に集まり小ギルドを形成するクソみたいな連中がいる、第3勢力「文芸部陰キャ連合」そう、俺たちだ。)

 

 先に向かうのは食堂であった。競争が嫌いな彼は購買に走っていく奴等に対し、節操無い人間と一括りに、内心で貶していた。そんな錺に数少ないパンは残っている筈もなく、食堂に入り一瞥するやいなや踵を返す。全くもって無駄な時間である。次に向かうのは自販機であった。ここには菓子パンしか売っておらず錺はいつものように最も甘味の少ないカレー餡パンとコーンポタージュを買って教室に戻る。湿気と汗で湿ったワイシャツをパタパタと胸元から扇いで、錺は決まりの悪そうな顔をする。


(給食が無いことが痛手だった。あそこで積極的に場を盛り上げれば陰も陽も関係なく交流できたのに...)


 グヌヌ...と下唇を噛んで、錺はシャシャっと髪を掻いた。道すがら錺は、自分の教室の第なん勢力だとかそういう括りにすら入れていない一匹狼たちのことを思い浮かべる。あのイヤホンでは何も聞いてないだとか、彼はチャイムですぐ起きるから、伏せているだけで寝てはいないだとか。そんな妄想を浮かべて殊更決まりの悪そうな顔をするのであった。


(帰り際にあいつらを部活に誘おう。で、あいつら全員取り込んで、でもアイツは既に水泳だったか。)


 錺は少々歩くスピードを落とした。顎に手を当てゆっくりと、滑る階段を上っていく。


(でも、......やろう。)


 最上階まで辿り着く。


(一緒に飯食わない?とかか、...まぁ、恥ずかしいけど言おう。)


 そう決心して、途端に鼓動が速まる。一歩進む度に四回は鳴っている。バクンバクンと大きな鼓動が早く不正確に胸を叩く。


(肩を叩く、話しかける。断られたら、それでもしつこく「あっちで食わない?俺のやるよ。」みたいな。いや、断られたら終わりか。じゃあどうする......?)


 脳内でシミュレーションをする。何度も。何度も。心臓が弾む。何度も。何度も。そして錺は最後の廊下の曲がり角に差し掛かった。瞬間、彼の目の前を使い古された上履きがドリフトするように踏みとどまり、その行く手を遮った。


「んっ、ねぇ!!」


 現れた女は、バッと一枚紙を広げる。


「ねぇ!部活入ってよ!!まだ無いけど!!!」


 ――来たれゲーム部、部陰募集!!


 広げられた紙にはトンキーホーテで使われる様な大迫力のフォントでそう書いてあった。錺は久々に、自分に向けられた陽キャ御用達のバグったような声量を一身にあびて狼狽する。加えて校則を踏みにじったような極めて明るいオレンジがかったブロンズの髪の毛。それらをツインテールとおさげの境界線くらいで束ねあげている足の速そうなスポーティ髪型。スカートは膝上丈2cmと謙虚ながら、ワイシャツ共々ヨレており、整った顔を屈託なく笑わせていた。


(よ、陽キャだ......)


 錺は思う、めんどくせぇと。念のため背後を振り向いて人がいない事を確かめ、再度、錺は覚悟を決める。


「俺ですか。」


「もちろんだよ。おっかしいねぇ!」


(ケンカ売ってんのか......)


 錺は頭の中で呟く。


「部活ですか。いや、もう文芸部に入っていて...」


「知ってるよ!でも活動日少ないんでしょ?お願いゲーム部を建てたいんだ!!」


 錺はとびっきり嫌そうな顔をして見せる。そして同時に思うのであった。俺ならここらで引き下がる、と。


「えぇーでも色々忙しくて。ごめんなさい、無理かもしれないけど一応考えてみっ――」


「何の予定!?ねえ言ってみて!!」

 

(この図々しさが羨ましい。)


「そ、それはちょっと他人(ひと)には言えないかな......」

 

 錺は引きつった顔をしながら身を引くが、間合いが繋がれているかのように、少女は一歩前に出る。ふわりと揺れたブロンズの髪からは安いシャンプーの香りが漂った。


「そんな、いかかがわしいことやってんの!!?」


「――やってない!!」


 錺は通りかかる目線や廊下で陣どった女子らの目線にドギマギして、決着を急ごうとする。


「ほらバイトだよ、バイト...校則上許されてないでしょ。それに他にも忙しいですし。」


「じゃあダメじゃん理由になって無いよ、私もバイトはしてるけど先生には許可取ったし!!」


 彼女も頭に血が上り勢いは増してゆくが、錺がしぶしぶ引き下がる。


「分かった考えておくから、連絡先くれたらそこに返事するから」


 と言ってQRコードを選択し、それを彼女が読み取ったところで、錺の額にはドッと冷や汗が出る。


(廊下で昼間に、しかも女子に、連絡先を...)


「じゃあすぐに返してねー、善は急げだよー!!」


 追加されたsnsの友だち欄には{鈴木陽菜、地毛です}さんがピロンとメッセージを更新する。もう立ち去った彼女から見透かしたかのように「本当だよ!」とメッセージが届く。錺はそれを軽やかに無視した。卒業以来変えていなかった{シダ植物@サッカーやめました}を本名に戻すためであった。

 

 嵐のような女が去って、錺(かざり)は自分のクラスへ戻る。ただ呆然と虚空を見つめ、何故か全身が気怠さに襲われていた。調子は崩され引きずるように教室へ歩いていく。e組、f組、d、、、c、、、そしてb。その爪先が届いた瞬間、まだ耳に残っているバカみたいな声が高らかな笑い声に変わってc組教室から錺の耳を刺すように響いた。


「シッ、シ、シダ植物だって、見てこれ、ひぃ、可笑しくってさぁ、はぁぁww」


 顔を真っ赤にしながら、ドデカい女子の輪っかの中心で笑う鈴木|陽菜(ひな)を錺(かざり)も顔を真っ赤にしながら横目に見る。


(C組だったのか、あの女...)


 C組は入学当初から仲が良く、連帯感のある問題児クラスとして有名だった。その噂は教師ですら錺の授業で愚痴を吐きに来る程だった。その中でとりわけうるさいと話題の女、スタイルの良い金髪のクォーター。錺に更なる倦怠感が襲いかかる。


「め、めんどくせぇ。」


 錺は滅茶苦茶な頭で教室に戻る。そして特に計画も無いままに眠りコクったふりをしている「室内後方廊下側席ボッチA」の目の前の席にドカッと座った。ボッチAの背中は刹那にビクつき、枕代わりの右手が微かに痙攣している。錺は勢いそのまま机をトントン中指で叩き、彼が起き上がるや否やスマホを取り出した。寝惚けたようなおどけたような「えっ、俺ですか」みたいな顔をしている彼に「ス・マ・ホ」と口だけ動かす。「なに?」とイヤホンをとった彼にすかさず錺は話し掛ける。


「俺たちlime交換して無かったでしょ。テストあるから協力しようぜ。」


 limeどころか初めましての二人をあたかも知り合いだったかのような空気間が包み込む。と錺は思っていた。実際はポーカーでもやっているかのような新学期特有の探り合いが始まり会話は一向に弾まないだろうと。しかし、余裕ぶる錺のその心臓は意外にも落ち着いていた。


「あ、うん」


 ボッチAは変声期のようなカサついた声で小さく答える。そして「う、んん”」と喉を鳴らして軽く微笑みスマホを取り出した。


「なに聞いてたの?」


 錺は軽く横に揺れながらQRコードを表示させスマホを机上に差し出す。陽キャと話した直後だからか、自身は特段、緊張をみせず。


「大した曲じゃないよ」


 錺は「へへっ」と奇妙に笑い。絶妙なタイミングでチャイムが鳴った。



◇◇◇


 終業のチャイムが鳴り、週に一度の文芸部活動に従事、下校のチャイムと共に錺は帰路に着く。いつもより満足気に歩くのはいつの日か出会った昼休みのあの彼、山田正義まさよしを文芸部に誘えたからだった。錺の家は高校から40分程度の距離にあった。しかし連日の強い雨風で高校は自転車登校を禁止にしていた。突風がビュウッと吹き付け、パンパンに詰まったごみ袋を転がす。真っ白いそのビニールには見慣れたような骨の折れた傘が貫いていた。錺は非常識なその物体に顔をしかめつつも、終始ニヤケ面で家に辿り着いて一軒家のドアを横に引いた。


「キモい。」


 玄関ドアを開けて直ぐに、簀(すのこ)の上でフラミンゴのように紺色の靴下を脱ぎながら、ズブ濡れのセーラー服が錺(かざり)に毒気付いた。錺は溜め息を吐きながら畳んだカサを傘入れに刺す。

 

「おいイモト、そこを退け。」


 錺はその女を色気の無さと父方祖父譲りの立派な太眉から、時折そう呼んでいた。


「死ね。」


「あっ、お前傘は?」


「死んだ。」


 女の名前は志田 りん。錺と暮らす2つ下の妹であった。


「飯は?」「not yet.]


「じゃあ任せた。」


「not only...んん?...but also べぇ。」


 りんは兄に思いきりのあかんべーをカマす。


「何が言いたいのか分からんが多分合ってないし、節操無いからその顔も止めなさい。」


 錺は凜の後ろで腕を捲りながら台所へ向かった。


「あと、傘を捨てるな」


 ―――バシッ、と軽快な音を立て、凜のアンテナの如き没個性アホ毛が頭と共に揺れる。「イデっ!」っと凜が大袈裟に頭を押さえる。錺は自分の直毛を抑えるように謝意を込めて「はいはい」と凜の頭を撫でた。


「あっ、手洗ってねぇや。」

「殺す。」


 軽快なやり取りの合間を縫うように錺のスマホがピロンと鳴った。錺は一瞬緊張し。おおよそ二人の心当たりを頭に浮かべる。小さな溜め息と、ソファへ鞄を投げポケットからスマホを取り出す。途端、その携帯はピロンピロンと連続した着信音にバイブが混ざり通話着信を知らせる。画面には「鈴木 陽菜」と表記されていた。


「誰よ、その女!」


 凜が錺のスマホを覗き込む。


「ン何よ、その言い方。」


 溜め息一つ、髪をポリポリと掻きながら錺が調子を合わせる。


「キモい、ってかお前limeやってたのか。」


 リビングから立ち去る錺の背中で凜が言う。「お前じゃありません。」と錺の声は薄暗い二階の廊下へ、床の軋む音と共に消えていった。



◇◇◇


「もしもし。志田ですが。」

 他人行儀に丁寧に、錺はそっと着信を取る。


「やぁ。私だけど。」

 スマホ越しには少し弱まった雨の音がトタンにあたり、したしたトントンと風情を醸す。陽菜の声色は昼間とは打って代わり、その風情に負けじと落ち着いていた。


「バイト終わったんだ。ふふん。」


「要件は?」


「きっつい言い方だね。まぁ、そう急かすなよ。コンビニバイトだって楽じゃないんだぜ?それに質問したいのは私の方なんだ。」


(バイト...)


 言われてみれば、陽菜の声色は疲れているようにも聞こえた。しかし陽気な調子を多少含んで、錺には少し不気味な哀愁を感じさせた。


「植物やめたんだねぇ?ぶふぅ!」


 突拍子も無く陽菜が笑い出す。錺には途端、昼間の「イカれた女、鈴木」というイメージが頭に浮かんでフッと頭に血が昇る。


「忙しいンで切ります――」


「あぁ、待って!!」


 陽菜は急いで制止する。


「なんだよ。」

 錺は少々強めに呟いた。目立つ奴とは執拗に関わらない、錺のスタンスは中学から一貫していた。対して陽菜はその逆だった。


「まぁまぁ、ゆっくり話すつもりも無いけどさ、アタシだって家帰って飯作らないといけないし。」


「はぁ。」

 

「昼間の返事を聞きたいんだ。でも、アタシも少々ずさんだったから良ければ説明させて欲しいなって。いい?」

 

 錺は少し目線をさげて、雨の中バイト先で話す陽菜を想像する。本人も直ぐに帰りたいハズと思い、錺は「まぁ。」と、生返事を返した。


「でも、俺は――」


「私のやりたいことはさぁ。」


 陽菜が被せる。


「私のやりたいことは、金稼ぎなんだ。」


 何も言わない錺に、陽菜は続けて話す。


「ゲームを使った賞金稼ぎ。「クロニクル」ってゲーム。聞いたことある?」


 錺はその心当たりに「まぁ。」と相づちを打つ。教室では広野同行のスクワッドに溢れた者が、暇潰しにそのゲームをしていた。そして家でも、乾いた銃声の中にリアル志向のバトロワとは一線を画すような、エレクトリックな銃声の混じったゲームを凜が新台のPS5を媒体にプレイしていた。


「アタシ実はそういう、何て言うかな、自分の目線で...人を撃つ?いや自分の目線にたった状態の一人称のアレで...」


「FPS(エフピーエス)。」


 錺は呟くように答えを手伝う。


「そう、それ!FPSのバトルライヤル!!アレが少々得意みたいでさ、それにね?賞金が約50万も出るんだ?すごいだろ?いや正しくは...」


「―――50万!?」


 錺は今までにない程大きな反応を見せる。本心で。そして腹から。


「いや、正確に言えば50万円相当の賞品が一気に貰えるんだよ。五人で割るけど。」


 錺はそれでも息を呑む。


「プロゲーマーの公式大会ですら、ゆ...優勝賞金は10万を切ることもある。それなのに一介の学生に50万相当の賞品の贈呈。ましてや俺たちはプロゲーマーじゃない。ならそれは、普通ただの大会じゃない...ですね?」


 錺は陽菜を問い詰める。


「詳しいね、そのとおりだよ。私もちょっと調べたけど、日本では過去、これまでに大きな大会は存在してない。そして、まぁアタシも取れるとは思ってないんだけど...」

  

 サァサァと夜の雨が、静寂を取り繕うように音を立てる。


「うまくいけば250万だ。」


 錺はその数字の大きさに、一周回って胸焼けと興醒めを起こした。


「あっ、そう。」


 ふぅっ、と息を解放した錺は続ける。


「現実味がないので、」


 錺は少し思い止まる。沈黙の合間に陽菜が「敬語はいいから」と口を挟む。


「現実味がないので......返事は少し、待って欲しい。」


 陽菜は少々口角を上げたように、どもって応える。


「ん、あいよ。」


 またしばらく沈黙して錺が切り出す。


「じゃあ、今日は...」


「―――そうだね、あとリンクとか色々貼っといたから読んどいて!じゃあ!」


 ポー、と携帯が高く鳴いて勢い良く通話が切れる。錺は若干の昂りを持ちながら、シュっシュっと、ロックパターンを解除し新着のメッセージを表示させる。開いた「鈴木 陽菜」のメッセージ欄には陽菜のメッセージと共に三件のウェブアドレスが貼られていた。



◇◇◇


「最近MOBA( Multiplayer Online Battle Arena=ゲームジャンル。)の競技人口を越えて世界一位になったFPS。ありとあらゆるプラットフォームからクロスプレイに対応してるから、最近このゲームの影響でハイスペックPCが売れ始めてる。日本でのEスポーツの火付け役になるかもってネット記事には書いてあった。このモードは5人12チーム制のバトロワだよ。かなり連携が必要。」


 部屋着に着替えた凜が、錺の作った夕飯を頬張ったままコントローラーを握り応える。


「かなり競技シーンを意識していて、ハイランク戦ならvc無いとキツいかも。ダイヤ帯からはまるで違うゲームだよ。」

 

「なるほど。」

 錺はアゴに手をあて唸る。


「ゲームしないんじゃなかったの?」


 凜が聞くと錺は「まぁね」と応える。


「凛、もっかい親父が死んで食いっぱぐれたら、俺はお前に責任を持たなくちゃいけない。」


 凜は訝しげな顔をする。


「良いよそういうの、過保護。キモい。」


「どうとでも言えばいい。俺は俺が安心できればそれでいい。」

 

 凜は更に眉をひそめる。


「なら私に干渉しなくて良いじゃん。」


 錺は一言「そだなー」と受け流し味噌汁を啜った。


「出汁が完璧...」


 錺は呟く。


「で、それがどうしたの?」


 凜はゲームについて錺に聞き返す。


「いや実はさぁ、友達との会話についていけなくてさ、知識だけでもつけようかなって...」


 錺はあながち間違いでは無い嘘を付く。


「じゃあ、やれば良いじゃん!回りくどい!」


 錺は「いい、いい、」と首を横に振り食器を片し始める。


「お前のプレー見るから、それで十分だから」


 凜は「めんどくさっ」と呟きながら、満更でも無い顔でテレビをつける。それを見た錺は二人分の食器を洗いながら凜に言う。


「お前コントローラなのか」


 凜は背中越しに「だから何?」と聞き返した。


「いや、なんでかなと」


 凜はめんどくさそうに応える

「私は接近型のキャラを使うからだよ」


 それを聞き、錺は一旦水流を弱めてスマホを手に取る。そして陽菜の二つ目のメッセージ「大会概要!」と書かれたurlを開いた。


 ――大会ルール・第2項...本ゲームはクロスプレイによる多角的で多様なデバイスからのプレーを可能とし、本大会にも規定の範囲内において原則デバイスの制限を設けないこととする。


 凜が話を続ける。


「で、このゲームはパッドに付与されるエイムアシストがとりわけ強い!室内戦や接近戦で高dps(※Damage Per Sec=秒間辺りのダメージ量)の武器を使って戦えば玄人にもワンチャンって話よ。」


「芋(=芋虫、イモムシのような消極的戦術への揶揄。)プレーにはお似合いだな。」


 錺の軽口を凜が鼻で笑い、いなす。


「そんなプライドに頼ったセリフを吐いてるやつが、万年素人止まりの指示厨に成り果てるわけよ。このゲームは立ち回りが重要なの、芋る時は徹底的に芋る。教室の隅にある飾りみたいにね。」


 錺はなかなかに毒気あるカウンターに少々狼狽えた顔をするが、取り繕って凜に言い返す。


「高校の教室に飾りなんて無い、剥がされるからなぁ。」


 さも一本取ったかのように錺は鼻をフンス、と鳴らした。それを聞いた凜は哀れむような目で「うっわぁ~」と声を漏らした。


「で、準備はできたの?」


 錺は皿の水滴を拭きながら凜の腰掛けるソファへ近づく。


「まぁね。」


 そう頷く凜の目線の先には、背丈も肩幅も腹の出方すら異なる五人のキャラがreadyの文字を青信号のように強く光らせていた。そのキャラたちの中には一際体躯の小さい、侍のような格好をしたロボットもいる。凜は同期させたコントローラーのスティックをカチャカチャと弄り、画面中央のポインターはその侍の周囲をぐるぐると回った。


「これ私のキャラ~~」


 凜は子供っぽくシシシと笑い「最強なんよ」と錺に言った。


「最強って、なら全員そいつをピックすれば良いだろ」

 錺は素朴な疑問を投げ掛ける。凜は問いに「うーん」と唸ってヘルプと書かれた文字を押す。待機画面の上には横書きの説明欄が並んだ。


「まぁ。それもルール上できなくは無いんだけど、、、」


 凜は画面に{レジェンドと役職}と書かれた説明を載せる。



―――「主要役職」

・ここでは「クロニクル」の素晴らしい役職機能について紹介します。


攻戦人=ストライカー

→攻撃的な能力で敵陣への切り込みや安全地帯の奪取、敵のキルなどを得意とするキャラとの高い相乗作用(シナジー)が期待できる、戦闘の花形。


狙撃手=スナイパー

→射撃的な能力で敵群の制圧や威嚇、キルなどを得意とするキャラとの高い相乗作用(シナジー)が期待できる、一匹狼の仕事人。


狩猟者=ハンター

→狙撃手と同枠で選択可能な役職。その違いとは索敵能力を向上させるか、射撃能力を向上させるかである。またどちらも近距離武器でリコイルが過度に上昇する。


護衛者=ガーディアン(タンク)

→防御的な能力で味方の盾となり、カバーや自陣安全地帯の防衛と奪取を得意とするキャラとの高い相乗作用(シナジー)が期待できる、戦線の番人。


衛生兵=メディック(ヒーラー)

→支援的な能力で味方の能力値を高め、hp(ヒットポイント)の回復やクールタイムの短縮など、後方援護を得意とするキャラとの高い相乗作用(シナジー)が期待できる、戦場の救世主。


操作士=オペレーター

→技術的な能力でテクニカルに戦況を優位へと運ぶ、専門的な支援や劣勢打破を得意とするキャラとの高い相乗作用(シナジー)が期待できる、盤上の司令塔。


 アップデートver2.02.1――


「つまり、dps(ダメージロール)をいくら積もうと、同キャラをいくら積もうと勝手だけど、適材適所に適職を選んだ方が圧倒的にお得だよって言う意味。」


 錺はその言葉を片耳に、しばらく画面に釘付けになる。


「他には...」

―――ガシィーンという音と共に、説明欄の裏側ではマッチが開始した。「まぁ見るが早いよ」と凜はコントローラーを両手で掴み一枚絵にコメントの載った画面から突如、ヌルヌルと動く世界が躍動的迫力と共に広がり、錺の目に飛び込んでくる。それは雄大な海に囲まれた、広大で区分けされたようにカラフルな、個性がぶつかりあって繋がったような、とにかく好奇心を掻き立てられるだだっ広い凹凸な島を近未来的飛行艇がゴオオオと音をたてながら悠々と見下ろしている光景だった。





------------------------- 第4部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子遊戯部の創部歴 2


【本文】

「サブシティ。大体1パーティで漁るか2パーティで戦いながら漁る。」


 志田りんは盛大にあぐらをかきながら、兄である志田|錺(かざり)にfpsバトルロワイアル「クロニクル」唯一のマップ{ダイヤモンド・クロニクル}について説明をしていた。


―――ダイヤモンド・クロニクルの概要はこうであった。

・全体像はひし形の一つの島である。

・総計12パーティに対し物資量の多い{メインシティ}は9つしかない。

・区分けされた場所には歴史的モチーフがあり、北西は現代シティ、北東は近代カリブ海世界、南西は中世世界、南東は原始と古代文明の森林地帯となっている。


「つまり悠々と物資を拾えるのは12パーティー中の6部隊で、もう6部隊は戦闘になるか近隣に物資の弱い敵を抱えた状態になる」


 錺は「へぇー」と相槌を打ちながら、スマホに広げたマップと凜のプレイ画面を見比べる。凜は幸いにも敵と被る事もなく、現代区域「|北港の灯台街(ノースハーバー)」を伸び伸びと漁っていた。


「じゃあ物資量も多いし、お前的には良いスタート切ったってことか。」

 錺はスマホを横目に、段々とバックの空きが埋まっていく凜に聞いた。


「うーん。悪くは無いんだけどね」

 凜は含みを持たせた言い方で錺に返す。


「ここはメインシティ崩れって言われてるんだ。物資量も他のメインシティに比べて劣るし何よりもアクセスが悪い。」


 凜は漁った先の灯台から「ホラ。」と言って画面上に南西225と記された方角を向く。


「あそこがコスモシティ。大激戦区。」


 凜はそのままスゥーっと東の方角へキャラの目線を動かす。


「コスモシティから南東に行くと火山が見えるでしょ。あそこの麓の建物と火山内の一部が|中央研究所(ラヴァラボ)。」


 錺はゲーム画面とスマホのマップを照らし合わせる。


「じゃあその左奥が...」


「大王城(キングキャッスル)」


 凜は方角200に視線を向け、拾ったばかりのスナイパーライフルとスコープで覗く。


「南西の中世領域は大王城(キングキャッスル)しかメインシティが無いけどサブシティが一番多くて全部回ればお城とドッコイドッコイの物資量になる。でもお城は高さに軍配あるし後手でもサブシティ漁るムーブができるから、お城取ったチームは正に王様って感じになるかなー?」


 そうこうしている内にパーティーは次の街へ動こうとする。「こっちへ行こう」と野太い声のキャラが凜を急かしてピンを打つ。


「あぁーあぁー、置いてかれちゃってるよ、船使うのかな。北港(ほっこう)せりあがってるから滝が有るんだよ」


 凜はゲーム画面上にゲームマップを広げ、北東へ移動しながら味方がピンを打った場所をズームして見せる。


「北港は一方通行の滝を使って近代領域に出れる。そのまま入り江とビーチに続くけど落下時に高確率で船が壊れる。滝壺は|海賊の巣窟(サブシティ)になっていて対岸の島には北東のメインシティ|海賊(トルトゥーガ)島がある。北東もメインシティはトルトゥーガ島しか無いけど優秀なサブシティもあるしアクセスも良いし初心者向けなのかなって思う。あと仮にトルトゥーガ島が最終|安全地帯(アンチ)になったとしたら大勢が遮蔽物の無い川を渡るから、一方的な地獄になる。」


「海賊的だな...」


「まぁ、レアケースだけどね。」


 凜がニヤッと笑い、話を続ける。


「滝を降りて、、落ちて?んで、川づたいに行くとダイクロ(※現マップ、ダイヤモンド・クロニクルのJP略称)で二番目に大きいサブシティの|決戦夜港と海賊船(デイブレイクハーバー&パイレーツシップ)がデデン!と登場する。規模はメインシティ位のオブジェクトだけど物資量は少ない。趣有って好きな人も結構いるし、初動でトルトゥーガ島に降りたチームの待ち伏せができる。でも冷静に考えれば勝ちにくいけどね。オブジェクトも貫通するもの多いし、あらあら途端、蜂の巣に様変わりってなことになると。」


 凜はチームメンバーと一緒に一つの船に乗ると、北港から巣窟へ向かう川をぐんぐんと下っていく。操縦はオペレーター職を選んだ味方が努める。


「近くに検閲場っていうサブシティがあってそっちを注意しないと撃たれて死んじゃうんだよね。」


 凜は加速する船からライフルのスコープを覗く。


「気温湿度安定、敵影無しっと。見ててみ錺(かざり)、滝落ちる時さスゴいから」


 やがて加速する船の道が切れる。覗く景色は水平線を映し、次第に北東のメインシティ{トルトゥーガ島の全景を見せ、その時にはもう司会に映る景色の全てが滝壺へと下がる。ヒュウっという音と共に垂直になった船の上ではスナイパー職のキャラがキーンと音を鳴らし、視界には赤い人影がパッと映る。


『――五体検知。』


 無機質な声がソレを知らせ、タンク職のキャラがドーム状のバリアを放出する機械を船の上に載せる。


「始まるよ。」


 凜がグッとコントローラーを握り、錺が唾を呑む。次の瞬間、ガシャーンという音と共に画面内を水飛沫と大破した船の木片が覆い、キーンと五つの腑抜けた音が重なって画面が暗く落ち込む。


「終わったじゃん。」

 錺はニヤけながら言った。


「これは、アレだよ...」

 凜が溜め息混じりに首を上に傾け言う。





------------------------- 第5部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子遊戯部の創部歴 3


【本文】


「これはアレだよ、最近増えてるバグの一つ。」

 

「バグか...」


「錺もやれば良いのに」

 凜は錺にコントローラーを渡そうとする


「俺はやらないの」


「なんで?」


「ポリシー。」

 錺は凜の頭をグリグリ撫でながら言う。


「きもい触るなっ!なんだよポリシーって下らない。錺はもっと他に大切なもの見つけた方が良いよ。自分やりたいことだとか、夢だとかさ。」


 錺は「はいはい、そうだな」と何食わぬ顔で受け流す。凜は怪訝そうな顔でコントローラーを机に置いて、そのまま「萎えたわ」と言って自室に戻っていく。「消してけよ」と背後で聞こえる錺の声は無視して、2階の部屋の扉がバタンと閉められる音がした。



◇◇◇


 一週間後の昼。良く晴れ燦々と輝く日差しが高校の中庭に染み込んだ水分を蒸発させ、湿っぽい臭いと湿気に包まれながらもウェイウェイと遊ぶ男女を横目に、錺たちは文芸部へ体験入部に赴いた山田|正義(まさよし)を交え昼飯を取っていた。もう二人の狸寝入りは良く結託したようで、クラスの右端で小村を作り昼を共にしていた。

(あれもいずれ、我が城へ取り込もう...)


 錺は角が立たないように日を置いて仲間を増やす算段を妄想する。ただそれよりも、今は新規の山田と探り会いをして有効を深めるのが先だと踏んでいた。そう、別にいざ会話を割って入る勇気は無いとか、きっとそういうことではない。


「違うっての!!」


 山田は小ボケを繰り出した錺(かざり)の頭を平手で叩く。


 (痛ってぇ、馴れ馴れしいなコイツ。)


 錺は中々の威力に薄ら笑いを浮かべる。その時、錺は内心で友達が少ない人間に対して分析とカテゴライズをしていた。


 (主に4つだ。声が通らない奴、空気が読めない奴、面白くない奴、コミュニティを持たない奴。そこに内気だとか顔が良い悪いとかはあまり関係なく、何れか一つでも当てはまればボッチルート突入への危機。ちなみに分析は男だけに尽きる。偏見で言えば女子は{空気が読めない奴}に対する当たりや比重が大変にヘビィィ.....)


 錺のグルグル回転する脳にストッパーを挟むように、携帯の着信音が鳴る。


「アタシですが。」


「100%無理だと思います。」


 錺は陽菜の話を待たない内に回答をよこす。


「なんでそんなこと言うんだよ」


 その要件は錺の読み通りだったらしく、陽菜は怒り気味に返す。「ちょっと」と席を外し、錺は廊下へ出て人の少ない南側階段まで歩いていった。


「まず一つに時間がない。」

 錺は左手を肘と腹部で挟みながら手すりにもたれ掛かり、頭の中を整理しながら昨晩巡らせた思案を浮かべる。


「俺も色々調べたけど本大会の前に予選が有るよな。それがまず8月の15日だっけか?夏休み前ギリギリに創設できたとして練習の期間が短すぎる。特に連携が勝敗を左右する競技性の高い5人用FPS。運動部で例えれば冷やかしのレベルで大会に挑むことになる。」


 陽菜は「そうだけど」と半ば悔しそうな声を漏らす。


「そしてもう一つ、金がない。」


 陽菜は徐に口を閉ざす。


「うちの学校はfpsをスムーズにやれるだけの設備や機材は持ち合わせて無いだろうし、それを揃える金も出さない。それと――」


 錺は少々云い淀み、ゆっくりと階段の折り返しまで登って行く。


「お前には金が無い。」


 閉鎖された屋上の薄暗いスペース。太陽はカーテンに遮断され、埃と壊れた机や椅子らが無造作に並べられたその上に陽菜は座っている、階下の錺を見下ろしながら。


「高校から強制される新入生の入部と、高校から禁止されている在学中のバイト。その勤務先はモデルとか演者では無くコンビニ。お前は正規のルートでしっかり許可取ってるって言ってたよな。それってつまり許可が降りるほどの生活苦ってことだ。」


 錺は陽菜の目付きが著しく攻撃的になる様を見て、軽い達成感に自惚れて酔いしれる。けれど陽菜は噛み殺すように笑顔を取り繕って、目線を合わせながら電話越しの錺に問う。


「でも錺はゲーム得意なんでしょ?必要な機材の算段だって無い訳じゃないんだよ私にゃ。だからさ...」


「全く逆だ。俺は非生産的なことは大っ嫌いなんだよ。」


「でも、錺となら上手くいくって――」


「誰から聞いたか知らないけど、そいつ相当性格悪いね。校内で俺ほどゲームが嫌いな人間はいない。特にFPS。」


 錺は徐々に敵意を見せながら語気を荒くする。


「あと、お前みたいに大事なモンほったらかして中途半端に遊んでるやつも大嫌いだ。極めつけは家族を蔑ろにする奴。この高校は公立校。大方親が薄給で姉弟多いからバイトして、でも遊びたいから楽な部活を作ろうって腹だろ。そういう時期だよな。そうじゃないならあまりにも計画は杜撰で、圧倒的に無謀だもんな?」


 陽菜は俯きながら階段を降りていく。互いの通話はもう切れていた。


「ごめん。今日は...もういいや。でも、また聞くから」


 陽菜は錺と重なるその通り際に、自身にも言い聞かせるように「諦めないから」と、吐き捨てる。

 錺は呆れたように言い返す。


「頑固だよな、そういうところから身を滅ぼす。」

 去り行く陽菜に追い討ちをかけるように、錺は陽菜の背中を言葉で刺す。


「髪染める金(かね)は有るんだな。」

 

 その日の陽菜の髪は先日と打って変わって真っ黒の毛並みをしていた。陽菜はその言葉にビクっと体を震わせ立ち止まる。しかし陽菜は振り返ることもせず淡々と教室へ戻っていった。


 錺は少しボンヤリと惚けて、窓越しの中庭を眺める。

 

「完璧なジャブ、正しさの勝利。」


 

◇◇◇


 教室へ戻ろうとする錺をトイレから出てきた山田が制止する。


「錺、C組の美人が髪染めてた。どうしたんだろうな。今期の覇権ヒロインに影響されたのか?」


「覇権ヒロインって.....。さぁな、イメチェンでもしたんじゃないの?お前のメガネあげたらあの声量バカも少しは賢くなりそうだ。」

 

「茶化すなよ、泣いてたんだぞ。あんな能天気キャラが黒い髪ぐちゃぐちゃにして。なあ、何があったんだろうな。」


 錺は頭に侵入する黒い感情を思考ごとカラッポにして、また惚けたように虚空を見つめながら答える。


「さぁな、失恋でもしたんだろ。可哀想に――」


「あんな美少女フレる奴なんて校内にいないっての。どうでも良いけど、女の子泣かすやつなんて許せないよな?」


 山田は錺に真剣な面持ちで問いかける。


「あぁ、全くだよ。ありえねぇな良心のカケラも無――」


「お前のことだよ、錺。」


 山田は曇ったレンズ越しに錺を睨み付ける。錺はそれに薄ら笑いを浮かべる。


「ははー、見てらしたんですね。野暮だなぁ」


「ちゃんと僕にも説明しろよ、野暮なのはそっちだぞ。お前みたいな奴があんな娘と付き合えるわけないんだからよぉ!」


 山田は錺の逸らした瞳をグッと見つめる。


「いやメンドクサイことになってさ。俺も間違えてはないと思うんだけど。」


「複雑なのか?」


「それなりに。」


「じゃあ聞くよ、友達だろ。」


 錺はさも当たり前のように神妙な面持ちをする山田を不思議に思う。それは彼自信が根っからの名前通りの正義マンだからなのか、去っていった鈴木陽菜の顔が其れほどまでに見るに耐えないものだったからなのか。雨上がりの快晴の陽が陰る廊下の隅っこで錺は若干の憂鬱を覚えた。



 



------------------------- 第6部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子遊戯部の創部歴 結 ~大切なもの~ 


【本文】


 「だから、謝ってこいって。」


 錺と山田は場所を変え、先刻の屋上に続く階段で会議をしていた。


 「いやだからな?俺は現実を教えてあげただけであって、アイツが頑固だから其れに合わせた言葉をだね?」


「言いたいことは分かるけどさ。」


 山田は元来中々の聞き上手で、錺はテンポよく説明をする。自分の非とそれに至る理由を錺が打ち明けてしまう程に、旧友の仲と形容しても差し支えないほどの軽快な口振りで二人の会話は進んでいく。


「でもそれは錺の私情だろ。言われた方はそりゃ傷付くって、だからその部活がどうであれ謝らなくちゃ可哀想だろ。」


「だから――」


「わかった錺。じゃあ謝らないにせよもう一度自分の口で説明すべきだよ。錺の話を聞く限りなら、鈴木さんが無謀なことをしてるって客観的にも思うし。それに巻き込まれたくない錺の気持ちも分かる。でも事実、彼女は錺を頼ったし好意を持って誘ってくれたんだろ?なら一層、ケジメをつけるべきだ。」


 山田|正義(まさよし)は空気の読めない奴ではあった。錺は考える。


(それでもコイツは、物事の良し悪しについて明確な考えを持つ芯の通ってる人間だ。ただプライドもそれなりに高くて心情は時々複雑そうに見える。ただ自分の相容れないものには憶さずNOを突きつける。それゆえに他者と噛み合わない複雑さの悩み。良く、)


 良く「人間」している。人に流されず単純さに逃げず、自分の問題に対しても他人の問題に対しても真摯に悩める、良く悩み良く生きている人間臭い人間。錺はそういう類いの人間が嫌いになれないタイプであった。


「錺、僕はまだ文芸部には入ってなかったよな。今は茶道部でさ。金曜日だけ部活が有るんだけど、まぁ万に一つも無いと思うけど。もしそのゲーム部?参加部門は「クロニクル」だろ。もしやるんだったら僕は錺とゲームしたいと思うよ。」


「いや、それは無いかな。」


「そっか」

 山田は静かに立ち上がる。


「じゃあケジメ、付けてこいよ。僕は美術選択だから先行くわ」


 そういって彼は足早に立ち去った。刻々と定刻のチャイムは近付いている。錺はしばらく一人でうつ向いたまま、より人気(ひとけ)の無い、煩雑に並べられた机や椅子が埃を被る鈴木陽菜のいた場所へ登って行く。


「なんで俺だったんだ。」


 当初から沸き起こっていたその疑問に錺は頭を悩ませる。そして、あるいは(誰が、俺へと仕向けたのか。)という疑問。机の上には埃を除けた陽菜の手形痕があった。思った以上に小さいソレと自信の手を比べるように被せて乗せる。机の奥には何やらチラシのようなものが山積みにされていた。逆手のもう一つは握られた様な痕跡。隣にある臀部とスカートの痕。その斜め後方には何やら文字が書かれていた。それは雑な英字が流動する迫真の筆記体で書かれた、意思の文字列。それに錺は心を締め付けられる。


{ WAIT FOR US, CHRONICLE!!}




 錺は重ねたその左手から引きずるように机をなぞり、滅茶苦茶に痕を消し去った。


 夏の天気の気紛れに、錺は窓から手を出して、汚れたそれらを洗い流した。


 遥か遠くの曇天が雷鳴を轟かしながら校舎に迫る。

 

 週末の東京には、巨大でノロマな台風が迫っていた。



◇◇◇


 6限の終わりを告げるチャイムが後20分で鳴ろうかという時だった。ピンポンパンポンと全校教室へ向けたチャイムが授業の有無を問わず全ての担任教論を招集した。約10分の自習を経て錺の選択科目であった書写の教員が黒板をさっと消し始める。無言の教員と勢いのます雨音に教室内は不穏な空気が立ち込める。しばらくするとまた、ピンポンパンポンと言うスピーカーから東海林(とうかいりん)教頭がアナウンスを告げた。


{えぇー全校生徒。台風が思った以上にでかいみたい。電車が止まる恐れが出てきたのでぇ、下校時刻繰り上げっ。帰宅準備をすること。尚、生徒会役員は生徒会室に集合で。繰り返します―――}


『『『 いぇええええええええい!!! 』』』


 アナウンスが終わるのを待たずに四方の教室から歓声があがる。東京は強風域にはまだ入らないという状態ではあったが、遅延や運行休止、混雑を予想した柔軟な対応であった。


「――っという訳で、今回は主に公共交通機関を利用した生徒への配慮だから。君たち役員の中で家が近いものは学内に残り、生徒がいないかの確認をしてから下校してもらいます。君たちと残りの先生たち数名の特別最終下校時刻は17:30。俺も家遠い組だから帰るけど、報告用の先生は最後まで残るから、理不尽だけど頑張って!バイバイ。」


◇◇◇


 東京に降り立った嵐と、嵐の様な女とのケジメ。錺は何としてでも口頭で可能な限り早く、陽菜とのケジメを着けたかった。それは何よりも錺自信の為で有り、かつ部活動が未創設のままに夏休みまで二週間を切り、誰よりも時間を惜しんでいるはずの陽菜の為であった。


 ホームルームの終わった教室でスマホを取り出す錺に山田が近寄っていく。


「悪い山田、今日は一緒に帰れない。」

 山田は「もちろん」と笑い、教室を去っていった。


 他のクラスメイトも次々に昇降口へ向かう中、錺は人混みを掻き分け逆流するようにC組へと向かう。そこに陽菜の姿は無かった。ただ一つ、「帰った?」と打ち込んだ錺のメッセージには、陽菜が「まだ、」と返信をしていた。


「いまどこ?話したいことがある。」

 そう打ち込んだ錺のメッセージには既読だけが付いた。

 

 錺は昇降口から靴を履き正門の前まで走っていく。自転車通学の錺はカッパを羽織り濡れた前髪を指で退けながら陽菜を探す。防水のスマートフォンを右手に、左手は濡れきった顔面を拭いながら立ち尽くして20分も30分も経った。それでも陽菜の姿は一向に見えない。


 錺は痺れを切らし、今度はまた昇降口へ走り戻る。焦燥の中、錺は雨の中を走りながらカッパを脱いで全身に雨粒を浴びる。電話はかけ続けている。下校時刻と嵐と陽菜と、錺の中ではその全てを引っくるめた何か抽象的な不安とその焦燥が次第に募っていった。


 錺は急いで上履きへ履き替える。一般生徒の下校時刻はとうに過ぎ去っていた。辺りは段々闇に溶けていく、錺の目的地は南階段屋上前。切らした息から鉄の味がする。錺は四階までの階段を一気にかけあがり、南階段までの長い廊下を一呼吸もせずに走りきる。途中で西向きの窓を持つ教室から見えた正門からは、ぞろぞろと帰路に付く教員たちが見えた。


 錺は必死な願いを込めて屋上前に飛び出す。

「陽菜!」


 そこには誰もいない。

 最後のアテだった。そこを外した錺は半ば諦めながらスマホの明かりを照らし周囲を見渡す。昼間にはあったチラシが机の上から消えていた。錺は埃まみれの机を眺める。昼間とは埃の痕が僅かに違っていた。そして錺が触れていない机の上には新しくうっすらと筆記体で{WATE FOR HINA,CHRO}と書かれていた。


 錺は確かに陽菜が居たことを確信する。何のためにか、誰のためにか、自分か、陽菜か、そんなことに意味が有るのか。錺の頭は目まぐるしく回る思考と、それを放棄してただ陽菜を見つける為だけの理性を度外視した何かが交錯しながらその身体を動かしていた。やがて錺は3階を走りながら北階段の屋上へ通づる扉の一つだけが施錠の外れたものだったことに気付く。


 果てしない悪寒と吹き出すように湧いた冷や汗が錺を包みこむ。咄嗟に錺は中庭方向の窓を開き空を見上げた。人影はなく。雨音以外にはなにも聞こえなかった。多少の安堵とまだ拭えない不安の中で錺は視線を落とす。


 錺は刹那驚きに震えた。


 体育館と校舎とを繋ぐ渡り廊下から数歩先の中庭の銀杏の下にいつのまにか人が立っていたのである。

 長く黒い髪の毛を結ぶものは何もなく、その髪はただ雨にうたれて垂れ下がっていた。錺は急いで外廊下へ向かう。最後の階段は八段ほど飛ばして前転の内に衝撃を流し、濡れた廊下の水滴を湿ったワイシャツが吸い上げる。それから息もつかぬ間に外廊下へ飛び出し陽菜と目を合わせる。


「おい...!」


 錺は呼吸を整えながら陽菜に話す。


「そこにいたら、濡れるぞ。」


「もう濡れてる。」


(確かに...)


 錺は中庭に飛び出て雨に当たる。


「その説明というか.....」


 錺は脈を抑えるように息をキレ良く吐いて顔をあげる。しかし錺が喋る前に陽菜が口を開く。


「何、告白?」


 陽菜の顔は悲しそうに笑っていた。


「それともアタシの優雅なサクセスストーリーのお手伝いでもする気になったのかな?」


 陽菜は錺の心配が馬鹿馬鹿しくなるほどに陽気な口振りだった。


「そうと決まれば練習しなくちゃね、明日からみっちり練習して一ヶ月後には優勝して年末に向けてまた練習をして――」


「お前は――」


「ていうかまずは人集めなきゃね、最低あと三人。チーム名も決めて、連携の練習して、ステージを思いっきり飛び回って、沢山笑ってさ、時には泣いてさ、いっぱいいっぱい練習して、いっぱい...」


「お前は、まだそんなこと言ってんのかよ!!」


 錺の怒号が雨を割くように響いた。校舎をの壁を反響して、誰もいないピロティをバウンドして、陽菜の鼓膜を震わせて、


「お前家族大変なんじゃねぇの!?金ねぇから毎日遅くまでバイトして、食わせていかなきゃいけねぇ人がいるんじゃねぇの!!図星だから逃げたんじゃねぇのかよ!!図星だから泣いてたんじゃねぇのかよ!!」


 陽菜は雨の中で震えていた。陽菜には確かに沢山の家族がいた。弟と双子の妹、上には一人姉が、病床に臥している母親と高齢の祖父母、父親は死んでいた。それは正に、


「どうしてそんなこと......」


 陽菜にとっては図星のことを


「どうしてそんなこと、錺が知ってんだよ!!」


 錺は言い当てたのである。


「そうだよ...お金が無いんだよ」


 陽菜は堪えていた涙を雨に流しながら言う。


「お金が無いんだよ!それでもお姉ちゃんが!好きなことやりなさいって言ってくれたの!!」


 その身を震わせながらも懸命に立ち向かうように話す。


「受験もバイトしながら塾に行かずに頑張って!この高校に入ってさ!それでも沢山バイトして!就職するから待っててねってさ、言ったんだよ!」


 陽菜の顔はグシャグシャだった。


「そしたらさあ、、、お姉ちゃん、陽菜のやりたいことは陽菜が決められるんだよって、お化粧もオシャレも好きなことも!陽菜が決めて良いって言ってくれたの!!」


 真っ赤に火照った陽菜の顔を冷まし続けるように、風が雨を叩きつけるようにして降っている。


「それは違う。」


 そして錺は冷酷にも”錺”のスタンスを崩さない。錺には錺のポリシーがあるから。


「お前のやりたいことを決めるのはお前じゃない。お前のやりたいことを決めるのはお前の環境でしかない。それが現実で。人が決められものはその中の妥協の産物でしかない。お前の姉が!一人でなんとかできると思ってんなら!お前はいま、そこで泣いてないだろ!!」


 錺は勢いを殺さない、それが彼の優しさであるから。


「いいか?俺はお前の話をしてたんじゃない、俺は俺の話をしてたんだ!父親が死んで母親が病弱で妹一人守れなかった憐れな昔の俺の話を!!」


 錺には兄弟がいなかった。しかし父親が再婚した母親には娘がいた。


「家族を蔑ろにする奴は大嫌いだ。お前は俺だよ!!いや俺よりももっと酷い...そのくせ夢だとかやりたいことだとかこの期に及んで宣ってやがるどうしようもないバカなんだよ!!」


 そして錺は父親が死に母親が二度目の再婚をするまでの間、極貧生活を送っていた。とりわけ錺は死んだ父親の、その職業が気にくわなかったのである。


「なにが250万だ、普通に働いて普通に生きていればやがて一年も経たずに手に入る。そんな金の為に家計苦しめて不安定な職業騙って、俺はな!”プロゲーマー”が大嫌いなんだよ!あんなのは仕事じゃない!アイツらに家族を作る資格は無い!!幸せになる資格なんて無い!!」


 内心では悟っていた。優勝賞金250万円の先で陽菜が描いている彼女の人生、彼女の夢、彼女の希望。内心のほんの片隅で錺はそれに気づいていて、もとより彼は嫌悪感と共にそれを否定するつもりだった。


「......姉ちゃん。苦しませたくないんだろ?」


「分かってるよ!」


 陽菜は、心も既にぐちゃぐちゃになっていた。錺の境遇に、その至極全うな意見に。けれども陽菜には確かに一つ吐き出しきれてない蟠りがあった。


「お金無いよぉ」


 陽菜は銀杏(いちょう)にもたれ掛かりながら泣きじゃくる。


「お姉ちゃんが好きだよぉ、弟も妹もお母さんもお婆ちゃんもみんな好きだよぉ、わがまま言いたくないよぉ、迷惑かけたくないよぉ!幸せになってほしいよぉ!...それでも――」


 陽菜は声をあげて全身で錺に伝える。


「それでも...大切なものがここにあるんだよ!」


 陽菜は胸に手を力無く当てて、酷い顔で錺を見つめる。理解されないと分かっていても。


「中途半端じゃないの、ちゃんと調べて、私には無理だなって、でもさぁ、見てみたい景色があるの、夢みたいな景色が、私にはあるの、あるはずだったの、あったんだよ......」

 

 陽菜は手に持っていたびしょ濡れの紙を見せる。


「それでさぁ、こんなものまで作ってさぁ」


【――WATE FOR YOU , CHRONICLE!!】

 {部員募集!アットホームな部活になるよ!}

 それはいつも昼間にバカ騒ぎをしている陽菜を連想させるような、人を惹き付けるような明るいカラーのチラシだった。

 

 「バカみたいだよねぇ」

 陽菜は大雨の中庭でそのチラシをばら蒔いた、何度も何度も良く散らばるように思いっきり投げた。


 「でっ、でも、でも。錺のお陰で目が覚めた......」

 陽菜の頑固さも諦めの悪さもその捨て台詞が良く表していた。悔しそうに言葉も唇も噛み締めながら。

 

 「錺の言う通りだよ、お金も無い、時間も無い、そんな環境も、気力だってもう無いよ、それなのに、それでも――」


 陽菜は降りしきる雨の中、俯きながら拳を強く握り、やがて力が抜ける様に肩を落とした。


「そうだよね......うん......ごめんね。そうだった、ここまで...ありがとうね...」


 最後まで震えた声で言うのであった。


 「じゃあ私さあ!! バ、バイトがある...始まっちゃうから!!行かなきゃね!」


 陽菜は泣きながら駆けていく。涙で前を見えなくさせ、内廊下への扉に肩をぶつけながら。

 錺はそれを目で追わない、ただ上を見上げて顔を洗う。濡れきったワイシャツで鼻水を拭いて、そのまま首を下げて、陽菜が作ったチラシの一枚に近づく。


{FPSクロニクルのメンバーを募集しています!遊ぶつもりはありません!}


{E SPORTSとは、コンピューターゲームをスポーツとして捉えた名称です。}


{私はゲームが好きなのですが、E SPORTSには魅力が詰まっていて、私にとっては憧れのカッコイイ舞台なのです!私は時々そんな舞台に自分が立っている姿を想像してしまいます。夢のような景色です。そんな舞台に...――}


 錺は読むのを止めた。もうなにも読めなかった。自分の涙を拭い、あたり一面に広がって濡れたバカみたいに量の多いカラーコピーに薄ら笑いを浮かべ、茫然と、時折蹲(うずくま)りただ泣くしかなかった。


(大切なものがここにある……。――大切なものがここにある......。――大切なものが。俺は、いや、それは誰にも、誰でもない。誰も持っていない。そんなものは...、彼女から"それ"を奪う権利など、誰も持ち合わせて良い筈がない.....)


 錺は蹲(うずくま)る。中庭のレンガ状の床に額を付けて、雨の滴が跳ねるその高さで、陽菜の濡れて破れたチラシを抱いて、ただ泣いていた。陽菜の悲痛なその言葉を反芻させて。


「帰れ」


 体育館の入り口から出てきた男が、欄干に寄りかかりながら言う。


「難儀だな、時間切れだ。もう一般生徒の下校時刻は過ぎた。誰のかは知らないがそのゴミはお前に始末してもらうぞ。」


 降りしきる雨に、吹き付ける風に、虐められるかのように蹲る錺はチラシを守る様に背中を丸めた。


「ゴミじゃない……!!」


 錺は見ず知らずの、学年も分からない生徒へ怒鳴り付ける。しかし男は狼狽えることも無く、凍える程に冷静な声色で、錺を見下ろしながら淡々と言った。


「お前の意見など聞いていない。お前がそのゴミにどのような価値を見いだそうと、お前がそのゴミにどれ程の思い入れがあろうと。いま変わらぬ事実は、そこに落ちていればやがてゴミになるという事のみ。」


 その男は自身の腕章を外し雨の降りしきる中庭の、蹲る錺の顔の側へ投げ付けた。


「5:30までだ。俺は帰る。校門を出るまでそれを外すな。」


 錺はやけに偉そうなその男を見上げる。


「そしてちゃんと、色を付けて返せ。1年A組、志田錺。」


 ――錺は降りしきる雨の中、目線の先に投げつけられたその腕章をグッと掴んだ。


「土曜授業は無いぞ月曜の昼にだ。きっちりとな。」


 男は背を向けて立ち去った。



◇◇◇


~3日後~


 明るくなりきった天井を仰ぎ、鈴木陽菜は久しぶりに誰もいない部屋で伸びをする。二日前の風邪はとっくに治っていたが、小部屋に隔離された陽菜は何気なく学校をサボろうとしていた。


(よく寝たな...)


 昨晩早めに寝床へ着いた為に陽菜はバッチリ目が覚めて、眠気の「ね」の字も無い状態だった。


(バイトまで暇だ。)

 

 陽菜はそう思いながら、C組の学級委員をつとめてる岸辺文香に電話を繋ぐ。時刻は7時45分。


(遅刻。)


 電話はすぐに繋がった。岸辺文香ふみかは派手な見た目にそぐわず鈴木陽菜に似て真面目な性格をしていた。


「あぁフミちゃん。うん、風邪は直ったよ。でも今日は休もうかとね。――うん、気が乗らなくて。」


 二人は中学時からの付き合いであり偶然にも同じクラスに配属されたため、C組女子は二人を中心とした友人関係が容易く形成されていった。そして岸辺文香は鈴木陽菜の良き理解者でもあった。


「それは良かったけど、風邪は治ったんでしょ?」


「うん、そうなんだけど。行かなきゃダメ?」


「いやバイト戦士のアンタの事だからさ、いつ休んでくれてもむしろ嬉しい位だけどさ。」


 文香は少々興奮気味に、時折鼻で笑いながら陽菜へと話す。


「これ見ないでグースカ寝てるのは、私はちょっと勿体ない気もするなぁ......」


「何々?写真送ってよぉ」


 陽菜はゴロゴロと横に回りながらいじらしく頼む。

 

「それはできない相談、それに今日限りのことだろうしね」


 文香は笑いながら言う。


「風邪治ったんなら自分の目で見たら良いよ、学校がね...」


 段々と文香の後ろで徐々に増えていく、登校したばかりのギャラリーたちがザワザワと喧騒の渦を広げてゆく。ワイワイガヤガヤ、中には笑ったり叫んだり驚いたりと、おおよそ朝とは思えない程の騒がしさが電話越しから陽菜の耳へと届いてゆく。稀に見るお祭り騒ぎだと陽菜の鼓動は徐々に早くなった。先刻のことを頭の片隅へと残したまま、陽菜の中ではモヤモヤとそれを吹っ切り前を向こうとする気持ちが交錯する。


 交錯はするが。陽菜はすぐに選択する。


「分かった。行くよ!!」


 ――行動しあぐねていることが、無意味に思えたから。


「はい、じゃあ玄関で待ってる」



 ◇◇◇



 陽菜は自転車を飛ばした。台風が曇天を掻っ攫い、天気は快晴。何かを始めるにはもってこいの良好な日差し。今の生活サイクルを維持したまま、愉快で有意義で充実していて、


 しかし、それを考えれば考えるほどに。それを想えば想うほどに。妄想は過去の屈辱へと景色をシフトさせ悔しさが滲んでゆく。


 その悔しさを忘れるように、陽菜は精一杯漕いだ。腹には何もいれてない。体調は良好、風も微風で心地が良い。陽菜は越えた橋の下り坂でもペダルを漕ぎ続ける。変わるギリギリの信号では更に加速した。必死に走る。ただ走る。それ以外は頭に入れなかった。


 ――キキィと、ブレーキを踏み鳴らし。――ザザッと、駐輪場の砂を挽き陽菜は昇降口へ駆ける。――ダッと、方向を変え身体を向けた階段の先には手を振っている文香がいる。その背中では喧騒たちがザワザワと各々の教室へ、ゾロゾロとゆっくり向かっていく。


『おぉ待ぁたぁぁあ??―――せッ!!!』


 喧騒の中。陽菜は文香の両肩を叩き、それを払った文香がその光景を見せるように身体を逸らした。


「ハハッ!何これ!!」

 中には驚き。


「うっわ酷いな...」

 呆れ。


「爆笑なんですけど!写メろっと。」

 笑い。


「なになに?」

 興味。

 

 エントランスを包む幾多の混沌とした感情の渦の中で、


「え、?」


 鈴木陽菜だけが膝を突き、力が抜けたように泣いていた。


 陽菜の目の前に広がる光景は、濡れてボロボロになったチラシの乾かされた一枚一枚が、昇降口から廊下の先に至るまでに無数の列をなして連なる果てしない貼り紙の壁面だった。それらはあの台風の日確かに、陽菜が勧誘の為に持ち寄ったそれと全く同じ物。希望を抱いていたあの時の、何かが始まりそうだと胸を躍らせたの時の、打ちのめされたあの時の、自分が作ったビラ。全ての紙に施された、たった二文字の修正を除いては。


 【――WATE FOR" US ", CHRONICLE !!】

 

「ず、ずるいよかざり――」


 陽菜は息を漏らす。嗚咽するように、感情の波を堪えるように。


「ずるいよ!こんなの......」


 文香はただ、その熱くなって震える背中をゆっくりと擦っていた。









------------------------- 第7部分開始 -------------------------

【第2幕】

電子遊戯部の宣戦歴 ~二重の精神~


【サブタイトル】

鬼と箆鹿。


【本文】


 最初の感想?そうだな。ビックリした。

 私がまさかこんな舞台に上がれるとは夢にも思わなかった。知っている天井に知っているクローゼット。知っている布団はいつもより心地が良くて、知らないのはこの無気力。あれ、重力が増したか。ついに地球はガタがきてしっまたらしい。そうバグというよりかはガタである。あぁ、なんて残念なことなのだろう。


 私はもう一眠りして目が覚める。


 あれあれ、あれ。時計にまでガタが来てしまったらしい。時刻はすでに13時を過ぎている。それでいて空腹は無い。腸内時計もガタが来ているのか。私はとりあえず身体を起こして洗面台へ向かう。あぁ布団の片付けは、今日はいいか。鏡の私は...流石だ、今日も可愛い。。。ボサボサになった髪に目やにと、鼻毛が出ている。それでも可愛いがこれは良くない。私はそれを電動のカッターで、


 ――あぁ。メンドクサイな。


 私には新しい発見が必要であることに相違ない。時が立つまで束の間の休息である。そういえば生まれてから今の今まで、こんなにも”何もしない”ことは無かった。あの日からもう二年と数カ月。なのに、この感傷はまだ昨日の事のように残っている。


「アイアム、ニィー、ット……。」


 ハンバーガーなんてどうだろうか、今までに食べたことは無いおよそ不健康の塊を胃の中に流し込んでやりたい。ハンガーにかけた着替えは、遠くの丘の向こうにある。あぁ...暑いな。出前でもとるか。


 暗がりで端末が眩く光る。ブルーライトは見慣れたが、その先のメニューは異国の秘境を覗くような未開拓地だ。これもあたらしい発見である。ポテトはLが二つ。とりあえずシンプルなもの、ハンバーガーにチーズバーガー、フィッシュバーガーに、、、ここまで。楽しみはとっておこう。あとはお茶でいいか。私は炭酸が飲めない。あれはパチパチして痛いんだ。


 よし、ボタンを押した。



◇◇◇


 思ったよりも早く届いた。私は時計を見て玄関へ向かう。20分で来た。なんてスピーディー、私もできそうなバイトだろうか?私は玄関を開きそれを受けとる。


「こんにちはー、DEMAE EATSです!」


 思った以上に視線がキツい。


「ども。」


 私は品を受け取り、すぐに戸を閉める。


「疲れた。」


 その場にヘタレ込んで封を開ける。玄関は私の家だ。つまり私は私の家で飯を食べている。なんら可笑しくはない。


「むぐっ......はぐっ......」


 ふむ、なるほど。存外旨いじゃないか、キーパーの奴こういうの食わせてくんなかったしな。このただのハンバーガーいける。


 しかし、この旨さを共有できる人間はいない。


「へっ」


 私は段々楽しくなっている。何か心の奥底から笑えてくるのだ。視界はだんだん狭まってゆく。心肺は握られたように苦しい。昼間の暗がりで、私はこの可笑しさを声に出してみる。


「ははははははははははははははははははははははははははははは、ああああああああああああ、はぁっ、はっはっはっっはっはっはっはははっはははっははっは。はぁー。あぁーー。」


 明日を迎えるのがいつも怖い。毎晩呼吸が乱れている。どうやら私にはそうとう、ガタが来ているらしい。着信音が怖いから随分前から切っているスマートフォンを念のため確認しておく。SNSのトレンド、動画サイトのニュース、検索エンジンの記事。ららら世界と繋がる時、私は世界を感じる。あぁ今日も動いている。戦争が起きた人が死んだ警察に捕まった裁判に敗けた回転寿司を舐めた人生が詰んだ。へへへっ、はははっ、ららら私より不幸~♪


――あぁ…


「誰か、私を殺してくれ。」


 凪の様に無気力で穏やかで激しい感情が鼓動を乱す。ミジンコみたいな精神力、酸素が足りない。意識を他へ。……あぁこの女の子は可愛い。ちょっと弄ろう。


「ログイン制限...」


 旧メアド、サブメアド、旧メアド、サブメアド、メアド2、メアド、メアド。


――・・・


「......」


 ビックリした。鼓動が高鳴り、静かに熱を帯びる。こ、こんな私に仕事の依頼だ。私は何故だか、何故だか泣けてくる。いや、心ではずっと泣いていた。泣きじゃくっていた。堕ちるところまで堕ちてしまったような感覚。私は取り敢えずスマホを放り投げ、冷たい床へ横になる。吐き気は常だが波がある。


「お金。無いな。」

 

 いや正確にはお金はまだある。四半世紀ほどは働かなくて良い。けれど確実に減っていっている。この貯金たちが無くなったとき私は何者でも無くなり。中卒の女という肩書きを平たい胸にどうどう掲げて社会に出ていく。そのころには45歳か。悪くない、funnyだ。むしろfunny。いや別段希望は残っていることには残っている。けれどメンドクサイ。身体が。


 時々思う。死ねば楽だ。ホームの柵を見ているとき。高いビルを見上げるとき。橋の上から川を見下すとき。速い車が目の前で流れる時。このメンドクサさと死を天秤にかけたとき、私にはよく吊り合っているように見えた。


――秋刕。


「うん」


 秋刕。


「あぁ......うん、あぁ...。」


「小鳥遊さん?」


 現実は、ゲームの中みたいだ。


「うん...」


 CGのような夜の川、ランダムに動く人間、解像度の悪い視界。


『どうぞ味噌汁です。』


 私は何とか辿り着いた学校の一室で、茶代わりに差し出された熱い味噌汁を口に入れる。喉に通す。


「聞いてますか。」


 熱い。


「あ、...うん。」


 あぁ熱さが懐かしい。涙が出る程懐かしい。喉を通り、食堂を通って胃の形が分かる。私の意識は、今だけは、火傷しないことだけ考える為に目覚めている。不安だとか焦燥だとかは横に置いて。目が覚めるほど、火傷しないように集中している。


「はぁ。」


 例えばそれは大量生産された愛の無いパンと肉のジャンクでは無くて、それは少々雑な見た目で、客に呑ませるような気の使った熱さじゃなくて、この身体へ土足で踏み込んでくるような深い味。磯の香り。ジャガイモの食感。ワカメの舌触り。


「聞いてないでしょっ!」


あぁ。それから私は――バシィと強烈なビンタを頬に、え?......えぇ?この男、今、なっ、殴った?私を?女を?男が?ってか強くねッ?!


「い、痛いよ!!」


「知るかよ。」


「はぁ?」


 男は眉間に皺を寄せて私を見下ろし自席へ戻る。


「アンタのせいだろうが、こっちは貴重な仕事の時間を下らんガキのイタズラに割いてやっているというのに。おいクソガキ、聞かれた質問もロクに返さない、泣きそうな顔して何も言わない、いい歳してららぽーとの迷子ですかァ?ご用件はキッザニアですかァ?!ここは迷子センターですかァ!?」


「ちちち、ちょっと私、客人なんですけど!? これでも呼ばれたんですけど!?」


 私の中の怒りが、感情のベクトルを統一させる。不安だとか焦燥だとかやる気だとか、他の全てを置き去りにして。頭に血が昇る、血液が巡る、熱い、暑い。腹が立って全てがどうでもよくなる。


「だから自前の味噌汁入れて、応接してやったんだろうが!」


 男は戻った席で、開いたラップトップへ目掛けて怒りのタイピングを始めた。


「応接って、水筒の味噌汁嫌そうに出す奴がいるかい!こぉれだからガキは困るんだよ、べろべろべろばぁー。ほら仕事邪魔してやる!」


 ――昨日創設された部活動の創設過程の志田錺ああああああああふぉkpdskhじょいえswhぃ7vhbdしあuhぎえnぱkhbgぴnwhqgpさohdfぴあwhqぴがnhぴああああああああああああ


「なっ、チビ!邪魔すんじゃねぇ‼」


「うるさいね!バックスペース押さないであげただけマシだと思いな!!へぇーざまあああ、いひひひひひひ!!!」

 

「てめぇ、それでも大人か!!」


 ――ガチャリと、扉が開き女子生徒が登場する。


「こんにちはー。あれぇ箆鹿くん、その子誰ですかー?」


「東雲さん。こんにちは!知らない人ですお引き取り願いましょう。」


――バシィ、と身を乗り出す女に箆鹿と呼ばれたその男は、四本の指でまたビンタを喰らわせる。


「痛いィ~、痛いィよ~。」


「あ~、箆鹿くん女の子殴った~、やっぱ獰猛~。」


「産まれてから二度目です、どっちも今日。おいアンタも過度な演技してんじゃねえ!!」


「痛いィ!なーぐーらーれーた!!!!」


「うるせぇ!」


 ――バシィ、と快い音がまた響く。


「あっ箆鹿君、また殴った~。」


「痛いよぉおお!!!ポリコレどこぉ!!SNSどこぉ!!」



◇◇◇


 その女。東京都立|東雲(しののめ)高校の生徒会室へ足を運んだ女、小鳥遊|秋刕(あきり)には二日前、奇妙なメールが届いていた。


{ from ks7unkown@com

  to takanashi02@com

 件名 コーチング依頼。 

dear nakiri

  この度は失職どうもおめでとう。そんな貴方に依頼がある。まずは下記を読んでくれ。

 内容

・東京都立|東雲高校電子遊戯部のヘッドコーチ依頼。

 

 契約条件

・前金40万円を初月給料分として受け取り。その後、2021年12月の「E SPORTS CUP(chronicle部門)」までの四ヶ月給料分120万円を本部活動の大会優勝時に報酬として受け取る。

・2021年12月の「E SPORTS CUP(chronicle部門)]における大会優勝時には更に―――

・右の人物以外には口外を禁止する...本校学校長、本校教頭、本部活動顧問、箆鹿。

・上記を違反した場合には、本契約は破棄される。

・本契約は箆鹿との接触時より受諾されたものとする。

 ・・・なお詳細については本校来校後、生徒会室に赴き箆鹿を訪ねたり。 以上。}


「いいや知るかああああ!!!!」


「まぁまぁ箆鹿くん落ち着いて。」


「箆鹿って呼ぶな!!」


「あれ、あたし先輩なんだけどな....」


 箆鹿と呼ばれる男は自信の左側、2年生書記である番条司にやつあたる。混沌を加速させるように生徒会室の扉からは女とロン毛の男が同時に部屋に入ってきた。


「ちゃっす。あれ客ですか?いや迷子?」


「迷子じゃないわい」


 秋刕は不貞腐れたように呟く。


「ようし皆、聞いてくれ大変な事件が起こった。」


 箆鹿が机をバンッ、と叩きあたりを見渡す。


「ここにいる小鳥遊さんが本校と関わる重大な...」


「言っちゃダメでしょうが!」 

 秋刕は全身全霊で箆鹿の口を押さえる。


「こんな楽しそっ、、ビジネスチャンス逃せるわけ無いでしょ!」


「うふへぇ、無職(ニート)!俺には関係ないんだよ!!」


「確かにそうだけど待ってお願いィ~!!」


 秋刕は箆鹿の目の前に、とある写真メールを広げる。


「ほっら!!...ね。怖いでしょ?」


 箆鹿は秋刕が開いた画像を見るや、真剣な面持ちへと変わり「分かりました」と一言返すと、「解散」と号令を発し壊れたカーテンを無理矢理閉めた。画像には秋刕の口座へ振り込まれた出所不明の金と、近くのビルから今しがた生徒会室の秋刕達を盗撮した写真が載せられていた。


 生徒会室から役員が立ち去る。箆鹿の異様な雰囲気を察したのか、彼らは二人へ無理な詮索はせずスムーズに部屋を後にした。


「ごめんね。何か巻き込んで。」

 秋刕は申し訳なさそうに箆鹿に言う。


「本当ですよ。まったく...」

 箆鹿は心底うんざりといった顔で秋刕を見ながら、しかし笑って頬を掻く。


「でも、先刻よりは元気が出たようで。死にそうな顔をしてらしたので、僕の張り手が効いてよかった。」


「どうだか。それは、まぁ、そう...だね。どーも!」


 秋刕は少し怒りながら箆鹿の尻を叩いた。



◇◇◇


 その日の放課後。秋刕は箆鹿の指示にしたがって生徒会室で時間をつぶした。箆鹿がいうには例の部活へ案内するとのことだった。その日は陽が落ち始めると風が吹けばやや快適といった気候。箆鹿は部屋の窓を開けながら秋刕に話しかけた。


「アドレスの名前から推理すれば、メールの差出人もとい犯人には心当たりがあります。ただ条件にある通りそれが誰であるかを小鳥遊さんが勘づいたとして、当人に言えば契約が破棄される恐れがあるかと。」


「分かってるよ。」


「それと、顧問、教頭、校長にはプロゲーマーライセンスを持った方が無料でご指導されているとお伝えしておきます。」


 秋刕は{学校関係者}と書かれた赤色の腕章をグッと腕にはめピンで止める。


「服に穴あくんで着けなくても良いと思いますよ。」


「遅いわい。それより早く案内したまへよ。」


 秋刕は腕章にデコピンしながら扉へ歩く。


「分かりました。...あぁ後、小鳥遊さん。好きなタイプは?」


 箆鹿はさも当たり前そうに聞きながら扉を開けた。


「えぇ?なんだい、ナンパかい?申し訳ないけど私ゃ美形が好きだぞ。」


「あぁ、そうですか。」と箆鹿は流しながら部屋を出る。


「特にあの子は良かった。君の隣にいた髪の長いおっとりとした。いいやそれでいて年下なんだよ私からしたら、ねぇ?背徳感が、ねぇ?」


「東雲さんですか?生徒会役員は僕の権限でリア充...不純異性交遊者即刻クビにしているのでダメです。」


 そういいながら箆鹿は生徒会室の目の前、数歩先にある扉へ手をかけた。


「とにかく生徒には手を出さないように」

 箆鹿はドアノブを握る。


「いいですね?」


「なんだい君は。私の心を揺り動かす美少女なんてそうそういないんだぞ...」


 箆鹿は戸を開ける。真っ暗な小教室に光る五つの画面。その光が照らす五つの顔の一番手前に、ブロンズの豊かな髪を二つに結んだ、確かなクォーターの美少女がいた。


「――ふォオオオオオオ!?ねぇ?」


 ワンテンポ置いて、秋刕は箆鹿へキラキラさせた目を輝かせながら振り返ろうとするが、箆鹿は案の定といった顔で「チッ」と舌打ちを決め秋刕の背中を押しバタンと扉を閉めた。









------------------------- 第8部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子遊戯部の覚醒歴 1


【本文】


「志田 錺(かざり)、恩を仇で返すとはこのことだな。」

 錺は生徒会室へ緑色の腕章を返しに来ていた。


「校則には何も違反していないだろ?それよかあんた生徒会長だったのか。」


「校則に違反せずとも、倫理的に違反していることを他の生徒が認めると思うのか。貴様はのうのうと朝っぱらからこの俺に対して不敬を働きに来たようだが、こんなものが通るとでも思っているのか?」


 生徒会長席に座す男は錺の渡した創設願書をじっくり眺めた。


「あぁ、思ってる。部員四人のサインと顧問のサイン、空き教室の確保、担任からのサイン。後はアンタだけだ。」


 錺は胸を張って答える。


「いいやどうだか。{電子競技部}ここだ。ここが認められない。例え競技性を持つ活動をしたところで競技への参加資格、経験を持たない段階では虚偽にあたる。競輪部がサイクリングしかしないようなものだ。それに活動人数が6人以下もしくは実績の無い部活動は同好会へ降格させられる。顧問は情報科の長嶋、担任は数学科の田村か本当に運が良いな御二方が御理解のある器の大きなマヌケで。書き直せ。」


 錺は生徒会室の机に転がっていたサインペンで{電子競技部}文字に波線を引く。その下の空白に新たな文字を書いた錺は「ほら。」と紙を滑らせた。


{電子遊戯部}


「貴様、話を聞いていなかったのか?」


「放課後までに三人がほぼ確実に入部する。そっちの手間が増えるだけだぞ。」


 生徒会長は舌打ちをして錺を睨む。


「貴様らの様なふざけた部活に生徒会予算がしっかりと内分けられている事を知ったら、貴様らをよく思わない連中は教師以外にも出てくるだろうな。加えて顧問の長嶋教員は今年で退職されると聞いている。来年には誰も引き受けないだろうな。ともかく張り紙は今日までに剥がせ。景観を著しく害する。」


 錺は放られた創設願書を手に取ると、ポケットに片手をツッコミ「うい。」と返事をして部屋を去っていった。



◇◇◇


 翌日の放課後。錺と陽菜を含む電子遊戯部は、それぞれに仕えそうなデバイスを持ち寄っていた。


「ほぇー、こんな部屋貸してくれるだなぁ。」


 山田がドアを開けて見渡す。その手には紙袋に入った認定堂のswitchとコントローラーがぶら下がっていた。後ろには坊主の髪が伸びてきた新田の姿も見える。


「それに、こんなハードウェアまで。」


 それから山田は機械を接続する錺の手元を覗いた。


「あ、初めまして。」


 流れるように山田は元弓道部の馬喰田ばくろだ恵へ挨拶した。


「うん、どうも。」


 恵は頭をペコリと下げ、釣られて山田と新田も下げる。錺はその光景を横目にモニターの横で手を動かしていた。


「別に特別良いデバイスじゃない。中古で買ったPS5と、現在価値15万位のデスクトップゲーミングPC1台。古いゲーミングマウスとキーボードが二つずつ。モニターは長嶋先生から借りてきた情報科の物だ。」


「でも昔の良い奴だね。私のは10万位のデスクトップ。」


 恵が補足をする。


「じゅ、十五万...」


 陽菜はゴクリと喉を鳴らすと、その挙動を固くした。


「陽菜には俺のPS5を貸す。」


「え?私キーマウの方が、多分そのぉー」


 陽菜は目を泳がしながら申し訳なさそうに遠慮する。


「PS5はキーマウに対応してる。そこにあるUSBポートで普通に動くぞ。」


「えぇ、そうなんだ。やぁはは、でも逆に良かったよぉ。15万円なんて弁償できないし。」


 陽菜は安心したように頷くと、山田が後に続くように言葉を続ける。


「確かに、一番性能の良いデバイスは錺が使うべきだな。なんたってこの中で一番ゲームが上手いのは――」


「いや、性能だけで言えばPS5の処理速度はゲーミングPCに匹敵する。そして恐らく、旧型のコイツよりはPS5の方がFPS(※Frames per second.=秒間辺りの画像の数で、高い程動画が滑らかになる)が出る筈だ。」


「へぇー。」


 山田は腕を組んで感心する。


「だから今のところは陽菜に使って貰うし、俺より下手だったら機種交代だ。」


「分かった!勝負だね!!」


 その会話を縫って、新田が恐る恐る挙手をした。


「お、俺はノートパソコンなんだけど、大丈夫だったか?」


 錺はそれにコクリと頷く。


「ノーパソでも質の良い物ならFPSは動く。特にCHRONICLEは設定から描画をかなり荒くできるからプレイできないことは無い。ただ認定堂と普通のノーパソにはディスアドバンテージがあることは否めない。」


「俺もかぁ」


 山田が額に手を当て腰を反った。


「クロスプレイ出来るだけ万々歳さ。それにこのゲームは他のFPSに比べてエイムよりマクロの連携で差が生まれる。だからデバイスにも考慮したロールとキャラピックを考えてきた。勿論、エイムも必要だが微々たる差だよ。」


 錺は自分にも言い聞かせるように説明した。実際にはその微々たる差がESPORTSにとっては充分な痛手となる。錺はそのことを良く知っていた。




◇◇◇



 錺と箆鹿の会合から翌々日の昼。夏休み開始まで残り約一週間半。大会までは残り1ヶ月を切った。そんな7月17日。放課後のことであった。


「しまっていこう。」 

 鈴木陽菜の一言で全員が飛行船から一斉にダイブする。ジャンプマスターは新田が努める。キャラと役職の内分けに大した特別要素は無い。それはシンプルかつ理にかなったバランスの良い編成であった。



――{電子遊戯部キャラピック&ロールセレクト}


・ストライカー(攻撃人)

鈴木陽菜。=メインオーダー 振り向き10cm エイム時 10cm

使用キャラ→ムサシ。

スキル「神速剣(スラッシュ)」=範囲ダメージ及びスタン攻撃+方向キー入力時に高速移動(射程、移動距離ゲーム内2m)。

アルティメット(=スキルよりもクールタイムの長い大技。以下ウルトと表記)「|剣神の煙道(スモークロード)」=多数のスモークグレネードを使い道を作る。

使用デバイス→志田家のps5.キーマウ(=キーボード&マウス)


・ガーディアン(護衛者)通称タンク

新田(にった)海(かい)。(元野球部。)=アタックオーダー 振り向き15cm エイム時15.5cm

使用キャラ→フランケンシュタイン。

スキル「|ネジ巻き防壁(スクリュードーム)」=防弾ドームを30秒間設置。

ウルト「|怪物の一撃(ミサイル)」=高威力の範囲ダメージ&スタン砲撃を放つ。

使用デバイス→ノートパソコン.キーマウ


・メディック(衛生兵)通称ヒーラー

山田|正義(まさよし)。 設定感度5/10

使用キャラ→ナイチンゲール1号

スキル「|2号(ヒールドローン)」=一定時間sp(シールドポイント)を回復し続けるドローンを設置。

ウルト「|3号(リバースタワー)」=生命補助装置を展開しダウンした味方を蘇生、回復できる。

使用デバイス→認定堂switch.コントローラー


・スナイパー(狙撃手)

馬喰田(ばくろだ)恵(けい)。(元弓道部。) 振り向き14cm エイム時17.5cm

使用キャラ→ワーウルフ

スキル「鼻(サーチ)」=一定範囲内の敵を検知し居場所と人数を特定する。

ウルト「人狼形態(モードウルフ)」=一定時間サーチ状態を断続的に維持し、足が速くなる。

使用デバイス→デスクトップpc.キーマウ


・オペレーター(操作士)

志田|錺(かざり)=現チームキャプテン。サブオーダー。振り向き17cm エイム時17cm

使用キャラ→ガガーリン

スキル「反重力板(アンチグラビティパッド)」=垂直方向へ浮遊させる機械を設置する。

ウルト「|拘束する重力機(グラビトンジェネレータ)」=敵の動きを阻害する重力発生機を投げる。

使用デバイス→デスクトップpc.キーマウ

――――――


 戦場はダイヤモンド・クロニクル。

 錺たちはマップ南西部「中世領域」のメインシティである大王城(キングキャッスル)を囲むように点在するサブシティ帯へ降りたっていく。


「教会行く。」

 陽菜は降下途中にチームから分離する。サブシティはメインシティに比べ物資量と物資ティア(物資の質、高いものをハイティアアイテムなどと呼ぶ。)が低いため広く漁る必要性があった。そのため移動手段に長けた陽菜と錺は空中で部隊から外れそれぞれ別のサブシティへ降り立つ。


「じゃあ、かじ家。」

 錺は陽菜の降り立つ{教会}とは反対側のサブシティ{かじ家}に降り立った。そして新田を中心としたタンク、ヒーラー、スカウト(偵察)兼スナイパーの三人は比較的物資量の多い{領主の館}へと降り立つ。ここが通称{北の三連}と呼ばれるサブシティ群であった。この三つを含めた計6つの最多サブシティ量を誇るマップ構成こそ南西部の大きな特徴である。


 そして、


「城|被(かぶ)ってる、2パーティー。」

 新田がピンを指す。


 合計12パーティーものチームが9つのメインシティを取り合えば必ず起きる現象「初動争い」。


「「了解。」」

 四人がそれぞれに返事をする。


 これを錺たちは狙っていた。つまりこの初動争いこそ東高校電子遊戯部の打ち立てた最初の作戦らしき作戦。北の三連からの漁夫ムーブ(※漁夫の利ムーブ=第三者として戦況有利で戦闘に介入する動き。)大会までの短時間でチームの動きを最適化するため、錺が打ち立てた作戦の一つだった。








------------------------- 第9部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子遊戯部の覚醒歴 2


【本文】


「つまり多くは試さない」

 錺のpcを覗き込みながらクロニクル担当部員の3人(恵、新田、山田)が「なるほど」といった顔をする。電子遊戯部創設の翌日のことである。


「本番で敵と被ったらどうする?」

 新田が淡々とクールに質問する。


「本番の前日は練習試合(スクリム)がある。そこで頑固に初動争いすれば敵も引いてくれると思ってる。サブシティだし。」


 錺は答える。


「まあ、如何せん時間がない。みんなそれぞれクロニクルはプレイしたことあるだろうけど、5人での連携だとか大会だとかっていうのは数を重ねないと上手くいかない。だからチームの中で動き方、接敵時の対処とか実戦を重ねなくちゃいけない。だから同じ場所に降りるんだ。」


「で、あいつがオーダーで大丈夫なのか?」

 新田はトイレに行った陽菜に対して不信感を抱いていた。


「陽菜は馬鹿だけど、エイムは確かに天才的だった。前衛を務めるストライカーには適任すぎる。その分、陽菜が戦いやすい状況がこのチームが勝てる状況だと判断した。」


 錺はマウスを動かしクロニクルを起動する。


 「もしかしたら作戦とか無しでも勝てるかもだな。」

 認定堂を起動させながら山田が楽しそうに言って笑った。




◇◇◇



「いつも通り狙っていく。」

 錺は南西部中世領域、北の三連の西側に位置する{かじ家}から{領主の館}をスルーして陽菜が物資を漁っていた{教会}を目指す。かけ声と共に東側へ流れるように動き出した5人はやがて1列となり、ストライカー、タンク、オペレーター、ヒーラー、スナイパーの順に大王城(キングキャッスル)にある2つの入り口。その北東側である城門へ侵入を試みる。


「ここら辺は大王城から射線が通るけどアイツら戦闘中だから問題無い、手前の岩まで行こう。」

 一行は城門前、唯一の遮蔽物である巨大な岩石の後ろを目指す。ストライカーである陽菜を先頭に5人は線になって走る。歪み縮み、伸びては歪む。操作ミスも特に無くそれぞれが優秀にも同じ動きを段階的に行う。まるで1つの生き物のように。しかしその刹那であった。


――ガチャン、と小教室である部室の扉が開く。


「――ふォオオオオオオ!?ねぇ?」


((うるせぇ!!!))


 外から小さな子供が叫びながら入ってくるのを錺たちは横目で捉えた。


――バタン、と扉が閉まると、アレと言った顔で閉まった扉を眺めて少女が佇んでいる。


「待って、敵こっち見てる。」

 恵(けい)が自慢の動体視力を武器に敵の存在を知らせる。


 錺はハッとして画面へ意識を戻した。


「集中‼」


 恐らくは意識がそれていたであろう恵(けい)以外の3人に、錺は声をかける。少女はそんな錺たちを見て「へぇ、いいね。」と呟いた。


「ようし、遮音性の低いだろうその安そうなイヤホン越しに聞いてくれ。」


 少女は腕を後ろで組みながら部屋の奥まで歩いていく。


「私の名前は小鳥遊秋刕だ。今日から君たちのコーチングをしま――」


『逃げてきてる!挟めると思うけど場所が不利』


――バババッ、と乾いた銃声の響く音がする。

 

「分析者(アナライザー)としての役割も果たしたいと思ってい――」


 ババババッ、ダララッ!


『おい城上別チームに取られた。アイツら馬鹿か!』


 錺はその場から前方の陽菜へスキルを投げる。反重力板から浮かび上がる5人は、追われる側と追う側双方のチームより銃撃を浴びながら城門前の巨大岩石へ、先に辿り着いた追われる側への攻撃を試みる。


「君なんか良いにおいするね…」


 秋刕は立ち止まり馬喰田|恵(けい)のうなじに顔を近づける。


「ひゃあ、なに!? やめてっ」


 恵は右クリックでホールドしていたスコープを外して秋刕を睨む。


「ふむふむ。シャンプーはローズマリーかな?お手々はミドルセンシだね。」


 秋刕はニシニシ笑いながら話を続けようとする。

 

「――っていうわけで。」


 画面左に表示されたダメージゲージは真っ赤に染まり、後衛の恵だけが辛うじて生き残っていた。


「みんな死んじゃったの?根性ないなー。」


 秋刕は横に並ぶ4人を見ながら恵のマウスとキーボードを後ろから手を添えて操作し始める。


「しかしまぁ、先頭の女の子が3人も落としとるよ。良いストライカーだねぇ。」


 そういいながら秋刕はカタカタっと、慣れた手つきでキーボードを叩きながら錺の残した{反重力板}目掛けてスライディングを決める。瞬間、ジャンプキーを入れ飛び跳ねた秋刕のワーウルフはスキルを使いながら反重力板にのり一直線に上昇しながら{サーチ}を使った。


――ピコーンと、表記された敵人数は二人。


 秋刕は何食わぬ顔で移動キーを左右に振りながら、スコープで岩裏の敵影にレティクルの縦線を合わせそのまま弾丸を放つ。ダォンという音の僅か後、岩裏の敵は胴体に鉛を食らいボックスと化す。


「やばいズレた!!そりゃそうか...」


 秋刕は間に挟まる恵の手を退けるとマウスをニギニギと掴み直し、笑いながら反重力板の前方へ体を放り投げ、落下しながら城壁上(じょうへきじょう)の敵目掛けてスコープを覗き、刹那に照準を合わせる。

 それは全くもってブレの無い機械的に正確な動き。あたかもチートツールを使ったかのような――


「ここ!!」


 人間離れした一撃だった。


 ダァーンという残響の後、遠く離れた城壁の上へ弧を描いて落ちる弾丸の赤い点が敵の頭へヒットするダメージ表記はスナイパーhpの上限いっぱい、200ジャストであった。


「やっぱりラベンダーかな?」


 秋刕はそう言いながら手を離し、恵のうなじへ顔を埋めた。尚も恵は呆然とし、やがてワーウルフは残りの敵から銃弾を浴びて倒れた。恵は自身のうなじから背中にかけてモゾモゾと動く化け物に取りつかれたような感覚を覚え、4人のほうへ振り向く。もはや誰も言葉を発さず、うなじに住み着く化け物はその空気を察したのか恵の肩から首へ巻き着くように腕を伸ばし顔を起こす。


「ぼっ立ちだったからね。本番じゃまずないよ。」


 秋刕はキルカメラからワーウルフを打ち抜く敵を見て溜息をついた。


「撃った後もずーっとぼっ立ちだね彼ら。素人が素人追って素人とぶつかって一石二鳥。どうだい?ハッキリ言ってレベルは低いよね。そんでもってマクロの動き(※macro、マクロ=巨大、巨視的であるという意味。転じてFPSではチーム全体の動きを指す。)ですら疑問点が多い…」


 秋刕は恵の髪に頬ずりしながら左手で4人に指をさす。


「この程度で勝ちたいとかほざいてるってホントかにゃ~!?」


 秋刕はまたニシニシと笑ってスンスン顔を埋め「良いにおい~」と呟いた。


「あんた誰だ?」


 真面目な顔で新田が聞いた。


「えぇええ!?説明したじゃん。コーチだよこの部活の。秋刕だよ小鳥遊の。」


「さっきの凄かった!!」


 陽菜はキラキラとした目で秋刕を見つめる。それに応えるように秋刕も笑顔で「君も良かった。」と呟く。


「しかし――」


 秋刕はワンテンポ置いて陽菜に近寄る。


「さっきのは君のミスが大きい。君の実力で補おうとも余りある失態だった。」


 秋刕はニヤニヤしながら言う。


「君が先頭を走ってたんだから君がチームのオーダーなんだろ?敵を察知し引く判断やスキルを使いチームを纏める判断、そして敵へ詰め寄り挑む判断、その何もかも全てを度外視して君は突っ込んだんだ。それをさせた子もいるだろうけども、結果生き残ったのは止まる判断を出来た恵ちゃんのみ。あくまでオーダーは君なんだろ?じゃあ良くないと私は思う。もちろんそれを可能にするプロだって――」


「あんたは何が言いたいんだ。」


 横から割り込むようにして陽菜から右横三つ先に座る錺が口を挟む。


「俺たちには時間が無いんだ。悪いけど下らんウンチクを挟むだけの厄介オタクならうちにはもういらない。足りてるからな。」


 錺は画面に向き直りreadyのボタンを押す。


「誰のことだよ。」


 山田もそれに合わせるようにしてreadyのボタンを押した。秋刕は少しムッとした顔で束ねられた陽菜の茶髪を撫でながら陽菜のマウスでreadyを押す。


「君は真っ当だな。真っ当な意見だ。プレーも真っ当だったしセンシもミドルだった。そんな真っ当な君に一つ聞きたい。」


 秋刕は陽菜のキャラピックをムサシに合わせてゲーム内マウス感度を少し上げた。


「これでやってみて」と秋刕は陽菜に呟くと錺に向けて一際真剣な眼差しを向けた。


「君は自分を過大評価してないかい?」


「してない。」

 錺は即答する。


「そうかい。それは良かった。じゃあハッキリ言うけど君ド下手くそだよ。」

 錺は聞く耳を持たないという顔をしながら眉をひそめる。


「そしてこのままじゃEJC(Esports Japan Cup)は予選で落ちる。保証するよ。元トッププロゲーマーのお墨付き!!」


 秋刕はコロコロと笑いながら陽菜を撫でる。しかし五人は全員ムスッとした顔をしている。


「ごめんね~、空気悪くするつもりは無かったんだけどね~。でもさ。」


 秋刕は声のトーンを一段下げて、ダイヤモンド・クロニクルの上空を飛ぶ飛行船を眺めながら淡々と言葉を発した。


「君たちの努力が報われないのは残念なんだ。」


 秋刕は画面を見つめて、続ける。ディスプレイからは迫力ある世界がいつも通りに広がっている。


「だから君たちは知る必要がある。君たちがこの世界の中で、どれだけ下手で、ヌーブ(※素人)で、ナチュラルトロール(※自覚の無い利敵行為)してる割に愚かな挑戦を始めているのか。君たちの現在地はどこなのか、ゴールはどこなのか。」


 秋刕は話しながら、へへっと笑った。


「相手は強いよ。広告効果を狙ってプロを雇い業界のビジネスに足を突っ込もうと、会社総出でプロジェクト化している私立の連中に、プロゲーマー排出校という肩書を狙ってる私立の連中。そもそもが動画配信サイトを後ろ盾に支援されてる私立の連中。わぁ、金に物言わせた奴らばっかりの総力戦だ。このままじゃまず勝てない。それでも君らは...」 


 秋刕は陽菜から離れると五人全員のゲーム画面と、それを反射する真剣な顔を見渡した。


「趣味で終わるな。稼げる程の力をつけたまえ。稼げてようやくプロが生まれる。稼げてようやく意味を成す。その世界に君らは落され、そして挑むんだろ決勝戦で!!」


 Japan cup決勝戦。そこは予選を勝ち抜いた2チームが死線交えるクロニクルの頂点。彼らが狙うはその

|学生参戦権(アカデミック)枠、二席の一つ。


 秋刕はひし形の世界へチームをダイブさせる。


「この世界はバトルロワイアルさ。人気なチームにしかスポンサーは付かない。下手な選手は卒業(クビ)になる。そんな世界で勝ち抜いてきた人間達に君らは挑む。こんなにおもしろそうなことはない。そしてそれは不可能な事ではない。何故なら今こそが、この世界の黎明だから。」


 ダイブ先は同じく西部領域。しかし他に同じ軌道が無いと見るや大王城へ向きを変えた。


 「君たちの大事な時間を使うんだ。私には無かった尊い時間をね。」


 秋刕はそう言うと武者震いした陽菜の背中を叩いては、ニヤリと笑って全員の顔を覗く。




 




------------------------- 第10部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子遊戯部の覚醒歴 3 


【本文】


「言いたいことは分かるよ志田錺。君のことは箆鹿君から聞いた。」


 秋刕は陽菜へマウスを引き継ぐと、オペレーター適正キャラ{ガガーリン}を操る錺の後ろへと回り込む。


「箆鹿って誰ですか?」


 秋刕はそっかぁという顔をして話を切り返す。


「生徒会長だよ。隣のふんわりした感じの女の子がそう呼んでた。可愛い娘だったよ。それより...」


 秋刕は錺の画面にあるダメージゲージを指して続ける。


「ここだ。ウィークポイント。この役職は特殊でさ、前衛も後衛も器用にこなせるんだけどHPが低い。」

「知ってますよそんくらい」

 錺は不貞腐れたように言う。


「一番低いんだぞ?」

 秋刕が試すように言うと、錺は「え?」と言葉を漏らした。


(やっぱり)

 秋刕は喋りながら思考する。

「君の動きは上級者が血の滲む思いをして身に着けるような動きだ。君は頭が良いと箆鹿から聞いた。言動を見るにこのチームのブレインなんだろう。エイムもムーブも実に普通。普通に綺麗だ。でもチームには合ってない。」


「なにが分かるんですか貴女に。」


 錺は大王城を漁りながら秋刕を睨んだ。


「君さあ怖いよ。女の子をそんなに強く見つめるもんじゃないよ?あとさっきのプレイ見たでしょ。私は強いんぞリーダー、私を信頼したまへ。」


 しかし錺は興味無いといった顔で画面に向き直る。


「理由を聞いてる訳じゃない。それに俺はその箆鹿を信用していない。つまり俺からしたら、貴女は部活(おれら)を邪魔する弊害になりえる。」


「そうかい。」


 秋刕は腕を組みながら呟やいて、錺の肩に手をあてる。


「まぁそれでいいよ。むしろそれがいい。なんせ、大人げ無いが寄り集まり、大人の世界は出来ている。それが社会との正しい付き合い方だ。君は信じられるものを信じればいい。」


 そう言うと秋刕は無理やり錺の両イヤホンを耳から引っこ抜いた。


「何すんだよ?」


 錺は振り向く。


「私がプレイする。君が私を信じられるかこのマッチで決めればいいさ、君にはそれを選択をする力がある。時間が無いなら尚さ!」


 錺は屈託のない秋刕の笑顔を覗く。それには既視感(デジャヴ)があり心当たりもあった。かつて陽菜が見せたような純正の笑顔。瞳には淀みが無く、口元にはブレがない。まさに自分が真っ向から否定したあの笑顔。錺はそれと秋刕を重ねた。


「分かった。」


 錺は席を譲ろうと立ち上がる。

「合理的なのでそうします。有益な情報が得られなかったら俺はチームの為にあんたを追い出す。例え他の部員が制止したとしても」

 秋刕は、満足といった顔で席に座りポケットから高そうなイヤホンを取り出す。


「ゴメンね、断わっておくが潔癖なんだよ悪気は全くなし。」


 早口でそう言うと秋刕はそそくさと席に座った。


「あぁ~、よっこらしょういち~」


(じじいか...)


「錺ちゃん。私の講義は聞き逃すなよ。教えたことないけど多分一級品だ。」


「多分ってなんだよ。」


 錺は眉をひそめる。秋刕はゲーム内マウス感度をだいぶ下げて視点を振りちょっとずつ調整していく。


「DPI(※dots per inch=1インチあたりに可能とするドットの表現数。)は800といった所か…。ハイエンドだけど古いマウスだね。マウスパッドも摩耗が酷い...」


 秋刕はデバイスの感触を確かめながら、自身が操作する環境を脳みそへインプットしていく。


「まぁこれは私説なんだけどさ。{極限までに鍛錬を重ねるような業界}の1流っていうのは自分の行動を的確に説明できる気がするんだ。なんでこうしたのか、どうやってそうしたのか。それを詳細に説明できれば成功を意図的に生み出せるしミステイクを修正しやすい。」


 秋刕は武器拾いを引継ぎながら話を続ける。周りは黙りこくって、イヤホン越しと外部アプリのVCから聞き耳を立てていた。


「ただそれは往々にして後の話さ。プロっていうのはゲームの録画をして自分達のムーブを見て反省会を行うんだけど、プレイ中は短時間の内に柔軟で最適な行動の選択を迫られる。本来ならそこには膨大な数の選択肢があるはずなんだけど、プロのプレイを見てると反射的に動けてる気がするよね。」


 秋刕は手慣れた速度で大王城をザっと漁ると新田や陽菜のキャラを抜き去り、迷い無く南西部に隣接するサブシティ{ギルド街}を漁っていく。陽菜は「確かに~」と相槌を打ちながら秋刕の背中へ付いていく。


「それはXシステム。極端に言えば直感力がすごいからなんだ。でもただの直感じゃない。無駄な選択肢を極限まで省いた経験則に基づく鋭利な直感。後から考えても説明が付く程に正確な直感。それが彼らの行動に精密性と俊敏性を付加している。そしてこれが私の求める一応のゴール。」


 秋刕は大王城より北上して位置するサブシティ{かじ家}{領主の館}{教会}から成る「北の三連}へピンを打ちチームを急かす。錺から引継ぎをした無駄な時間があったにも関わらず、その移動速度は彼女のファーム(※落ちている武器やアイテムを拾う事)の精錬さを物語っていた。


「とにかく無駄を削いでいくんだ。無駄な思考、無駄な行動、無駄な言動。それらを無意識の内に削ぎ落とした先に更なるアイディアやムーブを生み出す余裕が生まれる。脳の余裕、思考リソースだ。君らの脳にはもっとキャパシティが必要なんだよ。そして生まれた余裕で考える。射線(射撃時の弾丸の筋道)の通り方。注意すべき方向。次するべき動き。ただの直感を確定的に正しいと言い切る為の後押しとなるような論理のベールで包むんだ。そう、この領域にまで君たちを連れていきたい。」


 秋刕は恍惚な表情を浮かべながら、反重力板を使用し遠くを覗く。北の三連から更に北上すればエントリーゲートと呼ばれる大きな橋が存在する。その先こそダイヤモンド・クロニクル最激戦区{コスモシティ}と呼ばれ、近未来的な街が広がりを見せるハイティアゾーンが姿を現す。


「三連は漁らないよ。」

 秋刕はVCから4人へ知らせる。


「えぇなんで?」

 すっかりとメインオーダーを取られてしまった陽菜が秋刕へ声を漏らした。


「敵が来てるんだよ。検問(※プレイヤーが通りやすく逃げづらい地帯での待ち伏せ)して潰してやろう。」


 秋刕はニコニコしながら言葉を返すがスナイパー役職(ロール)の恵は顔を曇らせた。


「敵は見えなかった。あと検問って何?」


「へぇ、君は本当に良く見てるな。」


 秋刕は感心しながら北西部への架け橋となる{エントリーゲート}の遮蔽物(カバー)へピンを指し、率先して身を隠した。


「検問っていうのは言わば待ち伏せだよ。敵が来そうな所で潜伏ハイド(hide=隠れる事)して奇襲するんだ。君の言う通り確かにコスモシティからコッチヘ向かうような敵はいなかったけど、今は条件が抜群に良い。マップを見てみてくれ。」


 秋刕はマップを開き、島を包むように収縮しているダメージリングの南端へピンを指した。


「リング(※収束円、予報円。ここでは次の収束を示す予報円。バトルロイアルにおける収束円の外は通常スリップダメージを喰らう。)は島の南を突き抜けている。かなり南方へ引っ張られるアンチ(安全地帯)であることは間違いない。今はかなり予想しにくいけど、初手は北西部6パーティーで北港被りのコスモは3パーティー被り。後は中央1パーティー。これで銃声の聞こえが悪いんだ。これは来るね。」


 秋刕はしゃがみキーをホールドしながら空いた右手をブラブラさせて言う。


「マップ理解とリング予想は戦術決定の基盤だ。全員が頭に入れておく必要がある。特にIGL(インゲームリーダー)とメインオーダーやる奴は死ぬ気で頭に叩き込むんだ。後は…」

 

 秋刕は徐々に大きくなる足音が味方陣地の深くまで近づくと反重力板で飛び上がった。


「後は基礎を徹底すること。」


 直後、用意していたグレネードを敵後方へ放り込み退路を断ち、浮遊しながらキャラ2体分程の遮蔽物の上へしゃがみながら乗り込んでいく。


「遮蔽物(カバー)の使い方一つ取っても上手い下手は別れる。そこには血の滲む様な努力は要らない。意識さえしてれば生存率が上がるような知識も多々ある。」

 

 秋刕はそう言いながら拾ったAR(アサルトライフル)を的確に当てていく。使用武器は500-5A。最も基本的な5mm弾のARであった。


「だから空中で高速にレレレ(※「レレレのおじさん」が語源とされる細かい左右への回避行動。)しながらフルオートでエイムするなんて今は出来なくてもいい。錺ちゃん君のことだよ。」


 敵オペレーターを落した所で、陽菜が敵タンクの横へ滑り込み、飛び跳ねながらストライカーを落とす。


「スナイパー1、対岸の遮蔽物裏!バブル頂戴!!」

 秋刕がオーダーを出すが新田は反応しない。


「あぁ失礼!ドームだよ!」

 新田はハッとしてスキルを投げる。秋刕はそこに滑り込みながら、敵タンクの背中を腰だめ撃ち(=サイトを覗かないで射撃すること)で破壊する。


「ヒーラー、フォーカス!(※フォーカス、焦点を当てる。転じて狙い撃ちをすること。)」


 要請しながら結局自分で落とすと、刹那進行方向を対岸へ変え範囲燃焼型のグレネードを準備した。


「恵(けい)ちゃん。炙り出すから狙って。」


 秋刕は対岸の遮蔽物(カバー)裏へグレネードを放り投げる。


「ほら出た!」

 秋刕はそう言いながら自分でサイトを覗き頭部へ連続で五発5mm弾を当て残りは全て胴体へ、1マガジンを使わずに敵を破壊した。


「それと、私がどれだけ優秀だろうと覆せないものがある。」


 正面へ更に、敵の存在を示す赤いピンを指しながら、秋刕は小指の爪程度減ったHPを回復しつつ遮蔽物(カバー)裏へ身を隠す。


「それは時間だ。Xシステムを鍛える経験則にも時間が必要不可欠。やはり時間こそ絶対的な糧であることに相違はない。つまり練習時間こそ正義。」


 秋刕はリロード毎に身を隠しながら、{コスモシティβ(二つある内の南側)}から向かい来る敵をけん制射撃する。


「だから基礎のエイムが伴っていないヒーラーの君とタンク君の2人には、とことんミクロをやってもらう。個人練習では無意識化でキャラクターコントロールとエイム制御を操れるようになるまでは訓練所から出ないことを推奨するよ。もちろん私がプログラムしたカスタム訓練所でだ。結構楽しい。」


「なんで私の名前を知っているんですか...」

 恵は今更ながら不気味そうに、横に座っている秋刕に聞いた。


「まぁ私はPCが好きなんでね、知られたくないなら名前タグは外しといたほうがいい。後は、オタク眼鏡とスポーツ刈りと天才茶髪ッ娘に鼻につく男。聞いた通り五者五様だけど協調性はしっかり有るらしい。」


 秋刕はそそくさ立ち上がると後ろで画面を覗く錺へ、バトンタッチとして肩をポンっと叩いた。


「もういいだろリーダー。私にだってキャリアがあるんだ。すなわち君らを勝たせる事にも当然利が有るんだよ。」


 錺はそれを聞くと、黙って頷き席へ座った。


「分かりました。ただし、、」


 錺は横目で秋刕に呟くように言う。


「箆鹿って奴は信用しないほうが良い。あいつは多分、想像以上に腹の真っ黒な“怪物”ですから。」

 

 秋刕は脳裏に箆鹿の横顔を浮かばせた。


「どうだい。ゲーマーを欺けるほど彼が優秀だとは思わないけどね。」


 しばらく黙って秋刕は再度口を開く。


「まぁ、肝に銘じておこう。」


 すると秋刕は、楽しそうにマウスを動かす陽菜の右後ろまでゆっくりと歩いていく。


「さて、時間は無いんだ。キーマンには頑張ってもらわなくちゃね。」

 秋刕はニヤニヤしながら、広げた脳内計画書の核に手を伸ばした。


「新田海(タンク)くん。しばらくのオーダーは君に任せたい。」







------------------------- 第11部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子遊戯部の覚醒歴 結 ~二重の精神~


【本文】


 「え。俺、ですか?」


 「あぁ君だよ。戦術理解度を上げる為これからは君にムーブを任せる。君はエイムも立ち回りもまだまだだけれど、今後のチームの為には君がメインオーダーをやるのが最適解だ。」


 部室は不穏な空気に包まれる。


「IGL(In Game Leader=チームのキャプテン的存在であり、指示の最終決定権を司る。また、メインオーダー同等に扱われる事が多々ある。)とメインオーダーって同じじゃないのか?」


 新田の疑問に、秋刕はコクリと頷いた。


「ほとんど同じだよ、でもここでは明確に分ける。権限の強いサブオーダーみたいなものさ。I.G.Lとしては錺ちゃんを設ける。つまり最終責任者、マクロの責任は全て彼に持たせて"民主的な"チームにしよう。でも錺ちゃんはしばらくミクロにも傾注するんだ。君が主要火力に成れなきゃ後々前提が崩壊する。」


 皮肉めいた言い方と何気ない押し付けに、錺は鼻で笑った。


「パワハラですか。」


 秋刕もふふッと、鼻で笑う。


「部活なんてそんなもんだしょ?社会に出る準備だとか体の良いこと言っといてパワハラ上等。むしろそれがマジョリティさ。」


「はいはいッ!先生マクロってなんですか!?ミクロってなんですか!?」


 陽菜はパシッと挙手をして秋刕に問い、恵もそれに続いた。


「マクロとミクロ、どっちがどっちだか。」


 首を傾げる恵に、コクリコクリと頷きながら秋刕は話始める。


「あーあー良くある質問だね。良い質問だよ。そもそもさ、ミクロの語源はマイクロから来ている。マイクロと言われれば分かり易いだろ?小さなことさ。そのミクロに対して、マクロは大きなことだ。将棋で例えるならば棋士の一手一手がマクロ、その棋士が動かした駒が相手の駒を討ち取る時に「おりゃー、かかってこい~(裏声)」と剣を振りかざして倒す。この際勝敗は確定しているけれど、これがミクロ。或いは飛車が効いてる所を避ければ、次は角が効いていて駒が取られたといった具合に、二駒くらいの連携ならばミクロの連携と言えるだろうね。でもこれらは語源で考えればマクロとマイクロになるから分かりにくいんだ。そこで、取り敢えずミクロの方は一旦忘れて、大きなマグロ(=マクロ)と覚えると記憶しやすい。」


「大きなマグロ......大きなマグロ......、ミクロは小さい。」


 それから秋刕は「よし」と一呼吸置き、短髪を左に傾けて錺を覗いた。


「まぁだから、IGLの錺ちゃんはヒーラーに転職だ。」 


『『……って、えぇええええ!?』』


 脈絡のない指示により陽菜を筆頭に五人が各々声を上げる。一方秋刕はキョトンとして驚きと共に笑っていた。


「そんなに驚くことかい。私まで驚いてしまったよ。」


 陽菜は食い気味に言葉を返した。


「いやややッ、オ、オペレーター(※本ゲームでは移動に特化したキャラ職)はエイムとかも難しくなるから慣れてる人じゃないと厳しいって。」


「んじゃあ君がやるかい?そしたらエースであるストライカーがいなくなる。君たちのやりたいことは分かるけど、あれは上級者のテンプレに過ぎない。だから個々人の技術に差のある今のチームではもっとマシなやり方がある。」

 

 秋刕は山田へ指をさす。


「眼鏡君がオペレーターをやれ。この戦術で君にヒーラーは荷が重い。」


 山田は背を反らして秋刕を覗いた。


「逆じゃないんですか!?」

 

 秋刕は首を横に振る。


「いいや現段階では逆じゃない。このゲームはそもそもタンクとヒーラーが優秀なら漁夫の難しいゲームなんだ。運営はバトロワながらタイマンでの勝負に競技性を求めているからね。」


「何でそう思うんですか?」

 錺はボックスと化した敵の物資を漁りながら秋刕へ尋ねた。


「理由かい?マップの広さとパーティー数の少なさ、そして連携によるスキルの強さとスナイパー・ハンター職のパッシブ(=常時効果の出るスキル)による索敵能力の高さ。良くも悪くも競技性を謳った広告と売り出し方。とかかな…」


 錺は、思ったより論理的に説明する秋刕に驚く。


「詳しいんですね、プロみたいだ。」


 錺は皮肉っぽく呟く。秋刕はそれに少し俯いて陽菜の画面を覗いた。


「このゲームのプロだったからね。プロとして最後のゲームだった。」


 秋刕は陽菜をサラサラ撫でながら溌剌と喋る。


「そして最高峰のプレイヤーだったよ私はね。だから安心したまえ!」


 陽菜は気持ちよさそうに身を委ねるが、錺は話を聞き少し不振に思う。秋刕は最高峰のプレイヤーだった。虚言で有ればそこまでだが、それはすなわち、、、


(すなわち裏を返せば、最高峰のプレイヤーですら無名高校で指導員(コーチ)するまでに墜ちてしまう世界…)


「ってことで錺ちゃん!」 


 秋刕の声に錺はハッとする。


「君のやりたい遊撃手型dpsオペレーターはしばらく保留だ。少しばかり簡単な立ち回りに変えて眼鏡君に引継ぐ。もちろんヒーラーの戦型も変えなければならないから二人は覚悟するんだ。いいね?」


「了解。」「分かりました。」


 錺と山田は返事をし、秋刕は「さぁ」と気合を入れる。


「一限目はマクロの時間だ。マクロからチームを立て直す。とりあえずこのゲームはタンクオーダーから再開しよう。二人は死んだらスポーンから役職変更(ロールチェンジ)してもらう。終わったら2・2・1に分かれて訓練所でのタイマンと私との個別練習。そこではミクロ面とエイムについて教える。精度が上がるまではこのメニューを繰り返す。」


「「 はぁ+了@しゃ△*〇!! 」」


五人はそれぞれの返事をして意識を画面へ戻した。


「あとで統一しない?」

 秋刕は笑いながら言った。



◇◇◇



「弘法筆を選ばずだ。君たちのデバイスで私が一戦ずつパフォーマンスを見せる。」


 粗方チーム内のマクロ面での方針が定まり、秋刕は新田のデバイスを弄りながら喋る。


「まずはタンク君からだ。最高FPSを70で塞き止めたこのデバイスでだってアマチュアレベルの敵くらいなら粉砕できる。特段タンクというロールはダメージが伸びやすい。実にハイエンドPCならばカスタムで1000FPSは出せる世界だ。限界は必ずあるが、ある程度は通用することを私が示す。」


 押された5つのREDAYからマッチ開始の文字が現れ、世界は空の上へと視点を変える。秋刕の動きは全体を見通した調和的な立ち位置を維持しながら、敵が陣形を崩したと見るや高HPを活かした強引な切り込みも冴え渡り、圧巻と言える立ち回りであった。


「タンクに求められるのは司令塔的な立ち回りだよ。味方も敵も俯瞰的に捉え、自身のミクロから率先して優位なマクロを生み出す。このチームの2大エイマーは錺ちゃん&陽菜ちゃんになるわけだが、彼らの脳みそリソースを彼らのミクロに割かせる為にもゲームメイクをしていける頭脳を鍛えるんだ。それに加えて、エイムが有ればキャリーだって出来る。」


 最終的な戦績は秋刕の15キルで終わった。よく言えばキャリー、悪く言えば


「スマーフ(Smurf=上級のプレイヤーが素性を隠して、実力の大きく離れた下位帯に参加すること。プロの世界では御法度。)だ...。」


「んな!!...ち、違うよ。失礼だな全くもう。」


 錺の驚嘆に元プロゲーマーは過剰な反応を見せ、席を立ちあがる。


「さて、新田君の元の設定はこんなだったっけ?このゲームではハイセンシよりのミドルだね。タンクのeDPI(ゲーム内感度とマウス感度の積で出されるセンシティビティ。)としては悪くない数値だと思うよ。別段やりづらいとかは無いんだろう?」


「ん、あぁ。振り向き15cmくらいってネットのサイトには書いてあった。」


「ならよし。」


 立ち上がった秋刕を見るや恵が挙手をする。


「私の、やりづらいかも。」


「恵ちゃんはどんくらいなの?」


 秋刕はゆっくりと恵の背後へ回り、画面を覗く。


「新田より少し高いくらい。でもスナイパー専だからマークスマン様にADS(※Aim Down Sight=サイトを覗き込む時)の時に低くしている。でも結局振り向き何CMが良いのか定まってない。」


「なるほどね。」


 秋刕は顎に手を当ててホワイトボードに手を伸ばす。


「自分に合ったセンシティビティを探すって言うのはFPSゲームにおいて一生の課題だと言える。だからネットを見れば色んな情報が出回っているけれど、持論としては納得する答えを見つけるまで悩み続けるしかない。言い方を考えれば時間が解決してくれる。」


「へぇー。でも折角練習した感度をコロコロ変えちゃうって勿体無くない?」


 陽菜は首を傾げて、ホワイトボードに何やら書き込む秋刕に疑問符を上げた。


「実は、逆に変えない方がエイムが劣化するという説もある。」


 秋刕が描き出したのは人間の腕とその先にあるマウス3本分の図であった。


「同じ感度でやると脳がエイムを修正する作業を怠る様になるんだってさ。エイムが腐るってニュアンスかな?まぁそれ以外にも根拠を列挙するならば、FPSはゲームの種類によって感度の平均が異なるということや、実際プロでもコロッコロと感度を変える輩がいっぱいいることが挙げられる。」


「じゃあ、時間を掛けなきゃ分からないのか...」


 残念そうにマウスを振る恵に「ただし」と秋刕が補足をする。


「ただしだよ、エイムで扱ってきた腕の動かし方や、エイムの支点。そのゲームにおけるメタ的な感度を理解すると得意な感度を見つける足掛かりにしやすいんだ。」


「メタ?」


「そう。」


 秋刕はコクリと頷き、何やらグラフと数値を書き出していく。


「さきほどFPSはゲームの種類によって感度の平均が異なると言ったよね?例えばこのゲーム、クロニクルで言えば『キャラにブリンク(移動系スキル、回避行動などを行えるスキルで呼称される。)出来る奴がちらほらいたり、近接武器の要素があり、バトロワ要素から360度の接敵リスクが高く、エイムが雑でも被弾させやすいキャラや武器、スキルが存在する。』こういった種類のゲームは比較的ハイセンシが多く、平均15cm、振り向き20cmを越えればロー扱いな反面、『古の5V5で陣地を取り合って爆弾を設置するような、大体の敵の位置が予測でき、かつ高精度なエイムが求めらるゲーム』はトップ選手の中には振り向きが80cmくらいある人間も存在するし、トッププロの流行りは35cm前後のローセンシで18cmを越えればハイセンシと呼ばれる。」


「は、80cm!?」


「極端な例さ。でも35cm前後は本当に多くて、実際とても強い。」


 目を丸くした陽菜へ秋刕は補足を入れる。


「そしてローセンシはハイセンシに比べてコンディションによるエイムの安定性が高いし、遠距離が強いし、上達が早いとも言われているんだ。」


「どうして?」


 恵が秋刕に問う。


「うーん。理由は一概に言えないけれど、一つのファクターとして的の大きさが物理的にデカくなることが挙げられる。画面の中の世界がマウスの下に広がってると考えれば分かり易いね。この際、動かす距離が長くなる分世界は引き延ばされていく。なんせ180ワンエイティ振り向くのに片や10cm、片や80cmを要するからね。」


「えぇっ、じゃあ陽菜もローセンシの方が良いのかな?」


 秋刕はその言葉を一蹴する。


「君は強いからそのままで良い。」


 それから先程描いた三本の腕の図に、水性ペンを走らせた。


「理論上はハイセンシの方が強いことは感覚的に分かるよね。」


「そりゃ、ハイセンシの方がシュシュッとしてるしな!」


 山田が空へ見えないマウスを振る。


「そう。しかし精度が求められる細かいエイムをするときは正確性のあるローセンシの方が強そうだ。そこで恵ちゃん。私が今から設定する感度でキャラを動かしてみて欲しい。」


 そう言って秋刕は恵のマウス設定を大幅にローセンシへ下げ、恵へマウスをバトンタッチし経過を眺める。


「どう?」


 恵は返されたマウスを訓練所で滑らせながら、キャラを動かし辺りを振り向く。


「うーん、もっさりしてる。それに振り向けない。」


「DPI400だろうから、ゲーム内感度を掛け算して……、振り向きは28cm位。しかし恵ちゃんは不便さを感じている。ここが感度設定を弄る時のターニングポイント。」


「どういうこと?」


 恵は首を捻る。


「つまり恵ちゃんは感度を変えたものの、手首だけでエイムをしようとしているんだ。例えば恵ちゃん、今のフォームから机に肘を乗せてみる。そして肘を支点にマウスを動かしてみるんだ。」


 恵は秋刕の指示通り、机に肘を立ててから腕を降ろし、マウスを振った。


「……振り向ける。」


「そう。つまり自分に合ったエイム探しで重要な事はまず、フォームだ。」


「フォーム...」


 新田が何かを思い出す。


「心当たりがあるだろう元野球部君。素振りで毎度違う体制、違う持ち方、違う腰の振り方をしていたって精度が上がる筈が無い。サッカーのフリーキックがもっと分かり易いか。あるいはスポーツという類で言えばダーツ、ゴルフ、ビリヤード、ボウリングも近しい。ほらWIIスポーツに入ってそうな奴さ。」


 秋刕が先程、水性ペンを走らせた先。三本の腕とマウスの図はそれぞれ、異なる箇所が黒い丸で囲まれていた。


「例えば陽菜ちゃんは手首を机の縁にくっつけ、そこを支点にマウスを動かしている根っからのハイセンシさんだ。こういう人が振り向きを5cmも変えようならば、もうエイムは滅茶苦茶になる。対して私の様な矯正ウルトラローセンシさんは肘を完全に机に乗せて腕ごとエイムする。この際5cmの差など微々たるものだ。その中間に位置するのが錺ちゃんのタイプ。支点を腕に置き手首エイムと肘の振り子を利用した腕によるエイムのバランスの良い置き方。実に弱点らしい弱点は無いように思えるが、腕を置く位置が固定されないので気持ち悪いと感じる人間もいる。」


「確かに、指摘されると気持ち悪くなってくるな。」


 錺は右腕をモジモジさせながら、程よいポジションを探す。


「そう。このようにセンシティビティを変えるということは、腕や手首の可動域を変える事にも繋がってくる。野球で言えば投げる距離に値して投げ方が多少変わるだろ。すなわちフォームが変わる、FPSも同じ。更にスタンドポジションの話で言えば肘を広げてマウスを若干斜めに置くやり方もあったり、キーボードを斜めに置くか否か、その際ハの字にするか逆ハにするか、画面ディスプレイと顔の距離はどうか、脇の開きはどのくらいか、考えだしたらキリが無い程だ。フォームが決まっていないのなら運動学的に適した姿勢があるから教えてあげる。けど往々にして例外と個人差があって困る。」


 秋刕は溜息を吐きながら、何故かポケットに仕込んであったマウスを取り出した。


「そんな中でも最も重要なのはマウスの持ち方、大別すると三種類。まずはそこから教えよう。指の根元までマウスに着ける『かぶせ持ち』、指だけでマウスを持つ『つまみ持ち』、そこから手の平をくっつけた『つかみ持ち』。『つまみとつかみ』はよく似ているが、英語だとイメージしやすい。つかみはClaw grip 鷹の爪みたいな感じ。つまみ持ちはfingertip grip すなわち指(finger)の先(tip)だけでマウスを握ってる。更に両者は手の中でマウスのセンサーを操る位置が大分上下に変わってくる。つかみはより内側、掌の中って表現だろうか。対してつまみはより外側、だとか指の中みたいな表現。このセンサーを意識することも、フォームを決める良い指標になると思うよ。」


 秋刕はマウスを実際に手に取って、説明してみせる。それを模る様に陽菜がマウスを持った手を挙げた。


「私何持ち?」


「それは典型的かぶせ持ち。ウルトラハイセンシさんは基本その持ち方が多いね。また射撃の左クリックを二本指で行ったり、親指で行ったり、人差し指だけつかみ持ちっぽいかぶせ持ちだとか、もうそれは言葉では言い表せないようなヤバい持ち方もある。まぁつまり持ち方一つとってもやりやすいやりづらいは存在するんだ。だから設定したセンシティビティが悪いのか、はたまたフォームが悪いのか。おおよそ初心者にありがちなのはフォームがブレてるから、そのセンシに合わず不安定なエイムになるパターン。初心者は常々「振り向き3㎝の俺カッコいい!」とか思ってるんだ、早漏め(※飽くまで迷信です。)。結局手元だけで出来るハイセンシにしていつまでも当たらないのは、初心者沼の典型だよ。」


 秋刕はやれやれと言った具合に手の平を上に向け、片方は額に当てて可愛らしく溜息を吐いた。


「じゃあ私はこのセンシのまま試してみた方が良い?」


「有りだと思う。」


 秋刕は恵の提案にコクリと頷く。


「実際スナイパーロールや一定のサポートロールを専門とするプロのeDPI平均値はゲーム中で最も低くなる統計も出ている。理にかなってるのさ。」


「俺もローセンシにしようかな。」


 新田の提案には秋刕の眉毛がピクリと曲がった。


「うむむ。まぁ本当は初級者全員にローセンシをオススメしたい所なんだけど、一転タンクロールに限ってはハイセンシの方が理にかなっている場面が多い。AvgのeDPIを見ても、プロの最大値を見てもタンクが最もハイセンシだ。それに天性の才能を持ったようなウルトラハイセンシ使いは実際どのゲームでも怪物みたいに暴れている。一概に最強と言えるセンシが無い所もまた奥深くてねぇ。」


 秋刕は悩ましいといった顔で、肘を丸で囲ったローセンシの図へトントンと水性のインキを擦りつけた。



◇◇◇


 8月1日 予選まで残り14日


「今日から私が持ってきたそのマウスパッドにサインペンで印を書き込む。記して欲しいのは支点の位置とそこから90度の正面つまり自分のスタンディングポジション、そこから左に30度、60度の二つ。右には120度、150度で二つ。なおセンシを変えるとズレが生じるのでそこは注意。なお、支点にしている位置は動かしてもいい。ここで重要なのは敵の位置とフリックの距離に対し、視覚というアプローチで筋肉を意識的に動かす癖をつけること。例えるならば習字だよ。この際筆先はセンサーにあたる。そしてもう一つ重要な事は、自分に在っている"そのフォーム"を一定に保つことだ。」


 秋刕は大きなマウスパッドを五人に配りながら続ける。


「調子が悪い日を「調子が悪いなぁ」で終わらせてはいけない。これが本戦なら調子が悪いで済まされないからね。だから抽象的な言い訳を排他するんだ。調子が悪いのならば、

「エイムの調子が悪い」のか

「ムーヴの調子が悪い」のか

「身体の調子が悪い」のか

「心の調子が悪い」のか

「デバイスの調子が悪い」のか

「ゲームの調子が悪い」のか

 そうやって精査して調子が悪くなっているファクターを見つけ出せ。それを見つけるのが上手くなれば、君らの弱点が一つ減る。また、調子の悪い日を無くす為に、あるいは昨日の自分より上手くなるために、可能な限りフォームやコンディションを統一するんだ。フォームを変えればその分、力の入れ方にズレが生じる。いつもの姿勢と今日の姿勢が違っていてエイムの調子が悪い日は、おおよそ「姿勢が悪い」んだ。だからコンディションの統一。それは服装や湿度、気温、デバイスの摩耗、爪や前髪の長さ、肌の湿り気に至るまでエイムが乱れる理由を削ぎ落とし、自分が練習すべき改善点を洗い出す努力をする。」


「ハードウェアチートだ……。」


 支点をマウスパッドに書き込みながら錺は具合の悪そうな表情で言った。


「なんだいそれ?元来PC性能差で実力差出るんだから、クロスヘア代わりにディスプレイにゴミを付けるだとか、マウスパッドに落書きするくらいユーザーは寛容になるべきだ。それに...本番ではやらないよ。それに私ゃ今やプロじゃない、あんだーぐらんど。許してにゃん。」


 それからクロニクルを起動させた5人は連携の練習に取り組んでいた。秋刕は自前の麦藁帽をパタパタさせ、ホワイトボードに何やら文字を書き込む。


「あーそうそう。えー予定通り、スクリムを組むことになりました。何分我々は無名につき優勝候補とは組めなかったが大会の空気は味わっておく必要が有る。それに優勝候補らとは公式スクリムでやれるし、まだまだ未熟な連携だけど、君らなら勝てると――」


「何、している......」


言い終わる前に部屋の扉が開いた。先には気怠そうな男がのそっと入室する。気怠そうな声色の中に、箆鹿は衝撃を隠せないでいた。


「ここの入室を許可されたのは客人である小鳥遊さんのみだ。それなのにッ――」


 箆鹿の前には生徒会室の長机を占領した電子競技部のディスプレイたちがズラリと整列し、冷房をガンガンに効かせながらゲームをしていた。


「なんだこの様は...!!」


 箆鹿は、有り得ないといった顔をし6人へ釘を指すように喋る。5人はイヤホンへ意識を傾注し秋刕だけが真摯にウンウンと頷いていた。


「いいかつまり、お前らに譲るスペースなど断じてない!!」


『『――あるじゃん!!』』


 白ワンピース一人と、半袖の制服を着た5人は会長席へノールックで指をさす。箆鹿は諦めたのか溜息交じりに自席へ座るとノートパソコンを開いた。


「あれ良いの?」


 箆鹿はワンピース姿の秋刕を一瞥する。秋刕は不思議そうに箆鹿を覗いていた。


「第三者が訪れたら庇いませんよ。しかし熱中症対策が云々言ってる癖して、熱暴走寸前の電子機器を詰め込んだ部屋に、冷房無しで青年6人を活動させろというのなら暴挙であるとしか言えない。おまけにあの部屋は風通しがクソほど悪い。そして俺はもう知らない。」


 若干怒り気味にまくしたてる箆鹿を秋刕は麦藁帽でパタパタ扇いだ。


「誰のこと言ってんのか知らないけど、君も大変だな~。」


 笑いながら秋刕は言うが箆鹿は仏頂面にタイピングする。


「それにこの部活とも、もうすぐでお別れですから。まぁ暫くは付き合ってあげますよ。」


 箆鹿はカタカタしながら隣のプリンタより1枚の紙を取り出した。


「それは何だい?」 

 秋刕は机の上をにじり寄る。


「嘆願書ですよ。生徒会が今日までの夏季休暇を返上してまとめ上げた廃部願いです。」


 箆鹿はどうかと6人の顔を覗いた。しかし意外なことに5人は何事もなかったかのように戦場の報告をし続けている。秋刕に至ってはプリントを覗いてヘラヘラと笑っていた。


「へぇそうかい。」

 秋刕は膝まで机に乗り上げてプリントを覗き込み、羅列された文章を読み上げる。



―――

{電子遊戯部の違約行為における廃部願い}


・本文は、電子遊戯部の活動が本校校則の規定を大いに背いているものであり他部活動への資金面の圧迫及び風紀の乱れにより廃部願いを求める嘆願書とその署名を纏めたものである。本部活動の問題点は下記記載する。


・第一に、競技性のある部活動としての資金振り分けに対する、、、、

・第二に、実績の無い部活動でありながら、、、、

・最三に、昨日の本校における部活動資金記録において発見された問題点との関与の疑いによる、、、、


 以上の理由により退部を願うものとする。

 以下より賛同者の氏名及び学籍番号を、、、、、、


―――


「つらつら、、と。難しい言葉を使うねぇ君らは」

 秋刕は鼻で笑いながら箆鹿の顔へ四つん這いで近づいていく。


「つまりは実績が無くて競技性も確認できないから、損失と釣り合わないので廃部にしたい。そういうことだろ?」「そうですね。」「本性出したね?」「そうですね。」「知ってたけどね?」「そうですか。」「あぁ、そうかい。」


 秋刕は箆鹿と睨み合いながら顔を近づけていく。


「おい学生ガキ。ここに署名した未来ある無能なゴミカス共に伝えておきたまえ、君らの生温い世界とは住んでる場所ところが違うとね。」


 箆鹿は腕を組みながらこの日初めて笑った。


「嫌ですよ。ガキの戯言に付き合う時間はありませんから。」


 秋刕は殊更口角を引き上げて、箆鹿を殺す程に睨みつける。


「まぁいいよ。」

 それから秋刕は机から降りて箆鹿と距離を取り人差し指を立てた。


「予選までは待ってくれよ、エントリーはしてしまった。」

 秋刕は白いワンピースのポケットからクシャクシャになったJEC(Esports.Japan.Cup)の広告紙を取り出し広げた。


「それから、予選敗退で廃部。これくらいで手を打ってくれ、なんて大人な対応をしてみるよ私は。」


 秋刕は笑顔でサラッと言ったが。イヤホン越しに聞こえているであろう5人は黙ってゲームを続けている。箆鹿は不振に思いながらも堂々とした面構えを続けながら言う。


「元よりそういう手筈です。」


「なら良かった。」


 秋刕は左手を後ろへ右手は正面へ、人差し指を立てながら箆鹿を見つめる。


「じゃあゴミカス代表として君には聞いてもらおう。」


 秋刕はブレスを挟み真剣な表情で口を開いた。


「日本のゲーム業界とはね、世界に比べればまだまだ未確立で不安定なものなんだ。」


 秋刕はゆっくりと歩き出す。


「それでも挑戦を捨てずリスクを背負い、この世界に縋る我々の様な人間が何故いるのか知ってるかい?覚悟のレベルが違うからさ。警察官や税務職員、定職を捨ててくる者もいれば高校を辞め青春を捨てた者もいる。この世界に魅せられ、愛し、決意を持って踏み込んでいる。」


 その口振りは加熱する。


「そして業界の狭さゆえ、変動する世界ゆえ、プロとしての自分が消えた後も業界へ触れ続けられる保証などは何処にも無く、それなのに!ボクの知るプロゲーマーの中にはその選択肢を後悔するものは誰一人とていなかった。引退したプロ選手に残るのは、その選択への後悔では無く、往々にして自分自身の不甲斐なさ。」


 秋刕は瞬きすら忘れるほどに箆鹿を見つめる。


「だから、この時代よりプロゲーマーの世界へ飛び込まんとする人間たちというのは、覚悟のレベルが大いに違う!不安定さ故に不確定さ故に。そして皆が信じていた!プロゲーマーという存在の可能性が、その未来が、大きく飛躍し羽ばたくその姿を!!だってそうじゃないか、棋士がいるならいわんやそうだ!相撲があるならいわんやそうだ!サッカー、野球、ボクシング、テニスに卓球、競馬まで、古代から続く戦いとエンタメの延長線上に、プロゲーマーだけが立てない未来などあるわけがない。」


 秋刕は部員を強調する様に手を広げてみせた。


「だからボクらは挑むんだ。この圧倒的な覚悟を持って、揺るがぬ決意を胸に、この不安定な世界へ飛び込む。この愛ゆえに!!負けたら終わり?稼げなきゃ終わり?そんなのいつだって前提条件なのさ!!」


 箆鹿は嘲笑の中に秋刕を煽る。


「まるで博打打ちだな。」


 しかし秋刕は尚笑う。


「その通りさ。しかしこれこそが人生の真髄。不条理な賭け事の連続に、限界まで勝率を高めてから博打を撃つ。何ら一般人と変わりゃしない、ただ違うのはチャンスの希少性。代替えは無く外すことは許されない。だからさ…」


 秋刕は今一度大きくブレスを挟んで言った。


「ボクらはね、決意と覚悟の弾丸なんだよ。」









------------------------- 第12部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

紫陽花と金木犀


【本文】

 

 近い、近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い!!!


「な、何なんだね君は!?」


 秋刕は迫りくる少年の顔に手を当て、距離を取る。


「稼げんのか、プロゲーマーって?」


 少年は秋刕の瞳を覗き込み、続ける。


「目が死んでない。悪くなるって聞いたぞ俺は、」


 秋刕は溜息をつきながら下を向いて呟く。

「....うるさい。」


「プロゲーマーって楽しいのか?」


 少年は俯く秋刕を覗き込み、腕を掴んで揺すった。

「なぁどうやったらなれんだ?稼げるって聞いたぞ、俺もゲーム得意だぞ、なぁ‼」


「僕に触れるな!」


「最初にさわったのお前だ!」


 秋刕は自分より一回りも小さい少年の腕を振りほどいて突き放す。

「僕に話掛けるな。君みたいなのがいるから嫌なんだ!」


 秋刕は虚ろな目で吐くように呟く。

「僕が報われる日なんて来ないんだ....彼女に嫌われたら敵いっこない。」


 秋刕は少年のほうへ向く。


「でも君らにバカにされる筋合いは無い! のうのうと寝ぼけたように遊んで生きている!!だからオーナーもキーパーも皆分からず屋なんだ!君にだって分からない!!だって僕が…!!僕が正しいじゃないか.....」


「お前男なのか?」


「うるさい…黙れよ。」


 少年は、涙を堪えながら話す秋刕を呆然と見つめた

「やっぱカッコいいな。」


「は…?」

 秋刕は顔を傾け少年の顔を覗く。


「やっぱカッコいいんだ、プロって。昨日見たカズみたいだ!!いつも一人でいるのはイチローもだよ、イチロー!!やっぱ悩むのか?プロってさ!」


 少年は興奮しながら続けた。


「俺さサッカーやってんだけどさ、コーチが言ってた。俺が試合に負けて泣いてたらさ、負けず嫌いは強くなるって!!はぁあ!分かった、お前も負けたんでしょ!!」


 秋刕は少年の熱視線にやられたように項垂れた。


「カッコいいって… へへ、上手だなぁ、君は。」


 少年は屈託のない笑顔で秋刕の腕を掴んだ。


「なぁなぁ何悩んでんだ、プロってみんな悩むのか?プロってどんなんだ?お前、なんのゲームやってんだ教えろよ!」


 秋刕は揺られながらそれに応える。


「うぅ…シューティングだよ知らないだろ?」


「あ、知ってるよ!人殺しだ!!」


「いや、うん...。あと、お前じゃないよ。秋刕だ。プレイヤー名は.....」 



◇◇◇


 8月10日 EJC予選/アカデミック選手権大会 練習試合(スクリム) 当日

       予選開始まで残り5日。


 「早くしろー!時間ないぞー!」

 秋刕は息を荒げながら、顧問長嶋(情報科)を含む六人を緩やかな階段の上から急かす。

 

 「何で会場なんすか!?」

 錺を先頭に六人は階段を駆けあがり肩で息をしながら秋刕のそばまで辿り着くが、一呼吸もままらない内に錺がつま先を正面へと向けて走り出す。

「ほら行くよ、説明は後だ!」

 

 秋刕が向いた先の展望は、長方形の土台が4つの逆三角形を支えるように堂々と聳え立つその建物と隙間に広がる真っ青な夏空。

「東7ホールだ。急ぐぞ。」


 江東区有明3丁目 

 建造から今日までの間、数多の歴史を刻んできた人と文化の交流地。

 

――東京ビッグサイト。東展示棟第7ホール。


 一介の学生には余りある規模の広さ、設営が、そこにはあった。


「うわあああああ!!」

 陽菜が途方も無いほど高い天井へ感嘆の叫びをぶつける。それを見た秋刕はニヤリと笑い錺の背中を叩いた。


「今日はイベントの体験会みたいなものだ。しかし20日まで残れば、またここでやれる。スポンサーの都合上機材も同じ!最高にツイてるよ我々は!!」


 錺が呼応して頷く。


「でも気は抜かない。だったよなコーチ。」


 秋刕はフフンと笑い、ご機嫌に胸を張った。


「その通りさ、このスクリムこそが正に初戦なんだ。この席を狙う総計168チームの若人達に目にモノ見せる大チャンス。――さぁ、ぶちかませ{電競}諸君!!」


 そう言って秋刕は彼らを送り出す。そう、申請を通した電子遊戯部という名義は便宜上一年間変えることが出来なかった。しかしそれがチーム名としての申請ならば、対外的に彼らはこう認知されるだろう。


「あぁ、行くぞ"電子競技部"!!」


 錺はその耳に馴染ませるよう、そう唱えた。





------------------------- 第12部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子遊戯部の宣戦歴 1


【本文】


「完全攻略ねぇ。FPSの前では誇張表現もいいところさ。」


 スマートフォンをスクロールさせ、秋刕は飽きたかの様に電源ボタンを押した。


―――――

 { 「chronicle」攻略サイト |検索 }

・  

―――――

  「 完全攻略 Chronicle 」 


トップページ<

最強キャラ<

 >・キャラ一覧

 本サイトでは、公式が設定した相乗効果Aに該当する振り分けを記載する。

(2021年 8月2日現在)


 ・タンク 計4体

 =フランケンシュタイン

 =ジークフリート

 =エイセイ

 =ライデン


・スナイパーorハンター 計5体

 =ワーウルフ

 =シモヘイヘ

 =ディアブロ

 =ロビンフッド

 =ホークス


・ヒーラー 計5体

 =ナイチンゲール1号

 =ヒポクラテス

 =ジャンヌダルク

 =マーダークラウン

 =ヒミコ new!!


・オペレーター 計5体

 =ガガーリン

 =テスラ

 =ティーチ

 =コールマン

 =ハルトマン new!!


・ストライカー 計6体

 =ムサシ

 =バルバロッサ

 =リッパ―

 =ハット

 =ヴァルキリー

 =ゴクウ  new!!


最強武器<

オススメ武器構成<

>・武器一覧

 それぞれの武器については役職(ロール)により得手不得手がある。


 p=ピストル

 m=マグナム

smg=サブマシンガン

lmg=ライトマシンガン

ar=アサルトライフル

sr=スナイパーライフル

sg=ショットガン

C類=close combat weapon (近接武器)

他頭文字=同種弾薬の使用が可能である。


V-P05p

V-トライベレッタ p

V-ライトカービン100 ar

V-ライトミクロ99 smg

V-UNP5 smg new!!


X-P07 p

X-AK7 ar

X-ゼロジャンボ Lmg

X-ベクター5バースト smg

X-777バースト ar new!!


E-ペンタ smg

E-ゴリラ Lmg

E-トライアサルト ar

E-マークスマン ar


Y-skショット sg

Y-カイザー sg

Y-スナイプオウル sg new!!


Z-エンペラー50 m

Z-チャージャー sr

Z-ワイドショット sr

Z-ホース sr

Z-ハンターズライフル sr

Z-モシンナガン sr new!!


C-トールハンマー

C-リアナイフ

C-メスナイフ

C-エルソード

C-シノビソード

C-ナックルグローブ

C-MAクラブ


S-ピースキーパー ar 

S-グングニル Lmg

S-AWMヴィクトリア sr

sアダムスsg


マップ知識<

降下のコツ<

 >・各役職の特徴

 キャラには元々適正役職が有り、該当する役職を選べばスキルやバフの増強がみられる。

 チーム内で役職の重複及びキャラの重複はできない。


 =タンク

  説明⇒ 前衛を張る守りの花形。

  バフ⇒ 耐久力増加、長物武器の精度上昇。

 デバフ⇒ SMGの精度減少。SRの精度減少。


 =スナイパー

  説明⇒ 味方を救うサポート、索敵の要

  バフ⇒ 遠距離武器の精度上昇、ダメージ強化(3倍以上のスコープで適用)。敵足音、銃声の可聴距離増加。

 デバフ⇒ 近中距離戦闘時の鈍足とダメージ減少。SGの精度減少。


 =ハンター

  説明⇒ 味方を救うサポート、索敵の要

  バフ⇒ トラップ系統の効果とダメージの増加。敵足音、銃声の可聴距離の超増加。

 デバフ⇒ 中距離戦闘時の鈍足とダメージ減少。フルオート武器の精度減少。


 =ヒーラー

   説明⇒ 味方を救うサポート、回復の要。

   バフ⇒ 回復量の増加、回復時間の短縮。

  デバフ⇒ SMG、AR以外の武器で精度減少。耐久力の減少。


 =オペレーター

   説明⇒ ダメージ、サポートの要に成り得るテクニカル性を持つ遊撃手。

   バフ⇒ スキル、ウルトの回転速度上昇。被弾面積の縮小。

  デバフ⇒ 耐久力の減少。LMGの精度減少。


 =ストライカー

   説明⇒ 前衛を張る攻撃の花形。

   バフ⇒ 被弾面積の縮小。一定範囲内の足音に伴う移動速度の増加。

  デバフ⇒ SRの精度減少。


裏技<

エイムとは?<

オススメ編成<

 >・編成種類

 ダメージ=dps(別ゲームの名残である。本サイトでも使用。)

 スナ半=スナイパーorハンター


 「オーソドックス(O.D)」113

タンク1  (タンクより)

ダメージ1 (ストライカーより)

サポート3 (ヒーラー、スナ半、オペレーターより)

 備考・ゲームシステムに合っておりロールにおけるバフを遺憾なく発揮できるTHEバトロワ編成。


 「o.d オフェンシブ」122

タンク1 (タンクより)

ダメージ2(ストライカー、ヒーラーより)

サポート2(スナ半、オペレーターより)

 備考・ヒーラーの回復力を活かしdps転用したオーソドックスかつオフェンシブな編成。


 「o.d ディフェンシブ」113

タンク1 (タンクより)

ダメージ1(ストライカー、)

サポート2(スナ半、ヒーラー(マーダークラウン)、オペレーター(テスラ))

 備考・トラップによりカウンターを狙うオーソドックスかつディフェンシブな編成。


番外編

 「ダメージ4及びライデン」041

タンク0

ダメージ4

サポート1(スナ半)

 備考・ダメージ4という奇抜な編成により初年度世界大会を制したプロゲーミングチーム「ライデン」を称えた超攻撃型タンク「ライデン」をストライカー転用するという殊更奇抜な編成。同年別スポンサーによる初年度世界大会を「ライデン」が「ライデン」を使用し「ライデン」編成にて勝利、2冠目を得たことで一躍話題となった伝説的編成。


 「アサルト2」121

タンク1  (タンクより)

ダメージ2 (ストライカー、オペレーターより)

サポート2 (ヒーラー、スナ半より)

 備考・オペレーターを前衛に出しdps転用する高難易度編成。昨今のメタだが、野良ではトロールに繋がりやすい。


大会情報<

その他<

他のゲーム<


―――――――



8月10日 EJC予選/アカデミック選手権大会 練習試合スクリム 当日

      予選開始まで残り5日。



「見てください小鳥遊さん!!こんなにも新キャラが出ていますよ!!」


 情報科の長嶋が寝癖を撫でながら秋刕に画面を見せる。

 

「うっわ...ホントだ。新武器4つに新キャラ三体?。サプライズだとか思ってんだろうけど迷惑なんだよなー、こういうことされると。」


 秋刕は深々と溜息を吐くと、度の入ってない丸眼鏡を邪魔そうに扱い、整えられたストレートヘアを小指で掻いた。


「どういうことですか?」


 長嶋が秋刕へ不思議そうな顔で聞く。秋刕はそんな長嶋を眺めメンドくさそうに答える。


「うーん?まぁ仕事が増えるってことだよ、環境が変わればメタが変わる可能性がある。つまり勝ちやすさに影響するから新キャラも新武器も徹底的に分析しなくちゃいけない。本大会では旧パッチのままだろうけどね。」


「なるほどぉ。しかしコ⤴ミケもあるというのに凄い設備ですなぁ!私、恥ずかしながらコ⤴ミケには毎年通っていまして、あのコ⤴ミケぐ⤵もが最も如実に現れた伝説の第…」


(あぁーあぁー、うるさいな。)

 秋刕は選手席でスタンバイする五人を見つめる。


(大丈夫かぁ?いや大丈夫なんだろうけど。やっぱり心配だなぁ、なんて過保護な親みたいじゃないかこれが親心かまぁ大丈夫なんだろうけ…)


「――小鳥遊さん!小鳥遊さん!」

 長嶋は秋刕の肩を叩き選手席を指さして画面を見つめる。


「あれが{L高等学校}そして{芝工高専}ですかね!?ユニフォームがあるなんて気合が違いますね。」

 長嶋は選手名鑑と書かれたタブレットpcの画面を見つめる。



――――


Eスポーツ高校選手特集&名鑑

~全国五大常連校とは?~


「編集:Eアスリートまとめ chronicle部」


{L高等学校ー大阪}

 数々のeスポーツ大会で優勝を収めてきた今大会の最優勝候補。kanikawaの支援により有力なアシスタントを多数メンバーに引き連れEJCアカデミック枠の常連校。東京、大阪と別れている。EJC:Cアカデミック枠でもその席を狙う。


ストライカー 陣 克己|(じん かつみ) IGL

タンク    高岸 守|(たかぎし まもる)

ヒーラー   明日葉 由比(|あしたば ゆい)

スナ半    内藤 剛|(ないとう つよし)

オペレーター エドワード・ジャクソン


{無海(むみ)高等学校}

 連携力を高く評価されている圧倒的実力校。大人数ゲームでは他の追随を許さず、個々人のレベルがとても高くバランスが良い。


ストライカー 伊那 作|(いな さく) IGL

タンク    駒ヶ根 茅野|(こまがね ちの)

ヒーラー   上田 とうみ(うえだ とうみ)

スナ半    松本 さかき(まつもと さかき)

オペレーター 軽井沢 さかえ(かるいざわ さかえ)


{芝工高専}

 FPSではL高等学校と肩を並べる実績を残す実力校。意外性のある戦術によりゲームをかき乱す戦略的なチーム。虎視眈々とまだ見ぬ玉座を狙う。

 五年前の EJC:ber watch 部門より、学生Eスポーツ界を支えてきた古参。

ストライカー 相沢 連|(あいざわ れん)

タンク    滝沢 かりん(たきざわ かりん) IGL

ヒーラー   大楽家 田吾作|(おおらくか たごさく)

スナ半    蟻 栄太|(あり えいた)

オペレーター 高橋 加奈|(たかはし かな)


{東北学園}

 EJC FARM KNIGHTソロ部門で圧倒的な実力を誇った天才FPSプレイヤ―北譲を筆頭に優勝を目指すワンマンチーム。連携が噛み合った時の瞬間火力には定評がある。

ストライカー 北 譲 |(きた じょう) IGL

タンク    西 堅固|(にし けんご)

ヒーラー   南 勇作|(みなみ ゆうさく)

スナ半    東 りん|(あずま りん)

オペレーター 真中 斗真|(まなか とうま)


 {国際ジーニアス高等学園}

 高い知能を生かしたアンチ予想やトラップによる戦略を得意とする守備的なチーム。安定感の高さには定評がある。

ストライカー 矢野ロンドン(やの ろんどん)

タンク    李 馬|(リー・マー)

ヒーラー   マイケル・ヤパン

スナ半    沖縄 パリ(おきなわ ぱり) IGL

オペレーター 多田 修一|(ただ しゅういち)


 番外編

{L高等学校―東京}

 今大会初出場となるロースター(※大会出場登録選手)はCHRONICLE女子プロチーム{Lily}、全選手が現役女子高生の為A枠とGC枠(女子枠)、その両方への参加権を持つ唯一のチーム。A枠としては東京校の代表として{Legends}名義で参加する。


―――



「そだね。今日のスクリムでここを使えるようになった理由があの2校だ。それにしても、このサイトは良くまとめてあるなー。」

 秋刕は感心したように頷く。


「Eスポーツ専門のメディアだそうで、時代ですね。」

 長嶋もまた感心したように頷いた。


「でも、彼らに比べて電競(うち)はと言えば可笑しなチームですよね。」


 眉を掻き不安そうな表情を浮かべる長嶋を秋刕が笑う。


「へぇ!?素人だなー君も。」


 長嶋は不満そうな顔をした。


「ええ?ボクも結構やってるんですよ?」

 

「そうかい。なら何も考えずに応援するんだ。君くらいのやりこみ度の奴が、Eスポーツの魔法によくかかるんだから。」


「はぁ、」


 長嶋は良く分からないといった顔をするが、秋刕はニタニタしながら続ける。


「まぁただ見てれば良いのさ。極限の戦いでぶつかるインパルスの余波に、私たちは揺蕩うように溺れていればいい。やる楽しみと見る楽しみは違うのだからね。」


 秋刕は、知的だろと言わんばかりに眼鏡をクイっと上げた。


 人と機械が発する熱気を冷気の波が幾度も幾度も外へ運んでいく、それでも冷めやらぬ会場では興奮のボルテージが鼓動と共に少しづつ上がっていた。この生温い空間の緩やかな静寂は、導火線につけた火の様にジリジリと開戦の鉛へ熱を運ぶ。

 ただゆっくりと回る壊れかけの大型扇風機は、秋刕の真っ白いワンピースと真っ直ぐに下した黒髪をサラサラと揺らしていた。それは木炭が酸素を燃やすようにジリジリとまた、秋刕の熱をも誘っていく。


 「そうですね応援しましょう!!」

 涼し気な長嶋が長袖から延びる拳をぎゅっと握った。


 「おあぁ~」


(脇汗とまらん...)


 ノースリーブの秋刕が虚空を見つめて言う。


「どこ行くんです?」

 その場を離れる秋刕に長嶋が不思議そうに聞いた。


「扇風機~」

 腑抜けた声の秋刕は一反木綿のように腕をひらひらとさせながら風を求める。



◇◇◇


「接続した。」


「FPS良好。」


「VC確認。」


「設定終わった。」


「了解。」

 配布されたヘッドセットを付け錺はマイクの位置を調節した。


「よし。いつでもいける。」


EJC:C:A枠 関東スクリム 特別参戦校{L高等学校ー大阪}

優勝候補2校のバッティングに伴い 特別開催地 東京ビッグサイト 東7ホール

参加チーム60/138 

5組分け×2戦 (1組12チーム)

1組目  8;30~9;30 東雲高校 L高校 芝高専 etc...

2組目 10:00~11:00

3組目 11;30~12;30

4組目 13:00~14:00 

5組目 14:30~15:30


電子競技部

ストライカー 鈴木 陽菜 (すずき ひな)

タンク    新田 海  (にった かい)

ヒーラー   志田 錺  (しだ かざり) IGL

ハンター   馬喰田 恵 (ばくろだ けい)

オペレーター 山田 正義 (やまだ まさよし)



第1試合。開始。





------------------------- 第13部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子遊戯部の宣戦歴 2 


【本文】


「ヒーラーがIGLって、どういうことですか??」


 情報科長嶋教員は首を傾げながら秋刕へ問う。


「うん?」


「いや、だから。このゲームは最前列でチームを引っ張るストライカーかタンクがオーダーをするべきで、ヒーラーがIGLだなんて聞いたことがないって話ですよ!」


 二人は観覧席で試合を見届けながら配給された茶をすすっていた。


「はぁ、そういうことね。」


 秋刕は溜息をつきながらアンケート用紙を引きちぎって裏返し、机の上にあった鉛筆を指でクルリと回して何やら絵を書き始めた。


「ほら、ここが今彼らのいる西部領域。」


 しかし長嶋は気が気では無い様子で、大型モニターから鳥観で映し出される5on5の乱戦を眺めている。


「たた、た、戦ってますよ電子競技部、初動から!しかも大王城で!!」

 秋刕はモニターを一瞥すると、また黙々と絵を描き始めた。


「はぁ...君は教えを乞いて貰っている最中に私以外の、しかもゲームの画面を見ているのかね。これでは授業中にスマホを覗いている学生諸君に君がとやかく言える道理は無くなってしまうよなぁ」


「ええ、いやだって!」

 慌てて長嶋が秋刕に向き直る。


「冗談だ。」

 秋刕は紙に描いた五つの点を鉛筆でなぞり、上からタンク、ハンター、オペレーター、ストライカー、ヒーラー、と順に書き込んだ。そしてそれらを楕円で囲みツンツンと指し示す。

 

「彼らは勝つ、例え今日負けたとしても。」

 秋刕はそういうと同じ様な図を横にも書き足し長嶋に見せる。


「ほら、これが電子競技部(かれら)の隊列だ。もう一つは戦闘時のおおよそのポジション。今戦っている彼らもこのような陣形を作っているはずだ。」


 そういうと秋刕は大型モニターが映し出す電競部の戦いに目を向けた。軽く武器を漁り上げた錺たちは、タンクを先頭に、ストライカー、ヒーラーと前に出て、オペレーターである山田は後方からタンクを削っている。


「サポートが前線にいる。」

 長嶋は湿らせた眼鏡を拭い、錺の操るヒーラー適正のキャラを目で追った。


「戦型をバトルヒーラーという。キャラ名は{ジャンヌ・ダルク}スキルで高速の自己回復(リジェネ)を持っている。」


 画面の錺はタンクの裏や遮蔽物間を飛び回り、敵オペレーターの胴体へsmg(サブマシンガン)を的確に当てていく。


「つまり被ダメ時の戦闘復帰、耐久性共に前線を張るに申し分ない性能があるんだ。近接のエイム力が高い錺ちゃんは当初オペレーターで前線を張ろうとしてたけど、dpsオペレーターには的確なミクロの判断が求められる。アタックオーダーのみならまだしも、こういうキャラはIGLに向いていない。ところがジャンヌ・ダルクならより手ごろに戦えるってわけなんだ。」


「バトルヒーラーですか。」


「あぁそうだよ。でも割とアタッカーとして使わせようとしているのさ、運営は。」


「なんで分かるんですか?」


 長嶋は心底不思議そうな顔をした。


「あぁ、メッセージだよ。ゲームのパワーバランス、アップデートのやり方、そこから運営の調整方向を読み解いていくのさ。そこから更に分析を繰り返しバランスの穴や対策方法(メタ)を見つけていくんだけど。大方、運営は色んなキャラに花を持たせようっていう調整方向なんだろうなって分かるんだ。だからそれぞれのチームにあったキャラピック、戦型が存在する。」


 秋刕は下手な銃の絵を描きながら続ける。


「特に武器なんてそうさ、パワーバランスがとれていればそこからは好みで拾っていけるだろ?それが得手不得手の領域からアイデンティティにまで飛躍する。」


 そしてその絵を長嶋に見せた。


「つまりどの武器も数値上は同じくらい強いんだけど、ここにはマジックがあって、メタもあって、、運の良いことに我らが電競部のdps(アタッカー)たちは今その武器(メタ)を持っているし、それを扱える技量が彼らにはある。」


 大型モニターの中で錺と陽菜は同じsmgを手にしていた。それは一発毎のダメージ量が少なく、反動がとても大きなものであったが、発射速度が群を抜く武器であり二人は正確にその一発一発の弾丸を相手に叩き込んでいく。


「V型短機関銃{U.N.P.5}通称、ウンピーだ。」

 秋刕はキメ顔でそう言い放ち、錺たち二人がおおよそマガジン二つ分をそれぞれ撃ち尽くしたとき。二人の画面上には敵オペレーター、ヒーラー、アタッカー、タンクが順に膝を崩し死体箱(デスボックス)へ変貌する姿が映っていた。


「ウンピー...ですか...」

「そうです。ウンピーです。本当に通称ウンピーです。うん、ピ~ス。」

 秋刕はピースした腕を前に突き出し長嶋教員をチラッと見る。


 そして後衛より{ガガーリン}を操る山田がスキル反重力板(アンチ,G.パッド)を使い打点を上げ、同乗した恵が冷静にARで狙い敵スナイパーを打ち落とす。


「タンクには二種類いるんだ。一つは敵の斜線を遮るタイプ。もう一つは敵の斜線をずらすタイプ。つまりこの際ウチのオペレーターはタンクとして機能できる。練習時間を多分に要するミクロで勝てなきゃ、よりスマートに実力となせるマクロで勝負するのみ。」


 秋刕はフフンと笑い、壇上でヘッドセットを取り外す1チームを一瞥し小声で言った。


「格付け完了。」










------------------------- 第14部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子遊戯部の宣戦歴 3


【本文】

 

 「話を戻そう。」

 秋刕は茶をすすりながらそう言うと、紙に描いた五つの点の最初に{タンク新田}と書き込んだ。


「チームを引っ張る人間がオーダーをするべきだ、と。言い換えれば先頭に立って集中砲火(フォーカス)を喰らおうと、逃げられるor防げる人間がオーダーをすべきである。何故なら先頭こそが状況を真っ先に把握できるから。だね?」


 秋刕の言葉に長嶋教員はコクリと頷く。相槌を見て秋刕は続ける。


「でも我が電競部のIGL志田錺は先頭を走っていないんだよ。」

 そういうと秋刕はモニターへ視線を向けた。


「私たちのチームのIGL(インゲームリーダー)というのは他のチームと少し役割が違っている。他のチームでは先頭を走る人間が全てを把握し移動、戦術構成、攻撃支持を統括しているのに対して我々はそれらを二人で受け持っているんだ。」


「そんなことが出来るんですか。二人でやったら意見の食い違いだとか連携の綻びだとか、弊害が生まれそうですけど。」


 長嶋教員は顎に手を当てモニターを見つめる。


「まぁその通りだ。しかし弊害よりも大きなメリットがある。」


「メリット...」


「うん、それは戦術の信頼性が高いこと。テンプレ的なマクロのオーダーを新田君が出して、アドリブチックなマクロと可能な範囲でのミクロオーダーを錺ちゃんが受け持つ。その他3人もアイデアがあれば二人に出す。脳のキャパシティに余裕を持たせて安定的に絶対的なプランでムーブを構築していく。それができたら後は馬鹿みたいに従う。盲目的なイノシシの様にそれぞれがチームの為だけに真っ直ぐ行動する。その行動の素早さと理解と淀みの無さがクリアな連携力へと繋がっていく。そして、」


 秋刕は再び五つの点を楕円で囲んだ。


「そして、それを可能にする鍵こそ{戦術意識の共有}にある。トッププロチームほどアドリブが少ない物さ。そこにある動きの解は、全てが事前の決めごと。パターン化され枝分かれした分岐点でしかない。つまり新田君のオーダーは、オーダーとは名ばかりのパターンを読み上げる自動音声みたいなものに過ぎない。しかしそれをやるだけで、こういう類のゲームの理解度は飛躍的に向上する。」



◇◇◇


 ((そこを右。道沿いに。次は左。遮蔽物(カバー)に隠れつつ岩まで進んで……))


 「安地(安全地帯)を見よう。」


 新田は西部領域の南に位置する大王城より東に移動し、南東の原始領域の入り口付近に存在する巨大な岩壁より、眼前に広がる広大なジャングル帯を見渡した。その間、錺は答え合わせをするように自分の思考を新田のムーブと照らし合わせながら、接敵率の高いゾーンの戦闘を想定する。


 新田の動きはおおよそ練習で合わせた通り。リングがマップ右上、北東領域の内の更に東側を指しているパターン。コーチの動きを忠実に共有し繰り返したマニュアル通りのムーブ。大王城経由ではかなり遠回りになるので他部隊はケツ(※ケツ方向。そのまま後ろ方向の意。)にいない。


 ――この場合、中央火山帯のラヴァラボを警戒しつつ、海沿いをグルっと回るように動く。


 錺は秋刕の言葉を思い出していく。


 ――そうすれば敵を把握しつつ、おおよそ距離をとりつつ、接敵しても漁夫が来ないから合理的。私ならそうするからそうしよう。でラヴァラボから敵が見えたら戦わない。基本は漁夫がひどいから。こうやって動き方の選択をいい意味で削っていくんだ。一つ一つに合理性があって戦術的に一貫性があればやがて動き方は定まっていく。だからオーダーは君がとれ、新田君。


(そしてハイド(隠れる事)だとか、急襲だとか、そういったイレギュラーが起きるケース。普通に接敵するケースの対処方法及び戦術を予め俺が考えておく。つまり何かあったら責任はIGLの俺。何が民主主義的オーダーだよ。責任だけが俺にある。)


 錺はバック(=拾った物資が集まっている場所。インベントリ)から使わない弾丸を捨てピンを指す。


「その遮蔽ハイド注意な。それと新田、ARと近接武器やる。あと俺5mm少ない。」


「私5mm捨てる。高倍スコープあったら頂戴。」


「うん、私拾ってたよ!それと等倍スコープ欲しい。」


 電競部はそれぞれが必要の無い物資を伝え合う。役職と打ち合わせより事前に得意な武器は伝え合っていたからである。


 ――知ってると思うけどV型は弾速が早く、X型はダメージが高い。型によって使用できる弾薬は同じで、リコイルの問題もあるから得意な武器は違ってくるはずだけど、陽菜ちゃん、錺ちゃん、この2ペアにV型smgを持たせたいので、弾薬管理的には他の人がX型、もしくはE型の武器を扱えるようになってほしい。


「僕はアーマー回復無い。0.0.2.1」

 山田は四つの数字を言う。これは電競部の物資報告における共通認識であった。


 ――回復状況は数字だけ言えばいい。典型的なのはアーマーキット、アーマーシリンジャー、メディキット、シリンジャー。まぁ序にパーフェクトキット、これは無くても良いけど。アーマー回復大。小。HP回復大。小。の順番に回復物資を使用する欄に記載されているから、所持している個数を順に言えば把握が早いってわけ。ただ緊急性が高いときは素直に無い物から言った方が格段に速いから、柔軟に行こう。


「俺アーマーキット4つ持ってる。落とす。」

 錺たちは手早くバックの中身を共有していく。


 ――あぁ、あとマグナムあるだろ?スナイパー系統の弾薬を使う{Z-エンペラー50}アレについては一言だ。拾うな。アレらは今日まで弱体化を続け、特に後者は支援物資のレアリティから拾うものが後を絶たないが頭に当てなきゃ使えないゴミだ。昔から弱い。ホントのゴミだ。ゴミ拾いはしないように。


「ゴミ拾っちゃった。ゴメン恵ちゃん交換して。」

 陽菜は恵に{エンペラー50}を落とす。

「良いよ。エースの為なら。」


「えへへ、頑張るよ。」


◇◇◇



「ゴミと言えば何か伝わる。敵と言えば陣形をとる。今日まで続けてきた思考の共有が彼らを結束させる。結束とは、すなわち連携だよ。五人の個性という矢は結束してより強固な連携力を生み出す。ゲームの醍醐味っていうのは、団体競技の醍醐味っていうのは、正にこの結束したチーム力にある。」


 秋刕は楽しそうにモニターを見つめて話す。


「そしてそれぞれの個性を瞬間的に極限まで高める状況を作り上げ戦う。それがIGLに私が求めたこと。それができる才能が彼には有ると思うんだ。」


「はぁ~。そうですか…」

 長嶋教員は感嘆の内に、言葉を漏らすようにそう呟いた。






------------------------- 第15部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子遊戯部の宣戦歴 4 


【本文】


 錺の脳内は熱を蓄えグルグルと加速的に働いていた。


(秋刕から言われた指示らしい指示は一つ。それも大雑把。指示というかオススメというか、しかしそれ以外は練習通りにできる。予想はしていたがスクリムとあって部隊数の減りは確かに遅い。リングの収縮は接敵をしないまま3ラウンド目に入った。残り部隊数8/12、予てから漁夫の難しいゲームだと聞いていたが、安全策を取るチームがここまで多いとは思わなかった。いや若しくは...)


 北東側を囲むリングは遂に北東領域のみを囲い、あちらこちらで威嚇をするように、けん制射撃が行われていた。


◇◇◇


「若しくはアマチュア特有の現象かもしれない。このゲームはタイマンによって部隊数を減らしていく事が多いから。」


 秋刕はじっくりと画面を見つめ呟く。


「その理由は色々あって総括すれば漁夫の難しさにあるわけだけど、クロニクルの競技シーンでもおおよそ開発者の予想通りアグレッシブルに、まるで相撲の様に、挑発したチームとされたチームが正面から殺り合って数を減らしていくのが定石なんだ。何故なら、そうしなければ必ず苦しむ未来が待っているから。」


 長嶋教員はまたも不思議そうな顔を浮かべる。特にその様子は気にすることなく、秋刕はほぼひとりでにしゃべり続ける。


「まず物資の枯渇、キルポイントの大きさ、タイマンのしやすさ、そしてムーブ中の玉突き事故の多さ。経験上玄人は最初のラウンド当たりで、2ラウンド目には確実に、どこのチームを潰さなくちゃいけないかを理解して動いていく。それは最初の降下時にランドマークや敵数を把握して可能にしているんだけど、低レベル帯ならそんな本気のムーブはしてこない。つまり……」


◇◇◇


(つまり降下時、北西領域とここに降りた南東領域のチーム、すなわち中距離の移動を強いられたチームはゲーム性を理解していないアマチュア以下のチーム。逆に言えば、キルログを刻んだ北側のどれか1チームと、移動を強いられない北東領域をランドマークにしたチームの一つが{強豪校}だとしたらこのグループ自体が――)


「新田。これは推測なんだけど」


 錺が閉ざしていた口を開く。


「このグループは出来レースかもしれない。なんせ予選の参加条件は高校の公認であること以外フリーだ。主役は強豪2校、つまりL高と芝高専に用意されたキルムーブのたやすいカモの軍勢でできたステージ。だとすればクロニクルの競技シーンらしくない残り部隊数の多さ、初動争いの容易さ、加えて創部したての俺らがここにいる理由にも説明がつく。」

 

 新田は短髪をサラサラと撫でまわし困ったように唸る。

「そうだとすれば、作戦を変える必要が――?」


「ある。それに、このスクリム中に何としてもやりたいことがある。試合前に言ったことだよ。オンマイクじゃ言えないけど、必ずやりたいと思ってる。」


「なら。」


「あぁ、隊列を組み直す。プランBで行こう。」


 錺は横に並ぶ4つの顔を見る。陽菜はとりわけ嬉しそうに腕を曲げて力こぶを叩き、笑って言った。


「――よし来た!!」



◇◇◇



{「L高等学校―大阪」所在地、近世・カリブ海領域(北東領域)}


ストライカー 陣 克己(じん かつみ) IGL(=インゲームリーダー)

タンク    高岸 守(たかぎし まもる)

ヒーラー   明日葉 由比(あしたば ゆい)

スナイパー  内藤 剛(ないとう つよし)

オペレーター エドワード・ジャクソン


 L高等学校は限りなくプロに近い選手らの集まりであった。豊富な練習時間、余りある設備、優秀なスタッフ。プロゲーマーを排出する為に増設され続けたその豪華なサポートの数々に、しかし克己だけは表情を曇らせていた。


 何かを目指すこととは、その一つを追い求めることとは、同時に、その時間で築き上げることのできた膨大な選択肢の先にある、莫大な可能性の数々を犠牲にすることである、と。常日頃から克己はその意味を重々承知していた。そして彼は若さというものをと捉えていた。そして強さには、代償が生じると知っていた。


「克己、どうしよっか?」


 明日葉由比がマウスを滑らせながら、一斉に戦闘もせず進行し続ける敵影の数々にピンを指し続ける。由比より遠くの敵まで詳細に情報を伝えているのは内藤剛、数々のタイトルでトップランカーとして名を馳せる有名な狙撃手であった。


「こんな狭い所まで戦闘が起きないのは珍しい。克己、これ狙われてんのか?」

 剛はニヤリと笑い武者震いをした。


「いや、恐らく逆だろう」

 克己は1倍のスコープから対岸を見つめる。


「多分仕組まれてる。素人ばかり集めたマッチで|L高(ウチ)か芝高専がキルムーブ。大会として目立たせようって魂胆だろう。」


 由比は「確かにー」と返事をする。

「低ランク帯もこんな感じだよねー?じゃあ、やっちゃう?キルムーブやっちゃう?」


 その言葉に克己は顔を顰める。

「短絡的な考えをするな。今俺たちはリングの中央且つ、島を防衛する側にいる。」


 克己の言う島とは、海賊島(=トルトゥーガ島)と呼ばれている北東部メインシティのことであった。従来の競技シーンにおける展開では、ラウンド3トルトゥーガ島を囲むダメージリンクが川一つ分近くまで狭まっていくという段階で、残り部隊数は多くて5部隊、平均では4部隊が妥当。ラウンド4ではその部隊数が3部隊~2部隊へと減少し、川を挟んだ一騎打ち、もしくはトルトゥーガ島での一騎打ちがファイナルラウンドを跨いで勃発するのが通例であった。しかし現在の部隊数は8部隊。ラウンド数は2/6通常の展開では確実に3部隊ほどが脱落するようなラウンドであった。


 そして克己たちは一騎打ちを受ける側。メインシティトルトゥーガ島の要塞内にいた。


「ファイナルで潤沢に物資蓄えた芝高専と一騎打ちするくらいなら、対岸でハイドしておいて、芝高専が渡る時に後方奇襲。今の内にキャラピックを強襲系に切り替えておいて物資差覆して勝利が確実なんじゃないか?」


 L高等学校、高岸守はもうひとつのブレインとして克己に提案する。その提案にも克己は顔を曇らせるが「うん」と一人でに頷くとリバースと呼ばれるビーコンオブジェクトへ向けピンを指した。


「多少は賭けになるが、それでいこう。」


 克己はそう言うと率先して動き始めた。


 {クロニクル}にはリバースというシステムが存在する。倒されたチームメンバーを生存者が生き返らせるシステムであるが、その時、蘇るチームメンバーはキャラピックを選びなおすことが出来るのである。その際、所持していた物資は倒された場所に放置される。これらは至ってシンプルな仕組みであるが、{クロニクル}ではリバースが示す特定のポイントに敢えて自ら所持していた物資を捨てリバースを利用することで、キャラを変更を意図的に行う仕組みがあった。


 更に、克己たちが画策する{一騎打ち}というシステムもまた{クロニクル}特有のものであり、戦術的に把握しておかなければならないシステムであった。すなわち最終リングと残った二部隊間に生じる対戦的地形の変化である。このシステムをクロニクルプレイヤーは{タイマン}と呼び、一騎打ちが発動しない状況下においても、他部隊の介入が不可能である戦闘ではタイマンと呼ぶことがある。つまり克己たちの狙いは、芝高専にのみに的を絞った一騎打ちにおける優位ポジションの確保であった。


「ロング・ディフェンスだ。」


 克己は小さな祠のオブジェクトから周囲五カ所に設置されている彫刻の施された石板の上に立ち、L高の仲間へ指示を出す。克己たちのいう{ロング・ディフェンス}とは、{遠距離特攻守備型}と呼ばれる役職(ロール)の組み合わせだった。


ストライカー 陣 克己   ムサシ→リッパー

タンク    高岸 守   ジークフリート→フランケンシュタイン

ヒーラー   明日葉 由比 ナイチンゲール1号→マーダークラウン

スナイパー  内藤 剛   シモヘイヘ→ロビンフッド

オペレーター エドワード・ジャクソン ガガーリン→テスラ


 五人は克己の指示通り、練習済みの編成に約束通りのキャラピックをした。


「エド、そんな顔をするな。」

 タンクの高岸は嬉しそうに白髪の少年へ声をかける。


「うるさい。」

 しかし白髪の少年は仏頂面で輪郭だけ集まった五体のキャラを眺めていた。しばらくして祠が消え上空に光が差すと5人は描かれた光る魔法陣の上で左右に動いたりしゃがんだりしながら、被弾リスクのある行動範囲制限の掛かった拘束の解除を待った。


「よし、いくぞ。」

 克己が合図をするや否や、パーンと弾けるような音が克己たちの自由を知らせる。狙うはトルトゥーガ島から対岸にある高台の設置されたサブシティ{決戦夜港と海賊船(デイブレイクハーバー&パイレーツシップ)}であった。


「タイミングは俺が伝える。」

 克己はそう言うとトルトゥーガ島から決戦夜港に最も近い浜の木陰でしゃがみ込む。


「ここらのカバー、耐久値が設けられたの知ってる?」


 由比が隠れていた岩をドスッと殴った。


「うるさいぞ。」


 克己は耳を澄ませながら、北港から流れる川の滝壺である。サブシティ{海賊の巣窟}に意識を向けていた。


「このチーム雰囲気悪ーい。」

 由比は隣に座る高岸の肩をドンっと殴った。しかし高岸は無反応にキルログを眺めている。


 そしてしばらく時間が立ち高岸が「来た」と端を発した。ゲーム画面右上には敵チーム同士のキルの記録が流れ始めた。


「いや、まだだ。」

 

 克己が制止した3秒後、キルログの一つに滝沢かりんと書かれたショットガンキルの表示が混じる。


「――GO!」

 克己の一見唐突な合図の意図を4人は既知の元、対岸のサブシティに存在する酒場目掛けて走り出す。酒場からは慌てたように他部隊が顔を覗かせる。


「撃て。」

 刹那のこと、窓から顔を覗かせた敵はキルログに名を連ね、単発の鈍い銃声は重々しく残響し、重なる様に連なった軽い連射音はエドワード・ジャクソンの獲得キルをログに刻む。畳みかけるようにウルトを吐いた克己は、自身の居場所から酒場を包むまでの直線に濃霧を発生させ{決戦夜港(サブシティ)}は途端に、治安の悪そうな鬱蒼とした街へと様相を変えた。


「ヤバい!」

 克己たちのヘッドホンから範囲型の全体vcが響き渡る。


「バカが…!」

 

 視界の悪い中、バフのかかった克己だけが敵目掛けて一方的な発砲をする。速度、視界、精度共に、この濃霧の中で克己に敵う者はおらず、しかし後から侵入した4人も反響する全体VCのボリュームが増していく先へ迷わず進行していく。向かう先は酒場二階の屋上に繋がる階段の奥にある、寝室の扉。高岸はスライディングを入れて近接武器を扱い扉を叩き割って流れるように部屋の右隅へショットガンを放つ。


「いない!」


 高岸がチームVCに声を吹き込む、その暇に克己は部屋の左に位置する衣装ダンスへ銃弾を叩き込んだ。


「俺は…」


 しばらくして、衣装ダンスからポーンととぼけた音が響き、克己は近接武器で穴の開いた衣装ダンスの扉を壊す。


「俺は…お前らみたいな素人と戦っているこの現状が、」


 克己は中に転がるデスボックスに向かい吐き捨てるように呟くのだった。


「不愉快だ…‼」




------------------------- 第16部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子遊戯部の宣戦歴 5 ~オペレーション・MODE OF PRO GAMER 深淵なる濃霧の力士~


【本文】


 「周りを開ける。」

 克己がそう言うと、高岸は近接武器であるハンマーを持ち上げ「あいよ」と言って外に出る。続くように克己と内藤は酒場を後にし、一方、エドワードと由比は酒場内にスキルを利用した防衛トラップを巡らせ始めた。


 「アッはっはっはっは、やるなぁ~!!ヒューヒュー!!」


 観客席では秋刕が大型モニターを見つめながら、その下で操作をするL高の選手達へ黄色い声援を送っていた。ヘッドフォンと特設会場の音響効果により選手たちにはその声が届きづらくはなっていたものの、秋刕のやけに目立った大きな動作は、一部の選手の集中を害するものであった。しかし会場は尚、呼吸を忘れるほどの緊張感で包まれ続けている。


「よっしゃー!がんばれー!!負けるんじゃないぞ!!」


「だ、誰を応援してるんですか!?」


 長嶋教員は咄嗟に秋刕を制止しようとするが秋刕は真顔で横を向き「L高」と呟いた。


「えぇぇぇ!?――そんなんじゃ生徒たちが悲しみますよ!!」


「君は一体何を見てたんだね…?」


 秋刕は淡々とボリュームを落として長嶋教員へ呟くようにそう言うと、また子供の様にテンションを上げL高の選手へ手を振った。


「おーい!頑張れー!!死ぬんじゃないぞー!!」


 秋刕は漏らすように、口角をじりじりと上げてケケッと笑った。


「ねぇ克己?ウルト長くない?」


 明日葉由比は焦ったような声で克己に伝える。克己は少々、否、ほんの刹那の思考で答えを出す。しかしその声色は、 


「俺のじゃない!!」


 意表を突かれた獲物のソレであった。



◇◇◇


~IN東雲高校~


 「覚えておきたまえ、リッパーのウルト濃霧(ヘビーフォッグ)と呼ばれるものは、移動を主な目的としている。そしてウルトは戦略上の配慮で特定のキーを押すとアクションボイスを小さくできる。更にこのリッパーはキャラの性質上声が低くて小さいからウルトが聞こえづらい。他にもアクションボイスを消す方法は……」


 「だからなんだよー?」

 錺はめんどくさそうに秋刕の声に耳を傾けながらゲームをする。


「だからストライカーが使わなくても十分に強い。」

 錺は、またか、と言った顔で秋刕をいなす。


「今はヒーラー適職しか使わない。ヒーラーとストライカーのダブルdpsが強いって秋刕も言ってただろ。」

 

「まぁそうだけど...」

 秋刕は困ったような顔で頭を描いた。


「けれど、それはみんな知っていることだろ?」


 秋刕は思いついたように続ける。


「作戦というのはね、周知の外から発見するものなんだよ。オンメタを好むチームはオフメタを知っている。オフメタを好むチームはオンメタを知っている。いつだって意外性だけが強みのオフメタ構成ならば、研究されて頭打ち。ただいつだってオンメタに勝る総合的な強みがあれば、オフメタは新たな時代を切り拓く。君はIGLをやるんだからフレキシブルにいかなきゃね。知識は蓄えてこそ、盤上の強みを見ることができる。」


 錺はムスッとした表情で秋刕を見る。


「君がオペレーターをやりたいのも、それが時には良く刺さっていることも、よく分かるけどさ。」


 秋刕はヘラヘラと笑いながら続けた。


「君はその前に、IGL(リーダー)をやらなきゃ。」


 錺はムスッとした状態のまま「分かってる」と呟いた。


「それで?何が出来るんだ、その霧で」


 錺が問うと、秋刕は陽菜の方をチラリと見てから、文字を書き始める。


「まぁ、出来るというか。作るんだ。私がかつて考案した近距離特攻の最優位を…」



◇◇◇


「私のチームはかつて、この状況で負けたことが無い、生涯無敗の大技さ。まぁ今フィールドでは戦ってない訳なんだけど。ほら、コーチとしては戦っているだろう?チームとしてさ!」


 秋刕はフフッと笑うと長嶋教員を一瞥する。


「一度も、負けたことが…無い!?」

 長嶋教員は息を飲みながら秋刕の声に耳を傾けた。


「あぁ、その名も{~オペレーション・MODE OF PRO GAMER 深淵なる濃霧の力士~}」


 秋刕は腕を組みながら眉を傾け長嶋教員を見る。


「かっこいいだろう?」


「いや...」


 観客席では長嶋教員が、プレイヤー席では同じような具合に克己が顔を曇らせていた。それは予習の無いダークホースからの洗礼の如き宣戦。

 

「俺のじゃない!!」


 克己はバグを疑おうとする脳を冷静に切り替えると瞬時に銃を構え、遮蔽物(カバー)へ隠れながら4人へ叫ぶ。


「敵だ!!」


「――場所は?」


「分からない!」


「は!?」

 刹那、応答した高岸が「うわぁあ!!」と叫びキルログへダウンの表示が出る。使用武器の欄には近接攻撃と映っている。しかし高岸はその間、一発も撃たずにキルまで運ばれていた。


「リッパーがストライカーで間違いない。」


 克己が即座に知らせる。


「とりあえず酒場来て。ディフェンシブに!!」


 由比が叫ぶと克己が呼応するように喋る。


「分かってる!タンクは足音がしなかった。不穏だが恐らくはライデン、残りは不明の4v5!大丈夫だ室内戦なら部がある!!」


 克己は状況を整理しながら酒場の中まで駆けていき。入り口へ向かい、銃を構えながらカウンターの裏へ隠れた。その様子を二階から見届けた二人は視界の悪い室内で微かに見える入り口にレティクルを合わせている。


「何も見えない!」


 後から酒場へ戻った内藤も入口へ向かい照準を合わせながらカウンターへ身を隠す。会場の大画面に映るその光景を眺めながら、秋刕は楽し気に鼻で笑った。


「決戦夜港(デイブレイクハーバー)の宴酒場。ここは貫通するオブジェクトが少なく入り口は三つ。しかし表口以外は防衛スキルでほぼ侵入不可能なトラップ地獄が作れるから、防衛側がかなり強い。更に言えば迫りくる外敵には一方的に射撃できるセッッッコい遮蔽物が有って、周りの木造建築はセコセコ叩けば壊れて見晴らしが良くなる。土台も周りより若干高いし。つまり、マジ要塞。」


 秋刕はニヤ二ヤしながら長嶋教員へ解説を続ける。


「だから相手は遠距離特攻で外敵を狙う編成にしていた。防衛時の接近戦は憂慮せず、芝工高専を狙う為だけにキャラも武器も全て変えた。私らには目もくれず。芝工高専を倒すそのためだけに!その行動力だけは褒めてやりたいけれどねぇ?」


 秋刕は瞳孔を開き強烈にL高を見つめながら不気味にニヤつく。


「全く甘えた編成だよね!全くもって、不・愉・快さ!!全く――」


 秋刕は笑いを堪えるように怒りながら


「グレネードくらい持ちたまえよ!!」


 嬉しそうにそう言った。


 

◇◇◇


 由比は煙にまみれたスコープから微かに映る入り口に照準を合わせる。


「私も全く見えてない!でも克己が見えてるなら大丈夫でしょ!?」


「あぁ、任せろ。俺が全員殺す。」


 克己はスコープをピタリと入り口で止めている。しかし、状況は次第に変化していく。


「待て俺も、見えてない!」


 克己は咄嗟に叫ぶが応答が無い。その原因はクロニクルプレイヤーなら周知のことであった。


 「――ジャミング!!」


  克己の焦燥が鼓動を速めていく。


 「勝った。」


  秋刕がそう呟くと、音の無い世界で酒場の扉が吹っ飛んだ。




------------------------- 第18部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子遊戯部の宣戦歴 結 ~Beautiful sound cracking~


【本文】


「眼鏡のデータキャラ君に言われたよ」


 秋刕が腕を組みながらモニターを眺めながら言う。


 「誰ですか」


 …


「だーやま。」


 秋刕はムスっとした顔で長嶋教員に応える。


「彼は自分のエイムに自信が無いんだと、チームの足を引っ張るかもしれないと言っていた。実に申し訳ない話、彼だけはパッド(※ gamepad=ゲームパッド、コントローラのこと。)操作者だからテコ入れが難しくてね。だから私は言ってやったんだ、このゲームはタクティカルシューティングゲームだよって。」


 酒場の扉を破壊しながら陽菜の操るライデンがエントリーを果たす。


「バカめ‼」


 克己はほくそ笑みながら引き金を引くが、二体目の巨漢が刹那の間合いでドーム状のシールドを張った。


「2タンク!?」


 L高エドワード以外の選手は、予想外の編成に目を丸くする。それは2タンク。通常の{クロニクル}では有り得ない奇抜な編成だった。それもそのはず、その実態は日本大会では前例のない局所的なメタであった。


「正しくは3ストライカー。」


 秋刕はドヤ顔で楽しそうに言う。


「超局所的オンメタ。この状況下で言えばこの構成は対L高用の特攻編成と言える。リッパー、ムサシ、ライデンをそれぞれヒーラー、オペレーター、ストライカーと振り分け、プッシュするためのタンクとしてフランケンシュタインを残し、スナイパーの恵ちゃんはハンターとして優秀な強襲力を発揮するディアブロを使う。L高がリッパーのウルトを使えばまずリッパーで重ね掛けをし音も無く接近。続いてムサシの煙幕(ウルト)にシフト。」


 新田が設置したドームの脇からライデンが飛び出し、酒場(バー)のカウンター目掛けてウルトを使いながら突撃する。


「ウルトが戦場(バトルフィールド)全体に回ったらジャミングで連携を阻害。スモークの中で一方的に敵を視認できるムサシと、全ての妨害行為及びデバフを無効化するだけ能力しか無い、ライデンのうんこウルトが敵を一方的に蹂躙できる最大ファクターとして機能する。」


 目指す先にはL高スナイパー内藤が、明後日の方向に銃を向けて佇んでいる。視界不良の中、頼みの足音もジャミングにより奪われ陽菜の操るライデンは一方的に自身の有効射程(エフェクティヴレンジ)まで近づき搗上雷閃(スキル)を発動させる。


 視界の片隅にライデンを捉えた克己はリッパーとライデンとの間にカバーを一枚挟みピークして乱射する。その間ムサシを操る錺は、二階からシールドへ向け銃を撃っていたL高ヒーラーの由比をリロードのタイミングぴったりに強襲する。焦った由比は武器を切り替えるが装填済みのプライマリウェポンはスナイパーライフルであった。無論錺は一方的に由比を打ち抜く。しかし二階に残っていたエドワードはスライディングジャンプにローリングを合わせた俊敏な動きで、一階に設置されたシールドの中へ身を投げる。


「一人降りた!!」


 錺はVCで叫ぶ。二階からの追撃は新田のドームにより防がれ一階では、克己VS陽菜。エドワードVS新田、馬喰田、山田の2グループが超接近戦による打ち合いを始めていた。


「上手いな!田田田スリーデン's相手に一人で粘ってら。」


 モニターを覗く秋刕は感嘆する。圧倒的優位に見えた戦況もエドワードの巧みな回避とバブルシールドを利用した紙一重の攻防により翻弄されていく。


「やば強い!!」

 陽菜もVCで苦戦を告げるがカバーに向かう余裕は誰も無かった。


「いま降りる!」

 エドワードに少し遅れ。一階に設置されたシールドへ錺が飛び降りる。刹那、新田はエドワードのショットガンに頭を打ち抜かれダウンを取られ、次にレティクルは飛び降りた錺に合わせられる。


「やっべえ!」


 錺はシールドの中へ飛び降り、着地時の硬直にエドワードは錺の頭を打ち抜く。瞬間的に回避、そしてピークショットを一瞬でこなし向かい合った錺と相撃ちとなった、しかしダメージが尽きたのは錺のみ、エドワードは正確に錺の頭を打ち抜いた。


「テスラ(=エドワードの使用キャラ)瀕死!」


 錺の報告に重なる様に、陽菜が「こっちも!」と声を上げダウンする。ドームは消え開けた視界の中で恵はセカンダリウェポンのショットガンで抗戦をするが、克己とエドワードはフォーカスを合わせ、瞬く間に恵をダウンさせた。東高校が酒場へ勝負を仕掛け、ここまで僅か20秒のことだった。


 たった数十秒のことである。


 たった数秒が人生を変える。今まで積み上げてきたものを、これから積み上げていくものを、たったの数秒が、そしてその内の0コンマ数秒が数発の射撃が、もとい、敵を仕留める為に打ち出される最後の弾丸が、マウスを滑らせクリックする刹那の操作が、あるいはコントローラーのレバーを倒しボタンを押す一瞬が、その瞬間からの{五人の未来}を変えるのである。


 しかしその事実が。脳裏を過ったその残酷さが。その刹那、東雲高校山田正義のエイムを逆に、極限まで滑らかなものにしたのである。


――ねぇコーチ。もし俺がさ、ここぞという時。土壇場で足を引っ張ったら……。


「錺ちゃんを殴るさ!!」


「体罰系かよ!?」


「愛の鞭だよ!」


 秋刕は楽しそうに拳を丸めて山田に即答する。


「でももし君が的を外して、もしそのミスで"足を引っ張った"なんて事実を作るようなチームなら、私がIGLを変えさせる。何故なら事実として、サポートの君のキル数で勝敗が別つような展開なら、そもそも戦術が機能していないからさ。だから気負うな!!」


 山田はしかし、曇った顔で言った。


「でも下手なら下手って言って欲しいんだ。コーチはいつも下手じゃない下手じゃないって、どう考えても俺が一番足を引っ張ってる!俺は皆みたいに上手くない!!」


 秋刕は少々眉を顰めながら首を傾げて返答した。


「えへ?勘違いするなよ凡人。」


「アレ...」

 

 秋刕はスイッチが入ったようにまくし立てて喋った。


「君がみんなより下手なのは当たり前だろ。私は子供騙しの嘘が嫌いなんだ。君はスタートが遅いわりに上手いって言っているんだよ。この数週間で彼ら並みのレベルに行こうっていうのは君みたいな凡人には到底無理な話なんだぜ?甘えるなよゴミが。」


「ゴミ...」


 山田は当惑した表情を隠せずにいた。しかし秋刕はお構いなしに続ける。


「ただこのまま上達しませんでした、才能がありませんでした。なんて数か月後の私が言ったのなら。もしそう言われたのなら。君は私をゴミと呼ぶと言い。だって教えたのは私なんだからね。私はその時、自分が凡人以下だと認めよう。」


「...」


 山田は秋刕の論理に混乱しながら、圧倒されて黙り込む。


「いいかい?」


 秋刕は続けた。


「君は凡人だよ。けれどこの世の人類の大半は、凡人なんだぜ?」


 山田正義は黙って頷いた。


「でも事実。凡人だって努力ができる。凡人だって上手くなれる。凡人だってプロに成れる。凡人だって夢を掴める。そうだろ?――じゃあ君の想いが私に託され、君の時間が私に託され、私を信じてくれた君の努力がその時間が実を結ばなければ、それは"指導者"である私が、プロを名乗るに及ばない素人以下のゴミだってことの証明になるんだ。」


 秋刕も自分の言葉を確認する様にうんうんと頷いた。


「ところが残念。私は自他共に認める大天才だった!!」


 そして秋刕は胸を張り、エッヘンと腰に手を当てた。


「だから君は当然上手くなるし、君だけのせいでチームが負けることは当然無い。何故なら君の能力は織り込み済み、前提条件として戦術は作られるからね!それにさ、負けるときは皆がちょっとずつ足を引っ張って負けるもんだ。それを救うのがイレギュラーな君のエイムだったり、声出しだったりするんだ。」


 秋刕は山田の肩をポンポンと叩き、吐き捨てるように去り際に呟いた。


「なんにせよ、負けたら殴るよ、IGL。――あぁ小鳥遊、心の一句。」


 理不尽な文言を脳裏に過らせ、山田は飛び込む。


「――殴られろッ、錺ぃい!!」


 そう叫びながら山田はマシンガンをばら撒いた。画面には12,12、12,12と交互に鈍い被弾音が4つ、紙切れが宙を舞う様に瀕死の克己とエドワード含むL高のキャラクターらが死体箱と化した。1v2クラッチ。それは余りに弱々しい、しかし確かな救済だった。


「なッ....」


 戦いの終わりを確認するように、あるいは感嘆の吐息を漏らすように、新田が詰まった声を口にする。そしてまるで箍が外れた様に、


「なっ、ぁ、ぁああ!!」


 声から声へ、感情の波及が連なって、大きな一つの輪へ。


『『ナイさぁああああ△※×!!!』』


 バラバラに連なった喝采が東雲高校のVCに響く。それは歓喜の音割れだった。






------------------------- 第19部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

スクリム後


【本文】


 先程印刷されたA4紙には、EJCCアカデミック枠スクリムの試合結果が記されていた。ギーコ、ギーコと席の背もたれを揺らしながら仰け反った姿勢の箆鹿(へらじか)は、その用紙を覗きながらつまらなそうに溜息をついた。


「おいおい、あんだけの啖呵を切っておいてこの様ですか?」


 それを聞いた秋刕はすかさず口火を切って返す。


「違うね!戦術的に敗北を喫しただけであって、実際には私たちは勝負に!そう勝負には!勝ってるんだよね!」


 箆鹿はそれを聞くと秋刕が用意したもう一枚のプリントに目を通し、今度は殊更めんどくさそうな顔でそれを読み上げた。

 

「公立の無名高校、学生アジアチャンピョンを打破。大会屈指のダークホースになるか。なんだコレ?」


 箆鹿は生徒会室の長机に頬杖をつき、秋刕の瞳を覗き込んで続けた。


「たかがアマチュアのチームに、それもたった一度全滅を取っただけのビギナーズラックチームが、たかが一介のマイナー攻略サイトの記事に載れただけで、よくもまぁまぁ、堂々と無い胸張ってここに来れたものだな。」


 秋刕は嘲笑を浮かべる箆鹿に向け、無言で目を細め睨みつける。睨まれた箆鹿は調子が狂ったように頭を掻いた。


「冗談ですって。」


「――セクハラだぞ」


 言葉を重ねるように釘を刺す秋刕に、箆鹿はきまり悪そうな顔をして天井を仰ぎ目線を反らした。


「それで新聞を刷って欲しいんだ」


「――嫌です。」


 秋刕は眉を顰めて機嫌を悪くしたような声を出す。


「君にじゃない。新聞部に、だ。」


「なら新聞部に頼めばいいじゃないですか、もしくは学外に向けて広告を出す広報部、それか学内報告やニュースとして放送してくれる放送部。」


 秋刕はめんどくさそうに箆鹿へ近づき、ノースリーブの白いワンピースから、すらっと伸びた白い腕を上げて、その指先は箆鹿の両頬を伸ばすように抓った。


「いーじーわーるー!すーるーな!」


「ざまぁ~~~~~」


「許可を出せー!!」


「嫌だ~~~~」


 箆鹿は頭の後ろで手を組んで仰け反りながら目を反らす。

 すなわち、東雲高校生徒会は放送部、広報部、そして新聞部を直属の機関として創部し統括していた。それら部活動は箆鹿が会長権限を使用し部長として治める自治機関であり、生徒会長が直轄機関と認定してから1年の間は顧問を必要としない特殊性を持っていた。


「嫌だよぉお~~~ばぁ~かぁ~~~~~、――ヅっ!!イダイっ!!イダイっで!!」


 秋刕はググッと力を強めて箆鹿を抓った。


「そ、れ、に!」


――バッと、手を引き剝がした箆鹿は窓の外に広がる灼熱のグラウンドで今まさに練習中のサッカー部を親指で指し、目線を外して頭の後ろで再度腕を組み、仰け反ってからボリュームを落として続けた。


「それに。サッカー部と野球部から金が流れています。御宅の部活動に、一介の文化部に。関東大会へ挑む実力を持つ我が校の運動部の軍資金が。」


 秋刕の反応を伺うかのような沈黙の後、箆鹿は続ける。


「憎悪(ヘイト)が溜まっています。」


 静寂は破られる。刺すように透き通った女の声は開かれた扉より生徒会室を裂くように響き渡った。


「あら、お久しぶりですね。東雲です。」


 副会長の彼女は自己紹介をすると箆鹿の横、副会長席と書かれた定位置に静かに座した。


「負ければ廃部。違いましたか?」


 箆鹿はニヤリと笑って祈る様に手を重ね机の上に、そのままゆっくりと重ねた手へと顎を近づけ前傾姿勢で息を吐いた。


「怖ッ。」

 ニヤニヤしながら箆鹿は呟く。東雲は箆鹿の言葉を笑顔のままで受け流す。


「人件費という名目で流れているのです。関東大会へコンスタントに出場している我がサッカー部の部費が、都選抜者を排出し多くの学校と交流を深めた我が野球部の部費が、何ら結果を残していない。たかが‘ゲーム部`に流れているのです。」


「その通り。」

 箆鹿も便乗して頷く。


「それは君たちの、お金の管理の問題だろ。わたしゃただのスタッフ。私が詐欺師だと言うのならば証拠を寄越したまえ。」

 

「あぁー、確かに。それもその通り。」


 箆鹿はヘラヘラしながらまた頷いた。部屋の空気に沿わない、軽々しい笑いだった。秋刕は構わず、視線を落として口を開く。


「私はただ、自分のできる範囲で、時間の許す限り足掻きたいだけさ。決して誰かに迷惑をかけるつもりはなく、悪意は無い。それに彼らもそうだ、真摯に目標を追っている。他の学生諸君と同じなんだ。」


「現に迷惑は掛かっています。」


 東雲は凍えるような、しかし不気味に優しい声で、囁くようにそう言った。


「しかしそれは!君らの問題だと――」


「ええ、しかし。」


 東雲の反論を制して、箆鹿は声を上げる。


「しかし確かに。証拠もなく闇雲に、ただ疑わしいと言う理由で被疑者範囲攻撃なんてスマートじゃないですね。それは僕のやり方じゃない。」


「生温い。」


 間を指した箆鹿に対して、東雲は決まり悪そうな顔を覗かせた。


「だからまぁ、結果出せば良いんですよ。もちろん負けは許されない。生徒数日本最大のL高生徒会とコネがとれるなら、別段悪い話では無いですし。」


 箆鹿は秋刕を覗き、笑った。


「なんだ、好きで見に来てたんじゃないのか」


 EJCCスクリム時、ひょっこりと顔を覗かせた箆鹿を秋刕は思い出す。L高等学校を始めとした数々の高校に、死ぬほどペコペコ頭を下げながらSNSを交換していた箆鹿を秋刕は当時、内心でクスクス笑っていた。


「当たり前でしょう、ゲームしないですもの。」


 箆鹿は茶化すように笑って言った。







------------------------- 第20部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

蒼き背水の陣


【本文】

「そろそろ彼らが来ます。」


 東雲副会長は不機嫌な顔をする。


「箆鹿君、ここで練習させるつもりですか?私はここらにあるゲーム機を片すために来たのですが。」


「まぁーまぁー。そんな重い物、わざわざ片すのも癪でしょう。」


 箆鹿は宥めるように東雲を見る。


「仕事の邪魔です。」


「スペースならあります。業務はそこでできるしエアコンの無い部屋で高ぇPCが湿度と温度でやられたら、追い出した生徒会うちに責任が回ります。彼らもそれを読んでいる。特に志田錺。」


「人の心配じゃなかったのか。」


 箆鹿の言い分に秋刕は呆れた様に溜息を吐いた。


「それに一度下した決定です、俺が。」


 箆鹿は東雲を一瞥した。東雲は下唇を噛んで苦虫を噛み切ったような顔を浮かべた。


「では、帰ります。隣でゲームなんてされたら集中できませんもの。」


 東雲はそう言い放ち立ち上がった。


「あれ、もしかして怒ってますか。珍しいなー?」


 箆鹿は茶化す様に言うが、重たい雰囲気のまま東雲は振り返る。


「いいえ怒ってはいません。ただ――」


 東雲はトーンも変えずに続けた。


「無職の癖に態度だけ大きい、責任も取れず結果も残せない大口叩きの低能のおチビさんが、大事な後輩に付け込んでいて不愉快なだけです。ふふっ、前から思っていたけど貴女、子供みたい。性格も、生き方も。あと、少し臭いわ。」


 東雲は微かに口元を緩ませて言うが、秋刕を見下すその目は微塵も笑ってはいなかった。冷たい視線を注がれた秋刕はググッと震えを抑えるように下唇を噛みしめ黙っていた。


「では。」


 そう言うと東雲は淡々とした口調で静かに扉を開けて出ていった。


「グヌヌ。。。。」


 秋刕は俯いて拳を握り込んでいた。ただじっとこらえるように。さすがに応えのだろうかと箆鹿は顔をチラリと覗く。


「東雲さんは元来、舌刀の持ち主です。あれが平常運転、気にするもんじゃ無い。」


 秋刕はまだ固まったように立ち尽くす。


「まぁ、本来はこんな中堅公立校にいるような凡才じゃないんです。偏差値もお家柄もそう。そして進学した唯一の目的、彼女が目指していた座を俺が奪った。それから彼女の舌刀はより鋭くなっていきました。」


「う、ん...」


 秋刕は生唾を飲んで、意識を上の空にしたような返事をした。


「気にすんなって。風呂入ったんだろ?臭くもないですからっ――」


 タンッと、箆鹿は秋刕を慰めようと背中を叩いた。秋刕はその軽い衝撃に過度に驚いたような「ヒャウっ」と甲高い声を出し、堪えがたいと言った表情で箆鹿の方へ振り替えって言った。


「えっ、えっちだ......」


 察した様に箆鹿は深い溜息をついた。東雲副会長は学校へ着いたばかりであったが、唐突な通り雨の為にシャツが透けていた。それ故か機嫌もすこぶる悪いようにも見えた。真夏の曇天は天邪鬼である。


「かっ彼女、絶対ベットでは激しいタイプだよ…‼せッ、潜在的なドSの香りがするんだ...豊満な胸に美しいスタイル、スベスベなお肌、極めつけは凍えるようなあの声だよ...!!言葉責めでもされようものなら私は五秒でイク自信があるよッ!!」


「やっぱりその下品で臭い口を閉じろ変質者ッ……。」


 箆鹿は秋刕の両頬を片手で潰す様に掴んだ。秋刕は分別の無い一面を見せ「ウー。」と口をすぼめて唸りながら我に返ったように黙った。箆鹿は単純に彼女の下ネタがすこぶる苦手だった。


「わっ、私は歯医者に褒められるほど綺麗だし......ウッ、口内も清潔だと知ってニヒィッ……」


 白い歯を見せ笑う秋刕に調子を崩されたように、箆鹿は溜息を吐いて項垂れた。


 しばらくして扉は再度開き、電子競技部の五人がゆっくりと重たい雰囲気のままに生徒会室の定位置へ歩みをすすめる。箆鹿は秋刕の頬から手を離し自席へと戻るが、誰一人として彼を見るものはいない。ただ全員が各々の画面を見つめて電源ボタンを押していく。誰一人として言葉を発さない。ただ錺らの脳裏に過るのは、完全警戒下の元で戦った残りの2マッチ、1キルも取れずに敗退した屈辱の2試合の、その記憶だけだったろう。


 ――東高校電子競技部、総合順位9/12

 

 秋刕曰く。どれだけハイレベルな野良のランクを回そうと、スクリムという真剣の打ち合いには匹敵しない。初戦以降、優勝候補、L高のムーヴは電子競技部を意識したものとなり、周りの動きも流動性と正確さを増していった。すなわち大会直前にして{電子競技部}は本物の試合というものをやっと体感した。真剣での打ち合いを。


「はぁ...」


 打鍵音が響き渡り、緊張感が場を支配する。しかし、その声色にはいつものような弾みが感じられなかった。箆鹿はイヤホンから流れるテクノの音に目を瞑り、しばらくしてから溜息を吐いてイヤホンを置いた。


「陰気臭い奴らだな。」


 彼ら数戦の練習試合が敗戦に終わり、俺は頬杖を突きながらノートパソコンを畳んで言った。退屈そうに、気怠そうに、ダレた様相の中にしかしふざけた心持ちを隠して。


「なんだお前ら。ジメジメしやがって仮にも自称アスリート(笑)だろ、まったくもって不愉快。湿気が増すんだよ。」


 箆鹿は立ち上がり椅子を机の下へ押し戻し、腕を組んで壁に寄りかかる。


「なぁ、鈴木陽菜。」


 陽菜はゆっくりと箆鹿の方へ顔を上げる。


「そのまま終わりたきゃ勝手にしろ。敗けて悔しくなってガキみたいに激昂するのは勝手だが、この部屋の書類は荒さないでくれよな。」


 箆鹿は秋刕の後ろを回り生徒会室(へや)の扉の方へ歩いていく。


「眼鏡、さすが俺の送り込んだスパイなだけあるわ。全然弾当たってねぇし、しっかり下手だな。加えて馬喰田恵、なんだその苗字。」

 

 全員がちょっとだけ言い返しそうになるのを抑え、喉まで出かかった言葉でザワザワとぼやけた声が散発する、その時全員が画面以外を、あるいは箆鹿の顔を見つめていた。箆鹿はその大層顔色を悪くした5人の仕草に優越感と軽い悪戯心を覚え、吐き捨てるように言った。


「俺ならもっと巧くやる。校名を背負うなら、立場を背負うなら、そしてリスクを背負うなら尚更だ。腑抜けた覚悟は必要ない。だせぇお前らと俺は違う。自己欺瞞に満ちた努力なんてしない。いいか電子遊戯部、みじめな悲劇に客を付き合わせるな。お遊戯をしたいならこの部屋を使うな。まぁお前らには、無理な話かも知れないが。」


 箆鹿はアウターを羽織りながら続ける。


「邪魔者は出てってやるから、せめて最後まで楽しませろ。Eスポーツってのは客が楽しめなきゃ元来存在しないビジネスだろうが。そこに温情なんて一切無い、実力主義ならいわんやそうだ。負けたら廃部は変わらねぇから。」


 そのセリフは半分秋刕へ、確認させるように言い残していく。


「チッ、イギリス人か君は。その30点にも満たない赤点ギリギリの皮肉をヤフー知恵袋かなんかで採点してもらってくるといい。少しはマシになるさ。」


 激励しているのか、はたまた掌で火遊びに興じているのか。秋刕は箆鹿のその不透明な態度へ呆れた様に笑って言った。そして、秋刕が箆鹿へ言い返し、口角を上げるのと同時に錺たちもニヤリと笑った。


「よぉし、やっと集中できるねッ!!」


 陽菜が袖を捲りマイクに声を入れる。畳みかけるように錺が続いた。


「他校に作戦漏らされたら敵わないからな、はやく出てけよ。」


 箆鹿は清々しいほど理不尽な錺の言い分に対し、口角を上げながら舌打ちを返し廊下へ振り返る。


「そうだね。私らは、勝つ。」


 秋刕の捨て台詞をかき消すように箆鹿は生徒会室の扉をバタリと閉め、恐らく誰もいないだろう図書室へ歩みを進めた。終ぞ自分から出て行く羽目になるとは思いもしなかったと、溜息を吐きながら。






------------------------- 第21部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

職権乱用による電子遊戯部優遇疑惑事案と、


【本文】


 昨日、生徒会直轄新聞部より学生指導部宛に、「電子遊戯部特集」と冠する生徒会新聞秋学期用特別用紙(A3)1200枚の発行許諾が降りるという事案が発生。

 

 本件に関し生徒会は何ら関与を持たず、文化部連合会所属電子遊戯部の独断強行であると推測される為、生徒会としては電子遊戯部への罰則を検討するところで……


「何、見てんだよ。」


「別に~?」


 俺は打鍵音を響かせながら、小さなカバンをぶら下げた秋刕に恨み節を吐く。


「全くこれはイジメに相違ない。次に扇動するのはPTAだ、お前らをモンスターたちの餌食にしてやる。腹をくくって待っているんだな。」


 俺はタイプを続けながら秋刕に喋る。


「変な喋り方をするんだね。」


 秋刕は頬杖を付きながら、ニヤニヤと笑っていた。


「どことなーく、違和感が有るよ。」


「アンタに言われたくないわ。」


 ニヒヒと笑い、秋刕は立ち上がった。


「お前らなんて負けてしまえば良い。そもそも誰も応援なんてしちゃいないんだし、勝手にくたばって泣きづら必死に隠しながら登校してイジメられればいいんだ。お前らなんてな、、、」


 秋刕はそんな俺を見て感心したかの様な口調で返す。


「ふ~ん、君は学校が好きなんだな。」


「好きじゃないです。」


 俺は即答する。


「嘘つけ~。君の愛校心は傍から見ても伝わってくる。」


 俺はその言葉に手を止めて、しばらく黙って言葉を紡ぐ。


「愛校心だとか、愛国心だとか、そんなものはゴミです。愛なんてものに力は有りません。愛が在ったって上手くは行かないこともある。この学校も俺にとっては踏み台でしか無い。」


「へぇー。」


 秋刕は机に腰掛け相槌を打つ。


「聞きますか?」


「少しならね。」


 秋刕は笑い、俺は続ける。


「そもそもこの学校はエゴの産物なんです。丁度バブルの最盛期、当時の東京都知事だった東雲竜太郎が自分の名前を冠した東雲高校を建てさせた。校訓の{初志貫徹}しかり、学則しかり。全部東雲竜太郎というただの政治家が決めたエゴ。教育者でも無いのにね。つまり都民の血税を吸い上げて生み出した、公立の名前を冠する誇りもクソも無い職権乱用、私欲の塊、エゴの吹き溜まりみたいな場所なんです。そして俺らは今その上に立って恩恵にあやかっている。感謝こそすれ尽くす義理など無いんですよ。」


「そうか...」


 秋刕は暫く考える。しかし俺は思考を遮る様に話を続けた。


「東雲副会長は違うみたいですけどね。まぁだから、俺の仕事を増やさないでもらいたい、俺はただここに座ってたいだけなんだ。生徒の上に立って、幻想の森の中で王様を気取りたいだけなんです。」


 その言葉に秋刕はフフンと笑い、慣れない伊達眼鏡をクイッと上げながら、ワイシャツの皺を伸ばして袖をめくっていく。


「君は溜め込みすぎなんだよ、理不尽な事にはハッキリと反発しておくことだって、ストレスフリーの為のライフハックなんだぜ。」


 八分丈のズボンと革のサンダル。散髪をして髪の毛を真っ直ぐに下した秋刕は性別不詳の様相である。やけに気合が入っている。いや、当たり前なんだろう。この日は。


「腹立つ奴には、くたばれ!って言ってやるのさ。」


 季節に合った清涼感あるコーディネートの中には何処となく、気品と知的さを感じさせる。季節にそぐわないのは仄かに漂う金木犀の香りであった。


「できるか、そんなこと。」


 呆れた様に呟く俺を秋刕はまた鼻で笑う。彼女の目元にはうっすらとクマがあった。


「じゃあ行ってくるよ。」


 秋刕は緩やかに曲げた猫背を正し、俺に軽く手を振りながら部屋から出ていく。俺はその様子をただ無言で見届けていた。


 また画面へと向き直る。


 久しく静かな部屋であった。


 ただ、哀愁だけを残して戻った。


 いつも通りの仕事部屋である。


「さてと、」


 俺は自ら記すその文字を頭の中で読み上げながら、丁寧に文章を綴っていく。


――職権、乱用に、よる、電子遊戯部優遇疑惑事案、と、本件に、関、する、始末書、及び、これからの、、、、


「はぁ、」


 次いで漏らす様に俺は言った。


「めんどくせぇ」


 片手間に業務を変える。差し込んだUSBは今日も正常に作動した。


now loading....


 ・

 ・

 ・

date2.Dear_keeper


「東雲高校電子競技部の奮闘歴」

2021年 8月20日 気温32度 快晴

本日、一敗も許されない戦いが決する。


datefile_report_2

 ・

 ・loading....

 ・

 伝説的な初期ユーザー登録数を叩き出し、競技人口は1億を超える世界中を熱狂させたFpsゲームが日本にやってきた。その名は「クロニクル」革新的な操作性とグラフィックを誇り、圧倒的に競技性を重視したそのゲームはEsportsという不安定な舞台に挑まんとする多くの冒険家たちを生み出した。時は現代、プロゲーマーが日の目を見ない未開拓の時代。そんな時代で今まさに、我が東雲高校の生徒によりJapan Esportsの歴史書(クロニクル)に新たな一頁が記されようとしている。


・loading....

・loading....

・loading....

p.s

 ...刮目せよkeeper。我らの崇高なる戦線歴を



 最後にエンターキーを押し、彼はパタリとパソコンを閉じる。蝉時雨が居場所を伝える。身体の輪郭を汗がなぞる。逃げない熱が留まり溢れる。あぁ、いつだってスポーツは、夏にやるようなもんじゃない。




------------------------- 第1部分開始 -------------------------

【第3幕】

電子遊戯部の開戦歴 ~E スポーツ~


【サブタイトル】

電子競技部の開戦歴


【本文】

「新田、顔色悪いね」

 陽菜が新田の顔を覗き込む。


「深呼吸しろよ」

 錺は嘲笑交じりにそう言った。


「うるせぇよお前ら、緊張してないほうが異常なんだよ。そうだろマッシー?」

 新田は隣の席でコントローラーを震わせる山田正義へ目配せをする。


「そうなのかマッシー?」

 錺も山田へ呼びかける。


「結局マッシー呼びかよ。あだ名なんてイジメの原因だって何度言ったら分かるんだ。そうだろバッキ―?」


「―殺す。」

 馬喰田恵(バッキ―)がマッシーを睨みつける。


「恵ちゃんは恵ちゃんだもんね。」


 陽菜は前かがみに体を倒し三つ先に座る馬喰田恵へ視線を送る。呼応して恵が体を倒し「その通り。」とポーカーフェイスのままに返事をする。陽菜は恵の反応をみて「ククッ」と小さく笑い体を起こした。茶色いツインテールは陽菜の頭に動きを合わせて、キーボードをなぞり持ち上がる。


 錺は四人の後頭部が一直線に並ぶのを見て、なんだか笑いが込み上げてくる。非日常的な空間で、全く不慣れなデバイスで、異常に速いPCを全力で走らせながら、超高画質を映し出すモニターの正面で、いつも通り間の抜けた後頭部が揺れているのだ。会場の静寂と闇と解放感、微かなザワつき。観客席の雑踏では絵の具の様な影の一面が無数の目を光らせ俺たちを見ている。そんな事実が、膨大で絶えることなく消えては生まれるプレッシャーが、しかし不思議とたった一つの影に吸い込まれて、解(ほど)ける様に無くなっていく。


「なぁ、あそこ見ろよ」


 錺は指をさす。蠢く影の中で一際煩い動きが五人の目に映る。


「秋刕だ!!」


 陽菜が笑って立ち上がる。「おーい!」と絶え間なく手を振る秋刕が手を振り返す陽菜を捉えて、その動きを加速させる。


「何やってんだよ」

 新田が鼻で笑い、山田も手を振り返す。恵は黙って手を上げて、恥ずかしそうに直ぐ下げた。錺も秋刕へ手を振って、それを見た秋刕が今度は拳をグッと天井へ突き刺し「行けー!」と声を上げた。錺も自然と拳を上げた。息を合わせるかのように四人も自然と右手を上げていた。


「よし、マイクチェック。聞こえるか。」

 錺は高そうなヘッドフォンに付属したマイクを口に近づけて喋った。大丈夫だ、と各々の返事が戻ってくる。


「そう言えばガッキー結婚したって」

 錺は序に軽口を叩く。


「やめろよ、パフォーマンスが落ちる。」

 山田が本当に辛そうな声を出しながらヘアバンドで髪をたくし上げる。陽菜はクスッと笑いマウスを手に慣らす様に揉んでいる。新田は山田の肩をポンッと叩いて「残酷だよな...」と呟やいた。傍らの恵は興味無さそうに黒い長髪を纏めていく、口には陽菜から貰ったヘアゴムを咥えて丁寧に静かに大きなテールをつくる。


「何で私たちだけ制服なのー?」

「公立だからな」

 陽菜の言葉に新田が返す。


「それが良いんだよ。ユニフォームとか来ちゃってる連中をクールに俺らがやっつける。そこに美学とかがある。」

「―何それ」

 山田の言葉を恵があしらうと、陽菜がまた楽しそうに笑った。



「―錺。」


 陽菜は左手の拳を錺の右腕の上へ突き出し、錺は黙ってコツンと自分の拳を当てた。陽菜はそのまま自身の右側に座る新田へ、新田は気づいて両手を握り、山田も新田の左手に気づいて両手を握る。握った拳は波の様に伝播し、恵は最後にマウスを離した右手で山田の拳に拳を当てる。


「行くぞ。」

 錺は呟やいた。号令のつもりでは無かったが、四人は短く息を吸った。




------------------------- 第2部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の開戦歴 大会概要編


【本文】

 EJC:C,A枠選抜大会 概要

(Esports Japan Cup Academic)


 EJC;C(Esports Japan Cup : chronicle)アカデミック枠選抜大会。18歳以下、部活動内クランとしての出場を条件とした全国大会。優勝チームは同年12月のEJC本大会においてアカデミック枠としての出場権を手に入れることが出来る。本大会優勝賞金は250万円。すなわち、プロとしてのライセンスを発行され、正式に(条件付きではあるが)プロチームとしての出場権を得ることができる。



 全国より多彩なチームが参加。

 総エントリー数168チームの大激戦。


 合計五日間の戦い後、本大会へコマを進めることが出来るのは168チームという大激戦の中でたったの2チームだけである。



―――――

 大会ルール

キル数点と順位点の総合得点勝敗を争う。


 大会日程 

初日 8月16日 1チーム4試合 合計16試合 

 Aグループ 九時~  

 Bグループ 十二時~

 Cグループ 十五時~

 Dグループ 十八時~ 


 →各グループ上位2チーム。計8チーム選出。

  

8月17日

 Eグループ (予定進行時刻、初日に同じ)

 Fグループ

 Gグループ

 Hグループ


→各グループ上位2チーム。計8チーム選出。


8月18日

 Iグループ (予定進行時刻、初日に同じ)

 Jグループ

 Kグループ

 Lグループ


→各グループ上位2チーム。計8チーム選出。


8月19日

 Mグループ (予定進行時刻、初日に同じ)

 Nグループ

 

 →各グループ上位2チーム。計4チーム選出。

 →A~Nまで各グループの3位となった14チームの総合得点から上位8チームを選出。


 準決勝グループⅠ 十五時~

 準決勝グループⅡ 十八時~

 準決勝グループⅢ 二十一時~


 →各グループ上位4チームが20日の決勝戦へ




最終日 8月20日 決勝戦

 決勝グループ 十八時~

 →5試合総合得点で、優勝チームを決定。


16日~19日 平和島体育館会場 

20日     東京ビッグサイト会場





------------------------- 第3部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の開戦歴 Chronicle概要編


【本文】

 CHRONICLEは、5人12部隊で競う無料FPSバトルロワイアルゲームである。その知名度及び売上実績は華々しく、500万人ものユーザーが先行予約をし話題となり、競技人口が1億人を突破するという偉業をサービス半年で成し遂げた。


 マップは現在、東西南北に角を置く菱形の孤島{ダイヤモンド・クロニクル}の一つだけであり、旧マップ{オーバード}は現在メンテナンス中である。


 ラウンド数は6つである。ラウンド5までは安全地帯の縮小が行われ、最終ラウンドでは一騎打ちと呼ばれるシステムが作動する。一騎打ちとはすなわち残った2チーム間による特殊な地形及ぶ安全地帯の変化である。その他にも総HPの上昇やスキル及びウルトクールタイムのリセット、回復量増加などが発生する。なお一騎打ちによる地形の変化に平等性は無く、一騎打ちが開始されたポイントに地形的な強さは依存する。



「ダイヤモンド・クロニクル(現マップ)概要」

 菱形の孤島であり、北東、北西、南西、南東の四地域それぞれにモチーフとなる時代区分が存在する。


 北東領域 近世カリブ海領域

 北西領域 現代領域

 南西領域 中世領域

 南東領域 原始文明領域


 物資量が多く、各領域を代表するような大型の施設がある場所をメインシティと呼び、その他の小さな建造物がある場所はサブシティと呼ばれている。メインシティにはジャスト2チームがエントリーすると、メインシティ内にある特定オブジェクトを起動させることで最終ラウンドで発生する一騎打ちの様な状態を作り出すことが出来る。メインシティの合計は9つである。


公式ナンバリング

1 南東樹海地帯 アルタースクウェア

2 南東遺跡地帯 ロストテンプル

3 南東砂漠地帯 デスピラミッド

4 南西大城地帯 キングキャッスル

5 北東宝島地帯 トルトゥーガ島

6 北西大港地帯 北港

7 北西都市地帯 コスモシティ

8 北西都市地帯 コスモシティ

9 中央火山地帯 ラヴァラボ



------------------------- 第4部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の開戦歴 2


【本文】

 60人が犇めくダンスフロアに、ガゴゴッと古い金属音の軋んだ音が響き渡る。毎度外装の異なる大型の輸送船は、戦場である{ダイヤモンド・クロニクル}より遥か彼方の上空にてその大きな中腹に12個の穴を開けながら悠々自適に飛翔する。対照的に錺たちプレイヤーは、それぞれの想いに身を震わせその時を待っていた。


「やばい緊張してきた。」


 山田の声が若干震えるのを錺は耳に入れる。


「大丈夫だ、ウチのエースがなんとかしてくれる。」


「その通り!!」


 陽菜はガハハと笑い無料で手に入れたエモートでビュンビュンと動き回る。この能天気さと挙動の騒がしさは何処か秋刕と似ている。そして心なしか、それが電子競技部の心を鼓舞する。温まった心身を冷気が包む。一人称視点の画面から覗く足元は、凍てつく風に吹かれている。彼らのいる会場にもエアコンからの強い冷気が流れ続けていた。


(やっぱりちょっと寒いな...)

 錺はカイロを揉み込みながら空調設備を一瞥した。


「あれ。結局チーム名は変えなかったの?」

 恵の良く通る冷たい声が4人の耳に入る。


「もっとカッコいいのが良かったんだけどなぁ。」


「IGLに従えば良いんだよ。」


 錺は山田に返す。


「インゲーム関係無ぇだろ。」


 便乗した新田にも錺は即答する。


「盤外戦術だ。」


 響く実況席の声は錺達には届かない。しかし彼らが降下する時、今からおよそ20秒後、キングキャッスル直上ではスカイダイブ中の彼らをカメラが追うのだろう。そしてその時にはプロ大会同様に定型文として実況される。彼らの名前が。


「3・2・1、GO!」

 錺はチームに降下の合図を送る。このチームのIGLとして。


(横風。上空は若干強めか......)


 錺たちは風に乗る様に体を傾けた。


『――さぁEJC.A枠大会参加常連チーム、抜群の安定感を誇り毎度上位へ食い込む霞ヶ関高校{jester}がたった今降下!続いて、ダイヤモンド・クロニクルの大型メインシティ大王城を狙いその目を光らせるのは今大会ダークホース!東雲高校{電子競技部}たった今、降下しました!!』


 大音響の暴風音が頭の横をリアルに走り抜け、眼前では無数の雲の層が顔面いっぱいにぶつかってくる。今日の{ダイヤモンド・クロニクル}は曇りのち晴れの予報。風は穏やかで気温によるデバフも無く、視界不良による悪影響も無い、すなわち大会日和の設定である。


「やっぱ、名前、ダサくね!?」


「ダサくない!硬派だ!」「――そう、硬派なの!」


 錺と陽菜が山田の言葉を即否定する。音響のエフェクトはチーム内VCにも影響していた。クロニクルの音響は環境音をリアルに寄せて制作されている為により影響が強い設定となっている。外部ツールを使うことは本競技シーンでは反則。すなわち錺たちは浴びるように受け吹き続ける向かい風に負けじと大声で喋っていた。


「まぁー、ドラゴンインパルスよりはマシ……。」


 恵が暴風音の狭間でボソッと呟く声が聞こえる。そして次第にまとまる5人はタンクである新田の背後へ集まり、やがて音は拾いやすくなった。


「それじゃーあ、東雲高校電子遊戯部ッ、チーム{電子競技部}!さくせーん、開始ッ!!」


 錺の掛け声に端を発し、新田の大盾を蹴った四人が四方へ散らばった。

 



------------------------- 第5部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の開戦歴 3


【本文】

 東雲高校キャラピック

 ストライカー 鈴木陽菜 ムサシ

 タンク    新田 海 ジークフリート

 オペレーター 山田正義 テスラ

 スナイパー  馬喰田恵 シモヘイヘ

 ヒーラー   志田 錺 ジャンヌダルク IGL


 降り立つ場所は{キングキャッスル}パラシュートは五つ、敵影無し。大方、他のチームでも作戦は練られているのだろう。北港とトルトゥーガ島のメインシティ、更にはその周りのサブシティはスクリム時と比べ物にならない程、降下チーム数が減っている。


「サブ取られたね。」


「だろうな。上手い具合に散らばってる。オフラインスクリムの映像はYouTubaにも載ってたし分析者(アナライザー)もさぞ忙しかったろうな。」


 陽菜はピンを指しキングキャッスルより北にある三つ連なったサブシティと、キングキャッスルに連なる{城下町}と呼ばれるサブシティの一端にそれぞれ警戒を促す。しかし存外、ここまでは予想通り。もとい作戦通り。


「アンチ遠いね。」

 恵が確定した予測円の安全地帯の端に移動ピンを指す。円は上半分をマップ外へ食い込ませ北側に大きく寄ることを示唆していた。俺はそのピンを確認しつつ落ちている物資を漁り続ける。

 

「遅入りしよう。ゆっくり入って背後は切る。」

 錺は唯一漁られていないと分かっているサブシティ{南の教会}へ移動ピンを指す。物資を潤沢にした後、日本大会独特の戦わずして安全地帯へ入るというムーブにあやかり、その間は戦闘力を確実に底上げしておく作戦だ。


「そして敵の背後から切る!」

 陽菜がパルクールを使い、空中で無駄にアクロバットを披露しながらそう言った。錺たち電子競技部はオフラインスクリム後、オンラインスクリムには参戦せずオブザーバーとして分析だけを続けていた。無論、キングキャッスルはランドマークとして他のチームに占拠されていたが、オフラインスクリム時、全試合をキングキャッスル降下で終えた錺達の動きは他チームのランドマーク争いにとって大きなけん制になっていた。そして何よりも優勝候補のL高を一度でも下したという事実が、キングキャッスルへの降下をより安全なものとさせていた。


◇◇◇



「じゃあ私、帰って寝るから。」


「ええええええええええええええええええ!?」


 真っ暗な観客席の中で、ネオンライトに照らし出された二つの影が立ち上がる。


「ナニ?」

 秋刕はとぼけた声で返すと、ふわぁ。大きな欠伸を漏らした。


「見ていかないんですか!?」


「うん」

 長嶋教員は愕然とした様子で佇み、言葉を失っている。


「別に良いだろ、私は今のさっきまでずぅーっと、analyzeと作戦立てをしてたんだよ。もう。」


 ――ふわぁあ。と、またも秋刕は大きな欠伸をし、続けてんー、と伸びをする。


「それにこの大会はタイムアウトもない。コーチ含め部外者を競技ボックスに入れず細やかな指示だしもろくにできない。さっきの彼らを見るにメンタルサポートも別段いらなん、送り出すまでが今日のごーるのよ」


 暗闇の中で秋刕は小さく出来たクマを擦る。


「彼らは、ここで負けるかも知れないんですよ?」


 しかし長嶋教員の言葉には、ハッキリとした意志で答えた。


「――それはないだろ。」


「でも彼らのスクリムの成績は、少なくとも喜ばしいものでは無かった。」


「それでも負けないさ。L高がいるならまだしも、今の彼らにはプロの分析資料と戦術を積んだオーダー二人に、プロレベルのストライカーがいる。そして相手はほとんどアマチュア。敗ける訳が無い。敗けて良い筈が無いからね。ならわたしの仕事は、そのぉ、次の、あぁー、体調管理をだね……」


  秋刕はムニャムニャ喋りながら丸眼鏡を外し、フラフラッと歩きながらその場を後にした。


「ちょっと!ほんとに行っちゃうんですか!!ねぇ、小鳥遊さん!!」





------------------------- 第6部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の開戦歴 4


【本文】


EJC:C アカデミック枠 Aグループ結果

(eSports japan cup chronicle)


1位:東雲高等学校「電子競技部」 49p

2位 芝工業高等専門学校「speed」37p

3位 霞ケ関高等学校「Jester」29p


◇◇◇


「下馬評通りだ。大したことない」


 (コーチは満足げに言っている。冷房の効いた部屋に主はいない。あいつが今頃どんな顔をしているか知らないが俺たちはまだ先へ進める。)


 錺は生徒会室のホワイトボードに広げられた順位表を見ながら考える。実際秋刕の分析は無数にある戦術のパターンを確定的なものへと変え、電子競技部はほとんど構成上の優位を担保したまま狙った相手と勝負をすることが出来た。


「いやいや、番狂わせの大勝利でしょ!」


 山田が嬉しそうに腕を上げる。


「準決勝の日まで準備もできるし、初日に戦えたのは良かったね!」


 陽菜は茶髪を振り回しながら机に手を付き、体重をかけながらその場でジャンプする。


「その通り。18日まで対策を講じられるのは、かなりのアドヴァンテージになる。どうせ出場してくるチームは絞られているし、一位通過という事実においても良い流れが来てる。」


「構成も変えたりするの?」

 恵がコーチへ問う。


「んにゃ、ケースバイケースかな。まぁ恵ちゃんは何使っても上手だと思うし心配しなくても良いよ。」

 コーチは机に伏せながら言った。


「じゃあ芝工専の人から連絡来てたから、今から合同練習ね。」


 錺は机に座りながら疑問に思う。


「どうやって練習するんだ?合同で、」


「それはねぇー」

 コーチは眠そうに俺に答える。


「カスタムマッチで、メインシティでのタイマンを繰り返す。構成は5ジャンヌダルク。」


「相手さんに怒られるぞ...」


 錺の呆れた声を一蹴するように秋刕は続ける。


「いな。そもそも本番前に戦術を見せ合うってのが、我々プロからしたら論外なのよねぇえ。」


 秋刕は悪い笑みを浮かべながら、クロニクルを起動した。





------------------------- 第7部分開始 -------------------------



EJC:C アカデミック枠 準決勝グループⅢ

(eSports japan cup chronicle)


1位:L高等学校ー東京本校「Legends」58p

2位:霞ヶ関高等学校「jester」33p

3位:無海高等学校「ウミナシ」30p

4位;東雲高等学校「電子競技部」 28p

(以下省略)



対戦結果より

決勝戦 出場12校


L高等学校大阪「Team LION」

L高等学校東京「Team Legends」

無海高等学校「ウミナシ」

東北農業高等学校「ザ・トラクター」

国際ジーニアス高等学園「SSS No1」

芝工業高等専門学校「speed」

霞ヶ関高等学校「jester」

三国史高等学校「Team 孔明」

海艦学園高等学校「アルマダ」

東雲高等学校「電子競技部」







------------------------- 第8部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の決戦前夜


【本文】


『この12チームが決勝を争います。』


 ただの音が、ただの言葉が、ここまで心に突っかかる。彼らの目を見ると、ここに残った五十五人の眼を覗くと、錺はふさわしいのかと疑問に思う。彼らが費やしてきた時間は錺らの比では無い。敗ける要素も可能性も断然、存在していることを理解している。むしろ頭から離れない。


(俺たちは勝てるのか、もし勝てたとして、勝っていいのか。)


 しかし錺のそんな疑問を後ろの五人が、仲間の目が払拭する。錺の頭の中からキレイさっぱり拭い去る。そこには確かに、勝つべき理由があった。


『では、各代表選手は舞台の上へ。』


 錺は二歩前へ、陽菜が背中を押しもう一歩。そのまま舞台へ歩いていく、足取りは軽い。緊張は、無い。


『明日の概要と、競技ボックスの抽選会を行います。』


 スタッフより配られたプリントが12人の手に渡る。彼らの殆どが各チームのIGLを担当しているストライカーであった。そして全員が何処となく、勝気な性格を醸し出していた。目がギラギラしていたり、澄ました顔をしていたり、隙が無さそうな出で立ち。


『では明日の説明もう一度。』


 しばらくしてビックサイトの場所や集合時間、ルールの確認が終わり一つのボックスが前に出された。


『この中にあるクジより当日の競技ボックスの抽選を行います。クジを引いた後は紙を広げそれをスタッフが確認、記録します。その間一言で構いません、考えて来てもらった決勝戦の意気込みをお願い致します。』


「意気っ...?」


 理解が追い付かず錺は後ろを振り返る。真剣な表情をする4人とは対照的に秋刕だけが俯きながら震えていた。


(アイツ!!)


 秋刕はニヤつきながら顔を上げると手を縦に振り顔の前へ、片目を閉じながら「メンゴ」と小声で笑いながら言った。


「では右側から順で、」


――しかも、大トリ。


 錺は額を抑えながら考える。


「では、L高等学校大阪校代表生徒。陣克己くん・さて、こちらより。あぁ出ました!k1。なんと一番上のボックスですね。」


 スタッフはオンマイクで煽り出す。競技ボックスは観客席を向き、ピラミッド状に三段重なっている構造であった。一番上は左のk1、真ん中k2、右のk3で三つ、そこから一段下にL1~L4、最下段にM1~M5のボックスがあり、ぞれぞれに五席と高性能ゲーミングデバイスが置いてある。


 本大会ではプロの競技シーンと違いグループの順位でボックス位置が決まることは無かった。参加チーム数が多く日程が短い為、別グループからの選考であった為である。つまり本来なら見たまんま最上段に並ぶ3チームこそ大会の優勝候補であった。


 その一角にL高大阪が座った。会場は多少のどよめきと共に「納得」といった雰囲気を醸し出す。ゲームに詳しそうな年配のオッサンは髭を触りながら頷いている。関係者シャツを着ている端っこのスタッフたちも笑いながら耳打ちをし腕を組みながら楽しそうに話している。そんな会場が次の瞬間、瞬く間に、一斉に、陣克己が持つマイクのハウリングによって黙らされる。


「えぇ。L高大阪キャプテン、陣克己です。」


 克己はゆっくりと喋りだす。錺を含め会場中が彼に目線を送っている。


「本日まで、私たちL高は多大な支援と応援により練習を重ねることが出来ました。その結果としてこの舞台に立てたことは喜ばしいことであり、同時に勝つことへの執念を……」


(こいつ、よく喋るな。)


 錺は手汗が滲み出るのを感じながら耳を傾ける。


「また私たちにとってこの舞台は、期待に応える為の通過点として身を引き締める為の場所であると思います。狙うのは勿論頂点です。私たちの努力がプロの世界へ通じることを本大会で証明したいと思っています。そして究極を言えば、私たちは世界へ行きたい。」


 その一言に会場はどよめく。

 秋刕も顔に手を当てクククッと、笑っていた。


「以上です。」


 (以上ですか。)


 それを聞いた瞬間、錺は体の良いスピーチを考えるなんてどうにも馬鹿馬鹿しいと考え、思考のベクトルを変えた。それから箍を外したかのように、良くキレる彼の頭が高速回転する。


 ――ただ言いたいことを言えば良い。長さとか、綺麗さとか、イメージの良さだとか、全て無駄。順番は回る。他校のチームもクジを引き、意気込みという名の、一言と冠された、スピーチを行う。


 錺はただ思う。この場すらも、この機会すらも、踏み台にできると。時は満ちる。クジを引く。出たのはk2、しかし今の彼にはどうでも良かった。


「では、東雲高校キャプテン志田錺くん。」


 スタッフが錺にマイクを渡す。


「どうも、んん゛!」


 錺は敢えて緊張感の無い、上ずった咳ばらいをした。


「どうも東雲高校"電子競技部"の志田錺です。ええ、こないだ妹とオセロをしたんですが」


 していない。


「――初めて負けました!!」


 そして負けていない。


「僕はオセロで妹に負けたことがありませんでしたが、気付けば妹も強くなり僕らの力は拮抗していたようでした。今大会でも、僕らを含め皆さんが本戦へ向けた沢山の準備を進め――」


 たかどうかを彼は知らない。


「拮抗した熱い戦いになると思います。ですから、最後は、偶然のヘッドショットや熱いムーブ展開で、運によって、思わぬ試合展開になるかも知れません!やぁそれがこのゲームの醍醐味!結局勝負の行方はこの運に左右されることも多いですよね?」

 

 なんていう風には思っていない。


「そんなドキドキする試合を、例え僕たち自身が負けてしまったとしても、」


 負けは許されない。


「楽しんでいきたいと思います。そして!」


 勝ち以外に楽しさは無い。


「皆さんにも楽しんでもらえるような熱い大会になればいいなと思います!!」


 観覧者おまえらのことはどうでもいい。錺の思考は口から出る文言とは背反する。しかし会場からは、スポーツマンシップ溢れるゲーム好きの一人の男の子へ、すなわち純粋無垢な錺少年への拍手が浴びせられる。


 裏を返せばどうだろうか、勝気が無いチームのIGLの言動へ会場が賛同してる。周りは如何にしても優勝したい、そう思っている。少なくとも思っていた。しかしこの場の雰囲気は限りなく軽くなる。「楽しもう」「健闘を称えよう」「良い思い出にしよう」そんな軽い雰囲気。


 他チームからも錺の明るい調子に感化されたかのように笑顔が零れる。


 彼は、錺はそういう間抜けさを演じていた。明るくて友達想いで、この大会をゲームを楽しみに来ている無邪気な少年のような好青年を、演じた。彼らの趣向が一度でも変わればいい、熱量が変わればいい。メディアが見てるから、フェアプレイをしなくては、あるいは楽しめればいいや、勝てなくてもいいや、どうせ勝てないや、もしかしたら――


 錺はL高の五人を笑顔のまま一瞥する。



 ◇◇◇


「もしかしたら、勝てないかも。って。」


 錺の目は一瞬、勝負師が強い眼光を放つかのように広がった。錺の真意がそこに垣間見える。


「でも、実際はそうじゃない。」

 

 決戦前夜。小さな公園の街灯の下で、彼らは集う。


「これは勝負の世界の争いだ。俺たちは何をしてでも勝つ。負けるビジョンは微塵も無い。そうだろ?」


 錺は自チームの士気を、否。錺の本音を、周知の本音を5人だけに話す。


「俺はこのチームが好きだから、廃部にさせたくない。まだまだ戦いたい。だってほら、奇跡的な出会いだ。本当に強かった5人が、もっと強くなれた。ここまで来れた。」


 言葉はあやふやだ。しかし、ただ捻り出す。纏めろ、伝えろ、自身へそう言い聞かす様に。


「俺は勝ちたい。負けても良いだなんて、微塵も思っていない。」


 錺の表情は会場の時とは対照的に、いつものように冷静で真剣であった。夜の闇を照らす白い街灯が、その表情をより一層鋭く際立たせる。


「勝とう、何が有っても。」


「私が勝たせるよ!」

 陽菜が拳を突き出し、笑って言った。


「いやいや」

 秋刕が首を横に振って言う。


「勝たせるのは私の仕事だ。」

 突き出した陽菜の拳に、秋刕は手を乗せる。


「何言ってんだ。伸びしろナンバーワンは誰だか知ってんだろ?」

 山田が秋刕の手の上へ右手を重ねる。


「俺はみんなを負けさせない。」

 新田も手を添える。


「明日は全部当てる。」

 恵がそっと手を添える。五重に重なった手の層へ、最後に錺が手を添えた。


「俺が導く。」

 

 決まり悪そうにした陽菜が、余った手を乗せ「うん」と満足げに頷いた。


『よし、勝つぞッ!!!』


 陽菜が五人を挟んだその両手を、グッと下方向へ引っ張った。反動で弾むように重ねた手たちが跳ね上がる。満点の星が輝く夜空の方へ、勝利に向けた咆哮と共に。


 



------------------------- 第9部分開始 -------------------------

【第4幕】

電子遊戯部の終戦歴 ~絶対的唯一~


【サブタイトル】

電子競技部の決戦歴


【本文】

『さぁ、お待たせしました!!』


 初っ端からフルスロットルで喋る実況を片耳にスタッフに誘導された秋刕はそそくさと歩く。


「外してください。貴重品はこちらへ、急いでください。何か問題が有れば不正や違反行為を疑われ――」


「あいあいはいはい分かってるって、ほらホップステップ。」


 大型モニターには選ばれし勇士たちの名が横に並ぶ。


――――――――

8月20日 

東京ビッグサイト特設会場 


{決勝戦 出場12校}


L高等学校大阪「Team LION」

L高等学校東京「Team Legends」

無海高等学校「ウミナシ」

東北農業高等学校「ザ・トラクター」

国際ジーニアス学園高等学校「SSS No1」

芝工業高等専門学校「speed」

霞ヶ関高等学校「jester」

三国史高等学校「Team 孔明」

海艦学園高等学校「アルマダ」

東雲高等学校「電子競技部」


5試合総合得点で、優勝チームを決定。

―――――――


『錚々たるチームが並びましたね。』


『そうですね、ではここで各校の初動ファースト・ヒーローピックを見ていきましょう。』


 説明が一通り終わった所で、実況席では事前に通告されたキャラピックとロールの振り分けが発表される。


「さくせーん、開始ッ!!」


 電子競技部は陽菜の声を合図に新田の背中を蹴って、四人は四方へ散らばった。無論目指すは大王城(キングキャッスル)、電子競技部のランドマーク。


 東京都江東区有明3丁目。東京ビッグサイト東7特設会場K2プレイヤ―席。

 錺たち電子競技部が座す場所は三段に積まれたボックスの最上段かつ中央の花形である席。正面は観客席に向き試合を映し出す大型の{第1モニター}は正に錺たちの真上に有った。そしてこのプレイヤーボックスには壁一枚で隔てられて部屋が各チームのプレイヤーが座る後方に設けられていた。


 その名は、コマンダー席。

 chronicleの公式大会運営協力班より申請された、次回アップデートに繋がる公式大会における新システムを利用したchronicleの競技性を高める為のコーチ及びアナライザー用の、言わば特別司令室であった。


「もしもし、コーチです。」


 錺たちのVCには間の抜けた秋刕の声が混じる。


「間に合ったのか。」


 錺は呆れたように聞いた。


「えぇなんとか間に合いました。大変お騒がせしまして、どうもすみません。まぁ、いいだろ別に。こんな部屋用意されなくたっても私たちの戦術や意識は元来共有済みだったんだし、むしろその分のアドバンテージが減ったことにはこのシステムに難癖を付けて然るべきであると思うし、どうだい聞いた話によればアナライザーを付けていないチームだっているそうじゃないか、そういうチームはあれだろ顧問だとか素人の類がラウンド終わりに頑張れよお前らとか言って、いやお前に言われなくたって頑張るつもりでいたし、逆にVC入られると気が散るから止めて欲しいとか思っているチームだっているんじゃないかな、やはりそういうことを考慮すると急遽こんな事態になったことはサプライズ的な要素として秘密裏にしておくんじゃなくて予め伝えておいて然るべきであって、いやまぁその際はそうかVCを切っておくこともできたんだっけな、まぁイレギュラーであることは相違無いんだし迷惑な話であることにも相違ないと思うんだけどなぁ、君らはどう思うよ?―って、いやいやそんなことよりもこの時間を使って再度作戦でも確認しておくかい、私が次に喋れるのはラウンド終了後に君たちが通信をはかッ――」


「長ぇよ!」


 秋刕の声は強制的に途切れるようにブツブツと消えていく。詰まる所このシステムは時間を止めないタイムアウトであった。


「切れちゃったね。」

 陽菜は落ち着いてそう言った。


「余計なことばかり喋るからだ。」

 錺も落ち着いて大王城を漁り始めていた。


 錺たちの背後で壁一枚隔てられた秋刕は「まぁいっか」と呟き辺りを見渡した。


(真っ暗な部屋に大型モニター六つ。各選手の目線カメラ五つと彼らを上から撮った衛星映像が一つ。AI搭載型の高そうなエアコン。小さな冷蔵庫にスポンサーのエナジードリンク八本と、傍らの籠にはてんこ盛りの軽食、カロリメイトにグミとチョコとクッキー、ウェハース、スナックとおにぎりとサンドウィッにお寿司まである。たくさん食べてしまっては意地汚い奴だと思われてしまうか、そして極めつけは彼らと同じ高性能ゲーミングデバイスの数々。司令室というより変態ハッカーの社だね。けど、、、)


「やっほー快適ぃ!!!!!」


 秋刕は狂ったように座った椅子で回りながらエナジードリンクの缶を開けた。



「次に連絡を取れるのはラウンド2、初まりの数十秒だ。でもやることは大して変わらない、存分に物資を漁って消極的に立ち回る。そして戦うところは腹を括って戦う。それは不可抗力的だけじゃなくてポイントの為でもあるからポジティブに...」


「朝礼終わった?」

 恵が久々に毒づく。


「念の為だ。」

 錺は冷静さの中から漏れ出る昂ぶりを意図的に抑えようとする。

 電子競技部の現在位置は大王城。中央玉座から大浴場には新田、城壁上及び屋上と繋がる各監視塔と幽閉塔には恵が降下をし、武器庫から食堂及び台所、治療室を山田が、移動距離が長い地下牢から裏庭や城門にかけてを錺が、同じく移動距離が長く且つ接敵のリスクが有る城下町を陽菜が担当し、物資を漁っていく。



------------------------- 第10部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の決戦歴 2 VS国際ジーニアス高等学園


【本文】


「物資は?」

「上々!!」


 錺は持てる技術を全て使い、出来る限り潤沢な場所を最速で漁っていく。他4人も同様に漁りなれたパートを効率よく見て回る。飛行艇から降下し地上に降り立って次の安全地帯が確定するまでは約1分間、確定後には距離が遠ければ即移動体制に入り極力セーフティーに素早く、強いポジションの奪取を狙う。chronicleのフィジカル勝負で正々堂々戦うような、比較的新しい戦術の裏をかいた、古き良きバトロワ戦術こそが錺たちの持ち味であった。


「(アンチ)寄った。北東!めっちゃ遠い。」

「俺はもう行ける」

「同じく」

 陽菜が叫び、周りが応え、電子競技部は城内の広場に集う。


 六面の眩いディスプレイが暗闇と少女の顔を照らす部屋でスナックを咥えた秋刕がニタッと笑いながら、その動向を眺めていた。


(コレはキツイかなぁ~、最短で移動しようと思えば嫌なチームとバッティングする。北から回れば恐らく物資を蓄えたL高東京、南から回れば三国志高校...)


「最短で行く!」

 錺は大王城の内部に隠されている廃った列車庫の扉にグレネードを投げる。動力源は最もレトロ且つ非効率な人力のトロッコ。SW-4型、大王城内にランダムで配置されている列車の型番の中で最も速く、最も軽く、最も耐久性の低いものであった。


「いつも通りの配置、敵はとにかく正面注意で」

 陽菜と山田がトロッコのレバーをキコキコと動かす。錺はブレーキをいじり速度を調節。恵はハリボテの天井から頭一つだし周囲を警戒する。新田は全員の位置を再度把握するとフランケンシュタインのスキル(スクリュードーム)が味方全体を覆える位置を割り出し座席とハリボテの壁に身を隠す。


「出発!!」


 木造の裏門を突き破ったトロッコは全速力で中央領域メインシティのラヴァラボへ向かう。厳密には中央領域など存在しないが、北西領域から中央火山の真下にある研究施設や全領域へと繋がる十字路一帯の管理を行えるために、北西領域メインシティ{ラヴァラボ}はダイヤモンドクロニクルの中央領域と呼ばれていた。言わばラヴァラボという施設は、この島の心臓である。すなわち、


(すなわち、敵から勝手にやって来る。言わずと知れた検問の名所。)


 秋刕は椅子の上で片膝を立て頬杖をつく。六面のディスプレイが映し出す先にいる敵、火山下にランドマークを構えL高すら寄せ付けない圧倒的な安定感で大会上位をキープし続けた強豪チーム。錺たち五人も事前におおよそ敵の位置を知らされていたために、今から対峙する相手を見据えた上での腹を決めた移動であった。


「――今から国ジの検問を破る!!」


 VS国際ジーニアス高等学園「SSS No1」監督室では秋刕の口角がクイッと上がる。彼女は国ジの戦法について錺たちへ詳細な情報を聞かせていた。


◇◇◇


――国際ジーニアス高校:通称国ジ。今大会ではこれまでラヴァラボをランドマークとし続け、安地収縮を利用した検問戦術でキル数と高順位をマークし上位に食い込んできた。特徴としては予め用意したトラップの数々で研究所を要塞に変える。否、比喩としては要塞というよりも巣窟だ。誘い込んで絡めとって自らの餌(キル)にする。オフラインスクリムでL高と相対した時とは勝手が違うし、一騎打ちを仕掛けられずとも戦闘になれば逃げるのは難しい。ただし...ココを突破出来れば戦況はググッと優勢になる。


『なぜ?』

 錺がホワイトボードに張られたマップを見ながら秋刕へ問う。


『それはだね。我々が彼らの作った巣へ招かれ、彼らを倒し研究所の管理権を手に入れれば、今度は我々が捕食者側へ立つことが出来るからだよ。まぁ詳しくは国ジの...否、SSS(トリプルエス)の倒し方をみっちり教えてからだよ。』


 そう言うと秋刕はラヴァラボから東側へ「盾」と文字を書き、西側へ「矛」と書いた。



◇◇◇


「一人見てる。」

 恵の冷静な掛け声と共に、一発の弾丸がハリボテの壁を貫通し座席に弾痕を残す。


「速度充分。もう余力で良い!」

「おっけー!」


 レバーから手を離した二人がハリボテの座席に身を隠す。尚もキコキコと鳴り続ける音はトロッコの速さを物語りラヴァラボへ繋がる線路を颯爽と滑る様にひた走る。隠れ場所は前から5席目の定位置。トロッコの外装は弾の種類を問わず中距離では全ての弾が貫通してしまうが、ハリボテと言えど四枚も重ねればスナイパーライフルでも弾が止まる。この細かなゲームシステムですら彼らの生死を別つ布石と成りえる。


『――メインシティ、ラヴァラボでも戦闘が起ころうとしています!!』


 たった一言の実況、一単語分の事象に、彼らが今日まで積み上げてきた技術の集約された全てがぶつかる。当然実況の声は彼らの耳には届かない。今の彼らには観客の揺らぎ、ザワめき、息を呑む瞬間的な静けさすら蚊帳の外である。


「速度減少、降下可能域までー、3、2...」


 無数の弾丸が横顔を擦り抜ける車内で、陽菜はアルティメットを準備し錺たちはグレネードを構える。


「1!」


 4人は一斉に下車し陽菜はアルティメット{スモークロード}を吐いたまま列車ごとラボへ、強固な扉を破り侵入した。すかさず4人は陽菜が切り開いたラボ内の遮蔽裏と、先程から銃弾を浴びせられていた車庫上の窓へ破裂型のグレネードを投げる。


「扉前クリア!トラップ無い!!」

 陽菜が叫ぶ。


「右奥当たんない。」


「左も!」


「窓当ってる!」

 山田の報告を機に、刹那の判断で錺は燃焼型グレネードとスタングレネードを放り込む。


「燃えてる!フラバンも入れた!」


「オッケェー!!」

 今度はドスの効いた、しかし楽しそうな声で陽菜が応える。


「GO!GO!入るぞ!!」

 錺はすかさず照準を窓からラボの奥へ切り替え陽菜のカバーに移る。しかし戦闘は一瞬、陽菜のショットガンが3発聞こえたところでキルログにダウンの表記が載った。


「他は!?」

「いない!」


 陽菜が返答すると錺は刹那で答えを導く。


「逃げ遅れだ。ハンターか?」


 数的有利を作り出したものの、随所で明かりの消された不穏なラボに警戒を解くものはいない。おおよそ全ての局所的な破壊跡が恣意的ではなく、計算尽の戦術であることを疑う者はいなかった。


「進もう」

 その言葉と共に、銃を構えた5人が暗闇の研究所へ消えていく。







------------------------- 第11部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の決戦歴 3 VS国際ジーニアス高等学園 


【本文】


 錺は秋刕の言葉を脳内で再生していた。


『――ラヴァラボは迷路の様なものだ。研究所だけに研究量が求められる。狭い道に複雑な射線、貫通できる壁、壊せる壁、床、天井、反射するガラス、そしてそうで無いもの。さて、考えられる主戦場は一階と地下一階の二層だが{SSS(トリプルエス)}は地形を知り尽くした上で、更にそこからトラップを張り巡らし独自の戦場を作り上げ、数多の戦術を展開している。それらは非常に奇怪で且つ計算高く理にかなったものであるが、しかしながら無論彼らにも弱点は有る。混同しないように、というか覚えやすいように先ずは2つだけ教えておこう。1つ目は純粋なフィジカルの弱さ、2つ目は数的有利の得やすさだ。まぁ最初の内、戦況は圧倒的な不利に見えるだろうけど、君たちにだって勝ち目は有るさ……。』

 

 意図的に弾が撃ち込まれ穴の開いた配管からは、水が漏れ出しピタピタと地面で弾けては音を鳴らす。不思議なことに水音はキャラのすり足と同じ速度で落ち続け、重なった2つの音は混ざり合い違和感を孕む一つの奇怪な足音と化す。


「どっかの攻略サイトで見たことがある。V弾(ゲーム内で最も小さい弾丸)を使って、とある配管を一定の高さから水滴が落ちるように打つと、味方と敵の足音が判別しづらくなる仕様。こんなニッチな戦術覚える奴がいるなんてな。」


 錺の小言に陽菜が返す。


「まさしく研究所の王だね。」


「あぁ、手強そうだ。」


「じゃあ所長とかにしとく?」


「いいなそれ、若干弱そう。」


 錺たちの会話は軽く、銃口の移動は正確で素早い。敵方が地形を変え研究所が独自の様相を呈する現状でも、錺たちには事前の知識と戦闘経験が有り、訓練されたクリアリングの順序や質に抜かりは無かった。


「トラップ有るね。壊さないと進めない。」

 

 通路の一角にはテスラのスキルであるパイロンが置かれていた。このパイロンは近づくものに放電するものであり、罠にかかろうと壊そうと、敵には情報が入る仕組みであった。


「罠だよって感じの罠だな」


 山田の言葉に錺が頷く。

「狼煙だろうな。仕方ないけど壊すしかない。」


「よし来た。」

 陽菜はアサルトライフルの弾を的確に当てパイロンを破壊する。予想は当たり、パイロンの破壊と同時にパァーっと不穏なサイレンが研究所内に響き渡り、ゴドドドと重々しい音を立てながら研究所に繋がる全方位すべての入り口が分厚い壁に閉ざされていく。すなわち、漁夫のリスクをゼロにした実力勝負のタイマン。数的不利を以てしても{SSS}が作動させたラヴァラボの一騎打ち(デュエル)システムであった。


「あれ視界悪いぞ、敵のウルト?」

 新田が察知し錺も気付く。

「いや、それにしては薄い。最大効果範囲を超えてるし、そもそも{SSS}はリッパ―を入れてないはず。」


 錺の読みは半分当たり、半分外れていた。しかし電子競技部は秋刕の分析と接敵時の視認、先程壊したトラップによりおおよその敵キャラを読めてはいた。


「{SSS}はさっきのトラップを置いたオペ(オペレーター)のテスラ、トラップ人員でヒーラーのクラウン、それと、、」


「それとさっき倒したハンターはロビンフッドだった。」

「残りは見えてないが分析通りならタンクはエイセイでストライカーがムサシ。」


 ――ガタンッ!という衝撃音と共に扉は完全に閉まり切る。残響はより遠くまで伸び後方の光は遮断され研究所の不穏さはより一層深まったものとなった。その時。


「後ろだ!」


 錺の掛け声が早いか、銃声が早いか、鳴り響く音は止めどなくあらゆる方角から銃弾が飛んでくる。


「しゃがめ、(敵は)多分遠い。」

「ここ安全!」


 錺たちが後方からの乱射と前方からの見えない弾に悪戦苦闘している間、研究所の霧は段々とその濃さを増していく。


「錺、やっぱり相手にリッパーがいる。」

「私もそう思う。」


 新田の言葉に頷く陽菜たちの考えを瞬間的に錺は制止する。


「――いいや!違う!!恐らくブラフだ。こういうことが研究所(ここ)ならできる!!恵、いま何度だ?」


 恵はハンター職だけが所持する計測器を見る。


「40℃」

「やっぱりブラフだ。これは霧じゃなくて蒸気、焦らなくていい。相手にリッパ―はいない、それに恐らくさっき前方から撃たれた弾は跳弾してきたものがあった。」

「うん、音が違ったね。」

「だからストライカーはハットでタンクは相性の良い、盾創造できるやつ。」

「エイセイか」

 新田がすぐさま応える。


「あぁ、これで相手の構成が割れた。奴らはトラップで索敵し跳弾を使って見えないところからジワジワ狙ってくる。接敵しそうになったら{万里の長城}で道を塞ぎ時間を稼ぐ。これの繰り返しだ。もちろんキルが取れそうになったら必ず詰めてくるはず。」


「うぅ、戦いずらそうだね」


「いやむしろ逆だ。」

 錺はニヤリと笑う。


「戦い方が絞れればフィジカル勝負に持ち込める。構成が割れてれば弱点を突ける。ジリジリと敵にスキルを消費させて断続的に戦闘を続ければやがて裸になる。ヒールも弱いし消耗は激しいはずだ。手を緩めなければ勝てる。」


「確かに、」

 陽菜が納得した顔で頷く。


「恵、アルティメットがチャージされたら教えてくれ、サーチし続けて敵を見失ったらウルトも吐いて良い。とにかく敵を押し続ける。エイセイが壁を焚いたらフランケンの{ミサイル}だ。とにかく出し惜しみせずじっくり確実に奥に詰める。」


「分かった!」

 新田と恵の二人が頷いた。


「{重力子発生機(グラビトン)}は温存で良い。最後の最後で詰める時に使う。」


「とどめだな」

 山田がガガーリンのウルトを確認する。ゲージは98%いつでも使える状態だった。


「そうだ。俺が合図したら投げ、いや、合図は先頭の陽菜に任せる。」


「了解!!」

 五人が気を引き締めて前に進む。


「後ろから来たらどうする?」

 新田が錺に判断を仰ぐ。


「後ろはきっと本陣じゃない。テスラかクラウン、どちらにせよタンクはいないだろうしドームを置いて先にプッシュする。それこそフィジカル勝負の混戦に持ち込めればラッキーだ。」


「分かった。その時はすぐ使う。」


「了解」

 不快な蒸気が身を包むサウナの様な火山研究所(ラヴァラボ)で5on4の熱戦が終局へと歩を進める。






------------------------- 第12部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の決戦歴 4 VS国際ジーニアス高等学園 


【本文】


 火山研究所(ラヴァラボ)1F 中央管理室 

 

「ここにも居ない。」

 ラヴァラボには主戦場が5つ、その他に小部屋や閉所が数多ある。往々にして主戦場に成り得ない場所は構造が脆く破壊しやすい、籠るにはとても弱くクリアリングも決め打ちで足りてしまう。この様な理由から錺たち電子競技部は監視室、中央管理室、電気制御室、実験研究室、の内、初めの二つを既にクリアした。残りの二つは階下に存在する。


「敵見えないね。」


「それでも奴らは袋のネズミだ。自分達で電気装置(ブレーカー)を落とした{SSS(トリプルエス)}にはエレベーターっていう退路が無い、つまりこの大階段だけが相手方唯一の突破口、俺たちを倒さなきゃリング(安全地帯を覆う様に縮むダメージを受けるゾーン)の藻屑だ。」

 錺は冷静に状況を整理し、更に推測する。


「確かに、エレベーターは管理室からも動かせなかった。つまりラヴァラボの予備電力が作動しない限り俺たちは上で待っていれば...」


 山田は秋刕から教わった撃ち合いの鉄則を思い出す。高さは力、遮蔽は味方、被弾をしない場所こそベター。この場合、階段を跨ぐ戦いでは身を引ける上側が正に強ポジと言えた。しかし錺はその違和感に気づく。


「つまり敵が仕掛けてくる。発想が逆なんだ!俺たちは攻めてるようで守る戦いを強いられる。」


 陽菜が首を捻る。


「どういうこと?」


 錺は振り返り照準を闇に合わせる。

「俺たちはもう絡めとられてる。」


 湿気が溜まり床から水滴が垂れる。三滴、四滴、静寂の中で高まる鼓動を煽り立てる様にそこかしこでポタポタと音を鳴らす。その微妙な音の変化、もといリズムの変化を敏感にも鋭く察知したのは馬喰田恵であった。


「ねぇ、気温下がってる。」


 それは皮肉にも。


「陽菜!ウルト使え――」


「いま!?」


 錺たちが使った戦術。


「直ぐだ!!恵も!!」


 すなわち、既存の環境から敵にバレずにウルトを発動するサイレントシフト。


「もう使ってる。」


 先ず銃声は的確に、オペレーターである山田を貫く。


「新田、ドーム出して!」

「あいよ!!」


 錺はドームの中にリジェネが範囲効果で付与される旗を刺す。錺がこの{英雄旗}を使用する時、電子競技部内では完全なる乱戦の始まりを意味していた。


「危ねッ、助かる!ってか何処から?」

「分からない、サーチの反応が無い。」


 恵の索敵は防がれたものの、錺の脳内マップでは敵の位置が割り出される。


「ロッカールームかトイレだ!陽菜!!」


「分かった!!」


 二人はドームを抜け、すかさずグレネードを小部屋に放り込む。最後のグレネードではあったが温存の選択肢は無い。敵に余裕を作らせ無い為、二人は阿吽の呼吸で間髪入れずに前へ出る。


「リッパー見えた!」

 陽菜が操るムサシのスモークが敵影に到達する。無論リッパーは先に陽菜の影を捉えているが、その弾は陽菜の俊敏さ故、一向に当たらない。


「ハットはいない、トイレから下に逃げた。錺、降りなくていい!」


「分かってる。フォーカス(狙い撃ち)だ、リッパ―!」


 激しい戦闘の予兆は一転、一方的な狩りへと変わる。リッパ―は小部屋の外から通路へ飛び出し瞬間消える。


「俺も行く!」

 山田もリッパ―の追い討ちを狙いガガーリンの{反重力板}で素早い前方移動をし錺たちに合流する。


「左曲がった、食堂の中、エントリーするよ!」

「―合わせる!」

「よし。にー、いち!! ―はい!!」

 

 濃霧に包まれた食堂の入り口へ3人は同時にエントリーする。圧倒的な数的有利の中、1V3を映し出す筈だった3人の光景は途端に地獄へと変貌した。


 火山研究所(ラヴァラボ) B1 電気制御室


 錺たちの身は視界が変わると、刹那、抗いようの無いタイミングで爆炎に巻き込まれ吹き飛ぶ。オペレーター職の山田はその時点でダウンを取られ、辛うじてリジェネの為に生還した錺と、HPの高いストライカー職である陽菜はスタングレネードに視界を喰われ、状況を把握する前に{SSS}の追い討ちに成す術無く倒れる。


「なにこれ!」


「ブリカスに誘拐された。二人とも悪い!敵は多分正面と...」


 リッパーは食堂の影からヌルっと不気味な爪とその長身を覗かせる。


「すでに裏にいる。」


 同タイミングで目を光らせたガンマンが葉巻を咥えその紫煙を燻らせながら、階下よりゆっくりと顔を覗かせた。


「挟まれたな...」


「新田?」


 恵がスナイパーライフルの照準を食堂の入り口へ合わせながら、新田を呼ぶ。


「なんだ...?秘策でもあるのか恵!」


「えっ...と、GG。」


「いや諦めんな‼」


 激しい銃声が閉鎖空間に甲高く響いた。


『――ここで、{SSS NO.1}がラヴァラボでの長期戦の末に人数不利を覆し大逆転!{電子競技部}を破りました!!これぞ戦略、戦術勝ち、国内最高峰の頭脳が今まさに自らの優秀さを、QED‼決勝初戦、上位への食い込みを果たしました!!』


 実況は叫び、秋刕は笑う。


「ハハハハ、フランスがイギリスに負けたんだね。んで、どふ読んだのはな?敗因は?収穫しゅうはふを言ってみなよ、――もぐっ...ング、前向きにさ!」


 秋刕はムシャムシャと咀嚼音を垂れ流しながら陽気に5人へ喋りかける。


「私全く分からなかったなー」


 陽菜の言葉に恵が続く。


「私も」

 

「錺ちゃんは?」

 一方錺は頭の中で整理を付けながら答えた。


「大体は分かってきた。」


「おぉ、流石~」


「最初の蒸気は、リッパーがいると見せかけていない、と思わせる為の、ブラフだった。みんなも気づいただろうけど最終的に判明した敵の構成は{リッパー、テスラ、ロビンフッド、エイセイ、そしてヒーラー枠に本来はストライカー職のハット}を入れた1タンク2ダメージ2サポートの{独特な1,2,2}攻撃的とも言えず守備的とも言えない、けどラヴァラボでは高い効果を発揮する構成だった。」


「うん。」と秋刕が頷き錺の分析が続く。


「つまり{SSS(トリプルエス)}は他チームが自分たちは守備的だと分析するだろうってことを読んで思考の穴を着いた。それが毒トラップを持つクラウンを抜いた2ダメージ構成。これもある意味、本命であるリッパーを隠すためのカモフラージュの役割を担っているんだろうけど、恵ちゃんのナイスプレイで何とか蒸気から濃霧(ウルト)へのサイレントシフトに気付けた。」


「だけど、なんで俺は後ろから撃たれたんだ?」

 山田は初撃を喰らった敵の裏取りを思い出す。悲劇が始まった一発である。


「それは恐らく小部屋のギミックに理由が...」


「おぉっと、そこまで分かってるのかい、ビックリ、ビックリ。でもここからは私が喋るよ、仕事無くなっちゃうし、それに複雑だからね。正確に伝えておきたいし。」

 

 そう言うと秋刕はスナックを食べる手を止め、マイクヘッドを艶やかな口元に近付けた。






------------------------- 第13部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の決戦歴 5 VS国際ジーニアス高等学園


【本文】


「地下から君たちのいる一階へ、小部屋の床を壊して侵入できたのはエイセイの(タンク)壁(スキル)のお陰さ。しかし二体も、しかも別の小部屋にいた事を考えればそれは尋常じゃない。クールタイムが短すぎるんだよ。私たちのクリアリングもそこまで甘えた速度でやっていなかったさ。」


「じゃあ何で?」

 山田が秋刕に聞くが。秋刕は待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑う。


「そのための濃霧(ウルト)なんだろうね。予め穴の開いてる小部屋を2つ、開いてない小部屋を1つ用意しておいて、開いてる方は壁で二人を持ち上げる時に塞ぐ。敢えて数的不利を強調するような状況にし逃げ場が後ろしかないと思わせたら、必然的に詰めてくる君らを食堂から繋いだポータルで誘拐して捉える。下の電気制御室はトラップだらけで結果、今君らは他人のマッチを見ながら反省会をしている。むこうは活き活きとプレイ中。」


 その説明を聞き錺は理解する。


「それだけの為の構成だったのか」


 ぐふッと、マイク越しに秋刕は笑い声を漏らす。


「そうだよ...私ですら予期していなかった。しかもこれを本戦で出す。とても面白い!!たったこの戦術の為だけに研究所で無類の強さを誇るヒーラー、クラウンを抜いて最弱のストライカーと名高いハットを入れた。正に思考の穴、オフメタ(※Off meta=メタではない。)戦術という奴だ。{SSS}は自分達が研究所でやってきた守りの戦いが研究されつくしていることを読めていたんだね。」


 しかし陽菜は一つ疑問に思う。


「でもそれじゃあ他の場所で勝てないじゃん。だとしたら優勝出来なくない?」


「――出来なくないんだよ。」

 秋刕はきっぱりと即答して見せた。


「火山研究所(ラヴァラボ)という場所はこのゲームにおいて最も戦闘が起きやすい場所なんだ。それもデュエルシステムを利用した戦闘が。更にこの場所はマップの中央に有り研究所で常勝できれば上位をキープできることに間違いない。すなわち――」


「すなわち?」


「この五試合の中で一度でもラヴァラボが最終アンチに残ったら。彼らは高確率で優勝出来る。毎試合1勝5killと4/12位、ラヴァラボアンチ時に3勝15killと1/12位で見積もって。何ポイント出るんだろう。デュエルシステムで勝てれば加点も付く。」


 秋刕が天井を見上げながら軽い計算をするが、山田が軽い苛立ちを見せながら秋刕に投げかける。


「何か、それって卑怯じゃない?バトルロワイヤルしてないじゃん。一つの場所だけでの戦闘を想定して、ひたすら籠ってるだなんてさ。」


 秋刕はその言葉に軽くため息をつきながら答えた。


「いいや一騎打ち(デュエル)システム前提での話でルールにも全く反していないんだから、むしろ正々堂々してるでしょ。国際とか言っておいて侍だよ彼らはさ。」


「俺もそう思う。」


 秋刕の言葉に新田も呼応する。

「だってその戦法だと火山研究所(ラボ)での常勝が必須なんだろ。{SSS}の構成は研究所を取り続ける以上キルムーブにシフト出来るようなバランスにないし、ラボを取ってから構成変えるためビーコンを使いに行くのはあらゆる面でリスクが高くなる、それこそ野外戦に繋がるだろうし。あいつらもあいつらで負けられない戦いをしている。」


「流石セカンドブレイン。」


 秋刕は満足気に呟いて、暫く沈黙を作るために口を閉ざした。反省化には往々にして改善案が必要なのである。つまり秋刕はその発案者に考える時間を作ってあげていた。無論それは彼の成長の為に。


「では、それを踏まえた上でどうするべきだと思う?自分たちの能力と照らし合わせて次は何が最善に成ると思う?」


 秋刕は心の奥底から沸々と湧き上がる悪戯心のようなワクワク感をじっと押し込め、無数に生み出される悪知恵の様なアイデアを喉の奥で留めながら待っていた。


「もし次も北東に偏ったら。」

 

「――偏ったら?」

 秋刕は楽しそうに相槌を打つ。


「偏ったら。もう一度挑む、{SSS(トリプルエス)}に火山研究所(ラヴァラボ)で」


 秋刕はハッキリとした口調で錺に問う。


「最高だ。して、その心は?」


「流れだ。{SSS}の土俵で勝てれば俺たちが完全に格上だと証明できる。それに遅かれ早かれポイントは巻き返さなくちゃいけないから、一騎打ち(デュエル)システムで挑んでくる{SSS}は都合が良い。俺たちのキルポに成って貰う。それに一度でも勝てれば相手は戦型を変えざるをえなくなるから。純粋にそれは見てみたい。」


「同感だ。戦術を組む上で良く言われること『オフメタを知る者はオンメタを好み、オンメタを知る者はオフメタを好む。』私たちは現在、オフメタを学んだ。同じ作戦を続けるならば尻込みしてやる必要は無い。私でもそうするさトライアゲイン。御墨付きだよ、私の。」


 秋刕は満足気に続けた。


「さぁ次も期待しているよ。最高の晴れ舞台に、早く死ぬの勿体無いけど。人生は"太く短く"生きてなんぼだ。そうだろ?」


「その心は?」


 今度は錺が秋刕へ問う。無論秋刕は即答した。


「"太く短く"生きてる奴にしか"太く長く"は生き得ないから。」


 陽菜は「おぉ~」と軽い拍手を送り、山田は「Fu~、かっこい」と呟いた。秋刕はそれを聞き「なッ!ふんヌ!!」と声を漏らすとマイクの傍で、ブヂリ!!と音を鳴らし線を抜いた。


「怒らすなよ...」


 錺は静かに笑って言った。





------------------------- 第14部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の決戦歴 6 VS国際ジーニアス高等学園 


【本文】


  {国際ジーニアス高等学園}


 高い知能を生かしたアンチ予想やトラップによる戦略を得意とする守備的なチーム。安定感の高さには定評がある。本大会決勝では東雲高校相手にカウンターによる攻撃力の高さを見せた。


ストライカー 矢野ロンドン(やの ろんどん)振り向き9㎝ エイム時9.7㎝

タンク    李 馬 (リー・マー)振り向き15.9㎝ エイム時15.9㎝

ヒーラー   マイケル・ヤパン振り向き14㎝ エイム時14㎝

スナ半    沖縄 パリ(おきなわ ぱり) IGL 振り向き30.9㎝ エイム時30.9㎝

オペレーター 多田 修一 (ただ しゅういち)振り向き21.3㎝ エイム時22.6㎝


EJC;C:A枠 決勝 初戦7キル 順位4/12位 総合3位


「流石だよ~、矢野く~ん。」

 膨よかな頬をブルッと震わせながら国際ジーニアス高等学園{沖縄 パリ}が{矢野ロンドン}を褒めていた。


「当たり前サ!中央領域をとるTacticsも、Down数がTeamNumberOneの君がIGLを担っていることも、全てが僕のCalculation!!後は20%のProbabilityでやって来る中央アンチをじっくりと待つだけン☆」


「うんうん。やっぱり矢野君はスゴイや~、英語の発音も完璧だし頭も良いし~」


「ネイティブはそんな発音しないわよ...」

 同じ国際ジーニアス高等学園で、現在姉妹校より留学中の{マイケル・ヤパン}は流暢な日本語でツッコんだ。


「それにこの作戦も構成も全部、多田君のおかげでしょ。」


「いやいや」


 そう言われて照れながら眼鏡を拭くのは{SSS}のIGLを密かに努める{多田修一}であった。


「僕は発案しただけで、皆の意見や努力が無きゃこんなに上手くはいかなかったと思うよ。それにさっきの試合は僕のミスで3位に成れなかった。」


「そんなこと無いアル!!」


 謙虚な多田に対して笑顔で返すのは{李馬}であった。


「シュウイチがいなきゃココまで来れなかったネ!ミンナトテモ感謝してるアル!!」


「黙れエセ中国人。」


 マイケルヤパンと李馬は幼馴染であった。そしてイギリス育ちの彼女らは今日まで進学先を共にし英語とフランス語、そして日本語のトリリンガルである。


「haha!!Don't waste your breath.heeha!!」

 そして李馬は中国語が喋れなかった。


「まぁまぁ。落ち着こうね!!キューティー☆ガールズたち、修一から次のプランを聞いて確認しなきゃ。」


 矢野ロンドンはここぞという時の真面目さに定評があった。


「OK.分かったわ。」「ハォ?…好的ハオタァ!!」


 そして幼馴染である彼女らの絆も大会屈指である。


「じゃあ次のプランなんだけど…」


 多田修一はエリートであった。財界の重鎮である偉大な父を持ち成績優秀スポーツ万能、文武両道、才色兼備を全て我がものとする秀才。グローバルな校風に名前負けせず、英語、中国語、韓国語、フランス語、スペイン語は完璧に操る校内屈指のマルチリンガル。しかし彼には一つ、自らのキャリアに傷をつけてしまう程の大きな性格難が存在した。その難点とは【負けず嫌い】であること。特段、自分と同じ境遇で育ってきた者、又それ以下の、とりわけ近しい友人に対しては強く負けず嫌いのきらいがあった。しかし一転チームメイトとなればその性格難を押し付けない当たりも流石であり、彼の責任感の強さと理性的な優秀さを物語っている。ずばり彼は内なる炎を燃やすタイプのIGLであった。



◇◇◇


「降下!」


EJC:C;A枠(esports Japan cup:CHRONICLE:Academic)

決勝二戦目の火蓋が切って落とされた。


「東側通路、敵いないアル!」

「南も」

「西も~」

「北もいない、僕だけがノーススター、そう!煌めく1等星☆」


「了解、いつも通り広くだ。北西入口エントリーする。」


 多田修一を覗く4人の落下傘が山を掠めて畳まれる。彼らが行うのは傾斜を利用し落下ダメージをぎりぎりで抑制しながら滑り落ちる超高難易度降下。未だ今大会で4人のミスは無く、解説席でも取り上げられる名物余興となっていた。そして同時に{SSS}の強さはこの高速降下の成功率にあった。つまりこの超高難易度降下を大会本番で実践できないチームには{SSS}へ初動争いを挑む権利すら与えられないのである。


「状況は?」


 しばらくして修一が尋ねる。{SSS}の固定ムーブは火山の入り口4方向とラボを入り口から漁り→全員の中間地点で物資を共有し合い→トラップを張るという動きでありミスが無いように修一が逐一確認を取っていた。


「サァみんな!僕の完璧な物資を見てくれ!!ちなみに回復系が全くないンだよね☆」


「私が分けるよ。」


「情報出たアル!」

 アンチは火山研究所から大王城を含む南西よりのサークル。


「よし今回は伝えた通り守備的(ディフェンシブ)に。特に北東のチームを警戒したトラップで。L高がいるから堅めに、」


 5人はアンチ情報が出た早い段階でトラップ作りをする為、漁ってから集合するまでの時間を固定化しラウンド毎に異なる作戦に取り掛かる。そのどれもが質、熟練度共にとても高く索敵も交えた無駄も隙も無いムーブ。そんな計算高い動きを往々にしてかき乱す者がいるとすれば、それは一つ。


「敵!敵いるよみんな!矢野くんどうしよ!」


「パリ君僕が超速で寄っているからネ、ちなみに距離は!?」


「400メートル!」


「何だ遠いじゃないか。」

 矢野は一瞬高鳴った鼓動を抑えるように落ち着いた声色で話す。しかしこの段階で、それが危険な状況だと理解し得たのは多田修一だけであった。


「それもしかして速い?」


「うん速い!!」


「やっぱりか。」

 修一は冷静に、しかし急かすように喋る。


「みんな、エマージェンシーだ。直ぐにパリ君の所まで集まろう。ただ落ち着いて。敵はきっと物資が少ない。有利はこっちだから。」


「急襲ってことアルか!?」

「そう。きっと東雲高校。」


 北西入り口に近いところで索敵を行っていた矢野、続いてマイケル、最後に李と修一がパリの元へ集まる。


「よし速く入り口を堅めて、パリ君はけん制を」


「もう目の前だよ、多田君。」


「な?パリ君!操縦者を狙わなかったのか、オペレーターでなくともダメージを」


「違うんだ。多分もうドームを使っているんだよ多田君。スモークも切って突っ込んで来る。まるで戦車みたいだ。」


 沖縄パリの眼前には、窓から煙を吐きながら防弾のドームが設置された要塞の如き威圧感を放つ列車が、超高速で接近してくる様子が映っていた。


「わ...分かった!みんな線路から離れて、もう隠れるんだ!!矢野君とパリ君は上で良い!!」


「もう来るよ。3、2...1!!」


 カウントダウン丁度。ドォガァアアン!!という破壊音と共に北西入口の車庫では扉がはじけ飛び、とてつもない速さの塊がストッパーにぶち当たっては、車庫中にはかつて列車だった何かが吹き飛んで四方へ散らかった。




------------------------- 第15部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の決戦歴 7 VS国際ジーニアス高等学園 


【本文】


 灰色の粉塵が火山研究所南西入り口の車庫を覆った刹那、人工的に真っ白な煙が{SSS}の視界を覆った。電子競技部の決死の突撃、スモークを使いドームバリアを展開させ研究所奥地より限りなく遠いこの車庫に戦線を無理やり展開させる。あまりにも単純で明快な


「愚策だよ。」


 ラヴァラボでのあらゆる局面予想を行ってきた多田修一が、そう思えてしまったことが{電子競技部}の詰めの甘さと言えるのかもしれない。


 しかし、そう思わせてから動いた彼らが最高レベルの連携を見せたことが{電子競技部}真の強さであった。とりわけ鈴木陽菜の成長は、志田錺という切り札は誰にも予想など不可能であった。


 (グレネードだ。ドームが消える2秒前に置いて蹴散らす。ドームとスモークとトロッコこれらが纏めてデコイなら。体制を立て直してカウンターを仕掛ける。物資量の少ない彼らに僕ら{SSS}は倒せない。)


 ドームバリアが空中でほどけるように消え、落下したフラググレネードがボロボロに壊れた列車内で爆発する。


「反応無い!」

「そこにいないなら外だ。入り口を固めて敵をジワジワ削って戦(たた)ッ...」


 言葉を紡ぎながら完璧な判断で支持を出す修一が、その時に目にした光景は、残酷ながら、見惚れる程に美しい【蹂躙】であった。そう、列車ごとエントリーした新田のドームと陽菜のスモークは強行突破を見せかける為の{電子競技部}のブラフであった。車庫内のストッパーがある位置まで敵側の注意を惹いてから本陣は入り口から仕掛ける。何ら問題なく、予期していた通りの展開。しかし修一の予期の外側にいたのは彼らのその速度であった。

 

「さぁ。行こう!!1」


 錺の合図を待たずして電子競技部全員が、同タイミングで窓ガラスを割りながら車庫内に飛び出す。散ったガラスの破片が空中を漂う一瞬、その細やかな全てを吞み込むようにして広がるワーウルフのスキャンで{電子競技部}全員に{SSS}の所在が割れる。


「早すぎる!!」

 修一は思う。それもその筈である。{電子競技部}はバトルヒーラーをオペレーターに変えた3dps。高速移動中の電車からダメージを受けずに飛び降りて窓を突き破るまでの一連の流れを作ったのは山田のガガーリンであった。しかし華麗にもそこから一方的な蹂躙への布石として動いたのは鈴木陽菜のオペレーター{コールマン}。かつてガガーリンと共に小鳥遊秋刕が使用していたキャラの一つであり、超高難易度の操作技術(キャラコン)が求められると同時に、地を這う程に低かった評価をトップメタに押し上げる程の爆発力を秘めたキャラでもあった。


 窓ガラスを割り4人が膝のクッションを利用しているコンマ数秒。ストライカーを請け負った錺は右膝を崩す様に体重を乗せローリング、安全柵を一蹴りし刹那に間合いを詰め敵ハンターを切りつける。恵も長い銃口を右へ向け鋭い弾丸を錺の先へ送る。山田はその逆サイドへ左射線を広げるため弾くように地面を一蹴り、敵の所在を知った陽菜のコールマンは安全柵を乗り越えフックを天井に引っ掛けながら機械仕掛けの右腕でそれを巻き取る。{SSS}からは即座の発砲。


 しかし修一たちの銃口が{電子競技部}へ向くころには4対5の混戦状態へもつれていた。それも必然。陽菜のコールマンは振り子の原理で{SSS}の退路へ突っ込む。それは錺が使用したアルティメットのスモークを抜けた先。ぼろぼろになった列車の残骸を超え{電子競技部}のエースが{SSS}の狩場(ホーム)を塞いだ。無論すなわち{SSS}にとっては混戦の火蓋が切られた合図。しかし{電子競技部(かれら)}を前にしてそれは遅すぎたのである。電子競技部が車庫へエントリー後、ここまで僅か三秒。


「Winnable...」


 陽菜の口角が楽しそうに上がった。

 








------------------------- 第16部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の決戦歴 8 VS国際ジーニアス高等学園 


【本文】


 小鳥遊秋刕が鈴木陽菜に見せたのは「blue」というアカウントのプレイヤ―であった。「blue」の操るコールマンは戦場を縦横無尽に飛び回り正確無比な射撃で敵を撃破してはまた飛んだ。それはまるで殺戮兵器の様に飛んでは敵を撃ち抜き飛んでは撃ち抜きの連続を作業の様にこなしていく。血しぶきは雨の様に、敵兵は人形の様に、ドラマや映画で見るモブがわざとらしく死んでいくような殺陣のみたいに。


 そこで鈴木陽菜は理解する。完成された動きには型が有る。それはビートを叩くリズムゲームの様に、難易度に差異はあれど動きは理屈に当てはまり、機械的に捌かれていく。なんて美しいのか。チームのミスすらも、連携の齟齬すらも超越する。


「これ誰なの?」


 その問いに秋刕は答えない。しかし陽菜の目は羨望の眼差しへと変わり、彼女は悟るのである。この動きこそが集約された才能と努力の結晶石なのであると。そしてそれには価値がある。すなわち、人の心を動かし熱狂させ虜にし、お金を貰う程の価値がある。プロフェッショナルとはプロゲーマーとは途方も無い境地にある価値の観覧。それも技だけで魅せる動きの観覧。自分の到達点は、目標は、ここであると彼女は確信する。


「合わなかったら変えて良いよ。」


 そう言うと秋刕は陽菜のマウスのDPIを1,600に切り替え、感度をリセッティングする。


「私の振り向きは現在27㎝前後、しかし当時は九分の一、すなわち3㎝前後のウルトラハイセンシ。だから一目見た時に思ったんだ。キーボードの置く位置も、腕と手首の配置も、脇の開き方からマウスの握り方に至るまで。君のスタイルは当時の私のと全く同じものだと。ねぇ陽菜ちゃん、君は一体何処でそれを身に付けた...?」


「え、お姉ちゃんかな?」


 陽菜は顎に人差し指を当て天井を仰ぐ。秋刕はそれを見て関心の無さそうな乾いた返事をした。


「ふーん...」



◇◇◇



「錺、勝負するね。」

 陽菜のそれは業務的に機械的な報告。溢れんばかりの自信を抑え込んで錺へ向けた、戦術性の無い単純な1ON1を狙うという合図。


「了解。」

 錺の返事も機械的な即答であったが無論それは圧倒的な信頼の裏返しであった。


「じゃあ、後ろは――」

 陽菜のコールマンは、タンッと軽やかに地面を一蹴りする。


「任せたッ!!!」

 右腕のフックを天井に引っ掛けた陽菜はスモークの上に抜け出し敵を捉える。浮かび上がった体は後ろへ捻りながら宙返りをするように反動をつけながら、銃口は正確なエイムで弾丸を確実に撃ちこむ。それに気づいた多田修一はアサルトライフルを自身の斜め上方向に回転しながら飛んでいく行く陽菜を何とかエイムするが、目が合った瞬間に陽菜は回転を横方向にシフトし近づいた壁を蹴り上げて、また逆方向に体を捻る。


 燕返しのように跳ねる陽菜の動きに修一はただただ翻弄されているが、陽菜は視界を幾重に回転させながらも正確無比に銃弾を当てていく。彼女が二度目にその足を地につけた時には、既に修一の傍にいたタンクの李は80%のHPを削られていた。


「ナニソレ!!」


 その猛攻に喘ぐ李は敢え無くスキルの盾を構えるが、陽菜は着地と同時にスモークの中から李の操るジークフリートの盾に左腕のフックを飛ばし、地面を蹴り上げながら体を横回転させ右下へ落ちながらカーブボールのように近づきフックを離して飛び上がった。瞬き一つで終わるその瞬間的な動きの中で陽菜はSMGをハンドガンに持ち替え超至近距離でジークフリートの頭へ二発を浴びせダウンを取っていく。その銃はエンペラーと呼ばれるマグナム銃で、弾速が遅くイレギュラーも発生し当てづらい武器ではあったが、変わりに威力はとても高いという破壊兵器であった。


「1ダウン、ジーク。」


 陽菜の声色は淡々としていた。まるで意識が遠くに居てそこから話しているような報告。否、実際に彼女の意識は、彼女たちの意識は遠い所に存在したが、その遠さとは言うなれば深さであり5人の意識は共に近しい所に居た。

 

 瞬間的な判断速度の向上、感覚の過敏さ、プレイングの正確さ。離れた地面が遠くて長い、一瞬生まれた隙がもどかしく何時までたっても収束しない、ずっとずっと無駄を省く為のアップデートが連続して極まっていく。その速度、または操作速度に抵抗感を感じないまま、もっともっとと身体が走る。より高次元の自分へダイブする為、CPUが快感を求めて速度を上げながら稼働する。高速に。より高回転で。


「テスラ、ロー。」


 その領域へシフトした人間と対峙した時、多田修一に湧き上がった感情は悔しさでも怒りでも無かった。そこにあるのは驚きである。呆気にとられるほどの速さで一瞬の内にHPが無くなっている。このゲームはこんなにも儚かったかと思う程に、彼は呆気に取られていた。正に連なった五人の壁が現れてからこの瞬間まで、彼は文字通り轢き殺される感覚を享受したのだろう。多田修一は、密かに笑っていたのである。


「テスラ、ダウン。」

  

 その言葉の一つ一つに、個々人の感情が高まっては散っている。しかしそんなことには意味が無い。鈴木陽菜の思考はもっと先の未来へ、深い領域へ、すっとずっと詮索しながら高まっていく。速さと正確さと効率の良い最高のキルへ、その連続へ。


「クラウン、ハーフ!!(HPが残り半分)フォーカス!」


 錺の言葉からエイムは敵ヒーラーへ、中距離の射程を近づきながら、リロードしたSMGでビームの様な弾丸の列を浴びせる。ここまで2キル。このキルがスキルのクールタイムを消し両腕のフックが陽菜をまた加速させる。


「錺。」


「分かった!」


 更に片方のフックは錺の操るムサシを掴み、流れるように右手は壁へ、振り回す様に引っ張り左手のフックを先に離して錺を敵ストライカーの後方へ放り投げる。


「クラウンダウン。ラスワン箱裏」


 山田が角度を取り、開いた射線から弾を撃ち込むと、恵がスナイパーライフルをストライカーの胴体へ撃ち更に撃ちこむ。そこへ陽菜が放り投げた錺が上空から現れ難易度の高い縦エイムを華麗に撃ち下す。しかし矢野のストライカーは箱を蹴ると回転しながら錺の弾の一部を交わし、後方へ下がりながら銃を構える。


「ムサシ、ONE!(残り,1HP程)」


「終わり。」

 淡々とした陽菜の言葉を述べるが早いか銃声が早いか、彼女のマグナムは矢野のムサシを撃ち抜いた。ここまで3キル、オペレーターの動きとしてはトッププロクラス。正しく鈴木陽菜は非凡であった。


 










------------------------- 第17部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

①電子競技部の最終決戦歴 


【本文】

「君たちがダークホースだってのは言い得て妙だ。エイムもタクティクスも十分敵の脅威足り得ている。しかし裏を返せば要領が把握できてない。敵をデータ上でしか知らない為の弊害。致し方ない点では有るが修正無くして勝ちは無い、それが4戦目を終えた君たちへの感想になる。」


 上位まで食い込みはしたが、順位、キル数共に特筆した戦果は無く、錺たち5人の表情には陰りが有った。


「しかし、成果は有ったろうに、幸い残り1戦は頑張れば優勝圏内。バッティングしそうな敵で未だ倒せていないチームは{※無海高等学校}と{L高東京}の2チームのみ。落ち込むほどじゃない。」


(※{無海(むみ)高等学校}連携力を高く評価された圧倒的実力校。大人数ゲームでは他の追随を許さない。個々人のレベルが高くバランスがとても良い。

ストライカー 伊那 作(いな さく) IGL

タンク    駒ヶ根 茅野 (こまがね ちの)

ヒーラー   上田 とうみ(うえだ とうみ)

スナ半    松本 さかき(まつもと さかき)

オペレーター 軽井沢 さかえ(かるいざわ さかえ) )


「次の試合は勝てるかもしれない、その次も同様。その次もその次も俺たちが勝ったって誰も疑いはしない。でも残りは1戦しかない。優勝は遠い。事実として。」

 

 錺は俯き真剣に考える。東北学園との敗戦を修正して。次は芝工高専、その次は無味高等学校。はっきり言えばキリが無く、錺は背後に迫る敗退の兆しを確かに感じていた。


「そうか。」


 秋刕は頬杖を外し、背もたれに寄りかかって天を仰いた。


「なら、敗けた時の話をしよう。」


「聞きたくない。」

 陽菜が答える。


「いいや聞いて欲しい。念の為だ。私の為でもある。」


 秋刕は一瞬、んんッと伸びをして肩をストンッと落とし話を始める。


「君たちと出会ってからここまでの道のりを振り返れば決して短いものでは無かった。しかし、私の人生からすれば一瞬の暇(いとま)であることには相違ない。私にだって数々の楽しいことが有ったけど青春と呼べるような時間は今だけだった。」


――何か始まったな。

 錺はそう思いながら、少しだけ笑った。


「つまり、君たちが敗退して廃部になったとしても、私の期待に応えられなかっただとか、意味の無い時間だったとかそんなことは思わないで欲しい。むしろ、優勝できなかったら謝るよ、キャリアを使って君たちを廃部から助けるし、それに何よりも、ありがとうと伝えたい。私に高みを見せてくれた。とても情熱的な高みだ。とっても感動したし、まるで生き返ったかのように希望が湧いた。」


「だから?」

 錺が口を挟む。


「せっかちさんだなぁ。まぁつまりだ。君たちの戦果は、ここまでの奮闘歴は、間違いなく私の心に刻まれた。私は君たちを誇りに思うよ!」


 秋刕は元気よく言い放つ。呼応するように錺の心臓は高鳴り始める。もはや彼の脳内には勝たなければいけないという思考は無かった。勝てたら嬉しい。勝てたら楽しい。そして勝つビジョンの有る戦い。秋刕と同様に、やっと錺はゲームを始め直すのだった。


「さて、勝つための話をしよう。」


 秋刕が笑い、錺が問う。


「一応聞いておく、作戦は?」


 最後の一試合に向けて、錺の頭が勝ちを見据えて稼働する。ワクワクしながら、そして考えるという喜びを嚙みしめながら、錺は沸々と音を鳴らす昂ぶりと熱意のボルテージを捻り上げて思考する。


「現在順位は7位。優勝の為には大量キルと一位が必須。つまり大枠の戦術(ムーブ)は作戦通りの超攻撃戦型。よってこれよりサブオーダーを志田錺、そしてアタックオーダー兼IGLを鈴木陽菜とします。」




------------------------- 第18部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

②電子競技部の最終決戦歴  VS L高等学校大阪


【本文】


  電子競技部の作戦は単純明快。これまでの実戦経験を踏まえた上で、陽菜のアタックオーダーを主軸にひたすら詰める超攻撃型戦術。リスクを省みないアクティブなムーブでは有るが、リターンの無い動きには徹底的に錺が口を挟む。


 加えて錺は本作戦時オペレーターとしてのDPSを任されることになる。すなわち、裏のIGLとして陽菜を補佐しつつ、遊撃手として接敵時には独断での攻撃と独自の射線管理を要求される。つまり前四試合と比べてもその負担はこの上なく、錺の集中力は相当に高いものが要求される。


 しかし今の彼にはリーダーとしての気負いが無かった。それは責任感を上回る充足感が有った為。今の錺には圧倒的な自身と栄光へのビジョンを持っていた。そしてそれらを遮る様に、圧倒的なリスクの地雷群が彼の眼前には存在した。その板挟みが更に彼の心臓を高鳴らせる。


「出ましたIGL私!!誰も私を止められない!!」


 鼻をフンスッと鳴らし降下を待つ陽菜に錺はリアルでチョップをかます。


「危ないときは止める。」

「分かってますって!!」


 雲が晴れずに降下が始まる。島の天気は雷雨の兆しを感じさせる灰色が隙間なく犇めき合う曇天であった。


「リアルならキツイなこの天気。」

 恵がマウスパッドの上で腕を滑らせる。


「ローセンシは特にね。でも会場(ここ)はむしろ寒すぎるくらい!」


 陽菜は腕を摩り両手に息を吐く。e-sportsの会場では大型のPCや精密機器が設置されるため冷房の効きは強い。特段湿度が高い分には選手たちのプレーにも影響が出る為に除湿が重要視される。すなわち五戦目ともなると性別問わず、選手の身体は芯まで冷めていく。


「始まるぞ切り替えろ。決勝のラストだ。」

 錺が淡々と口にする。


「分かってるよ。分かってる。」

 陽菜が静かに口角を上げる。その瞳には不屈の光が灯っていた。


「さん。にー。いちッ!!」


 IGL鈴木陽菜の最初の采配が振られた。それは彼らにとって作戦通りの出来事で有りながら、彼ら以外の全ての人間には目を疑う光景であった。


「まだ見えない。」


 幸いにも降雨が視界を阻む特殊な一戦へとダイヤモンドクロニクルは様相を変える。何層もの分厚い雲を突き抜け、雷雲を背負いながら豪雨の中を弾丸の如く落下する2パーティーが、島の一端を補足するとともに同タイミングでやっと、互いの顔を見合わせる。


「ハロー!L高!!大阪校!!!」


 それぞれのロールをL高に合わせ、マンツーマンで電子競技部が張り付く。トルトゥーガ島最速降下方法。高高度帯でのパラシュート切断、後に南から西の浅瀬へ3人が着地し、北東の1人はトルトゥーガ島の奥地から物資を漁る。すなわち、現時点で浅瀬帯へ6人、トルトゥーガ島の本拠地へ4人が降下する。


「悪いなL高、死んでもらう。」


 錺がオープンVCでエドワードへ話しかける。


「やってみろ!!!!」


 エドワードが珍しく怒りを露わにし、その銀髪を靡かせ島へ突っ込む。トルトゥーガ島の本拠地には中心部に巨大な盃が存在し高高度帯の落下ダメージ抑制を雨の日にだけ行うことが出来た。オペレーター対決。二人の戦いはその小さな土俵から始まろうとしていた。


「またお前らか!!」

 克己が陽菜に向け声を張り上げる。


「リベンジマッチだよ!!」

 陽菜と克己のストライカー対決も本拠地の見張り台から全くフラットな条件で始まろうとしていた。現順位1位のL校大阪では有るが、僅差である二位のL高東京、三位の芝工高専を背後にしてこの戦いを敗すれば、その優勝は途端に絶望的なものへと化すことになる。すなわち、互いに譲れない崖っぷちの決戦であった。


 








------------------------- 第19部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の最終決戦歴 3 VS L高等学校大阪


【本文】


「やってみろ!!!」


 エドワードは声を張り上げパラシュートの紐を切る。相対する錺も全くの同タイミングで紐を切り、二人は直径一メートル程の赤い盃へ一直線に降下する。錺のピックキャラはコールマン、対してエドワードはテスラをピックし純粋な対人戦においては錺が優勢の様に見えた。しかし天候は雨、舞台はL高のランドマーク。両者はそのまま空中で近づいていき、互いの近接攻撃範囲で拳を交えた。


「チッ」


 拳をかわされた錺が舌打ちをしコールマンは盃の的から身体一つ分外れ、地面が迫る。


「舐めるなッ」


 囁くように声を漏らした錺がコールマンのフックを左手は壁へ、右手はエドワードに引っ掛け、コールマンを中心にして力強く引っ張りまわす。反転したエドワードは身体を地面へと打ち付けゲージの半分を失った。盃の上へリターンする様に着地をした錺はエドワードを見下す様にしゃがみ制止した。しかし実態はエドワードが既にテスラのパイロンを設置していた為であった。


「ツイて無かったな。」


 エドワードが錺へ範囲VCで声をかける。


「まぁまぁ、待ってくれよ6秒くらい」


「その間に僕のパイロンは致死量まで増やせる。」


 エドワードのテスラは雨天時、要塞や家屋など水はけの悪いフィールドでは漏電によるダメージ攻撃と微弱なスタン効果を生み出し敵に与えられる。無論それは既知の事である錺はコールマンのスキルクールタイムを待っていた。


「どうする?」


 エドワードも確実に自身のクールタイムを待つ。蓄電から放電撃を放てばフックを駆使したコールマンを以てしても、瀕死状態になることは免れない。エドワードの脳がフル回転する。一手先、二手先。また別の手、別の二手先。


「分かった。放電のカウンターだろ?」


「外れ。」


 クールタイムの切れた錺は躊躇なく漏電する足場へ身を投げ出しエドワードの予想通りテスラの胸へフックを伸ばす。そのまま左手のフックは壁へ伸ばし、壁を身体に固定してコールマンは反転しながらテスラを空中へぶん投げる。


「甘えるなよ。志田錺」


 エドワードはそう呟くと蓄電していた全てを錺へぶつける。互いにスタンを喰らうが、錺は一方的に多大なダメージを受け瀕死となった。しかし、


「お前には勝てない。」


 エドワードのテスラが硬直状態で着地した先では、克己と陽菜が熾烈な銃撃戦を始めていた。


「だから俺はお前に勝たない。」


 克己の銃弾を受け続ける遮蔽の裏でエドワードを見るや陽菜が銃口を向け呟く。


「ラッキー。」


 オートタレットよろしく圧巻のエイムでエドワードを撃ち抜いた陽菜は、再度すかさず身を隠し銃を構える。


「な、何やってんだエド!!」


「うるさい...‼」


 赤いキルログにエドワードの文字が刻まれる。


「陽菜ゆっくりで良い。」


 錺が合図を出し、陽菜は歯を食いしばった。


「IGLは私!!」


「落ち着けッ!」


 陽菜は錺の制止を振り切る様に勢い良く遮蔽から飛び出し、壁を蹴りながら克己の元へ急速に迫る。


「私が倒すんだ!」


 陽菜のストライカーは克己の照準から逃げるように縦横無尽に飛び回る。壁から床、空中から地を這いまた壁へ、天井から弾かれるように高さを変え、また地を這う。一方陽菜の照準は確実に克己を捉え、銃弾は吸い付くように横移動を繰り返す克己の胴体へ当たり続ける。しかし、


「ダッ!?」


 意味不明な声を漏らしながら陽菜のSMGは弾を切らす。


「ごめんリロードが!!」

 

 逆襲するようにリロードしながら飛び回る陽菜を決死の想いで克己のピストルがエイムを合わせ陽菜をダウンさせる。


『負けるかッ!』


 執着心。克己の勝ちへの拘りは他者に負けるような軟なものでは無かった。それは無論である。しかし、克己が視点を右に振れば、そこには無慈悲にも、とどめを刺すように飛び出した錺の拳が眼前に迫っていた。


「陽菜ッ!!」


 錺は剣幕のような声を上げるが、その言葉は陽菜の想定とは少し違っていた。


「あっ、ごめん――」


「いや、違う!!」


 しかし錺は自身のIGLへ、電子競技部のストライカーである鈴木陽菜を起こしながらチームのキャプテンとして声を上げる。


「アタックの判断は良かった、ただ俺のカバーに1秒ラグがあった。これでいいが、もっと良くなる。皆で勝って全力で潰す。俺たちが出せる最善こそ敵への礼儀だ。」


 誰しもが分かっていた。真剣勝負の代償とは歓喜と悲哀の表裏であると。誰かが勝つということは、誰かが敗けて涙を呑むこと。錺はただリスペクトを持って戦っていた。


「もう一秒早く報告をくれ。」


「うん。」


 陽菜は削られたHPを回復しながら動き出す。


「ゴメン。」


「いいやナイスだ!どんどん行くぞ、次だ次!」


 錺は流れ出る喜びと猛りを理性で止めながら、楽しそうに浜へ向かう。


「――あいつら強くなりすぎでしょ...」


 トルトゥーガ島の最西端、物資を浅く拾った三人がIGL達を待ちながら、堂々立ち尽くしていた。




------------------------- 第20部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の最終決戦歴 4 VS 海艦学園高等学校{アルマダ}


【本文】


「次は?」


 錺は状況整理の為、陽菜へ問う。


「うん。ペース上々、このまま対岸!」


「「了解!!」」


 対岸をランドマークとし身構えるは海艦学園高等学校{アルマダ}彼らは遠距離攻撃を得意とし安全地帯が西方寄りとなるマッチではL高大阪を大いに苦しめた。しかし今大会では西方寄りのアンチが一度しかなく錺たち同様、アンチ不利を強いられるチームの一つとなった。そして現在、アンチは中央ラヴァラボ寄り。現段階で西方へ詰める判断は錺たち電子競技部にとって、厳しい戦況を強いられる事と同義であった。しかし彼らは止まらない。


「対岸撃ってきた。」


「私が撃ち返す。」


 恵はトルトゥーガ島に一人留まり、牽制射撃を始める。武器は三発の弾丸をバーストで放つアサルトライフル。スコープは誰も持っていなかった。


「もう少し漁れば良かった?」


「いや限界だ。」


 錺はヤシの木へフックを引っ掛け、振り子の要領で浅瀬を飛び越える。一方陽菜たち本陣は新田のジークフリートが構える大盾の後ろでジリジリと対岸への距離を詰めていた。


「96、98...」」


「盾壊れる。」


「耐えろ新田」

 射線を広げた錺がロングレンジで恵とのクロスを組み、狙撃を図る{アルマダ}を苦しめる。


「回復着ける」

 ヒーラーである山田は新田の大盾(シールド)に対して何とか持続回復を続けるが、{アルマダ}の猛攻は留まることを知らないように盾を撃ち続ける。しかし、


「頭入った...」


 恵の報告から電子競技部は動き出す。


「崩れた。ダメージレース勝ってるぞ!」


「詰める!!」

 錺の報告で陽菜が舵を切る。


「GO!GO!詰める!詰める!」

 ウルトを使用した陽菜のムサシがSMGで前線を張り、追従する様に全員が前進し戦線が入り乱れ交わる。{アルマダ}のフォーカスは酒場の最初にベランダへよじ登った陽菜へ向くが、充満されたスモークの中、陽菜のムサシは駆け回る様に壁を蹴り続け、ディレイを図りながら敵のHPを削っていく。


「ワンダウン」


 そして、さも当たり前の様に敵の一人が首を垂れたところで4人が酒場へ侵入した。


「ナイスワン。」


 激しい動きに対して報告は淡々と簡潔に続く。


「スイッチ、スイッチ!」


 陽菜が少々下がり新田と山田が前へ出る。一方、恵は浅瀬を前進しながらスモークから覗く肘やふくらはぎなどの僅かな敵影目掛け射撃する。錺は上空を飛翔し弧を描いて酒場のベランダへ突っ込んだ。


「でかいの(タンク)瀕死。」

 恵が報告し錺たちがフォーカスを合わせる。


「ワンダウン!」

 今度は錺がそう呟きながら戦線を一つ退いた。


「私グレあるから退いて!」


「あと少し...」

 山田が悔しそうに呟くが陽菜が押し切る様に指示を出す。


「退こう!退いて(回復)巻こう!」

 三人がベランダから身を乗り出し陽菜がグレネードを投げた。


「恵ちゃんあと何秒?」


「5秒、4秒、3――」


 山田が負傷の激しい新田を回復させ、錺にはリジェネを付ける。


「合流したら詰める、数的有利で、フォーカスは先頭。」


 陽菜の指示が掛かると同時に酒場の二階では陽菜のグレネードが爆ぜる。


「確殺無いね。」

 陽菜は口数が増え、錺は逆に言葉を減らす。


「蘇生音。多分フェイク」

 そう言いながら陽菜は足音を立て、一つ牽制を挟む。


「来たよ。」

 恵がボソッと呟くように声を入れ、言葉を重ねて畳み掛けるように酒場の裏口から陽菜が足を踏み入れた。


「はい、GO!!」

 電子競技部は陽菜を筆頭に慣れない指示出しながらも、新田が瞬時に意図を理解し、その内容は充分に敵が嫌がる動きが出来ていた。更にそのムーブのプラマイを持ってしても余りあるほどに、錺がノビノビと戦えていた。これこそが2dpsを主軸とした電子競技部の最大火力。当初秋刕が描いていた電子競技部の完成形であった。


「終わり!!漁って次、次々、次!」


 陽菜は声を出しながら状況を整理し戦う。錺は無言で反省点を上げながら自己完結し、次の局面を見据える。よりマクロ的に個人技を発揮する陽菜。マクロを見ながら針を通すようなミクロで打撃を与える錺。そしてどちらもオフェンシブにムーブし敵を屠る。これが本来の、二人のプレイスタイルであった。




------------------------- 第21部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の最終決戦歴 5 VS国ジ学園、芝工高専、三国志高校


【本文】

 向かうはラヴァラボ。酒場を抜け北東領域の境にラボは存在する。アクセスは容易い。


「撃って良いよ」


 山田はARを空撃ちする。他での戦闘は未だ起らず。中央アンチらしい平和な初動。すなわち敢えての空撃ちは国際ジーニアスに対する宣戦布告であった。そしてキルログで気付く異変、彼らが死んだという事実、彼らが殺したという実態。キルムーブに対する警戒と扇動の螺旋が現マッチを異質なものへと変貌させる。


「顔出すかな?」陽菜

 「出すでしょ。」新田

  「出したらどうする?」錺

   「私が撃ち抜く。」恵

    「よっ、墨田のシモヘイヘ!!」山田

     「私、台東だけど。」恵

      「――見えたぞ!!」錺


 陽菜の報告で恵がアイアンサイトを覗き初弾を胴体へ当てる。


「50パー。まだ。」


 陽菜がウルトを確認し一瞬動きに迷いを見せるがそのまま直進する。もはや{SSS}との戦闘は避けられない状態であった。むしろ彼らは自らそうした。


「右展開する!」

 錺のコールマンは跳ねるように飛翔し陽菜の本陣とクロスファイアを組めるようにラヴァラボ東口を左斜め前に捉える。


「新田?」


「あぁ、分かってる。」


 新田のジークフリートは陽菜と先頭を入れ替え巨体を弾ませ全力で地を蹴り正面へ進む。背後の陽菜は左斜め前へ走りながら起伏の激しい荒地を横切った瞬間にスライディング、身体を隠したままに左展開する。


「まだ見えない。」

 新田が報告をし陽菜と錺が収縮する様に入り口へ直線的に走る。


「籠ったね……、堅すぎ。」


 ラボの入口へ続く東西南北すべての大通りは本来、遮蔽物の少なさゆえに、ラボからの狩場として広く認知されているスポットであった。その為オフェンス側はアルティメットやスキルを駆使しやっと状況不利を打破出来る。しかし{SSS}はその前提的形勢優利を度外視し、戦場をラボ中枢へシフトした。陽菜は今にも暴れそうな歯がゆさを深い一息で飼い慣らしウルトを確認、ラボを包む山の岩肌に肩を躙らせながらムサシの片目で戦場を覗き込んだ。





------------------------- 第22部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の最終決戦歴 6 VS国ジ学園、芝工高専、三国志高校


【本文】


「見えない」

 陽菜のムサシは風の無い暗闇を見据えゆっくりとラボに侵入する。


「どうする?」

「突っ込む。」

 

「ダメだ。」

 陽菜の答えに錺は返す。真剣な面持ちで眉を顰めながら


「相性悪すぎでリスクが高すぎっ。だったら北へ回って芝工挟んで――」


「突っ込む。」


「よし行くぞッ!!」


 錺は記憶が跳んだかの様に、陽菜の背中を押しムーブを合わせる。


「手の平ドリルめ」


 山田は笑い、つられて錺も笑う。


「最適解だ、寧ろこれしか無い。他の案全却下だ。そうだろIGL?」


 陽菜は拍子抜けするほどに素直な錺に驚きながらも、さも論戦に競り勝ったかのような口ぶりで言葉を纏める。


「てやんでい、当たり前よ!時間無いんだからポンポンポンって勝って倒して次!それにココで行けば実力で負けるかもだけど、ココで行かなきゃ運で負けるかもだから。絶対に正しい!!」


 錺は「あぁ」と相槌を打ち、陽菜の後ろに続く。実際問題、高確率でのポジション有利か圧倒的な実利を取るかの二択では、どちらに転ぶことも有り得た。


「俺らの動きに間違いはない。後はフィジカル、2にフィジカル、3もフィジカル。」


「バカが増えた。」

 恵が呆れながらSR(スナイパーライフル)を拾いボルトアクションを起こす。


「70%」

 陽菜が呟く。アルティメットは溜まらない。しかし電子競技部(かれら)は止まらなかった。


――VS国際ジーニアス高等学園


「大丈夫だ堅実に守って彼らの``キルムーブ``を止める。」


 多田修一が待ち構える国際ジーニアスの丁寧な作戦の裏で、相対する電子競技部はIGL鈴木陽菜の元、一つの行動(ムーブ)を起こし始める。


「見えた。どうする陽菜!?」


「KILL THEM ALL !!」

 

「よよ、よっしゃ行くぞてめぇら!!」


 それは、ただひたすらに攻める事。時にFPSでは例えそれがプロの大会であろうとも起こりえる現象。凝り固まった大会ムーブという固定観念をぶち壊す、野良プレイング。勝てれば官軍、アイテムもポイントも実利がある。そうハイレベルな試合は論理的な勝利を追求した戦術の集まりであるが故に、ある意味それは理論武装を穿ち、意外性を孕む強烈な戦術となる。


「新田ウルト!!」


「ここで…?!まぁいいか!!」


{一掃撃}新田のウルトは先頭にいた陽菜を――ドガアァン!!という衝撃音と共に研究室(ルーム)の扉ごと吹っ飛ばし、設置されていたトラップの数個を破壊する。


 狭い廊下より開けたその先は数多のPCとモニター、研究機材が設置されたラヴァラボの主戦場であった。


「来てる?」

「掴んでる」

 

 錺のコールマンは陽菜のムサシにフックをかけ、吹っ飛ばされたムサシに引っ張られる形でエントリーを果たす。そしてその逆手にはフックを引っ掛けられた山田のヒポクラテスが吊るされていた。 


「俺はサポートォォオオ!!」

「KIIL・THEM・ALL」

「KIIL THEM ALL!!!」


 山田は手にしていたスキル用の武器を拳銃(ピストル)に変えカチャリと音を鳴らす。陽菜たちが飛び出し一気に敵陣へ飛び込むことで、戦線は狂喜したように波打ち、交り、縺れ合う。


「こっちも見なよ。」


 一転、静かなる集中力の極致。陽菜たちを認識し照準を合わせる為に10メートル高の天井を仰ぎ見る敵の中から、オペレーターを見つけて照準を合わせ、正確に頭を撃ち抜く。その間1.5秒。恵にとっては充分過ぎた。


「オペ、瀕死(ミリ)」


「よく当てた!!」


 恵の報告に錺が答える。


「テスラね!フォーカス!!」


 それから空中から着地するまでの暇に、遮蔽へ逃げようとするテスラを陽菜が打ち抜いた。


「ピエロピエロ(=クラウン)当ててる、狙え。」


「当たらねぇよ!」


 山田は偏差に次ぐ偏差を修正しきれず与ダメ0で床に落ちる。


「いってぇ」

「痛いね」

「死にそうなんだけど!?」


 三人は長机の裏に身を隠し、銃に弾を込める。


「ピエロ(=クラウン)、ハーフな」

「あぁ了解。」

「了解(ラジャー)!。出るよー、2.1!!」


 ――ダァン、という重たい発砲音と共に3人が机から飛び出す。


「ピエロダウン。」

 恵がすかさず身を隠し呟く。


「おぉ!じゃあリッパーじゃあリッパーじゃあリッパー!!!」


 陽菜が叫びながらリッパーへ視点を移動し全弾当てた。錺もタンクを避けるように回りリッパーへ突進する。


「こっちやばい!こっちやばい!こっちやばい!」


 逆に国ジは錺の俊敏なオペレーターを見るやヒーラーである山田へフォーカスをシフトし攻撃する。


「ピストルじゃ無理!」


 迫りゆくジークフリートに、ブンッとハンマーで殴られ山田がダウンした。


「俺ダウン。」


「敵リッパーダウン!」


「ハンターフォーカス!!」


 銃口を向けるが錺の先に立ち尽くすハンターは錺にも陽菜にもエイムを合わせず一点へ向け連射する。「何処狙ってんだ。」と錺が小声で呟き、横から銃弾を浴びせた。


「ハンターダウンな。」


「ラスワン!」


 最後に佇む敵ジークフリート目掛け新田が走り、タックルをぶつける。そのまま壁へぶつかる巨体を陽菜と錺がハチの巣にしたところで{SSS}は一斉にキルログへ最後の名を遺した。


「あれ山田?」


「RIP」

 恵はそう呟くと箱になった山田からスコープを漁る。


「一倍か...ゴミめ...」


「今なんて!?」


「なんでもない…」


 恵が視線を逸らしながら回復を漁る。


「キルポか、嫌がらせしやがって……。」


 勢いで圧倒するかのような激しい攻防の末、錺も次いで物資を探る。


「北から足音!」

 直後陽菜が目の前の扉をピン刺し、銃口を向けウルトを吐いた。それはラウンド2が終わろうとした正にその時であった。





------------------------- 第23部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の最終決戦歴 7 VS国ジ学園、芝工高専、三国志高校


【本文】


「はいどうも秋刕です。」


「おいコーチ!何かあるか?」


 錺はラウンド終わりに秋刕へ指示を仰ぐ。いつ戦闘が終わり、長かった戦いの日々が終わったとしても後悔が無いように、彼は秋刕へ何度目かの最後の言葉を引き出す。


「HAHA!!動きは完璧だよ素晴らしい。ただ次の収縮で混戦になりそうなきらいがある。次の三分間は敵の配置を意識して、攻防の緩急をつけることをオススメする。ただ、飽くまで現場に任せるよ、以上だ!!」


 敵の接近を意識して秋刕はまくし立てる様に指示を終えた。


「了解ッ!!」


――ブチッ、と無線を切り錺はスモークの中で回復を終わらせる。


「聞こえたか陽菜、お墨付きだ。」


「当たり前!」


 電子競技部の動き方は型にハマっていた。型にハマっていたからこそ、この型破りな戦い方にもある種の定石的な意思共有が出来ていた。そして何よりも彼らに連帯と結束をもたらし得たのは、秋刕の基準をより深く理解できていた事による迷いの無さだった。すなわち退く判断も、攻める判断も、抗う判断も、全員の思考の大枠がシステマティックに一致していた。


「いいね、極まってる。」


 秋刕はラムネを口に含みながら背もたれに寄りかかる。その口角は良く緩んでいた。


「リテイク!!」


 陽菜は先程まで傍に置かれていた机や椅子の列が盛大に吹き飛ばされるのを見るや踵を返し、拾ったばかりのグレネードを投げる。


「するのか――!?」


「いや正しい!」


 新田の疑問に素早く錺が反応する。


「(芝工専の)到着があまりに早い、アンチは今しがた西南に寄った、そして奴らは西北口から来た、キルログを見るにアンチは次に飽和状態になる。山田を蘇生するには、ここでクラッチするしかない。」


「今しか無いってことか。」


「今やった方が楽しそうでしょ!!」


「飽和状態…」

 錺は自分の言葉に突っかかり考える。


「陽菜!!」


「ナニ!?」

     

「ここにもう一部隊来るとしたら、お前ならどうする?!」


 錺の頭が高速回転し、陽菜が自身の直感を信じながら電子競技部は守備的に陣取り、結果的に戦線は再形成され芝工高専の漁夫は失敗に終わった。しかし戦況を省みては、この攻撃は数的有利の元、芝工高専に未だ分があった。それでも辛うじて戦線が形成され膠着が続いている理由は、彼ら四人のエイム力が為であることに相違無く、芝工高専は接近を困難なものとし、2チーム間には数十秒ほどの凪が生まれた。


                                                  


                        


                            



------------------------- 第24部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の最終決戦歴 8 VS国ジ学園、芝工高専、三国志高校


【本文】


「リトリート!!」

 

 芝高専がアルティメットを放った瞬間、電子競技部は陽菜が指示を発し後方へ飛ぶように逃げる。流動的に芝高専は電子競技部を追い始め、腹を割ってキルを計る。


『モード・エイト』

 

 その瞬間、錺のコールマンは言葉を発し腕を四本生やしてから三人を掴み芝高専の方向へ飛び出す。芝高専のパーティーはストライカーにヴァルキリー、オペレーターにガガーリン、ヒーラーにジャンヌダルク、そしてダンクにフランケンシュタインをピックした近距離特化型の中盤メタ的フィジカル編成であった。むしろそれらはキルムーブをするためのピックであるとも言えたが、安全に動ければランドマークである北港からのアクセスの良さを活かした無難な編成とも言えた。そして空中でそれらを把握した錺はコールマンに弾丸の様な横回転を加え飛躍する。電子競技部は敵の銃弾を避けながら右下方に急下降し着地する。


「入れ替わった!」


「入れ替えた。」


 電子競技部は北西口を背に戦闘を始める。数的不利、スキル不足、物資格差、HP差、あらゆる不平等を持ってしても残酷なまでに決着は訪れる。


「まだ。今じゃない!」


 陽菜は敵の勢いを殺す様にダメージを与えるが決して踏み込むことはしない。あくまで牽制射撃を続けるかのように敵のダメージロールだけに弾丸を当てていく。しかし広く状況を捉えれば電子競技部はダメージアンチを背中に背負い攻撃側に立たされていた。


「所詮フランケンよ、ドームしか取り柄の無い平地特化の木偶の棒め。」


 新田が大盾を展開させながら悪態を突くとフランケンはウルトを発動させバズーカを構える。


「まずい来るぞ。」

「言うからだ!」

「新田!私ギリ...!!」


 一人高い位置で前線をキープしていた陽菜がバズーカの照準にマークされる。瞬間錺は新田を蹴り出し、新田はバリアを展開しながら陽菜をカバーする。


「ゴメン新田!!」


「気にすんなストライカー」


 新田のバリアが壊れ陽菜が再度牽制をしながら、その背中をフックで引っ掛け連れ戻す。それは僅か数秒の判断、数秒の技術が蓄積された数十秒の攻防が織りなす極限の連続。しかし、そんな短くて長い数十秒間が電子競技部の光明に成り得た。


「よし部屋出て出口は死守!!ディフェンシブ!!」


 陽菜の指示を疑う者はいない。錺すらも現状に限界を感じ、最悪タイムリミットと腹を括った。しかし彼女の読みは至極正しかった。


「後ろ見えた。ワンパ。」


「バッチリだ陽菜。」


 数的不利、スキル不足、物資格差、HP差、あらゆる不平等を持ってしても電子競技部が保持したかったもの。それは状況有利。言い換えれば"強いポジションニング"であった。それらは往々にしてバトルロワイアルでは何物にも代えがたいもの。それは電子競技部が極限状況下で魅せた、超キルムーブを一度留めた圧倒的緩急のある戦術であった。






------------------------- 第25部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の最終決戦歴 8 VS国ジ学園、芝工高専、三国志高校「リリテイク作戦」


【本文】


「それでもリテイクする!」


「ならこうしよう、俺のアルティメットで場所を入れ替える。芝高専はキルムーブ。恐らく時間を懸けずに詰めてくるが時間を稼げれば形勢は変わる。」


 陽菜は眉を顰め錺へ問う。


「でも漁夫は難しいって言ってたじゃん」


「あぁ、その通りだ。」


 錺は陽菜を説得し理解させるために言葉を捻りだす。


「このゲームの漁夫は確かに難しい。何故なら簡単に体制を立て直されカウンターを喰らうか逃げられるからだ。それなら...」


 錺は牽制射撃を挟みながら話を続ける


「それならカウンターもさせずに逃げられない状態を作ればいい。」


 リロードは素早く銃弾は充分に保持されている。


「ここなら可能だ。ここならできる。ここでしかできない。」



◇◇◇


「フハハハハハハハハハ!!」

「ムフフフフフフフフフフ!!」

「ココココココココココココ!!」

「ブフォwござるwござるwござるwおまいらwうるせぇでゴザルねぇ!!」


 ガタイの良い男三人に細身の丸眼鏡が一人。そしてエイセイを操る一際背の低い男が、溜息をつきながら四人を連れダイヤモンドクロニクルの荒野を走っている。そう{TEAM孔明}こと{三国志高校戦史戦術研究部}ではIGLの函谷関英明を筆頭に個性的なメンバーが名を連ねていた。


 三国志高校{TEAM孔明}

 戦術的な巧みさは一切なく、徐にフィジカル戦への戦い方を追求した近中距離特化型チーム。月に一回、対戦ゲームの戦術や独自の攻略方法をまとめたレポートをA4サイズで5枚ほどの量で提出することにより部を存続させていたが、徐々に部活自体の人気が高まり才能の有る選手を揃えることが可能となった。男子校。


「勘弁してくれ。」


 そしてそんな三国志高校の舵を切るのは、アナライザーであり高校生プロ棋士の高橋好奇であった。


「いいかいみんな、つまりここを叩けば大幅にキルポイントを増やせて順位も上げられる。良いか?次の一手はラヴァラボだ。」


「フハハハハハハ、勝ちる!!」


「ウンム、ンム、ムフフフフフフフフフフ!!」


「将軍の意のままにw、コココココココ!!」


「ブフォwござるwござるwござるwおまいらwうるせぇでゴザルねぇ!!」





------------------------- 第26部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の最終決戦歴 9 VS国ジ学園、芝工高専、三国志高校「リリテイク作戦」


【本文】


「エイセイ(タンク)、新キャラのゴクウ(ストライカー)が先頭で他3フルパ。あのフィジカルオフメタ、孔明で間違いない。」


 恵が冷静に分析する。一方芝高専は成すすべなく一斉射撃を浴び始めた。


「キルポ欲しい!」


 陽菜が冷静に芝高専を狙うがもはや芝高専は後ろを振り返らず電子競技部へ一直線に向かう。


「判断速い!潰しに来たね!」


「もう下がれないぞ!」


 研究室を抜けた先は遮蔽物の無い簡素な廊下であり、迫りくるダメージアンチを背に錺は焦った声色で陽菜へ次の指示を煽る。


「分かってる!飛んで錺!」


「了解...!!」


 錺は迫りくる芝高専を前に天井へ一本、味方3人へそれぞれ一本ずつフックを引っ掛け回転しながら上昇し残りのフックで空中を移動しながら全力で被弾率を避けるように努める。さんがらその光景は遊園地のアトラクションの様に奇怪で高低差の激しい動きをしていた。


「目回る...」


「あと5秒だ!」


 ランダム性に富み、追撃の困難な瞬微差と上方向のエイム。その五秒間は三国志高校が芝高専と混戦になるには充分な暇であった。しかし回転の軸となり単調な動きに制約される錺だけは、結果的に芝高専の良い的となってしまった。


「キツい。」


 錺がそう思考する暇。マグレか錺の誤算か、コールマンは頭に銃弾を喰らいスキルを解きながら落下する。


「悪い!喰らった!!」


「いや充分!!」


 混戦となった研究室で端っこに飛ばされた3人は10人が入り乱れる戦場へ身を放り出され、小さなバトルロイヤルが始まった。そこにはもはやコミュニケーションなど無く芝高専と三国志高校との軋轢をひたすらに触れないように身を隠すような戦いであった。


「4V4」


 山田がキルログを見ながら戦況を伝える。


「角に2人ずつ。一人落ちた。」


 錺もダウンした自らの視点で伝えられる範囲のことを伝え続けた。しかし混戦のさなかでも巨体を揺らすタンクの新田は良く目立ち、状況をよりカオスに染めようとする二校の混戦に利用される形で巻き込まれ、揉み合いの中で遂にダウンした。


「俺ダウン!一人回復してる!!」


 新田が告げると敵討ちと言わんばかりに陽菜が撃ち返しダウンを取る。恵は自身の動きの鈍さを考慮し遮蔽物で射線を切りながら陽菜を狙う敵から照準を合わせて撃ちあっていく。無論、狙いは距離の近い芝高専へ偏るが、その圧倒的な弾幕を前に恵がダウンを取られることは半ば必然的であった。


「ごめんッ。」


「3V2、こっちお前だけ!!」

 

 錺が声を漏らす。陽菜を残し全滅した電子競技部はただひたすらに祈っていた。それは彼女が立ち込める煙(ウルト)の中で見つからないことでも、敵からキルを取ることでもなく“ただ勝って欲しい”という単純かつ不鮮明で、すこぶる淡い希望であった。


――しかし、彼女は勝ったのである。


「アーマー頂戴!!」


 それはまるで低ランク帯で燻っていた元伝説的ゲーマーが、


「おぉ!!AWM!」


ストリーマーとしてプレイしながらも伝説性を垣間見せる特別な一瞬の様な、


「98%!!」


スマーフ的光景。


 陽菜は運命を別つその武器を拾う。ただ頭に当てれば敵を倒せるという常識外れかつ近距離では非実用的な特殊武器を


「よっ!!」


 しかしそれを頭に当てる。イカれた酔っぱらいの様に、


「ウルトりゃ!!」


 されど精密な機械の様に、


「Winnable!!」


 敵を屠る。さながら動く姿は小さなスーパーボールで、向かい来る姿は大型バスのそれである。そして敵は感じる、たった一瞬の浮遊感と予兆。“負けるかもしれない”と、そう感じさせる圧力。勢い。圧倒的エースの醸し出す恐怖。それは全てのゲームに存在する苦手意識。動物が古来より火を恐れる様に、敵のDPSロールが強かった時の、対面で全く勝てる気がしないあの感覚。


「はぁ......ふぅー。」


 陽菜は壁を蹴り空中で何度も回りながらヘッドショットを3発、リロードを嫌い持ち替えたSMGを頭から喰らわせた。終ぞ一撃も外すことなしに。


「よし。」


――会場は騒然とする。他チームもその空気感をヘッドフォン越しにも理解できるほどに感嘆の声はあちこちから響き上がった。


 結果は1VS3VS2クラッチ。三国志高校がもぎ取った1キルを覗く、Ⅳ《クアドラ》キル。


「私様についてきな!!」


 圧巻の戦いであった。





------------------------- 第27部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の最終決戦歴 10 「Absolute One」


【本文】

「文字通りここが最終決戦だ。」


 聳え立つ城壁は故郷の様に見慣れていた。大王城。絶対的な権力の象徴は積み上げられた努力の上に。陶酔は圧倒的な実力の中に。


「以上か?」


「えぇ...まだ有るよ...喋らせてよ...」


「まだ有るのか」


「君ぃ、あれだよ?私凄いんだよ?偉いんだよ?アナライザーだよ?元プロだよ?」


「じゃあ新たな戦術でも有るのかコーチ?」


 錺は秋刕に分かりきった質問をする。


「無いです。作戦は予定通り、タイムアウト終わってもこの流れを止めるな。全てを出し切れ、悔いを残すな。相手はしっかり強い。でも勝て、信じてる。」


『――了解!!』


 五人は声を揃え、最後の通信を終わらせた。



◇◇◇


 錺たちのいる城下町と大王城を足して2で割ったようなフィールドが形作られる。そうこの場所こそ決戦の舞台{SE‐Ⅳ(フォー)1(ワン)型バトルフィールド。通称=城1(シロイチ)型}決戦の地にふさわしいこの場所で玉座を奪還する戦いが今、始まった。


 大王城に迫るまで、{電子競技部}は遮蔽を利用し一丸となって動いていく。


「城門まで行ける。」


 5VS5の一騎打ち(デュエルシステム)ではメインシティに近いチームが防衛側となり、攻撃側は相手チームの全滅以外に防御側のメインシティ内にある象徴的な特定のオブジェクトを破壊出来れば勝ちという条件が付加される。すなわち本試合ではメインシティ大王城に陣取る{L高東京}が防衛側、対を成す{電子競技部}が攻撃側であった。



『了解』


 大王城は防衛側に高低差のアドヴァンテージがある反面、城内には勝利条件となるオブジェクトが二つ存在し、その侵入経路は大きく三つ存在した。

 ①一つ目は北側に存在する車庫{通称:電車}、

 ②二つ目は中央ラヴァラボ方向へ正面に構える城門、

 ③三つ目は正面から南(左)側に構える裏門。

 また破壊可能オブジェクトは、

 大王城中央部に位置する玉座(A)と、

 玉座と横座標を同じくし真下に位置する地下牢(B)。


 この2つの地点は各侵入経路から接続されており、AB間のシフトは一定の時間を要する為に城内までは防衛側が、城内からは若干攻撃側が有利とされている。しかしながら、大王城を守る為のディフェンシブな構成を用意できれば一転、守り側のアドヴァンテージは更に大きい。また前提として二つのオブジェクトを同時に破壊することは出来ず、守り手は破壊工作を合図するタイマーが作動したオブジェクトのサイトを制圧し返せば良い。


 陽菜が錺たち4人を蘇生をしていた時間、L高東京はポジショニングの為に蘇生を計り構成を変更することが出来なかった。裏を返せばL高東京はダークホースオフメタチームの作戦に柔軟さを求められる立場であった。


「陽菜、そろそろ射線が通る。」


 錺の忠告に陽菜は頷く。


「分かってる。」


 形成される地形は元となった遮蔽物などのオブジェクトを収縮させたり、地震や爆発と言った理由で新たにオブジェクトを生み出す仕組みであり、既存のトラップや環境は消えずに反映され、マップ研究を深い領域まで進展させているチームであれば効果的なトラップ配置で敵を待ち伏せることは造作無く、ことL高ともなれば他チームよりも隙の無い戦術展開が予想された。しかし電子競技部も簡単には戦術を読ませなかった。それは秋刕の采配が為であり、ダークホースが故。



◇◇◇



 六面のディスプレイが光る闇の中で、ドアが開く。


「ん?頼むよ、試合中だぞ。」


 秋刕は呆れた声で眉を顰めるが、部屋へ歩みを進めた少年は構わないと言った顔で入室を果たした。


「前の試合から待機室にいました。審査も通ってるし遅刻したアナライザー判定です。それにこの部屋から出来る事はもう無い。今更貴女に何をしようと、勝敗は変わらないでしょ。」


 秋刕はそれを聞くと顔に余裕を取り戻し、人差し指で彼をこまねいた。


「そうか。なら君も見ていくと良いさ、箆鹿君。全てを始めた一人として。」


 



------------------------- 第28部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の最終決戦歴11 「Absolute One」


【本文】

{西南領域、大王城決戦場:SW‐Ⅳ1型地形}


 東雲高校キャラピック

 ストライカー 鈴木陽菜『ハット』      振り向き3.52㎝(IGL)

 タンク    新田 海『ジークフリート』  振り向き15.02㎝

 スナイパー  馬喰田恵『シモヘイヘ』    振り向き38.63㎝

 ヒーラー   山田正義『ナイチンゲール1号』設定感度5/10

 オペレーター 志田 錺『コールマン』    振り向き17.0㎝


 L高東京キャラピック

 ストライカー 神田秋葉『ハット』     振り向き18.42㎝(IGL)

 タンク    錦糸マチ『ジークフリート』 設定感度8/10

 スナイパー  上野美郷『シモヘイヘ』   振り向き27.21㎝

 ヒーラー   浅草 緑『ジャンヌダルク』 振り向き19.52㎝

 オペレーター 押上樹空『ガガーリン』   設定感度4/10


「会場からは驚きの声が聞こえてました。蘇生が通って構成をメタれるアドヴァンテージがあるにも関わらず、電子競技部のピックは『ハット』だった。相手の構成が透けていたなら尚更ミスピックだと。」


 箆鹿はアウターを抱えるように持ちながらそう言った。その言葉へ秋刕はジッと画面を見つめながら反応する。


「侵入経路が三つあるサイトA、B。本来ならストライカーに攪乱や移動能力の優れたアルティメットを持つキャラを入れる。無難な選択だね。リッパーやムサシを入れればどのサイトに入ったのが本陣かは悟られない。しかしそれは逆についても同じことが言えないかい?」


「L高のピックですか?」


「そう。普通のプレイヤーならば彼女らはなし崩し的にあの構成で戦わされていると捉えるかもしれない。しかしそれは否、きっとキャラチェンジの機会が訪れようと、彼女らは自身のキャラを変えることは無いだろう。」


「根拠は?」


「練習時間さ。自信があるのさあの構成に。」


 ディスプレイに映る{L高東京}の布陣は、流動的に動き迫る{電子競技部}に対しドッシリと構える形。別段動きを合わせる形でも無く。牽制射撃も枯渇しそうな銃弾は一切使用してこない。


「箆鹿君。なんで彼女たちは女子なのにあんなに強いと思う?バイザウェイ。」


「炎上しそうな物言いですね。録音でもすればよかった。」


「わぁーったよ。言い方が悪ぅござんしたね。では改めて、彼女達はなぜ競技人口の7割を占める男性諸君を入れずに男女混合のチームを圧倒していると思う?バイザウェイ。」


 秋刕の捻くれたような強調した言い方に、それを全く無かったかのような淡白な返事で箆鹿は答える。


「答えはプロだからです。L高東京メンバーは女子プロチームとして活動している。だからバックに着くスポンサーもアナライザーもヘッドコーチも本物が付いてる。練習時間も学校ぐるみでほぼフルタイム。」


 秋刕はそれを聞き、ニヤっと口角を上げた。


「なぁーんだ、知ってたんかい。やっぱり物知りじゃないかぁ嫌いとか言っておいてさ。まぁ実にその通りで、JKブランドを多様にふんだんに利用したすんばらしいチームな訳で、彼女らにはサポータも多い。君はまだ当事者だからJKの素晴らしさが分からないかも知れないが、わたしゃ高校行ってないからもうムフフハハ…」


 箆鹿はムスっとした顔のまま疑問を投げかけた。


「それがどう話と繋がるんです?」


「あぁつまりだ。彼女らの構成は普段使いのものとは違うんだよ。」


「はぁ、」


 秋刕は大王城から平地を見下す五人を眺めながら、冷静に自身のL高東京に対する分析を露わにした。


「彼女らが本来挑む相手は、即ち練習時間を費やす相手はこんな小便臭いアマチュアじゃない。複雑で緻密な作戦を練らな勝てないプロチームだ。では一転、格下だと分かっている相手に対し最も上位に進出し易い構成とは何か。それが元来彼女らが使用するムーブムーブの移動構成ではなく、相手を薙ぎ倒すような正面のフィジカルに腰を据えたあの構成。すなわちキルムーブとキル構成。ぶっちゃけ、どの地点ポイントでの交戦だとか、どんなシチュエーションだとか、彼女らには関係無いのさ。必要なのはどんな場所でもプロのエイムを多分に押し付け得るピック。まさに女王様みたいな傲慢なムフッ、ハハ…グフンッ。まぁつまり、かち合う場所や相手の構成に有利不利が左右されるようなアビリティ合戦は避けた構成。悪く言いやぁ手抜き、善く言いやぁ高コスパ。しかも、本大会最高値のコスパの良さ。」


 箆鹿はその説明を聞き、一呼吸入れるように溜息を吐くと、飲み込んだ話を丁寧に纏めて解釈する。


「つまり、大王城での戦い方もハッキリしていると。」


「そのとおり。どれだけサイトに着くのが速かろうが、裏をかこうが、欺こうが、彼女らはじっくりと腰を据え、五人で徹底した射線管理と動的なセットで攪乱しながら勝負を仕掛けてくる。ストライカーの神田秋葉はエイマー御用達キャラの『ハット』を扱いながら味方に緻密な動きをコールできる優秀なIGL、タンクの錦糸マチは阿吽の呼吸でアタックできる『ジークフリート』、スナイパー上野美郷の『シモヘイヘ』は当てれば強いをモノにした高水準DPS。This isバトルヒーラー浅草緑の『ジャンヌダルク』、動的タンク運用、ダメージも稼ぐオペレーター押上樹空の『ガガーリン』。対する我らは"その戦い方"を知っている電子競技部ダークホース。」


「でも、対L高東京。その為の構成には見えない。」


 箆鹿は平地を走り迫る{電子競技部}の視点を見ながら呟いた。


「戦術を隠す為に、極力新田の『ジーク』で鈴木陽菜の『ハット』を隠すように動いてますね。でも『ハット』には移動や攪乱を迫るような、つまり隠すべき戦術アビリティは無い。山田『ナイチンゲール』志田『ガガーリン』は最初期の構成に戻っているし、馬喰田恵はDPSの『シモヘイヘ』。疑問ばかりだ.......」


「うん、次の遮蔽辺りで陽菜ちゃんの『ハット』はバレるだろうね。そしてL高に明かされたその構成は戦術性を感じさせない。まぁ仕方ないんだ。大王城決戦場はそういうマップ。ただ戦わずしてはその戦術の真意には気付けまい。」


 秋刕の眼差しは、例えば虚勢だとか祈りだとか、不確定かつ不安定な結末を見届けるものでは無かった。それは信頼だとか信用だとかとも違う、確信的な態度。





------------------------- 第28部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

電子競技部の最終決戦歴12 「Absolute One」


【本文】

「戦術の真意……。」


 未だ理解しきれずにいる箆鹿は反芻させるように口にする。一方颯爽と銃弾を躱す電競の全容をいち早く捉えたのはL高東京スナイパーの上野美郷だった。


「見えた。うっそ……、ハットだよアレ。ストライカーはハット!」


 上野美郷は驚きの声を上げるが、IGL神田秋葉は冷静に上野へ聞き返した。


「みさと、他は何だった?」


「ジーク、シモヘイ、ナッティ、コール。」


 みさとの発した名称はL高東京に共有される略称。その略称一つとっても聞き取り易さ発しやすさ発する短さを考慮して統合されていた。


「なんつー構成、アグロ(Agrro=速攻。一斉攻撃。)かな秋葉。」


 秋葉と同様に戦況の考察を得意とするのはタンクの錦糸きぬとマチである。高台でスコープを覗くみさとのポジショニングとは対照的に、マチとヒーラーである浅草緑は中央に位置するストライカーの秋葉を守る様にどっしりと構えていた。


「マッちゃん、私ら相手に敢えてアグロを選ぶチームなんてある?」


 緑のその言葉に秋葉は首を横に振った。


「うんん、有り得るよ勢いに乗ってれば尚更。特に相手はプロじゃない。流れがあるならこういうピックも有り得るよ。とにかく搦手の無い相手なら寧ろ楽だ。本陣を見極めて極力サイト内で潰し切る。私たちと同じタイプならマクロもこっちが上手、練習通り私たちの強さを押し付けよう。」


『―――って、思うのさ。普通は、』


 ディスプレイの前では秋刕がL高東京の動きを捉える。中央に三人、高台に一人、離れた城壁に一人の布陣で展開していたL高の気配は、おおよそ電子競技部に合わせるように南東方向に設けられた正面の大王城正門へ集結すると推測された。


「事実、鈴木さんたち本陣も正門で戦う構えを見せている。このままだと本当に潰される。」


「そこまで柔じゃないけど、まぁそうだね。確かに敗けるよ、かち合えば。」


 秋刕は腕を組みながら含みを持たせた言い方をし、経過を見守った。実際、プレイヤーカメラには陽菜たちの緊張した面持ちが映っていた。マウスを握った右手の手汗は、しかしグリップを強化する。それは不安と自信が交差するある種フロー状態の縮図のように、その適度な鼓動の高鳴りが五人の意識を最大限に高めていた。


「さん、にぃー、ちー、ダメージ!!」


 IGL陽菜の掛け声と共に、本陣であることを知らせる銃声が幾重にも城門へ放たれる。これらは電子競技部が城門を攻めると言う宣誓射撃でもあった。


「秋葉、城門損傷速い!!めっちゃ銃声!!」


 城門等、破壊可能オブジェクトの耐久は射撃する人数が多い程に早く減っていく。DPSが高ければ耐久も直ぐに減ること。常識的なことであるが、この耐久値の減少具合で、守り手は速攻か散兵戦術かを判断することが出来た。


「うはぁー、マジでラッシュじゃん、五万人いるよコレ。」


 焦燥を混じらせた緑とマチ、二人の報告を耳にし、秋葉は冷静に判断を下す。


「エントランスとサロン譲っていい!!広間サロンリテイク(Retake=取得されたエリアの取り直し。)からセット(set=セットアップの略、チームで用意された連携プレイ。)で行く。」


 秋葉の読み筋通り、電子競技部は勢いのままに城門を破壊しエントランスを制圧する。しかしその歩調は若干緩まり、警戒するように、しかしサロンへは圧力をかけ続けるように銃声が鳴り響く。


「入口、グレ投げた!」


 サロンの奥戸、守り側に広がる広間からマチがピークをしながらエリアを取り返す。サロンと広間の間からはマチの投函したスモークグレネードがエントリーに対するアングルアドヴァンテージ(※=敵の身体を先に視認できる有利のこと。)を担保していた。


「間に合ってるね。」


 秋葉はじっくりと確認するように、自身でもサロンのスペースに足を踏み入れる。


「うん、入ってない。」


――ダァン!と刹那のピークを突き、タンクであるマチのジークにダメージが入る。瞬間マチは遮蔽へ素早く身を隠しヘルスを回復し始める。


「チッ、当てるなぁ。スナイパーだ、まだ全然いるぞッ!!」


 エントランスに設けられた遮蔽物カバーの上から、スモークと天井の間に出来た僅かな隙間を縫うように攻め側スナイパーである恵の『シモヘイヘ』が、マチの肩を的確に撃ち抜いた。


「もっかいジャンピ(※ジャンプピークの略)する。」


 マチは壁から斜めにキーを入力し、ストレイフジャンプと呼ばれる空中移動を挟みながら一瞬身体を射線に入れた。


――タァン!


「うっわ当てられたよ、なんだあのスナイパー...」


「潰す?」


 樹空きそらが秋葉へ確認する。


「焦らない。樹空はそのまま(エリアを)保持して。私たちもスモーク晴れるまでここで良い。サロンは最悪引き守りで、アビリティ吐かせて広間からリテイク。」


 秋葉は堅実に交戦状況の有利を確保するためのマクロを構築する。一方電子競技部は相手を文字通り煙に巻くように、次の一手を指していく。


「いない...。敵さん退いてるよ!」


 みどりはスモークの晴れたエントランスへ射線を通す。そこには既に電子競技部の姿は無かった。


「裏門ダメージッ!!」


 裏門への損傷を確認できる位置にいた美郷が素早く報告する。裏門への損傷は先程と同じように急速なペースで進んでいた。


「損傷早い!裏詰プッシュする?」


「ダメ。それが相手の狙いなんだ。向こうのチームは予選を見ても全員が上手い訳じゃなった。だから裏を詰めた少数の方を狙われたらワンチャン敗ける。そこからエントランスで中央突破。自陣が崩れちゃう。」


 美郷は秋葉の指示を待ちながら電子競技部へ牽制する。しかし、襲い掛かるような激しい応戦の形で、陽菜を筆頭に電子競技部の面々は美郷へ掃射した。


「うわっ、だ、痛った!当て感やばいよっ!!あのハット!!頭当たった。」


「大丈夫そ?」


「退ける!退ける!なんとか、でも凄いッ!!」


 激しい銃声と間一髪と言った美郷の声を聞いて、秋葉素早く陣形を選び取る。


「玉座から回って行けば食堂でポジショニングされる。加えて裏門入口VS玉座口の攻防はロングレンジ。カバーしきる前に美郷が潰される。」


「わたし結構ロー!」


 美郷の焦りはスナイパー職の迎撃がスコープを覗くことにより足が止まる為である。この際、近距離戦に持ち込まれれば有効射程を活かせずに不利となり、更には陽菜のヘッドショットにより減ったヘルスを未だに回復出来ないでいた。


「よし、食堂ドア開けて。緑は美郷カバーしながらA通路(※3F玉座{Aサイト}へ繋がる道。)に展開、サロンと通路からクロス(※cross=十字にカバーを取れる射線の置き方。)を組んで2‐2で抑える。」


「了解、美郷のカバーね。」


「樹空は広間までエリア下げて、早めにカバー出来るように。」


「オッケー。」


 すかさずマチはサロンから起動出来る食堂への扉を開けるスイッチを押し。樹空も秋葉の指示通り北の倉庫から南下し大牢獄へ足を進める。


「選手たちは戦況を鳥観できない、それがFPSという仕組み。」


 秋刕は電子競技部の画面からサロンと食堂のスイッチが押されたのを聞き取り、感心したような顔をする。


「しかし、味方の情報から鳥観したように盤面を捉えることは出来る。そうやって相手の配置、心理もろとも俯瞰的に見て指示を出せるのが優秀なIGLって奴さ。……あぁ、スゴイな。」


 実際、陽菜たち電子競技部の狙いは秋葉の一手により拒まれる形となっていた。


「食堂空いた!!」


「あと少し!!」


 新田と陽菜の報告に錺が口を挟む。


「無理するな!!」


 照準が食堂のロングレンジで、スナイパーである美郷の背中を捉えようかと言う瞬間、サロンから赤いレーザーサイトがピーっと一つ差し込んだ。


「バックバック!錺はそっち集中して!!」


 IGLであり実質アタックオーダーを担う陽菜は歩調を止め、裏門と食堂へ通じるチョークポイント(※超えると射線が一気に通るような狭い通路。)から内側での牽制を余儀なくされた。


「クソ。当たんなかった。」


 恵は悔しそうにマークスマンライフルをコッキングさせる。


――カラリっ。


 瞬間乾いた音が陽菜たちの待機するチョークポイントの内側へと響いた。


「うっわフラグ!!」


 陽菜たちは咄嗟にチョークポイントから距離を取り、グワッと互いに距離を取り合った。一拍置いて転がって来た楕円形の塊が激しい音で爆発する。それは先程とは違うタイプのグレネード。俗に手榴弾と呼ばれるタイプのダメージグレネードであった。


「完全に取られた。」


 食堂のエリアは、L高東京による半中守りの完璧なポジショニングでクロスが組まれる。先程との違いはスモークによる遅延では無く、撃ち合うなら受けて立つと言う意志が見えていた事。監督室の秋刕は、ディスプレイに映るレーザーサイトの十字線へ称賛の意を込めて笑っていた。


「ふふっ、すごいなまるでプロみたいだ。限界までアンカー(Anchor=錨:エリアを取られないために逆サイド及び侵入経路の後方を見る役割。)をしいて、的確に私たちの狙いを潰してる。」


「狙いって、あのスナイパー潰し?」


「そう。食堂はAサイト側、つまり3Fの王室側へは抜けれるけど、サロン側へは破壊可能な扉を壊す必要が有る。ミッド(中央)が繋がれば攻め手側が有利に展開できるからね。それをL高は敢えて解放した。」


 箆鹿はその説明に首を傾げる。


「このゲームはヘルスが高い。少人数行動が弱いなら新田に盾を張らせて、強引に2

《ツー》のサロンを潰しに行けば良いのでは?」


「それを見越して、サロン側には逃げやすいストライカーとタンクを配置しているだろうね。一方Aサイト側はスナイパーとヒーラーでそれこそ潰しやすそうだけどロングレンジだ。強引に潰しに行けば山田君か恵ちゃん辺りはフォーカスで落ちるという罠。」


 秋刕は溜息を吐く。L高のマクロは電競に対する守備のアンサーとしてだけではなく、電競へ損害を与える為のトラップとしても機能していた。


「サロンとAサイト側から食堂に圧を掛ける。一見食堂で決するような布陣に見えるけど、レーザーポインターの傾き的にサイト側の守りは奥めで強引に突破できる。しかし見方を変えれば相手を裏門からAサイト(玉座)へ流し込む形で半分中守り、ヒーラーかスナイパーにフォーカスして削る。多分にこっちの本命を匂わせて、数的有利を作れたり、アルティメットを吐かせたら最高。とにかく、ただじゃ食堂は通させないって形だ。」


 裏門側の食堂口では電子競技部の侵入を阻むように、サロンと王座方向から2射線の銃撃が襲う。打開する為、陽菜は手持ちのスタングレネードを投げ、牽制射撃を挟みながら一つ前の遮蔽へ前線を押し上げる。


「一人入った!」


「詰めないよ、詰めないよ!フォーカス後続に徹底して!」


 秋葉は何度も確認を取るかのように戦い方を揺るがさない。


「コンセプトが徹底してる。総合的な撃ち合いでは分があることを分かってるんだ。だから射線を通して結構多めにピークしてる。通過させても良いんだ。チョークポイントで撃ち合って、損害を狙えれば。」


 秋刕は苦しそうな顔を見せながら、しかし気味悪くニヤリと口角を上げた。


「余裕だと思ってたけど、結構やるじゃん!ハットもそうだけどスナの当て感(※敵に弾を当てるエイム力)やばいね、圧力ビンビン。グレ投げよっか?」


 集中し切った陽菜と恵の2人によるエイム捌きで、圧力をかけ続けるL高も被弾を増やしていく。しかしマチの言葉に秋葉は首を横に振った。


「大丈夫!大丈夫!!後続出るまで投げない!」


「了解。」


 マチは信頼しきった顔で、電子競技部へ再度銃撃する。


「みんな大丈夫!!このままで良いよ、時間も稼げる!」


「今ナイティローね、私ウルト上がりそう。」


「ナイスナイス!美郷もよく当ててる!!大丈夫大丈夫!絶対に勝てる――」


 秋葉の鼓舞が、絶対的エースでIGLのそのコールが、L高東京を一つの流動的な集合体にするように、纏め上がり、息を揃え、布陣が一層堅くなった時。その堅牢な火の付いた一矢が密かに突き刺さる。

 

『撃たれたこっち、ラーカー(※単独行動する役回り。)がいるッ!!』


 もとい、秋刕が秘策として送り出し、L高東京の懐へ突き刺さったそれは、マクロのコアを破壊し得る、電撃を纏いし魔法の槍。


「樹空?!」


 秋葉は遮蔽へ身を隠し、ミニマップのレーダーに映る影を確認した。場所は大牢獄、キャラはオペレーター職のロボット。


「嘘でしょ。」


 秋葉はこの瞬間、天地の返るような感覚に襲われた。樹空が襲撃された対面の相手、そこにいたのは電子競技部のアンカーとして後方を警戒する役回りを担っていた錺のコールマンであった。


「私たち、相手に?」


 会場が火を吹くように、ドッと騒めいた。


『アグレッシブラーク…!!』


 秋刕は腕を組みながら、正面の巨大なディスプレイに映る錺を見て、そう発した。


「アグレッシブラーク?」


 膠着した戦況、打開した一矢の覚醒を秋刕は笑う。


「アハハ!!全くウケるよね?プロみたいな戦術を敷くチーム、トッププロ並みのエイム強者を活かすだけの凡庸な戦術を敷くチーム、この際後者の練度は中の下も良い所だとして、はてさて、この際強いのは一体どちらか!?」


「そんなもの、分からな……」


 箆鹿の言葉を待たずに、秋刕は答える。


「愚問!――答えは断然後者。」


 ディスプレイに映る錺のコールマンは陽動だとか、ワンチャンスの奇襲をトライしたヒット&アウェイだとか、そんな含みを持つ動きでは無く、誰がどう見ても確信的に圧倒的なキルムーブで、ただひたすらに樹空のガガーリンを追っていた。

 

「いいかい、2v2のクロスファイア……。2の本陣が正門から出て裏を取るやり方もあるけど、リテイクの難易度が上がったり、それこそ錺ちゃんに待ち伏せされるリスクがある。A通路から射線を通せば狭所にグレネードが飛んで来る。かと言って現段階でAサイトに引きこもれば食堂、サロンから広間を通りBサイト(大牢獄)へシフトされる。L高としてはサイト内でリテイクする形で総力戦をしたかった。だから数多ある作戦の内選ばれた「中央サロン2枚」はもっともリスクヘッジに優れた形。何故なら対人戦で実力差が出やすいこのゲームでプロの私たち相手に敵は『破壊WIN』を狙うだろうから!……いいや、違うんだ。それが戦術の付け入る余地、固定観念という隙。だから敢えて格上相手に、私たちはその逆を行った。」


 秋刕は指先を伸ばし柔らかな所作で両の掌を広げると、ハエを叩くように素早く力を込め間に合った空間を押し潰した。


電競ウチの狙いは初めから、『殲滅エリミネーションWIN』」

 

 オペレーターDPS、樹空のガガーリンはアンチパッドを使用しながら縦横無尽の機動力を見せ、錺のコールマンはフックを利用した立体的な動きで追撃する。両者ともに激しいストレイフを見せ、樹空の照準は自身の動きと相まってバラけ続ける。しかし、錺のコールマンは回転率の高いウルトのパーセンテージを押し上げるように、的確に弾丸をぶつけていく。


「アグレッシブラーク。このゲームはヘルスが多いから団体で動くほど強い。フラッシュバンに対してもタンクのシールドでフラットに出来ることが多いし、挟んでも射線を管理できれば数の少ない方を簡単に潰せる。しかしただ単純に射線が増えることは難儀だ。その為に射線増やす役回りもエリアコントロールする役回りも機動力が桁違いに高いオペレーターが担うことになる。」


 秋刕は机の上に置かれたペンの端を持ち、グッと腕を突き出して錺と樹空の交戦を差した。


「つまりこの状況でアグレッシブラークを通すということは必然、敵オペレーターとのデュエルを望むということ。へへっ、こんなの誰も予想できないさ。選び取れる選択肢の中で最も非常識、仮にもプロ相手に1v1をしようって言うんだ。」


「でも、勝てる見込みが有った。」


「見込みとか言う浅い選択じゃない。ある意味、{電競わたしたち}にはコレしか無かった。たった一カ月半の練習期間。発足したて、中には素人同然の選手がいる圧倒的ビハインド。達成目標から伸びしろを逆算したら、そこに見えた光明は、元来一つしか無かった。」


 樹空はやむなしと物陰に隠れて回復を挟み応戦する。ガガーリンとコールマンの差別化は単独での機動力か団体での機動力かというものにあった。仲間に一定の機動力をサポートするガガーリン、反面コールマンはより一匹狼的な性質を持つ。これはキャラパワーの差から、逃げるという選択肢を早々に排除した樹空の英断であった。


「好きこそ物の上手なれとは言うが、それは逆。往々にして得意なものを好きになるものなのさ人間は。やらされるなり、やっていたなり、無意識下でロジックの形成されたものを素質として好ましく思っている。そして彼が最初、オペレーターDPSをやりたがっていた理由がそこにある。」


 錺は明確に撃ち合い始めた樹空から被弾を受けながらも、ガガーリンのフックを大牢獄に張り巡らされた梁へ向かって放ち、的確に距離を詰めていく。


「理由は知らんが、彼はトラッキングエイムがピカイチなのさ。すなわち流れる様な滑らかな追いエイム。素人が見ればこのゲームが簡単に見えてしまうような、リコイルパターンと敵の回避行動、自身の回避行動、その全てを逆算した末に施される美しい反動処理。」


 侍が互いの間合いに踏み入る様に、二人はやがて互いの有効射程エフェクティブレンジに足を踏み入れる。しかし勝負は、そこから鮮やかにも一瞬の出来事だった。


「陽菜ちゃんとは違った種類の化物。要は元来、このチームには怪物が二人いた訳だ。それが私たちをここまで押し上げた理由。そしてそれが私の選んだ選択。」


 フックは梁から梁へ張り巡らされる。それはクールタイムを無視したクロニクル最高機動力、最高難易度のアルティメット。


――『モード・エイト』


 錺のコールマンは背中から八本のフックを飛ばし、空中で何度も軌道を変えながら、手元ではフルオートのライフルで弾丸を射出する。


「撃ち合いに極度の集中を求められるゲームは、IGLがダメージを稼げないものさ。だから後にも先にも、錺ちゃんを覚醒させるためには、取って代わるIGLが必要だった。だって彼がメインオーダーなら、サブオーダーなんて本当は要らないんだから。」


「なら貴女は初めっから、この戦い方をする為にマクロを組んでいた?」


 地の撃ち合い、ガガーリンを上回るコールマンの高機動力、そこから予期できるリコイルパターンの僅かなアドヴァンテージ。錺は樹空に対しダメージレースで圧倒し、ローヘルスから消極性の垣間見えた樹空に対し、近くの遮蔽へフックを引っ掻け、一気に距離を詰めた。


「その通り、出会って最初のその日から、つまりこれこそが私の見た唯一の光明。」


 見計らったように樹空はリピークし、空中で無防備な錺を照準レティクルに捉える。しかし錺は更に予見していたかのように地面へフックを放ちコールマンをドロップさせるように縦回転した後、ジャンプキーを入力しバウンス、再度空中に舞いながら、ショットガンを構える。樹空は大きく外れた追いエイムで全弾を空へ打ち切り、大牢獄の薄暗い天井と、その間で舞う錺の影に立ち尽くした。


『――This isミクロを活かすという名のマクロ。』


 秋刕がそう呟き、――ダァン!と拡散するワンショットの銃声から終わりが始まる。


「ワンダウン。」


「Haha!!――That’s huge!!(やばすぎ!)」


 キルログが流れ、錺の冷静な声色から待ってましたと言わんばかりに陽菜は食堂へグレネードを投擲した。しかしそれは遮蔽物として散乱した長机に跳ね返り、陽菜たちの行く手を阻むようにカラリと落ちる。


「グレネード!いや、外した?」


 マチの目線の先で、それはパスッと乾いた起爆音を鳴らしスモークを展開させる。場所は丁度食堂と裏門を繋ぐ通路の間、射線を切るような守り側にアドヴァンテージを取らせる視認阻害。


「利敵スモーク……!!」


 目を丸くするマチに対し、秋葉はその意図を即座に読み解き合図を送る。


「前ッ!!」


 秋葉が二歩目を出したタイミングで、有無を言わさずマチは動きを合わせる。意味は理解できずとも、意志を汲み取ったL高東京陣は秋葉が三歩目を踏み出すその時には既に、全員が前傾姿勢を取り前へ踏み出していた。


『全員、戦えッ!!』


 秋葉の咆哮、先導の四歩目。しかしその勢いを嚙み殺すかのように、眼前にはフラッシュバンが現れた。


「クククっ……w」


 ディスプレイの前、秋刕は目を閉じ笑っていた。その瞬間、彼女はただ音だけを取り込み、盤面を俯瞰で捉えていた。一つの足音、一拍。不揃いな四つの足音、一拍。フラッシュの起爆、刹那、一つに重なり整った三つの足音。そして秋刕は目を開ける。眼前にはブラインドし遮蔽に隠れようとする四つの影と、プラザ方向へ足並みを揃える陽菜たちの視点があった。


「ダァーン、からの?」


 恵はスキルの{可視化}を使用し、敵ピンを机の裏へ、新田はジークフリートのアルティメット{一掃撃}を使用し、長机に隠れた秋葉とマチのプラザ側二名を再度プラザの方へ吹き飛ばした。


「――ピィン、はいはい、ドォオン。」


「なんだそれ。」


 箆鹿は秋刕の発した擬音を少し笑う。


「テンポ感さ。何度もやると耳に残る、残った音を繰り返せれば、そのセットはまず成功している。」


「セットかよ、これ。」


「到底何処も練習しない、裏門から食堂プラザ側へのセットなんて。」


 陽菜、新田、山田の三人はそのまま食堂を抜け、プラザへ雪崩れ込む。


「到底誰も予想しない、この状況での奇襲なんて。」


 踵を返すように緑と美郷の王室側コンビは食堂へカバーに出る。


「到底何処でも想定しない、サポート一人が落ちた前提のマクロなんて。」


 しかし、そのカバーへの道筋へ足を踏み入れた美郷の側頭部を、裏門へ残り射線を長く通した恵が撃ち抜いた。


「外さねぇ……。」


 箆鹿は驚嘆の声を漏らす。


「連携がどうだっていい訳じゃない。しかし、残酷な程にそれは強いんだ。どれだけの積み重ねられた戦術だろうと、セットアップだろうと、機転を利かせたマクロだろうと、束ねられたメンタルだろうと、」


 プラザの3v2混戦、更には広間へ到達した錺も射線を通す。


「どんな絆だろうと、どれほどの経験だろうと、どれほどの練度だろうとも――」


 そして陽菜は銃を手にする。秋刕に最弱と呼ばれた{Z-エンペラー50 m}。ヘッドショット倍率のみ高いその武器を、ヘッドショットダメージを加算する「ハット」のアルティメットを使用しながら。そして秋刕は確信する。自信の揺るがない理屈と戦況を照らし合わせて。


『数的不利ISビハインド。』


 揺らぐことの無い自軍の勝利を。


 マチは雪崩れ込む食堂側の三人へ盾を張り、秋葉は決死の想いで銃弾を撃ち込むが、同タイミングで新田も盾を展開しダメージレースをフラットに。更に90°クロスを組む形で錺は秋葉らへ銃撃する。食堂ではロングレンジを取られた緑のジャンヌダルクが、恵を狩りに裏門方向へ出るが、恵は秋葉らへの援護射撃を入れながら裏門方向へバックステップ。距離を取るようにレンジを伸ばす。


「猪口才!!」


「勝てないもん。」


 踵を返すように緑は食堂へ向き直るが、恵はすかさずスコープを覗き、一瞬だけ甘く射線の通った緑の背中に狙撃した。


「強みを活かすだけじゃない。このチームでは弱みを隠す必要もあった。たった一か月間では覆しようが無いもの。恵ちゃんのキャラクターコントロール、新田の地力のエイム力、そして山田君のほぼ全て。だから今日にまで向けた全てが、この展開でしか無し得なかった結末。名付ければ、超環境型3DPS。」


「超環境型……、...イカれてる。」


 秋刕は混戦に見える戦況の圧倒的有利を紐解くように話を続ける。


「恵ちゃんだけはロングレンジを維持したまま新田山田ペアで陽菜ちゃんをサポートする1、3、1の射線組み。恵ちゃんは射線上の敵のみフォーカス出来て、山田君はサポートに専念出来て、錺ちゃんは敵とデュエルが出来て、そしてこの時だけが、この瞬間だけが、この我々を最も3DPSたら占める3射線を生み出し得る。」


 マチがすかさずカウンターの{一掃撃}を放つ。陽菜はそれに反応、すかさず新田の解除された盾から跳ねるように右翼側へ飛び出し、秋葉を中央に、近距離の陽菜、広間から中距離の錺、裏門から遠距離の恵と120度×三方向の射線が形成され、同時に弾丸が放たれる。


「勝つんだよ。」


 マウスのボタンを軽く押す。その一発に、その一振りに、人生を賭す者がいる。


「勝てる。」


 錺が放つ。


「勝ちたい。」


 陽菜が放つ。


「勝った。」


 恵が放つ。


「勝つんだよ。」


 それは優勝候補を正面から打ち砕き君臨したこの世界の、女王に向けられた革命の弾丸。しかし秋葉は驚異的な宙返りで全てを回避する。


「フレーム技、アクロバットコマンド……。」


 着地と同時に秋葉は「ハット」のもう一つのアルティメット{六連射撃銃}を二発ずつ三方向へ射出した。ダダンと2連射する音が三つ、カカンと心地良い音を立て錺と恵の頭へ半時計周りにヒット、最後の標的へ120度フリックさせ、一発目が放たれた刹那。陽菜は秋葉の頭を撃ち抜いた。


「ぐっ...ハット激ロー!!」


 ダウンした秋葉はすかさずマチへ報告を入れ、マチは近接武器のハンマーを陽菜の「ハット」へ叩き込んだ。瞬間、陽菜のヘルスは減りながら増え再度ローヘルスに落ちる。


「耐え、た……?」


「――なんで!?」


 ――タァン、とマグナムの重々しくも身軽な銃声がマチの額で鳴り響いた。


「キル数が稼げなくったて、ダメージが稼げなくったて、チームには必要なのさ。」


 陽菜のハットはマチのジークフリートを撃ち抜き、その背中ではナイチンゲールのアルティメットにより強力な回復を経て、再度フルHPへと状態を立て直した。


「私はそういうのも、カッコいいと思うぜ。」


 陽菜はすかさず160度近く振り向き、目をかっ開いて照準を止めた。残弾数は1発。


「ラスワン、食堂キッチン!」


 耳に残る恵の報告、リロードはしなかった。


「デッド」


 銃声の後に陽菜が呟くような報告をする。その報告にはもう、戦略的意味は無い。



◇◇◇



『さぁ、こちらがリプレイです。いいやここ。3発の残弾で、ワンタップ、ワンタップ、ワンタップ、連続の3キルですか。とんでもないプレイが出てましたね。』


『――はい。あの最終局面、アルティメットで遠くの二人撃ち落としたL高、神田秋葉選手のプレイも凄まじいものがありましたが、何と言っても鈴木陽菜さん、彼女の残弾数は3発だったんですよね。それを最終局面、ハットのウルトが切れる3秒前に全部頭に当てる。最後お客さんもチームメイトも立ち上がっちゃってますよ。』


 移されたハイライトが切り替わり、実況席に座るキャスター二人が映し出される。その様子は興奮冷めやらぬといった汗ばんだ表情であった。


『凄まじい活躍でした。さぁみなさん、もう早速ですが我らが優秀な運営チームにより総合結果が集計、我々の手元に届きました。』


『うわ、これ本当ですか。へぇ。』


『はい本日のですね、EJC:クロニクル部門・アカデミック枠ファイナル。結果は、このようになりましたお願いします!!』



―――Esports Japan Cup :クロニクル部門・A枠 Team advancing to final lound

  『決勝戦』

 ~{最終結果}~

56P 東雲高等学校「電子競技部」

54P L高等学校東京「Team Legends」

44P L高等学校大阪「Team LION」

38P 国際ジーニアス学園高等学校「SSS No1」

37P 芝工業高等専門学校「speed」

19P 三国史高等学校「Team 孔明」

16P 無海高等学校「ウミナシ」

10P 霞ヶ関高等学校「jester」

8P  東北農業高等学校「ザ・トラクター」

2P  海艦学園高等学校「アルマダ」


―――――――――――

 

『――じゃん!ということで上がったTEAM{電子競技部}東雲高校!!』


『はぁー、凄すぎる。』


 解説者は肺の空気を吐き切るほどの溜息をき、机の上で項垂れた。それを見た実況者は手を叩きながら笑っていた。


『ははは、最後の最後で捲った東雲高校!!』


『最終戦まで5位とかでしたからね。それを捲って捲って全部喰って、まさかのこの結末ですか。これは素晴らしいとかそんなレベルじゃない。』


『ね、こんなことがあるんですかね。いやぁ――』


 特設された壇上では余韻に浸る陽菜が、マウスパッドとキーボードを包めデバイス一式を抱えたL高東京の神田秋葉を眼に捉え、すぐさま{電子競技部}のステージから抜け出して駆け寄っていた。


 錺は猪突猛進なその背中にあの日の無神経な、それでいて何かを凄い力を秘めているような勢いを感じていた。


「ねぇ!!」


 陽菜は秋葉の前で全速力だったスピードを落とし、暗い表情で肩を落とす秋葉の手を無理矢理取った。殺したスピードで髪がふわりと靡く。秋葉は「ひぃ」と声を漏らし、少しおどけた表情を見せる。


「誰...ですか――」


『凄かった!!』


「え...、」


 秋葉の顔は前髪に少しばかり目を隠し、インゲーム中の威勢を感じさせない静かなものであったが、陽菜の声を聞いたその目には火の灯ったような明るさが現れた。


「あ……、あ、貴女も凄かった!ハットの人だよね!」


「そう!鈴木陽菜!!」


 あの時の錺との出会いを繰り返すように。秋葉に比べ背丈は陽菜の方が少し高かった。秋葉若干見上げるようにして陽菜の眼と合わせる。その映像は優勝候補と驚くべき優勝校のエース同士の会合としてカメラが抜いた。


「私、まだまだで……」


「そんなこと無い!!最後の凄かった。仲間がいなきゃ敗けてたんだ。敗ける気なんて無かったのに!!」


「え……。ふふふ...、うん。」


 秋葉は支離滅裂で突き抜けたような陽菜の言葉に笑い、おどけた表情を改め胸を張る。その表情はインゲーム中の秋葉を彷彿とさせるような真っ直ぐな顔だった。


「そう、だね。次は、次はさ、私たちが勝つんだ。EJC:GC《ゲームチェンジャー》枠(女性プロ)、そこから次の舞台に挑戦するつもり。」


「うん!あれ?A枠で出ないの?」


「GCで二位以内に入れたらね。大人のズルい事情だよ。盤外戦術。」


 陽菜は「んんん?」と頭を捻らせて首を傾げた。


「でも陽菜の動き、本当に凄かった。私は六連の方に逃げたけど、自己バフのウルトとエンペラーで頭を狙う。あれは{ハット}の理論値なんだ。へへっ、こりゃナーフされるね!」


「うん!!」


「ねぇ、デバイス何使ってるの?視点が凄かったから多分ハイセンシだよね。やっぱGPROsuperlight?でも逆に重い方が良いのかな?マウスパッドは?」


「全部大会に借りてるから分かんないや!!」


「え……、えぇええええ!!?」


 秋葉はタハハと参った様に笑うと、陽菜と一緒に壇上を降りていく。その後ろでは電子競技部とL高東京の8人の姿もあった。


「私はスポンサーがいるから選べなくてさ。有難いことなんだけど……」


 会場中央の巨大ディスプレイに抜かれた二人のその様子は、再開した旧友同士であるかのように画に馴染んでいた。その光景を監督席で見ながら秋刕はフルフルと身体を震わせる。


『か、くぁわいいっ。とてもいい!――あ、秋葉たそ...可愛い!!君もそう思うだろ!?』


「そっすね。」


 箆鹿の乾いた返事に秋刕は目を細めた。


「へぇ、ああいうのがタイプなんだ...。」


「なんだそれ。」


 箆鹿はめんどくさそうに笑いながら、部屋の隅に腰を掛けた。真っ暗な部屋をディスプレイの明かりが照らす。


「なんだ、君にも人間味のある一面があるじゃないか。」


「貴方が知らないだけです。」


 秋刕は箆鹿の言葉に少々考え込みながら、椅子をくるりと半周させディスプレイの方へ向き直った。そしてまた考え込んだ様子で黙り込み、ディスプレイに映る楽しそうな表情の錺たちをその瞳に反射させる。


「この勝利には理由がある。」


 そして秋刕は口を開いた。


「Eスポーツと言うものは、FPS競技と言うものは、所詮ただのゲームだとか遊びだとか、そんな単純な物じゃない。当たり前で今更だけど、単純じゃない。」


 その目は若さに反する確かな秋刕の輝かしいキャリアを思い出させる。実力主義の極まったEスポーツ最黎明期を駆け抜けた、小鳥遊秋刕というキャリアを。


「どの競技でもそうであるように、勝つ為には複雑で緻密な戦術を用意する。高度な戦術それを用意できるからプロとアマチュアに明確な線引きが成される。でも、どの競技だってそうだ。単純さとは強さの原点。戦術を度外視したとても、それは王道にして直接的な勝ち筋。」


 箆鹿は黙って秋刕の言葉に耳を貸す。


「走るのが速い、飛ぶのが高い、殴るのが強い、投げる力が強い、蹴るのが強い。たった一つ、たったそれだけで良い。それを最大限に活かせれば、根底から覆る。射線の多い視点多動のゲームで振り向きも出来ず近距離の敵にはディスアドヴァンテージすらある存在、しかし中遠距離のエイムが唯強い。唯それだけで良い。」


 箆鹿はその言葉に、一人の選手を思い浮かべる。電子競技部の3DPSにおいて、欠かすことが出来ず、急速な成長を見せた選手を。


「恵のことですか?」


 秋刕は笑う。


「恵、ね。...いや、みんなのことさ。エイムやフォームに違和感を感じている内はダメ。INGameだけに反省点を持ち込めるようになって初めて土俵に立てる。1DPSじゃない。シモヘイヘを構成に入れている段階で、3つの火力を前提としていたのは周知。しかし練度も足りない、経験も足りない、時間も足りない。でも結局彼女たちは鈴木陽菜という砲台に頼らず、チームで勝つことを選んだんだ。サポートもタンクも、三人のDPSも、誰一人とて、独りよがりになりはせず。」


 トロフィーの前で並ぶ五人を眺めながら秋刕はリクライニングを倒す。


「でも時折感じるんだ。理解の外側に居る人間、常識の範疇を越える存在。眼が良い、運動が出来る、性格が良い、ゲームが上手い。自分の生きてきたその全てが今日の為にあったような感覚。この構成も、今までの練習も、その全ての経験が、この時の為だけにあるような運命的解放感。完璧な噛み合いだ。事実と戦術が筋を通しているなら1カ月だろうと、相手がアマチュアやセミプロだろうと。私たちの刃は届く。」


 その様子は頭の後ろでは手を組みながら、さぞ退屈にテレビを眺めるかのように他人行儀にも見える程リラックスしていた。


「行かなくていいんですか?貴女がいなければチームは勝てなかった。貴女はここで、俺なんかと話をしているべきじゃない。」


 その言葉に秋刕は鋭く声を返した。


「『俺なんか』じゃないさ。それは違う、と思ったよ。」


「何が。」


 少しばかり、落ち着きが深くなったかのように箆鹿の声が低くなる。秋刕は構わず持論を展開した。


「天才的なエイムを持つ陽菜ちゃんと、同じく天性のセンスを持つ錺ちゃん。途中で参加した新田山田ペアにスナイパーOTP(※One Trick Pony =一つの芸に秀でた人間の意。)として目覚ましい成長を遂げた恵ちゃん。そして電子競技部の最強のアナリスト兼ヘッドコーチこと私。元来こんなピースが揃う事なんて尋常じゃない。でもでも、全てを巡り合わせ、このパズルを合わせることの出来た人間が一人だけいた。」


「志田錺ですか?」


 箆鹿は平静を装いながら口にする。しかし秋刕は全てを見透かしているかのように、淡々と振り向き言葉を続けた。


「逸らすなよ、答え合わせさ。陽菜ちゃんにEJCと創部の話を間接的ながら吹っ掛けたのは君らしいね。陽菜ちゃんから聞いたよ。お金が無くお昼を食べない陽菜ちゃんへ、放課後に生徒会が廃棄予定のパンを譲っていたのが初め。錺ちゃんとはどういう関係か知らないが、陽菜ちゃんをサポートする為の山田君以外の面々は、全員君と関わりがある。新田君は中学が一緒、恵ちゃんは小学校が君と同じだ。」


「情報源は?」


 箆鹿は鋭く秋刕の事を見ていた。一縷の隙すら見せないように、得物を刈り取る獣のような眼光で。


「怖いな。でも聞いたのは全部本人からだよ。みんな少なからず、君への誤解を解いて欲しかったんじゃないかな。理由は分からないけどね。実にこれらの情報を纏めた所で、君があの悪質メールを送り付けた犯人と言う証拠とまではいかない。」


「そうですね。」


 箆鹿の相槌に、一拍置いて秋刕が続ける。


「ただ、ks7unknownというメアド、出席番号7志田錺にマッチするってミスリードが引っ掛かったのさ。やけに君は錺ちゃんと対立している風に周りに見せつけていたし。あの部活を追求する立場にありながら、その処罰の度合いをコントロール出来る立場でもあった。」


「悪くない妄想だ。」


「ゲーマー脳なのさ。」


 秋刕はこめかみに指を当てて笑う。それは自虐や卑下と言うよりかは、誇りをもって自慢をするかのような明るい所作で。


「しかし、この問題を追求した先には何もない。ただ私はね、少なからず私を救ってくれた恩人に感謝したいのさ。もしかしたら、あの送り主を知る周りの人間も、報われて欲しいと考えているのかもしれない。でも山田くんの人選だけは誤算だったのかな?もしかしたらプレイヤー最後の一枠は君だったのかもしれない。そんな妄想をしてみると、また新たな景色が広がってきてとても面白い。私は時に、そうやって想像してみるんだ。まぁ、んなことは結局どうだっていいんだけど。」


 箆鹿はジッと虚空を見つめていた。しかし秋刕のペースは特に変わらず、画面の中で手を振る陽菜へ「おっ」と反応し、手を振り返した。


「可愛いな、私に手を振ってる。ほら。」


 棒付きの丸い飴を開封し、秋刕は楽しそうに笑う。


「そうですね。」


「へぇ、君はやっぱあぁいうのが好きなん――」


「違いますよ。」


 飴を口に含みながらニヤつく秋刕の後ろで、箆鹿はアウターを抱えながら溜息を吐く。秋刕は闇に溶ける箆鹿の輪郭を捉えられずにいたが、箆鹿は壁に寄りかかり、落ち着いた声色で言った。


「俺が好きなのは、いま目の前にいる――」


「へ?」


 秋刕は振り返り、飴をポロリと落とした。


「小鳥遊秋刕というプロゲーマーです。」


 箆鹿はアウターを羽織り、今度は自身のペースを保つかのように、ゆっくりと荷物を手に取って服装を整える。


「それを知らないのは、そっちの都合です。」


 秋刕に取っては衝撃的な文言を、他人行儀に伝えながら。


「きみ...」


 面を打たれたかのような顔で、秋刕は佇んでいた。箆鹿はしかし遠慮しないといった具合に、淡々と話を続ける。


「覚えがあるでしょう。時折ボーっとしたり、自分のアイデンティティを考えた時に辛くなる。自分の輪郭が分からず不安になる。一人称が定まらない。考えても居なかった言動をしてしまう。衝動性がある。性的嗜好が切り替わる。記憶が飛んだり、思い出せなかったりする。」


「き、みはッ!!......なんでそれを――」


 秋刕は身を乗り出す。見透かしていたかのような言動を取っていた自分が、その奥底まで深く見透かされたかのような、激しい緊張を含みながら。


「解離性同一性障害。幼い頃、貴女のお世話とその調査の為に館にいた学生執事がいましたね。現在その人はドイツの大学で事件やら超常現象だとかを研究してる秀才の奇人。貴女が『キーパー』と呼ぶその人こそが、鈴木陽菜の実姉なんですよ。」


 秋刕は身に覚えのある言葉の数個を反芻させ、処理落ちしたかのように口を開けて言葉を失い、固まっていた。


「俺はその彼女から依頼を受けた。その為に六月に生徒会選を受け会長になっている。恵と話すようになったのはその後、都内屈指の実力を持つ我が弓道部のお金が、教員同士で不正に使われている事を糾弾してきた依頼からです。とにかく、自身の話については心当たりがあるでしょう。もしかしたら、どうでもいいことだけ忘れてるのかもしれないですね。」


 箆鹿は、秋刕が一つずつ言葉の意を飲み込んでいくように間を取りながら、最後に一つ、付け加える様に言葉に出した。


「俺は貴女の恋人だった。」


「……え?」


 しばらくの沈黙が流れ、箆鹿は扉の方へ歩いていった。


「まぁ、滅茶苦茶ウソです。」


 秋刕は硬直させた表情を溶かすように、眉をピクリと動かし喉から声を捻り出した。


「め、め...ちゃくちゃ嘘なんかい......。」


 箆鹿は笑い、ドアノブから手を離しパンッと空気を変えるように手を叩く。


「そう。まぁ良いんだ。全部どうだっていい。でも間違いのない事は、確かな事は、貴女も俺も、ただ自分の為にここにいるという事。何ならもしかしたら俺という人間は、何かしらの手違いで鈴木陽菜とかいう超絶美少女に告白されるかもという下心で動いていたのかもしれない。あるいは金儲けに参加しようとか、目立ちたいだとか、志田錺に恩を売ろうだとか、大ファンのプロゲーマーを困らせたかった、とかね?」


「へ、へへえっ......」


 秋刕は腰の抜けたような顔で乾いた笑いを捻り出す。箆鹿は一転晴れたような表情でアウターの袖を捲り手を広げた。


「つまりはだから、誰も信じなくていいんだ。混乱しなくてもいい、してないならそれでいいけど。俺はもう、あの高校ばしょで最初に見た貴女の、あんなやつれた顔を見たくない。つまりは貴女は、貴女のやりたいことが決まるまで、こうやって言い寄ってくるような奴らを俺を含めて信頼しなくていいんだ。そんなしがらみは必要ない。ただ事実として、結果として、貴女は今日まで一人じゃなかった。そしてこれからも。」


 思い浮かべたのはどんな顔か。ミキサーでかき回したような秋刕の心情へ、一縷の言葉が垂らされる。信憑性も無い、信頼感も、信頼関係も無い。ただ、無理はしなくていい。そう心を落ち着かせるように。一人で考えなくていいと、思い改める選択肢を手繰りながら。


「ほら、小鳥遊さんは......まぁ、顔は整ってる方だから。」


 秋刕の表情は次第に晴れていく。そう言った箆鹿の表情は次第に曇っていった。


「でも可哀想なことに、他人に彼氏だったとか言われても否定できないだろ?ほら、それは結構、難儀なことだ。もしかしたら結婚詐欺に掛かる可能性だってあるかもなんて……」


「難儀なんかじゃないさ。」


 小馬鹿にするような箆鹿の口調を斬って返すように、秋刕は笑った。


「難儀じゃないよ。嫌いな奴は、しっかり嫌いだ。それも君のおかげで、心から嫌いに成れる。君も含めてな。」


 箆鹿は一瞬、面食らった顔を見せ、笑って返す。


「そうですか――」


 対して秋刕の表情は、一歩一歩見えない道を探るかのように不安そうな、しかしその瞳は、冒険心に取りつかれ子供の様に明るく真っ直ぐだった。


「でもそんな君を嫌いになれる私が、私はもっと嫌いだ。」


「そう。」


 悲し気な表情から、秋刕は次第に顔を火照らせていく。


「でもね、私の事を見てくれている人がいるのなら、私はもっと、自由に成れる。私という方針に自信を持って。その決断に自信を持って。その過去にも自信を持って。……好きなものを好きだって言って。こ、これが私なんだって胸を張る...よ。私の今までに。そしてこれからは、そうやって...生きていく。たっ、ただし――」


 再度ドアノブへ手を掛けた箆鹿を秋刕は制止した。


「ただし。君を思い出すまでは、その。他の男とは?…付き合わないで、おいてやる……。可哀想だし。」


 秋刕は確認する様に上目で一瞥し、視線を落とす。箆鹿は大層驚いたような表情を見せ、一瞬だけ緩い顔をした。それから一拍の沈黙を置いて、箆鹿は何も言わずにドアを開け、難しい顔をしながらに、手を後ろに組みその赤らめた顔を隠すように背けた秋刕の方へ、釘を刺すように振り返った。

 

「なら、女もダメ。」


「えっ――」


「当たり前だろ……」


 箆鹿のドア越しで声を窄めていく不貞腐れたような声が途絶え、秋刕は口をあんぐりと開けて声を叫んだ。


「えぇ…ええええええ!!?」


 差し込む光は、ディスプレイに照らされるだけの暗闇だったその部屋を数秒間ほど照らしていった。恐らくは永久にも似た、僅かな数秒間を。





------------------------- 第29部分開始 -------------------------

【終 幕】

電子遊戯部の廃部歴 ~エピローグ~


【サブタイトル】

入学式


【本文】

 退屈な想い出作りの様式美が終わり、下校を指示される。春爛漫のみぎり、心浮き立つこの季節の早々、中庭では既に忙しなく部活動の勧誘が始まっていた。しかし配られるチラシを見ても、プラカードを見ても彼女の目当てはそこに無い。一向に探しても見つからない。


「あ、あの。」


「ん?」


 彼女、東雲高校新入生である夏葉が声を掛けたのは、大人しそうに青空を見上げ、積み重なったビラを手に持ち、親切に質問に答えてくれそうな上級生の女子生徒だった。夏葉は思いの外冷たい彼女の態度に少しばかりおどけ、負けじと声を張った。


「あの、箆鹿っ。て人、その...知ってますか?」


 女はジトッと夏葉を見つめると、その表情を変えずに応える。


「面白いこと言うんだね。」


 夏葉はその言葉に顔を赤らめた。仮にも赤の他人に、箆鹿などと言う名前を、しかも人名として尋ねたのだから。


「...な、なんでもない!」


 夏葉は何かを堪えるようにムッとした表情をしながら踵を返す。しかし、その横顔に女は「待った。」と声を掛けた。


「アイツにでも、声掛けてみれば?」


 女は中庭の隅で木の板にトンカチを当てる男を指差した。


「何か知ってるかも。」


 それからすぐに女は目を逸らす。その男はトントンと丸い猫背でトンカチをひたすらに撃っていた。その姿は勧誘の笑い声を響かせるこの中庭には何とも場違いな雰囲気を醸し出しており、何処か周りから孤立しているような話しかけづらい様相だった。夏葉、あからさまに嫌そうな顔を見せながら「どうも」と切って歩を進める。


「あの。」


 夏葉の声に男は顔を向けた。


「あの。箆鹿って人知ってますか?あそこの人が貴方なら何か知ってるかもって。って、アレ...?」


 男は夏葉の指さす方向を共に振り返る。しかし、そこには既に誰も居なかった。夏葉の鼓動は酷く高鳴る。出会いと憂鬱の季節、春。見ず知らずの男に普通ではない斬り出し方で、普通ではない問いをした。その事実が夏葉の顔を酷く火照らせていった。


「誰?」


(あの女......)


 夏葉は先程の女への沸々とした憤りを秘めながら、箍が外れたように怒った口調で答えた。


「こ、この学校の!......せ、生徒会長、らしい人です。」


「生徒会長?まさかね。」


 男は困ったと言った様子で髪を掻いていた。しかし、夏葉自身も的外れなことを話していると自覚はあったのだ。入学式のプログラム、生徒会長として紹介され挨拶にて登壇した人物は紛れも無く女であったから。夏葉はめんどくさそうに見下ろしてから、またしゃがみ込み、猫背で作業を始めた男の態度に煮え切らない様子で口火を切った。


「もういい!私ゲーム部を探してるんです!東雲高校電子遊戯部{チーム・電子競技部}昨年の大会で日本五位になったチームの、部活の、関係者を!!私はナキリから聞いたんです、箆鹿のところ尋ねろって!」


「ナキリって?」


 首を傾げた男の表情に、夏葉は肝を冷やしながら思案する。もしかすれば、自分は入学先を間違えたのかもしれないという可能性すら脳裏に住まわせながら。


「え、し、知らないの?!この学校に居た伝説のプロゲーマー!!有りもしないチート疑惑で引退したけど、この弱小校を優勝に導いて、この学校から二人もプロを出して、今年の3月にプロとして完全復活した伝説のゲーマー!!ねぇ仮にも貴方ここの――」


「あ……」


「終わったか?」


 ギョッとした顔で男は手を止めた。彼の目線のその先、横から登場した同じくらいの背丈の男は、{新聞部}と書かれた製作途中のプラカードを覗きながら渋い顔をする。


「あ、まだです、もうちょっとかな?いやほら、そこの彼女に声掛けられちゃって、進捗そこからまだで。」


 それを聞き、男は夏葉の顔をギョッと覗いた。


「へぇ何、新入生?悪いんだけどウチの部長は今忙しくてさ、あと三分でプラカード作んなきゃいけないワケ。ちなみにラグビーはここじゃない、向こう曲がって校門の前だ。あるいは相撲部なら無い。熱意が有るなら自分で作るといい。それか両国高校にでも入り直せ。」


 夏葉はスカートの裾を握りながらも、男の口調に物怖じしない勢いで腹から声を通す。


「う、運動部じゃない!私が入るのは電子遊戯部!日本5位に導いたナキリさんに会いに来た!!」

 

「ふーん、日本五位ね。まぁ研究されてなきゃマグレでいけるのかもな。」


 男はヘラリとした口調で言った。


「潰れたよ。金銭周りで有耶無耶にしたい事とかあったし、前の生徒会長がやばい奴で、やりたいことやったらすぐにやめてった。噂だと、その箆鹿が廃部にしたらしい。」


「嘘よ!」


「いやぁ、よくよく考えてみればわかるだろ。そのナキリっていうプロゲーマーも在籍してたエース二人も居なくなった。実質解体だろそんなもの。」


「それは...でも、よくよく考えても不可解。生徒会長ってやめれるの?」


「まぁ。あぁ、正しく言えば全会一致で追放されたんだよ。新しい規約を作って生徒会を滅茶苦茶に。そんで生徒会内で対立していた派閥の反感を買って追放。だから電子遊戯部だっけか?箆鹿って奴が廃部にしたから、そんな部活は無い。」


「そんな……。」


「それを求めて高校へ遊びに来た勘違い一年坊。お前面白いな、こんど記事にしてやるよ。」


「くぬっ......」


「とにかくここは『体力や技能の向上を図り、異年齢との交流の中で、生徒同士や生徒と教師等との好ましい人間関係の構築を図ったり、学習意欲の向上や自己肯定感、責任感、連帯感の涵養(かんよう)に資するなど、生徒の多様な学びの場として、教育的意義が大きい』神聖な"部活動"の勧誘の場だ。お遊び心で来たなら帰りな。」


 出会いの季節、憂鬱な季節、人間関係、第一印象、クラスカースト。ただ、打ち震え燃えたぎる野心の前では、そんなものはどうでもよかった。


「夏葉……、私の名前、神田夏葉!!」


「は?」


「記事にしたいならすればいい。部活は熱意が有れば出来るんでしょ。だったらやってやるわよ。日本五位だ?私が目指すのはそんな所じゃない。アンタらみたいなお遊び部活動なんかじゃない!!」


 夏葉は顔を上げる。


「本気で勝ちたいんだ。ゲームで。」


 春風が空を舞い、雲に隠れた太陽が再度頭を覗かせる。試練の春、憂鬱な春。真っ直ぐに光る夏葉の瞳は、その先を見据えていた。


「――だったらあるぞ。」


「できた!」


 トンカチを置き自慢するかのような笑顔で高々と挙げられたそのプラカードには、ハリボテのような紙に夏葉の求めていた場所が記されていた。横には先程の上級生とガタイの良い男の姿もあった。


「恵ちゃん、何処行ってたの」


「サボってない...」


「まだ何も言ってないけど...」


 男は背に在るその光景を一瞥してから振り返り、もう一度夏葉と目を合わせながら言った。


「本気でやるなら歓迎するさ。何たってここは、体力や技能の向上を図り、好ましい人間関係の構築、自己肯定感、責任感、連帯感の涵養かんように資する教育的意義の大きい集まり、だからな。それに名乗られたなら名乗り返すのが一応の礼儀らしい。」


 サイズの大きい学ランを抱え、カーディガンの胸元から覗くワイシャツの中身は、真っ白な生地の胸元部に夏葉も知っているロゴが透ける。それはCHRONICLEの前作FPSにおける世界大会で、総合二位を収めたガンナーズの赤黒いエンブレムであった。


「東雲高校電子競技部ヘッドコーチ、高梨碧衣。」


「え……。」


 花吹雪から葉桜へ、時は流れて移ろって行く。めくるめく春の日差しが地面を照らす。校庭の土に反射して、中庭のコンクリートを暖めて、日向を知らぬその種の、芽吹く双葉に注がれて。


「またの名を、――箆鹿。」


 新たな歴史クロニクルが、動き出す。







----------------------------------本文以上------------------------------------

 読了感謝。――157,296文字








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る