第6話 転生・転移とはゲームへのログインの言い換えである

 転生・転移(以下、転生)とはゲームへのログインの言い換えである。これは、まさに乙女ゲーム内へ転生する悪役令嬢ものから過去の特定の時代に転生する歴史転生ものまで同じく当てはまる。なぜ、そう言い得るかを以下に説明する。

 

 もともと、この『転生は何だろう』と強く疑問を持つようになったのは、私が転生無しの歴史小説を書いているゆえである。1年半ほど前、初めて「小説家になろう」さんに投稿した時、歴史ランキングで1位から100位まで、ほぼ転生ものに占められており、ビックリした。「カクヨム」さんは、そこまでではないが、それでも、転生ものが上位を占める点では、大同小異だと言える。


 いくつかの基本的なことを抑えておこう。


 知っている人は多いと想うが、紙の小説の世界では、まったく逆であり、転生なしの歴史小説の方が人気がある。昔から転生ものはあった。有名なところは、映画にもなった半村良氏の「戦国自衛隊」だと想う。(知らない人のために説明しておくと、自衛隊の1部隊が戦国時代へ転移するというものだ。)ただ、全体の作品数からみればその割合は少数であった。


 また、歴史小説では歴史考証ということが重んじられる。実際のところは、そもそも小説である以上、作者自ら虚を入れ込むので、雰囲気作り以上のものとはなりえないというのが個人的な見解ではあるが。例えば、極端な話をすれば、平安時代に飛行機が飛んでいたり、自動車が走っていたりすれば、読者にすれば、それは変だとなり、興醒めする訳で、そうしたことは除外される訳である。

 また著名な人物の死や有名な事件の結末(関ヶ原の勝敗など)を違えるなら、読者を納得させるだけの十分な紙幅を取って説明する必要があり、そうでなければ、歴史改変ものとして、基本、別ジャンルとみなされる。それで、この転生というのはそれ以上、つまり、起こりえない事柄であり、奇跡と言って良い。どう考えても、歴史小説とは馴染みが悪い訳である。


 なら、なぜ、これが普通に受け入れられ、多数派を占めるようになったのか? これが歴史小説の展開(例えば、より面白いものを求めて)のもたらしたものでないことは、上記の馴染みの悪さから、明らかであろう。


 そして小説というのは、それが全て言葉で組み立てられることから明らかな如く、納得感が重要である。あり得ないと想われることは決して利点ではない。つまり、本来、あり得ないことも、読者にあり得ると想わせることが重要なのである。


 なら、この転生とはその言葉通りのものではない。奇跡としての転生ではなく、日頃経験しているものの言い換えであるはずである。そこで、この数十年の経験の変化に着目すれば、ゲームというのが出て来る。ここまで来れば、なるほどとなる。そう、ログインである。

 そうみなせば、この転生の流行が、若い世代が主流を占める投稿サイトで圧倒的な人気を見せ、中高年層が主流を占める紙の本ではなかなか受け入れられないこととも見事に合致する訳である。物心つく前からゲームに親しんで来た世代には、この転生がログインの言い換えであると感覚的に――つまり考えるまでもなく――理解できる。それに対し、中高年以上ではそれが理解できず、それゆえに拒絶が起こる、論理的に考えないと理解できないのである。


 その転生する先が乙女ゲームであれ、ある歴史上の1時代であれ、異和を感じず、すんなり行けてしまう。それは日頃ゲームで経験しているゆえに他ならない。

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