第41話 種明かし


 皆でソーヤ大聖堂へ向かった。


 迎え入れてくれた司教のビューラはどういう訳か異様なほど上機嫌で、


「やっほー」


 とか言いながら、祐奈にハグを求めてきた。グイグイぎゅう、といった感じの強めな歓迎を受けたあと、例の『苦手克服の部屋』に連れていかれる。


 そこでビューラから種明かしがあった。


「もうお察しかと思うのだけれど、聖具はあの『大盃』なのよ! 実はお酒が造れる聖具でしたー」


 ジャジャーン! という効果音でもつきそうな勢いで、ビューラが部屋の隅を指し示す。


 存在感のある銀製のボウル――あれが?


 昨日美人給仕のジェシカがドリンクを用意してくれた記憶が蘇ってきて、祐奈は仰天してまった。


 え、あれって『聖具』で、しかも中身『お酒』だったの? 桃のジュースだと信じ込んでいたよ。


 驚きが冷めやらずラング准将のほうを見ると、まるで驚いていない。リスキンドに視線を転じても、右に同じだった。


 あれ? どういうこと? 知らなかったのは自分だけ?


 カルメリータも祐奈同様『そうなの?』という初耳の顔をしていたが、彼女は昨夜この部屋に入ってもいないから、別に鈍くて気づかなかったとかではない。つまり鈍いのは祐奈ひとりだけだった、ということになる。


「あの聖具にカットしたフルーツを入れておくと、小半日でお酒ができるのよ。それもちょっとした魔法効果を持つお酒がね。それを飲みながら自身の悩みと向き合えば、いくらか恐怖が薄らぐ。その感覚が疑似的な克服体験として脳に刻まれるというのが、『苦手克服の部屋』の仕組みなの」


「あの、でも、ビューラさん、昨夜のドリンクからはアルコールの匂いがしませんでしたが」


 祐奈は飲酒経験こそないものの、お酒の匂いを嗅いだことはあった。アルコール消毒液でも感じることだが、あれってもっとこう独特の刺激臭がするはずで、フルーツの香りくらいでは誤魔化し切れないと思うのだが。


「聖具の効果でお酒の匂いが完全に消えるのよね。でも効果は飲酒時と同じか、むしろ強いくらいではあるのだけれど」


 ひ、ひどい。ジュースだと思ってガブガブ飲んでいたから、酩酊状態になったのね。それで最後のほうは記憶が曖昧なんだ。


 そして『苦手克服の部屋』でやっていたことは、やはりグループセラピーのプログラムとそんなに変わらなかったことが判明した。


 同じ悩みの人が集まっているわけではないけれど、参加者は皆何かしらの問題を抱えていて、それを頭の中で整理しながら言葉に出す。そしてほかの人がアドバイスを送ったり、現状できている部分を褒めたりして、メンタル面での補佐をする。


 自分と同じように悩みを抱えている人と話すことで、孤独が解消されて、前向きになれることがある。


 参加者の組み合わせはビューラが決めているので、アドバイスを送る側――助言者(メンター)に最適な人材を当てはめることが可能なのだろう。


 現にリスキンドはヤング青年のために選ばれたメンターだった。考えてみれば、愛を怖がっている(?)リスキンド自身の悩みは未だ解決していない。(解決する必要もないのかもしれないが)


 そしてアイヴィーのメンターは、祐奈だったのだろう。


 祐奈の場合は『教え導く』というよりは、反面教師に近い形で、アイヴィーを奮い立たせる役割だった。


 勇気を出せないでいる祐奈を見て、アイヴィーは自分自身の姿を重ねただろうし、それにより『このままではいけない』と、一歩前に踏み出してみる気になった。


 祐奈のほうは、正直あまり変われた気がしなかった。


 とはいえ祐奈はアイヴィーに出会えてよかったと思う。優しい人と話せて嬉しかった。


 それにドレスについて、これまで気づけないでいた点を指摘してもらえたのもありがたかった。ラング准将の意外な一面を知ることができたから。


 これまでは『この黒いリボンのところ、すごく可愛いなぁ』程度の認識しかなかったので、ずいぶんもったいないことをしていたと思う。


「――こちらの聖具と、町の食堂に酒類がないことは関係がありますか?」


 ラング准将がそんな質問をしたので、祐奈は「あ」と叫びそうになった。


 そういえば、昨日のお昼にフィッシュバーガーを食べた際に、ソフトドリンクが異様に充実しているけれど、アルコール類がゼロだなぁと思ったのだ。


 ビューラがにんまりと笑う。


「そうよ。ここのプログラムでお酒を出すから、この辺りでは酒類の提供は禁じているの。禁酒して臨んでもらわないと、効果が出づらいから」


 とはいえ『苦手克服の部屋』に参加しない人にも一律で酒類を提供しないって、すごいやり口だなと思う。ビューラって独裁者だな。


 そもそも、このプログラムで酒を飲ませていることは公表しているのだろうか? あの全国からのお礼の手紙には、そんなことはひとことも書かれていなかったように記憶しているのだが。


 祐奈が考え込んでいると、なんとなくそうと察したらしいビューラが説明してくれた。


「一般の参加者にはお酒のことは秘密にしているから、外では聖具の属性を喋らないでね。ボードゲームを皆でして、グループセラピー的なものを体験して、終わってみれば不思議と克服できているっていうのがうちのウリだから」


「お酒には何か、精神を書き換える強制力のような効果はありますか?」


「いいえ。多少楽観的になったりはするけれど、それって普通のお酒でもそういう側面はあるでしょう? ――ただそうね、やはり聖具から作られたお酒だから、祝福の効果はあるのかもね」


「どのような?」


「前向きになって、気持ちの整理が着けやすい。だけど万能ではないから、セラピーは正しい方法で行う必要がある。とにかく一度でも『自分はできるんだ』と思うことが大事なの。想像上で一度問題を克服してしまえば、クリアが近づくでしょ?」


「助言者の役割はとても重要ですね」


 とにかく想像上でも『できる』『大丈夫』と一度は思わせなければならない。


「そうね。まぁ組み合わせはあたしが独断で決めているし、高所恐怖症とかの特殊な症例は、あたし自身がメンターを務めることにしているから。――聖具からできた酒を飲ませた状態で、屋上に連れていって、『ほら平気でしょう?』と言い聞かせるわけ」


「失敗することは?」


「そりゃあ、もちろんあるわよ。正直言うと、貼り出している体験者からの手紙は、ほんの一部の感謝されたやつだけだし」


 やはりマイナスな意見は隠していたのか。祐奈なんかは逆に『だめだった』という手紙も混ぜてあったほうが、却って初見から信用できたと思う。


 ボロクソにけなしている感情的な意見は知りたくないけれど、『自分には効果がなかったが、変化した人もいるようだし、参加してみてよかった』というような、ほかとは違う切り口のものも知っておきたかった。


「下戸の人はどうなるのでしょう?」


「そこは聖具絡みのお酒だから、特別みたいね。誰でも飲めるし、アルコール中毒にもならない。変に誰かに絡んで、悪酔いしているのも見たことがないわね」


 なるほど。陽気になり、多少羽目を外すことはあっても、暴力的になったり、嫌がらせをしたりということはないのか。それならば自分がラング准将にセクシャルハラスメントを行った可能性は低いかも。


 ……よかった、本当に。


「祐奈さん。うちの聖具はお酒も作れるけれど、魔法付与もできるのよ。しかも好きな魔法を選べる。だからその腕輪に入れていったら」


 軽い調子で言われて、驚いた。


 えー、万能すぎない? 酒盃のくせに、と思ったからだ。


「は、はい。あの、ありがとうございます」

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