堆積するアオハルから、ためらう事なく手を伸ばせ。

野村絽麻子

プロローグ

三学年、春

 新しく掲示されたクラス分けの中に、美原みはら茉里奈まりな桃井ももい羽純はすみの名前は並んで見つかった。これで三年間同じクラスだ。嬉しくて自然と弾んでしまう足取りで、私は茉里奈の姿を探し始める。


 私たちの通う小鳥遊たかなし学園高等学校、略して小鳥遊学園の三年のクラス分けは文系と理系で別れると聞いていた。それなら三年でも同じクラスか、最低でも隣のクラスにはなれるよねと、放課後のフードコートでお互いを勇気づけたのは記憶に新しい。理系の頭が欲しかったと、嘆いているのは聞いたことがある。昔、身体が弱かった子供時代に憧れた薬剤師になりたい。だから、父親譲りの文系頭脳は力業でなんとかするのだ。そう息巻いていたはずだった。

 今どこ? という、ペンギンのキャラクターが首を傾げているスタンプをラインで送る。しばし見守るものの、既読がつく気配はない。

 そのまま少しキョロキョロしていると、あっ、と声がした方向から萌音もねちゃんが駆け寄って来た。


「羽純ちゃん! おはよう!」

「おはよう萌音ちゃん。あ、クラス分かれたね」

「まぁ、私は文系だからね。でもね、聞いて!」


 私たちは口元をムズムズさせた顔を近付ける。


「……神崎かんざきくんとは、同じクラスなのっ」

「……やったじゃん……!」


 ひそひそ声で、しかし顔中で嬉しさを表現する萌音ちゃんはとても可愛らしく見えた。何だかキラキラしていると言うか。そうか、これが恋のパワーなるものか。ふうむと感慨深く眺めて、また皆んなで遊ぼうと言い合って、私は歩き出す。


 掲示板の前から離れて正面玄関を目指す。もしかしたら既に教室に入っているのかも知れない。いつだったか「紫外線はお肌の敵!」と私にも日焼け止めを貸してくれたっけ。茉里奈曰く、春の紫外線は意外と強いものらしい。

 

「桃井さーん!」

「おはよう、羽純ちゃん」


 振り返れば、ちょうど藤原ふじわらくんと彩花あやかちゃんが来るところだった。藤原くんは外開きの扉を片手で押さえて開いたまま、彩花ちゃんを先に通す。いつも通り惚れ惚れするほど紳士的。対して彩花ちゃんも、いっそ優雅に見える控えめな笑顔で小さく礼を言う。以前の彩花ちゃんは顔の彫りが深いことを気にしてあまり笑わなかったけれど、今では本当によくニコニコするようになった。そうすると外国の映画女優さんみたいだと思う。


「クラス、離れちゃったね」

「理系は羽純ちゃんと茉里奈と、それと白澤くんもだよね」

「うん。あと関口せきぐちくんも」

「あー、機械工学は理系だね」


 バラバラは寂しいけど、また皆んなで勉強会でもしようよ。あと息抜きも。そうだ、息抜き会しようよ。何それ。

 わりとペラペラ喋り続ける小柄な藤原くんのことを、背の高い彩花ちゃんが目を細めて楽しそうに見ていて、やっぱり良い組み合わせだと感じる。果たして藤原くんの背丈は伸びるのか、今年度はそんな所にも注目したいなんて思う。


 新しいクラスの靴箱を見る。三年生は登校する日も少なくなる。となると、去年や一昨年よりも下駄箱使用率が低くなるんだろうけれど、その割には普通に使い古されていると感じる。名前の順で辿っていくと、あかさたな、はま、と来て、まみむめも、だから私の靴箱は恐らくここ。そして美原茉里奈はそのひとつ上になるはずだけど、該当の場所はぽかりと空洞があるだけ。とりあえず教室で待つか。私は靴を履き替える。


 いつもピカピカに整った格好をして、時間にも遅れず、完璧な笑顔を見せる友達の姿が、こんな時間まで見当たらないのは珍しい。鞄からスマホを取り出す。画面に新しい通知は何もない。なにか、トラブルだろうか。


「おはよう」

「わぁ!」


 考え事を遮るように前触れもなく現れた白澤しらさわくんに驚いて、私は小さく万歳みたいなポーズで固まってしまった。一瞬置いて白澤くんが、くくくと肩を揺らすと先に立って歩き出す。


「ごめん、そんなにびっくりするとは」


 そう言えばクラス分け、白澤くんの名前は探してなかった。どうせ部活で顔を合わせるからとノーチェックだ。冬くらいからひょろひょろと背が伸びてきた白澤くんは階段をのぼりながら、放課後に新歓用のチラシを配る話をしている。これを遮って「茉里奈を見なかった?」と聞くのはいかにも無粋なので、会話の切れ目を待とう。そう思う内に三年生の教室が見えてきて、白澤くんが振り返る。


「美原さんは?」


 私はちょっと肩をすくめて見せてから教室の中を覗き込んだ。知ってる顔、知らない顔。皆んな少しそわそわした空気を纏っている。


「居ないみたい。ねぇ、茉里奈、見てない?」

「見てない」


 即答した後で、素っ気ないと思ったのか「連絡つかないの?」と言葉を付け足す。私はそれに静かに頷く。


「実は、関口も居ないんだ」


 おかしい、さすがに。廊下を行き交う人混みの中に関口せきぐち直斗なおとの姿を探す。茉里奈の彼氏として四年目を過ごそうとしている彼ならば、きっと何か知っているはず。ところが、いつもならすぐに見つかるはずの、みんなより頭ひとつ分高くて、茶色い髪の毛が嫌でも目立ってしまう関口くんの姿も、そこには見当たらない。

 そう言えば茉里奈は二学年になってから、あれほど熱中していたチアリーディングもずっとお休みが続いていた。何度か水を向けてみたものの理由は曖昧で、勉強だとか、デートだとか、いかにもな話をするだけだった。SNSも頻度が落ちた気がしていたけれど、それは自分も含めてのことだったから、異変とは受け止めていなかった。

 チア部は女子ばかりが所属しているから女子生徒の派閥争いもあると聞く。だからてっきり聞かれたくない何かがあるのかと、時期が来たらきっと話してくれるのだろうと、そう思っていた。それどころか自分の目の前の課題や環境の変化にかかりっきりで、茉里奈に励まされることの方が多かった気すらしてくる。

 今更ながらに自分のおめでたさが腹立たしい。こんな時、どうしたら。誰に連絡を取るべきか。


 胸がざわざわして、駆け出したくなるような気持ちが湧いてくる。でもどこへ駆ければいいのか分からず、ひたすら心が燻るようだ。ひとしきり途方に暮れて、それから群衆の中にもう一度、友達の姿を探してみる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る