第39話


 最終試験が終わり、数日が経過した頃。

 シグルス王立魔法学園では、入学式が行われていた。


「新入生代表――ルーク=ヴェンテーマ!!」


 講堂に学園長の声が響く。

 事前に打ち合わせした通り、ここからは僕の出番だ。

 控え室を出た僕は、学園長とすれ違って演台の前に立ち、目の前に集まる三百人近い新入生を見る。


「あー……悪い、俺はあまりこういう場が得意じゃないんだ。だから失礼な発言もあるかもしれないが、寛大な心で許してくれ」


 ルークだって緊張はするから、こういう発言もある。

 だが実際に僕が感じている緊張は、吐き気を催すほどだった。これほど大勢の前でルークの演技をするのは初めてだ。正体がバレてしまわないか、不安でいっぱいになる。


「特級クラスのルーク=ヴェンテーマだ。まずは、この栄えある学園の新入生代表に選ばれたことを、光栄に思う」


 今のところは問題ないと信じたい。

 僕はこの緊張から目を逸らすために、先日のことを思い出した――。




 ◆




「改めて伝えるけれど、最終試験の結果は全員合格よ」


 最終試験が終わった直後。

 旧校舎一階の広間に戻ってきた僕らは、イリナ先生からそう告げられた。


「全員合格……もしかして、個別の評価はされていないんですか?」


「ご名答。この試験はそもそも、全員合格にするか全員不合格にするかの二択しか用意してないのよ。特級クラスにはチームワークも求められるからね。……だから特級クラスが存在しない学年もあるわよ」


 ライオットの問いに、イリナ先生は答えた。


「今日はもう疲れているだろうし、手っ取り早く解散……といきたいところだけど、今回はトラブルが発生した」


 イリナ先生は、受験生たちを労る顔を深刻なものに変える。


「皆が戦った敵について説明するわ。……あれは、帝国の魔導兵器よ」


 帝国。

 その言葉が指す国は、僕らにとって一つしかない。


 ――レヴァステイン帝国。


 僕たちがいるラーレンピア王国の西側にある強国だ。

 十年前に終結した世界大戦よりも前の頃から、ラーレンピア王国とレヴァステイン帝国は小競り合いを繰り広げていた。はっきり言って、その関係は良好とは言えない。


「特級クラスの成り立ちについては教えたわね? 表向きは平和になったこの世界でも、裏には数々の脅威が潜んでいる。それらに対抗できる若者を育てるためにこのクラスは誕生した」


 イリナ先生の説明に、僕らは頷く。


「ラーレンピア王国はね、実際に攻撃を受けているのよ。帝国はその一つ。……あの国は魔導兵器と呼ばれるものを開発し、世界中の精霊を手中に収めようとしている」


「精霊を……?」


「そのへんは今度、授業で説明するわね」


 今まで特級クラスというものは、この国を守るための組織という曖昧なイメージしかなかった。しかし今、敵の攻撃を受けていると教わったことで、特級クラスの存在意義は確固たるものなのだと理解する。


「貴方たちは、これから特級クラスの生徒として、ああいう敵と戦っていかなければならない。この国を……この世界を守るために命をかけること。それが貴方たちに必要な覚悟よ」


 最悪辞退してもいいからね、と告げるイリナ先生に、辞退を申し出る者はいなかった。

 特級クラスに選ばれた僕たちには、各々の目的がある。けれど最終試験で魔導兵器と戦い、そしてイリナ先生から帝国の話を聞いたことで、僕たちの全員が一つの感情を共有した。


 あんな危険な敵が、この国に迫っているのか。

 なんとしても――抗わねばならない。


 ――これこそが、レジェンド・オブ・スピリットの物語だ。


 精霊の力を手にしようとしている帝国と、それに抗おうとする主人公たち。

 今、この世界のメインストーリーが始まった。




 ◆




 回想したことで緊張は和らいだ。

 ただしそれは、気を紛らわせたというよりは、己のやるべきことを改めて直視できたからである。


 原作知識を持つ僕は知っている。

 帝国はシルフを狙うためにあの魔導兵器を放ったのだ。詳細はイリナ先生が次の授業で話してくれるだろう。


 風の四大精霊シルフ。……まずは彼女との関係をどうにかしなくてはならない。

 やっぱり諦めずに交渉を続けるべきだろうか?

 それともいっそ何もせず大人しくしてもらうべきだろうか?


 シルフの力は頼もしいし便利だ。まだチャンスが残っているなら契約を交わしたい。仮に契約できなかったとしても、こちらからは敵対するべきじゃないだろう。従わなければ排除するという思想は、ルークが目指す英雄像から大きく逸れる。


 ルークの都合ならともかく、僕個人の都合で誰かを傷つけることはできるだけしたくない。

 だがシルフを放置するわけにもいかない。

 なんとか策を用意しなければ――。


『ルーク、演説中じゃぞ』


 サラマンダーの声が聞こえ、僕は思考の海から帰ってくる。


「悪い、少し考え事をしていた」


 内心慌ててそう言うが、新入生たちの表情は決して朗らかではなかった。

 代表である僕を純粋に尊敬している者、反対に疑わしく思っている者、そもそも僕のスピーチに興味がない者……。


 そんな彼らを見て、ふと思う。

 僕は彼らの代表として相応しい態度を示せているだろうか?


 ――否。


 ルーク=ヴェンテーマは、こんな軽々しく扱われていい男ではない。

 ルークはその場にいるだけで万人の目を釘付けにするような男なのだ。


 このままでは駄目だ。

 僕は、もっとルークらしく在らねばならない。


 僕はこれから仲間たちの命を背負って、帝国と戦うことになる。

 そんな男が、同級生の尊敬も得られなくてどうする。


「……この先、俺たちは幾度となく険しい壁にぶつかるだろう」


 僕の声が、講堂に響き渡る。


「壁は、どこにでもある。人と話している時、新たな環境に身を置く時、何かに挑戦する時、重大な決断を迫られた時……いつでも俺たちの前にある」


 実感を込めて告げた。

 余所見していた新入生たちが、こちらを見る。


 僕はこれから大いなる壁を幾つも乗り越えなければならない。帝国との戦いや、特級クラスの生徒たちが各々抱えている問題……それらは一つとして簡単なものはなく、どれも複雑で、堅固な壁だった。


 壁を前にして、挫けそうになることもあるだろう。

 時には涙を流すことだってあるだろう。


「だけどその壁は――


 ルークの熱い魂を言葉に込めて、僕は言った。


「諦めず、何度だって挑み続ければ、いつか必ず砕くことができる。……その力を磨くために、俺はこの学園へ来た」


 拳を強く握り締める。

 この拳で、僕はこれからも壁を壊し続けることを誓う。


「新入生代表に選ばれたってことは、今は俺がこの中で一番優れているってことだ。だから俺は手本を示すつもりで研鑽する。皆の先頭に立ってみせる」


 この場にいる全員に、僕は宣言する。

 先頭に立つのは僕――このルーク=ヴェンテーマなのだと。


「もし、それが気に食わないなら……誰でもいい。俺という壁を壊しに来い」


 スピーチを締め括る。

 すると――新入生たちは大いに盛り上がった。


 まさに拍手喝采だ。「いいぞー!!」とか「いつか挑んでやるからな!!」といった声が色んなところから聞こえる。新入生たちは興奮した目つきで僕のことを見ていた。


 少し視線を移すと、特級クラスの生徒たちと目が合う。

 彼らの胸にも響いてくれたらしい。エヴァが、リズが、トーマが、ライオットが、レティが、ゲンが、僕に拍手を送ってくれた。


 演台から離れ、裏の控え室に戻る。

 するとそこには、僕らの担任であるイリナ先生がいた。


「凄いわね、過去最高の盛り上がりよ」


「悪いな、お祭り騒ぎになっちまった」


「悪いなんて思ってないくせに。……お疲れ様、いいスピーチだったわ」


 イリナ先生が褒めてくれる。

 本当は、人前で喋るなんて僕には全く向いていない。それでもなんとかやり過ごせたのは、やっぱりルークの熱い魂が僕の胸中にあるからだった。彼の思想、彼の信念に従うことで僕は何度も救われている。


「あ、そうだ! 特級クラスの親睦会、今日の夜にやるからね!」


「そういえばそんな話だったな」


 今日の夜は、特級クラスの全員で食事をする予定だ。

 ちなみにイリナ先生の奢りである。その提案というか要求をしたのはレティだ。……イリナ先生は最初、レティの提案に頰を引き攣らせていたが、まだ学生ですらない僕たちを危険な魔導兵器と戦わせてしまったことに負い目があるらしく、渋々奢りを承諾した。


 王都の飲食店にはあまり詳しくないため、親睦会は僕も楽しみだった。

 しかし……申し訳ない気持ちと共に先生へ言う。


「……できればでいいんだが、明日に回せないか? 今日はちょっと疲れているんでな」


「あら、そう? まあ明日の授業も短いし、全然いいわよ」


「助かる」


 提案してよかった。

 最後に学園長がもう一度だけ軽くスピーチをして、入学式が終わる。


 僕は講堂を出て、すぐに学生寮へ向かった。

 本当は特級クラスの皆と合流したかったが……イリナ先生に言った通り、今日の僕は疲れていた。


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