第19話
「……あれかな」
見覚えのある建物を発見し、近づく。
オレンジ色の屋根がある二階建ての建物……間違いない。原作のルークたちが利用した宿、眠る子羊亭だ。
古めかしい扉を開き、カウンターへ向かう。
「いらっしゃい。……おや、子供だね。保護者はいるのかい?」
「いや、俺一人だ」
「うちは未成年だけだと泊めないよ」
えっ、と思わず声が漏れた。
原作のルークとアイシャは入学試験の間、この宿に泊まっていたはずだが……。
(そうだ、思い出した。アイシャがこの人と知り合いなんだ。だから原作では顔パスで泊まれたけど……)
アイシャがいない今はそういうわけにもいかない。
「あー……アイシャ=ヴェンテーマって知ってるか?」
「アイシャちゃん? 知ってるわよ。」
「俺はアイシャの幼馴染なんだ。そのよしみで、なんとか泊めてくれないか?」
「うーん、そう言われてもねぇ。嘘か本当か分からないし、仮に本当だとしてもやっぱり子供一人だけを泊めるのはちょっと……」
アイシャがいないことに加え、僕が一人であることも気にされている。
家出した少年と思われているのかもしれない。他の宿泊客のためにも厄介事は避けたいという彼女の気持ちもよく分かる。
「これ、そこの」
その時、背後から女性の声がした。
振り返ると、そこにはベージュ色の髪を伸ばした、二十代くらいの女性がいた。
その頭からは二本の角が生えている。
「妾がルークの保護者じゃ。これでよいかの?」
「あ、ああ。構わないよ。……なんだ、ちゃんと保護者がいるなら言ってくれないと」
謎の女性が僕の保護者ということになった。
部屋の鍵を渡され、僕はフロントの奥へ進む。
宛がわれた部屋に入って一息ついた後、僕は女性の方を見た。
「サラマンダーだよね?」
「うむ! よく分かったのう!!」
まあ原作で見たことあるし……。
高位の精霊は姿を変えることができる。四大精霊のサラマンダーは原作でも途中から人間の姿になっていた。
ベージュ色のさらさらとした長髪に、ドラゴンのものに似ている二本の角、和服のような赤い衣装に、腰から伸びている赤黒い尻尾。
サラマンダーはこの姿になってから、急激にプレイヤーの人気を獲得した。それこそ人気投票で何度か一位になるほどに。
本来ならシナリオがもっと進んで、かつ親密度が一定以上でないとサラマンダーは人間の姿にならないはずだが……心を読まれた件といい、やはり今の僕は原作以上にサラマンダーとの関係が深くなっているらしい。
「人間の姿になったのは初めてじゃが、我ながら完璧とみた! しかし、大人の姿は少し身体が重たいのう。もっと、こう、コンパクトに……」
サラマンダーの身体から、ポン! と小気味いい音がする。
次の瞬間、サラマンダーの身体は少女……というより幼女のものになっていた。
「うむっ!! このくらいが丁度いいのじゃ!」
サラマンダーは俗に言う「大人モード」から「のじゃロリモード」になった。原作通りだと、基本的にはこちらの姿で行動することになる。
ちなみに、大人モードよりもこちらの方が人気である。ロリコンどもめ。
「お主が王都へ移動している間、ずっと人の姿になる方法を考えていたんじゃ。うーむ、我ながら見事……今までで一番頭を使った気がするのじゃ」
「え、そんなに頑張ってくれたの?」
僕が宿に泊まれなくて困っているから対応してくれたわけではないらしい。
どうりで移動中、いつもより口数が少なかったわけだ。
「ありがたいけど、なんでそこまでして人の姿に?」
「そ、それは、その……」
「あ、待って。折角だからあててみせるよ」
どうもサラマンダーとのイベントが原作よりも早めなので、僕はここらで親密度チェックをすることにした。
精霊との親密度が向上すれば、両者の関係に様々な変化が起きる。初期段階では心の中で会話できる程度だが、次の段階では感情の共有が可能になり、更に親密になれば記憶の共有なども可能になる。
果たして僕とサラマンダーの親密度はどの段階なのか……確かめるために、僕はサラマンダーのことを強く意識した。
すると、ある感情が胸中に去来する
ムズムズしていて、モヤモヤしていて、なんだかもどかしい感じ…………。
「これは……なんだろう。羨望……いや、嫉妬かな?」
「ぎょっ!?」
サラマンダーが顔を真っ赤に染めた。
不思議な感情と同時に、イメージが頭の中に入ってくる。
アニタさんの顔が脳裏に浮かんだ。
「えーっと……よく分からないけど、アニタさんに嫉妬してるの?」
「ちちち、違うのじゃ! 違うのじゃあっ!!」
「いや、でもそういう感情が伝わってくるんだけど……」
「み、見るでない!! やめるのじゃ! 見るでないっ!!」
サラマンダーは胸を抑えながら、部屋の隅にあるベッドの上まで後ずさった。
なんだか犯罪的な光景である。
「わ、妾は、その……お主とアニタのやり取りを見て、悔しくなったのじゃ」
サラマンダーは、顔を伏せて語り出す。
「……妾は所詮、言葉しか届けてやれぬ。じゃが、アニタはルークに胸を貸し……ルークはその胸の中で存分に泣いておった」
それはルークを目指す僕にとっては恥ずべき記憶。
しかしサラマンダーは、僕とは異なる理由で恥じていたらしい。
「わ、妾はお主の精霊なのじゃ! お主にとって一番の相棒なのじゃ! じゃから、その……本当なら、妾がアニタのようにお主を慰めてやりたかったのじゃ!」
「……それで、人間の姿になろうと?」
「そうじゃ!!」
真っ赤な顔でサラマンダーは告げる。
「こ、これからは妾が胸を貸してやるのじゃ! じゃから、泣きたくなったらいつでも妾を頼るがいいぞ!!」
小さな身体で精一杯両手を広げ、サラマンダーは僕を見る。
まさか、そんなに僕のことを真剣に考えてくれたなんて……気恥ずかしいが、それ以上に嬉しい。
未だルークとは程遠い、こんな僕でも認めてくれる相手がいるのか。
それが何より信じがたかったが、サラマンダーの感情が伝わる今、彼女が嘘をついていないことが確信できた。
「ありがとう、サラマンダー。それじゃあ早速――」
「く、来るのかっ!? よ、よよよ、よいぞ! ぎゅっとするがよいっ!!」
「その尻尾、貸してもらえる?」
「……のじゃ?」
目を丸くするサラマンダーに僕は言った。
「さっきからずっと、触ってみたかったんだ」
「………………………………好きにするがよい」
ベッドに腰掛けるサラマンダーの尻尾を触る。
よく見れば細かい鱗が表面を覆っており、ザラザラとした肌触りだった。なんだか程々に暖かくて癖になる。
長距離の移動で少し疲れていたため、僕はしばらく無言でサラマンダーの尻尾を撫で続けた。
「……なんか、思ってたのと違うのじゃ」
サラマンダーは嫌そうではなかったけれど、釈然としていなさそうだった。
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