第6話


 レジェンド・オブ・スピリットには、学生編と英雄編の二つがある。

 学生編では、主人公のルークが学園に通いながら仲間や精霊と巡り会い、徐々に大いなる力を身に付けていく。学生という身分でありながら様々な事件に首を突っ込み、国の要職につく者たちから認知されていくといった成り上がりのストーリーは現代の王道と言ってもいいだろう。


 僕たちが足を踏み入れた洞窟は、本来なら学生編の中盤に向かうダンジョンである。

 このダンジョンのいいところは多種多様な魔物が棲息していることだ。下層の方へ向かえば今の僕たちでは瞬殺されるほどの強敵が潜んでいるが、上層の方なら辛うじて倒せる魔物もいる。その辛うじて倒せる程度の魔物だけを標的にする予定だ。


「サラマンダー、灯りを出せる?」


『任せるのじゃ!』


 僕の隣に明るい火の玉が浮かぶ。

 真っ暗な洞窟の中が鮮明に見えるようになった。


『……入り組んでいるのじゃ』


「大丈夫。視界さえ確保できれば道は分かるよ」


 学園の入学試験までたったの一ヶ月しかない。

 時間が惜しいので、さっさと魔物が密集している深部まで向かう。


「この先に魔物がいるけど、かなり狭くて戦いにくいから迂回しよう」


『……何故、そんなことを知っておるのじゃ?』


 原作の知識があるからです。

 とは言えないので、僕は嘘をつくことにした。


「実は僕、未来予知の能力に目覚めたんだ」


『な、なんじゃとっ!? 凄いではないかっ!?』


 なんで信じてくれるんだろう……。

 適当に誤魔化すつもりだったが思ったよりも純粋に騙されてくれたので、それ以上の説明はしないで済んだ。


 いつかこの嘘もバレるかもしれない。けれどこれだけは多分、最後まで誤魔化しておいた方がいい。僕がルークの身体を乗っ取っていると発覚すれば、サラマンダーを含め誰も僕に力を貸してくれなくなる可能性があるから。


 多分、嘘であることがバレたとしても、詳細を説明しなければ大丈夫だ。

 ルーク=ヴェンテーマの本性はどっちか? という問い掛けは答えが二択に絞られるため、嘘がバレた時点で真の正解も発覚してしまう。けれどこちらの問題は、未来予知が嘘だとバレても、その先の説明をひたすら誤魔化せばなんとかなる。……というか、なんとかするしかない。


 サラマンダーに不審がられないよう原作知識を使わずに過ごすことも考えたが、脆弱な僕はありとあらゆる手段を駆使しなければルークに追いつけない。原作知識はルークにはない僕ならではの貴重な武器で、僕がルークに追いつくための決定的な切っ掛けと成り得る。ここはリスクを取ってでも原作知識を使う方針を選んだ。


 できるだけ戦いに不利な地形を避けて進む。

 歩きながら、僕は修行の具体的な方針をサラマンダーと擦り合わせることにした。


「サラマンダー、今の僕だと《ブレイズ・エッジ》は何回使える?」


『うーむ……全力で発動すれば二回、加減すれば五回くらいは使えると思うのじゃ』


 その回答を聞いて、僕は二つの事柄を知った。

 一つは僕の魔力量。ゲームでよく見るMPみたいなものだ。僕は《ブレイズ・エッジ》の消費魔力を知っているので、僕自身の魔力量も大体把握できた。平均より少し上といったところだろう。

 もう一つは――。


(……加減なんてシステム、ゲームにはなかったな)


 やっぱりこの世界は現実なのだということ。

 ゲームでは、《ブレイズ・エッジ》を加減して発動することで燃費を抑えるなんてコマンドは存在しない。


 この世界はゲームよりも工夫の余地がある。

 そこに僕は光明を見出した。


「まずは魔力量を伸ばす。そのためにも、とにかく魔物を倒そう」


『魔素を吸収するのじゃな』


 魔物を倒したら、その身体から魔力の源である魔素が噴き出る。

 その時、近くにいれば流出した魔素を吸収することができ、魔力量を向上できるのだ。


 ちなみに、自分よりも魔力を持っている魔物――つまり格上の魔物を倒すと、魔素の吸収効率が高くなる。だから僕は手頃な格上がいるこのダンジョンに入ったのだ。


「それから、できれば魔法を習得したい」


『魔法? ……わ、妾の精霊術だけでは心許ないのじゃ……?』


「そういうわけじゃないよ。ただ、戦いの選択肢を増やしたいんだ」


 しょんぼりしたサラマンダーに僕は苦笑して答える。

 同時に、僕はサラマンダーに改めて確認したいことができた。


「サラマンダー、僕が魔法を習得することは可能なんだよね?」


『む? ……まあ、精霊術を使えるなら習得はできると思うのじゃ』


 

 期待通りの回答を聞くことができた。


(原作のルークは。でも設定上、習得できないわけじゃない)


 この世界には幾つかの超常の能力がある。

 魔法は一番オーソドックスなもので、体内にある魔力を消費することで発動できる技だ。精霊術は精霊の力を借りて発動する技である。他にも氣とか呪術とか色々あり、ゲームのシステムではこれらが一纏めにスキルとして扱われていた。


 原作のルークが獲得するスキルは精霊術のみだった。

 しかし魔法や精霊術といったスキルは、実は原理が大体同じなのだ。


 たとえば精霊術。精霊は魔力生命体とも呼ばれており、その名の通り身体が魔力で構築されている。精霊術とは言うなれば、自分の魔力だけでなく、精霊の魔力も借りて発動する魔法だ。氣は大地から魔力を借りて、呪術は物から魔力を借りる。


 原理が同じであるなら、応用もできるはず。

 精霊術が使えるルークなら、魔法も使えたっておかしくない。そう思った。


(僕は原作のルークよりも弱い。だから、原作よりも色んなスキルを身に付ける必要がある)


 僕の中には仮説がある。

 ルークは剣の天才であると同時に、精霊術に関しても天才と呼ばれていた。


 それなら――ルークは魔法の天才でもあるかもしれない。


 この仮説が正しければ、僕が本物のルークに近づくための選択肢はぐっと広がる。

 試す価値はあるだろう。


『しかし、独学で魔法を覚えるのは難しいことなのじゃ』


「そこはまあ……試行錯誤していくしかないね」


 原作のルークは魔法を学ばない。だから誰に教わればいいのかも分からない。

 どのみち今、優先するべきは魔力量の底上げだ。魔力量が少ないと魔法の練習もままならない。 


『む!? 何かが来るのじゃ!?』


 サラマンダーが叫んだ。

 直後、洞窟の横穴から悍ましい魔物がやって来る。小さな足音とは裏腹に、姿を見せたのは僕の二倍の背丈はありそうな巨大なカマキリだった。


「デス・マンティス、こんな浅いところで出るなんて……ッ!?」


 いきなり中ボス級の魔物が現れた。

 標的にする予定だった魔物の数倍は強い。想定外の脅威を目の当たりにして、僕は思わず固まってしまう。


『ルーク、避けるのじゃッ!!』


 サラマンダーの言葉が僕の身体を動かした。

 迫り来る鋭利な鎌。紙一重でそれを避けた僕は、己の情けなさに激しい怒りを覚える。


(これだ、これが僕とルークの差だ。……僕は心が弱い!!)


 次いで横に薙ぎ払われた鎌を、僕は剣の刀身で受け止めた。

 微かでも力を緩めれば胴体を真っ二つに斬られる。その恐怖が火事場の馬鹿力を起こした。


「おおぉおぉぉぉぉお――ッ!!」


 鎌を剣で弾き、デス・マンティスと距離を取る。

 柄が掌に吸い付いた。まるで身体の一部であるかのように剣を自在に振るうことができる。ルークが生まれ持った剣の才能は、僕の中でも正しく機能していた。


 そうだ――やっぱりルークは才能の塊なのだ。

 僕がその才能を使いこなせさえすれば、誰にも負けない。


「サラマンダー!! こいつを倒すぞッ!!」


『む、無理じゃ!! いくらなんでも格上が過ぎるのじゃッ!!』


「それでもやるんだ!」


 心の強さが足りないことは自覚している。

 だからこそ、退かない。


「このくらい倒せないと――僕はルークになれないッ!!」


 地獄のような修行が始まった。



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