イーストブラックスーツ 防御力+15 かっこよさ+10 モノクロなどの趣味嗜好に合致

 召喚獣コーデバトル!


 このゲームじみた世界における、個人決闘の一種である!


 このゲームには様々なステータスが存在する。

 武力に長けた者同士なら、一騎打ちで戦って決着をつければいい。

 だが、統率にのみ優れる者は?

 智謀に飲み優れる者は?

 一対一で決着をつけることはできないのか?


 否!


 ひ弱なショタでも、非力な女子でも、決闘はできる! できるのだ!


 それがコーデバトル!

 着飾った召喚獣同士による競り合い!

 育て上げた召喚獣の見せ合いっこ!


 『伴無し』が見下される慣習とはすなわち、『ロクに育ててこなかった召喚獣を事故で失った』者を侮蔑し、召喚獣を育てることを奨励する、この世界の文化と直結するものなのである!


 コーデバトルは、様々なルールをもって成立する!

 かっこよさ競争!

 アピールアクション競争!

 美しさバトルロイヤル!

 かわいさ投票決戦!

 原作主人公は原作召喚イベントでかわいい系の召喚獣を選択し、かわいさを競うコーデバトルだけでエンディングまで生き残ることを目指す……などということも許されている!


 そして身に付けたコーデテクニックは、コーデバトル以外にも活かされる!


 鎧でかっこよさを上げた獅子は、戦場で主人公を乗せて駆け抜けるだろう!

 華美服を着せた妖精は、デートで好感度の上昇量を跳ね上げてくれるだろう!

 果樹獣は綺麗な服を着せてあげると、毎月実らせる木の実の量を倍増させるぞ!

 コーデバトル○勝が攻略条件のキャラクターも存在する!


 遊び方は無限大!

 さあ君も、主人公と召喚獣を着飾って、広大な世界に旅立ってみよう!






 アレキサンドリア第二王子は、互いの言語の壁を考慮し、説明量を増やして正確性の高い説明をすることよりも、説明を短くまとめることを選んだ。

 劉の髪先には今は青い光が宿っている。

 しかし、それがいつまで続くかは分からず、また青くなっていても全ての言葉が通じているとは限らない。

 それはリットグレーから上がってきた報告書で貴人の誰もが知るところだ。


 たとえば5秒後から8秒後までの説明を丸々サイレント翻訳失敗してしまった場合、説明が長い分だけ後でどう説明を補完すればいいのか分からなくなってしまう。

 サクッとまとめてサクッと理解してもらう。

 通じていないようならもう一度サクっと説明。

 これがベスト。


「今北産業」


「つまり君がレッドダイヤの女王クイーンの召喚獣を消したら、彼女の婚約に便乗した大臣の企みが崩壊し、未来の内戦に繋がりそうな火種が一つ消せるというわけなんだ。君にはドサクサにまぎれて彼女の召喚獣を仕留めてもらいたいんだ」


「理解」


 劉が理解を示すため頷くのを見て、アレクは微笑み、眼鏡を押し上げる。


「本当なら他にも色々方法はありそうなものなんだけど、仮にもレッドダイヤの女王クイーンはこの国の……僕の妹だからね。でも今の君なら、規約上は召喚獣同士の諍いってことでどさくさに紛れて召喚獣殺しちゃっても許されるだろう?」


「なんてこと言うんですかアレク様」


「此奴 思想物騒 七割夜神月」


「僕はこの婚約の暗殺を君に任せたい。報酬は先に言った通りだ」


 ルチェットが思わず突っ込んでいた。

 劉は『そういえば暗殺って本来こっそり殺すことじゃなくて政治的な目的で殺すことだっけ……』と昔読んだ豆知識を思い出す。

 こほん、と咳払いをして、メイド服のよれ等を整えたルチェットが進み出る。


「恐れながら、アレク様。発言をお許し下さい」


「構わないよ、ルチェット。君のお父様にはよくお世話になっている。君の言葉を軽んじることはないさ」


「……。……彼は、鉄面皮なので意外に思われるかもしれませんが、目を離すと街の野良猫を撫でている種類の人間です。彼は召喚獣と言えど、他の命を奪うことをよしとしないのではないですか……?」


「我猫好」


「それは……またなんとも」


 眼鏡の奥で、王子は少しだけ困った顔をした。


「殺すことを厭う元暗殺者、か。君はどれだけの地獄を見てきたんだい? その瞳の奥には、数え切れないほどの物語を見てきた者特有の『深さ』が見える。色んな英雄の戦いを見て、そこから得た感動や学びを身に着けてきた者の目だ。君が他の命を大事に扱うのは、もしかしたら……命が簡単に失われる世界の中を、君が駆け抜けて来たがために、もう命を奪いたくないと思ったからなんじゃないか?」


「何言此奴」


「え……」

「リューさん……?」


 漫画やアニメなら見てきました、と劉が言っても通じないので意味がない。


「フレン。君は彼を召喚したことを気に病んでいた。だけどもしかしたら、君は……苦しむ一人の男を、苦しみの螺旋から助け上げたのかもしれないよ。君が彼を、彼が生きてきた世界から、平和なこの地へと招いたのかもしれない」


「リュー……?」


「我暗殺者設定 定着……? 北斗百裂拳 練習必要?」


 慧眼は節穴だったが、いい人そうではあるなあと劉は思う。

 つらそうな他人に同情して優しくしようとする人はいい人。劉の持論だ。


「うん、無理強いはできないな。ただ検討してくれたら嬉しいと思う。細かい説明は省くけど、レッドダイヤの女王クイーンの婚約が成立してしまうと、本当に内戦になってしまいかねないんだ。僕はそれを阻止したい」


「怒羅江悶 伸太結婚相手剛田妹阻止 未来修正 想起……」


「君がやってくれたら報酬は約束するが、やってくれなくれなくても特に罰があるというわけじゃない。僕は頼んでいる立場だからね。それに……親が決めた事とはいえ、召喚獣として僕の婚約者を傍で守ってくれているというだけでも、僕は君にお礼をしないといけない立場だろうさ。ははっ」


「あ、アレク様!」


 眼鏡の奥に優しい眼光を湛え、王子は微笑み、去っていった。


 新春召喚獣コーデバトルの開催は近い。


 決断までの時間は多くは残っていない。


 そして召喚獣コーデバトル直前の時期に、劉と遊びに行く目的でレアアイテム漁りをしていたという時点で、フィア・サンブラージュが新春コーデバトルのことを完全に忘れ去っている原作主人公失格女だということは明白だった。






 椅子に座ったフレンの長い髪を、ルチェットが優しく櫛で梳く。

 貴族邸宅ならどこでも見られる、令嬢とメイドの髪を整える光景。

 劉がそれを、興味深そうにじっと見ていた。

 髪を梳かれるのはいつものことだが、劉のまっすぐな目線がなんだかくすぐったくて、『かわいくない自分を見られたくない』という意識がちょっとずつ強くなってきて、フレンは思わず背筋を伸ばし、表情も外行きの綺麗な微笑みにしている。


 それがなんだかおかしくて、ルチェットはくすっと笑ってしまう。


「で、どうしますかフレン様。リットグレーは家としては王子様との婚約をなにがなんでも成婚まで持っていきたいはずですよ。逆に王家は、まつりごとの潮流次第でこの婚約を破棄することも検討してるはずです。今回の話は王子と恩義で繋がるという意味では、悪くない話なんじゃないですか?」


「そうは言ってもね、ルチェット。私が無理矢理連れてきた人に、『私の家の政治のために他人が大切にしてる召喚獣を殺してくれ』なんて言える……?」


「お優しい方ですねえ」


「貴女だって言えないでしょうに。彼に強いれる?」


「いやー言えませんね普通に」


 フレンが劉を見る。

 ルチェットが劉を見る。

 劉はフレンの綺麗な髪をぼーっと眺めている。


 そして彼が着ている服は、庭師用の作業服だった。

 彼が召喚された時に着ていた表演服が洗濯中なので、庭師が彼に譲ったという、灰色一色の作業服。

 フレンとルチェットは数秒無言になり、そして気持ちを一つにした。


「……服を買いにいきましょう! とりあえず!」


「そうですねえ。それに暗殺をするにしても、しないにしても……コーデバトルに参加だけはしてお披露目して、公爵家の召喚獣だと周知してもらえたら、今後生活するにあたって不自由しないかもしれませんし……彼が迷子になってても見つけた人が公爵家に届けてくれるかもしれませんし……」


「財布に住所書くタイプの人?」


 いざゆかん、街の服屋へ。


 王族や公爵家の礼服を仕立てている格式高い家ではなく、金のある下級貴族あたりから金のある商家あたりまでが利用するような、品揃えが良くて・評判が良くて・オシャレな店へと向かう。


 奇しくもそこは、原作ゲームで主人公のフィア・サンブラージュが利用する、主人公や召喚獣のステータスを上げる服を買えるという店であった。


「今日良天気 特別素敵 布団干 良匂好」


「貴方はかっこいいんだから、服で侮られないようにしないとね」


「照」


 照れが顔に出ない男ではあったが、可愛い女の子達が自分の服を選んでくれるという状況に、何も思わないような男ではなかった。


「リューにはシックが似合うわ。この帽子とコートで……」


「ビビッドに揃えた方が映えるんじゃないでしょうか。こっちのストールを……」


 でもちょっと『こいつら自分の好きなファッションで飾ろうとしてきてるな』と思わないでもなかった。


 楽しげに服を選ぶフレン。

 フレンの服選びに的確なアドバイスを飛ばすルチェット。

 わちゃわちゃと、あっちの棚に行ったり、こっちの棚に行ったり。

 帽子を変えたり、上着を着せられたり、腕時計を三人で眺めたり。

 『まあいいか』と、劉は思った。


「そういえばお嬢様、今回の新春コーデバトルの審査員はフォーマル嗜好に寄っています。スーツがいいんじゃないでしょうか?」


「なるほど……なるほどのなるほどね」


「スーツも引くくらいいっぱいありますね、このお店」


「国ごと地域ごとの特色が出てるのを全部集めてるのかしら」


「黒礼服 世界引金 二宮匡貴 雪達磨 大量生産……我国近柚宇御気入」


「あ。このスーツがいいの? じゃあこれも買っちゃいましょう」


「公爵家の財力恐るべし。この店の服全部買ってもなくなりそうにないですね」


 もののついでに、フレンも新しい服を買ってみたりして。


 真っ黒なスーツの劉の隣に、真っ白なドレスのフレンが立ってみたりして。


 おふざけ混じりに、フレンが劉の腕を抱いてみたりして。


「じゃーん、どうルチェット?」


「胸がデカいことが強調されてていいんじゃないですか」


「真面目に!」


「恐事態発生 好好超絶美人色気爆発 初恋泥棒 清楚 純白 巨乳 美形……」


 服屋を回っているだけで、楽しい時間があった。


 服屋が楽しいからではなく、三人で回っているから楽しかった。


 それは服屋をショップとして使うため、服屋に一人で行くことが前提の原作ゲームには無い、この世界を現実として生きている者達だけが味わえる楽しさだった。


「君本当良人 我君好 我君補佐希望 君願望全成就希望」


「ルチェット、またリューが何か……」


「感謝の言葉かなんかじゃないですか、知りませんけど」


「君良人 恋必実 王子様恋人化 恋成就化 婚約成就化 我絶対成遂 我応援」


「リューが少しでもいい気持ちで生きていけたら、気持ちが楽になるわ」


「当たりのお嬢様を引きましたね、リューさん」


「君可愛 君美人 誰皆君好成 王子君好確定 応援応援」


「髪赤いけど伝わってると思う?」


「全然伝わってないと思います」


 笑って生きていけるなら、人生に乗り越えられないことなどない。


 異世界に召喚された不安でさえも、きっと。


「服選 謝謝茄子」


「もっと色んな服を試してみましょう! きっと、それだけで楽しいわ」


 白いドレスのフレンが手を引いて、黒いスーツの劉が手を引かれていく。


 ルチェットが含むように笑った。


「お似合いですね」


「? そうね、リューにはスーツがよく似合ってるわ」


「はい。今はそういうことにしておきます」


 メイドの微笑みには、少女らしく他人の色恋を楽しむ気持ちと、どこかしら含むところがあるような塩梅があった。

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