第一章【残雪と雪消】1
その日は雪が降った。十二月の初旬、太平洋側にしては珍しい天からの贈り物だった。
雪は無条件に美しい。淡く白く光りながら地上を目指してゆっくりと舞い降りるその姿は幻想的だ。そして、辿り着いた先を美しく真っ白に染め上げる。緑の少ない冬の簡素な景色が見慣れない雪景色に変わると、それだけで少なからず高揚が生まれる。しかし。
「降り過ぎだ」
思わず、独り言が出た。
積もった雪を思い切り踏み付けながら、俺はズンズンと歩いた。辺りを見渡す余裕など持たず、足元と道の少し先だけに視線を向け、俺は早く駅に着くことを願った。
昼前から降り出した雪は、夕方になる前に止んでいる。しかし約四時間、こんこんと降り積もった彼らは冬の弱い日差しで溶けることは無く、こうして大量の贈呈品を残していった。いくら珍しく綺麗だと言っても、限度というものがある。
雪は、おそらく十センチは積もっているだろう。歩くたびに学校指定の革靴が雪に埋もれ、そして雪が靴の隙間から時々入り込んで来る。それだけでも腹立たしいというのに滑らないように注意もしなければならず、今回ばかりはバスに乗れば良かったと俺は悔やんだ。
しかし、駅まではあと十分もしない内に着くところまで来ており、僅か先にいつもの本屋が見えて俺は安堵した。明日の朝は雪が全て溶け去っていることを切に願う。
昨日に引き続き、俺は本屋に立ち寄ることにした。雪によって掻き乱された気分を転換させる為には新刊か、あるいは面白そうな本を買って、それを読みながら電車に揺られて行くのが良い。
駅近くにあるこの本屋は、小さな店の割に店内へ入ってすぐのところにちゃんと新刊のスペースが設けられ、主に人気のあるコミックスが平積みされている。奥には、それ以外のコミックスや文庫本、小説などがきちんと書棚に並んでいて、参考書のコーナーもある。少しだが雑誌も置かれていて、店内には学生や一般客がいつも数人はいた。
長い帰り道を歩いて、やっと駅が見えるところまで来た時にこの本屋を目にすると、広大な砂漠でオアシスを見付けたような気分になる。駅まではあと数分というところにあるこの本屋で、俺は最近良く本を購入するようになった。
駅で電車を待つ時間は長くても十五分程度、乗車している時間は二十分くらいなのだが、それらの時間が過ぎ去るまでに本があるのと無いのとではかなり違う。家にある一度は読んだものより新しく読むそれの方が魅力的なので、俺はこうして帰り道にここに寄っては一冊の本を買って行く。毎回とまでは行かないが、月に五冊から十冊くらいはここで購入をしている。
今日の新刊コーナーには特別気になるものは無く、昨日とあまり変わりも無かった。俺は奥に足を進め、文庫本の並ぶ書棚を物色した。
何冊かの本を選び取っては棚に戻すことを繰り返した後、やっと俺は一冊の本を持って会計に向かった。
新刊のコーナーの脇を通り抜ける時に、
「あー……リセットしたい!」
「何を?」
という会話が耳に入った。
が、特に気に留めることも無く、俺はそのままレジへと向かう。
「六百九十五円です」
俺が千円札を出すと、
「三百五円のお返しです。ありがとうございました」
と、店員が返した。
小銭をチャラチャラと財布に流し入れ、カバーが掛けられた本を受け取った、その時。
「リセット出来なかったから両方買うことにした」
「ああ、どっちかにしたかったってこと?」
という会話が背後から聞こえた。
が、やはりさほど気にすることも無く俺はそのまま本屋を後にした。
先程と全く変化していないような雪の存在を少々鬱陶しく思いながら、俺はまたズンズンと雪道を歩いた。
幸いにして、ここから駅までは五分くらいだ。あと少しのことだと自分に言い聞かせながら、俺はブレザーの左ポケットに入っているパスケースを取り出す。
やっと辿り着いた駅前も例外に洩れること無く雪に包まれていた。
タクシー乗り場とバス停付近、人の通り道の他は真っ白く染まり、コンビニエンスストアやドラッグストアの屋根の上には、重たそうな雪がどっしりと居座っているのが見えた。
明日の朝、再びあんな雪道を歩きたくは無い。明日には雪が綺麗に水となっていることを祈り、俺は駅構内へと続く階段を下りた。
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