初めての愛

桜怜

一話完結 

その日は、真っ黒な雲に覆われた空をしていた。そのため、彼らは家で過ごすことに決めたのだ。

「せっかくの記念日なのに、こんな天気なのは残念ね。」

「ああ、だが仕方がないさ。俺たちには天候の支配なんて偉業を為すことはできないのだからね。」

「あなたのそういう言い方は、昔から好きじゃないのよ。もっと簡潔に言ってもよくない?」

男は笑いながらも、それはできないなと答えていた。

 彼らは二人でリビングのソファに並んで座り、女の用意したコーヒーを用意しながら話していた。彼らは、夫婦だった。既に、五年ほど続いている。

 悪天候のため家で過ごすことになった二人は、テレビ番組を適当に流すことにした。

「きゃあああああ。」

テレビから悲鳴が聞こえる。ミステリードラマで死体を一般人が見つけたシーンのようだった。

「ミステリか。途中から見ては面白さも半減するし、別の番組にするか。」

「面白そうなものはあるの?」

「そうだなあ。これとかどうだ?」

夫はそう言って番組を変える。今度はバラエティ番組である。有名な芸人が漫才を披露していた。夫婦はその漫才が終わるまでテレビに集中した。

「面白かったわね。」

「まあ、及第点と言ったところか。確かに……」

妻は、夫の漫才に対する評価をうんざりしながら聞いていた。

「きゃあああああ。」

外からの悲鳴が夫の長ったらしい説明を遮った。

「今の悲鳴は何だ?」

「普通の悲鳴では無さそうだったけど。」

「確認するか?」

「もしも通り魔だったとしたら、危険じゃない?」

「それもそうか。俺たちは、ここで身の安全を確保しよう。鍵は閉めてあるか?」

「今閉めてくるわ。」

夫婦は、事件性のある悲鳴を聞いたが、身の安全のために家にとどまることにした。それが正しい選択かは分からないが、俺にとっては気に食わない選択であった。身の安全のためとは言っていたが、面倒ごとに関わりたくないだけだろう。昔から彼らはそうだった。そのため、俺は彼らにばれないように部屋の窓から家を出る。家出する可能性を考慮し、外靴は部屋に隠してあるから、それを持ち出す。豪雨にもかかわらず、俺は傘もささずに走る。まるで服を着たままシャワーを浴びた後のようだった。悲鳴の主にたどり着いたと思われた。なぜ俺がそれを判断できたかと言えば簡単である。そこには、心臓を包丁で刺された女性が倒れていたからだ。腹部にも刺されており、最初にそこを刺されたのだろう。その後叫んだが、次は絶命の一撃を受けたと推測できる。俺はその時、すぐに警察を呼ぶべきであった。そして、すぐさまそこを離れるべきであった。しかし、そうしなかった。その女性が、雨に濡れ、目を閉じて地面に伏しているその女性が、とても綺麗だったからだ。彼女の腹部から、心臓から流れる血にすら美しさを覚えた。それは、彼女自身が美しかったからなのか、美しい彼女がそのような状態であるからなのかは分からなかった。その説明は俺にはできなかったが、ただ彼女の美しさを狂ったように語ることはできただろう。

 彼女がなぜそのような被害にあったのかは分からない。不運だったのか、必然だったのか。だが、もしも不運だったのならば、その不運故に俺はより一層すでに息絶えてアスファルトで寝ている彼女に狂気的な愛を持っただろう。

 俺には、何もわからない。彼女が何者なのかも、なぜそんな事件が起きたのかも、そして、なぜ多少変わってはいるものの普通の範疇に収まるだろうあの両親から俺という異常者が生まれたのかも。いいや、彼らが俺と言う異常者を作ったのだろうか。

そっと彼女の唇に俺の唇を重ねた。その後俺が何をしたか、俺の身に何があったかは覚えていない。狂気的な感情によって記憶など消え失せていた。世の大人がアルコールに酔うならば、異常な俺は、死人への恋心で酔えるのだ。


正気に戻され、本来の目的を思い出す。俺は、悲鳴の主を助けるため、救うために立ち上がった。面倒ごとから逃げ、自らの身を守るためという上辺の理由を丁重に飾るあいつらが嫌いだったから。それが愚かであると。それは臆病であると。そう彼らに訴えるために。英雄に憧れた。どんなに小さくてもいい。誰かを救う英雄に憧れた。そのために誰かを傷つけてしまう。それでもいい。誰か、大切な人を見つけ、俺はその人にとっての英雄になると、そう願ったんだ。

だが、それは理想だ。それは現実を見ていないまさしく愚か者だった。通り魔か。彼らのくだらない言い訳は、真実で。彼らの行動は正しいもので。現実を直視しなければならないと。そう。学んだ時にはもう遅いんだ。

俺は、正気に戻りながらも、狂気を露にして最初の被害者をまじまじと見つめる。やはり、彼女は美しい。




「ところであの子はどうしているのかしら。」

「興味もない。」

「実は、少し気になることがあるのよ。」

「あんな奴にか。」

「ええ。彼、部屋に外靴を隠していたの。」

「それは面白いな。」

「でしょう?」

「いつ家出するか賭けでもするか?」

「もうしているかもしれないわよ?」

「それならそれで面白いな。」



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初めての愛 桜怜 @sakurarei

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