かげむしゃひめ
嵐山之鬼子(KCA)
本編
──古代魔導王朝の系譜を引く神聖エトメトム王国。
建国から優に1000年を数えるその王国は、しかし今まさに滅亡の危機に瀕していた。
大陸中央で急速に力を付け、破竹の勢いで勢力を伸ばしつつあるリベド帝国からの属国化の申し出を断ったがために、その侵攻を受けていたのだ。
いかに古代魔法の継承者が多い王国と言えど、国土の広さで5倍、人口は10倍近い大国に敵うはずもない。
一両日中には王都まで帝国軍が攻め込むと言う状況にあって、王室元老院は苦難の決断を下す。
いまや唯一の王家の正統な後継者たるアキツ姫を国外に逃がし、その神聖なる血統を保つと同時に、再起を図ろうと言うのだ。
しかし、先だっての戦いで国王が斃れ、姫は正式な戴冠こそまだだが、現在の国王代理。
国主たる者が逃げたとあっては、残された国民や軍の士気に関わるため、密かに姫の影武者が立てられることとなった。
影武者に選ばれたのは、アダクフ公爵の息子オリティ。
彼の母は降嫁した先代国王の長女で、アキツ姫とは歳の近い(16歳と15歳だ)叔母と甥の関係にあたり、幼少時から姉弟のように仲が良かった。
オリティも、「国とアキツ姉上のためならば」と悲壮な覚悟を決める。
15歳の少年にしては背が低く華奢な体格であった彼は、元々姫と近い背格好で顔立ちもよく似ていた(替玉に選ばれた理由のひとつだ)が、さらに完璧を期すべく、宮廷魔導師レゥタフが秘術を施す。
術によってオリティの髪は膝まで伸び、胸も緩やかに盛り上がり、それらの形成に「肉」を使われたぶん、体格はより華奢になった。
その結果オリティは、一見したところ姫の「双子の妹」と言われても違和感のない外見になっていた。
ただし、下半身の性器に関しては手つかずのまま。これは万が一帝国に捕えられた時、女としての辱めを受けないようにとの配慮だ。
これまで以上に少女めいた姿となった少年は、王宮女官長にアキツ姫の衣装を──ドレスは元より、下着から靴、装飾品、さらには化粧や香水に至るまで──着付けられ、姫と親しい者でもパッと見には見分けがつかないような見かけになる。
本物のアキツとの涙ながらの別れを済ませ、彼女が城の抜け穴から脱出していくのを見送った後、オリティは「アキツ姫」となった。
王家の血を引く者にしか反応しない王家伝来の
それから二日後。近衛軍と王都防衛隊は地の利を活かし善戦したものの、多勢に無勢で敗北する。もっとも、コレは織り込み済みだ。
しかし意外だったのは、帝国軍の総大将として、リベド帝国皇帝その人が戦場にいたことだろう。
「アキツ姫」は、王宮に自ら乗り込んで来た皇帝アンゴ・ルモアと玉座の間で対峙し、痛烈な舌戦を交わすことになる。
それは、不思議な時間だった。
論戦をくり広げるふたりの姿を見ていると、誰もそれが「敗戦国の姫」と「勝利せし覇王」だとは思わなかったに違いない。むしろ、学舎で互いの青臭い理想を語り合う学士見習の友人同士に近いものがあった。
王国の人間からは暴君と思われていたアンゴ・ルモアは、意外なことに「アキツ姫」に(あくまで勝者としてだが)それなり敬意を払い、「彼女」の理路整然とした正論に耳を傾けたのだ。
それどころか、自らの不手際や非を認めさえした──ただし、例え自分が悪であるとしても、それでも目指す道があると断言もしたが。
ともあれ、およそ小半刻の夢のような時間が過ぎ、大陸全土を震わせたあの「恐怖帝」を(口論とは言え)幾許かやりこめたことで、一矢報いたと満足した「アキツ姫(オリティ)」は、ニコリと微笑んだ後、皇帝の前で短剣で喉を突いて自害する。
それにより、「彼女」は「神聖王国最後の姫」としての代役を大過なく果たせた……はずだった。
だが、絶望的な状況下でなお気丈さと気高さを失わなかった「姫」を、大いに気に入った皇帝は、「彼女」を配下の魔導師に治療させ──結果、オリティは九死に一生を得てしまう。
そして、城のバルコニーから高らかにこの戦の終わりを告げた皇帝は、生き残った王国の民に向かって、「姫を娶って妃にする」と宣言。
そのため、不幸中の幸いと言うべきか、王国は帝国に併合されたものの、「皇妃の故郷」と言うことで他の属国よりは比較的寛大な扱いを受けることになる。
さて、生き恥をさらすハメになった「アキツ姫」ことオリティだが、事ここに至っては残された臣民のためにも自害することはあきらめ、皇帝に同行して帝都に赴き、大人しく婚礼の日を迎える。
そして、初夜の褥(しとね)で自らの正体を明かし、「神聖王国の姫を妻にした」という箔付けが欲しいなら仮面夫婦として協力するので、どうか国民達には寛大な処置を──と願い出たのだ。
衝撃の告白に最初はさすがに驚いた皇帝だが、その正体を聞いても──そして、「彼女」の股間の男の徴を見てさえも、やはり目の前の美姫を男とは思えない。
実はオリティ本人も知らないことだが、レゥタフが掛けた秘術には「彼女」の仕草や雰囲気を女性的に矯正する効果もあったのだ。それが、この場合幸いして、今の今まで正体が毛ほどもバレなかったのだ。
気を取り直して、「構わん。俺は目の前のお主を妻に欲しいと思ったのだ」と豪語し、茫然とするオリティを仰向けに組み伏せるアンゴ。
我に返ったオリティは抵抗したものの、童貞どころかロクに自慰すらしたことのなかった15歳の少年が、十数人の愛人を持ち、それに倍する女性を抱いた経験を持つ「鬼畜帝」アンゴの性戯に抵抗できるはずもない。
熱烈な接吻からの口腔内の蹂躙と唾液の交換。
ようやく最近違和感を感じなくなった小さめだが形の良い乳房と、以前より大きく敏感になった乳首へもたらされる、優しい刺激。
耳やうなじ、背中、脇、太腿など、思いもよらぬ「弱点」への指先と唇と舌による執拗な「攻撃」。
そして、予想だにしなかった尻肉と菊門への情愛の籠った愛撫に、ついにオリティ──「アキツ姫」の身体は陥落する。
……
…………
………………
初めての「夫婦の営み」を体験した「皇妃」は、寝台の上で、愛しい夫の胸に顔を埋めながら、うっとりと夜伽の余韻に浸っていた。
それは、男の射精とは、まったく次元の違う快感。
本来、普通の男なら一生知らないはずの、「女としての悦び」だ。
夢精による精通こそあれ、男性としての性交はおろか自慰すらまだ体験したことなく、「女として愛される快楽」を知ってしまったのは、「彼女」にとって幸福なのか、不幸なのか……。
ただ、その後の本人の様子を見る限りでは、少しも不幸とは思っていないようだったが。
* * *
さて、結婚に至る経緯こそ悲劇めいてはいたものの、その後、公私にわたり仲睦ましく過ごす皇帝と皇妃の姿が、帝国の宮廷では見られるようになった。
以前はやや情緒不安定なところが玉に瑕であった皇帝は、正妃を得て以来、以前にも増して豪胆かつ威厳と度量に兼ね備えた「真の帝王」へと成長していく。
また、亡国の憂いに満ちた姫君であったはずの皇妃も、婚儀を境に花のような笑顔を廷臣や臣民に見せるようになり、その美貌とエメラルドグリーンの瞳、そして慈愛に満ちた言動から「エトメトムの翠璧」、あるいは「帝国の至宝」と称えられるようになる。
さらに、裏の事情を知る者にとっては驚くべきことに、結婚から2年後、皇妃は懐妊。十月十日の後、玉のような男女の双子を産み落とす。
これには、かつての皇妃に術を掛けた魔導師レゥタフ(のちに帝国の筆頭宮廷魔導師として出仕)による秘法が関係していると言われるが、真偽の程は定かではない。
そして帝国歴312年、「征服帝」「恐怖帝」の異名を持つ皇帝アンゴルモアは35歳の若さで、ついに大陸統一を達成する。
異名にふさわしく、統一の過程では色々と強引な施策も行ったものの、その治世そのものは驚くほど合理的で暮らしやすく、また皇帝は魔道や錬金術、市井の技術の発展などにも力を入れたため、後世彼は「武賢帝」の称号で呼ばれることになる。
その傍らには常に美しき皇妃の姿があり、激務に追われる皇帝の心を癒し、影から支え続けた──と後年の帝国の歴史書には記されている。
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