題名のない短編小説
魔女木直樹
第1話
2018年4月6日。
東に海を、西に高原を抱えるとある都会の片隅のシェアハウスに2人の男女が住んでいる。
男の名前は朴哲、女の名前はメイリン。いずれも去年大学を卒業して学位を授かったばかりである。どちらも職業は……合法の不労所得労働者とだけ言っておこう。
とある晴れた金曜日に、二人は午前5時に起床すると、シェアハウスの玄関を出てすぐの近所の始発便の路線バスを待つバス停の客を横目に軽くランニングをして、その後朝食の調理を行った。
家のテレビをつけると、朝のニュースが流れていた。今日のニュースは、若者の撮り鉄離れに関するニュースであった。
「ニコニコ国の電車はどれも写真映えする美しい車両ばかりなのに、どうしてなんだろうか?お約束のテンプレの不況のあおりか?」
朴が鼻で笑いながらこう言うとメイリンはこう答えた。
「最近は若者は機械よりも動物といった癒しを求めるようになったからよ」
しばらくすると、番組内でニュースキャスターがのその意外な答えについてこう語った。
『横瀬州に限ると都市部を中心にホーム上に線路転落防止の安全柵やホームドアが設置されてホーム上で列車の撮影が難しくなったことや、高架化や地下化が進展して比較的忙しい若者が気軽に列車を撮影できる機会が減ったことが理由ではないかと思われます。鉄道嫌いの若者が増えたとかそういった事実はなく、事実、鉄道オタク離れはまだ若者ではなく10代以下の段階で始まったばかりで、総数だけ見てもとりあえず昔からの増加傾向は変わりありません』と……。
この意見を聞いた視聴者の反応は様々だった。
あるコメンテーターはこのような意見を述べた。
(日本のような社会問題的なことがニコニコ国では起きていないので、普段は駅でもカメラ好きの人を意識しないですけど、こういった小さなことが気になって調べる人の存在は時に考えさせられるようなことをしらべてくれているのですね。)
若者の話題のニュースが終わると次は天気予報のニュース。そして、今朝は少し春にしては肌寒いせいもあってか洗濯物がよく乾くという天気予報の内容に切り替わると……二人は思わずため息をした。
人間に化けた魔女や魔法使いの使い魔のような存在のメイリンには家事の才能がまったくなかったからだ。
洗濯機の回し方も、家事の知識のある朴哲がいない時にはまともにできなかったのだ(洗濯機に入れる服は脱衣所に干してあるメイリンが着る衣服だけだったりするので洗濯機が汚れることもなかったのだが……洗濯物を干す時に干す場所を決めず適当に置いておくことが多かったのがその理由だ)。メイリンは何を思ったか魔法を使って衣類乾燥までやろうとするが失敗の連続であった(メイリンがやると洗濯物は水浸しになってしまう)。
そんなこともあって洗濯機を回した時のメイリンはいつも落ち込んでいて悲しそうな顔をするのだが……。
二人は家で仮想通貨やfxや証券取引といったベタなものや動画投稿や小説や漫画の投稿などのマイナーなものなどの不労所得で収入を得て、時には納めるべき税金や支払うべき生活費を賄っている。ただ、一般人からすればフリーターやニートと外見が似ているために一部の保守的な人からはしばしば白い目で見られがちである。ましてや二人は20代のいわゆる若者であり、普通に働いている人たちからはなおさら白い目で見られることもある。それでも二人ともそんなことは気にしない性格でもある。現代の横瀬州は田舎の公共交通機関でもICカードやスマホがあれば電子決済で運賃支払いできるのが当たり前で、スマホが普及して昔ながらの携帯電話が減ったというような新しさを実感することもあるが、外見での先入観にこだわる人が多いといった悪い意味での古さの名残があることも事実である。
二人はこんな嫌な経験がある。去年秋のこと、金曜日の午後6時に公園から自転車で帰宅していたところ、運が悪くとあるコンビニの駐車場に屯していた改造バイク愛好家の不良女子高校生らしき女にスマホで盗撮され、SNSで炎上沙汰になったことがある。漫画やドラマで不良をネタにしたり時におだてたりする人がいるからこういう醜い人間がいなくならないのだと内心腹が立つがそれはこの際どうでもいいだろう。
ちなみに、この女子高校生は最近潰れたなんとかレーシングとかいう芽岸県最後の暴走族のリーダーであった40代男の娘で、その男は5年前に消滅した横瀬州最後の暴力団の組長(たしかそのオジーサンは2年前に癌で他界したらしい)の孫だという。貧しさゆえのストレスには同情できなくもないが、その怒りを一般人に向ける行為は正直言って理解に苦しむ。
簡単な家事を終えるといつものルーチンであるfx取引の時間だ。今年9月からFXの手数料ゼロ化が進み、スプレッド縮小も相次いでいるようだが俺は相変わらずレバレッジ規制後の最大レバ50倍までしか使わないことにしている。理由は簡単だ。俺は自分のお金を他人のために使いたくはないからである。たとえ俺のような個人投資家が増えたとしても相場全体の動きに与える影響は少ないし、むしろ業者の利益を増やすだけであるから個人的には迷惑極まりない。まあでもそういう人は大勢存在するだろう。
俺の場合は1万2000円/ドルで固定の指値売り注文を出しておくことにする。
午前11時。今日のfx取引を終えて今日投稿する動画のネタを考える。投稿するのは昨日プレイしながら録画したPCゲーム(厳密にいうと家庭用ゲーム機のソフトをPC用に移植したものだが)の動画である。タイトルは《魔法8》という世界でも有名なアクションゲームだ。一見ファンタジー世界を舞台にしたゲームにも思えるが、その内容はSF世界を舞台に軍用の武器で武装したスパイがとある科学大国の陰謀を暴く旅を描いたもので、時にはロボットに乗り組んでロボットと戦闘したり、科学者と手を組んで敵の陰謀を阻止するといったものだ。ただ、このゲームがかなり難易度が高い。というのも主人公はあらゆる場面で銃火器を用いて敵を倒していくからだ。もちろん弾数に限りはあるため、残弾管理をしながら進めないといけないのだが、とにかくストーリーを進める上で敵のAIが強くて強い。主人公が敵を倒すとなぜか主人公の背後の壁が爆発したりする。またストーリーを進めていく中で主人公の所属する特殊部隊の隊長が敵のボスを暗殺するために主人公と一緒に敵陣に乗り込みながら銃撃していくシーンもあるのだけれどその難易度はかなり高く、しかも主人公は敵を倒しても倒した相手の血を浴びるわけでも肉片を被ることもないため敵が本当に生きているのかさえ怪しく思えてくる。しかし、その一方で仲間になるキャラには個性豊かだったり見た目がかわいい女性キャラクターも多く登場するなど世界観が魅力的でかつ操作性も高い。特に序盤では仲間にできるキャラクターの数は限られるがその分一人一人の個性が強いのが特徴で物語が進むにつれて新しいキャラが追加されていく。だから終盤まで進むとかなり長く遊べてしまうし、アクションパートとアドベンチャーパートに分かれているために途中で止めることができない仕様のためつい時間を忘れてしまうほどだ。
ちなみに二人は《科学8》というこちらも世界で有名なゲームを遊んだこともあるが、こちらも名前と中身が一致していないゲームで、マフィアや暴力団の娘・息子や高校生暴走族のリーダー格の少年少女といったある意味で社会のはみ出し者の若者が魔法少女や魔法使いのグループを結成し、魔法を武器に現代の都市を舞台に暴れまわるといったRPGアクションゲームだ。G●Aや●が如くや喧●番長やはいて捨てるほどあるヤンキーマンガの世界観にファンタジーを持ち込んだような滑稽な世界観はさることながら、●が如くを彷彿とさせる戦闘難易度の恐ろしいほどの低さといった点も、その滑稽さからネットではネタ消費の材料となった。しかし、その滑稽表現の多さに反してゲームとしての完成度は高い。
朴哲は動画を投稿する前に動画がきちんと加工できているかとか、ガイドラインに抵触する部分がないかどうかをチェックしていた。動画編集は、メイリンは動画投稿サイトで投稿している動画を編集していた経験が多少あるが、朴哲はそういったことは苦手だった。そのため、編集はもっぱらメイリンの仕事だった。動画のサムネイルだけ、朴哲が考えた。朴哲はメイリンが苦手なナレーションを担当していた。
10分後にゲームの動画を1本アップロードが終わると、続いて先日の土曜日に撮影した芽岸駅から松木市駅までのE231系近郊型の車窓動画をアップロードした。このE231系近郊型は東西本線という芽岸駅から新松木駅、芽岸湖駅、高野駅を経て八条駅に至る路線を走る。芽岸側は豪雪地帯で新松木・芽岸湖は芽岸以上に雪が降る高原地帯なので、冬の時期はしばしば雪が付着した東西本線の車両を冬でも雪が降らない高野駅や八条駅でも見ることができる。
東西本線は1930年に全線1500V直流電化にて全線開通した路線で、開通当初は当時未開の地であった芽岸湖市内の開拓を目的としており、多数の貨物列車や開拓要員を輸送する旅客列車が行き来していた。1970年代に並走する高速道路が開通すると貨物列車が減り、1980年の並走新幹線開通後は本格的な通勤線化が始まり、全線の複々線化や速達近郊車両の運行開始が行われた。その後、1990年代の新松木地区のニュータウン整備に伴い新松木~芽岸湖間に並走する地下鉄が開通するようになると、各駅停車専用の新駅が開設され、地下鉄とともに新松木地区の都市化を支えた。
東西本線は使用車両や沿線風景から察することができるほどに乗客が多く、とくに新松木~芽岸湖間は芽岸湖市内への通勤需要で、芽岸~新松木間は県都でもある芽岸市通勤需要はもちろんのこと、名門高校や名門大学への通学需要で平日は混雑する。
朴哲やメイリンにとって鉄道趣味は中学生時代からの趣味でもあり、とくに芽岸湖市内のとある難関大学合格者を輩出する高校(互いに競合する別の学校に通っていた)に在学していた時は通学や塾通いの帰りによくデジタルカメラで列車撮影を行っていた。もちろん高校時代は鉄道同好会所属である。大学時代に二人は同じ大学に通うが、大学時代も通学時やアルバイトへの通勤時の合間に駅のホームで列車写真を撮影したり、休日に自転車に乗って近所の公園で新幹線車両や貨物列車や事業用車をお互いに撮影することを行っていた。
午前11時50分。シェアハウスのインターホンが鳴る。訪問した人を見るや否やを見て「名乗れないなら帰ってくれ!」と言う朴哲。しかし大学時代の後輩の瀬賀愛衣であることを告げると、態度が変わり、朴哲は瀬賀を自身の部屋に招き入れられる。
瀬賀愛衣は地元の芽岸市に実家がある裕福な女性で、服装も二人が来たことのないような高めの服であった。
三人のうち自動車やオートバイを運転できるのは瀬賀だけで、残りの二人は無免許だという。瀬賀のスマートフォンの待ち受け写真には彼女の愛車でもある青色のドイツ製の5ドアハッチバック車と250ccネイキッドバイクが写っている。
二人の大学卒業後1年ぶりに会う瀬賀は、横瀬市に拠点を置く競馬の馬主シミュレーションや魔法のある世界舞台にした魔法使いシミュレーションゲームを得意とする大手ゲーム会社の芽岸のサテライトオフィスに勤務しているとのこと。私はそう感じた。しかし、今日は路線バスでこのシェアハウスに来たという。
朴哲とメイリンのバス代は瀬賀が負担するという条件で、三人は路線バスで退職したゲーム会社職員の中国人が経営する芽岸市の隣町である山井市内のゲーミングカフェに向かった。瀬賀の話によると、この店は朝から夜まで営業しているそうだ。私はメイリンが好みそうな魔法陣の文様が描かれた皿に盛られたロシア料理定食を注文した。ややうつむき加減で話しづらそうにしていたメイリンだが、ドリンクバーのコーヒーを飲むや否ややや饒舌になる。よほど久しぶりの刺激だったのかメイリンは顔を紅潮させ2杯目を飲みだす頃には興奮気味に過去のエピソードを語りはじめた。
「私はとある高校1年生の冬休みにネトゲしながら年越しをしたんですよ。当時はスマホの普及が始まった時代で、オンラインゲームもPCをつかったものが中心でした。ゲーム内の年越しイベントで、ゲーム内の広場に集まってチャットや掲示板で挨拶を交わすんです。すると、ゲームにログインしていないのに突然、見知らぬ人からフレンド申請が来たんです。フレンド申請はゲームにログインしている人だけが送れる仕組みになっているので、ゲームにログインしていないのに送ってくるなんて変だなと思ってその人をブロックしました。それから、しばらくしてその人からフレンド申請が来なくなったんです。私は気にもしなかったんですが、しばらくしてその人のブログを覗いてみたんです。すると、その人はゲームにログインしていなくてもフレンド申請を送ってきた人でした。その人は私がブロックしてからも、ずっとゲームにログインしていないのにフレンド申請を送っていたんです。その人がブログに投稿した内容を覗いてみると、私がゲームにログインしていないのにフレンド申請を送ってきたのがバレたからブロックしたと書いてありました。私はその人のことをストーカーだと思いました。それ以来、その人のブログを見るのをやめました」
メイリンの饒舌は10分少々続いたが、言えば言うほど現在と昔との乖離が脳裏によぎるのだろう。
昼食を食べ終わると瀬賀は「そろそろゲームしましょうか?」と尋ねた。二人は黙って頷いた。三人でゲーセン仕様のパチンコ・パチスロを1時間遊んだ後、彼女は勘定書きを店員に渡し、定食代2000円とゲーム代300円を三人の割り勘で支払った。三人はバス停で15分ぐらい待った後に往路と同じ系統のバスに乗って帰ったシェアハウス近くの停留所走行中に二人は瀬賀と別れた。言いにくいことであるがバスの運転手の運転マナーが悪かった。ベテランの高齢ドライバーからなのであろう。
シェアハウスに着くと間髪入れずに朴哲のスマートフォンが鳴った。私自身を生んだ生みの父親からだ。無料通話アプリのテレビ電話モードでの着信だったので、すぐさま私の自室に駆け込んだ。
「ここ一年間で何か資格とか取ってみた?運転免許でもいいよ?」
「車使う機会が少ないから原付の運転免許すら持てなくてね」
芽岸市は夏や冬は落雷が絡んだ悪天候の日が多く、電車などがダイヤ通りに動かないので自家用車が普及している。
芽岸市は落雷対策設備の設置を推進することにより落雷により大怪我や死人が出るといったことはなくなった。だが、インフラなどのトラブルは現在もしばしば発生しており、芽岸市地域の夏と冬の気象環境は30年前より悪くなっている。朴哲やメイリンのような交通弱者の人々がしわ寄せを受けている厳しい現状がある。経済的な意味での貧困が年々改善している一方で、移動手段の貧困は統計局の巧妙な策で実態が見えないようになっている。二人はそんな現実を知らないようだが。
ふと画面越しの部屋の片隅に目を移すと有名アニメのキャラのポスターが飾られていた。奇妙に思った私は父がトイレに立った隙に観察してみたのだが、有名美少女アニメのポスターのようだ。日常系、それもおそらくキャンプ系のアニメではないかと思い、父に尋ねた。
「20代からアニメオタクをしていたが、バイク乗り女子高校生のキャンプはここ10年でも一番の良作だった。」父の朴鮮明もオタクなので気心は知れてるらしい。
「あのアニメは社会現象になりましたよね。」哲が朗らかな表情で父に話す。
「その調子だ。でも普段はアニオタである事は内緒だぞ?鉄オタのフリをしてくれ。」
父の表情も明るい。「慣れてますから大丈夫ですよ。はははは。」父と私は笑った。
近所の公園に徒歩で行くと去年私をSNSに晒したバイク乗りの女子高校生の二見一葉とその面倒見らしき茶髪の20代の女性である安城鳴海がいた。二人の隣にはそれぞれが所有する特徴が似ている改造バイクを止めていた。どちらも今時滅多に見かけない暴走族・旧車會的なカスタム車両だった。
去年の恨みがあったのか二人は多少気まずい顔をしながら、スマートフォンの麻雀アプリでの対局に誘った。偶然にも4人は同じ麻雀アプリのプレーヤーだった。
麻雀の東風戦が始まった。半荘1回勝負のみを行った。
結果は次の通り。
1位 朴哲(25000点)
2位 一葉(21000点)
3位 鳴海(16000点)
4位 メイリン(11000点)
対局後に4人で電話帳交換を行った後に、一葉と鳴海は去年の例の件以外のことについて朴哲とメイリンとのやり取りを始めた。
「安城さんはどんな所に住んでいるんですか?芽岸市に住んでいるのは分かるんですけど」
「芽岸市の瀬賀駅の近くに実家があるの。ガレージ付きの一戸建てね。ガレージがないととても置けないバイクだし。このバイク見れば察しが付くと思うけど、改造されていて盗難されやすいでしょ。一葉も元ヤンの父のガレージに愛車を入れているし。」
「一葉さんはどんな芽岸市のどんな所に住んでいるんですか?家の種類は?」
「芽岸市の芽岸大学入口駅の近くにある4Kのアパート。築15年だけど72平米の広さ。祖父は2年前にガンで他界して、兄は横瀬の大学通うために引っ越したし、今は私と父と母しか住んでいない。ちなみにバイクは家から歩いて7分の貸しガレージに入れている。」
「ところで、朴哲さんとメイリンちゃんは何か車とかバイクとか持っているの?」
「いや、車バイクない以前に運転免許持っていないんです。仕事も家でやっていますし。」
「あたし魔法の猫だから車やバイクの操縦理解できないもん。パソコンや端末は覚えられるけど。」
「えっ、仕事は家でやってるの?じゃあ二人とも無職ってこと?」
「いやいや、いわゆるリモート勤務できる仕事ってことです。自宅から仕事できるって意味で。」
同じ言語を話し、同じ常識の下で生活を営み、同じ通貨を使いこなす4人でも、それぞれおかれた環境は異なっている。大学を出て以来通勤の経験のない朴哲とメイリン。時代の流れに抗いつつ旧式車両の改造バイクを愛好する集団のリーダーでありながら最先端を体現する企業に働く安城鳴海。貧乏人・不良少女というハンディキャップを抱えつつ高校に通い人生の逆転をかけた難関大学進学を夢見る二見一葉。
午後3時、朴哲とメイリンは公園から改造バイクを押して公道に移動する鳴海と一葉についていき、ヘルメットをかぶってエンジンをかけた後にそれぞれの家に戻る二人を見送った。
家に戻った朴哲とメイリンはYomTwbeの検索欄に「安城鳴海 二見一葉」と検索してみた。
すると、突然スマートフォンが鳴った。安城からの電話だった。
「もしもし、朴哲。今夜バーで夕食取らない?今晩店に来てくれるなら奢るよ」
「分かった。これから行くよ」
夕食前の時間まで、二人は午後の不労所得に関する仕事をパソコンなどで済ませた。ちなみに今日分の損益は12万円の黒字。去年からこれまでの損益は9000万円。
そして、午後6時25分に路線バスに乗り込み、バスに乗っている間はスマホを使って、 ゲームアプリやニュースサイトなどを閲覧していた。スマホ内のICカードの残高不足でもあったのか、スマホゲームのポイントを1500円分チャージした。
6時45分、目的地のバス停に到着。運賃はICカード払いで通常200円だが、短時間に複数回バスに乗ると利用できるチケット割引を使ったので運賃は50円で済んだ。
7時00分頃、バーに到着する。言いづらいが改造バイクが駐車場に駐輪されていた。お店の運営があれだったりするのだろうか。
店内に入ると、奥の方にあるテーブル席には2人用のソファーが置かれていて、そこには2人の男女がいた。
1人は20代前半の女性。髪色は明るい茶髪。瞳の色は青みを帯びた黒。顔立ちはかなり整っている。服装はデニムシャツの上に革製のベストを重ね着していて、下はショートパンツを履いていて黒いストッキングを着用している。足元は茶色いブーツを履いている。
もう1人は20代後半の男性。髪型はウルフカット。瞳の色は黒色。顔立ちは非常に端正だが少し幼さが残っている。身長は高くて体格も良い。服は白い長袖のワイシャツを着てその上に青いパーカーを羽織っていて、下は黒いジーンズ生地のズボンを穿いている。
すると、店内には改造バイクのチームの旗らしき旗とともにメンバーの集合写真が飾られていて、その写真には安城鳴海と二見一葉の姿もあった。疑問に思った朴哲は店員に聞いてみた。
「あの、この店って安城さんっていう人のお店で間違いないですよね?」
すると、店員から意外な言葉が出た。
「―――そうですけど、何か? まるで当たり前のことを聞くような口調だった。」
(何だか嫌な予感しかしねえ)
そして、朴哲は店員に対してあることを尋ねた。
「―――ところで、ここに安城さんいますかね?」
すると店員は答えた。
どうやら、安城鳴海は現在、店の奥にある住居スペースにいるらしい。
それを聞いた二人は店員に案内されながら店の奥へと入っていった。住居スペースに入るとそこには安城鳴海と二見一葉の姿があった。安城と二見はこの店の事情について語ってくれた。
安保曰く、ここのオーナーは安城や二見が所属している旧車會なるディープな改造車・改造バイク同好グループが経営するバーで、この店で働いている店員の多くは旧車會のメンバーなのだそうだ。
ちなみに、お酒を飲むことができない年齢の二見はここでは働いておらず、住居スペースで高校の課題や通信制の予備校の課題を解いていたりした。
二見曰く、自宅ではとてもとまでは言えないが勉強に集中できる環境ではなく、勉強にならないと不満を漏らす。
「私だって家で勉強したいよ。でもアパートがクソで道路の車の交通量が多いから家にいる間ずっと雷が鳴り続けている感じなの。なので安城先輩のご厚意でこの部屋で勉強させてもらっているわけ」
メイリンは、二見にこの旧車會のメンバー人数と年齢構成を聞いてみた。
「ここの改造車や改造バイクの同好会って何人ぐらいいるんですか?」
「今は90人ぐらいだね。でも昔は170人ぐらいいたよ。」
「では、年齢構成はどんな感じですか?」
「年齢はバラバラだけど、だいたい10代後半から40歳くらいかな。」
メイリンが質問を続ける。
「聞きづらいことですが、メンバーはどんな地域に住まわれているのでしょうか?」
「80パーセントが芽岸市内に住んでいるけど、一部は松木市や山井市に住んでいる人もいるよ。ここでアルバイトする人は電車・バスか愛車の車やバイクで出勤にくるのさ。」
「安城さんがこの同好会のメンバーのリーダーなのは知っていますが、彼女はいつこの同好会に入ったのですか?」
「安城先輩は短大を出てすぐに入ったらしいよ。そこを出たのは3年前だね。20歳で卒業したし。今乗っているバイクを手に入れてすぐに入った。安城先輩は3年間、この同好会に入っていて今は総長になっている。」
「この同好会は何年前に結成されたんですか?安城さんは何代目の総長なんですか?」
「確か3代目だね。結成されたのが1992年。最初の総長は本当の元暴走族の総長だった。2代目以降は暴走族経歴のない人がやっている。」
「安城さんと二見さんの愛車は何ですか?」
「安城先輩はHO●DA CB400T。いわゆるバブに乗っています。私はSU●UKI GS400Eです。」
しばらく自身のグループについての紹介を行う二見。すると、安城が登場して旧車會自体の厳しい現状を語った。
「実は若い人の旧車會のなり手がいなくなっているんです。これは暴走族と一緒で、最近若い人のなり手が少なくなってしまったんです。うちらが住む横瀬州では2008年の4月から高校生がバイクに乗るときは免許を取った後の段階からPTAが監視する形となりました。なので今の旧車會には高校生はほんの一握りしかいません。それに高校では交通安全教室で暴走族や旧車會への対処法を教えていますから、それを知ればバイクに乗る人が増えても暴走族や旧車會に入る人が激減しますよね。それに今の横瀬州の若者は旧車會に良いイメージを持っていません。私達だって本当はこんなことはやりたくないんですよ。でも仕方ないじゃないですか。もうそうやって自分達の居場所を守るしかないんだから。ここではもう絶滅危惧種みたいな存在です。」
彼女の発言は横瀬州の警察統計がその根拠を裏付ける。1990年には55団体6610人いた暴走族・旧車會だが、2018年には11団体2010人にまで減少していたのだ。また、横瀬州の教育委員会の統計では、1990年には暴走族ないし旧車會に所属していた高校生の数が200人いたのに対し、2018年に暴走族ないし旧車會に所属していた高校生の数はわずか50人と激減していたのだ。
いずれ横瀬州でも絶滅する旧車會。しかし、なぜ彼女はこの旧車會で活動し続けるのか?朴哲が安城に問うた。
「なぜそれでもこの集団で活動していくことを選んだのですか?何か特別な思いでもあるのでしょうか?」
「確かに旧車會の活動をやめる選択肢もあったわよ。ただ私は旧車會がなくなることだけは嫌だったの。私が旧車會に入った理由は高校時代のエピソードなんだけど、私は別のクラスの同学年の子からいじめを受けていたの。その時私は旧車會のメンバーに助けられて救われたことがあったの。だから私は旧車會に入りたかったの。それに私のクラスメートの中には私を助けてくれた子以外にも旧車會に入って活動している人はいたけど、時代の流れというのもあって、ほとんどの子が高校卒業する前に辞めていく人がほとんどたったの。でも、当時の助けられたエピソードを短大の卒業式が終わって家に帰ってきたときに思い出して、旧車會で活動をしたいと思ったの」
彼女にはかけがえのないエピソードがあり、それがこのグループの責任者として活動することの原動力となっているようだ。
続けて、メイリンが二見にこう問うた。
「二見さんが20歳になった時にはもう、旧車會はないかもしれませんが、二見さんはいつまでここでの活動が続けられると思いますか?」
この問いに二見はこう答えた。
「できれば40歳を過ぎてもまだ活動できたらいいなと思っています。旧車會の活動は楽しいですからね。私が横瀬州の最後の旧車會メンバーになってもいいですよ」
時代に、若者に、そして社会に嫌われ絶滅の時を静かに待たんとする旧車會。そんな団体にいる意義を私は聞くことができた。
バーに戻って私とメイリンはお酒とアメリカ料理を注文した。なれない酒に二人は酔ってしまった。酔いながらも私達は会話を続けた。
私はメイリンに聞いた。
「メイリンには夢があるのか?」 彼女はこう言った。
「あるよ。私の夢はこのグループのみんなと一緒に楽しく過ごすことだもん! その言葉を聞いたとき、私はとても嬉しかった。」
「私にも夢はあるんだ。それは自分の店を出すことなんだ。今はまだ無理だけどいつかは自分の店を持ちたいと思っている。そのために今は貯金して勉強する日々だ。」
「へぇーそうなんだぁ。じゃあ一緒に頑張ろうね! そうだな。お互いに頑張っていこうぜ。」
それから30分後にバーを後にし、記念写真にバーの建物と隣の改造バイクを取った後にバス停に行ってバスに乗り込み、帰路についた。
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