クリスマスソングにうってつけの日

SHOW。

すずめとギター

 青系統の電光飾がこの期間だけ、しみったれた私の地元を無理やり盛り上げる。毎年のように人口は流出と減少を続け、とっくに色褪せてしまった田舎町だけれど、12月のクリスマスとなればちょっと話は変わるらしい。


「……全部の弦が低い、というか緩い、家でチューニングしたはずよね? はぁ……やっぱり真冬の外でギターなんて、最悪のコンディションにしかならないか、もうっ」


 実家近くの最寄り駅と商店街通りを繋ぐアーケードタイルの片隅かたすみ。苛立ちついでにふと、照らされる不自然な光に惑わされて、街並みを眺める。

 既に日が落ちた真冬の夜空。街路樹には努力の結晶と言わんばかりにイルミネーションが燦々と輝き、飲食店の前には立派な白髭をたくわえた赤服のお爺さんの人形が立ち、それを真似たコスプレをする店外売り子の招き声が聴こえる。どうやら甘ったるそうなホールケーキを売っているらしい。

 いつもと違う日常。たまに行き交う、コートに身体を包んで物憂げな社会人の方が聖夜の世界観の前に浮いて、ここぞとばかりに手を繋ぎじゃれつく男女の見苦しいアピールが映える。水を得た魚のようだ。

 なんだこの逆転現象……。


「このギター弦よりも緩そうな人しかいないじゃん。頭とか、下半身とか? まあなんでもいいや。読み通り人はいっぱいいるし、どうでもいいイルミも、ろくなプレゼントを寄越さないクソジジイも、観客とスポットライトと思えばキレイに見えるでしょ」


 間抜けた音を弾きながらぼやく。

 肩慣らしの調整、チューニング。

 カポは……この曲にはいらないか。

 段々と焦げ付いたようなカラーリングの私のテレキャスは、本来の在り方を、くすぶった音色を、取り戻して行く。


「うん、こんなもんか……じゃあぼちぼち始めますかっと——」


 肩掛けを直し、ネックに左手を添える。

 そうして私は、私の武器を構える。

 もちろんナイフとかピストルとかじゃなくて、ただのエレキギターだけど、物理的に鈍器のようなものにはなり得るし……音楽とは常に抗うものだ。

 だから交戦的でも、保守的でも、私だけの音楽性を貫くための武器が必要。それが私の場合、もう恋人と形容しても過言じゃない、このテレキャスのエレキギター。


「——すぅー……なぁ〜らあぁせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええっ!」


 パワーコードと余分な単音が混じった、六弦の鋭利な響き。

 かりそめの夜を刈り取る叫び。

 むちゃくちゃのように見えて、的確な音域と発声チェックを兼ねた、インパクト極振りの情動。


「……なんだ? あの子?」

「うわ……」

「なになに?」


 そこに居る誰も彼もが一度は、何事なにごとかと、とち狂ったヤバいヤツがいるぞと振り返る。ふふん、バカめ、それこそが私の狙いだというのにさ。


「えぇー……ソロギタリスト、名前はすずめ、1曲弾きます、歌います。弾くな歌うなと言われてもそうします、よろしくっ」


 あえて落ち着きを持った声で伝える。

 スタイル、ネーム、エンターテインメント。

 簡単な説明に私の音楽性が詰まっている。

 ひいては、弓削ゆげ すずめの持てる全て。


 重く嵩張かさばる下地の音程。

 声色の緩急は気持ちに問い掛けるもの。

 インパクト、クールビューティー。

 クリスマス模様に真正面から抵抗する。


「とぅん、とぅん、とぅん、とぅん——」


 口ずさむメトロノームのテンポ。

 私だけの拍数を刻んだBPM。

 これが始まりの合図。

 今日がクリスマスであることを疑う前兆。


「——いくよっ!」


 さっきまでの衝撃重視のコード弾きとは打って変わり、いくつもの単音を円滑に、なだらかに積み重なり、高低差が織り成す心地良いリフレインの旋律となる。


 私の身体に、指先に染み付いた律動。

 1弦から4弦へと上下に飛び越えたりしながら、更に慌ただしくなる運指。ここは正確にかつ、拍数通りに弾かないといけない。


 じゃないと、みんなの気持ちがすぐに離れてしまう。音楽とは欲しがりさんだ。つまらない音色を奏続けると、どこか別の癒しにほうける。まあこのリスキーさが堪らないんだけどね。


 リフには周期性がある。

 始まって、終わって、また始まる。

 このサイクルにみんなが飽きずについて来てくれるか、悪い言い方をするなら中毒に陥ってくれるかで没入感が異なる。


「うん、悪くない——」


 つまり私の主体性に迷うか否か。

 ギターリフに世界を見出してくれるか。

 これはみんなとの勝負。

 そしてめちゃくちゃ遠回しの対話。


 自信ならある。何度も何度も試行錯誤を重ねたんだ。無いと言っちゃうほうが失礼だ。テクニックに驕らず、名曲のコピーで甘んじず、徹底的にソリストの研鑽をして立っている。


 だけどそもそも、ギターの音なんてよく分からないという人も居る。

 常用言語の違いのように、ギターの弾き語りには知る人ぞ知る要素が確かにある。意思疎通の手段として万能とは言えないと思う。直接話すわけじゃないし、仕方ないことなんだとも思う。でも私、ソロギタリストだけど、弾くだけとは言ってないよね? ロックって、色んな伝え方があるものなんだよ。


『——吐き出せない妄言は、日々の苦労ですら、吐露出来ないだろ。仮にその機会が訪れたって、誰かにもう監視されている。

 抜け出せない切迫感、機微の違いですら、興味もないだろ。稀にこの居場所取られたって、静かにすぐ無視するだけだよな——』


 譜面上での切り替わりのタイミング。

 私は緊張を誰にも悟られないように歌う。

 うん、今日は少し調子が良いみたいだ。

 あの大声でみんなの気を引こうとしたおかげもあるかな。

 変わらずギターは的確に掻き鳴らす。

 今度は音色のベースが分かりやすいよう。


 メジャーとマイナーの交錯。

 アップテンポに乗せた単語。

 ときおり混ぜるアルペジオ。

 起伏と展望がイルミネーションを小粒にする。誰一人の招き声も、ドン引きの悲鳴も寄せ付けない、私だけのステージ。


『——あーもう……退屈で良いんだが……。

 休ませてくれよ寒空。触れるたびに痛いの分かって貰えないから。ああー無意味な、共感性嗜好、交流事故の元。

 悶え妄想の逃避に、独り言は世間が毛嫌いするものだよ。だっておかしな、挙動がもう、吐き捨てた唾——』


 冬空の聖夜。装飾もそれなりに色鮮やか。

 ちょっと幻想的とも言えなくもない。

 まさに、クリスマスソングにピッタリだ。

 寧ろ、うってつけの日ですらある。


『——情けないよねこんなの、だけど疲れるんだよ理解者のふり。揺れ震え戦慄わななく時間が欲しい……自分が素直であるために……』


 夢半ばのストーリーが止まる。

 歌詞は唐突に、意味深にぶった斬る。

 まるで鋭利な武器を振るったように。


 いつもと違って見える街並み。

 クリスマスに飲み込まれた田舎町。

 ただ皮肉なことに、音楽だけは日常への不平不満がてんこ盛りな歌と、仄暗いギターの奏音がしばらく響き渡っていた。


「——あ、ありがとうございました……」


 私の歌声とギターの音が止まる。

 この静寂はとても苦手だ。

 評価を促しているような気分になる。

 だから私は曲調とは正反対の、行儀の良い一例だけして、そそくさと撤収作業に入る。

 そもそもちゃんと場所の許可も取ってなかったし、下手すると警察から補導とかされかねないし、長居すると色々と面倒だ。


「あ……うん」


 私はケースにしまう直前、なんとなく6弦に触れ、Eのコード、ミの最低音を鳴らす。クリスマスとは何にも関係のない音。

 なんで、こんなことをしたんだろう。

 自分でも、よく分かっていない。

 だけどその音色は、知らず知らずのうちに心休まるベースになってくれる。

 締まりのない、弛緩した共鳴。

 背後の手拍子には、一生慣れそうにない。

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