第31話 旧友との再会は
生まれて初めて自転車に乗った日の事は、かすかに覚えている。
補助輪付きの小さな自転車を必死に漕いでも、三輪車に毛の生えた程度のスピードしか出なかった。
それでもなんだか嬉しくて、楽しくて。
時が経って、補助輪無しで自由に運転出来るようになった時は……なんとも言えない達成感と充足感を覚えたものだった。
「おおっ!」
駆ける。どこまでも駆けていく。
広大な草原を、晴天の空の下で。
手にしたばかりの愛馬の鞍上で手綱を握り、揺れを感じながら……
「ひゃぁ~!? 速すぎますぅ~!?」
俺の後ろで、腰にしがみついているピィが目を回しながら叫ぶ。
しかし、彼女には悪いと思いつつも……俺はこの爽快感には抗えない。
「いいぞ!! でも、お前はまだこんなものじゃないよな?」
「ひひっ! ひひひひん!」
俺の問いかけに、「ええ、当然でしょう?」と言いたげな鳴き声で答えてくれる。
そんな彼女に、俺が与えた名前は――
「よし! カルチュアとディープを追い抜くぞ! いいな、クイン!!」
「ひひーん!!」
女王のような気高さを持つ彼女に相応しいとして、俺が付けた名前……クイン。
ピィからは「またしても安直ですね」と言われ、ルディスからは「結局アタシの名付けが最強なわけね」とドヤられたりしたが。
当のクイン本馬が嫌がっていないので、結局はこう決まった。
「プリンセス……ってよりは、クイーンだもんな。いつか産まれるかもしれない、お前の娘はプリンセスになるかもしれないけど」
「ひひーん、ひひひん!」
「ああ、悪い。それはまた未来の話だな」
こうして鞍に跨っているだけで、俺はクインの考えている事が分かる。
何をすればもっとスピードが出るのか、振り落とされずに済むのか。
そういった事がスキルのおかげで瞬時に脳裏に浮かび、体が勝手に動き出す。
「リュート!! 貴様、本当に乗馬は初めてなのか!?」
俺達に追い付かれたカルチュアが、冷や汗混じりの顔でこちらを見る。
「まさか我らのコンビを抜き去る者がいるとは……!」
「そりゃそうだ。俺とクインはどっちも【一流】だからな」
並びかけたディープを、遂に抜き去るクイン。
英雄のように雄々しく駆ける馬を、一陣の風と共に撫で切っていく。
「ヒヒーン!!」
勝鬨にも似た嘶きが……見晴らしのいい草原へと響き渡る。
「め~~~~が~~~~ま~~~~わ~~~~りゅ~~~~!?」
ついでに、ピィの必死な絶叫も。
【数時間後】
「ここが……決戦場所か」
クインに跨って走り続けること、数時間近く。
俺達が到着したのは、だだっ広い草原の真ん中に建てられた砦であった。
「ああ、魔女の印を宿した者はこの砦で保護される。そして魔女が復活した後に、この砦の兵力と【八神使】によって討伐を狙う」
「この草原ならどれだけ暴れても、被害は出ないし。街が遠いから、吸精の心配も要らないってわけか……」
「そうなるな。結局のところ、街から魔女を引き離す為だけの場所だ」
砦の前まで進むと、閉ざされていた門がゆっくりと開いていく。
俺とカルチュアはそれを見て、同時に馬から降りる。
「うぉぇ、きもぢわるいでずぅ」
「だ、大丈夫かピィ?」
俺はピィを抱きかかえるようにして、クインの背中から下ろす。
「はい……お気になさらず」
「悪い、調子に乗り過ぎちまったな。ルディスはどうだ?」
『じぇ、じぇんじぇんへいきらけろ……? うぉえ』
「……マジでごめん」
「ひひん?」
あら、私何かやっちゃった? みたいな感じで首を傾げるクイン。
いやいや、お前は本当にいい走りをしてくれたよ。
「カルチュア様! この度はご足労頂き、誠にありがとうございます!」
そんなやり取りをしていると、城門の中から数人の兵士達がやってくる。
「リュート。馬は兵士達に馬房に運んでもらおう」
「分かった。クイン、また今度な」
「……ひひん」
別れの言葉を告げると、クインは俺の頬に鼻筋をスリスリと押し当ててきた。
そんな彼女の頬をひと撫でしてから、俺は駆け寄ってきた兵士に手綱を託す。
「丁重に扱ってくれ」
「は、はぁ……?」
俺の頭上を見て、レベルを確認したのだろう。
兵士は不愉快そうな態度を隠そうともしない。
「おい。その男は我に勝った男……そして、今回我に変わって魔女を討伐する者だぞ」
「えっ!? こんな冴えない男が!?」
「……冴えなくて悪かったな」
「い、いえ!! 失礼しました!!」
兵士は慌てた様子でクインを引き連れて行こうとするが……
「ひひん!」
「ぎゃー!?」
その背中を踏みつけて、クインは自分で馬房の方へと向かって行ってしまった。
俺をバカにされて怒ってくれたのだろうか。
「魔女復活が予想される満月まで残り5日。依代は無事、保護できているのか?」
「はい。しかし、それがですね……」
「なんだ?」
「かなりクセが強い者でして。好き勝手に暴れていて困っているんです」
「……自分の死期がすぐそこに迫っているのだ。錯乱してしまうも仕方あるまい」
たしかに現状、吸精の魔女の依代になった時点で助かる道は無い。
だから自暴自棄になって暴れる者だっているだろう。
「いえ、そういう感じではなくて……なんといいますか」
「ハッキリしないヤツだ。報告は迅速で正確に……」
「カ~~~~ル~~~~チュ~~~~ア~~~~!!」
「「「!!」」」
突如として発せられた大声。
俺達が咄嗟に声のした方向を見上げると、そこには1つの影。
「喰らうっすよぉーっ!!」
「っ!!」
カルチュアの頭上に迫った影が、二本の武器……トンファーであろうか。
それを振り下ろすものの、カルチュアはギリギリでそれを回避した。
「およ? 不意打ち失敗っすねぇ」
ぴょこん。ぴょこぴょこ。
襲撃者の頭上で動く猫耳。にょろにょろと蠢く尻尾。
どこかで見覚えのある顔、聞き覚えのある声……
「き、貴様っ!! カルチュア王女になんという真似を!!」
武器を抜いて、兵士達は襲撃者を取り囲もうとする。
しかしそれを、他ならぬカルチュア自身が制止した。
「やめろ。武器を下ろせ」
「しかし!!」
「この者は古い友人だからな」
「「「!?」」」
「にゃははー! カルチュア、久しぶりっすねー」
猫耳少女はトンファーを納めると、笑顔でカルチュアに近付く。
「それはこちらの台詞だ、メルディ。それに貴様、腕が鈍ったんじゃないか?」
「うへぇー。痛いところを突くっすねぇ」
「メルディ……あっ」
二人の会話を聞いていて、俺はようやく思い出す。
たしかこの猫耳少女、前に武器屋で遭遇した子じゃないか。
『メルディ……ですって?』
「ん? お前も知っているのか?」
『メルディ……ルディ……名前がアタシと被ってるじゃないの!!』
「おお、そういえばそうだな」
※ ガチでさっき気付きました さーせんフヒヒ
「おんやぁ? もしかして、ルディスという名前はあの人の影響を受けているだけなのではぁ? ちっともこだわっていないのではぁ?」
『はぁぁぁぁ!? バルディッシュとアックスから取ったって言っていたでしょ!!』
ここぞとばかりに名付けマウントを取ろうとするピィと、ブチ切れるルディス。
これ、俺が悪いのかな?
「うーん? なんか騒がし……あっ! ああああああっ!!」
「げっ」
「お兄さん! なぜここに……? 生きていたんすか? まさか自力で生存を……!?」
俺の顔を見た瞬間、瞳を煌めかせるメルディ。
彼女は両手を上げながらこちらに駆け寄ろうとするも、行く手をカルチュアに阻まれる。
「待て。貴様はリュートと知り合いなのか?」
「知り合いも何も!! お兄さんとは永遠の絆(仲間)を誓い合った仲っすから!」
「なんだとぉ!?」
『なんですって!?』
「マスター!?」
「いやいやいや!! 嘘だから!! そんな覚えないから!!」
「にゃーん! とにかく、生きていて良かったすよ。私のお兄さ……ウッ!?」
メリッ。
メルディの腹部にめり込むカルチュアの拳。
「彼は……お前のモノではない……」
「お、お兄さん……ガクッ」
俺に抱きついてこようとしたメルディは、カルチュアの腹パンでノックアウト。
「やれやれ、コイツは昔から思い込みが激しいヤツでな。どうせリュートとの件も、半ば妄想か何かだろう」
カルチュアは倒れたメルディを抱え上げようと、その手を握る。
しかしそこで何かに気付いたように、ハッと目を見開く。
「……そう、か。なぜここにメルディがいるのか、その疑問は解けた」
彼女はそう言いながら、握っていたメルディの手をこちらに見せてきた。
「!!」
そこには黒い光を放つ、不気味な紋章が浮かび上がっている。
「……これも、インポティア様からの試練なのかもしれないな。まさか、我の友人の一人を……魔女の依代に選ぶとはな」
そう呟いたカルチュアの頬には、一筋の涙がこぼれ落ちていた
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