第11話 まるで姉妹のように
「ぶぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ピィ、落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから」
俺の腰にしがみつきながら、大洪水のように涙を流すピィ。
女の子が泣いている状況に慣れているはずもない俺は、どうすればいいか分からずにオロオロするしかない。
「ひっく、ひっく……ずびびびびっ!」
「名前の事が気になったなら謝るよ。俺のセンスが無いばっかりに」
俺は手に持っていたルディスの柄を地面に突き刺して固定すると、ピィに向き直る。
「……ごべんなざい。わだじがわがままいっでいるのばわがっでるんでず」
「ピィは悪くないよ。ただ、これだけは分かって欲しい」
俺はピィと自分の目線が同じ高さになるように、彼女を抱きかかえる。
「他のどんな存在よりも、俺はピィを大切に思ってる。この10年間、俺の生き甲斐はお前と一緒にあったんだから」
「まずだぁ……」
「ピィは俺の宝物だ。それじゃあ駄目か?」
偽らない、俺の本心を伝える。
するとピィは涙でぐしょぐしょの顔から、パァッと明るい笑みへと表情を変えた。
「はいっ!」
「良かった。分かってもらえて嬉しいよ」
可愛い女の子はやはり、笑っているのが一番だ。
これからは彼女を泣かせたりしないよう、気をつけていこう。
『……ふん。面倒な女ね、アンタ』
「くっ……新入りの分際で生意気ですね。ですが、私は寛大なので貴方の失礼な態度は見逃してあげる事にしますよ」
すっかり機嫌を直したピィは、ルディスからの挑発を難なく受け止める。
むしろ自信たっぷりの表情で、どーんと胸を張っているほどだ。
「残念でした! 私はこうしてマスターと触れ合い、愛を深める事が出来るんです!」
『……』
「貴重なPを2万も消費して体を与えてくださるなんて、マスターは本当に私の事を愛して……!」
『くだらないわね』
「はーん? 強がりですかぁ? たかが武器の分際で、マスターの正ヒロインであるこの私に勝てるとでもお思いですかぁ?」
『……一体いつから、私をただの武器だと勘違いしていたのかしら?』
「え」
『最初に言ったでしょ? 私をわざわざ持ち運ぶ必要なんて無いって。その意味が……まだ分からないなんて』
ルディスがそう言った瞬間、斧全体がピカーンと発光していく。
そして白い光の塊となったルディスは、ぐにょぐにょとその体を変形させていき……
「ふぅ……どう? これで理解出来たかしら?」
「「!!」」
光が晴れた場所に立っていたのは、一人の美少女。
ピィとは対照的な黒い長髪に赤いメッシュが入った髪型。
顔立ちから外見年齢はピィと同じくらいだと思われるが……特筆すべきは、その体付きだろう。
黒いゴシックドレスの上からでもハッキリと形が分かるほどに、その存在を圧倒的に主張する大きな胸。
ピィも年齢の割に大きい方ではあるが、その比ではない……!
「ちょっと、どこを見ているのよ。全く、これだから男ってのは……」
「あ、ごめん」
俺は何をやっているんだ。
こんなの完全にセクハラじゃないか……!
「別に、謝るほどじゃないわよ。アンタはアタシの担い手なんだから、この体を好きにする権利があるわけだし。触りたければ触れば?」
「いやいやいや! そんな事はしないよ!!」
「……あっそ」
ツーンと顔を背けるルディス。
愛嬌のある可愛さを持つピィとは違って、彼女はどちらかといえば綺麗系の美少女だな。
「なんで……!? どうして貴方が擬人化しているんですか!?」
「知らないわよ。インポティアが特典で付けてくれたんでしょ?」
「インポティア様が……? あっ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「ど、どうしたんだピィ!?」
「いやあああああああああああああああああああああああああああああ!!! アックス擬人化のスキルが勝手に付いていますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!! しかも消費が0Pだなんてええええええええええええええええっ!!」
俺のステータスを確認し、ルディスの言葉に嘘が無い事を知ったのか。
ピィは両手で頭を抱えながら大絶叫している。
「アンタ、2万Pも担い手に使わせたの? とんだ重たい女ね」
「……ぷっつーん。はい、キレましたよ。流石の私もこれには激おこ冷凍食品全品ポイント2倍キャンペーンですよ。怒りの水曜日じゃゴルァァァァァァ!!」
ブチギレてルディスにツッコもうとするピィ。
しかし俺はそんな彼女を片手で制して止める。
「マスター!?」
「アハハハ、止められちゃってるじゃない。やっぱり担い手も、アンタみたいなのよりアタシの方が……」
パチン。
「……ふぇ?」
俺に叩かれて、ほんのり紅くなった頬を抑えながら……ルディスが俺を見上げる。
「さっきも言っただろ。ピィは俺の宝物だ。ピィを悪く言う奴は、誰であろうと絶対に許さない」
「あ、え……?」
「もしもお前が態度を改めないのなら、俺は君を連れていくつもりはないよ」
「っ……!」
じんわりと目尻に涙を溜めて、わなわなと口を震わせるルディス。
一方のピィはというと……
「ますたぁ……♡ しゅきです♡ しゅきしゅきしゅきしゅき♡」
両目を♡にしながら俺に抱きついてきて、なぜかヘコヘコと腰を動かしている。
その動きはどちらかというと男がするものだと思うんだけど。
「……わ、悪かったわよ。謝るから、そんな怖い顔しないでよぉ」
「俺じゃなくて……ピィに謝ってくれ」
「……ごめん」
「しゅきしゅきしゅきしゅきしゅき♡ ハァハァハァハァハァハァハァ♡」
「せっかくアタシが謝ってあげてるんだから!! ちゃんと聞きなさいよ!!」
俺への求愛行動?で忙しいピィに、ルディスの謝罪は届いていないようだ。
まぁ、本人が反省しているのならこれ以上はもういいだろう。
「もういいよルディス。それと俺の方こそ、いきなり叩いて悪かった」
「……ねぇ」
「うん?」
「アタシもいつか……この子みたいにアンタの宝物になれる?」
「ああ。きっとなれるさ」
「ん……じゃあ、この痛みは一生忘れてあげない」
トテトテトテ。
ルディスは俺の後ろに回り込むと、背中にむにゅっと抱きついて来た。
「……暫くの間は、そのカードに前を譲ってあげる。でも、いつか絶対に……担い手の一番の座を奪い取ってやるんだから」
「ふふふふ、無理な話だと思いますけどね」
「せいぜい余裕ぶっていなさいよ。アタシは使えるものはなんでも使って、欲しいものは手に入れるつもりだから」
そう言いながら、俺の背中に押し当てている胸をゆさゆさと揺らし、さらなる刺激を俺に与えてくるルディス。
それを見たピィのこめかみには青筋が浮かんでいる。
「「ふふふふふっ……」」
俺の体を挟んで目を合わせ、バチバチバチと火花を散らす二人。
何はともあれ、これで仲良しになれた……のかなぁ?
【大都市ガストラ】
新たにルディスという仲間を加え、賑やかさを増した俺達パーティーはようやく、武道大会が開催されるガストラへと到着した。
「ここがガストラか……」
「マスター。あそこに見えるのが闘技場でしょうか」
「へぇ? アタシと担い手の伝説を始めるのに相応しい立派な闘技場ね」
二人が注目しているのは、街の中心部に雄々しくそびえる円形の闘技場。
いわゆるコロッセウムとか呼ばれる形状のアレだ。
「よし、まずはあそこで参加受付をしに行こう」
人の通りが激しいので、俺は右手と左手でそれぞれピィとルディスの手を握る。
これはとても本人には言えないが、正直ルディスに触れるのはまだ抵抗があるので……ほんのちょっと控えめに指先だけ。
「……ふん」
むぎゅぅ。
気が付くとルディスが俺の指に自分の指を絡めて、恋人繋ぎのように手を握っていた。どうやら俺の考えは見透かされていたようだ。
【闘技場 受付】
「ようこそ! 第100回ガストラ武道大会の会場へ!」
多くの参加者達で溢れかえる闘技場。
その受付に到着した俺達を出迎えたのは、笑顔の素敵なお姉さん。
「参加登録したいんですけど」
「参加をご希望されるのは貴方だけでよろしいですか?」
「はい。この子達は付き添いみたいなもので」
「……」
そこまで話すと、受付嬢は俺の頭上へ目線を向ける。
どうやら俺のレベルを確認しているらしい。
「大変申し訳ないのですが、レベル0の方のご参加は……」
やはりというべきか。
レベル0の俺に参加資格は与えられないと言ってくる受付嬢。
しかし彼女は悪くない。常識的に考えれば、当たり前の事だ。
「どうしましょうかマスター」
「面倒だし、ここらにいる連中を全員片っ端からぶっ倒していけば? そうすれば担い手の強さが分かるでしょ」
「……騒ぎを起こすのも面倒だし。ここはちょっと、色仕掛けでいってみようか」
転生前の俺からはとても考えられない一言。
だけど実際、今の俺には3000を超える【魅力】というステータスがある。
これを利用しない手は無いだろう。
「すみません、ちょっとこれを見て貰えますか?」
「え?」
俺は受付嬢に顔を近付けると、顔の下半分を隠していたマフラーをズラしてみせる。
すると付嬢は一瞬にして顔をカァッと紅く染め上げていく。
「はぅぁ!? はぁん……!! きゅーん♡」
「どうしても参加したいんですけど、駄目ですか?」
「だ、だめじゃないれふ……」
「じゃあ、参加登録をお願いしますね」
「は、はひっ……この書類に、しゃ、しゃいんを……」
「ありがとうございます」
最後に精一杯の笑顔を見せると、受付嬢はビックーンと体を跳ねさせて、体をガクガクガクと揺らしてだらしなく口を半開きにした。
「お、おっほぉ……イク……マジでイクぅ……タイプ男子の笑顔キメちゃぅ……」
ヨダレを垂らして痙攣する受付嬢に恐怖を覚えながらも、俺はサラサラと書類に必要事項を記入する。
それから急いでその場を離れると、後ろについてきたピィ達から。
「マスター……女の敵ですね」
「その手段を選ばない非道な感じ、アタシは嫌いじゃないわよ」
「……ピィ、ごめん。」
「あ、いえ! 私も責めているわけじゃないんですよ! ただやっぱり、他の女がマスターに色目を使うのが……」
「担い手も大変ねぇ。アタシはちゃんと理解してあげてるわ」
「むきぃーっ!! そうやって自分のポイント稼ぎをしないでください!!」
「あら、ちまちまポイントを貯めるのはアンタの得意分野でしょ」
「ふんがぁーっ!!」
「何よやる気!?」
取っ組み合いの喧嘩を始める二人を見て、俺は思わず吹き出す。
まだ完全に仲良しというわけじゃないけど、これはこれで姉妹のような関係で良い。
「こらこら、暴れるんじゃない」
髪の毛を引っ張り合う美少女二人を引き剥がしながら、俺はそう思うのだった。
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