究極のフュージョン! 超天皇陛下
中村は腕輪になった人間である。
そのため、無くすと本格的に見つからない。
盗まれても最悪だ。
なので、紫山は基本的に肌身離していないし、誰かに預ける時はちゃんと信用できる人間を選んでいる。
たとえば、イリスエイル・プラネッタなどがそれにあたる。
揺れる馬車の中、腕輪と一対一で楽しげに話しているイリスを、メル姫が興味深そうに眺めていた。
『オレ、天皇になるよ』
「てんのーとは一体……?」
『この世で一番偉い男……だな。異世界なら勝手に名乗ってもいい気がした』
「ええ~? じゃあ天皇に相応しいのおにーちゃんくらいじゃない?」
『なんだとぉ……』
「でもなりたいものになろうとして、なれるのは偉いと思うよ。うん」
『サンキュー。じゃあとりあえず暫定天皇陛下ってことで』
「じゃあおにーちゃんも暫定超天皇陛下ってことでいいよねー」
『雑に超を付けてオレの上に置こうとするんじゃねえ……オレはもっとカジュアルに天皇になれる世の中にしてえんだ。さしあたっては天皇の第一義務として、
「へー! やってみてよ」
『うむ、水明のメンタル分析は完了した。今のオレなら完璧な助言をお前に行える。飴と鞭、脅迫と称賛を使いこなせ、プラネッタ。やつの過去の心の傷の痛みを引き出し、そこから痛みを癒やした恩人となって愛される女になれ……』
「くたばれ」
『急に口悪くなるな! なんでだよ!』
「おにーちゃんの自然な幸福が損なわれるから」
『お前軽めの女に見えてナチュラルに重さおかしいよな。一つ下の階級に挑戦するために重さ誤魔化してるボクサーかよ、発言のパンチの重さが狂ってんだよ』
二人の会話を眺めているだけで、姫様はなんだか楽しそうだ。
『天皇の権利を行使する。さしあたっては……』
「超天皇ミナアキの代理人のイリスです。このたびは天皇おじちゃんの権利の全てを剥奪しに来ました」
『大富豪の革命じゃねえんだからよ! 一気に没落させようとさせんのやめろ!』
「というかナカムラおじちゃんが偉そうにしても誰もついてこなくない?」
『なんだこの雑魚乳首うるせえな。乳首は雑魚なのに口は強者気取りか?』
「は? おじちゃん知らないでしょ。適当なこと言わないで。おにーちゃんでもないくせに、そのへん気軽に分かった風になってほしくないな」
『いや、これは確かな事実だ。お前が乳首にどれだけ自信を持っていてもお前の乳首は雑魚。弱すぎてもはや語るに値しない』
「雑魚じゃないもん!」
『どうせ遅かれ早かれ分かる! お前はエロして生き残るかエロされて死ぬかしかねえんだからな! オタク型竿役が社会的弱者ならお前は乳首的弱者!』
「きー!」
ぷっ、と笑い声が漏れる。
イリスと中村がそちらに顔を向けると、メル姫が口元を抑え、必死に笑い声を上げるのを止めようとしている。
可愛らしく上品な姫の所作で、空気がほんわかした。
「ふふふっ。んっ。申し訳ありません、品のない笑いをお見せするところでした」
「『 いいっていいって 』」
「それにしても王族の前で世界で一番偉い人間が誰かの話なんて勇気がありますね。ね。そう思いませんか?」
「『 …… 』」
「ないしょ、ないしょですよ? ふふっ」
「はい」
『ウス』
「ん。ところで、質問なのですけれど……テンノウというのはそんなに偉い役職なのですか?」
『おう。王よりも偉く、ニートが安易に憧れる、激務の塊よ。まぁ俺は下僕をこき使い働かない天皇になるが』
「わぁ、私達より偉くて私達より何もしないのですか! 権益を一切求めないのであれば好きに名乗っていていいですよ。よ。認可はしませんけど」
『……』
「おじちゃん、本物の権力者が出張ってきたら黙るのダサいよ」
『うるせえ』
そんな三人を、"不敬がないか"と、横目でセレナがチラチラと見ている。
命がけの戦場を共にし、命を救った恩義で繋がった彼らの間には、『戦友』と評するのが最も正しい、不思議な一体感があった。
セレナと紫山はイリスと中村がふざけている横で、真面目に後の話をしている。
「あと一時間ほどで王都です。その後は一旦別れ、後に合流するということでいいのでしょうか、ミナアキ殿」
「ああ。イリスが合流した時点で俺達が急ぐ理由は無くなったからね。なら許せないのは形状記憶スライムなんてものを復活させようとしてるやつだ。今は君達に全面的に協力したい。黒幕を倒すまで、俺は君達の力になりたいんだ」
「……ありがとうございます。その正義感、その志が、ほんの一部でも我が騎士団員にもあれば……」
「そんなに怠惰なのかい?」
「あっ……い、いえ、何もありません。王家直属の騎士団について外部で悪評を流すなど、自分には、とても」
「……なるほど。君も大変だね。大丈夫、言い触らしたりはしないよ」
「いえ……それほどでは。あんがと……ありがとうございます」
ふっ、と気が抜けて、セレナが失言をして。
失言を分かった上で、"組織人として所属組織の悪口は言えないのだ"という部分を察し、セレナの意を汲んだ言葉を紫山が言い。
そういった部分がセレナの心の緊張を緩ませて、彼に心を開かせて、友達と話すような気分を引き出して、それがまたセレナから失言を引き出す。
ちょっと愉快なループが起きがちな二人だった。
セレナは、大きく咳払いをする。
「その……これは忠告、いえ、余計なお世話と受け取られるかもしれません。申し訳無いのですが、耳を貸していただければ」
「前置きがいきなりパワーあるね。なんだろうか?」
「役に立っているのは分かりますが、あの腕輪捨てた方が良いと思います」
「おっ……直球だね……」
「あれが貴方の評価にマイナスを与える可能性があります。懸念材料です」
「うーん、中村がそういう評価をされるのは分かるんだけどね」
紫山は頬杖をつき、100点の笑顔(採点者女神)で微笑む。
セレナは女神が思ってるほどこの笑顔が高得点でなかったようだが、紫山がセレナに向ける笑顔は、彼が握手会で子供に向ける笑顔や、運動会の前に頑張っている子供の笑顔に似ていて、セレナの『忠告しようとする棘』が、どんどん萎えていくのが目に見えた。
善意からの忠告であれば、紫山水明が無下にすることはない。
「彼のキャラが立ちすぎて全然座ってない感じ、割と俺は嫌いじゃないんだ」
「斬新な表現ですね……お気持ちは分かりました。今は説得を諦めます」
「今は?」
「切り捨てられない身内に迷惑をかけられる人を、自分は放っておけません。ただ、それだけです」
「……そっか」
複雑そうな顔で、紫山は苦笑した。
うん。
ちょっと引くくらい中村さんの策略が刺さってるんですよね。
紫山さんの気持ち、分かります。
あ。こほん。
馬車が王都の前で止まったのを、馬車に乗っていた多くの者が認識した。
「王都に到着したみたいですね。降りましょう」
「ああ。中村、こっちに」
『超天皇陛下! 命令すかね? あ、勅令だっけ』
「君な……」
「ミナアキ殿。この腕輪、おそらく喋ってるものの何も考えてませんよ」
「知ってる」
『クソッ、生意気女が……テメエが原作でアナル快楽落ちしたCGの枚数を数えてやろうか? 片手の指で……数え切れると思うなよ?』
「ほら、何も考えてませんよ」
「知ってる」
悪い人ではないんですけど、女の子への煽りに下ネタを意図的に選んであるあたりまあまあ最低なんですよね。
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