えろえろ見切り三國無双

 策が無くなったイロセは、とにかく流れを変えるために、近場に居たイリスに飛びかかり、握った拳の『強撃破』で叩き潰さんとする。


 それを、何気なくイリスがかわし。


 何気なく、イリスは『強撃破』を返し、魔族の身体を吹っ飛ばす。


 信じられないものを見るような目で、イロセはイリスエイルを見ていた。


「ケケケ……夢でも見てんのか? いや、おかしいおかしいおかしい」


「ううん、打撃じゃ真似してもあんま通じないか……むつかしーなー」


 何気ない回避。

 何気ない迎撃。

 何気ない模倣。

 だが元の使い手だからこそ、そこに宿った"ありえなさ"に気付いてしまう。


 イリスは、イロセの攻撃を見て覚え、見てかわし、見て真似した。

 本当に、何気なく。


「なんで、当たんねえんだ……? なんで、もう通じなくなってんだ……? なんで、お前がこっちの技使ってんだ……?」


 今の何気ないイリスの動きこそが、今日の戦いで、最もありえないものだった。


『イリスクロニクルには、初心者救済用のシステムがいくつかある。ライトなエロだけ楽しみたいユーザー、ゲームとしてもがっつり楽しみたいユーザー。その両方の需要を満たそうと挑戦したのが、イリスクロニクルというゲームだからだ』


「は?」


『1にはなかった。2から搭載された。"見切り"機能だ。これはメニュー画面からいつでもオンオフを設定できる。こいつがオンになってる時、プラネッタは敵の攻撃を見切る。簡易な攻撃なら数回で、そうでなければ十数回で。段階的に見切って、攻撃を無力化する。強い敵にもいつかは勝てる。エロ攻撃嵌めしてくる敵にもいつかは勝てる。んで、規定回数見切った攻撃は、プラネッタのスキルスロットに追加される』


 イリスの固有スキル、『見切り』。

 見切った全ての攻撃を無効化し、それを己のものとできる。

 後にこれは、エロスキルも収集できる上、娼館イベントなどでも使えるため、スキルコレクションというやりこみ要素に昇華されたという。


 敵が使った炎スキルも片手剣で再現できる。

 ビーム弾攻撃も片手剣で再現できる。

 えっちな敵と戦いまくれば、イリスもそういうスキルを揃えてえっちになる。

 狙えば格闘の達人にだって、剣で魔法を使う魔導師にもなれる。

 イリスはプレイヤー次第で、無限の可能性を秘める『ゲーム主人公』なのだ。


 "ボリュームのあるゲームをプレイしてクリアするのが面倒臭い"という理由で、エロ回想シーンが全て開放されているセーブデータをクレクレする不届き者が昔は多かったそうだが、このシステムがきっかけでそういったユーザー層の何割かが通常プレイ層に戻ったのだとか。


 見切りオン状態のイリスは見切り状態専用の特殊演出もあって強く、格好良く、凛々しく、キャラ単品の人気が跳ね上がるだけでなく、エロシーンの味わいも深くした……らしい。


よな。お前もそう思わないか?』


「そ……そんな……バカ……な」


『ゲームの仕様と比べりゃあ、流石に明確に弱いな、現実のプラネッタの見切りの仕様は。魔王相手だと苦戦しそうだ』


「う……うおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 16本の触手が迫る。


 イリス一人に向かって。


「うん、おっけ。コツは掴んだ」


 ひらひらと、ひらひらと、蝶のようにイリスはそれをかわす。


 茶色いブーツが地面を叩いて、修道女を思わせる白地に赤線のローブがひらひらと揺れ、亜麻色のポニーテールにさえ触手はかすることもない。


 綺麗で、可憐で、悠々と、無垢に少女は舞うように、回避する。


「どう? おにーちゃん! 密かにずっと特訓してたんだよ! こんな頼りになる子が、おにーちゃんが認めるだけで仲間になってくれるんだけどなー!」


『あ……アピールしてやがる……そんなに連れて行ってほしかったのか……』


「……ああ、もう」


 正直、私は心情的にはイリスちゃんの方の味方ですよ。

 危ないのは、分かりますけど。


「バカにすんじゃねえええええええええええ!!!!」


 激怒したイロセが、力を高める。

 領域が、闇に染まっている。

 魔族としての異界科条、その発露。

 世界そのものを塗り潰す侵食だ。

 塗り潰した部分的な世界の後押しを受け、闇に染まり、イロセは神速の突撃を行う。風が引き千切られるような、音がした。


 単調な攻撃、ならばカウンターが有効か。

 軌道は直線、フェイントはない。

 それを女神が保証する。

 走行速度からして、迎撃に最適なタイミングはおそらく、ちょうど敵の肘が顔の横に来たあたり。


『こいつの一番強いスキル攻撃は振り下ろしだ。予測を決め打ちして構えろ。すぐに、振り下ろしのエフェクトと共に来るぞ』


「イリス、合わせて」


「うん!」


 紫山、イリスが、二人で構える。


 本来、戦隊の汎用武器必殺技は、一人では撃たない。

 単独ではなく、皆で撃つことで必殺足り得る。

 同時銃撃。

 同時斬撃。

 力の結集。

 どの形であっても、戦隊は力を合わせて合体攻撃を放つのだ。

 ただ一人でこの世界に召喚された紫山水明は、戦隊の恒例である仲間達との合体攻撃を使えないはずだった。

 それは、決まっていたはずのことだった。


 イリスエイル・プラネッタとの、運命の出会いボーイミーツガールが無かったならの話、だが。


《 一閃ウーノ! 二閃ドース! 三閃トレス! クチラーダ! 》


「うーの、どーす、とれす、くちらーだ」


 紫山の武器が三回レバー操作による最強技の音声をコールし、イリスが意味も分からずその音声をなぞる。

 出せる。

 出せるのだ。

 紫山が一年も、イリスの側でイリスを守ってくれていたから。

 紫山の戦闘を、イリスはずっと憧れの目で見続けてきたから。


 どんなに難しい紫山の技でも、真似られる。

 そのへんの剣からビームが出せる。

 銀銃と同じ弾を片手剣から出せる。

 彼と同じことを、イリスはこなせる。


 それは、年頃の女の子が、初恋の先輩の趣味を真似て始めるような、「あの人と同じになりたい」っていう、そんな気持ち。言わば乙女心のバーストだ。


「「 シュートッ!! 」」


 二人の奮った斬撃から、巨大な光の刃が飛び出した。


 飛翔する光刃は空中で合わさって、交差して、X字の光刃となって魔族に衝突。


 攻撃直前の無防備極まりない魔族の命に食い込み、そのまま即死させ―――特撮力で、その死体は爆発した。


 勝利の光景を眺めながら、イリスは紫山の腕に抱きつく。


「おにーちゃん、おにーちゃん」


「ん?」


「この空に~?」


「正義在り、だな」


 ア゛ッ。


 ろ、録画したかった……今のぉ……!


『特オタ力を抑えろ!』


 ひぃん。






 紫山の手首で、腕輪が喋る。


『今後の予定は見直しだな。イリス本人が来たんならしょうがねえ』


「同行を許すのか」


『迎えてやれよ紫山。もうこうなったら振り切れねえし、聞かねえだろ、こいつも』


「はい! 聞きません! 私はおにーちゃんと世界を幸せにするんだからね!」


「む……だが……」


『ボミガってのは男だけのもんじゃねえだろ。男が思うことがあるのは分かる。だが女だって思うことはあるし、女だってそこに何かを誓うんじゃねえのか』


「……それは……君が、正しい」


『ま、お前も正しいんじゃねえの。オレを地獄に付き合わせてんだ、もうひとりくらい増やしてもいいだろ。にぎやかになんぜ』


 クックック、と中村が笑う。

 ぱぁぁぁ、と効果音が付きそうなくらい満点の笑顔で、イリスが喜んだ。


「じゃあじゃあ、私も戦隊? やったー!」


「それは……イリス、あの、ちょっとな?」


『"追加戦士"だ。戦隊なら、いつものこったろ? まさかいつも男女混合で戦ってる戦隊が"女が戦うのは危ない"なんて言わねえよな?』


「……ぐぅ」


『ハハッ! まー気持ちは分かる。気張って守ろうぜ、世界もプラネッタも』


 やった、やった、と、イリスが紫山の手と腕輪の彼をぎゅっと握って、ダンスを踊るように軽快に右に左に動いている。


 中村はイリスの意志を尊重し、紫山の死のリスクを低減できる打算からイリスを受け入れたが、同時にイリスを最前線で連れ回す危険性を考慮し、内心では密かに苦悩していた。


『オレらが死んだ後、確実に皆の世界が終わることだけは心残りだが……』


「自分が死んじゃった後のこと考えてるなんて変なの。死んだらふっつーはそこで終わりじゃないの?」


『―――』


「おじちゃんは口悪いのにいっつも他の人のこと考えて大変そうだよねぇー」


 その苦悩を、イリスのさっぱりとした理屈が粉砕する。


『……ハハッ! こりゃまいった! オレとしたことが、一本取られた気分になっちまった。ああ、まったくだ、自分が死んだらそこで全部終わり……それも、正しい』


「そーそー」


『だがおじちゃん呼びだけは引っかかる……』


「自分の歳を受け入れて」


『い……嫌だ』


 "子供を守る責任"。

 それは、ヒーローの全てが背負うもの。

 剣を握ったその時から、紫山ら全員が背負う責任だ。

 それが紫山の中で、イリスを戦わせることへの忌避感になっていた……が、他の誰でもないそのイリスの奮闘と、仲間達の信頼を感じさせる掛け合いが、その忌避感を薄れさせてくれていた。


 紫山とイリスは、仲間になれる。


 いや。


 きっと、戦隊になれる。


「メルちゃ……メル姫達を介抱して、それからちょっと話そうか。これからどのくらい危ないことをするのか、そして、これから何を救うかについて」


「うん!」


 紫山の手を引いて走り出すイリス。

 手を引かれ、苦笑する紫山。

 もうイリスは手を引かれるだけのか弱い幼女ではないのだと、手を引くその力強さが、紫山に如実に伝えてくれていた。


 ううん……あんまり想像してませんでしたけど、この組み合わせのカップリングも割とありですね……いや私は正義のファンタスティックバイオレットと悪の女幹部レジィの『化物達に天才としか呼ばれなかった悪の幹部と、凡才と親に罵倒され続けた正義の味方。二人が出会い、正義の凡才の努力を常に認め続ける悪の女、天才としか呼ばれない悪の幹部の苦悩を見抜く正義の男。男は女を救おうとし、女は男に特別な感情を持ち、しかし正義の男は最後になるまで悪女の想いを正しく理解できなかった』という関係が推しなんですけど……それでも……ううん。


『静かにうるせえ』


 も、もうちょっと語らせて……


『誰も聞いてねえだろ』


 もうちょっとだけ!


『ツイッターで壁打ちしてろ!』

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