第83話 王弟の妻

公爵令嬢で当時の国王の元婚約者、そして王弟の妻になったという女性の存在。エイルが『元』という単語を少し強調したのも気になるが、ミロアが気になったのはその前だ。



「ちょ、ちょっとまって……公爵令嬢ってまさか……!?」



公爵と言えば、今のドープアント王国には一つしかない。それがよく分かっているミロアは動揺を隠せない。何しろ自分が公爵令嬢なのだ。気にならないはずがない。だが、ミロアの心をすぐに察したエイルは安心できる事実を告げる。



「ご心配なく、レトスノム家の方ではありません。戦争で没落した公爵家のご令嬢ですので、レトスノム家とは一切関係ありません」


「そ、そう……でも、当時の国王の元婚約者でもあった人が王弟の妻になるなんて、何があったの?」



エイルの話を聞く限り、当時の王族の兄弟の闇は深いと感じたミロア。何しろ、兄の元婚約者が弟の妻となったというのだ。それだけでミロアの頭には前世の知識特有の単語が浮かび上がる。決して良い意味ではない単語が。



(嘘でしょ!? 当時の王族兄弟の闇ヤバいわ! つまり兄が『寝取られ』て、弟が『NTR』したってこと!? 王位継承争いの中の陰謀ってやつ!? もしかして兄の方は弟とその妻に愛憎入り交じった感情があって……!)


「当時の兄と御令嬢の婚約は、令嬢側が顔を負傷したことで婚約解消となったそうです」


「……え? 顔を負傷!?」


「何でも、顔の半分ほど火傷なさったそうで、それでは未来の国母にふさわしくないということで婚約は双方の理解の元で解消となったのです」



令嬢が顔を負傷。それだけで婚約解消が決まるのは貴族社会ましてや王族では仕方がないことだった。貴族の、特に令嬢の顔は命そのものだ。貴族には社交や茶会などの顔を出さなければならない仕事が山のようにある。そのため美しい容姿は非常に有利なのだ。特に顔は重視される傾向がある。



その貴族の顔が傷つくということは、それだけで憐れまれたり蔑まれるなど立場的に不利になるということだ。



「……御令嬢は気の毒だったでしょうけど、そんな方がどうして王弟の妻に?」


「当時の王弟は御令嬢に思いを寄せていたそうです。たとえ顔の半分が火傷していても構わない、一緒に治していこうと口説き続けたことで、屋敷に一ヶ月以上も塞ぎ込んでいた御令嬢の心を開いて二人は双方の親の反対を振り切って婚約なさったそうです」


「まあ……!」



顔が傷ついていても愛する気持ちを失わない。それどころか寄り添って心を支えるために親を説得して結婚。非常に涙ぐましい話だ。先程、陰謀等と想像したことを恥ずかしくなってしまうくらいには。



(何だか恥ずかしいわ。何が『寝取られ』だの『NTR』なのよ。こういうのが前世の記憶の弊害かしらね……)



勝手にろくでもない想像をするのは前世の記憶のせいだということにするミロア。ただ、ここである疑問が浮かんだ。

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