第47.2話 名前

(『陰』視点)



小生はレトスノム公爵家の『陰』の一員。物心付いた時からすでに公爵家の『陰』という役割で生きてきた。



『陰』とは、公爵家の裏方のしごとに従事する特殊工作部隊。裏方というのは情報収集・敵情視察・間者・暗殺・護衛などの仕事のことを中心としている。その多くが公にできないことも請け負うものだ。表の騎士や衛兵のような仕事はめったに無い。



何故公爵家に我ら『陰』があるのか。その理由は小生が生まれる前、数十年前に起こった戦争が原因だ。戦時中は敵方に対して間者を駆使したり暗殺を行い、また敵方からの暗殺を阻止するために国は暗部組織を結成した。暗部組織のおかげで戦況はだいぶ良くなった。最終的には敗戦してしまったが……。



戦争が終わった後は暗部組織も必要ないと思われたらしいが、責任の押し付け合いによる貴族同士の争いや領民の反乱などの小競り合いが起こったため、国は暗部組織を解体してそのメンバーを貴族達に派遣して問題解決のために遣わせた。特に公爵家には三割の元暗部組織のメンバーを与えられ、そのメンバーが今の『陰』の設立者となったと小生は聞いている。



『陰』として生きて死ぬ。それが小生の人生だと思っていた。だが、違った。『陰』には正式な名を与えられた時、『陰』ではない新たな道を生きることになる掟があるのだ。



「お前達の中で誰か、ミロアの専属騎士の一人になってくれないだろうか?」



数日前、当主様はそう命じられた。どうやらミロアお嬢様に専属騎士が必要となったのだ。ミロアお嬢様に我ら『陰』の一人を専属騎士として与えるという話は以前からあった。だが、ミロアお嬢様自身が望まなかったということでその話は無くなったのだ。



しかし今、ミロアお嬢様は専属騎士を必要としておられる。それはつまり、小生が『陰』を抜けて新たな人生を生きることになるのだ。



「それなら以前から決まっております。『十三番』、お主の新たな仕事にして生涯の仕事が決まったぞ」


「はい。頭目、小生の覚悟はできております」



ミロアお嬢様に専属騎士が必要となった時、その役目は小生が選ばれることはすでに決まっていた。その時が来れば小生が名を与えられることも。






ミロアお嬢様とオルフェ・イーノック殿。二人の会話は中々興味深いものがあった。ミロアお嬢様はどこか大人らしくなりすぎたかと思えば子供らしい面影を残されていた。そんなお嬢様のことをオルフェ・イーノック殿は心から慕われているご様子。盗み聞きは良くないというのは常識では感心されぬことだが、どうも小生は昔の癖が中々治らない。



いや、治す必要もないか。小生はミロアお嬢様の専属騎士にして護衛なのだから。ただ、もう片方の専属騎士となる女性はそうでもないご様子。



「やはり盗み聞きのようになるのは……必要だとしてもいい気はしません」


「しかし、小生達は専属騎士。お嬢様のためなら仕方ありますまい」


「……そうですね。貴方の言うとおりですゴウル殿」




ゴウル……それが小生の名……ゴウル・アンディード。



灰色の髪で黒目の地味で目立たない容姿の専属騎士が今の小生なのだ。

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