中編 捨てられて、拾われて。
私は明里の部屋で一部始終を話した。
坂本くんに告白したこと。
キープしてと泣いて頼み込んだこと。
坂本くんがフラれちゃえばいいのにと思ってしまったこと。
私はそれらを少しずつ、まるで白状するように明里に告げた。
明里は私にすごく懐いていて何でも話すような仲だったけど、だからこそ好きな人ができたことを明里に言うのは悪いな、と思って今まで言ってこなかった。私が彼氏を作ってしまったら明里に構ってあげられる時間が減っちゃうから。
だから、それを隠してたのもあって、この白状には余計罪悪感が増していた。
はぁ。なんだかますます自分のことが嫌いになってきた。
「そっか。辛かったね。言ってくれてありがと」
明里は私の頭を再度優しく撫でる。
そんなこと言わないでよ……。明里ってば優しすぎる。
「お姉ちゃんが『キープしてよ』ってまで言うのはまあ……わかるよ。わたしだって同じこと思うかもしんない。それで坂本くんがフラれちゃえばいいのにって思うのも当然だよ。だって坂本くんと結ばれたい一心なんだからさ」
違う。当然なんかじゃない。
こんなことを考えてしまう私の心は腐っていて、自分のことしか考えられない
「そんなことない! こんなこと考える私はひどいよ……」
「そっか。やっぱりお姉ちゃんは優しいね」
「なんで? 反対のこと言ったじゃん……」
「だってお姉ちゃん、ほんとはそんな手段取ってでも付き合いたいだなんて思ってるのに、それは良くないことだー、ってちゃんとわかってるじゃん。それはいけないことだよな、って。わたしはそういう優しいお姉ちゃんの方がいいなー。もしお姉ちゃんが本心に任せて坂本くんの恋心を無理矢理潰すようなことをしちゃったら、お姉ちゃんも自分のことヤになっちゃうでしょ? だから、優しいお姉ちゃんになってほしいから、坂本くんの恋心を応援してみたり……しない?」
……すごいな明里は。私のことをここまで理解してくれてるだなんて。そりゃずっと一緒にいるわけだから、わかるのは当然かもしれないけど。
優しいお姉ちゃんねぇ。こんな私の心なんか無視して、優しいお姉ちゃんになるのは確かにいい案かもしれない。こんな心なんて尊重する必要ないんだし。
「……そうだね、そうしてみよっかな」
「うん。その方がきっといいよ。でもごめんね、お姉ちゃんの本心とは反対のこと言っちゃってるのに許してくれて」
確かに今の私の心は「そんなの絶対に嫌だ」と叫んでいる。叫んでいるけども、私はその声を押し戻す。
「いいよ。大丈夫。それより、具体的にどうしたらいいかな?」
「えっと、例えば坂本くんとその好きな人――」
そこからはひたすら作戦会議をしていた。
そして来る日も来る日も作戦を実行する毎日。
その間も私の心は悲痛な叫びを上げ続け、たくさんの涙が流れ落ちた。
それでも錆の無い鎖を出せる"優しいお姉ちゃん"になるために、私はその心と戦った。
☆ ☆
そんな日々が過ぎ去り、ついに坂本くんが告白する時が来た。
私は坂本くんとその子の仲介役を買って出たため、告白する場所も時間も知っている。
だから私はその現場に来た。
そして、私は校舎裏でその子を待っている坂本くんを、壁際からこっそりと顔を覗かせて見ている。
坂本くん、女の子の友達がいないからって私を仲介役にしたんだよね。いくら私が買って出たとはいえ、それを受け入れちゃうなんて、馬鹿で可愛いなぁ。ちょっと考えたら私がふたりの関係なんかぶち壊しちゃうかもしれないことぐらいわかりそうなもんなのに。そもそも私と一緒になればそんなの関係ないんだし、私と付き合えば全部解決なのになぁ。……はぁ。また心が出しゃばりやがって。
坂本くんとその子が仲良くなるように散々仕向けて、実際、かなり仲も良くなってるから多分成功するんだろうなー。なんていい人なんだろ私。
でも一応見届けるよ。もしかしたら失敗するかもしれないし。失敗したら…………。はぁ。
そんなことを考えていると、その子が坂本くんの元にやってきた。
「えっと、伝えたいことってなにかな?」
その子はもう何を言われるか半分わかってるみたいで、既に照れている。
……無理、死にそう。手が震え、歯を食いしばって涙が出るのを
私はもう見てられなくて、逃げ出したくなったけども、まだある
「あのさ、俺、お前のこと……好きなんだ。だから、俺と、付き合ってください!」
「えへへ、いいよ。私も坂本くんのこと好きだもん」
とても強い、強くて頭では制御しきれない怒りと悲しみとが混ざったものが体全身を駆け巡る。まるで繋げた鎖が離れて行き場を失った鎖が暴れてるみたいに。まるでなんかじゃない。離れた。外れた。ううん。外された……。
その事実に気付かないふりをしていたのに。
気付いてしまったその刹那。
鎖を外された私は落ちる。
プールや川で高いところから飛び降りる時に感じるあの感覚。生身のまま、何も守るものが無いまま速度が速くなって、その速度で地面に叩きつけられたら死んでしまう、と本能が警鐘を鳴らして生み出してくるあの怖さ。
その怖さをそのまま体に感じ、プールでも川でもない、深さのある海の表面に体がぶつかりながらも沈み込む。
いたい!
つめたい……
……おぼれる!
私は、そんな溺れた人ががむしゃらに海面を目指すように走ってその場を離れた。
走りながらも涙が溢れることは止まず、いくら
その涙は、まるで私と一緒に海に投げ込まれた鎖が更に錆びていくのを表しているみたいだった。
☆ ☆
私はいつの間にか玄関にいた。
明里が目の前にいた。
「おかえ……」
明里はすぐ察して、どうすればいいのかわからないみたいに「え」の口のまま一瞬立ちすくむ。
一方の私は、明里を見た瞬間。
こいつがこうなるように仕向けたんだ!こいつが悪いんだ!こいつがこんなこと言わなければ――!
そう思う私を明里が肩の上から覆いかぶさるようにして抱き付いてくる。
「やめて!」
私は嫌悪感から明里を引き離して、自分の部屋に逃げ込み、鍵を閉めた。
ベッドに潜り込み、泣き続け、鼻をかみ、ゴミ箱にティッシュを何度も投げ入れる。
何を考えても心が言うことを聞いてくれなくて、涙を流すことしかできない。
うっ。ぁ。うぅぅぅ……。うぇっ。うっ――
気付けば朝になっていた。
なんだか体がつめたい。
鎖に海水が染み込み、そのまま私の体にまで海水が浸透する。そんな感覚。
昨日は抵抗するだけの元気があったかもしれないけど、今日はもうそんな気力も無くなり、つめたい感覚に侵されたまま。
当然、学校に行く気はさらさら起きなかったので、仮病を使って休むことにした。
泣き明かして流石に喉も乾いたので、扉を開けて外に出て、水を飲みに行く。
両親は共働きなのでいないし、明里ももう学校に行ってる時間だからいない。
そのはずなのに、リビングのソファには、明里がいた。
何故か明里も涙目で、そんな明里が手でソファをポンポンと叩いて私を呼んでいる。
私は昨日みたいな負の感情が湧かず、断る理由も無かったのでそこに座る。
「えっと、色々聞きたいんだけど……。なんで涙目?」
「だって、お姉ちゃんが悲しんでるの見ちゃったらわたしも悲しくなって。ごめんね。わたしが悪いの。わたしが……わたしがあんなことしちゃったから。勧めちゃったから……」
明里は泣きそうな声になりながらそう言った。
昨日、というか部屋に入る前、明里を引き離したことを思い出す。
いくらなんでも、あれはよくなかったと思う。
「えっと、大丈夫だよ。うん。昨日はごめんね。あんな態度取っちゃって」
「そうなの? もう大丈夫なの?」
明里は私に顔を向けて「本当に?」と訴えかけてくるような、うるうるとした目で見てくる。
「うん。大丈夫。今は昨日みたいにならないから」
「そっか。……よかったー」
明里は今の私が昨日みたいな私じゃないことを確信してくれたみたいで、緊張が解けたのか笑顔になっている。
そして明里がなだれ込むように横に倒れながら私に抱き付いてくる。
暖かい。
頭を撫でる。
いつもはこんなことはしないんだけど。
自分の心を慰められない代わりに明里の心を慰めている。
優しいお姉ちゃんみたいだ。
「ねえ、お姉ちゃん」
明里が私に甘えるような声を出す。でもちょっと震えているような気もする。
「どうしたの?」
「…………すき」
そう言った途端、明里は私の腕の中で泣き出した。大泣きだ。
え、え?
なんか好きのニュアンスおかしくない?
まるで私のことが恋愛的な意味で好きみたいな発言された気がするんだけど。
「お姉ちゃんだいすきー!」みたいなノリじゃなかったよね今……
ああでも明里が泣いちゃってそれどころじゃないというか、慰めてあげないと。
私はどう言えばいいのかわからず、頭を撫で続ける。
明里が泣き止むまでずっと。
しばらくして明里がだいぶ落ち着いてきた。
「お姉ちゃん」
「うん」
「わたしね……こうしてくれるお姉ちゃんが好きで好きでしょうがなくて……」
「うん」
「ずっとお姉ちゃんがわたしを見てくれたらいいのにって思っちゃうくらいにだよ。だから……」
また明里が泣いてしまう。なでなで。
うーん、そこまで私のこと好きなのか。私は明里に対してそういう気持ちは湧かないけども、別に好きって思われることには特段、抵抗感はないかもしれない。頼りにされてるという意味では嫌じゃない。
でも、どうだろ。ここまで想いが強いとなんというか私が制限される感じもあるから、簡単には受け止めきれないような。全部は受け止めきれないかもしれない。
それでも明里の暖かさが私にはよく
冷え切った心は暖かさを欲していて、それを与えてくれる明里が今はとてもありがたい。まさしく
きっと、私はこの暖かさを受け入れたほうが幸せになれるんだろうな。
「気持ち悪いよね、こんなわたし……」
「ううん、大丈夫。大丈夫だよ」
そう言って私は明里を抱きしめる手を強く引き寄せる。
明里の手も強く私を引き寄せて、密着する。
「でも、でも、わたし、お姉ちゃんが傷つくように仕向けたりして、それで、わたしを受け入れさせよう、って考えたり、こんな、ひどい子、ひどい子なんだよ? 優しいお姉ちゃんが好きって言ったのも……別に、嘘じゃないけど、わたしに、わたしに優しいお姉ちゃんが好きな、だけで……あ、うぅ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
えっと、ああ、うん、なるほど。やっぱり重いかも。
つまりは、私が坂本くんと結ばれるのを危惧して、明里は私に優しいお姉ちゃんになってほしいって建前でああいうことを言ったってことだもんね。
なんだか明里って素直で甘えたがりなだけだと思ってたけど。ほんとは私と同じように錆びた鎖を持ってて。だから、それに巻き付かれてるんだって気付くと、気持ち悪くないってのは嘘になる。私が坂本くんに対して出した錆びた鎖もきっと気持ち悪く思われるんだろうなと思ってたけど、ほんとにそうなんだな。やっぱりちょっと引いちゃう。
じゃあ明里を拒絶するのか?って考えてみる。
明里に「ごめん、そんな重い気持ちは受け取れないかも」みたいなことを言ったとして。そしたら「もっと軽くなるから、お願い……お願い……」みたいに懇願されるのは目に見えている。そんなことを言われる時点で重いのには変わりないんだけど。
そういうふうに拒否し続けたら明里が辛くなるのは当然として、私も辛くなる。誰も幸せになれない。
じゃあ明里を受け入れたらどうなるんだろう?
少なくとも明里は幸せになれるんじゃないかな。
でも私はどうなるんだろ。その錆びた鎖を気持ち悪く思い続けるんだろうか。めんどくさくて嫌だなって思うんだろうか。本当に?
拒絶した時と比べたら全然マシなんじゃないかな。
そもそも明里のことを好きになれたら嫌な気持ちも湧かなくなるかもしれないし。
だから、明里に夢中になれるように明里に頑張ってほしい。
「ねえ、明里」
「……はい」
「今の私は明里のこと別に好きとかじゃないんだけども、その、断りたいとかそういうのじゃなくて、私が明里のこと好きになれるように、そういうふうにしてほしいなって」
「え! いいの!? ほんとにほんとに!?」
「でももっかい言うけど今の私は明里のこと好きじゃないからね。坂本くんへの恋心をへし折られた分、ひどいなって思っちゃうし、そもそも坂本くんのこと好きって気持ちは消えてないし。でも、明里が私のことちゃんと幸せにしてくれるなら、ちゃんと私が明里のことを好きって思えるように頑張ってくれたら、それならいいよ。あ、ひどいことはしちゃだめだよ? 今度こそ嫌いになっちゃうかもしれないから」
「うん! がんばる! お姉ちゃんが私のこと、ちゃんと好きって思えるように、がんばる」
よかった。明里がどこまで頑張ってくれるかはわからないけど、ちょっと未来の幸せが見えてなんか安心してきた。さっきまでは、ずーっとしんどかったけど、今はちょっと余裕がでてきた。
「おうおう、がんばりたまえー」
「ははぁ、がんばりたまえしまする」
「ふふっ、なにそれー、日本語おかしいよ」
「えへへー」
これからどうなるのかな。わかんないけど、あとは明里に任せちゃえ。
頼んだぞー。
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