散り急ぐ秋の日

 色づいた葉が地面に積み重なり、かさかさと乾いた音を立てた。


 寒い風が吹くこの日、商店街へと少女と青年は買い物に来ていた。

 昼間だというのに、冷たい風のせいで凍えそうだった。


 本格的に冷え込んでくる前に、ひととおりのものを買い揃えてしまうためだった。

 本来なら響くはずの足音は、枯葉に吸収されてしまって静かだった。


 しかし商店街は賑やかで、大勢の人がひしめいていた。

 青年と並んで歩きながら、少女はしきりに青年の様子を気にしていた。


「ねぇ、本当にもう大丈夫なの? まだちょっと顔色が……」


『大丈夫だよ』


 先ほどから似たような質問をしてくる少女に向かって、青年は安心させるかのように微笑んだ。

 大丈夫とはいっているが、青年の顔は少し青白い。


 全然大丈夫そうには見えないわ……と少女は思った。

 先日まで青年は体調を崩して、寝込んでいたのだ。高熱が三日間も続いていた。


 少女は慌てふためいて、自分が知っている限りの方法で手厚く看病をした。

 その看病というのも、あまりしっかりとはしたものではなかったのだが。


 ねぎを喉に巻こうとして、青年に拒否されたことも含めて。

 少女がそんなものをもちながら部屋に入ってきたので、青年はかなり驚いた。


 結局そのねぎはおかゆに利用されることになった。青年は寝込んでいるので、作ったのは少女。

 本を見ながら頑張ったおかげか、なんとか普通のものができあがっていた。


 少女の看病のおかげか、青年の体力なのかはわからないが、無事起き上がれる程度には回復したのだった。

 まだ休んでいるように少女はすすめたのだが、青年はしきりに買い物に誘ったのだ。


 物が足りなくなったなら、その時に買いに行けばいいのにと少女は思う。

 病み上がりというか、半病人みたいな状態で、連れ回したくはないのに。


 家から少し歩いた所にある、わりと大きなこの商店街。

 クリスマスが近いせいもあるのか、ずいぶんと大勢の人で賑わっている。


 人がたくさんいれば、それだけで体調が悪化しそうな気さえしてくる。

 隣を歩く青年に向かって少女は言った。


「買い物、手早く済ませちゃったほうがよさそうね?」


『そうしようね』


 唇だけで話してから、青年は少女に買い物リストの紙を渡した。

 家にいるとき、事前に青年が書いておいたものである。


 必要なものが一通りメモしてあるので、それを見ながら少女が買い物をするという方法。


 少女は店などは知らないので、そこは青年が案内するというふうになっている。

 紙を受け取ると少女は、スタスタと一人で歩き出してしまった。


 どこへいくのかと慌てながら、青年は後をついていった。

 少女が歩いていった先には、日用品や生活用品が売っているお店があった。


 青年が、なんでわかったのかと首を傾げていると少女がいった。


「看板を見ればそれくらいわかるわ……もう、子供扱いしないでよね」


 ぷりぷりとしながら、少女は次々に買い物をはじめた。


 リストにはかなりたくさんのものが書いてあったが、どれもがよく使うものなので探すのには手間取らなかった。


 そのほかにも食料品や、雑貨など、青年が案内しながらふたりは買い物を進めていった。

 用が済むにつれて、青年の持つ荷物がどんどんと増えていく。


 少女は少しくらいもてるといったのだが、このほうが買い物が早く済むと青年にいわれたのだった。

 確かに、袋を持ちながら店内を移動するのは、大変なことになりそうだったのだけれど。


 一通りの買い物を終えたころには、青年の両手はビニール袋でふさがっていた。

 そんなにたくさん買う必要があるのかというほどの荷物だった。いったい何ヶ月分の物なのだろうか。


 本当にしばらくは買い物にでなくてもいいくらいの量になっていた。


「えっと……買い物はこれで終わりかしら?」


『終わりだね』


 青年が頷いたのを確認してから、少女は家へと向かって歩き始めた。

 その途中、いつのまに書いたのか、青年が少女に紙を手渡した。


『いったん荷物置いたら、僕は他に買うものがあるんだけど……君はどうする?』


 文字を読んだ少女は、どうしようかと首をかしげた。


 別に家にいてもいいのだけれど、一人だとなんとなくつまらないのよね。

 でも特に欲しいものもないし……むしろお金なら余っているわ。


 少女は毎月、少ないけれども青年からおこづかいをもらっているのだった。

 青年は働いてはいないようだったけれど、それなりにたくわえがあるようだった。


 別に必要ないわ、と断ったのだけれど青年に押し切られた覚えがあった。

 使わないなら、とっておけばいいんだよ。急に何か欲しくなるかもしれないしね。


 けっこう彼って……押しが強いというか、譲らないところがあるのよね。

 そういえば彼はいったい何を買うのだろうか。さっき一通りの買い物はしたはずよね。


 ということは……きっと、個人的な買い物なのね。

 無駄づかいはしないとはいえ、少女もたまに好きな本などを買ったりしている。


「わたしは……本屋にでも寄って、時間を潰しているわ。終わったらきてくれる?」


『わかった』


 その後家で荷物を整理してから、二人は別行動になった。


 さきほど青年にいったとおりに、少女は本屋へと来ていた。

 よく買うシリーズの最新刊がでていないかどうかを確かめたかったのだ。


 ミステリのジャンルに入るであろうその本は、様々な年代に人気がある本で、売り切れるのも早いから。

 商店街と同じように人が多い本屋の中を、ぶつからないように注意しながらすり抜けていく。


 そのシリーズが置かれている棚を見つけたものの、残念ながら売り切れてしまっていた。

 まぁ……売れてしまったのならば、仕方がないわよね。また今度買いにくればいいわ。


 目当てのものがないので、今度は本当に時間つぶしをはじめた少女。

 少し気になるものがあったら、ぱらぱらとページをめくってみる。


 本屋のそこかしこには装飾がほどこされていて、冬の到来が間近だとわかる。

 店内にも子供連れの家族が多く、みな楽しそうな雰囲気だった。


 前はよく、こういう雰囲気を感じると、何だか逃げ出したくなるような衝動に駆られていたけど。


 今はそんなに気にならなかった。

 ふらふらと店内を物色していると、一冊の小さな絵本が目にとまった。


 児童向けのコーナーにおいてある、サンタクロースが表紙に描かれている本。

 手前の方には置かれておらず、奥のほうにひっそりと置いてあった。



 あるところに、ひとりのおっちょこちょいなサンタと一匹の身体の弱いトナカイがいました。


 ふわふわとした雪が降る夜、大変なことが起きました。

 子供達に配るプレゼントの袋を、どこかにやってしまったのです。


 その夜はクリスマス。子供達にプレゼントを渡さなければならない日です。

 夜が始まったばかりの時間。サンタとトナカイは必死で袋を探しました。


 二人は別々の場所で、それぞれ雪がつもってもプレゼントを探しました。

 時間が過ぎ、日付が変わってしまうころに、トナカイが戻ってきました。


 トナカイは口にプレゼントの袋をくわえていました。これで配れるぞ、とサンタは喜びました。

 けれど、寒い中必死でプレゼントを探したトナカイは、無理がたたって死んでしまいました。

 サンタはとても悲しくて、大きな声で泣きました。それでも、子供達はプレゼントを楽しみにしています。


 サンタは一人で子供達にプレゼントを配りました。

 雪降る夜に、大きなくつあとをつけながら、それぞれの家にプレゼントを配りました。


 配り終わったころには、夜明けがちかづいていました。

 トナカイの冷たい身体を土に埋めて、サンタはお墓を作りました。


 そこにプレゼントをひとつ置いて、サンタは自分の国へと帰っていきました。

 きっと次の冬も、サンタはひとりでプレゼントを配るのでしょう――



 ぱらぱらと絵本を読み終わった少女は、不思議な物語だと思った。


 こういうものって、最後は大抵ハッピーエンドなのに……珍しいわね。

 トナカイが死んでしまっているから、ハッピーエンドじゃないよね。


 でも、サンタはプレゼントを配ることはできたのよね。

 トナカイを失ってしまったけれど、彼(人ではないけれど)のおかげで袋は見つかった。


 ……いいのかわるいのか、よくわからない絵本。

 このサンタは、トナカイをなくした代わりに、何か大切なものを得ることができたのかしら?


 きっと、サンタにしかわからないわね。

 読み終えた絵本を元に位置に戻すと、後ろから肩を叩かれた。


 振り向くと、青年が微笑しながら立っていた。


『何みてたの?』


「子供向けの、絵本」


 唇だけの問いかけに、少女はそう答えた。

 青年は手に小さな紙袋を持っていた。きっと買ってきたものなのだろう。


「もう用は終わったの?」


 そう少女が尋ねると、青年はひとつうなずいた。


『君のほうは?』


 青年の問いかけに、少女もうなずいた。

 元々探していたものもなかったし、さっきの本も見終わった。もう用はない。


「それじゃあ、帰りましょうか」


 さきほどよりは少し人の減った本屋をでて、二人は家路についた。

 外にでると日は傾き、人々が帰り道を急いでいた。


 枯葉が風に吹かれて、道を飛んでいく。


 ふたりだけではなく、誰もがきっと感じているのだろう。


 冷たくて寒い、冬の到来を。

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