079 ヤクザ刑事の最後である


 お兄ちゃんの前世は猫である。私の名前は広瀬ララ。トラウマになるほど怖くないよ~?


 がく君が私に怯えまくっていたからしばらく優しくしてあげていたけど、調子に乗り出したからもういいや。もう一回脅してから、私はジュマルのクラスとは疎遠となる。

 そうして平和に学校に通っていたらある日の帰り道で、スーツ姿の男性に私とジュマルは声を掛けられた。


「ちょっとええか?」

「それ以上近付くと、防犯ブザー鳴らします……」

「ちゃうちゃう! 怪しい者ちゃうで!!」

「怪しい者は、そうやって近付くと母が言ってました」

「俺や俺! ヤクザさんや!!」

「よけい怖いんですけど……」

「そのヤクザちゃう! 警察のヤクザさんや!!」

「警察がヤクザ……あっ!!」


 男性の必死の訴えで、ようやく私も思い出して防犯ブザーから手を離した。


「何そのサラリーマンみたいな格好……足洗ったの??」

「警察辞めてへんわ。嬢ちゃんがサングラスも服も無精ヒゲもやめろって言ったんやろ」


 そりゃわからない。ヤクザ刑事が普通のスーツで七三ヘアーまでして現れたのだから、変質者だと思うよね~?


「ふ~ん……それで、こんなところで何してるの?」

「ちょっと話をしたくてな~。学校には嬢ちゃんとこのママさんが手を回しておってな。入るに入れんかったから、ここで待っててん」

「てことは、内緒話??」

「そうや。聞かれたくないやろ??」

「わかったわ。でも、私もGPS付けられてるから、一度帰ってからでいい?」

「どんだけやねん……」


 ヤクザ刑事の驚きの理由は、母親の過保護か私の秘密主義のどっちかわからないけど、待ち合わせしてから別れる。

 そうしてジュマルと一緒に家に帰ってランドセルを置いたら、帰宅したとの証拠にはなったはず。あとは遊びに出たと思うはずなので、私は電動自転車、ジュマルは走りで向かい、近所の喫茶店に入るのであった。



「おう! ここやここ」

「おじさんお待たせ~」


 喫茶店の奥に陣取っていたヤクザ刑事が振り向きながら手招きしていたので、私はわざとらしく「おじさん」呼び。店長さんや常連さんが通報したら困るもん。

 ひとまず私とジュマルは、店長さんたちにペコリとお辞儀してからヤクザ刑事の前に座った。


「おごってもらってもいい?」

「なに子供が遠慮しとんのや。好きなの選べ」

「んじゃ、私はホットコーヒーで、お兄ちゃんは……ミックスジュースでいい? あと、このホットケーキもよろしく」

「けっこうするの頼んだな……まぁええわ」


 私としては安い物を選んだつもりだったけど、高級住宅地にある喫茶店だから割高価格。ホットコーヒーで800円はさすがに高いわ~。あ、おかわり自由だ。それなら元を取ろう。


「う~ん。いい香り。一度入ってみたかったのよね~」


 頼んだ物が目の前に並ぶと、私はカップを持って香りから楽しんで一口飲んだら、ヤクザ刑事が変な目で見ていた。


「ブラックでいくんか~い」

「ダメなの?」

「ダメってわけやないけど、小学生らくしないねんな~。店も、その歳ならもっとかわいらしいとこ選ぶもんやないんか?」

「店の前を通る度に気になってたんだからいいじゃない。現金持たせてくれないから、こんな機会じゃないと入れなかったのよ」

「そこは親御さんに頼んだらええやろ」

「純喫茶に入りたいなんて言ったら、変な子だと思われるでしょ~」

「変だとは思ってたんやな……」


 とりあえずヤクザ刑事とは世間話から始めて、コーヒーはおかわり。香りがあの猫のいれたコーヒーに似ていたから期待したけど、味は上品すぎる。まぁ美味しいから許そう。

 それからジュマルにホットケーキをほとんど食べられていたら、ヤクザ刑事は透明なビニールに入った黒猫キーホルダーをテーブルに置いた。


「これ、返しとくわ」

「ママには廃工場で落としたって言ったから、返されても困るんだけど?」

「そのママさんが返せ返せうるさいねん。『捜索中』で逃げ切れそうにないし、嬢ちゃんのほうからいいように言って返しといてくれへんか? 頼む!」


 ヤクザ刑事が拝んでいるってことは、よっぽど母親が怖いのだろう。私もだ。


「もう必要ないの?」

「もうと言うか、俺しか聞いてへんねん。だから証拠としても採用してへん」

「せっかく貸してあげたのになんでよ」

朱痰犯閃スタンハンセンの供述だけで事足りたからや。てか、全員ドン引きやったぞ? こんなん聞かせられるか!」


 ヤクザ刑事いわく、朱痰犯閃スタンハンセンは知っていることを全てペラペラ喋ってくれたとのこと。どうしてそんなに素直かと聞いたら、私のせいだって。


「本物の悪人とは、嬢ちゃんのことを言うんやと。真っさらになってやり直す言うとったぞ」

「演技に決まってるでしょ!」


 私の脅しがきいたかららしい……確かに言いすぎたから、ヤクザ刑事も証拠に出すのを悩んでやめたそうだ。


「まぁ何はともあれ、俺の追ってた事件も解決できたから、嬢ちゃん様々や。ありがとな」

「やっぱシャブ絡みだったんだ」

「シャブ言うな。盗聴器も他のヤツが聞いとったらヤッてると思われとったぞ」

「失礼ね~」


 ヤクザ刑事の礼は必要ないから逸らそうと思ったけど、逸らし方はちょっと失敗。狂ったように笑うのは、やめとけばよかった。


「てことは、盗聴器はいらないのね?」

「ああ。俺は警察やから、証拠を紛失なんてのもしたくないねん」

「わかった。お兄ちゃん、これ踏み潰して」

「んがっ」

「寝るなよ」


 ジュマルはウトウトしながら黒猫キーホルダーを何度か踏んで、バラバラになったからこれだけやれば大丈夫だろう。


「はい。これで見付けた時から踏み潰されていたと言い訳ができるでしょ。ビニールの中身は少し抜いてママに渡して」

「どんだけ思い切りがええねん。怖いわ~」

「さっきから失礼ね~。こんなにかわいいのに」

「悪女になるなや? 俺、嬢ちゃんのこと捕まえたくないねん」

「誰がなるか!」


 ちょっと口喧嘩して、最後に佐藤虎太郎のことを聞いてみたら、児童誘拐に加えて大量の覚醒剤を所持していたので、少年院ではなく刑務所に入っているらしい。そこで真面目に資格なんかを取ろうとしているそうだ。


「嬢ちゃんの説教がきいたみたいや。マジで社長目指してるみたいやぞ」

「ふ~ん……ま、もう私たちの前に現れないことを祈るわ」

「どうなることやろうな。もしもの時は電話してくれ。今度こそ飛んで行ったる」

「その格好だったら頼むわ」

「これは今日だけや!」


 お互い言いたいことも知りたいことも聞けたので、ここでお開き。店の前で別れようとしたら、ヤクザ刑事に引き留められた。


「嬢ちゃん。将来は女優にでもなるんか?」

「女優??」

「音だけやったけど、迫真に迫ったいい演技やったで」

「女優か~。それもいいかもね~」

「なんや。てっきり目指してとると思っとったわ。そうでも思わな腑に落ちへんし……」

「一言多いのよ」


 ヤクザ刑事は私のツッコミに苦笑いだ。


「なんやったら、警察ならんか? 嬢ちゃんやったら、女性初の警視総監になれるかもしれんぞ」

「警察か~……待遇はどうなの?」

「キャリアを逃したら、どブラックや。給料も安いで~?」

「それでよく勧誘するな……」

「がはは。確かに。でも、やりがいはある。暴走族を更生させた嬢ちゃんなら、向いてる気がするんやけどな~」

「お断り。私、もっと楽な仕事したいの」

「フラれたか。ほな、気が変わったら、警視総監になって俺をこき使ってくれや。待ってるで~」

「気が変わったぐらいで警視総監になれるわけないでしょ~~~」


 こうしてヤクザ刑事は、私のツッコミを背中で聞きながら去って行ったのであった……

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