076 朱痰犯閃の最後である


 お兄ちゃんの前世は猫である。私の名前は広瀬ララ。朱痰犯閃スタンハンセンの総長になるわけないでしょ?


 大量の警察官が流れ込んだからには、朱痰犯閃スタンハンセンも諦めたのか全員手を上げて次々と無力化されている。その波を掻き分けるように、ヤクザ刑事が全力疾走で私たちの元へ走って来た。


「嬢ちゃん! 大丈夫やったか!?」

「おっそいのよ」


 ヤクザ刑事は真っ先に私のことを心配してくれたけど、私は苦情から。ホント、何してたんだか……


「す、すまん。他所でも暴走族が暴れててな……その前に、なんで佐藤の上に乗っとんのや?」

「取り押さえておいたのよ。もういいよね? お兄ちゃん、あのイスまで運んで」

「おう。これでええか?」

「ま、まぁ……」


 ジュマルにお姫様抱っこされて恥ずかしいけど、私は疲れているから身を任せる。その間にヤクザ刑事は、佐藤虎太郎に手錠を掛けて立たせようとしていたので、両足を骨折していると教えてあげた。

 そうして私はボロいシングルソファーに腰掛け、ジュマルとがく君はその前に座り込んで成り行きを見守っていたら、ある程度の指示を終えたヤクザ刑事が戻って来た。


「全員、どこも怪我はないんか?」

「私は疲れただけ。お兄ちゃんも無傷。岳君は……大丈夫??」

「わてもなんとか……姉さんの教え通り、笑いを取って乗り切りましたわ~」

「だって?」

「はぁ~。よかったな~~~」


 ヤクザ刑事はサングラスを取って目頭を押さえているところを見るに、かなり心配していたみたいだ。でも、遅かったのは許さないからね?


「クズッ……まぁアレや。詳しい話を聞かせてくれるか?」

「ヤクザさんのほうこそ、遅れた理由を先に聞かせてくれない? 5分で来るって言ってたよね? 30分以上は経ってるわよ」

「せ、せやな。さっきも言った通り、他の族がな……」


 どうやら市内では、朱痰犯閃スタンハンセンの傘下の暴走族が二手ふたてに分かれて走り回っていたから、警察は人手を取られていたらしい。

 そこに学校からヤクザ刑事の元へ電話が入り、血相変えて県警に人員を要請したけど、こちらも違う事件で人手が不足していたとのこと。

 誘拐事件だと怒鳴り散らし、なんとか人手を回してもらったけど、各署からの寄せ集めを派遣されたから編成にかなり時間が掛かってしまったらしい。


「それにあいつら、見張り置いとるやろ? 見付からないように普通車を用意するのも時間が掛かってな」

「それなら真っ先に追い返したわよ~」

「なんやと? じゃあ、俺の努力は……」

「無駄だったわね」

「もう少しオブラートに包んでくれんか?」

「見張りに気付いて慎重に行動していたことだけは褒めてつかわす」

「なんで上からやねん!」


 ちょっと自信を喪失していたヤクザ刑事を褒めてあげたら、元気になった。こうでないとね。岳君はあわあわしてる。ジュマルは大きなあくびしてるな。


「んで、そっちのことも聞かせてくれや」

「いいけど……信じられないわよ?」

「嬢ちゃんのことや。どんな話でも信じたる」

「まず、糸本じん君から話を聞いて、私とお兄ちゃんは……」


 とりあえず最初から順を追って話をしてみたら、ヤクザ刑事は……


「いやいやいやいや。ないないないない……」


 めっちゃ右手を左右に振ってる。小5女子が暴走族の総長を倒したなんて信じられるわけないもんね。なので、ジュマルから預かっていた黒猫キーホルダーを私は投げ付けた。


「なんやこれ?」

「盗聴器よ。正直聞かせたくないけど、ここに入る前から録音しておいたわ。あとは朱痰犯閃スタンハンセンの聴取と照らし合わせて」

「どんだけ準備しとんのや……お前、本当に小学生か??」

「盗聴器はママから渡されていたのよ。弁護士だからね。できたらママに聞かれたくないから、必要がなくなったら紛失してくれると嬉しいわ」

「警察の俺に証拠を隠滅しろやと……ムチャクチャやな」

「隠滅じゃなくて紛失よ。ママに心配かけたくないのよ」

「ええ~い! 考えといたる!!」


 私が遠い目をしてお願いすると、ヤクザ刑事も譲歩してくれた。なんとなくだけど、私のお願いは叶えてくれそうだ。


「あ、それと、最後に虎太郎と会わせてくれない? 言いたいことがあるの」

「それぐらいやったら……あまり時間を掛けてやんなや? ママさんもオヤジさんも、めちゃくちゃ心配しとったぞ」

「わかってる。お兄ちゃん、おんぶ~。岳君はもう行っていいわよ。でも、学校で今日のことを喋ったら……わかってるね?」

「へ、へい! 警察にもなんも喋りまへん!!」

「じょ、嬢ちゃん……」

「警察には言っていいから!」


 岳君は私に怯えまくっていらんことを言うので、ヤクザ刑事に変な目で見られた。ホント、どっちも使えないね。



 ヤクザ刑事を先頭に、私はジュマルに背負われて進み、岳君はキョロキョロ。廃工場から出ると、岳君は婦警さんに連れられて保護者の元へ向かった。たぶん、涙の再会となるはずだ。

 私たちはと言うと、いつ来たのかわからない救急車の中へ。そこには、ベッドに張り付けられた虎太郎が寝ており、私の顔を見たら睨んで来た。


「ヤクザさん以外の人払いして」

「お、おう……ちょっと外したってくれ」


 救急隊員と警察官が外に出ると、私は虎太郎を見下ろして喋る。


「喉は大丈夫?」

「コホッ……なんだよ。敗者を笑いに来たのか?」


 虎太郎は声がかすれているが、会話は可能なようだ。


「その通りよ。10歳の女の子に手も足も出ずにボコボコにされた気分はどう? アハハハハハハハ」


 私が大笑いすると、ヤクザ刑事はドン引き。ジュマルは興味なさそう。しかし、虎太郎は悔しそうに私を睨んでいる。


「覚えてろよ……シャバに出たら、また仲間を集めてぶっ殺してやるからな」

「あら? そんなことできると思ってるんだ。あんたはもう死んだようなモノよ」

「なんだと……」

「わからないの? あんたがどんだけ強くても、私に負けた事実は変わらないの。あんたの仲間が先にシャバに出て言いふらしているから、誰もついて来ないのよ。残念だったわね」


 私がタイマンを受けた理由はこれ。ジュマルから目を逸らさせ、求心力を下げることだ。これでもう、ジュマルが半グレやヤクザと関わるようなことにはならないはず。


「もしも1人で来ても、この私が返り討ちにしてやるわ。次は殺す。ジ、エンドよ」


 これは噓なんだから、ヤクザ刑事はますます引かないで! 首切りポーズが悪かったか?


「それともうひとつ。あんた、仲間を増やす才能あるんだから、シャバに出たら会社でも立ち上げたら? 土木関係だったら、スネに傷ある者でも働きやすいでしょ。そういう人の受け皿になってあげなよ。これから肉体労働は需要があるから、儲かるわよ~?」

「はあ~? 俺に真っ当に働けと言ってるのか??」

「べっつに~。子供のれ言よ。んじゃ、未来のあんたが野垂れ死ぬか成功してるかは、楽しみにしてるわ。バイバ~イ」


 私が手を振って救急車から降りる後ろからは、虎太郎の「お前のどこが子供だ!!」って声が聞こえたが、気にせず両親の元へ向かう私であっ……


「嬢ちゃんのどこが子供なんだ? 本当は50歳ぐらいだろ??」

「どう見ても子供でしょ!!」


 ヤクザ刑事が虎太郎以上のことを言うので、私は噛み付くのであったとさ。

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