073 運命なのである


 お兄ちゃんの前世は猫である。私の名前は広瀬ララ。警察、おっそいねん!


 見張りを全て無力化したのに、サイレンが一向に聞こえない。これではジュマルを止めようがないので、廃工場内に潜入するしかない。そりゃ私も関西弁になるよ。


「ちょっと待って。いいの見付けた。ランドセルも邪魔だからここに隠して行こう」


 廃工場の入口近くにホウキがあったので、その先はジュマルに無理矢理外してもらい、私はランドセルに板を乗せて隠す。


「これでええか?」

「うん。ありがとう。ちょっとだけ私の話を聞いて」

「おう!」


 ホウキの柄を私が装備したら、作戦会議。警察が来るのを待つ時間稼ぎでもあったが来ないな。

 簡単な作戦を指示した私は、覚悟を決めて廃工場に足を踏み入れるのであった……



「まだ行かないでよ? 大声も出さないで」


 廃工場の廊下を進み、奥の広い空間には朱痰犯閃スタンハンセンが全員同じ方向を向いて笑っていたので、ジュマルにコソコソと指示する私。


「ぱっと見、30人以上ね。がく君は……一番奥ね。作戦覚えてる?」

「おう。佐藤ってヤツをブッ飛ばしたらええんやろ?」

「そそ。お兄ちゃんが戦っているうちに、私が岳君を確保するからね。そしたら私を助けに来るんだよ? 殴ることに夢中になったらダメだからね?」

「わかってる。お兄ちゃんに任せとけや」

「頼んだからね。行くよ!」

「おう!!」


 作戦を確認したら、私たちは並んで大部屋に足を踏み入れるのであった……



「ウィ~~~!!」


 私がキツネにした手を上げて大声を出すと、朱痰犯閃スタンハンセンは一斉にこちらを見た。ジュマルにもやれと言ったのに忘れてるな……恥ずかしい!


「あ? なんだお前らは??」


 私が顔を真っ赤にしていたら、一番近くにいたまだあどけさが残る若者が立ち上がった。


「あんたらの目的のジュマルを連れて来たのよ。佐藤虎太郎! お兄ちゃんは逃げも隠れもしないわ! テストだっけ? あんたがタイマン受けてくれるのよね!?」


 私が大声で挑発すると、朱痰犯閃スタンハンセンは奥で偉そうに座っている虎太郎らしきガラの悪い金髪男を見た。

 すると金髪男は、サングラスを取りながらゆっくりと立ち上がって口を開く。


「ああん? なんだお前は? 俺が用があるのはジュマルだけだ。メスガキはさっさとどっか行け」

「私の顔を忘れたの? ジュマルと一緒に謝りに行ったでしょ。あれ、私がムリヤリ謝らせていたのよ」

「ジュマルと一緒……あん時の幼稚園児か??」

「5年も経てばわからないか。あんたもずいぶん悪い顔になったじゃない? 6年生の時は、ちょっとはかわいげがあったのにね」

「ハッ……また兄貴について来たのか。面白いガキだな。こっち来いよ」


 虎太郎が手招きするので、私たちはキョロキョロせずに堂々と朱痰犯閃スタンハンセンのド真ん中を割って歩く。そしてある程度近付くと、少し距離を残して止まった。


「どうでもいいけど、なんであんたはお兄ちゃんに固執してるの?」

「ハッ……マジで面白いガキだな。俺たちが怖くないのか?」

「お兄ちゃんがいるのに、何を怖がる必要があるの? あんた、何度も負けてるじゃない」

「フハハハハハ」


 私が挑発すると、虎太郎は大笑い。奥を見たら、帽子を斜めに被った若者に肩を組まれている岳君が「なに言ってまんの~!?」って顔をしてる。ジュマルは怒りの表情だ。


「だからだよ! 俺は今まで負けなしだ! それなのにジュマルには、今の俺でも勝てる姿が思い浮かばない! その戦力、どうしても欲しい!!」

「なに情けないこと言ってんのよ。だったらもっと努力しなさい」

「努力はしたさ。空手とか柔道なんか習ったりもな。それを超越した何かをジュマルは持っている。天才ってヤツだ。だから、ジュマルを生かせるチームを作ってやったんだ。ジュマル! 俺の元へ来いよ! その力、存分に使える場を俺が用意してやる!!」


 虎太郎は長々と喋ってジュマルに手を差し出した。


「なんかようわからんけど、岳を返せや。そしたら半殺しで許したる」


 でも、まったく取り合わない。というか話についていけてない。バカなんだよね~。


「俺と一緒に来れば、いい思いできるぞ? 金も女もいくらでもだ! 仲間だって際限なく増える! このスタンハンセンを、日本一のチームにしようじゃないか!!」


 しかし、虎太郎はひとつだけいいことを言ったので、ジュマルの顔に少し迷いが出た。


 仲間……ジュマルが一番弱い言葉だ。


「はあ? お兄ちゃんにはもうすでにいっぱい仲間がいるのよ。これからだって大勢増えるわ。あんたらなんて、その場限りでしょ。ちゃんちゃらおかしいこと言わないでくれる?」


 なので、私が割り込んで迷いを吹き飛ばす。


「俺たちの絆をナメるなよ。メスガキが……」

「あら? 怒ったの? そんな頭で日本一なんて不可能ね。どうせたいしたこと考えてないんでしょ??」

「考えてるぞ! まずは半グレ集団にカチコミして仲間を増やし、次はヤクザだ。その縄張りとシノギを、俺たちの物にすんだよ。関西を制覇したら次は関東だ! どうだ? メスガキには思い付かないデカイ野望だろ??」


 虎太郎の野望に「アホなのか?」と私は思ったが、それと同時に違うことも頭に浮かんだ。


「お、お、おお……」

「なんだ? 野望がデカすぎてビビったか??」

「お前のせいか~~~い!!」

「あ~ん??」


 私の意味不明な叫び声に、この場にいる全員が首を傾げる。


 頭に浮かんだこととは、神様の言葉。ジュマルがヤグザの事務所に1人で乗り込んで、皆殺しにしてから自分も死ぬ運命ってアレだ。

 本来ならば、ジュマルが虎太郎と初めて接触した時に、ボコボコにして舎弟かなんかにしていたのだろう。そして虎太郎と悪さを重ねて仲間を増やし、最終的には虎太郎が裏切ったかヤグザに殺されて、運命通りになったのだ。


 だからこそ虎太郎はジュマルに固執し、運命は筋書きに戻そうとしている……


 私はこの運命にあらがう方法を頭をフル回転させて考えるのであった。

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