012 猫の過去である


 お兄ちゃんの前世は猫である。私の名前は広瀬ララ。できればお風呂は1人で入りたい。


 ジュマルが大翔ひろき君を襲ったその夜、私は久し振りに祈ってから眠りに落ちたら、やっと神様が顔を見せてくれた。


「私の命令がお兄ちゃんにきかなかったんだけど……」


 そう。神様から力を授かっていたのに、それが通用しなかったから聞きたかったのだ。


「いちおうきいてはいたんですよ」

「アレで?」

「はい。だからスピードが落ちて、ララさんは間に合ったでしょ?」

「確かに……でも、止まらなかったのはなんで??」

「それはジュマルさんの前世に関係がありまして……」


 神様いわく、ジュマルの前世はとある森に住む猫。そこで猫にしては珍しく、大所帯の群れを作ってボスをしていたそうだ。

 ジュマルは仲間想いで危険があれば率先して敵と戦っていたらしいが、狼の群れに狙われては勝ちようがなかった。

 深い傷を負いながらもボス狼は倒せたのだが、振り返ったら自分の仲間は全て殺されており、自分もそのまま死んでしまったとのこと。その後悔があったから、転生特典に強い体が欲しいと神様にお願いしたらしい……


「つまり、仲間の私が傷付いたから、我を失ったと……」

「ですね。あそこまで強い意思には、私がララさんに与えた力では足りなかったのです」

「それならもっと強い力をちょうだいよ~」

「アレより強い力となると、ララさんの操り人形になってしまうのですよ。それで人間と言えますか?」

「えっと……よくわかりません」

「事故とはいえ、せっかく猫からランクをいくつも上がったのですから、ジュマルさんの自主性をできるだけ尊重したいと私は思っています。ララさんには負担になりますが、どうか面倒をみてあげてください」


 神様に頭を下げられた私は、なんとも言えない顔だ。


「まぁやるだけやってみるわ。どうせやらないと家庭崩壊だしね」

「お願いしますね。そうそう。あの猫さん、今度は家を建てて女の子と同棲を始めたんですよ~」

「なんで? お城で暮らしてハッピーエンドじゃないの??」


 この日は、元夫がまた新しい展開になったと聞いたので、録り溜めしていた映像をまとめ見する私であった。



 それから日々は過ぎるなか、ジュマルの元気がない。リビングを走り回らずに窓から庭を見て黄昏たそがれていることが多くなった。母親はいつも通り明るく振る舞っているけど、ジュマルに気を遣っているように見える。

 母親の場合はなんとなくわかる。アレほど強く怒ったのは初めてだから、どう接していいかわからなくなっているのだろう。ここは普通にしていたら時間が解決するとアドバイスしてあげたいけど、私は2歳児だから言えない。


 ジュマルの場合は、サッパリわからない。なので、私はジュマルの隣に座ってお話してみる。


「おにちゃ。どっかいたい?」

「いたくない……」

「なんでしずか?」

「わかんない……」


 ジュマルがわかる言葉だけで質問するのは難易度が高いから、私も次の言葉を探してしまう。しかしその時、ジュマルから声を出した。


「ママ、つよい」

「つよい……あぁ~」


 私、納得。ジュマルは母親に引っくり返されてマウントポジションまで取られていたから、そのことにショックを受けたのだ……かも?


「うん。ママつよい。だからママをたたいちゃダメ」

「……うん」

「パパ、もっとつよい。わかった?」

「う~ん……」

「わかれよ」

「う~~~ん……」


 父親、残念。ジュマルにナメられまくっている。


(これはひょっとして、昔風の教育がよかったのでは? 元が猫なんだから、拳骨制裁が一番ジュマルに合った教育方法だったのかも?? この両親は優しいから無理だよね~)


 遠い過去に父親から殴られた記憶や、自分が子育てしていた頃の元夫はどうしていたかと思い出しながら、ジュマルの隣で庭を眺める私であった……



 それから元夫は酷いDVを受けていたから子供には暴力を振るったことがないこと思い出した頃、庭に野良猫が入って来た。

 私は「どこかで見たことがある猫だな」とか思って見ていたら、その野良猫は窓の近くまでやって来て猫撫で声をあげた。


「うにゃ~~~」

「へ??」


 するとジュマルも似たような声を出すので、私はキョトンとした顔で横を向いた。


(なんか……喋ってない??)


 私の横では猫とジュマルが「にゃ~にゃ~」交互に言っているのでしばし観察。すると野良猫は後ろを向いて尻尾をフリフリし出した。


「おにちゃ。猫の言ってることわかる?」

「ねこ?」

「あいつ」


 ジュマルは猫と知らずに喋っていたようなので指を差してみたらわかってくれた。


「あいつ、ごはんくれたら一発ヤラせてくれるって」

「……なんて??」

「ごはんくれたら一発ヤ……」

「はあ!?」


 とても3歳児から出て来る言葉ではなかったので、私も二度聞いて声も大きくなってしまった。だって、あの猫の仕草から見るに、そういうことでしょ? 商売猫か!?


「お、おにちゃ。ヤル?」

つがいがいるからヤラない。そういってるのにさそってくる」

「番いるの!?」


 また大きな声を出してしまったが、そういえば公園で何度か猫に乗って腰を振っている姿を見たことある。つまりあの猫が嫁ってこと!?


 私が二度も大声を出すことによって、野良猫は振り返って私を睨んでからノソノソと歩いて行った。たぶん、私のことを番だと勘違いしたのだろう。アレ、ぜったい舌打ちしたもん!



「ララちゃん。つがいってなに??」


 去り際に見た野良猫の顔に私がいきどおっていたら、母親が不思議そうにやって来た。


「えっと……つよいをまちがえた」

「あ、そうよね。番なんて知るわけないもんね」

「あい」

「……番って気にならないの?」

「よくわかんにゃい」

「本当はわかってるんじゃな~い??」

「ち、ちらにゃい」


 母親の言葉に間髪入れず頷いてしまったのは失敗。その行為は、母親には番という言葉を知っているように聞こえたらしく、しばらく質問攻めにされる私であったとさ。

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