003 第一声である
お兄ちゃんの前世は猫である。私の名前は広瀬ララ。猛獣使いでもテイマーでもない。
神様から与えられたミッションに納得したわけではないが、私がなんとかしないことにはジュマルが、ひいては広瀬家が崩壊してしまうのではやるしかない。
よくよく考えてみたら、私は前世で三児の子供を育て上げたし、猫だって犬だって飼ったことがあるんだから余裕のよっちゃんだ。
ただ、私はまだ1歳にも満たない赤ちゃん。何かしたくても体は上手く動かせないし喋ることもできないのでは、何もできない。なので私はリビングにいる間は、ジュマルの観察に努めている。
(う~ん……まんま猫。ボール追いかけたり、壁を引っ掻いたり、足で顔を掻いたり……おお~。ダイニングテーブルに飛び乗った。自分のことじゃなかったら、笑って見てられるのにな~)
リビングでは、猫が暴れまくっている風景が見られ、母親や父親が「待て!」っと叱ったり、オモチャを目の前に持って行ったりしている。
(お母さんのことは嫌いじゃなさそうなのよね。お父さんは、めっちゃ引っ掻かれてる。フフフ)
ジュマルは背中を丸めて「フシャーーー!」とか父親に唸っているのは、さすがに笑みが漏れた。
(あとは、私のことも嫌いじゃないみたい。また舐めに来た!?)
ジュマルが駆け寄るので、すかさずギャン泣き。父親が引っ掻かれながら引き剥がしてくれた。
(つまり、母親は授乳してくれたから母親と認めていて、私は大きさが同じくらいだから、仲間意識があるということね。お父さんは……アレね。ヒエラルキーの一番下とかだね)
家の中の人物関係を把握したら、次はどうやってジュマルを教育するかだ。
(猿から人間に進化できたけど、猫から人間になんて進化できるのかしら? ヒントになるかわからないけど、あの人の映像を見てみよう。プッ……猫が猫を乗せて歩いてる)
元夫の活躍はまったく参考にならないし大笑いすることになったので、皆から変な目で見られてしまった。なので、これからは1人の時に見ると心に誓う私のであった。
それから月日が流れた2月22日、ジュマルの誕生日となった。
「ジュマく~ん。2歳の誕生日おめでとう」
「おめでとう。ほら? ジュマルが喜びそうなオモチャ買って来てやったぞ~?」
「にゃ~!」
両親は嬉しそうに誕生日を祝っているが、ジュマルは我関せず。ケーキは手も使わずがっつき、父親が渡して来たオモチャは袋にかぶりついて奪い、無理矢理ビニールを破っている。
(に、2歳でコレなの……)
その光景に、私も驚愕の表情。年齢がわかって、ジュマルの教育の難しさを理解したからだ。
(さすがに2歳なら、二足歩行していてもおかしくないでしょ? いまだにハイハイって……声もまだ猫っぽい声しか聞いてないよ~。てか、私もケーキ食べたいな~)
私がケーキに向けて手を伸ばしていたら、お母さんに掴まれてしまった。
「まだケーキはダメよ。ポンポン痛くなっちゃう。こっち飲もうね~」
さらに哺乳瓶を口に突っ込まれてしまっては、私は身動きが取れない。それにこれしか口にする物がないから、健康のために泣く泣く諦める。ケーキが目の前にあるのに食べられないなんて、生き地獄だ。
そんなことを考えていたら、父親と母親は何かを喋っていた。
「ジュマルは相変わらずだな。ララもジュマルみたいに育つのかな?」
「どうだろう……でも、掴まり立ちとかしてたから、普通の子供になると思う……自信ないけど」
「何が自信ないだ。俺たちの子供だろ」
「だって~。ララちゃん、いい子すぎるんだも~ん。ごはんもオムツも、ジェスチャーで教えてくれるんだよ~」
「そんなものじゃ……ないな」
その2人の会話を聞いていた私は、軽くミルクを吹き出してしまった。だって、お腹空いたらすぐに欲しいし、オムツの中が気になるんだもん。
「でも、なかなか喋らないの。来月には1歳になるのに……」
「またか……いやいや、ちょっと遅いだけだよ。信じて待とう」
「そうね。早産で産んでしまったし……」
「早産でも、こんなに元気じゃないか」
誕生日の話から母親が自信をなくし、父親が励ましているなか、私もやっちまったと思っていた。
(もう1年も経ってたんだ……保育器にいたから時間の感覚がわからないのよね。確か赤ちゃんが喋るのって、10ヶ月前後だっけ? ママとかパパぐらいは言ってないとおかしく思われるか。でも、発生練習もしたことないんだよね~)
この日は元夫の映像を見ないで誰もいない時に発生練習をし、なんとかなりそうだったので、次の日に両親の前で初お披露目だ。
(お父さんには悪いけど、ここはやっぱりお母さんからだよね~)
私は遠くにいる母親に向けて口を開く。
「マ……」
しかしその時、ジュマルが凄い速さのハイハイで近付いて来たので焦ってしまった。
「待て!!」
なので、私の第一声は、犬に命令するかのような言葉。これでジュマルは急ブレーキで止まってくれたが、両親はゆ~っくりと近付いて来た。
「いま、『待て』って言ったよな?」
「うん。ララちゃんが『待て』って……」
私はやっちまったと冷や汗を流して目も泳いでいたら、2人は顔を見合わせる。
「そういえば、うちって、『待て』って一番言ってないか?」
「だね。ジュマ君によく言ってる。ママやパパより多いかも……」
「じゃあ、普通だよな?」
「うん! ララちゃ~ん? ママって言って~」
「ズルイぞ! パパって言ってくれよ~」
だけど、その言葉は広瀬家で飛び交っていた言葉。
(セーーーフ!!)
そのおかげで、私の第一声は普通と受け止められて、両親が笑顔になるのであったとさ。
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