5.相棒、喧嘩するほど仲が良い?②
『あーっ、どれもしっくりきて、どれもしっくりこない』
『娘の名前また考えてたのか?』
南田の妻は現在第一子を妊娠中。予定日は10月末、性別は女児と聞いている。
手帳とボールペンをソファーの座面に放り出した南田の横に腰掛けた九条は、手帳に走り書きされた文字に視線を落とす。
南田が考えた名前は草花を連想させる漢字が多い。彼の妻の名は
ついでに
『フルネームにすると、どれが読みやすかった?』
『俺的に読みやすいのはヒマリとイロハとサキ。スミカは可もなく不可もなし。イチカは単体だといいけどフルネームだとちょっと喉につっかえる感じ』
苗字と名前の音の響きと漢字の相性、可愛らしい、穏やか等の名前から連想される雰囲気と印象、読みやすさに書きやすさ……、名付けにそこまで考えなければならないのかと九条が驚いたのは、テストの時に答案用紙にいかに名前を早く書けるか。これは画数が多い漢字だと名前を書く所要時間も多く取られるからだそうだ。
名前には小学六年までに学校で習う漢字を使った方が良いのか、読みやすさを重視か書きやすさを重視か、南田はさらに深く悩み始めてしまった。
『もう少し絞って後は産まれた子どもの顔見て決めれば? 俺の名前はそうやって決まったらしい』
『確かにお前は
『どんな顔だ』
我が子の名付けに思い悩む相棒と共に、日没の迫る街を抜けて警視庁への岐路を辿る。助手席では南田がまだ名付けに試行錯誤しているが、ハンドルを握る九条は事件のことを考えていた。
堀川綾菜のアリバイは証明された。梅田の百貨店でグループ展を開いていた綾菜は、個展期間中は大阪市内に住む友人画家、
九条と南田はギャラリーバーで綾菜や宮越晃成と対面した翌日に大阪まで出向き、石野知紗に綾菜のアリバイの裏付け確認を行った。
知紗の話では綾菜が大阪にいた期間は8日の昼から11日の午前中まで。
10日の夜はグループ展参加の画家達と梅田の飲食店で打ち上げを行った。当然、打ち上げには綾菜も出席しており、知紗や他の参加画家のインスタグラムやツイッターにはその時撮られた写真が投稿されていた。
グループ展の参加者全員を巻き込んだアリバイ工作には無理がある。
堀川綾菜が10月10日の夜に大阪にいた事実は
両者が大阪に滞在中、綾菜が二階堂を殺せる時間的余裕も殺せる場所もなかっただろう。二階堂からストーカー被害を受けていて殺害の動機がある綾菜には、鉄壁のアリバイが存在する。
二階堂の死体が東京ではなく大阪で見つかっていれば綾菜を重要参考人として任意同行を要請できたのだが、それではまるで自分の犯行だと言っているようなもの。
綾菜はそんな馬鹿な人間ではないだろう。むしろ彼女はかなり頭の切れる側の人間だ。
美大院生でギャラリーバー従業員の日森丈流は9日のアリバイはないが、10日のアリバイは彼の友人に裏付けが取れている。
画廊スタッフの山野は9日は画廊で作業後は自宅に直帰、10日は日曜日ということもあり妻と子どもを伴ってテーマパークに出掛けている。
テーマパークのチケットの購入日時、園内の撮影サービスを利用して家族で撮影した日付入りの記念撮影がアリバイの証明となってくれた。
絵画の巨匠、宮越晃成だけがアリバイがないものの、容疑者とするには動機の点でやや弱い。宮越本人ならばいざ知らず、弟子が迷惑行為を受けていただけでは、死体をバラバラにするまで二階堂への殺意があったとは考えにくい。
二階堂は自身が経営するコンサルタント会社の関係でも何かと恨みを買っていた。
捜査本部は二階堂殺害を堀川綾菜へのストーカー行為からの痴情のもつれではなく、仕事関係の揉め事か裏社会の人間への依頼の線へ捜査の方向性を変えている。
九条は3年前に復讐代行ビジネスによる連続殺人事件の捜査に関わっている。(※)
赤トンボの折り紙の存在がある以上、20年前の連続殺人犯、ドラゴンフライが同類のビジネスに手を染めた可能性も捨て切れない。そうなればアリバイがある者もない者も関係なく、二階堂殺害の動機を持つ人間全員に等しく殺人
(※Midnight Edenシリーズ本編)
動機、容疑者、死体をバラバラにした理由、死体の切断場所と凶器、血染めの赤トンボと殺人鬼ドラゴンフライ……。
死体発見から間もなく一週間が経つ現在もこの不可解なバラバラ殺人事件の真相を何一つ、解明できていなかった。
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